魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

503 / 740
0503:日和見主義多し。

 聖王国からアルバトロス王国に戻って一週間が過ぎている。

 

 新たに大聖女の座に就いたウルスラと呼ばれる少女は、治癒の力を如何なく発揮して聖王国内のみならず西大陸にその名を広めているそうだ。助かる人や救われる人がいるならば良いことだが、力の使いどころを間違わないで欲しいと願うばかりだ。

 フィーネさまから届いた手紙を子爵邸の自室で目を通してい所で、窓から差し込む光が紙に書かれている丸い文字を照らしていた。

 

 黒衣の枢機卿さまはフィーネさま一派がどうにか抑え込んでいるのだが、ウルスラと呼ばれる少女の名前が売れれば売れるほどフィーネさま一派の弱体化が進む。

 フィーネさまから届いた個人的な手紙にも記されているし、聖王国からアルバトロス王国へ向けた謝罪の書簡にも堂々と書かれていたとのこと。公式記録に誤魔化しなしで伝えられているならば、今はまだ黒衣の枢機卿さまの影響力はそこまで大きくないはずだ。

 彼の影響力が高ければ書簡に記されないまま事実は隠されるはずだし、フィーネさま一派は縮小されるはず。今の所その傾向は見えないので、聖王国は新たな大聖女さまが就任したことでお祝いムードを楽しんでいることだろう。裏では派閥争いで、バチバチ火花を飛ばしているかもしれないけれど。

 

 「フィーネさまになんて返事をすれば良いかな……『頑張って』も違うし『アルバトロスに逃げてきて』も違う……」

 

 私が椅子に座ったまま唸っていれば、クロが寝床の籠の中から机の上に移動して私の顔を見上げる。

 

 『悩んでいるねえ、ナイ』

 

 こてんと首を傾げたクロは同時に長い尻尾も器用に揺らして机をぺしぺし軽く叩いていた。

 

 「聖王国が解決しなきゃいけないことだからね。フィーネさまには前回の功績もあるし大聖女さまとして派閥の方々に頼られる。どうにもならなくなった時は逃げ道を用意しなきゃいけないんだけれど、伝えるのは憚られるよねえ」

 

 せめて同じ国に所属していれば手を貸すことができた。他国のことだから深く関われば周りの国から白い目で見られるだろうし、次はうちの国を狙うつもりかと言われて『それはあり得ません』と伝えても説得力が皆無となる。平和に過ごしたいのに、平和な時間は少ないなと私は目を細める。

 

 『人間っていろいろな事を気にしなきゃいけなくて大変だ』

 

 クロも私の様子を見て目を細めた。クロは政治的なことに関わろうとせず、私と一緒にいても口を出さない。クロが口を出したら出したで、周りが大事になるだろうなあと苦笑いを浮かべた。

 

 「それが人間だからね。面倒だって思うこともあるけれど」

 

 本当に面倒極まりないものであるが、これもまた人間である。フィーネさまには黒衣の枢機卿さまが今度取りそうな行動を伝え、大聖女ウルスラの力は諸刃の剣であると記しておいた。武力の少ない聖王国は他国に攻め込まれれば簡単に崩落するだろう。聖職者の方が多いので一時は持ち堪えるかもしれないが長期戦や籠城戦には向いていない。

 

 『フィーネは大丈夫かなあ? アリサも心配だよ』

 

 「大丈夫じゃないかな。聖王国を立て直したから、そこについては心配していないかも。ヴァナルと雪さんたちも一緒にいるしね」

 

 フィーネさまが黒衣の枢機卿さまに呑まれてしまうことはないだろう。魔術が存在するので洗脳やらで意思を変えられる場合もあるが、大聖女の位に就いている方である。魔力量が多いので洗脳関係には耐性が強い。一番心配なのは彼女の身の安全だ。だからヴァナルと雪さんと夜さんと華さんをまだ聖王国に残してきている。信頼を置ける方以外には知られないようにとも伝えてある。

 

