魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――大聖女ウルスラさまとオマケがアルバトロス王国にやってくるそうだ。
少し前にヤーバン王国の陛下をアルバトロス王国は受け入れたというのに忙しいものである。忙しさの原因を作っているのは私だけれど、一応国交が持たれているため利益を出していると信じたい。
ヤーバン王は狭い子爵邸になにも文句は言わず孵ったばかりのグリフォンさん四頭――何故増えたのか私に問わなかったのは思考を放棄したのだろうか?――がポポカさんたちを親と勘違いして守っている姿が余りに可愛いと腰を抜かして、ヤーバン王として他人に見せられない顔をしていた。
どこかの誰かさんに似ているけれどヤーバン王はグリフォンさん限定である。クロたちと話をして喜んでいるものの、やはり彼女はグリフォンさん一筋らしい。母グリフォンさんが彼女に近づけば、直立不動になって目を輝かせながら会話をしている。さながら英雄と新兵の姿を見ているようで微笑ましい……いや、王さまが某辺境伯令嬢さまのような態度で良いのかなと思いつつ、邪魔しちゃ悪いと私たち子爵邸メンバーは眺めていた。
そんなヤーバンご一行さまは凄くご機嫌に母国に戻っていったのに、今度は聖王国から新たに大聖女の位に就いたウルスラと呼ばれる少女と黒衣の枢機卿さまがやってくる。
彼らの目的はアルバトロス王国教会の視察である。聖王国が西大陸全土にある宗教の総本山なのに、分家の様子を見にくるなんてどういう風の吹き回しだろうか。
私も呼ばれているが不思議でたまらない……って、嘘です。彼らは私と力比べをするため、アルバトロス王国の教会にやってくるのだ。フィーネさまから情報が全部筒抜けなので、アルバトロス王国もアストライアー侯爵家も笑顔で彼らを迎え入れるのだ。教会で、だけれど。
そんなこんなで黒衣の枢機卿さまに喧嘩を売られている状態である。彼の愚行は聖王国内で止められなかったので、アルバトロス王国がとばっちりを受けていることになるのだが、私はフィーネさまからの要請なので文句はない。
そもそもの発端が黒衣の枢機卿さまに声を掛けられ煽られたまま終わっているので、喧嘩しても良いよと保護者の許可が下りたのだ。アルバトロスの陛下は『ほどほどにな』と告げられているが、ハイゼンベルグ公爵さまからは『聖王国が潰れない限りはおもいっきりやれ』とエールを頂いているため、全力で『アルバトロス教会スゲーだろ計画』を練ってみた。
少し子供じみた計画ではあるけれど、黒衣の枢機卿さまが指にでかでかと青い宝石が付いた指輪を嵌めているあたり見栄とか高級品に目がない方だと考えている。
悪ふざけで、アルバトロス王国の枢機卿三名に彼が付けている指輪よりも大きい宝石が施された指輪を付けて貰おうと提案したのだが、アルバトロス王国の枢機卿三名が『聖職者として金満と思われるのは如何なものか……』と苦言が返ってきたので諦めた。
私はエルフの皆さまと妖精さんたちが協力して作ってくれた極上反物で新しく聖女の衣装を作り直し、アリアさまとロザリンデさまもアルバトロス王国の聖女として同席するので気持ち質を落とした新しい衣装をアストライアー侯爵家が用意して纏って頂くようにお願いしている。
エルフのお姉さんズとエルフの皆さまと妖精さんたち――お婆さまは行方不明――には無理を押し通して貰ったので、特急制作料以外のお礼を考えないと。亜人連合国に遊びに行きますと言いながら、いろいろとやるべきことがあって行けていないのが現状である。
――聖王国ご一行、いや黒衣の枢機卿一行がやってくる日がきた。
朝、子爵邸の来賓室。新しく用意した聖女の衣装にアリアさまとロザリンデさまと私は一緒に袖を通す。侍女さんたちの手を借りているのだが、何枚か重ね着しているため衣装を纏う時間が掛かっている。
お化粧も軽く施して頂き彼らを迎え入れる戦闘準備は整った。
