魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0051:前の状況。

 前から下がってくる人たちが収まり、緊張が走ったのは一時。ようやく状況は収まり弛緩した空気が流れ始めた。

 

 「……一通り終わった」

 

 ジークやリン、慣れないながらも二人の指示に従って手当を施してくれた三人に、後方から急いで駆けつけてくれたアリアさまのお蔭で怪我を負った人達はみんな生きている。ふうと息を大きく吐いて、自然と言葉を口にしていた。

 

 「大丈夫か?」

 

 私の下にジークとリンがやって来る。傷の手当で血糊が付いており随分と汚れてしまっているが、仕方ない。

 私も二人と同じように服には血糊が付いている。ソフィーアさまとセレスティアさまにマルクスさまも慣れない作業だったので、疲労の色がうかがえる。護衛の騎士に守られ、地面に座り込んでいるアリアさまも。

 

 「うん、私はね。ジークとリンは?」

 

 「俺は平気だ」

 

 「私も大丈夫」

 

 「そっか。――流石に慣れていない人にはキツかったみたいだね」

 

 疲れた様子を見せている彼らに視線を向ける。怪我の酷い人を見れば気落ちするだろうし、血もいいものじゃないから。慣れていても疲れてしまうし、慣れていない人なら尚更で。

 

 「ちょっと行ってくるね」

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 そう言い残しとりあえずソフィーアさまたちの下へ。

 

 「どうした?」

 

 私が彼女たちの下へと近づくと、ソフィーアさまが最初に気が付いて声を掛けてくれた。

 

 「お礼を伝えたくて。――怪我人の手当ありがとうございました」

 

 そう言って頭を下げて顔を上げると、何故かきょとんとされるので首を傾げてしまった。

 

 「お前が礼を言う必要はないだろう。当然のことをしたまでだ」

 

 「ですわね。私たちが準じる正義に従ったまでのことですわ」

 

 「大した手伝いは出来てねーしな」

 

 無理矢理に笑顔を作るソフィーアさまとセレスティアさまに、頭をガシガシ掻いてそっぽを向いているマルクスさま。

 

 「いえ、こういうものは人手が足りないと大変なので。――"君よ陽の唄を聞け"」

 

 「おい、無暗に魔術を行使するな」

 

 「ええ。――先ほどまで治癒の魔術を施していたでしょうに。私たちにまで掛ける必要はなくってよ」

 

 「気休め程度の、一節だけの簡単なものなので大丈夫ですよ。少し失礼しますね」

 

 そう言い残して三人の下から去り、次はへたり込んでいるアリアさまの下へと行くと、彼女は私に気が付いて嬉しそうな顔を浮かべるけれど、参っている様子だった。

 

 「大丈夫ですか、アリアさま」

 

 「大丈夫です……と言いたい所ですが、ちょっと疲れてしまいました」

 

 しゃがみ込んで彼女と目線を合わせる。へにゃりと力なく笑う彼女は魔力を随分と消費してしまったようだ。

 

 「そうですか。こういった現場は初めてで?」

 

 「はい。本当はもっと格好よく動けるつもりだったのですが、全然ダメですね」

 

 「初めてであれだけ動けているのなら、上出来かと。――私が初陣の時は震えてアリアさまの様に動くことは無理でしたから」

 

 「お姉さ……ナイが? なんだか想像が出来ません」

 

 まあ誰にでもある経験だ。状況は今回より更に悲惨だったけれど、動くべき時に動けないのはただの足手纏い。

 怒鳴られてようやく治癒を施し、優先順位も付けられないまま無我夢中で治癒をひたすら掛けていたもの。ジークもリンも初めてのことで右往左往していた。

 

 慣れなくとも状況を判断して、怪我人に声を掛けながら治癒を施しただけでも十分合格点が出るんじゃなかろうか。その判断は今回遠征に同行している教会の統括が決めるものだけれど。

 

 「慣れているから、こうして動けるのですよ。アリアさまも回数をこなせば、ペース配分や判断力が身について評価されるようになります――"君よ陽の唄を聞け"」

 

 「嬉しいです。ナイに褒められるなんて。あと、ありがとうございます、良かったのですか?」

 

 少し安堵したのか、ようやく綺麗に笑う彼女を見て立ち上がって、手を差し伸べる。

 

