魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――お願い、もう止めて!
というのが私個人……いや、大聖女フィーネとして正直な気持ちだった。黒衣の枢機卿は一体なにをやっているのだろうか。おそらくナイさまに興味を向けているのは彼だけではない。チャンスがあれば話をして顔と名前を覚えて欲しいと晩餐会の場にいるほとんどの方が考えているのではなかろうか。
今やナイさまは西大陸のみならず東、北、南の国々と関係を持っている。彼女と縁を取り持てば亜人連合国とも話が通るようになるから、珍しい品物にドワーフの職人の方々が造り上げた逸品を欲しいと願うのだろう。とはいえ、その欲望を丸出しで彼女に近づけば身の破滅を迎える可能性が高くなる。で、今まさに聖王国で幅を利かせている一派の長がナイさまに余計なことを口にしていた。
私は黒衣の枢機卿の無茶を止めようと、教皇猊下の許可を取ってナイさまと問題の方の前に立っている。ナイさまに提供されている前菜は平らげられており、綺麗なお皿の模様が見えている。
「おや。これはこれは、大聖女フィーネ。聖王国と新大聖女ウルスラの素晴らしさを説いていたのだが、貴女は駄目と申されるのか」
黒衣の枢機卿がナイさまから私に視線を向けて笑みを作る。ナイさまは私の登場で様子見をするようだ。周りの方々も彼の行動に興味津々で止めなくて良いのにという雰囲気と、聖王国の未来のために是非とも止めて! と願う方に分かれている。
私は聖王国の未来のために彼の行動を止めたいのに、ナイさまに口を出している本人は意気揚々と自身の立場を高めようと努めていた。野次馬根性丸出しの皆さまは自身の国にナイさまに手を出そうとする方がいれば、今の様に面白がっていられないのは理解なさっておられるのだろうか。
「はい。楽しい食事の場で話題に上げることではないでしょう」
「仕方ない。君の言う通りにしよう。いやはや、つまらない話を聞かせてしまい申し訳ない、アストライアー侯爵」
私の言葉に黒衣の枢機卿がナイさまへと視線を戻して謝罪を伝える。大丈夫かなと私はナイさまを見れば、感情の灯っていない顔となっていた。彼女の肩の上にちょこんと乗っているクロさまは我関せずなのか、それともナイさまのことを信頼しているのか、こてんと首を小さく傾げただけで関わろうとはしていない。
「いえ、お気になさらず」
短く言葉を返したナイさまに黒衣の枢機卿が抑揚に頷いた。いや、貴方はご自身の立場と聖王国の立場を理解しておられるのだろうかと問い詰めたくなる。
ナイさまに敵う方は政治面でも武力面でもいないだろうし、貴方がナイさまの相手では小者過ぎるはず。いや、まあ、それを言い出せば私も小者に入るけれど、転生者仲間として仲良くさせて頂いている。だから、というわけではないが……お互い中途半端な人生で終わってしまった過去を今世ではきちんと全うしたい。仮に早死にをしたとしても、悔いが残らないように満足して人生を終えたいのだから。
「アストライアー侯爵閣下、我が国の者が失礼を致しました。今後、このようなことがないように努めますのでご容赦を」
「いえ。大聖女フィーネさまにはお世話になっております。貴女さまの立場を潰すような真似は致しませんので気に病むことはないかと」
私の言葉を受け取ったナイさまは黒衣の枢機卿は知らないけれど、私とは縁を取り持ちたいからこれからも仲良くしていこうと周囲の方々にアピールをしてくれている。黒衣の枢機卿に言及しないのはナイさまらしいというか、なんというか。ナイさまと黒衣の枢機卿のやり取りに聞き耳を立てていた方々は『それみたことか』とほくそ笑んでいるようだ。
ぐぬぬと歯噛みしている黒衣の枢機卿に私は視線でこれ以上厄介事を起こさないでくださいと訴える。