ふうと息を吐いて、部屋の扉の前で待って頂いていた方を戻って頂く。主に男性陣なのだが、アリアさまとロザリンデさまの護衛の方がいるので、いつもより人数が多かった。そして毛玉ちゃんたちもぴゅーっと駆けて部屋の中へと入り、私たちの周りをぴょんぴょん跳びながら不思議そうに新衣装を眺めていた。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは聖王国のフィーネさまの下にいる。どうにもフィーネさまが所属する派閥の方は黒衣の枢機卿さまを止められなかった。そんな彼らを見てフィーネさまも先々々代の教皇さまも落胆を隠せなかったようだ。尻に火がついている状況だと言うのに、まだ私を頼ろうとするなんて。結果的に聖王国はまたフィーネさまに助けられた形となるのだが、これから国という体を維持できるのだろうか。
とりあえず聖王国の内情は置いといて、今は黒衣の枢機卿一行のお出迎え準備である。ジークとリンが私の後ろに控え、アリアさまとロザリンデさまの護衛の方もそれぞれ後ろに控える。
介添えの侍女さんたちとソフィーアさまとセレスティアさまも同席しているので、流石に大勢が集まると来賓室でも狭い。アリアさまは部屋の密度なんて気にせず、ひらひらしている衣装を楽しみながら私に視線を合わせた。
「ナイさまに頂いたスカーフも凄いですが、今日の衣装も凄いですね……なんというか魔力がいつもより多いような?」
新しい衣装にも妖精さんの協力を得ているので不思議パワーは宿っているはず。最近、妖精さんたちを見ると私の側に駆け寄って右腕に触れて、ぱっと消えていく謎現象が起きている。
グイーさまに右腕を治して貰ったから妖精さんたちは神さまの気配に気付いているのだろうか。私の右腕は軽くなった気がするだけで特に変化はないのだが……妖精さんたちの行動に少し引っ掛かるところがあった。
「仕事を終えれば譲り受ける話になっておりますが、本当に宜しいのでしょうか?」
ロザリンデさまも困り顔で私を見つめた。彼女の言葉を聞いたソフィーアさまとセレスティアさまと侍女さんたちは、ロザリンデさまの困惑は当然だと言いたげである。
「面倒事に巻き込む報酬だと考えてください。聖王国で黒衣の枢機卿さまは私に自己紹介せず大聖女ウルスラを紹介されましたし、しれっと私の横に彼がいて聖王国自慢を繰り広げられましたから。私も同じことをしようかと」
あまりの出来事に忘れていたけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまの事後ツッコミにより私は彼の名を知らないままだと気付いたのだ。一応、フィーネさまからどんな方か聞き及んでいるものの、結局手紙のやり取りでも『あのお方』とか『ヤバい人』で通されていたので彼の名前は知らないのである。知らなくても問題ないと、子爵邸のみんなと頷いたのは笑い話なのだろう。
「ナイさまが怒っています。珍しいです」
「それは怒って当然かと。名乗りを上げずご自身の都合を押し通した形ですので、ナイさまにもアルバトロス王国にも黒衣の枢機卿と仰る方は喧嘩を売っているのも同然ですから……」
アリアさまが不思議そうに、ロザリンデさまは困った顔で私を見ている。事件に巻き込まれる回数が多いので感情を荒げることもあるのだが、アリアさまにとって私が怒っている姿は珍しいようだ。
ロザリンデさまはロザリンデさまでお貴族さまの常識に照らし合わせて意見を述べている。彼女の言葉に上流階級に染まり慣れている方たちが力強く頷いているので、それを見たアリアさまは『なるほど』と一人で理解していた。
「とまあ、常識が通じない方なので、これから起こる気苦労の補填ということで受け取って頂けると私の気持ちが楽になります」
アリアさまとロザリンデさまに向けた報酬はこれで良いとして、教会には毎月送っている寄付額を今回だけ増やそうとなった。憧れのはずの聖王国なのに、黒衣の枢機卿さまの自己満足に付き合わされるのだから大変である。