 「褒めてはいませんよ、事実を告げたまでです。簡単なものですが気休め程度にはなるでしょう。――立ち上がれますか?」

 

 「あ、はい」

 

 彼女はお貴族さまで本来ならば失礼な態度ではあるが、聖女として接しているのだから不問だろう。彼女も特段気にした様子もないし、彼女の護衛騎士も何も言わず。立ち上がった彼女と並ぶと、やはり背が高いなあと顔を見上げ。

 

 「前は一体どうなっているのでしょうか?」

 

 そう言って先行している部隊のいる方向へと顔を向けるアリアさま。

 

 「侯爵家の聖女さまがいらっしゃるので、どうにかなっている筈ですが……」

 

 まあ、どうにかなっているのなら後ろへ怪我人を連れて後退してくるなんてあり得ないから、何かはあったのだろう。

 いつもの魔物よりも強いと負傷兵が言っていたから、通常の戦術がまかり通らなかったみたいだし。

 

 「ナイ」

 

 話し込んでいるうちに、状況に変化があったようでジークが私に声を掛ける。リンも彼と共にこちらへと来ていた。

 

 「どうしたの、ジーク?」

 

 「前へ来てくれと伝達があった。――状況は収まっていますが、治癒の為に聖女アリアさまも一緒にとの言伝を預かっております」

 

 魔物は撃退できたようだ。私に用件を伝えた後、アリアさまに向き直り彼女にも連絡を告げるジーク。彼の言葉を聞いた護衛の人たちの顔が引き締まる。まだ状況は終わっていないと判断したようだ。

 

 「は、はい!」

 

 「疲れているとは思いますが、行きましょう」

 

 兎にも角にも確認をしなければ。状況は収まっているらしいけれど、阿鼻叫喚の地獄絵図という可能性も捨てきれない。

 

 「……はい!」

 

 少し緊張感を走らせ、前へと移動を開始する私たちだった。

 

 ◇

 

 行軍していた部隊は足止めを余儀なくされる。前の状況が分からないので、情報把握してから再移動か撤退するかを決めるらしい。

 前線へと合流する者を選出し、移動を始める。怪我人が何人居るのか分からないので、アリアさまと護衛騎士のみんなと私は当然メンバーに組み込まれた。

 

 「雰囲気が重い……」

 

 「……嫌な感じが凄くしますね、ナイ」

 

 人気がない森の中。獣道を進みながら、前線部隊を目指す私たち。空気の重さを感じてぼそりと呟くと、私の隣を歩いていたアリアさまに声が届いていたようで、呼応するように言葉を紡ぐ。

 

 「ええ」

 

 副団長さまが前に援軍として嬉々として突撃していったので、そう心配はしていないけれど、本当にどうなっているのやら。

 ほどなく歩いていると、怪我をして木の幹に凭れ掛かり痛みを耐えている人たちがチラホラ見かけるようになった。重傷者は最優先で下げられて私たちの治癒を受けているはずだ。ここに居る人たちは軽傷だったか、放っておいても暫くは持つと判断された人達だろう。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「え、ええ。どうにか……」

 

 痛みを耐えながらしかめっ面をして言葉を返してくれた軍の人に治癒を掛ける。痛みが引いたのか、少しすると顔色が良くなってきた。応急処置であることを伝えて、次の人の下へ行きしゃがみ込み言葉を掛けながら、治癒を施していく。アリアさまも先程の治癒でコツを掴んだのか、手際よく捌いているので心配はいらない。

 

 「ナイ!」

 

 離れて周辺警戒をしていたリンに声を掛けられる。その声に気付いて同じく周辺警戒をしていたジークがリンの下へと行き、私も駆け寄った。

 

 「どうしたの?」

 

 「これ……見て」

 

 リンの足元には魔物の死骸が横たわっていた。剣で切られた跡があり内臓が零れ出ているけれど、問題はソコじゃない。

 

 「……何、これ」

 

 魔物――ゴブリンの死骸には黒い痣のような禍々しい模様が、体の至る所にある。こんな個体のゴブリンは見たことないので、原因は他にあるのは明白。

 

 「呪いの類っぽいね。趣味が悪いなあ」

 

