魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0510:聖王国の空の上。

 アルバトロス王国を飛び立ってから一時間ほど経っている。俺、エーリヒ・ベナンターは聖王国のフィーネさまを迎えに移動中である。馬車ではなく天馬さまのエルの背中に乗って。どうしてこんなことになってしまったのかとぼやきたくなるが、フィーネさまの立場が弱くなれば聖王国は潰れてしまう可能性が高い。

 

 アルバトロス上層部はそれを望んでいないし、周辺各国も望んでいないそうだ。時代的に宗教は民の方々の心の拠り所であり、シンボルとして生かさず殺さずくらいで成り立っていて欲しいとのこと。存続して欲しい理由がアレな気もするが、そういうものだろうと俺は納得した。

 

 秋晴れの空の下、天馬さま四頭とグリフォンさまとスライムと俺で空を飛んでいるのだが割と速い速度で移動をしていた。そして俺の肩の上には何故か妖精さんが腰掛けている。

 ナイさまから一緒に連れて行って欲しいとお願いされたのだが、あー……と納得せざるを得なかった。おそらくナイさまの魔力を対価になにか妖精さんたちにお願いをしているのだろう。本当にナイさまは魔獣に幻獣、不可思議な生き物に縁がある。

 

 俺の眼下には街や村がかなり小さく映っている。地上を見れば、ひゅっとなにかが縮こまりそうだった。

 

 「も、もう少し低い所を飛んでも良いのでは……」

 

 俺は天馬さまのエルの背に乗って移動をしている。黒天馬のルカの背に乗って移動すると、凄い速さで聖王国に辿り着くそうだ。フィーネさまの下へと早く行きたい気持ちはあるものの、事故で死んでは元も子もない。

 お願いだから普通の速さで移動して欲しいと懇願して、今の速度となっている。それでも速い気がするのは生身で天馬さまの背に乗っているからだろうか。落ちれば紐なしバンジーなのだから。

 

 『それは構いませんが、低い所を飛べば騒ぎになってしまいますよ?』

 

 エルが俺の方へと顔を向けた。

 

 「あ、ごめんなさい。なんでもないです」

 

 エルの言葉にそうだったと低い位置を飛んで貰うのは諦める。ナイさまの下で暮らしている天馬さまとグリフォンだとアルバトロス王国の人であれば気付くのだが、他国となれば微妙である。アルバトロス王国の近隣国であれば知っている人は多いかもしれないが、聖王国に近づくにつれて知らない人は増えるはず。大騒ぎにさせる訳にはいかないと、高度を下げて貰うのは諦めたのだ。

 

 『怖くはありませんか? かなり緊張されている様子なので……』

 

 「大丈夫だよ。エルの背中は揺れないし快適なんだけれど、俺がミスをして落ちると……ねえ?」

 

 エルは凄く優しいし優秀である。ヴァイセンベルク嬢に乗馬のイロハを教わった時もグダグダな俺に文句ひとつ漏らさず付き合って貰っていた。その横でルカが自分に騎乗してくれないことで不機嫌になっていたのはご愛敬なのだろう。

 教習が終わったあとヴァイセンベルク嬢がルカの背に跨って子爵邸の庭を爆走していたとジークフリードから聞いたのだが、知らないフリをしておくのが紳士として正解だ。

 

 そういえばジークフリードから借り受けた長剣は俺の腰に下がっている。一度くらい佩いてみたいと考えていたのだが、こんなにずっしりと重いとは。俺の身体がいつもより左側に傾いている気がする。

 

 『その時はルカが助けてくれます。息子の飛ぶ速さは並の天馬の比ではありませんから』

 

 「そうならないように手綱を確り掴んでおくよ。それにあの聖王国の枢機卿さまがナイさまを怒らせる前にフィーネさまをアルバトロスに連れていかないと」

 

 本気で紐なしバンジーは勘弁してくださいと願いながら、これからのことを考える。黒衣の枢機卿の態度とフィーネさまからの手紙の内容を鑑みるに、絶対にナイさまに喧嘩を売る。

 ナイさまはのらりくらりと男の言葉を躱すかもしれないが、我慢した末にブチ切れる可能性だってあるのだ。俺は男の嫌味な態度を直接見ているし、大聖女ウルスラの力が凄いだけであって男が凄い訳じゃない。自慢したり、力を誇示したいならば自分のことでやらないと小者臭が凄かった。

 

 しかしまあフィーネさまも大変である。聖王国にまともな人材がいれば苦労しなかっただろうに。いや、でも聖王国がまともだったら俺はフィーネさまに出会えていない。そこだけは感謝しなければならないだろう。

 