腐り切っていた聖王国の膿を洗い流すには一度だけでは足りなかったと捉える方が建設的だろう。今度こそ最後になって欲しい――でなければフィーネさまと後発の大聖女さまや真っ当な方が苦労する――と願うばかりだ。大聖女ウルスラさまは社会経験が足りないだけで、根っこの部分は確りしている子だろうとフィーネさまは判断していた。私はフィーネさまの判断を丸呑みするわけにはいかないので、アルバトロス王国教会での彼女の態度次第でお付き合いの仕方を考える。
「さて、私たちはアルバトロス城に向かいます」
そろそろ出発の時間だと私はアリアさまとロザリンデさまを見る。
「ではわたくしたちはアリアさまと共に教会へ参ります」
ロザリンデさまの言葉にアリアさまが確りと頷いて笑みを浮かべていた。緊張はなさそうだし、アルバトロス教会の方たちも事情は知っている。とはいえ。
「アリアさま、ロザリンデさまお気を付けて。申し訳ないのですが、ご迷惑を掛けると教会の方たちに伝えて頂けると助かります」
「承知致しました。ナイさまは今回巻き込まれただけと、多くの方が理解してくださっているかと……」
私の言葉にロザリンデさまが困っている表情をして、アリアさまが苦笑いを浮かべた。そうして私たち一行は子爵邸の地下室へ、ロザリンデさまとアリアさまは馬車回りへと歩いて行く。
転移を利用するので王城までは一瞬だった。魔術陣が施されている部屋から抜けて案内の近衛騎士の方の後ろを付いて中庭へ向かうと、先に子爵邸からお城にやってきていたエル一家とグリフォンさんたちの姿があった。王城の綺麗な中庭に天馬さま四頭とグリフォンさんがくつろいでいる姿に見惚れている方がちらほらといた。近衛騎士の方も『凄い光景だ』と感心している。
そして彼ら魔獣の側で小さくなっているエーリヒさまに頭を下げて、私は先にエル一家とグリフォンさんの下へ行く。そして私の影の中からロゼさんと毛玉ちゃんたちがしゅばっと出てきた。その様子に慣れていない方々が目を丸くするのだが、驚かせて申し訳ないと謝る時間は私になかった。
「エル、ジョセ、ルカ、ジア、十分気を付けてね」
天馬四頭とグリフォンさんとロゼさんがいる一団を狙う人や魔獣や魔物がいるとは思えないが、念には念のためである。複数頭で出向くのはエーリヒさまが落下した時に備えてのことである。
ルカは三対六枚羽を持っているので、落下速度にも余裕で追いつける。エーリヒさまは事前に乗馬の練習を積んだので――ちなみに講師はセレスティアさまだった――心配は必要ないけれど、これもまた念には念を入れておく。
『大丈夫です。私たちの護衛にグリフォン殿とロゼさんが任されております』
『グリフォンさんとロゼさんがいれば、問題なく聖王国に辿り着けるでしょう。しかしまあ、凄く緊張されておりますね。エーリヒさまは大丈夫でしょうか。そちらの方が心配です』
エルとジョセが心配そうにエーリヒさまの方へ首を捻って顔を向ければ、ぴしっと両手を足につけているエーリヒさまの姿があった。それを一緒に見ていたルカが唇を突き出して変顔を披露している。
彼を揶揄っているのか励ましているのか分からないけれど、ルカに緊張感はなさそうだ。ジアも変顔を披露している兄に微妙な視線を向けていた。天馬さまたちも人間と同様に男の子より女の子の方が精神面の成熟が早いようである。
「ロゼさん。エーリヒさまとエルとジョセとルカとジアの護衛、お願いします。襲ってくる魔獣や魔物がいれば遠慮なくで大丈夫だから」
私は地面の上でまんまるボディーを揺らしているロゼさんの下にしゃがみ込んで言葉を掛けた。遠慮しなくて良いのが嬉しいのか、ロゼさんは身体をぷーと膨らませた。
『ロゼ、頑張る!』
「聖王国の大聖堂に攻撃を加えるのは、また今度ね?」