 恐らくだけれど。しかし、魔物に呪いなんてものを掛けて一体何になる。

 

 まあ、この手の事に関しては魔術師団副団長さまの分野だろう。前線への増員として先に送られているので、後で聞いてみることで今考えることではない。

 

 「リン、教えてくれてありがとう」

 

 「ううん。――でも、どうしよう?」

 

 放っておくと碌なことがない。死体に獣が群がる可能性もあるし、同族を呼びこむ可能性もある。知能は低いがゴブリンは群れで生きる魔物なので、同族を殺されたと怒りに囚われ暴走する可能性も捨てきれない。

 

 「とりあえずは放置だな。上の連中が決めることだ、俺たちは俺たちの仕事をすればいい」

 

 ジークの言葉にそれもそうだなと頷いて、怪我人の治療をしつつ前線へと上がっていく。そうしてようやく副団長さまや指揮官の方たちの姿が確認できたのだった。

 

 「ああ、聖女さま方、お二人共こちらへ来られたのですね」

 

 「はい。怪我人の治療が必要だろうとの判断で、増援の方々と一緒に参ったのですが……」

 

 「助かります。――……こちらへ就いた聖女さまはどうやらこういうことに不慣れだったらしく……」

 

 ああ、使い物にならなかったのか。流石に周囲に聞こえると不味いので、少し顔を近づけて呟くように指揮官の人が私たちに届くように言葉を発した。

 慣れない魔物討伐。しかも魔物には異変が表れていた。話を聞くに、錯乱したようで聖女の役目を全うするよりも、自分の身の安全確保の為に攻撃魔術を乱発して現場を混乱させたそうな。

 

 件の聖女さまは一体どこにと視線をさ迷わせると、侯爵家の護衛騎士数名に囲まれた中で、地面にしゃがみ込んでいる。

 

 ――ああ、初めてだったのか。

 

 彼女が座り込んでいる場所、というか服。濡れてた、見事に。おそらく護衛騎士の人たちはその事実を隠したいのだろうけれど、見たら見たで問題があるので彼女を囲っているのみ。

 ただ周囲の人たちはワザと見ないようにしている。彼らもまた初陣の経験があり、恐怖に震えたことがあるから。人のことを笑えないと理解している。私も初陣の時はまともに動けなかったし、人のことは言えないなあと苦笑い。

 

 ――"吹け一陣の風"

 

 無詠唱で一節分の魔術を唱える。同じ詠唱でも様々な効果を得られる魔術は便利なもので。口に出して詠唱はしていないけれど、ゆっくりと魔力を起こして発動させたので大した負担にはなっていない。これで漏らしたことは分からなくなるだろう。

 

 「あれ?」

 

 どうやら魔力に敏感なアリアさまが違和感を感じて、周囲をきょろきょろと見渡しているけれど私が魔術を発動させたのは分からないようだ。

 侯爵家の聖女さまも状況を把握できていないようで、目を白黒させている。気の強い彼女のことだから、そのうち勝手に立ち直るだろう。

 

 「状況はどうなりましたか?」

 

 確認したいことがあるので、指揮官の人へ質問を投げると答えてくれるようで私に向き直る。

 

 「一先ず、応援に駆けつけてくれたヴァレンシュタイン殿が我々を襲った魔物を倒し難を避けました」

 

 一瞬、誰だと考えたけれど……――副団長さまの魔術によって襲撃を受けた部隊はどうにか持ちこたえたようだ。流石、魔術馬鹿と呼ばれるだけはあるし、フェンリルを霧散させた実績を持つ人だ。

 安定の安心感。で、当の本人は倒したゴブリンの比較的綺麗な死体を持ち帰るつもりなのか、収納が出来る魔術具へと納めている。何をするつもりなのかという疑問は愚問なのだろう。研究材料が手に入って嬉しそうな顔している。

 

 「そうでしたか。被害は?」

 

 「死者は居ませんが、怪我人が多いですね。目的地までまだ距離がありますので、少々不味い状況です」

 

 「後ろへ下がってきた怪我人の方々は道すがら治癒を施しました。酷い方も居ましたが命に別状はありません……再編して出発を?」

 

 「ありがとうございます。――出来ればそうしたい所でありますが……辺境伯さまや騎士団の判断もありますので」

 