 『急ぎますか?』

 

 「いえ、このままの速度を維持で……」

 

 エルと俺の会話にジョセとグリフォンさんが笑っている。速度を上げようと思えば、まだ上げられるそうだが俺の身の安全を確保させてください。急いでいるのも理解しているけれど、やはり落ちたくはない。そうしてまた一時間ほど経てば聖王国の大聖堂が見えてきた。アルバトロス王国では教会で昼食を摂っている頃だろう。

 

 聖王国には少し前にお邪魔したはずなのに何故か凄く懐かしい。フィーネさまは官邸の中にある一室で毎日を過ごされている。

 

 「えっと……通信機っと」

 

 俺は小さく呟いてポケットの中に仕舞い込んでいた魔石を取り出した。お迎えがどこにきているのか分からなければフィーネさまが困るのではと気にしていたのだが、ナイさまがきっちり対策をしてくれていた。ヴァナルに通信機器を渡していたようで、連絡は安易に取れるそうだ。

 魔術式を刻み込まれた小さな魔石を手に取って俺の魔力を注ぎ込む。魔力に反応して魔石に少し熱が点る。

 

 「あ、あー……あ。聞こえますか、エーリヒです」

 

 ヴァナルが通信機を持っていることはフィーネさまは直前まで知らなかったそうだ。連絡が安易に取れると分かれば、手紙での報告が疎かになってしまうとナイさまが言っていた。

 音声は証拠として残らないけれど、手紙であればきちんとやり取りをした証拠として残ると言っていたが個人の手紙を開示することになるのだろうか。

 

 『――エーリヒ。ヴァナル』

 

 「ヴァナル。フィーネさまの護衛お疲れさま。神獣さまもありがとうございます。フィーネさまはいらっしゃいますか?」

 

 俺が声を上げると少し離れた所から『ご丁寧にどうも』『お優しい方ですねえ』『フィーネさんは良い番を見つけましたね』と神獣さまの声が聞こえてきた。そしてゴンとなにかにぶつかる音が聞こえると『痛い……』とフィーネさまの声もほどなくして上がる。

 どうやらなにかに身体をぶつけたようだが大丈夫だろうか。心配しつつも空を飛んでいるままじゃあ助け船も出せやしない。もどかしいなとむっと口をへの字にしていると、パタパタと可愛らしい足音が通信機越しに聞こえた。ヴァナル、エーリヒさまですか!? と嬉しそうな声が俺の耳に届くと無言でヴァナルがフィーネさまに通信機を渡したようだった。

 

 『エーリヒさま! フィーネです! 声が聴けて凄く嬉しいですが、もう少し待てば直接お会いできるんですよね!?』

 

 「はい。もう直ぐ官邸に辿り着くので準備をお願いします」

 

 凄く嬉しそうなフィーネさまの声に俺の頬も緩みそうになるが我慢をする。俺は今仕事中だし、ちゃんとナイさまの使者として振舞わなければ。だというのに『フィーネさんは嬉しそうですね』『デレデレですねえ』『恋する乙女です』と神獣さまの声が聞こえて、俺は少し恥ずかしくなってきた。

 もしかして俺たちの関係はヴァナルと神獣さまにもバレバレなのだろうか。そういえば先ほど『番』と神獣さまが呟いていた。あ、駄目だ。ヴァナルと神獣さまにも露見していると恥ずかしくなっていると、フィーネさまの声が聞こえる。

 

 『分かりました。ナイさまが怒っていなければ良いのですが……あの人、凄くマウントを取ろうとしますから』

 

 「心配ですが、ハイゼンベルグ公爵閣下が行けと命じなければナイさまはギリギリまで我慢するのでしょうね。まあ……その時が一番怖いのかもしれませんが」

 

 公爵閣下がGOサインを出せばナイさまは凄く良い顔で黒衣の枢機卿に立ち向かうのだろう。でもそれまでは我慢しているだろうから、溜まりに溜まったものが溢れ出なければ良いのだが。

 無理だな、無理だ……と頭の中で黒衣の枢機卿が粉微塵になっているところを想像していると、聖王国の大聖堂と官邸が俺の視界に映る。

 

 そうして官邸の上空を何度か旋回している間に俺が仮面を身に着けると、ルカが凄い音量で嘶きグリフォンも『ピョエーーーー!』とけたたましい鳴き声を上げるのだった。その声に驚いて聖王国に住まう方々や大聖堂、そして官邸の窓から顔を出す方々が多くいる。

 フィーネさまも部屋のベランダから姿を現して俺の方を見上げていた。フィーネさまの部屋の少し離れた窓からはアリサ・イクスプロード嬢と先々々代の教皇も顔を覗かせている。