私の気持ちが届いたのか分からないけれど、一応黙ってくれたから晩餐会の場で聖王国自慢を始めることはないだろう。彼の行動は私の派閥の皆さまと教皇猊下に一報を入れて、対処して頂かねばと決めた。
彼が更にナイさまに対して強硬な態度に出るならば、ナイさまと彼を引き離せるように行動しなければ。流石に聖王国崩壊の危機を二度起こすわけにはいかないし、今度こそ聖王国の屋台骨が崩れ去ってしまう。私は深く息を一度吐いて宛がわれている席へと戻るのだった。
◇
豪華な広い会場で、ナイさまに話しかけた人がいる。前にも見た人物で、その時もナイさまに嫌味を放っていた黒衣を纏った聖王国の枢機卿だ。嫌な予感はヒシヒシとしていたが、流石にもうナイさまに直接的に訴えてくることはないと考えていたのだが……俺の考えが甘かった。
――もうそこで止めておけ。
と言うのが、アルバトロス王国外交官である俺ことエーリヒ・ベナンターの正直な気持ちだった。黒衣の枢機卿とナイさまの剣呑なやり取りはフィーネさまの介入により収まったものの、男の腹の内が読めないのでどうしたものかと考えている。
とりあえずアルバトロス王国に報告を済ませるのが先決だろう。他にもナイさまと縁を持ちたいために虎視眈々と狙っている方はいるが、厳しい警備とジークフリードとジークリンデさんにハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢の圧が怖いので近づけないでいる。黒衣の枢機卿がナイさまに近づけたのは、彼が聖王国で力を付けてきたことと、明日大聖女に就任する聖女ウルスラの後ろ盾を務めているからである。
俺の隣にいるユルゲンと慎重にナイさまと黒衣の枢機卿の行く末を見守っていた。やり取りが酷くなれば間に入って止めるつもりでいたのだが、フィーネさまの介入で事なきを得ている。
「自分を大きく見せたい気持ちは分かるけれど……」
「能力が伴わなければ破滅するだけですからね」
俺の声にユルゲンがしみじみと言葉を返してくれる。彼もアルバトロス王立学院の一年生の時に失敗を犯しているが、今ではもう反省と禊は済んでいる。だからこそ第三者視点で黒衣の枢機卿の行動がどれだけ不味いか分かるのだろう。
アルバトロス王国の聖女と聖王国の聖女の力比べをしても意味はなく、聖女の位置付けもアルバトロス王国と聖王国では微妙に違う。アルバトロスでは女性が就く職業の意味合いが強い。
もちろん教会に所属することになるので、熱心な信徒の方が聖女の位に就くこともあるが、平民の女性で能力さえあれば安定した収入を得られること。貴族女性であれば、聖女の位に就いて活躍できれば自身の家に貢献することができる。
聖王国は象徴の意味合いが強い。大聖女を頭に据えて、大聖堂に訪れた信者の方々に治癒や説法を説いたり、彼らの身の上話を親身に聞いてアドバイスを送っているそうだ。
まあ、これはフィーネさまの受け売りで、俺が聖王国の聖女の行動を実際に目にしたのは一瞬だけである。それでも確かに信者の皆さまから聖女には尊敬と崇拝を向けられていたので本物だろう。
聖女の意味合いが多少は違えど、人々から感謝を受けることに貴賤はないはず。それより、今は。
「さて……どう動いたものか」
考え始めると心配は尽きない。フィーネさまが聖王国で大聖女を続けられるのか、彼女は新たな大聖女と良い関係を築けるのだろうか。強いようでいて、弱いところも確りと持っている人である。彼女は今まさに運命の岐路に立たされていると言っても過言ではない。彼女の身に面倒ばかり起こるのであれば、俺が聖王国からフィーネさまを掻っ攫いたい気持ちもあった。
