魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0509:いつも通りに。

 カルヴァインさまが黒衣の枢機卿さまを教会内に案内する。アルバトロス王国の王都にある教会は聖王国の大聖堂より随分規模が小さいが、黒衣の枢機卿さまは満足なさってくれるのだろうか。大聖女ウルスラさまは彼の後ろに付いて、物珍しそうにきょろきょろと周りを見渡していた。こういう所は十五歳の女の子だなと私は後方で彼らの姿を観察しているのだった。

 

 一行は信徒席を抜けて祭壇の近くまで歩いてきた。一応、国外のお偉いさんがくるということで今の時間の一般参拝は無理だと通達されている。いつも信徒の方が御祈りに訪れているので、人のいない教会は少し神秘的である。祭壇上にあるステンドグラスからは陽の光が差し込んで床を照らし、聖堂の所々に灯された蝋燭の火がゆらゆら揺れていた。

 

 黒衣の枢機卿さまはアルバトロス王国教会の周囲を見ながら、最後に天井を見上げる。天井にも絵が施されており、女神さまの奇跡を表しているとかなんとか。西大陸の女神さまは随分と長い時間自室で引き籠もっているのに、こうして奇跡を起こしたと伝承が残されているのは何故だろう。グイーさまに聞けば分かるかなと私が小さく首を傾げたその時だった。

 

 「アルバトロス王国の聖堂も素晴らしいですな。天井に施されている絵画は実に良いものだ」

 

 「ありがとうございます。私も聖王国の大聖堂で見た数々の絵に心打たれました」

 

 黒衣の枢機卿さまがカルヴァインさまに視線を合わせながら天井に描かれた絵の感想を述べていた。どこが良いのかさっぱりだし、具体的にどんなところが良いのか黒衣の枢機卿さまは答えていない。

 リップサービスかもしれないし、カルヴァインさまも聖王国の大聖堂で見たド派手な絵について無難な言葉で収めている。もしかすれば二人とも絵に関心がないのかもしれない。私もさっぱりと分からないけれど。

 

 「アストライアー侯爵も教会の絵に心打たれたことがあるだろう?」

 

 黒衣の枢機卿さまが私の方へと身体を向けて問い掛けてきた。どうしよう。正直に絵で腹は膨れないのでと答えれば、空気の読めないお馬鹿さんである。女神さまの奇跡を讃えたとても素敵な絵ですねと答えれば、子爵邸のメンバーが『腹でも壊したか?』と心配されそうだ。

 

 「そうですね。大変良いものだと。奇跡を起こされた女神さまも絵を描かれた方も我々のために力を振り絞ってくれたのでしょうね」

 

 私は迷った末に、既にどこにもいない猫さんの幻覚を見ながらどうにか猫を被る。ソフィーアさまとセレスティアさまが私の後ろで微妙な空気を醸し出しているから、私が黒衣の枢機卿さまのために適当に口を合わせたことはバレバレのようだ。

 まあ、私が信仰や女神さまのことについて言及するとアルバトロス王国教会の皆さまが微妙な顔になるので、身内のために取り繕ったとも言うけれど。黒衣の枢機卿さましかいなかった場合、私ははっきりと『絵の良さは分かり兼ねる』と答えていただろう。

 

 「そうかね、そうかね。大聖女ウルスラはどう捉えるかな?」

 

 「難しいことは良く分かりませんが……色使いが綺麗です」

 

 彼女は天井に描かれた絵に視線を向けながら彼の言葉に答えた。私は色の使い方なんてさっぱりなので、大聖女ウルスラさまは絵心があるようだ。同じ貧民街出身なのに感性の差が出てしまうのだから、こう神さまは不公平というかなんというか。

 

 「カルヴァイン枢機卿は若いのに随分と活動的なのだね。いずれ、聖王国にきて職位に就いてみては如何かな?」

 

 黒衣の枢機卿さまは接待されていることで気分が良いようだった。カルヴァインさまは彼の言葉に困った顔を浮かべて口を開く。

 

 「有難いお言葉です。ですが、私はまだまだ未熟で、他の皆さまの助けを受けながら枢機卿を務めております。聖王国に赴くのであれば、何十年も先の話になってしまうかと」

 