私は苦笑いを浮かべながらロゼさんに行っては駄目なことを伝えておく。どうにも私の影の中にいると私の感情が流れてしまうのか、ロゼさんが『大聖堂ぶっ飛ばす?』と少し前に問うてきた。流石にぶっ飛ばすのは不味いので、今はまだ我慢してくださいとお願いしておく。
『…………残念』
ロゼさんは膨らませていた身体を一気に萎ませた。どうやら聖王国の大聖堂破壊を夢見ていたのか、叶えられないと知り残念がっている。
「グリフォンさんもよろしくお願いします。孵ったばかりの仔たちが気になるだろうけれど、ポポカさんたちと子爵邸の皆さまがお世話をしてくれるから」
グリフォンさんの幼体四頭の生育は順調そのものだ。日数が経ちポポカさんたちより一回り大きくなっている。ご飯もモリモリ食べているし、幼体さんたちに釣られてポポカさんたちの食欲も増していた。
『仔たちのことはお任せ致します。わたしよりもポポカと子爵邸の皆さまの方が世話が上手ですから。私は安心して天馬たちの護衛を務められます。仔を無事に孵して頂いたこと、グリフォンの数が一気に増えたお礼には足りませんが、ナイさんのお願いですもの。全力で対処して参ります』
グリフォンさんが嘴を私の顔に寄せて何度か軽く擦り付ける。クロのすりすり攻撃とはまた違う気持ちよさに目を細めていると、負けないよと言いたげにクロが顔を擦り付けてきた。
「エーリヒさま、エルに騎乗するので心配はしていませんが、聖王国に乗り込むことで危険が及ぶこともあるでしょう。その時はロゼさんを頼ってください」
一応、聖王国上層部のまともなお偉いさん方にはフィーネさま拉致計画の話は通っている。フィーネさまも知っているので問題は少ないが、危険と判断されれば攻撃されるだろうしなあ……。
「えっと……無血でフィーネさまをお迎えできるように頑張ります」
私がエーリヒさまに声を掛けると、ジークが私の耳元に顔を寄せてエーリヒさまと話しても良いか許可を願った。時間はまだあるので問題ないよとジークに場所を譲る。
「エーリヒ、気を付けてな。あと、これを」
ジークが手に持っていた片手長剣をエーリヒさまに差し出す。あれはジークが教会騎士になって暫く経った頃に、お給料を貯めて買った初めての長剣ではなかろうか。
「ジークフリード……俺、長剣なんて扱えない」
エーリヒさまは渋面でジークの顔を見上げている。ジークが教会騎士に就いた時の身長と今のエーリヒさまの身長は同じ位だから、長剣の長さは合っているはず。
「佩いているだけで脅しになるし、抜かなくても良いから緊急時に使え。俺のお古だが手入れはきちんとしてある。予備の一本だから失くしてもかまわない。エーリヒが無事に戻ってくるならそれで良い」
ジークの言葉にエーリヒさまは少し迷って差し出された長剣を受け取った。そうしてジークが帯剣ベルトをエーリヒさまの腰に回して付けている。
ジークとリンの腰元で『面白いから俺ちゃんが一緒に行ってやっても良いんだがなあ』『馬鹿剣が赴いても煩いだけですわ』とレダとカストルがお喋りしていた。それはそれで面白いのだが、教えてくれるのが少し遅かった。
「それじゃあ、フィーネさまを迎えに行ってきます」
エーリヒさまがたどたどしくエルの背に乗れば、エルの足元にふわりと風が舞いゆっくりと空へと旅立つ。エーリヒさまと外務部の方一人――武闘派らしい――就いているので、道中暇はしないはずである。
今回エーリヒさまがフィーネさまを迎えに行くことになったのは、フィーネさま派閥の日和見主義な方たちや他力本願な方たちに向けたパフォーマンスである。派閥の頭であるフィーネさまがいなくなって困ってしまえ、というのが目的だ。
「さて、今度は例の枢機卿さまご一行をお迎えに行きますか」
エーリヒさまとエル一家とグリフォンさんとロゼさんが見えなくなった頃、私は後ろに振り返る。
「ああ」
「うん」
ジークとリンが頷いてくれ、そしてソフィーアさまとセレスティアさまも口を開いた。
「今回は手加減ナシだな」
「アストライアー侯爵家を馬鹿にしていましたものねえ。遠慮は必要ないかと。盛大に参りましょう」
