魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――ウルスラが私の部屋を訪ねてから十五分ほどの時間が経っている。
凄く短い時間だけれど、私と彼女が話した内容は凄く濃いものだろう。ウルスラに就いている護衛が『そろそろお時間が……』と彼女の側で呟いているので、私と彼女に残された時間は殆どないと知る。
ならば彼女が訪れた真相を聞いてみよう。私が彼女に聞きたかったことや彼女の昔を知ることができたので、私の目的は達成している。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんのお陰だなと、まだウルスラの側に控えている彼らに感謝の視線を送った。すると彼らは数度尻尾を振って無言で答えてくれるのだった。ウルスラもヴァナルたちと話してから少し落ち着いた様子を見せている。――さて。
「ウルスラ、貴女が
私はウルスラに問い掛ける。彼女の本音を聞き出せたけれど、まだ問題が残っているような雰囲気を抱えているような気がするのだ。上手く言えないが、大聖堂の告解室で懺悔をしている方がまだ隠し事をしているような感じに似ているのだ。告解は自身の罪を神さまに許しを請う場所なので少し違うけれど、今のウルスラは私になにか言い辛いことを隠している。
「……言い辛いのですが、彼にお願いされたことが引っ掛かっています」
「それは?」
私は少し首を傾げてウルスラが告げやすいようにと誘導した。告解室では信者さんの顔は見えないけれど、私の癖なのかこうして問う時は良く首を傾げているような。目の前の彼女は口にするのを迷っているのか、少し目を閉じてなにか考えている。急かすのは無粋だろうと私は彼女の言葉を待つ。そして。
「私の名を使ってアルバトロスの教会に赴きたいと彼が仰ったんです。そしてアルバトロス王国の聖女さま方と力比べをしようと。私は大聖堂に訪れる方への治癒がありますし、他の聖女さまと力比べをしてなにになるのでしょうか?」
ウルスラは力比べをしてなにになるのだろうかと疑問に感じているようだ。治癒術のみならず、魔術全般は個人の能力に左右されるから彼女の言う通り、力比べをしても意味は小さいだろう。
魔術師同士ならば己の力を誇示するために有益なのだろうが、聖女である私たちが術の効果を競っても意味は薄い。せめて技術を高めるための話し合いや実演であれば、有意義な時間となるだろう。確かにウルスラの力は凄いけれど、彼女の言う通りアルバトロス王国の教会に赴いて、そしてアルバトロス王国所属の聖女さまたちと力比べをしても『ふーん。で?』と終わってしまいそうだった。
「……彼は本気で言っているのですか?」
しかし黒衣の枢機卿の偉大な野望には肩を落としそうになってしまう。これ、ナイさまとウルスラに協力して頂いて彼の野望を粉々に打ち砕いてしまっても良いのではなかろうか。その方がウルスラの未来は明るいし、ひいては聖王国の未来にも繋がる。聖王国は三年前の危機的状況から脱したけれど、生命維持装置がようやく外れて自発呼吸をし始めたばかりの回復途中なのだから。
「はい、おそらくは。でも、それって良いことなのでしょうか? 私は政治的な判断は難しくて今はできません。今までずっと彼の言葉を信じて聖女の道を歩んできましたが、私は聖王国の聖女であってアルバトロス王国の聖女さまではないので……」
ウルスラが言葉を続け、アルバトロス王国の聖女さまたちがどんな方々なのか分からないし、唯一彼女が会ったアルバトロスの聖女さまはナイさまである。規格外であるナイさまをアルバトロス王国の聖女さまの標準と、勘違いして欲しくないので私は口を開く。
「聖王国の聖女は信仰の象徴的な意味合いが強いのは分かるかしら?」
「?」
私が言葉を放つとウルスラは疑問符を頭の上にデカデカと掲げている。そうか。ウルスラは聖王国の外に出たことがないし、他国の情報も与えられていないようだ。
これは本当にアルバトロス王国とアルバトロス王国教会とナイさまにお願いして他国の聖女というものを彼女に知って貰う良い機会だろうか。許可が下りるか分からないけれど、黒衣の枢機卿の身柄を差し出せばハイゼンベルク公爵さま辺りはノリノリで『来い!』と良い顔で言ってくれそうである。