でもフィーネさまは聖王国の方たちと一緒に立て直したことを誇りに思っている。俺が彼女を聖王国から無理矢理掻っ攫えば、彼女の心を傷付けてしまう。
俺に力があれば良かったけれど、王さまでもなく、高い爵位持ちでもない俺にできることなど、彼女との手紙のやり取りで心の支えになることくらいしかできなかった。悔しい気持ちもあれど、俺だけの想いで行動するわけにはいかない。もし仮に実行するなら、フィーネさまの気持ちをきちんと確認してからだ。でなければみんな不幸に陥ってしまう。
「男性が大聖女就任の儀でなにか行動に起こす可能性もありますし、アストライアー侯爵閣下との縁を持つことを簡単に諦めるような人物とはとても思えません」
「また報告、報告かな」
ユルゲンの予想を聞き終えた俺は片眉を上げる。事実のみ記するのが報告書であるが、最後に俺の所感を書いてアルバトロス王国に知らせることもできる。聖王国がまた崩壊の危機を迎えるかもしれないと記せば陛下やアルバトロス王国上層部の方々はどうするつもりなのだろう。
ナイさまが聖王国を潰すつもりなら一瞬にして灰燼に帰している。言葉通り聖王国を平地にできるのだから末恐ろしいが、ナイさまに聖王国を潰す気はないはずだ。フィーネさまが聖王国を立て直したことを誇りにしていること、彼女がこの世界で地に足を付けて生きていくと決心した場所だと知っているから。
「ですね。地味ですが大事なお仕事なので頑張りましょう、エーリヒ」
「そうだな、ユルゲン」
ユルゲンと俺は顔を見合わせて頷いた。フィーネさまの大事な場所である聖王国を潰すわけにはいかないので、黒衣の枢機卿のみを排除できる方法はないかなと思案を始める。一番良い方法は聖王国の教皇猊下が彼の者に裁きを下してくれるのが一番だろう。でも、手を拱いているのか、気付かない振りをしているのか、そもそも事態に気付いていないのか手を出す気配はない。
うーんと唸っていると晩餐会が終わり、各自に宛がわれた部屋へと戻ることになる。その前にナイさまと話をしておきたいので、ナイさまに宛がわれた部屋へとユルゲンと共に向かう。
「失礼します。突然の訪問申し訳ありません、ナイさま」
事前に扉の前で応対してくれたジークフリードには私的訪問だと告げてある。それ故に俺は名前呼びを選んだ。豪華で広い部屋の中にあるソファーの上でナイさまが俺たちを迎え入れてくれ、席に座るようにと案内された。
「ナイさま、正直にお聞きします。あの黒い衣装を纏った枢機卿の態度をどう捉えておりますか?」
「特に問題にはしておりませんが、あまりにしつこければ鬱陶しいなと。新たに誕生する大聖女さまの後ろ盾を務める方ですので、その方を推すことは理解できますが……正直、力比べをしても意味はないですから」
「アルバトロス王国には厄介な方がいると報告する予定です。これで収まれば良いのですが……」
「それで止まる方であれば、最初から問題は起きないのでしょうねえ」
俺の言葉にナイさまが苦笑いでそう言った。確かに誰かの忠告で止まるくらいであれば、最初からナイさまへ売らなくても良いものを売らないよなあと遠い目になるのだった。
◇
大聖堂での治癒院参加も終わり晩餐会に参加すれば黒衣の枢機卿さまが私にちょっかいを出してきた。フィーネさまが平謝りしてくれたので問題にする気はないが、放っておけば聖王国の屋台骨がまた揺らぎそうである。そこだけが心配だなとアルバトロス王国に報告書を送って、聖王国の官邸の来賓室で眠りに就いた。そして。
夜が明け、真昼間に大聖女就任の儀が始まった。
私はアルバトロス王国の陛下の名代として聖王国の大聖堂の一席に腰を下ろしている。アストライアー侯爵を務めているのだから陛下の代わりを務めることもあるだろう。しかし私のような若造に任せるような仕事でもないような気もしなくはない。とはいえお世話になっている陛下から指名を受けたのだから、全力を持って職務を全うしなければ。でもまあ……席に座ってただひたすら時間の流れを待っているだけだけれど。