 彼はおそらく、本来は枢機卿の座よりも信徒の皆さまと関わりながら女神さまに仕える方が性に合っているのではなかろうか。私が彼を無理矢理枢機卿の座に追いやったので、今更な意見だけれど。枢機卿の仕事が忙しいはずなのに、まだ治癒院に参加しているし朝拝や日曜のミサにもきっちりと顔を出しているそうだ。私は暇なときしか参加しなくなったので、彼は本当に熱心である。

 

 カルヴァインさまは聖王国に赴いて神職を務めたいのだろうか。なんとなく黒衣の枢機卿さまのお誘いをやんわりと断っているような気がしなくもない。接待は大変だなと彼らと少し離れた場所にいる私はふうと大きく息を吐いたのだった。

 

 ――お昼がきた。

 

 教会の食堂でご飯を頂いた。パンとスープが並べられた時に黒衣の枢機卿さまの顔が引き攣っていたような気もするが、教会の食事はみんな同じ内容である。私は食べられれば良いし、警備の関係でジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまはあとから食べることになるので食事のメニューに文句なんてない。

 

 むしろ子爵邸の料理に慣れているので、教会のご飯は懐かしかった。しかもアリアさまも美味しそうに食べているし、ロザリンデさまも侯爵令嬢さまなのに特に気にする様子もなく食べていた。

 パンが少し硬いけれど噛んでいれば味が出てくるし、硬いパンが苦手ならスープに付けて食べるのだ。お貴族さま的にはお行儀が悪いけれど、美味しいし綺麗に食べきるコツなんだけれどなと私は教会のお昼ご飯を完食したのだった。

 

 黒衣の枢機卿さまの隣に座っていた大聖女ウルスラさまは教会の食事を美味しそうに食べていた。所変われば味付けは違うだろうし私は彼女に大丈夫か問うてみれば、聖王国以外の食事を初めて食べたけれど美味しいですとへにゃりと笑って答えが返ってきた。

 美味しいならなによりだし、教会の調理場を束ねている方たちも安堵したことだろう。普段と同じメニューだけれど来賓の方に出す品なので緊張はしたはず。

 

 食べ物を粗末にしない方は悪い方ではないという自論を掲げているのだが、大聖女ウルスラさまは私の自論に当てはまってくれると嬉しい。ちなみに黒衣の枢機卿さまは、教会の食事を無言で食べていた。

 

 さて、これから先は聖女が戦場に突入する。戦場と言っても実際に戦場に赴くわけではないが、治癒院に訪れた患者さんに術を施すのはかなり大変である。ほぼ藪医者しかいないアルバトロス王国では教会が開く治癒院に人が集まる。

 

 今日は治癒院を開くよ~と教会が告知しているし、高貴な方が見学にくるから余計なことは考えないでね~と圧が掛かっている。その代わり教会が求める寄付額が気持ちばかり下がる――聖女の取り分は普段通り――のだ。

 なのでお金に困っている方々は少しでも安い時にと考えて来院人数が多くなる。教会は賑わっていますよ~というアピールをお客さん方にしたいのだろう。

 

 私は治癒院が開かれる場所の隣の部屋で聖女の皆さま方と集まっていた。もちろん護衛のジークとリンと側仕えであるソフィーアさまとセレスティアさまも一緒だ。

 

 「さて、本日は見学の方がいますが、いつも通り気張らずいきましょう」

 

 一応、爵位が一番高い上に聖女として名前が大陸中に売れているので私が音頭を毎度取っていた。最近は私が治癒院に参加すれば騒ぎになるから足が遠のいていたのだが、今日は護衛の方も沢山いるため参加が認められている。

 というかアルバトロス教会の聖女は凄いでしょ! をやるために駆り出された訳だけれど。まあ、黒衣の枢機卿さまが『ぐぬぬ……』と歯噛みしてくれるなら嬉しい限りだし、大聖女ウルスラさまが学べることがあるならそれはそれで良いものだろう。

 

 「はい! 頑張りましょう!」

 

