魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
聖王国の大聖堂にある一室で、参拝者の皆さまに治癒を施し始めて三時間ほど時間が経っている。流石に数時間も魔術を多数の方に施せば、魔力切れを起こす聖女さまや治癒師の方がちらほらと現れていた。
カルヴァインさまも魔力切れを起こして休んでいるのだが、私の補助役として控えていてくれていた。シスター・ジルとシスター・リズもいつもと違う場所で慣れないだろうに、患者さんの誘導と聞き取りを行ってくれている。
アルバトロス王国王都の教会ならばクロは私の肩に乗って治癒の様子を興味深そうに見ているけれど、今は聖王国に赴いているのでソフィーアさまとセレスティアさまの側にいてもらっている。アズとネルもお二人の側におり、ソフィーアさまとセレスティアさまは部屋の死角で待機して頂いていた。
私の治癒魔術は聖女さま方の中でも凡才である。単に魔力量が多く数を捌けるだけであるし、訪れた方から症状を聞いて治療するので即、術を唱えて終わりということができない。
今回は聖王国での治癒行為ということで、私が治癒を施したかたのアフターケアはフィーネさまとアリサさまが担ってくれる。もちろんアルバトロス教会を通して私を指名できることも伝えているけれど、流石にアルバトロス王国まではやってこれないだろう。平民の皆さまは国どころか住んでいる領地から出たことがない人がほとんどだから。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
私の前の椅子に座している年配の女性が聖教会の印を切りながら感謝の言葉を述べている。
「いえ、お気になさらないでください。治した所がまた痛む可能性がありますので、その時は聖王国の神父さまかシスターに申し出てくださいね」
いつものことなので、いつものように私は患者さんに返事をした。そうして次の人、次の人と症状を聞き出し治癒魔術を施していく。そうして三十分ほど経った頃だった。
「なにか、騒がしいですね」
少し離れた場所から怒声が響いてくる。男性が叫んでいるようだが内容までは聞き取れない。私はどうしたのだろうと周りの皆さまと視線を合わせた。目の前に腰を掛けている患者さんは少し怯えた様子を見せているので、先ずは落ち着いて貰わなければ。
「どうしたのでしょうか……」
カルヴァインさまも心配そうなに声が響いている方へと顔を向けている。流石に野次馬根性丸出しで現場に赴く訳にはいかないから、結局は部屋で治癒を続けるしかないだろう。あまりに酷ければ警備の方たちから追い出されるはずである。
しかしまあ……叫び声の主は元気が良い。私たちが声に気付いてから少しばかり時間が経っているのに、音量は下がることなく聞こえ続けている。まるでジ〇イアンリサイタルのようだと目を細めていると、ジークが私の後ろに立って腰を屈めた。
「危ない者かもしれないし、少し様子を見てきても良いか?」
あまりにも響き続ける声に異常を感じたのかジークが私に問うてきた。
「ごめん、ジーク。お願いして良い?」
私も気になるから構わないと告げたあと、警備の方たちが手を余しているなら助力してあげて欲しいと彼に伝える。ジークは屈めていた背を戻して、同じく私の警備に就いているリンの方へと視線を向けた。
「分かった、行ってくる。リン、ナイを頼む」
「ん。分かった。兄さん、気を付けて」
リンの言葉を聞いたジークは長い足を動かしてスタスタと歩き始めた。彼が腰に佩いているレダが『煩い方ですわねえ。ジークフリードさん、斬ってもよろしいのでは?』と物騒なことを言い、ジークは一振りの剣に『駄目だ。ナイに迷惑が掛かるだろう』と至極真っ当なことを言いながら部屋から出て行く。
カルヴァインさまは大丈夫かなという渋い顔を浮かべ、シスター・ジルとシスター・リズはいつも通り笑みを携えたまま患者さんの誘導を行っている。ジークならどんな状況でも適切な判断を下して戻ってきてくれると、目の前の若い女性の患者さんに治癒を施そうと口を開く。