 そう、私が質問をしたのは軍の指揮官さま。辺境伯領軍と騎士団と王軍の混合編成となっているので、おそらくこれから協議するのだろう。指揮系統が分かれているのも大変だ、と短く息を吐く。

 

 「兎にも角にも私たちは怪我を負った方々の治癒をして参ります」

 

 「申し訳ありません。よろしくお願いいたします」

 

 頭を下げる必要はないのだけれど、と指揮官さまを背にして怪我人の下へと走るのだった。

 

 ◇

 怪我で動けない人たちから順に治癒魔術を施していく。件の侯爵家の聖女さまは使い物にならないので、後ろへ下がってもらった。

 指揮官クラスの人たちは協議に入っており、この後をどうするかを決めているようだった。その間は手持ち無沙汰なので、こうして怪我人の治療に回っている訳だけれど。

 

 「大丈夫ですか、アリアさま」

 

 「は、はい! 平気です! ナイも頑張っているのに弱音を吐くわけにはいけませんし……!」

 

 強がってはいるけれど疲労の色が濃く出ている。一度休憩を挟んだ方が良さそうだなと彼女の護衛騎士に声を掛ける。

 

 「すみません、そろそろ彼女は限界です。どこかで小休止を取って頂いて下さい」

 

 「は! 参りましょう聖女さま」

 

 魔力量にまだ余裕があっても、大人数に治癒を施せばそりゃ疲れる。

 

 「で、でも!」

 

 実家が貧乏で出稼ぎみたいなものだから、必死になるのは理解できる。ただ急いでも仕方ないし、きちんと頑張っているのだから周りはちゃんと評価してくれる。

 彼女に就けられている教会から派遣された騎士二人は、アリアさまを見る視線の質が変わってきている。

 

 「アリアさま、魔力が回復次第またよろしくお願いします」

 

 まだやるべきことは残っているし、そう急がなくてもいいだろう。それに今日だけではなく明日、明後日と続くのだから。無理をして倒れて帰還命令を出されても困る。

 

 「大丈夫ですよ。それに遠征はまだまだ続きます。まだ初期段階ですから、無理をしないで体力を温存しておいた方が得策ですよ」

 

 私はある程度慣れているので大丈夫だし、寝て起きたら魔力は回復しているから。

 

 「う……わかりました。ナイも無理はしないで下さいね!」

 

 「ええ、心得ております」

 

 私の後ろに控えているジークの『嘘を吐くな、お前は無理無茶が標準装備だ』と言いたげな視線が私に刺さり、リンも『嘘だ』と言いたげな呆れた視線を寄越してる。無理をしている自覚はあるのだけれど、状況がそうしなきゃいけないなら魔力が一番多い私が踏ん張るしかない訳で。

 

 「二人とも、なんだか妙なことを考えていないかな?」

 

 振り返って二人の顔を見上げる。呆れたような顔を浮かべる双子の兄妹。

 

 「いいや、何も」

 

 「何も、考えていないよ」

 

 んーリンは少し物事を考えた方が良いような、という心の突込みは口には出さず。

 

 「――はあ。まあ、兎にも角にも働きますか」

 

 よしと気合を入れ直し、アリアさまを見送ってまた怪我人の治癒にあたる。もう軽傷者しか居ないのでさほど手間は掛からない。もうひと踏ん張りだなと気合を入れなおして、怪我人を一か所へ集めてもらって順に魔術を施していくのだった。

 

 「聖女さま!」

 

 「はい」

 

 「今後の方針が決定いたしましたので、お伝えに参りました!」

 

 青年騎士が声を張って私に声を掛けてくれた。どうやら指揮官さまたちの協議は終わったようで、彼の言葉通り方針が決定したようだ。

 

 「部隊を再編し目的地を目指す、とのことです」

 

 「帰還はせず、そのまま行軍を続けるのですね。――分かりました」 

 

 やはり原因究明を優先させるのか。魔物に異変が表れているようなので、編成規模の大きい今回の遠征でカタを付けたいという考えだろう。

 まだまだ波乱が続きそうだと空を仰ぐと、真ん中に昇っていたはずの陽がいつのまにか地平に沈む時刻になっていた。

 

 

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