お貴族さまの面子を彼に潰されていたので、生粋の貴族令嬢さまお二人はやる気一杯だ。黒衣の枢機卿さまが死なない限りは止められることはなさそうだなと笑い、もう一度転移陣のある部屋に戻るのだった。
◇
さあ、これから黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラをお迎えだと私が気合を入れていれば、ぞろぞろと他のお迎えメンバーが転移魔術陣が施されている部屋に姿を現す。てっきり私と外務卿さまが対応するのだろうと考えていたのに、姿を見せた方々は良い顔をして笑っていた。私は隣に立っている外務卿さまに視線で『少し失礼を』と訴えて半歩前に出る。
「どうして皆さまが?」
私が小さく首を傾げると部屋に入ってきた方々が私を見下ろした。男性陣ばかりだから仕方ないけれど、みんな背が高すぎる。
「アルバトロス王国の侯爵位持ちを小馬鹿にされたからな。ナイの後ろ盾であるワシが出てきても問題あるまい。それに向こうも保護者同伴だからな。我らもそうしただけだ」
くくくと喉を鳴らしそうな勢いでハイゼンベルグ公爵さまが、生やしている髭に片手を伸ばして撫でながら教えてくれる。もう片方には二年ほど前に私が贈ったドワーフ職人さん制作の杖を持っていた。
あー……なんだか戦闘モードに入ってませんかねえと公爵さまを目を細めながら見ると、私の内心は彼にバレバレなのか『ふ』と軽く笑われた。まあ、陛下に迷惑が掛からなければ良いかと、一番事態を面白おかしくしそうな人物から視線を離しもう一人の保護者の方へ視線を合わせた。
「そうですね。アストライアー侯爵に向けた行動は貴族として許せるものではないかと。我が娘から直接話を聞いております。少しばかり威圧を掛けても構わないでしょう」
ヴァイセンベルク辺境伯さまがにこりと笑う。彼もまた私の後ろ盾なので公爵さまの言い分を信じるならば、今この場にいることは当然である。私が黒衣の枢機卿さまに失礼な扱いを受けたことをいたく気にしてくれている。有難いけれど、辺境伯さまも公爵さま並に独特の雰囲気を纏っている方なので、黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラさまがビビり散らさないかなと心配になってきた。
「今回の護衛は強面の者を集めておいた。ついでに近衛騎士にも強面の者を選出して欲しいと頼んでおいたが……悪くないな」
「私もガタイが良く視線の鋭い者を選んでおきましたよ。聖王国教会の護衛の方には申し訳ありませんが、実戦経験などないでしょうし」
公爵さまと辺境伯さまがお互いに視線を合わせて、はははと笑っている。外務卿さまと私はお二人とも今の状況を楽しんでいると微妙な顔になるのだった。しばし時間まで集まったメンバーで雑談を交わす。
外務部の方々もお迎えのために同席しているのだが、エーリヒさまがいないというのが少し慣れない。お仕事の最中はエーリヒさまが引っ張り出されていろいろと立ち回ってくれていたのだが、彼は今大空の上である。楽しい空の旅になっていると良いなと思いを馳せていると、公爵さまのこつんと杖を床に軽く突いた音ではっとした。
「さて、そろそろ時間かね」
「はい。魔術陣にそろそろ反応がみられるはずです。魔術陣が光ればアストライアー侯爵閣下、よろしくお願いしたしますね」
公爵さまの疑問に外務卿さまが答える。そろそろ指定の時間となっているので、魔術陣になにかしら反応があるはずだ。今まで転移をする側になることが多く、迎え入れる側に立つのは珍しい。
「承知致しました」
外務卿さまに返事を返して失敗しないように慎重にと私自身に言い聞かせる。あれ、侯爵位を持っているのだから、転移の受け入れは副団長さま辺りに任せて私は横で見守っているのが本来ではと疑問がふと頭に過った。
でもまあ待っている間は暇だし、受け入れ作業が凄く繊細というわけでもない。適材適所かと納得して、転移陣が反応するのを待っていた。