患者さんの治癒を施し終えた時、彼が戻ってくる。ジークは入れ違いとなった女性の患者さんに目礼をすれば、彼女は顔を赤らめていた。背の高いイケメン騎士の無表情な目礼は若い女性には刺激が強かったようだ。ジークは罪深いねえと小さく笑えば、イケメン騎士と視線が合う。改めて彼の顔をまじまじと見つめてみたのだが、確実にイケメンの部類だから引手数多だろうと苦笑いをしそうになるのを我慢した。
「ナイ。高位貴族が病気を治せと横柄な態度を取っていて、金貨が入った袋をチラつかせて叫んでいる」
ジークは私の様子に少し首を傾げながら外の様子を教えてくれた。どうやら高慢ちきなお貴族さまが我が儘を押し通そうとしているようだ。相変わらず、何処の国に赴いても同じような方がいるのだなと息を吐く。
「聖王国の方なら直ぐに退場させるだろうから他国の方かなあ……大聖堂の方たちはどうしてるの?」
「追い出すことを躊躇っていた。貴族の態度と聖王国の扱いを見るに金払いは良いのだろうな」
ジークも私も小さく息を吐く。そうして私はリンとカルヴァインさまとシスター・ジルとシスター・リズとソフィーアさまとセレスティアさまに視線を順に向けた。
皆さま、私がやりたいことは分かったようで、確りと頷いてくれる方と微妙にオロオロしている方と無礼者には遠慮はいりませんと言いたげな方々に、ほどほどにという方といろいろだった。
私はジークに『よろしければ、高貴な方を私の下へご案内くださいと伝えてくれる?』とお願いし、もう一つ高慢ちきなお貴族さまの情報を拾えるだけ拾って欲しいとお願いする。ジークは私の言葉に小さく頷いて踵を返しもう一度部屋を出る。パタンと小さく扉が閉まる音が鳴った時だった。
「あ、あの……アストライアー侯爵閣下?」
おそるおそるカルヴァインさまが私に声を掛けるので笑顔を作って対応する。
「どうか致しましたか、カルヴァイン枢機卿」
「なにをなさるおつもりですか?」
少し顔色が悪くなっている彼は大丈夫だろうか。とりあえずは盛大な儀式を控えている聖王国の皆さまが大丈夫ではないようだから、手助けするつもりである。
大声を上げている男性が王族ならば分の悪い展開となるが、侯爵位を持つお貴族さまは少ないはず。立場を持っている方が情けない暴れ方をする訳ないから、成り上がりのお貴族さまか代替わりで図に乗った方かどちらかであろう。
そんなお貴族さまには『目には目を』ではないけれど『爵位には爵位を』で立ち向かえば良い。聖王国は信徒の皆さまからの寄付で成り立っているから、あの手合いの方には強気に出辛い。聖女の役職だけなら黙って知らぬ存ぜぬを決め込んでいたかけれど、高い爵位が役に立つことがあるのだなあと感心する。
「患者さんに治癒を施すだけですよ」
私を知ってくれているなら黙って治癒術を受けてくれるはずである。
「お、お手柔らかにお願いします……」
カルヴァインさまはついと視線を私から逸らして微妙な雰囲気を醸し出していた。いや、お金を教会の枢機卿さまたちに取られた時のような行動には移さないので安心して欲しい。
私は菩薩か仏の心のように清く澄み渡っている精神の持ち主……ではないな。欲に塗れているし、嫌な人がいれば愚痴の一つや二つ平気で零すから聖人君子ではないか。
ジークを待っている間に何人かの患者さんの症状を聞き取り治癒を施す。また新たな患者さんに術を掛けようとすると彼が戻ってきた。患者さんがいるのでジークは私の側に静かに控える。そうしてお決まりの台詞となっている『なにかあればお申し付けください』という言葉を患者さんに伝えると、深々と礼を執り部屋を出て行った。
私がジークへ視線を向ければ、部屋の中にいる皆さまの視線も彼に注がれていた。
「ナイ。聖王国側にナイの意思を伝えてきた」
「ありがとう、ジーク。どうだった?」
「腕の良い聖女を求めているから、ナイか大聖女の下へ案内する可能性が高いと。もし男がナイを選び、失礼な態度を取った場合は好きにして構わないそうだ」
ジークが詳細を教えてくれた。
「あれ、手をこまねいているのに強気な態度だね。どうしたんだろ」
「流石に大聖女とナイに男が手を出せば困るのは聖王国だ。男の所属国に抗議くらいはするだろう」