「私も人のことは言えないけれど、ウルスラは外のことも聖王国の内情も知って考える力を身に着けた方が良いのかもしれないわね」
ウルスラはまだ若いから、たくさん勉強して知識を得て考える力を上げて、いろいろな方と交わって世界は広いということを知って欲しい。
「ねえ、ウルスラは聖王国のことをどう考えているの?」
「良く分かりません。ですが私を助けてくださった方がいます。私が病気を治して、何年も私を慕ってお礼を告げてくれる方がいます。なんの取り柄のない私が唯一持っているものが『治癒』です。それを教えてくださったのは大聖堂の皆さまで感謝しています」
彼女の口から出た言葉は恨み節ではなく感謝の気持ちだった。聖王国を愛している、なんて大袈裟な言葉は期待していないし、そもそも聖王国を愛しているなんて大仰な言葉を告げられれば私は困る。私も聖王国を愛しているかと言えば微妙だ。けれど聖王国にいる人たちや一緒に過ごしている方たちは大事な存在である。
「分かりました。ウルスラの最初の質問に戻ります。他の聖女さまと力比べをしても意味は薄いです。治癒は……もとより魔術は個人の能力や才能に大きく左右されてしまいます。治癒に関しては個々人ができる範囲でやるべきことをやれば、それで良いと私は考えています」
私はウルスラと確りと目を合わせて言葉を紡ぐ。ウルスラは頑張り過ぎるきらいがあるので、もう少し力を抑えて加減を覚えて欲しいが、彼女の過去を考えると難しいのかもしれない。
社会経験を積めばマシになるだろうか。でも大聖女の地位に就いてしまった彼女が聖王国から出るのは難しい。あれ、私、大聖女なのにアルバトロス王国の王立学院に留学していた……彼女も勉強のために他国に渡ることができるだろうか。それは先任である私の動き次第かもしれないと片眉を上げる。
「やはり、そうですよね。他の聖女さま方を見てずっと考えていたのです。力の差は確実にあるものですが、誰かを助けたいと思う気持ちに違いはないのだろう、と」
ウルスラが胸を撫で下ろしている。黒衣の枢機卿は彼女になにを吹き込んだのだろうか。とりあえず彼女の疑問が解消したので良かったけれど、他の問題が山積みだ。
「彼はウルスラの力を使ってアストライアー侯爵閣下に勝ちたいようですが、政治的に勝つことは絶対に無理だと断言いたしましょう」
私はナイさまが起こした奇跡の数々を彼女に伝える。端折っているところもあるけれど、大体伝われば良い。北大陸の更に北にある神さまの島のことは言えなかったけれど、ナイさまと対峙するなら出会う可能性は十分にある。その時にウルスラと黒衣の枢機卿は平常心を保っていられるのだろうか。私は全く自信がない。
「自身の力で成し遂げていないものを誇ってなにになりましょうか。そして、それは力を行使したウルスラが誇るべきものであり、行使した力の対価もウルスラが得なければならないでしょう」
私の言葉にウルスラはまだ疑問符を頭の上に浮かべている。本当に黒衣の枢機卿はなにをしていたと怒りに任せて叫びたくなるけれど、私はぐっと堪えた。
「ウルスラ。もし貴女がアルバトロス王国並びにアルバトロス王国の教会へ行くことになったなら、それは良い機会でしょう。アルバトロス王国の聖女さまと力比べをする意味は全くありませんが、アルバトロス王国と教会が定めている聖女の意味を肌で感じ取ってきてください。きっと貴女にとって悪いことにはならないでしょうから」
きちんと理解できるなら、ウルスラが飛躍できるきっかけになろうだろう。私はそのために根回しを頑張らないと。私が所属する派閥と黒衣の枢機卿の派閥がどうなろうと知ったことではないが、聖王国とウルスラの未来は守らなければ。そして幼少期のウルスラが抱えたトラウマを少しでも軽くすることができればと願う。
「さて、長話はここで終わりのようですね。護衛のお二方、今のことは他言無用と言いたいですが、職務上それは無理だと理解しております。ですが、聖王国と貴方方が仕えるウルスラのことを憂うのであれば、報告に上げる内容は吟味されることを願います」
私がウルスラ付きの護衛の方を言葉で脅せば、雪さんたちが魔力を放って物理で脅している。ヴァナルは『やり過ぎ良くない』と言いたそうだけれど、黙って雪さんたちを見ているだけだった。
ウルスラは突然部屋の中の魔力の密度が上がったことに驚いているけれど、雪さんたちと話していたことが奏したのか護衛の方より落ち着いている。おそらくウルスラと護衛二人が持つ魔力量の差も関係しているだろうけれど。