 「暫くは日常に戻るかな。あー……でもエーリヒさまに大聖女さまの聖痕を消す方法を伝えることと、西の女神さまの引き籠もりを解決する方法も考えないと」

 

 大聖女さまにある聖痕の削除方法は思い人とのキスであった。お付き合いしているフィーネさまとエーリヒさまだから思い合っているのは当然だし、付き合い始めたばかりだし熱々だろうから効果は抜群のはず。

 アルバトロス上層部には伝えてあるので、あとはエーリヒさまに知らせるだけである。彼に伝えるかどうかは私が判断して良いとのことだった。聖王国の国家機密をさっくり聞き出してしまった気もするが、友人故の言い易さもあっただろうし、フィーネさまが無意識で逃げ道を用意しようとしていたのかもしれない。

 

 『お婆にでも聞いてみる? 長く生きているから西の女神さまのことを知っているかもしれないよ?』

 

 「あ……お婆さまのことすっかりと忘れてた……」

 

 最近すっかりとお婆さまに会わないし、亜人連合国の皆さまとも会う機会が減っている。気軽に遊びにきてと言っていたエルフのお姉さんズとは、お茶をしようと約束していたのに果たせていないままである。私がむむむと唸っていれば、クロがこてんと首を傾げた。

 

 『ナイらしいねえ。お婆が聞いたら落ち込みそうだ』

 

 完全に忘れていたわけではないので許して欲しい。亜人連合国の皆さまに頼ると物事が一気に解決してしまうので、私は意識しないようにとしていただけである。そうとなればソフィーアさまとセレスティアさまに私の予定を聞いて、ディアンさまたちと日程を相談しよう。しかし気ままな妖精さんであるお婆さまと邂逅できるのであろうか。

 

 「魔力あげるで、お婆さまのご機嫌は解決できそうだけれどね」

 

 私が首を傾げていたのは一瞬だった。魔力で釣ればお婆さまは食いついてくれるはず。情報についても魔力あげると伝えれば、忘れていたことも一瞬で思い出してくれそうである。

 

 『否定できないなあ。ボクもナイに言われたら良いよってなりそう』

 

 クロが渋い顔を浮かべている間に私は紙とペンを取り出して、今後のやりたいことのメモとフィーネさまへ送る手紙を認め、エーリヒさまにも聖痕解除の方法をお知らせする。さてさて、お婆さまから情報を得られるかなと窓から秋空が広がる光景を見上げるのだった。

 

 ◇

 

 ナイさまから俺宛てに手紙が送られてきた。外務部に直接届けられたので仕事の話であろうと、すぐさまペーパーナイフを取り出して中身を確認する。相変わらずナイさまが紙に記す文字は力強いと感心しながら、お貴族さまの定型文をさっと読み終えて続きに視線を落とす。

 

 「ぶふぅ!」

 

 手紙に記された衝撃の内容に口から空気が盛大に漏れた。貴族にあるまじき行動だし、貴族が多い外務部の部屋では注目を浴びるのは致し方ない。

 

 「どうしたのです、エーリヒ!?」

 

 俺の意味不明な突然の行動に訝しむこともせず、ユルゲンが席から急いで立ち上がり心配そうな顔を浮かべながら俺の背中を擦ってくれる。優しさが有難いが、俺の激しい動機が収まるには少しの時間を要した。

 

 「驚かせてごめん、ユルゲン」

 

 ユルゲンはスラックスのポケットからハンカチを取り出して俺に渡してくれた。お礼を伝えて口元を拭い洗って返すと伝えておく。

 

 「エーリヒがアストライアー侯爵閣下から届いた手紙を読んでいたので、なにか突拍子のないことを記されていたのだろうとは。ただエーリヒが顔を真っ赤にしながら咽ていたので心配になりました。大丈夫ですか……?」

 

 ユルゲンが眉をハの字に下げて困ったような顔になっている。しかしナイさまの手紙には驚きの事実が書かれていると思い込まれているのは如何なものだろう。ナイさまから個人的に届く手紙の多くは食べ物の話である。