ちなみに男性は聖王国の隣に位置する国のお貴族さまらしい。伯爵位を持つ方で、真ん中の真ん中に位置する家柄だそうだ。聖王国の大聖堂に多額の寄付を納めてくれるので上客だけれど、態度が毎度アレなので頭を抱えている存在だとか。
そろそろ彼の母国に苦情を入れようとしていた所で、丁度良い機会なのだそうだ。それならフィーネさまの下へ男性が向かった方が無難だろうか。私の下にきて、聖王国とアルバトロスと私個人であるアストライアー侯爵家が抗議を入れた方が、男性へのダメージが大きくはなるけれど。
「そっか。爵位の差で大人しくなってくれると良いけれど」
私はジークの顔を見ながら肩を竦める。さて上手くいくと良いけれどと次の患者さんを受け入れた。そうして次へ次へと患者さんを受け入れていく。
「ア、アストライアー侯爵閣下?」
「はい?」
患者さんが途切れたタイミングでまたカルヴァインさまが私に声を掛けた。今度はなんだろうと彼の顔を見上げる。
「お疲れにならないのですか?」
驚いた様子の彼に私はふと思い至ることがあった。
「あれ、そういえば治癒院で患者さんを担っている時より疲れていませんね。ひっきりなしに患者さんが訪れるので気付くのが遅れました」
大聖堂にはかなりの人が集まっていたので、治癒を望む方も多いだろうと踏んでいた。久方ぶりの参加で気合を入れていたから魔力の減りを気にしていなかった。というより魔力が減ったと感じなかったから、休憩も取らないまま続けていたのだった。
「アルバトロス王国の教会で治癒院を開いた時より、今日は訪れる方が多いです。倍の方に治癒を施していらっしゃいますよ。少しお休みになられては?」
カルヴァインさまが心配そうな顔で助言をくれる。休憩を取らないままここまできているので、カルヴァインさまもシスターたちも他の方たちも疲れただろう。
「そうですね。少し休憩を取りましょうか。すみません、もう少し早く気付くべきでした」
集中すると周りを気遣えないのは私の悪い癖だなと苦笑いを浮かべて小さく息を吐く。聖王国側の方に少し休憩時間をくださいと申し出ると、他の方たちは疲れて治癒を終えているそうだ。
聖王国の方は申し訳なさそうな顔で謝ってくれるけれど、私がキリの良い所で止めなかったのが悪いので気にしないでくださいと伝える。休憩のあとはどうしようかと尋ねると、今日はもう十分働いたから終わりにしようとなった。あれ?
「そういえば騒いでいた男の人はこないね。フィーネさまの下に向かったのかな?」
「ナイの下にきていないからな。男が大聖女に迷惑を掛けていないと良いが……」
「ね」
私がジークとリンの顔を見上げると、二人は知らないと首を振る。部屋から出て官邸に戻れば、騒ぎを起こしていた男性はウルスラと呼ばれる少女の治癒を受けたと耳にするのだった。
◇
大聖堂の一室で治癒を終えた私たちは官邸に戻っていた。横柄な態度を取っていたお貴族さまはウルスラと呼ばれる少女の治癒を受けたことは間違いないそうだ。変な方を相手にするのは正直に言ってしまえば疲れる。
彼女は大丈夫かなと心配していると『いやあ、素晴らしいですな! 新たな大聖女は!!』『新たに女神から聖痕を授かった者ですからね。治せて当然なのでしょう』と部屋の外から横柄な態度のお貴族さまの声と黒衣の枢機卿さまの声が聞こえてきたのだった。どえらい大きな声で喋っているのは横柄なお貴族さまの声の音量が大きいからだろうか。そして黒衣の枢機卿さまは彼に釣られて声も大きくなっていたのか。
私はふうと息を吐いて、アルバトロス王国の皆さまと視線を合わせた。
「フィーネさまは大丈夫でしょうか……」
申し訳ないが、ウルスラと呼ばれる少女よりも友人の心配の方が勝ってしまう。
「同時に二人在席していたことがあると言っても、やはり比較され大聖女さまの地位が揺らぐことになりますからね。心穏やかではいられないでしょう」
カルヴァインさまが眉をハの字に下げながらフィーネさまのことを心配してくれている。彼女の彼氏である方は大丈夫かとエーリヒさまへと視線を向ければ、むっと難しそうな顔を浮かべて部屋の片隅で控えていた。