「大聖女フィーネさま、お話ありがとうございました。体調も悪くないようで安心しました。しかし――」
彼女が私の部屋を出れば私の様子を聞き出す方が沢山いるだろうと困り顔になる。確かに一週間以上部屋に籠っているから、私の様子は気になるのだろう。アリサも先々々代の教皇さまも最小限の接触に留めているし、側仕えや侍女の方は完全シャットアウトしている。さて、どうしようかと私は悩む。ウルスラを困らせる気はなく、ウルスラの地位を落とすつもりもない。それならば、と私は大きく息を吸う。
「大聖女ウルスラ! 今直ぐ私の部屋から出ていきなさい!! 私は貴方に大聖女の立場を奪われてしまった! 治癒もウルスラより下手糞だもの仕方ないわね!!」
私が突然上げた大声にウルスラと護衛の二人は驚いているけれど、私がウインクをウルスラに向けると意味を理解したのか、ソファーから立ち上がり部屋の扉へと歩いて行く。
「良かったじゃない! 貴女はこの先、聖王国の大聖女として栄光の道を歩いていくんだわ!」
更に私が声を上げると、ウルスラがやり過ぎではという顔になる。今の世情では精神的な乱心を披露すれば、重篤な病気と判断されてかなり白い目で見られる。
私はワザと演じているので痛くも痒くもないのだが、私の実家であるミュラー家の人たちに多大な迷惑が掛かる可能性があった。でも、まあ……実家対聖王国とウルスラの未来を天秤に掛けたなら、後者の方が重いのは確実だ。
「びゃぁあああああああああああ!!」
と、私はアガレス帝国の皇宮で聞いたナイさまの叫び声を真似た。ヴァナルと雪さんたちがぺこんと耳を倒して塞いているのが、私の視界の端に映る。完全再現できているか分からないけれど、私は開錠魔術を施して驚いているウルスラたちを笑顔で見送るのだった。
◇
――どうしてこんなことに……! と、俺は外務部の自席で頭を抱えていた。
話は数十分ほど前に遡る。外務部に聖王国の枢機卿と新しく大聖女の地位に就いたウルスラと呼ばれる少女がアルバトロス王国の教会の視察に赴きたいと打診があったと。
そしてアルバトロス王国は視察を受け入れるとアルバトロス上層部から通達が入ったのだ。まあ、そこまでは大きく驚くことはない。フィーネさまから届く手紙で内容は知っていたのだから。そして彼女が私的な手紙で国についてのやり取りが記されているならば、聖王国とアルバトロス上層部にも許可を得ているのだろう。
国外の地位のある方の出迎えなので外務部も動員されるのは当然であるが、通達内容に大聖女ウルスラ以外はどうなっても良いよと告げられるのは如何なものだろう。
新しい大聖女就任から派閥騒動が巻き起こり、自身の派閥の皆さまの行動に怒ったフィーネさまが聖王国で自室に閉じ籠って二週間近く経っていた。そろそろ部屋に閉じ籠っているのも限界かもしれない。噂でフィーネさまの部屋から妙な叫び声が上がったと聞いている。彼女が記した手紙にそんなことは一言も書いていなかったので、嘘だと信じたいが……燃える種がなければ煙も火も立たないしなあと遠い目になる。
敵対派閥の長と新しく就任した大聖女がアルバトロス王国に向かうのは必然だったのだろうか。最大対抗勢力であるフィーネさまの派閥は弱体化しているので、止める者はいないし、相手方はナイさまと治癒の力比べをしたいそうだ。無謀な…………という外務部の中で空気が漂っているものの、新大聖女以外は追い落として良いよという許可が下りているので、何故か同僚たちは盛り上がっていた。
「先日、ヤーバン王を受け入れて無事に帰国したというのに、今度は聖王国の方ですか。本当にアストライアー侯爵閣下は人気者ですね。エーリヒ」
ユルゲンが緑色の長い髪を揺らしながらくつくつと笑っている。どうやら俺の様子を見て、なにか考えていると察したらしい。俺は頭を抱えていた両腕を解いて、ユルゲンの顔を見る。彼は笑っているというより、俺の苦労を察知してくれて苦笑いになっていた。なら、少しくらい愚痴を言っても構わないかと彼の言葉に答えるべく口を開く。
「そうだな。そうなんだけれど……どうして俺が単独で聖王国に乗り込まなければならないのでしょうか?」