大聖堂の祭壇前には教皇猊下と大聖女ウルスラの姿があり、左右の端には聖王国の重役を務めている方が見守っていた。フィーネさまもその中におり、静かな物腰で儀式を見守っている。
「皆、西大陸各国から良く集まって頂いた! 今日、聖王国に新たな大聖女が就任することは聖王国にとって、そして女神さまを信じる者にとって誠に素晴らしいことであろう! 西大陸は女神さまの加護により平和と安寧を手に入れようぞ!」
教皇猊下が両腕を天井に向けながら声高に口にした。彼の隣には新たに誕生した大聖女ウルスラの姿があり、白い布地に金の刺繍が施されている大聖女さま用の衣装を纏っている。フィーネさまのお召し物に似ているけれど微妙に違いを出しており、金刺繍の面積と装飾品が気持ちフィーネさまの方が多かった。
教皇猊下のお言葉は神を信じる方たちにとって、凄く偉大なものであり尊重すべきことらしい。私には彼の言葉を最上位に位置している感覚が良く分からないし、平和など儚いものだと考えているから余計に微妙な気持ちに陥ってしまう。現に黒衣の枢機卿さまのお陰で聖王国は怪しい雰囲気に陥っている。
「大聖女ウルスラ、皆さまの前で挨拶を」
教皇猊下が大聖女ウルスラに言葉を掛けると、彼女は緊張した様子で一歩前に踏み出た。
「大聖女に就任させて頂きました。ウルスラと申します。
彼女は真っ直ぐに視線を向け、確りとした声で大聖女としての抱負を語る。大聖女ウルスラの治癒魔術の力は凄い。困っている方たちから頼られれば、その能力を如何なく発揮して治してしまうのだろう。
ただ、これから先を考えれば失敗することだってあるだろう。だから彼女が躓いた時に立ち直れるのかが勝負所だろうか。他国の者でしかない私には余計な心配を向けているだけなので、なにも言うことはない。
ただ彼女が就任したならば、現大聖女であるフィーネさまが無事に退位できる可能性が浮上している。聖王国はどうするつもりなのか、フィーネさま、そして新たに大聖女の位に就いたウルスラと呼ばれる少女はどう考えているのだろう。黒衣の枢機卿さまの動向も気になるし、おそらく他の方もなにかしら腹に一物を抱えているはず。考え始めるとキリがないので止めようと、私は小さく首を振った。
しかしまあ新たに聖痕持ちが発現したのは、西の女神さまの采配なのだろうか。
気になるところだよなあと大聖堂の祭壇を見る。私がこの場で西大陸が平和になりますようにと祈れば、西の女神さまは私の願いを聞き届けてくれるのかは謎である。
そもそも西の女神さまは自室に引き籠もっているので、下界――まあこの表現が妥当だろう――に興味はなさそうだ。南の女神さまであれば『大陸を平和にするぞ!』と言い始めて、軽いフットワークで悪い方々をグーパンして周りそうである。
――失礼だな、お前……。
南の女神さまの声が頭の中に響いたような気がするけれど私の勘違いだと頭を振る。私の様子に気付いたジークとリンが心配そうな雰囲気を背後で醸し出していた。心配は必要ないけれど、南の女神さまの声が頭の中に響いた気がすると伝えれば驚くだろうなと目を細める。
頭の中であれこれ考えていると大聖女ウルスラの挨拶が終わり聖堂は拍手の嵐に包まれる。拍手が鳴り止めば今度はフィーネさまに挨拶の番が回っていた。
しずしずとフィーネさまが祭壇の前に立ち視線を真っ直ぐ信徒席へ向ける。
「お集まりの皆さま、聖王国は新たな大聖女を迎えて女神さまの教えを守って参る次第です。数々の困難に立ち向かうこともありましょうが、決してあきらめず皆さまと手を握り困難の壁を乗り越えましょう」