 「新しい衣装のお陰か魔力の巡りが良いので、いつもより多くの方を診られそうです」

 

 ふんすと気合が入っているアリアさまと少し嬉しそうな様子のロザリンデさまが頷いてくれる。そして私は他の聖女さまにも一声ずつ掛け、教会職員の方々にもよろしくお願いしますと伝える。治癒院が開かれる部屋をこっそり覗けば、開院前から沢山の方が集まっていた。

 

 『凄い人だね~』

 

 クロの声に私は『本当だね』と返して魔力を練ってみる。いつも通りに馬鹿みたいに身体の中を巡る魔力を御しながら、術をいつでも行使できる状態に持っていく。

 

 『ん? ナイ、前より魔力が右腕に集まり易くなってない?』

 

 クロがゆらゆらと揺れる私の黒髪を器用に避けながら問いかけてきた。

 

 「確かに右腕がいつもより熱いかも……傷を治してくれたのは有難いけれど、変なことになってないよね……今度会ったら聞いてみよう」

 

 私の熱を持っている右腕を眺めながらグイーさまは治療以外になにかしたのかと首を傾げた。流石に奇跡の右腕とかにはなるまいと不安を振り払い治癒院へと足を向ける。

 黒衣の枢機卿さまご一行は部屋の片隅で室内を眺めているそうだ。私の位置からは死角になっているので彼らの姿は見えないが、おそらく私がどんな対応を取り、どんな治癒を施しているのか興味津々で見ていることだろう。

 

 驚くなかれ、私の治癒の腕は普通である。

 

 他の聖女さまと違う所は魔力切れの経験がないことくらいだ。アルバトロス王国内の現役聖女さまで一番腕が良いのはアリアさまだろう。彼女の気合の入り方や注ぎ込む魔力量によって、難病の方や酷い怪我を負った方でも治していることがある。死者蘇生や女神さまの下へ旅立つことが決定している方は治せないけれど、それ以外はほぼ治せるのだ。

 アリアさまは過ぎた力はトラブルを引き寄せると理解しているため、大聖女ウルスラさまのように誰彼に治癒を施すことはない。それにアルバトロス教会の皆さまも奇跡と呼ばれる治癒は危険と分かっているため、治せないと事前判断された治癒依頼は断っている。

 

 最近、ロザリンデさまも治癒院に度々参加しているためか腕前が上がってきている上に、共和国の研修生が見学にきているため、みっともない姿は見せられないと他の聖女さままで頑張っているらしい。

 

 「さあ、お仕事を始めましょう」

 

 私が声を上げるとジークとリンが頷いてくれる。本来の私はカルヴァインさまと共に黒衣の枢機卿さまの相手をしているのだが、あの人と一緒にいたくないし、黒衣の枢機卿さまも大聖女ウルスラさまと私を比較したいだろうから都合が良いはず。

 

 「本日はどうされましたか?」

 

 久方ぶりの参加であるが慣れているし、やることは同じなので緊張はない。始めに私から患者さんに声を掛けて症状を聞き出し処置を行う。問題が出たら教会に申告をと伝えて治癒を終えるの繰り返しだ。

 結局、最後の一人まで捌くまでに四時間ほど掛かり、そろそろ陽が沈む時間となっていた。夏より随分と早くなったなと最後の患者さんを送り届ければ、見学をしていた黒衣の枢機卿さま方がこちらへと顔を出すのだった。

 

 ◇

 

 聖王国の大聖堂に訪れた皆さまへ治癒を施すのは聖女の務めです。

 

 私が初めて訪れた――聖王国以外の国に赴くこと自体が初めて――アルバトロス王国も聖王国の大聖堂で治癒を施している聖女同様に教会が開いた治癒院に訪れた方々に治癒魔術を聖女の皆さまが施しております。

 

 少し違うことは治癒を行う前に寄付代を払えるか、払えないかの確認を取っているところでしょうか。大聖女フィーネさまから聞いた話によれば、アルバトロス王国の聖女さまは仕事の側面が強いと聞きました。聖女の成り立ち自体も女性のための職業斡旋――少し難しい言葉なので理解が追いつかなかったものの、フィーネさまが意味を教えてくださった――と聞いております。