 美味しいものを見つけたから食べてみてくださいと食品と一緒に送られてくるのだ。俺は贈られた品を食べて、ナイさまにオリジナルのレシピを渡している。レシピを送れば直ぐに食べた感想が戻ってきて、美味しかったですと書かれているのだ。

 食事中の彼女は凄く幸せそうな顔でご飯を食べているのを俺は知っている。俺が考えたレシピ――もちろん味見は済んでいる――で喜んでくれる姿がありありと浮かぶから、結構楽しい作業だったのだが……今回は凄く内容がぶっ飛んでいた。

 

 「すまん。ユルゲンに伝えて良いのか俺じゃあ判断が付かない」

 

 俺が驚いてしまったのには理由がある。だって手紙に聖王国の大聖女に就いている方の聖痕の解除方法が記されているなんて誰が考えるだろうか。それにナイさまのことだから美味しい品物を仕入れて欲しいとか、可愛らしいお願いだろうと思っていたのだ。記されていた内容を思い出して、俺の顔がまた赤くなってくるのを自覚した。

 

 「それは構いません。仕事の内容ならば尚更ですからね。ただ僕の寿命が縮まるので驚かさないでください」

 

 「ユルゲンとは爺さんになるまで付き合いがあれば良いと考えているのに、それは不味いな」

 

 新興貴族だし、付き合いを増やして損はないはずだ。それにアドバイスをくれる友人は貴重である。定年退職という概念がなく、働けるまで働き続けるのがアルバトロス王国の常識である。

 お金を沢山持っている方は早々に引退することもあるけれど、俺は仕事が楽しい口であり、お金はほどほど程度なので老後の資金は貯めておきたい。フィーネさまをアルバトロス王国に……今は彼女のことを考えるのは止めよう。どうしても顔に熱を持ってしまう。

 

 「おや。そんなに僕のことを思っていてくれたとは。嬉しいですねえ。僕もエーリヒとは長くお付き合いが続くことを願っております」

 

 俺とユルゲンはお互いに笑い合う。こんな冗談を言えるようになるとは思わなかったが、末永く友人として付き合いができれば良い。ユルゲンと話を終えた俺は衝撃の事実を知ってしまったことに、どう動くべきだろうかと考え始めるのだった。

 

 ◇

 

 大聖女ウルスラの就任の儀が終わって一週間が経っていた。

 

 ――なんてことをしてくれるんだ!?

 

 聖王国上層部の皆さまが机上で頭を抱えている。私も大聖女フィーネとして会議場の一席に座しているけれど、以前のような心配はしていなかった。それよりナイさまには妙な人物を御せなくて申し訳ない気持ちの方が強かった。聖王国を立て直したといっても小娘に過ぎず、力を持っている方を止める能力は相変わらず薄い気がする。

 

 黒衣の枢機卿がナイさまにちゃちゃを入れたことは聖王国で大問題となっている。アルバトロス王国から届いた抗議文に『また聖王国を混乱に陥れるのか!?』と当時の状況を知っている方々が憤慨しているのだ。

 私はナイさまに黒衣の枢機卿が話をした時点で慌てるべきではとも思うが、私も私でみんなを咎めなかったのだから同じ穴のムジナである。しかしアルバトロス王国から届いた抗議文は聖王国上層部にとって、恐怖の大王さまが降臨したのと同じだと捉えているようだ。

 

 「どうにか今は枢機卿を止めることができていますが、これから先、彼がどんな行動に出るのか分かり辛いです」

 

 私は会議に参加している皆さまの顔を順に見る。皆さま、困った顔を浮かべてなにか頭の中で考えているようだった。件の人物は大聖女の位に就いたウルスラを使って、自身の派閥の勢力を拡大させている。私が所属する派閥の初動が遅かったと後悔しているが、後ろを見るだけではいけないことは分かっていた。

 