フィーネさまが挨拶を終えると拍手が鳴り響くものの、大聖女ウルスラの時のような耳に響く音ではなかった。なんだか不公平な気もするが新たな大聖女さまの就任の儀だから、差が出るのは仕方ないことだろうと自分を納得させる。
せめて私はフィーネさまを応援していると伝えるために、拍手が鳴り響く中で私も確りと手を叩いて音を出した。儀式が終わり集まっていた皆さまが大聖堂から出て行く。
教皇猊下とフィーネさまと大聖女ウルスラは大広場にあるバルコニーに出て、大聖堂に入れなかった方たちに顔見世を行うそうだ。フィーネさまにはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが付いているし、聖王国の護衛の方々もいらっしゃる。狙撃犯とか暴漢には対策を取れるだろうと、私たち一行は聖王国の官邸に戻っていた。
「何事もなく終わった……なにかあると思っていたのに」
私の言葉にソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑いを浮かべている。いつもなにか起こっていたから警戒していたのに、肩透かしをくらってしまった。教皇猊下たちが広場で顔見世を終えれば、黒衣の枢機卿さまは大聖女ウルスラの側に控えて各国の要人と挨拶回りを行うらしい。顔を売らなければならない政治屋さんは大変だなと息を吐く。
「いや、なにかあればナイも大聖女も困るだろう」
「ナイがいらっしゃるとなにか事件が起きていましたもの。用心しているのであれば感心すべきことではございませんか」
片眉を上げるソフィーアさまにセレスティアさまが突っ込んだ。なにか起これば大惨事となってしまうので起こらない方が良いのだが、今までが今までだったので仕方ない。
「疲れていないか?」
「ナイ、大丈夫?」
ジークとリンが私の顔を覗き込む。どうやら儀式中に私が頭の中で唸っていたことをお見通しだったようだ。幼馴染には隠し事はできないけれど、考えごとをしていただけなので疲れてはいない。疲れているのは護衛としてずっと立ちっぱなしだった彼らの方である。
「私は座っていただけだからね。ジークとリンは大丈夫?」
私の言葉にジークとリンは平気だと笑いながら教えてくれた。毎度、大変なのにいつも大丈夫とそっくり兄妹は言う。偶には疲れたと教えて欲しいのだが、私の護衛を務めてくれている間に望んだ台詞を聞けることはあるのだろうか。
「さて、あとは挨拶を終えて帰国の途に就くだけか」
「立つ鳥跡を濁さずと言いますものね。颯爽と戻りましょう」
ソフィーアさまとセレスティアさまが次の予定を口にした。
「聖王国でお買い物をしたかったのですが、次の機会にフィーネさま方にお願いします」
私の言葉にお二人がそうだなと同意をしてくれたのだが、聖王国の商業地区はどうなっているのだろう。極小国家ではあるが国なのでそれなりの街の規模のはず。聖王国独自で育てているお野菜さんや果物があれば、買い付けて種を手に入れれば畑の妖精さんに預けるのに。
聖王国のことはフィーネさまが詳しいだろうし、また訪れる機会ができれば報告役としてエーリヒさまも一緒にくることになるはずだ。余計なお世話かもしれないが、移動手段が乏しい今いる世界で遠距離恋愛は正直キツイ。
あ、そうだ。大聖女さまが持つ聖痕についてフィーネさまに聞きたいことができた。忘れないように問いかけなければと頭に刻み込む。そうして係の方に呼ばれて聖王国の官邸にある転移陣が施されている部屋へと案内された。
部屋の中には教皇猊下とフィーネさまに大聖女ウルスラの姿もある。大聖女ウルスラがいるのであれば、彼女の後ろ盾である黒衣の枢機卿さまもいらっしゃるわけで。フィーネさまに釘を刺されたことが効いているのか、大聖女ウルスラの後ろで大人しくしているけれどにこりと笑っている顔の奥でどんなことを考えているのやら。