指定の時間から五分が過ぎている。時間にルーズな世界であるが、心象を良くするならば時間ぴったりに行動を起こす方が良い。前世日本人の感覚からすると五分前行動を基本としたいものの、待ち合わせの時間には丁度の時間に向かうか少し遅れてが普通なのである。
とはいえ、今日は政治の場だ。個人的なことではなく国同士の約束事なので時間通りに行動するのがベストだろう。もしかして黒衣の枢機卿さまは聖職者なのに、少し遅れてくるのが美徳であると考えているのだろうか。
フィーネさまが彼に同行していれば、移動の催促を促しているか顔を真っ青にしている所だろう。彼女は絶賛引き籠もり中であり、一芝居を打ったことから聖王国上層部では『大聖女ウルスラさまの誕生に耐えられずご乱心!?』となっているけれど……。
「……ふ」
「…………」
公爵さまと辺境伯さまの口の端が伸びていた。護衛の皆さまも悪い顔になっているので、腹の中では良く思っていないようだ。ソフィーアさまとセレスティアさまも無言で覇気を出しているし、ジークとリンも私の後ろでむっとしている。私は黒衣の枢機卿さまの行動が後々彼の処分に響いてくるだろうと分かるから、なにも言うつもりはない。更に二分、三分と過ぎてようやく転移陣に光が灯った。
「あ……起動しましたね。では繋げます」
転移陣に私の魔力を流して、こちら側への誘導を促す。受け入れ側の反応がなければ転移が失敗となるため、必ず双方が揃った場でないと無駄な行為になるのだ。繋がった魔力の雰囲気は大聖女ウルスラさまのものだろう。お互いの魔力の相性が関係するため、受け入れ時間が長くなってしまうことがあるのだが今日はすんなりと済みそうだった。
転移陣の上に聖王国の黒衣の枢機卿さまご一行が姿を現す。
「…………っ」
私は黒衣の枢機卿さまご一行の中にいる当人に真っ先に視線が向いたのだが、声を上げるのを我慢した私を褒めて欲しい。二週間前に会った彼より衣装に豪華さが増していた。更に指に嵌めている指輪の青い石の大きさも一回り大きくなっているのだが……やばい、この姿をカルヴァインさまが見れば卒倒するのではなかろうか。
聖職者なのに欲に塗れてしまっていると……ちょっとアルバトロス王国の教会に案内するのが億劫になってきたと息を吐いて気持ちを入れ替える。ちなみに大聖女ウルスラさまはフィーネさまの衣装より控えめなものを纏っていた。
「ようこそ。アルバトロス王国へ」
ご一行さまの迎え入れの代表は私の役目となっているので、第一声は私が上げさせてもらった。ただ今回は頭も目線も下げていない。
「出迎えご苦労だ。アストライアー侯爵」
黒衣の枢機卿さまに私は顔を見上げるとふふんと笑い彼は私を見下ろす。私の身長が低くていつも伸びて欲しいと願っているけれど、嫌な方に見下ろされる不快感は嫌なので、一瞬でも身長を伸ばしてくれないだろうか。
黒衣の枢機卿さまとは言葉は交わさず、大聖女ウルスラさまへと視線を向けた。フィーネさまは彼女のことを凄く心配していた。とりあえず経験を積んで欲しいからアルバトロス王国に向かい、教会を見学するのも良い機会だろうと手紙に記されていたのだ。
しかし彼女にとって黒衣の枢機卿さまは孤児院で慣れない生活を送っていた所に手を差し伸べた恩人という立ち位置だから、裏切るとか見捨てるという選択が思い浮かばないらしい。
「大聖女ウルスラさま、アルバトロス王国へようこそ。聖王国大聖堂の活動とアルバトロス教会の聖女の違いを感じ取って頂ければ幸いです」
「はい。よろしくお願い致します!」
私の言葉に大聖女ウルスラさまが頭を下げる。身長は彼女の方が私より高いので見た目年齢がちぐはぐになっているが、彼女は私の三歳年下である。まだまだ大変だろうし、彼女の後ろ盾が黒衣の枢機卿なのできちんとした教育を受けているのか心配である。