緑髪くんも彼の横で心配そうにしているけれど、フィーネさまの心配というよりはエーリヒさまが気になるのだろう。同じ外務部に配属されてなんだかんだで仲良くなったみたいだから。
「とはいえ、我々は見守ることしかできないな」
「そうですわねえ。ヴァナルさんと神獣さまが彼女の側に控えておりますので身の安全は保障されております。とはいえ今ある立場が揺らぐ事態を見過ごすことはできないでしょう」
ソフィーアさまとセレスティアさまも心配そうに声を上げる。学院でも一年間一緒に過ごし、南の島で私の知らない所で交流があったそうで仲を深めていたようだ。お二人は私たちが転生者と知っても接する態度は変わらない。有難いことだと一度目を瞑り息を短く吐いた。
「身の安全は確保できていますが、毒殺や精神的なものは防ぎようがないですからね。フィーネさまと同じ派閥の方が一緒に過ごしているでしょうけれど、寝返りや潜伏していることを心配していると身動きが取り辛くなるでしょうし」
私はまた息を吐く。ぶっちゃけ黒衣の枢機卿さまが私狙いで近寄ってくれたならば、やり返せば良いだけである。でもフィーネさまを目標としているならば、やはり手出しできない。目の前でことが起これば助けられるが、私の目の届かないところでやり取りがあるならばフィーネさまから話を仕入れなきゃいけない。
でもフィーネさまは迷惑を掛けては駄目だと思い込むか、ぎりぎりの所に追い詰められて頼ってくれるかの二パターンだろう。せめて追い込まれる前に相談くらい欲しいし、大聖女就任の儀が終わるまでに片を付けられれば良いが。
「とりあえず、明日に向けてご飯を食べて寝て英気を養いましょう。治癒院に久方ぶりに参加したので周りが見えていませんでした。申し訳ありません」
「お気になさらず、アストライアー侯爵閣下。閣下が沢山の方に治癒を施したことで、聖王国の聖女さま方の負担は減ったでしょうから。我々は聖職者として当然の務めを果たしただけです」
カルヴァインさまの言葉にシスター・ジルとシスター・リズが頷いている。気合を入れて臨んだ治癒に意識がいき、私は周りの皆さまの負担まで考えていなかった。カルヴァインさまもシスター・ジルもシスター・リズも途中で疲れていたというのに、音を上げず最後まで私に付き合ってくれたのだ。
本当に申し訳ないと謝って、晩餐会に向けて準備を始める。一応、アストライアー侯爵として聖王国から招待を受けているが、聖女としても参加しているので聖女の衣装で赴く予定だ。貴族の衣装で赴くか迷ったけれど、聖王国という信仰で成り立っている国に赴いているので聖女の衣装が適切だろうと判断した。
準備の最中に扉をノックする音が鳴り、応対を頼めばフィーネさまの使いという方がやってきた。手紙を持っている使いの方は私に渡せば、そそくさと部屋から出て行く。なんだろうと手紙に視線を向けて、先ずは中を読んでみようと開封した。
――ナイさまごめんなさい! 晩餐会の席順はナイさまの前に件の枢機卿が座します!
綺麗な文字で書かれている手紙には、要約でそんなことが記されていた。私は手紙を読み終えて、アルバトロスの皆さまが内容を知っても問題ないと判断した。フィーネさまも他の方が知っても構わないように、定型文と内容だけ記したようである。
「やっかいなことにならなければ良いがな」
「二大派閥の片割れの長ですからねえ。無下にできれば簡単ですが……とはいえ手を出されれば対抗するのでしょう、ナイ?」
手紙を速読したソフィーアさまが難しい顔になり、セレスティアさまも回された紙を呼んで鉄扇を広げて口元を隠した。
「祝いの場なので余計なことはしないはずですし、したくはないです。でも相手が喰って掛かってくるなら対応します」
とはいえフィーネさまに迷惑が掛からない範囲でだけれども。前もって知らせてくれたことは有難いし、席順を変えられなかった謝罪も含まれているのだろう。
ジークとリンは肩を竦めているし、クロも微妙な雰囲気である。どうにも胡散臭い黒衣の枢機卿さまに苦手意識を持っている気もしなくはない。ふうと息を吐いて気分を入れ替え、晩餐会参加の用意を再開するのだった。