 

 教会に訪れた方に治癒を施す以外にも、王城の障壁展開を維持している魔術陣に魔力補填を担ったり、聖女さまのいない町や村に慰問に赴いたり、魔物の討伐に赴いた軍と騎士団に同行して怪我人の治癒を引き受けるそうです。

 

 聖王国の教会は治癒魔術を上手く使える女性を聖女として召し上げ、大聖堂に訪れた方で病気を患っていれば治癒を施す形となります。魔物討伐に参加することはありませんし、慰問に赴くことはありません。大聖堂の中しか知らなかった私には、アルバトロス王国の聖女さまが教会という場所以外で活躍なさっていることに驚いたものです。

 

 今、私はアルバトロス王国の教会で貴重な経験をさせて頂いているのでしょう。フィーネさまがアルバトロス王国の教会に赴くのであれば、いろいろなことを見てきなさいと仰ってくれました。

 

 フィーネさまが自室に閉じ籠り、お加減が気になって私が様子を伺いに赴いた日からお手紙で交流しております。手紙を届けてくれる方はなんとフェンリルです。

 ヴァナルさまというお名前で言葉数は少ないものの、優しくのんびりとした方でした。そしてもうお一方。頭が三つある魔獣の種族を私は知り得ませんが、それぞれユキさまとヨルさまとハナさまと名乗っているそうです。彼女たちはヴァナルさまより凄く確りとした喋り方ですし、私と言葉を交わす回数も多いです。最初にヴァナルさまとユキさまたちをフィーネさまの部屋で見た時は驚きましたが、フィーネさまとのお手紙のやり取りのお陰で少しずつ仲良くなれている気がします。

 

 そしてフィーネさまも私に親身になって相談に乗ってくれていました。彼女が自室に引き籠っているのは体調不良というわけではなく、いろいろとご事情があるために――内容については教えてくださらなかった――閉じ籠っていると聞きました。もう直ぐすれば部屋からでることになるそうですが、その時は騒がせてしまうだろうと手紙で教えてくださっております。

 

 今まで私が頼れる方は助けて頂いた枢機卿さましかいませんでしたが、大聖女の立場になってフィーネさまとヴァナルさまとユキさまたちという方が私を見守ってくれています。

 最初は私のことを嫌っているのかもしれないと考えていましたが、フィーネさまが部屋に閉じ籠っていると聞き心配でいても立ってもいられず、彼女の部屋を訪れて正解でした。

 

 今、私はアルバトロス王国の治癒院が開かれている部屋の片隅で、アルバトロス王国の聖女さま方を食い入るように見ています。

 

 訪れた方に魔術を施して直ぐに治癒を終える聖女さま、訪れた方と少し話をして治癒を施す聖女さまに、じっくりと話を聞きながら時折笑顔を交えてそれから治癒を施される聖女さまがおります。治癒術は症状を聞かなくても治せる聖女さまもいれば、症状を聞いて適切な術を選んで治す聖女さまがいるのだとか。私は症状を聞き出さなくとも術さえ唱えれば傷も病も治せます。

 

 聖王国の大聖堂に勤める聖女さまもいろいろな方がいると知ってはいますが、こうして外側からゆっくりと眺めるのは初めてですし、訪れた方が寄付を払っている姿を見たのも初めてです。聖王国は聖女が寄付金の徴収に関わることはなく、務めを終えれば定額が支給される形です。寄付代は大聖堂に入り、その中から聖女に支払われていると聞きました。

 

 私は雨風を凌げる寝床と毎日三食食べられる環境がありがたいので、自身で稼いだお金に興味はありません。外へお買い物にいかなくとも、教会から支給される品で十分暮らしていけます。なので私が聖女として働いたお金は枢機卿さまが預かってくれておりました。以前、彼に偶にはお金を使いなさいと言われたことがありますが、使い方が良く分かりません。

 

 「アルバトロス王国教会の聖女の質は高いと聞いたが、ウルスラに勝る者はいないようだね。アストライアー侯爵は対話を重視していて効率が悪い。他の聖女も魔力切れを起こして早々に引き上げる者もいるし、魔力が切れずとも治癒を施せず他の聖女に患者を回している」