 「教皇猊下のお力を頼れば直ぐに解決する問題であるが……」

 

 「おそらく大聖女ウルスラが我らの派閥に取り込まれることを危惧するだろうな」

 

 派閥の皆さまが暗い顔で告げた。現在の教皇猊下はどの派閥にも属していない中立派である。三年前の時に私が所属している派閥から選出するのは力が偏り過ぎるとなり、中立派の教皇さまが位に就いた。まさかそのことが今になって影響が出てくるとは誰も考えつかないだろう。

 

 「もういっそのことアストライアー侯爵に頼っても良いのではないだろうか?」

 

 「彼を潰して頂くと?」

 

 「そうだ。一番手間が掛からない」

 

 会議場に集まった派閥の方々がナイさまを頼ろうと口にする。それは……。

 

 「なりません! 確かにアストライアー侯爵閣下の力を頼れば簡単に解決できることでございましょう。しかし聖王国の事情に他国の方を巻き込んだとして、私たちが閣下に与えられる利益はなにがありましょう?」

 

 私は椅子を後ろに吹っ飛ばす勢いで立ち上がる。私の味方である先々代の教皇さま――正しくは先々々代――は年齢を理由に政治の場に立つ機会が少なくなっていた。私の味方は少ないと、ぼやいても仕方ない。

 

 「では大聖女さま、どうすれば良いのですか?」

 

 「私が大聖女の位から退くのもアリでしょう。我らの派閥を失くし彼の派閥が聖王国を担い、新たな聖王国を築きあげるのも一興でございます!」

 

 日和見主義で自分たちで行動に移さない方に発破を掛けるなら、これくらい言わなければならない。私の言葉に驚く会議場の皆さまの顔を見渡して、私は部屋を出て行く。無責任かもしれないが……彼らのお尻に火をつける方法が他に浮かばなかったのだから。とりあえずアリサと先々代の教皇さまの所へ行こうと足を進めるのだった。

 

 ◇

 

 私は大聖堂の近くにある官邸の会議室から中途退席して長い廊下を歩いている。いつもより足音が大きいのは怒りによるものだろうか。聖王国で大聖女の位に就いているから、おしとやかにしずしずと廊下を歩かなければならないというのに。

 いつも先々代の教皇さま――正しくは先々々代――がいらっしゃる部屋の前に立ち、廊下に立っている護衛の方の許可を得て扉をノックする。中から『どなたかな?』という問いが聞こえてきたので『フィーネです』と名乗れば、部屋の中にいる護衛の方が対応して私を部屋の中へと導いてくれた。

 

 「突然お邪魔をして申し訳ありません」

 

 私が部屋の中に入れば先々代の教皇さまは笑みを携えながら席を指して座れば良いと促してくれた。彼のご厚意に甘えて、私は素直に席へと腰を下ろす。先々代の教皇さまの下には何故かアリサがいて、私を微妙な表情で見つめている。先ずは先々代の教皇さまに挨拶をと姿勢を正すのだった。

 

 「構わないよ、フィーネ。私はもう一線から身を引いて暇だからね。さて、君のその顔は私に話があるようだ。お茶を淹れさせよう」

 

 先々代の教皇さまには私の内心がバレバレだったようである。そんなに考えていることが顔に出ているかなと小さく首を傾げていると、先々代の教皇さまの指示でアリサが私の横に座した。

 暫くすると給仕の方がお茶が乗ったワゴンを押して部屋にやってくる。少し甘い紅茶の匂いが部屋に立ち込めて、私の心が少しだけ軽くなった気がした。

 

 「アリサは何故、この部屋に?」

 

 私はアリサに疑問を問う。先々代の教皇さまは一線を引いた身とはいえ聖職者であることに変わりはない。今でも大聖堂に赴いて信者の皆さまに教義を説いたり、話を聞いたり、治癒を施すこともある。一線を引いたはずの先々代の教皇さまが官邸にいる理由であった。

 

 「えっと、気になることを相談させて頂いていました」

 