晩餐会に参加する用意が終わり少し時間が空いたので、気になることがあると某お方に声を掛ける。他の方も部屋に控えているものの、自由時間となっているので問題ない。
「エーリヒさま」
「どうなさいました、アストラ……ナイさま」
私はエーリヒさまを呼ぶと、彼は私の名を言い直す。どちらの名前でも良いけれど他の方がいる手前、爵位よりも名前で呼んで貰う方が有難いか。エーリヒさまは私に少し驚いた様子を見せつつ、肩の力を抜いて笑顔を見せた。
「大丈夫ですか?」
「なにがです?」
私はとりあえず彼の雰囲気がいつもより強張っていることが気になって声を掛けたのだが、ご本人に自覚はなかったようだ。エーリヒさまの隣にいる緑髪くんが半歩下がって、自分は関係ありませんアピールをして気遣ってくれる。ジークもエーリヒさまを気にしているから、私が声を掛けるのは必然だったのかもしれない。エーリヒさまの顔を見上げた私は苦笑いを浮かべる。
「いつもより空気が硬いというか、なんというか……」
エーリヒさまはフィーネさまとお付き合いをしているので、そりゃ気になって仕方ないだろう。私ですらフィーネさまのことが気になるのだから、私より何百倍も意識が向いていることだろう。
「俺、そんな空気を醸し出していました?」
「なんとなくですが。なにか気になることがあれば教えてください。私のできる範囲で調べたり動いてみます。例の枢機卿さまの行動も気になりますし……」
私が片眉を上げながら苦笑いをすると、エーリヒさまが纏う空気が少しマシになった。彼の気持ちが少しでも楽になれば良いのだが、一番良い方法はフィーネさまがこの場にいてくれることだろう。でも彼女は大聖女就任の儀を取り仕切るために、聖王国上層部の皆さまと右へ左へと忙しなく動いているはず。晩餐会の時に話をできると良いなと願うも、エーリヒさまでは身分的に無理がある。
「すみません、ありがとうございます。もしナイさまを頼りたいことがあれば声を掛けさせて頂きますね」
小さく頭を下げた彼を見た私は聖王国の方に呼ばれて、晩餐会が催される部屋へと案内されるのだった。
――超広いし、天井が高いし、建物に施されている彫刻や絵画の数々が凄いことになっている。
晩餐会の会場に辿り着いた私が最初に抱いた感想だ。大きな声を出せば反響しそうな広間である。真ん中に大きな大きな長机が設置されており、上座は教皇猊下が腰を下ろすのだろう。
「アストライアー侯爵閣下、こちらへ」
係の方に導かれて私が座すべき場所へ腰を下ろす。目の前にはナプキンとカトラリーが並べられており、貴族のお屋敷で出てきそうな感じを醸し出している。宗教と言えば清貧を旨にしているから、食事は質素倹約というイメージが強いのに目の前の白いお皿には金色の模様が施されている。
豪華だよねえと感心していると、私より身分や立場が高い方がしずしずと会場に入り用意された席へと向かっている。フィーネさまの席は教皇猊下の直ぐ近くに用意されているようで、彼女も聖女の衣装を纏って会場に足を運んでいる。
アリサさまは流石に同席は叶わなかったようだ。代わりにフィーネさまの正面にはウルスラと呼ばれる少女が席に着き、静かに食事が運ばれてくるのを待っている。
ウルスラと呼ばれる少女は緊張しているのか、椅子に座して手を膝の上に置いて小さくなっていた。各国から重役の方々が彼女の就任を祝うために集まっているのだから緊張は仕方ない。
仕方ないけれど過度な緊張は失敗の元なので、粗相しないのか心配になってくる。とはいえ大聖女の就任前だ。失敗を犯しても咎めてくれる方や諭してくれる方がいれば、今なら許されるだろうなと私は苦笑いを浮かべてしまった。
そして私の対面には黒衣の枢機卿さまが座す。あらかじめ知っていたことなので驚きはしない。彼は良い顔で私に目礼を執ったので、私も目線を下げて彼に返す。
「新たな大聖女就任を祝って大陸中からお忙しい方々が集まってくれたことは神のお導きであろう。聖王国並びに大陸各国の教会の更なる繁栄を願う!」
教皇猊下が席から立ち上がりグラスを掲げて口上を述べた。彼が更にグラスを天井へ掲げると周りの皆さまもグラスを掲げて乾杯の声を上げる。私も当然グラスを掲げているのだが、中身はお酒ではなくオレンジジュースだし、教会はほどほどに繫栄してくれれば良いなと願う。