私は案内の方に導かれて教皇猊下の前に立った。穏やかな笑みを浮かべる教皇猊下と彼の背後にいる聖王国の重役の皆さまと私は視線を合わせる。
「教皇猊下、お招き頂き感謝致します」
「貴殿に聖王国は多大な迷惑を掛けたというのに快く応じてくれたこと感謝する。アルバトロス王にも感謝の意を伝えて欲しい」
教皇猊下に私は承知しましたと告げたあと、聖王国の料理のレシピをいくつか教えて欲しいと懇願した。私の言葉を聞いた教皇猊下は目を丸く見開くも、直ぐに細めて『分かった。料理人に伝えておこう』と仰ってくれる。
黒衣の枢機卿さまに頼らず聖王国のトップである教皇猊下に失礼なお願いかもしれないが、三年前のことをまだ気にしているようだから彼の気持ちが少しでも楽になれば良い。こういう時は少し間の抜けたお願いは役に立つと片眉を上げていると、フィーネさまが一歩前に進み出る。
「アストライアー侯爵閣下、機会があればまた聖王国にお越しください。次は聖王国の街をご案内致しますよ」
「大聖女フィーネさま、ありがとうございます。近いうちに叶えば嬉しいのですが」
珍しくフィーネさまからお誘いを受けた。有難い申し出なので素直に受け取っておく。とはいえ今は新たな大聖女さまが就任したことで、フィーネさまたちには忙しい日々が続くはず。落ち着いてから打診したいなと目を細めて、フィーネさまに顔を近づける。
「?」
不思議そうに顔を横にする彼女に苦笑いを浮かべながら、私は先ほど気になったことを小声で聞いてみよう。周りの皆さまには私の声は耳に届かないはずだ。
「フィーネさま、個人的な質問なのですが……聖痕って消えることはあるのですか?」
流石に聖王国の大聖女さまに直接聞いたとあれば大問題となりそうなので個人的なと前置きをしておいた。私の小声を聞いたフィーネさまは顔をポン! と瞬間湯沸かし器のように一瞬で顔を真っ赤に染める。あれ、もしかして……聖王国の大聖女という地位に就いているならば処女性とかとても大事にされていそうだし、聖女さま方に推奨していそうである。
「ナ、ナイさま。どうしてそのようなことを?」
「気になったので。心に留めておくより、聞いた方が早いと判断しました」
私たちは小声で話を続けた。周りの方々は私とフィーネさまが仲が良いことを知っているので、やり取りを見逃してくれている。
「え、えっと……えーっと……キ、キキ、意中の方とちゅうをすれば消えるんです」
ちゅう。チュウって鼠のことかと一瞬思い浮かべたが、そんなことあるかと直ぐに頭を振る。どうやら思い合っている方とキスをすれば大聖女さまの聖痕は消え去るらしい。流石乙女ゲームが舞台の世界であると言いたいが、どうしてこんなことを定めたのだろうか。西の女神さまの意思なのか、それともゲーム会社のスタッフの趣味が大いに反映されているのか。
とはいえ、フィーネさまの首が回らなくなった時にはエーリヒさまに彼女の初を奪ってもらうのもアリかなと邪な思考が過る。待て待て、まだ聖王国が滅びの道を突き進んでいるわけではないから不穏なことは考えないようにしようと私が顔を上げれば、次は大聖女ウルスラが私の前に立った。
「アストライアー侯爵閣下。この度は私の大聖女就任の儀に参加して頂き感謝致します。これから大聖女として弛まぬ努力を重ねて邁進して参ります」
「大聖女ウルスラさま、重ね重ねこの度はおめでとうございます」
フィーネさまの立場もあるから大聖女ウルスラに余計なことは言わないようにと祝いの言葉だけで留めておいた。そうして私たち一行はアルバトロス王国へと転移で戻り、そのまま謁見場で陛下に報告を行うのだった。