 アリサは小さく肩を竦めながら笑みを浮かべた。流石になにを相談していたかは教えてくれないようで、少し気になるものの私も先々代の教皇さまに相談したいことがある。アリサには話を中断させてしまい申し訳ないけれど、一応聖王国の未来が掛かっているので私の相談を優先させて貰おう。あとできちんと謝らなければと心に刻んで、先々代の教皇さまの顔を見る。

 

 「私のような年寄りに若い子が頼ってくれるのは嬉しいことだよ。フィーネもアリサも道に迷うことがこれから先まだまだあるだろう。相談できる相手は沢山いた方が良いだろうねえ」

 

 先々代の教皇さまは目尻の皺をさらに深めて、ティーカップを手に取り紅茶の匂いを肺一杯に取り込んでから一口嚥下した。ふうと息を吐いた彼の姿を見た私は、丁度良い頃合いだろうと口を開く。

 

 「あの派閥の長を務める方をこれからどう諫めるのか、先ほどまで派閥の皆さまと話し合っておりました。――」

 

 私は先々代の教皇さまと確りと視線を合わせて会議場で起こったことを伝える。どうしてみんなは自分たちで解決しなければならない問題にナイさまを頼ろうとするのだろう。むーと口を伸ばして思い出しムカつきしていると、私の顔を見た先々代の教皇さまとアリサが苦笑いを浮かべた。

 

 「フィーネがアストライアー侯爵殿と懇意にしているのは、聖王国上層部では周知の事実だからなあ」

 

 先々代の教皇さまが蓄えている髭を右手で撫でる。ナイさまと喧嘩をしたはずなのに仲良くしていることが信じられないと、聖王国上層部内では一時期その噂で持ちきりだった。

 確かに私はナイさまを怒らせてしまったものの、あれはナイさまなりの応援とかお灸をすえる行為だったのだろう。でなければ聖王国は問答無用で壊滅していたはず。みんなはナイさまが恐ろしいと一歩引いて彼女の様子を伺っているけれど、普通の人なのである。あ……魔力とか不可思議関連はもちろん除くけれど。

 

 「自分たちで解決する方法を模索せずナイさまを頼ろうなんて虫が良過ぎます。教皇猊下に頼る案も出ましたが、結局有耶無耶になってしまいましたし……」

 

 おそらくみんなは相手の派閥を跡形もなく消し去りたかったのかもしれない。三年前は共闘したけれど、落ち着いてきた今日この頃は彼らの態度は少し変わっていた。

 協力的だったのに意見を覆したり、賛同できないと拒否されることが多くなった。それ故か私たちの派閥のみんなも相手の派閥の方たちを疎ましくなってきたのだろう。黒衣の枢機卿がナイさまに接触したことで、余計に腹が立ったようである。

 

 「それに怒ってフィーネは会議場を出てきたのだね。しかしまあ……君より随分年上の者たちは楽な方へと逃げているのか……嘆かわしい」

 

 先々代の教皇さまが小さく息を吐いて椅子の背凭れに背中を預け、アリサは私が大聖女の位を退くと啖呵を切って部屋を出てきたことに驚いている。

 

 「大人気なかったのかもしれませんが、会議の場に残っていれば私がナイさまに話を通して解決して欲しいと願い出ることになっていたでしょうから」

 

 私の言葉にふふふと小さく笑う先々代の教皇さまとポカーンとしているアリサ。アリサの顔が乙女ゲームのヒロインらしからぬ、面白おかしいことになっているとは私は言えなかった。

 

 「賢明な判断だったのではないかな。もしフィーネがそのまま残っていればアストライアー侯爵殿に話をするしかなくなる」

 

 「周りの皆さまは私が派閥を纏めていると考えているようですが、お飾りですからね」

 

 本来の大聖女の立ち位置は聖王国の象徴というだけだ。他の国々の教会に差を見せつけるためとも言える。乙女ゲームでは語られることはなかったけれど、大聖女を務めていればお飾りでしかないことが直ぐに分かる。