 

 私の後ろ盾である枢機卿さまが治癒院の様子を見ながら肩を竦めて息を大きく吐きました。確かにアストライアー侯爵さまは訪れた方と丁寧に話をしながら治癒を施しております。でも、アストライアー侯爵さまが請け負った方は最初は不安そうな顔を浮かべていますが、治癒を施し終わると表情が和らいでいました。そしてアストライアー侯爵さまに深々とお辞儀をして帰っていきます。

 侯爵位をお持ちの方ですから、他の方が彼女を慮るのは理解できます。聖王国でも爵位の高い家に属する方が聖女を務められておりますが、訪れた方があんなに深々と頭を下げることはありませんし、穏やかに会話を交わしているところは見たことがありません。

 

 どちらが良いのか優劣を付けたくはないのですが、帰路に就く方の表情を見ているとアストライアー侯爵さまのやり方が一番なのではと考えてしまいます。

 

 「……そうなのでしょうか?」

 

 私の口から勝手に出た言葉にハッとします。助けて頂いた枢機卿さまの言葉に今まで逆らったことはありませんでした。彼に従っておけば私の生活はどんどん改善されて行き、大聖女の地位まで得たのですから。でも、最近は彼の行動に疑問を持つようになってしまいました。彼が身に着けている大きな青い宝石が付いた指輪もその一つです。

 

 「なに?」

 

 私の言葉が耳に届いたのか枢機卿さまは眉を互い違いにしながら凄く怖い顔で私を見下ろします。

 

 「あ、いえ……なんでもありません。あ……あの、私はアストライアー侯爵さまのように振舞うことは可能でしょうか?」

 

 怒られると考えた私は彼の言葉を問い質すことができません。怒られるのは嫌いです。貧民街でやむにやまれず食料を盗んでお店の方に見つかって、凄い顔で怒られながら殴られたことがあります。

 

 当時、余裕が全くなかった私は何故殴られてしまうのか理解が及びませんでした。ただお腹が空いて仕方なくてお店にならんでいたパンを店の主人の目を盗んで盗っただけなのにと。パン一つで顔が腫れ上るまで殴らなくても良いじゃないかと。衣食住が事足りている今なら、お店の方の利益を奪った私に怒るのは理解できます……理解できますが、どうしても殴られた記憶を拭い去ることはできませんでした。

 

 「ウルスラは類まれなる治癒の力を持っているよ。侯爵のように面倒な手間を掛ける必要もなかろう。君は無心で訪れた信者の方に治癒を施せば良い」

 

 枢機卿さまが厳しい表情から柔らかな表情に変わり、私は治癒を施すだけで構わないと教えてくださいました。果たして本当にそうなのでしょうか。フィーネさまは良く考えて行動した方が良いと言ってくださいました。

 

 学のない私には難しいのかもしれませんが、私のやりたいことや将来のため自分自身で考えなさいと。貧民街から救い出され孤児院からも救い出されて教会の聖女になった私にできること……貧民街で助けてと手を伸ばした方を振り払ってしまった私にできることは、多くの方を救うことだと今まで考えてきました。

 そして聖痕を授かって更に多くの方を救えると確信しております。そして私の下に多くの信者の皆さまがやってこられます。失くした腕を再生して欲しいと請われて腕を治しました。私が腕を再生させたと知った別の方から足を再生して欲しいと請われて、私はその方の足を治しました。足が戻って喜んでいる方を見て私は安堵しましたが、もし仮に失敗していればどうなっていたのでしょうか。

 

 女神さまが与えてくださった力なので失敗なんてあり得ませんが、私のミスで術が発動しない場合もあるでしょう。その時、信者の方たちは私をどう思うのでしょうか。自信満々に沢山の方を助けたいと皆さまの前で私は口にしていますが、本当は。

 

 ――怖い。

 

 パンを盗んだ時のように殴られてしまうのでしょうか。役立たずと罵られるかもしれない。私に好意を寄せてくれていた方々が離れていくかもしれない。考えるとキリがないですが、最近はこんなことばかり考えてしまいます。

 