ユルゲンと私的に話しているのに何故か最後は敬語になってしまった。外務卿から通達されたのは聖王国の件だけではなかった。何故か部屋に閉じ籠っているフィーネさまの救出作戦まで立てられており、教皇猊下と先々々代の教皇さまの許可は得ているから迎えに行ってくださいねと温かい言葉をくれたのだ。
面白そうに笑っている外務卿であるシャッテン卿に俺は驚きつつも、無許可で他国に入る無茶と人攫いはできませんと主張するが、アルバトロス王と聖王国の教皇猊下と先々々代の教皇とのやり取りで決まったから大丈夫と押し切られた。
現教皇猊下は理解できるが、退位した先々々代の教皇さまってそんなに影響力があるものなのかと疑問に思うも、彼も三年前に聖王国を立て直した方の一人に数えられている。きっと聖王国上層部では彼の影響力が残っているのだろう。
「それは……白馬の王子さまを演じなければならないからでしょう」
ユルゲンの苦笑いが強くなる。白馬の王子さまは物語の中だけと思っていたのだが、俺はナイさまの屋敷に居候している天馬たちと一緒に聖王国へ赴くのだ。立場はしがない外務部官僚であるが、見ためは白馬――天馬だけど――に乗った王子さまだそうだ。
この計画の発案者はハイゼンベルク公爵閣下とナイさまではないかと予想しているが、真相は分からないままだ。そして俺の護衛としてスライムのロゼが一緒に付いてきてくれるとか。本当であればジークフリード辺りが似合うのだろう。彼には竜殺しの英雄の称号があるし背格好も良いのだから、白馬の王子さま役はジークフリードの方が似合うはずである。
「俺に似合うと思う?」
確実に似合わないし天馬を乗りこなす自信がないのだが……。
「似合う、似合わないではないですし、騎乗訓練も今日から行うので問題は少ないかと」
そう。多方面の皆さまの手配によって、俺の退路は塞がれていた。もちろん俺がフィーネさまを迎えに行くことに問題はないが、どうしてこんなに大仰にしなければいけないのかと頭を抱えた次第である。多分きっと大騒ぎにして黒衣の枢機卿の悪巧みを世間――西大陸全土レベル――に知らしめたいのだろう。しかし。
「ねえ、みんな、俺を揶揄って楽しんでいない?」
今の外務部のみんなは『頑張れ~』と呑気なものである。天馬さまたちに戦闘力はないので最初は心配されていたが、スライムのロゼとグリフォンが護衛に就くとシャッテン卿から声が上がった際に大丈夫だなと一瞬で切り替わった。
いや、俺、あまり乗馬を嗜んだことはないのにと落ち込んでいると、子爵邸でヴァイセンベルク嬢が手解きを俺にしてくれるとのこと。そういえば彼女の趣味は乗馬だったなと、気が遠くなりそうなのを必死で抑え込んだ。
「そんなことはありません。派閥騒動に怒って部屋に閉じ籠っている大聖女フィーネを迎えに行く名誉ですよ。聖王国上層部の身勝手振りを国内外にお知らせする良い機会と捉えれば、エーリヒの気が紛れませんか?」
それはナイさまにお任せしたい。ただ、一国の官僚が各国の皆さまを驚かせるわけにはいかないが、フィーネさまを聖王国という楔から解き放つには良い機会だと俺は捉えている。
俺が成り上がるには時間が掛かるだろう。それなら今回の騒動に乗じて、聖王国の本丸からフィーネさまを奪い取るのも一興かもしれない。それでもまあ、良心というか常識というか俺の中にあるものが、本当に彼女を攫って良いのだろうかと問い掛けてくる。
「確かに聖王国上層部の身勝手振りを大陸中に知らしめるのは価値があるけれど、亡国にならない、それ?」
俺が取る行動は聖王国の未来を決めるのではなかろうか。いや、まあ黒衣の枢機卿が一番聖王国の未来を閉ざす動きをしているけれど……それは別の話として。片眉を上げながらユルゲンに問えば、彼もまた片眉を上げながら俺の疑問に答えてくれようとする。
「おそらくその辺りはアルバトロス王国……というよりアストライアー侯爵閣下が上手く動くつもりなのでしょう。新たな大聖女ウルスラという希望の光がありますからね。彼女に求心力を注ぎ込めば持つのではないですか?」
黒衣の枢機卿はナイさまを目的としている。その時点で破滅が確定しているのだが、本人が気付いていないのは幸せなことだろう。不幸なのは情勢を見極めている者が胃を痛めている所だろうか。