フィーネさまも笑みを携えてグラスを掲げ口を開いていたが、彼女の心中は如何ばかりか気になってしまう。そして私の隣ではカルヴァインさまがカチコチになりながらグラスを掲げて『乾杯』とどうにか口にしている。大丈夫かと心配になるけれど、憧れの聖王国に赴いて枢機卿として歓待を受けているから仕方ないのだろう。
しかし緊張度合で言えば三年前に、学院の帰り道で彼が私に吶喊してきた時の方が緊張しそうなものだけれど。まあ彼は場慣れしていないだけなので、数をこなせば肝が据わるだろう。
「さあ、聖女ウルスラよ。明日、大聖女となるのだ。皆さまにご挨拶を」
教皇猊下の言葉でウルスラと呼ばれる少女がしずしずと席を立つ。暫し沈黙が降り、緊張で言葉が出ないのかと私は小さく首を傾げた。
「この度はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。少し前、聖痕を授かったことにより大聖女の位に就くことになりました。まだ至らぬ身ではありますが、どうぞ皆さまよろしくお願い致します」
ウルスラと呼ばれる少女は緊張しているのかと思いきや、会場に響き渡る腹から出した声で挨拶を終えた。先程の小さくなっていた彼女はどこへと唸ってしまうが、本番に強いタイプなのかもしれない。黒衣の枢機卿さまは彼女の姿を見届けて拍手を送っている。そうして彼女が挨拶を終えれば、給仕の方により食事が運ばれてきた。オーソドックスなコース料理といった所で最初は前菜である。
お野菜さんに掛かっているソースがなにか良く分からないけれど、あっさりとした味がお野菜さんの風味を際立てている。聖王国の食事も美味しいのだなと、私はゆっくりと咀嚼しながら食事を楽しんでいた。
「聖王国の食事はどうかな、アストライアー侯爵。貴女の口に合うと良いのだが」
ふふふと笑う黒衣の枢機卿さまが声を掛けてきた。私は口の中に入っているものを嚥下してから彼と視線を合わせる。
「はい、美味しいです。お料理を作った方に調理法を聞き出したいくらいです」
言い終えた私はナイフとフォークを使って、お野菜さんを口へと運ぶ。
「そうか、そうか。食事を楽しめるのは良いことだ。世の中には味が分からないと悩む者もいるからねえ」
「そうですね」
私の返しが淡泊だったことに彼は片眉を上げる。食事に集中したいのに口にした側から語り掛けられても、返す言葉は少なくなるというものだ。
「昼時に大声を出して助けを求めていた男性がいただろう。彼も食事の味が分からないと悩んでいてね。ウルスラが見事に治してみせたんだ。もし彼が貴女の所へ訪れていたら、どうなっていただろうねえ?」
黒衣の枢機卿さまがにやりと笑う。私はナプキンで口元を拭い、また彼と視線を合わせる。さて、これはどういう意図があるのだろうか。
「試してみないことには分かりませんが、一度の治癒で治ると断言できませんね。わたくしの場合、何度か術を施すことになります」
私が言い終えるやいなや目の前の彼は良い顔になって口元を歪に伸ばした。そういえば前に黒衣の枢機卿さまと話した時に、しきりとウルスラと呼ばれる少女の治癒の腕を自慢していたなあ。
「これは、これは。アルバトロス王国の竜使いの聖女と呼ばれる貴女が一度で治せないとは! 大聖女フィーネも無理だと仰っていたよ。やはりウルスラは大聖女の座に相応しい。そう思わないかね?」
黒衣の枢機卿さまの声に周りの方たちが気付き始めた。私がウルスラと呼ばれる少女より治癒の力が劣っていると知り、少し驚いているようだ。
「お答えしかねます。ウルスラさまの評価もわたくしの評価も後世の者が判断を下しましょう」
「面白いことを貴女は仰る。目に見えている事実を私は申しただけ。アルバトロス王国よりも我が聖王国の方が優れているという証拠であろう?」
くくくと喉を鳴らす黒衣の枢機卿さまに私が口を開こうとした瞬間、誰かが私の側に立つ。
「そこまでにしておきましょう。今は祝いの場であり、聖王国の自慢話を披露する場ではありませんよ?」
真剣な表情のフィーネさまが黒衣の枢機卿さまに物申したのだった。