 「君の治癒の腕前は本物だ。アルバトロス王国の聖女が治せない病気や怪我があれば君の出番となろう。その時は存分に君の力を振るいなさい、ウルスラ」

 

 「……はい」

 

 彼は柔らかな表情のまま私に告げました。私に残されている選択は肯定の言葉のみ。嗚呼、女神さま。今日は……どうか今日だけは症状の酷い方が教会に赴かないでくださいと願います。

 

 どうか、私の願いを聞き届けてください。もし仮にそのような方が現れれば枢機卿さまは機嫌が大層よくなり、私に治癒をと請うでしょう。そして治せないアルバトロス王国の聖女さま方の前で私は術を行使せねばなりません。病気や怪我で悩む方の力になれることは、なにも持っていない私にとって唯一できることですが見世物ではないのです。どうか、どうかと願っていれば、いつの間にか時刻が過ぎて陽が沈む頃相となっていました。

 

 ――良かった。

 

 開かれていた治癒院に訪れていた方々も次第に減り、なにごともなく終えたようです。お昼過ぎから開かれていたので、四時間は経っているでしょうか。最後まで残って治癒を施されていたのはアストライアー侯爵さまと金髪の髪を三つ編みに結っている――確か聖女アリアさまと――方のみです。

 しかし魔力が尽きて術が施せなくなった聖女さままで残って、来院した方の案内や他の方のお手伝いを担っております。聖王国にも良い部分がありますし、アルバトロス王国の教会にも良い部分があると思います。国に戻れば聖女の皆さまと相談して、アルバトロス王国の良い所を取り入れても良いのかもしれないと私が考えていた時でした。

 

 枢機卿さまが人気の少なくなった治癒院の中を忌々しそうに見つめていたのです。やはり、私の隣に立つ方は変わられてしまったのだと私は目を瞑ります。

 

 「長時間、お疲れさまでした。移動しましょう」

 

 私たちの側で説明を行ってくれていたアルバトロス王国のカルヴァイン枢機卿さまが声を掛けてくださいました。私と彼のやり取りは声を抑えていたので、カルヴァイン枢機卿さまの耳には届いていないはずです。

 そのことが少し残念に……私はなにを考えているのでしょうか。聖王国の聖女なのに他国の枢機卿さまに彼の問題のある言葉を聞いていて欲しかったなんて……。治癒しか取り柄のない私が考えても仕方ないと席を立ち、教会の中庭を皆さまと一緒に移動します。私たちが廊下を歩いているとアルバトロス王国教会の皆さまが隅に寄り、頭を下げてくれています。

 

 「…………」

 

 無言で頭を下げる老齢の女性から香る臭いが私の鼻を突きました。これは……死の臭いです。貧民街で命が持たない方から臭う独特な香りです。どうして教会にという疑問と、早く魔術を施さなければ彼女が亡くなってしまうと私の心が焦ります。

 

 「カルヴァイン枢機卿さま」

 

 失礼だと理解していても、私のどうにかしなければという気持ちは止まらずカルヴァイン枢機卿さまに声を掛けてしまいます。件の女性は私たちが離れたことを確認して、ゆっくりとどこかに歩いて行っております。

 

 「どう致しました?」

 

 「言い辛いのですが、先ほど廊下ですれ違ったご婦人は大病を患っていらっしゃるのではありませんか?」

 

 不躾に名前を呼んでしまったというのに彼は不思議そうな顔で私を見たあと、少し険しい表情を浮かべました。

 

 「病気と表現しても良いものでしょうか。彼女は女神さまの下へ旅立つ準備をしているのですから」

 

 教会の一室で痛みを緩和しながら、ご婦人は死を待っているのだそうだ。

 

 「ウルスラ、このあとも予定があるんだ。彼を困らせてはいけないよ。もし君が治癒を施したいのであれば、全ての予定が終わってからだ」

 

 カルヴァイン枢機卿さまは更に形容しがたい顔になり目を細めると、枢機卿さまが私の肩に手を置いてそれ以上は駄目だと遠回しに伝えました。そして廊下の向こうからアストライアー侯爵さまが私たちに合流するために姿を現したのです。

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