聖王国上層部に黒衣の枢機卿を止められる人がいれば良かったのだが、止めるべき対抗勢力の者たちさえナイさまを頼ろうとしている。聖王国内で解決しようとしないのでフィーネさまは部屋に閉じ籠った。連絡は取れているので心配はさほどしていないし、ナイさまのフェンリルとフソウの神獣さまがフィーネさまと一緒に過ごしているので警備面は心配していない。俺が気になっていることは……新大聖女だろうか。
「十五歳の子供にそんな大役を……って言いたいけれど、フィーネさまも十五歳の時に同じことをしているんだよなあ。しかも経緯が似ているような……」
「次があれば今度こそ聖王国は滅亡の道を歩みそうですねえ。そうならないためにも、彼らには頑張って欲しいものです。そういえば白馬の王子さま計画はアストライアー侯爵閣下が考えたそうですよ」
「ナイさまぁ!?」
ユルゲンの言葉に聖王国超頑張れと言うつもりが最後に爆弾発言を落とされて、ナイさまの名前をつい叫んでしまった。そりゃ天馬さまたちが出張ってきたならナイさまのお願いを聞き届けたと判断できるが、改めて誰かから言葉にされるとツッコミを入れざるを得ない。
「教会も聖王国のお偉いさん方を迎え入れるために右往左往しているのでしょうねえ。フライハイト嬢とリヒター嬢に治癒が上手いと評判の聖女さまを何名か召喚するようです」
俺の驚きをスルーしてユルゲンは語り続ける。彼は俺の反応を楽しんでいるのだろうか。しかし俺の出方よりも気になるものがある。
「侯爵閣下はどうでるんだろうな……彼女の動き次第で大陸全土が落ちることもあるんだが……黒衣の枢機卿は閣下を怒らせないよな? 聖王国で彼の態度に閣下が青筋を立てている所を見ているから俺は不安だ」
だって神さまの力を借りれば沈めた大陸を元通り、なんてことも可能だろうに。ナイさまがブチ切れて『更地にな~れ!』なんて言い出せば、止められる者が凄く限られてくる。
「……恐ろしいことを言わないでください、エーリヒ。あり得ることなので余計に怖いのですが……」
「その時、俺はいないぞ」
大陸の未来を想像したユルゲンの顔色が悪くなる。ナイさまが怒っている所を側で見たことがない人は実感が湧き辛いのだろう。俺はナイさまがアガレス帝国で無茶をしている所を直に目にしているので、本気を出した彼女が凄いことを仕出かすと知っている。
「………………エ、エーリヒ。誰かアストライアー侯爵閣下を止められる方は?」
「ハイゼンベルグ公爵閣下かジークフリードとジークリンデさんくらいか。あとはクロさまだけれど、基本人間の国同士の事情に介入しようとしないからな」
更に顔を青くしているユルゲンに俺は怒ったナイさまを冷静にさせてくれる人物の名を告げた。凄く信頼できるけれど、ナイさまが怒っていると知ればジークフリードとジークリンデさんは止めずに、気が済むまで見守りそうである。
ハイゼンベルグ公爵閣下は大変なことになりそうであれば彼女を止めてくれるはず。公爵閣下はナイさまの首根っこを唯一掴める方なので、外務部の者たちをアルバトロス教会に同行して欲しいが今回のことは楽しんでいそうなので無理な願いだろうか。
「エーリヒ……凄く早く聖王国に向かって、凄く早くアルバトロス王国へ戻ってきてください。侯爵閣下が怒る姿はあまり想像できませんが、西大陸が更地になるところは容易に想像できてしまいます」
ユルゲンが竜の皆さまや幻獣の皆さまが暴れても西大陸各国は大ダメージを受けてしまうと、想像を巡らせて顔を真っ青にしている。流石に西大陸全土が真っ平になることはないはずだが、念のために保険を掛けておこう。
「なるべく早く戻るつもりだけれど同時進行の計画だからな。一応、ジークフリードに伝えておくか」
俺は黒衣の枢機卿ご一行が転移をしたと同時にミナーヴァ子爵邸から飛び立つ予定だ。馬車で片道一ケ月ほどの道程を六時間ほどで移動できるのだから凄く速い。聖王国ご一行、いや黒衣の枢機卿一行はアルバトロスに三日間の滞在予定である。
時間的には俺は一日で戻ってこれるからユルゲンの願いを叶えることはできるけれど、初日に教会へ赴くし、教会にはナイさまも参加しているのだ。ジークフリードとジークリンデさんならナイさまが無茶をするなら止めてくれるはず。無茶ではないと二人が判断すれば止めてくれない可能性が高いけれど、なにもしないよりはマシだろう。
「そうですね。僕もジークフリードにお願いの手紙を記します」
ユルゲンの言葉に俺たちはいそいそと仕事に戻る。さて、かなり忙しい日があと少しでやってくると俺は天井を仰いだ。