私も私で教会と王国の都合により魔力制御や魔術についてきちんと教わっていなかった。私の場合は自覚していたので構わないが、彼女はそれすら気付いていない。まだまだ伸び代があるならば、優秀な聖女さまになれるだろうと私は目を細めた。
「此度はよろしくお願い致します。時間も押していますし、さっそく教会へ移動致しましょう」
私は彼に嫌味を放つ。気付いてくれているか分からないが、ちくりと皮肉を伝えるくらいは許されるはずだ。
「あ……お時間に遅れてしまったこと申し訳ありません。慣れない転移で少し手間取ってしまいました」
私の皮肉に気付いてくれたのは黒衣の枢機卿さまではなく、大聖女ウルスラさまだった。彼女は私に深々と頭を下げるので私は顔をお上げくださいと伝えて言葉を続ける。
「なるほど、遅れてしまった事情はそういうことでしたか。大量の魔力放出に慣れないと難しいですからね」
いや、大聖女ウルスラさまが謝ることではないはずだ。初手で黒衣の枢機卿さまが出迎えご苦労と抑揚に告げるより、先に謝っておけば不問になる話を怠っただけなのだから。事情は理解したとフォローを入れていると、半歩前に黒衣の枢機卿さまが歩み出た。
「すまないね、アストライアー侯爵。彼女の不手際を許して欲しい」
あんたが請うことじゃねーよ、と言いたいのをぐっとこらえる。公爵さまと辺境伯さまは目の前の男性の小者っぷりを理解してか、興味を失って私に任せるという視線を向けてきた。
あれ、保護者じゃなかったのですかと問いたいが、お二人がいなくとも問題なく外交は進められるので構わないか。嫌味には嫌味を、皮肉には皮肉で返していこうと決めて私は公爵さま方と別れて彼らを城の馬車回りへと案内する。
公式訪問となっているので、本来ならば歓迎セレモニーが開かれる。近衛騎士団の儀仗隊が整列して、賓客を迎え入れるのだが彼は気付いていない。聖王国に赴いた高貴な方としか接することしかないので、外交慣れしていないなというのが素直な私の感想だった。
王城から三十分ほどの道のりを経て、アルバトロス王国王都の商業地区の一角にある教会に辿り着く。教会の大扉の前には教会関係者と枢機卿さま三名が揃って出迎えてくれる。
シスターたちも揃っているし、神父さまもいらっしゃった。その中にはもちろんアリアさまとロザリンデさまもいる。新しい聖女の衣装が似合っていて、とても良きと眺めていると彼女たちの後ろには事務方の人まで出張って歓迎ムードを醸し出していた。
ジークのエスコートを受けて私は馬車から降りると、黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラさまも馬車から降りていた。
教会の周囲は厳戒態勢となっているので王都の皆さまは驚いているが、高貴な方が教会に訪れているのだなと直ぐに納得している。そうしてカルヴァインさまが代表して黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラさまの前に出るのだった。
「ようこそアルバトロス王国教会へ」
「カルヴァイン枢機卿、此度は我々を受け入れて頂き感謝する。アルバトロス王国の聖女は質が高いと聞き、一度は訪れたいと願っていたんだ。私の望みが女神さまに聞き届けられて嬉しいよ」
カルヴァインさまが差し出した手を黒衣の枢機卿さまも手を差し出して握り返す。一応、アルバトロス教会の代表者を無下にしない意思を持ち合わせていたのかと感心していると、握手を解いたカルヴァインさまは大聖女ウルスラさまにも挨拶をしていた。二人のやり取りは普通に終わり、カルヴァインさまが片手を動かして教会の大扉を指す。
「それはようございます。今日この日の出会いは女神さまの思し召しなのでしょうね。では中へ案内致しましょう」
カルヴァインさまの声で集まった教会関係者が聖堂の中へと入って行く。さて、これから治癒院を開く予定だが、彼は大人しく見学していられるかなと私は苦笑いを浮かべるのだった。