 

 「本来は大聖女が聖王国の政に関わることはないが、三年前のことで特殊な事例となった。大聖女が派閥の長に収まっていることに違和感がないのは、アストライアー侯爵殿のお陰やもしれぬ」

 

 小さく笑い片眉を上げながら先々代の教皇さまが言い終えると一つ頷いた。

 

 「ふむ。フィーネも西の女神さまに倣って部屋に閉じ籠ってみてはどうかな? 派閥の者たちはフィーネという御旗がいなくなり慌てふためくだろう」

 

 先々代の教皇さまには西の女神さまについて知ったことを伝えてある。私が聖王国で一番信頼しているのはアリサと彼なのだ。ナイさまに許可も取っているし、禁書部屋の閲覧許可を頂けた――その時は女神さまが引き籠もっているとは知らなかったけれど――のも先々代の教皇さまの采配のお陰だった。

 西の女神さまが引き籠もっていることは本当に限られた方しか知らないとナイさまは仰っていた。そして女神さまが引き籠もったままだと西大陸は約一万年後に滅んでしまうらしい。途方もない時間だから今を生きる私たちにとっては関係ないことかもしれない。けれどクロさまや亜人連合国の方々は長命なので、その時まで生きている方もいるだろう。

 

 「試しても良さそうですが、強行突破されるのでは……」

 

 ずっと閉じ籠っていれば、きっと強制的に突入されそうな気がする。引き籠もりの人の部屋の前でNPO法人の方が扉を壊して入って行くシーンをテレビかネットで見た記憶がある。今いる世界には魔術があるので開錠する方法があってもおかしくはない。部屋に引き籠るならば扉の前にバリケードを築き上げないといけないし、窓からの侵入も警戒しなければならない。

 

 『フィーネ、ヴァナルが守る』

 

 私の影からヴァナルがぬっと顔を出した。彼が顔をだしたついでなのか神獣さまも影の中から顔を出している。ちょっと驚いたけれど、私のことを心配してくれているようで嬉しい。

 アリサと先々代の教皇さまは凄く驚いているけれど、私がナイさまから彼らをお預かりしていることは知っている。少し時間が経って理解が追いつくと、二人は小さく息を撫で下ろしていた。

 

 「ありがとう、ヴァナル。でも、そこまで私にお付き合いして貰っても良いの?」

 

 私の下にはヴァナルとフソウの神獣さまが残されていた。ナイさまが心配だからと言って、アルバトロス王国に戻る直前に私の護衛継続をヴァナルと神獣さまにお願いしていたのだ。ヴァナルと神獣さまもナイさまの言葉に軽い調子で返事をしていたから驚いた。ナイさまの下で暮らすのが一番良いだろうに、こうして私のことを心配してくれている。

 

 『大丈夫。主との約束』

 

 ヴァナルが私の影から完全に出てきて、私の横にちょこんと座って上目遣いで見上げてくる。神獣さまもぬっと影の中から出てきて黒い身体を床に付けて私を見上げていた。ばっふばっふと尻尾が揺れているので、ヴァナルと神獣さまの機嫌は良いようだ。このままヴァナルにお願いしてアルバトロス王国に逃げるのもアリかなと考えが浮かぶけれど、聖王国内で解決できなければいつかまた同じ轍を踏むことになる。

 

 『わたしたちもいますよ』

 

 『ナイさんから貴女を守って欲しいとお願いされていますからねえ』

 

 『普通の人間であれば番さまでなくともわたしたちで十二分に対応できましょう』

 

 なんだかフソウの神獣さままで聖王国の騒ぎに巻き込んでしまい申し訳なさが湧いてくる。ナイさまを経由してフソウの方々とお話できる機会を設けて貰い、ご協力して頂いたお礼を伝えることはできるだろうか。

 

 「ヴァナルも神獣さまもありがとう。ごめんね、変なことに巻き込んじゃって……」

 

 私は椅子から降りてしゃがみ込み、ヴァナルと神獣さまに視線を合わせる。ヴァナルは顔を近づけて私の肩に顎を乗せた。良いかな、と少し迷って私の両腕をヴァナルの首に回す。白銀の長毛は凄くサラサラモフモフしていた。凄く良い抱き心地だからヴァナルと一緒に寝ると凄く質の良い睡眠をとれそうだ。ちょっとナイさまが羨ましい。

 

 『大丈夫。気にしない』

 

 私の耳の側でヴァナルの声が聞こえてくる。神獣さまも私の側に寄ってきてくれて、ちょこんと座り直している。

 

 『人間は、欲深い生き物ですからねえ』

 

 『人間より長く生きている故に私たちは多くの方々を見てきました』

 

 『あの黒服の男は小者です。ですが小者故に面倒なことになる可能性もありましょう』

 

 神獣さまの言う通り黒衣の枢機卿は小者なのだろう。自分の能力ではなく、大聖女ウルスラの聖痕に頼って派閥の拡大と各国との繋がりの強化を図っているのだから。

 

 でも確かに小者だからこそ、思慮深い方とか賢い方の真似ができず超面倒な展開になる可能性がある。一番面倒なのはナイさまと接触をすることだ。いや、まあ……彼だけが消し飛ぶのであれば構わない。身から出た錆なのだから、破滅する覚悟もできているのだろう。怪しいけれど……。

 

 私は今回会議の場から怒って途中退席したけれど、やはり聖王国はアリサと先々代の教皇さまがいるので大事な場所である。どうか滅亡だけは回避できますようにと願いながら、部屋に閉じ籠っていろいろと動かなければなあと頭の中で考えていた。ふいにヴァナルが首を振り腕を離して欲しいと訴えてきたので、私は彼の首に回していた腕を解く。そしてヴァナルとばっちり視線が合った。

 

 『主、心配する。教えてあげて? あとエーリヒにも』

 

 言い終えたヴァナルがこてんと首を傾げた。ナイさまには当然密な連絡を取る予定である。あるのだが、どうしてそこでエーリヒさまの名前が出てくるのだろうか。そりゃ、一週間に一度かなにかあればそれ以上の手紙を送っているけれど。何故、ナイさまではなくヴァナルが私に伝えるのだろう。湧いた疑問は聞いた方が早いと私は口を開く。

 

 「え……どうしてヴァナルがエーリヒさまの名前を出すの?」

 

 『番のことは心配する。当然』

 

 私の疑問にヴァナルが真面目な顔で言い切って、ふん! と鼻を鳴らし胸を張っている。神獣さまたちは『あらあらまあまあ』とニヤニヤしているし、何故かアリサと先々代の教皇さまもである。

 二人にはエーリヒさまと恋仲になって健全なお付き合いをしていると伝えているけれど……どうしてそんなに微笑ましい顔で見ているのだろうか。それよりも問題な言葉をヴァナルが口にしていた。

 

 「つ、つつつつつ、つがいっ!?」

 

 番ってある意味夫婦ってことだよね!? ヴァナルは私とエーリヒさまが夫婦と認識しているということ!? お付き合いはしているけれど、夫婦って! 夫婦って!! あれ、どうしてバレバレなのかな!? ナイさまは気付いているか微妙なところなのに、どうしてヴァナルと神獣さまたちはドヤ顔で私を見ているのかな!?

 うっ……。でもちょっと嬉しいかもしれない。エーリヒさまと婚姻して、小さなお屋敷で仲睦まじく暮らしながら穏やかな日常が流れる日々を想像すると私の顔が赤く染まっていく。

 

 『番でしょ? 違うの?』

 

 「ヴァ、ヴァナル! 揶揄わないでください!!」

 

 疑問符を頭の上に沢山浮かべているヴァナルに向かって、私は顔を赤くしながら抗議するのだった。全然、抗議の効果はなかったし先々代の教皇さまとアリサは始終ニヤニヤ顔で私を見ていたけれど……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。