 

 頃合いだと俺は息を吸って吐いてを繰り返し、ナイさまが認めた書状を取り出した。相変わらず筆圧の高い立派な文字だと苦笑いを浮かべて書状を官邸に向ける。

 

 「聖王国の方々に告ぐ!! 私はアストライアー侯爵閣下の命により馳せ参じた! 三年前の出来事を省みず、己の欲望に走る者と保身を図る者が大勢いると、聖王国を憂う妖精から閣下の下へ話が舞い込んだ!」

 

 妖精さんは憂いているというよりは面白がっていた。俺の肩の上でピカっと光り存在をアピールしている。ナイさまの祝福を受けていないと、妖精さんを視認することは難しいらしい。

 俺はナイさまの祝福を受けていないのに何故か妖精さんたちが見えていた。不思議だが、神さまの島に足を踏み入れたことやナイさまの側に結構いるから彼女の魔力の影響を受けているのだろうか。あ、口上を続けないと。

 

 「大聖女フィーネに頼り切った姿勢やアストライアー侯爵閣下を利用しようと試む姿勢は見逃せない! よってアストライアー侯爵閣下の無二の友であるフィーネ・ミュラー嬢の引き渡しを要求する!」

 

 ちなみに俺の口上はナイさまが考えたらしい。そして俺の持つ書状はいつもより気合を入れて書いたから筆圧が更に高くなったと言っていた。

 

 「アストライアー侯爵閣下の使いの方!」

 

 フィーネさまがベランダの縁に手を掛けて俺を見上げていた。彼女は俺だと知っているけれど、他の方は仮面を被った奇妙な男が叫んでいるとしか考えていないだろう。そしてナイさまの使者なので無理矢理に捕まえようとはしないはず。

 そもそも現時点で騎士や衛兵を配備できていないのは平和ボケしていると言わざるを得なかった。アルバトロス王国なら、弓に矢を番えた腕自慢の騎士が狙いを定めているはずだし、魔術師も配備されている。

 

 「私を攫ってくださいませ! 聖王国の大聖女を務めることに嫌気がさしてしまいました! この国の上層部の皆さまは自力で物事を解決するという尊い意志を失っております!」

 

 フィーネさまが叫んでいるが、これは黒衣の枢機卿を止めるための大嘘である。フィーネさまが本当のことを打ち明ければ聖王国上層部の方たちは彼女を頼ってしまう。三年前にフィーネさまが奮起したというのならば、次に奮起しなければならないのは彼らでなければならないのだから、聖王国の人たちが真実を知る必要はない。

 

 フィーネさまはフィーネさまでアルバトロス王国にいる黒衣の枢機卿を止めるという目的と、大聖女ウルスラにきちんとした知識を身に着けて欲しいという願いがある。

 大聖女ウルスラにきちんとした教育を施したいのであれば、黒衣の枢機卿から彼女を解放しなければならない。それなら聖王国よりアルバトロス王国の教会の方が向いているとナイさまとフィーネさまが相談した結果である。

 

 「承知した! さあ、私の手を取ってください」

 

 「はい!」

 

 フィーネさまが俺に向かって手を差し伸べる。エルがゆっくりと彼女が立つベランダに近づいて、俺の手と彼女の手が交わった。聖王国の皆さまは大聖女が国から逃げるというのに、口を開けて呆けているだけだ。

 したり顔をしているのは先々々代の教皇と現教皇猊下であった。彼らもまた難しい立場にいるなと目を細めながら、フィーネさまのエルの背に引っ張り上げた。

 

 さて、今回の俺とフィーネさまのやり取りは聖王国に住まう方たちも見ている。三年前、ナイさまが聖王国に訪れたことは聖王国国民の方にはあまり知られていないのだ。

 騒ぎになるだろうなと聖王国の小さな街を見下ろしながら、ゆっくりとベランダから空へと上がり俺の後ろで腕を回している彼女の温もりに安堵する……したいけれど、この先を考えると不安だと目を細めるのだった。

 

 あ、ヴァナルと神獣さまたちはベランダから降りて走って、アルバトロス王国に戻る予定だ。各国に聖王国の噂を流すため、元の大きさで移動をするとのことである。

 

 ◇

 

 エーリヒさまは無事に聖王国へ辿り着きフィーネさまを回収できたそうだ。私はアルバトロス王国で黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラさまの対応をしているのに、何故お二人の行動を知っているのかと問われれば、ヴァナルに渡しておいた通信器が大いに活躍したからである。

 

 アガレス帝国のお土産で買った魔石をヴァナルが首から下げているのだが、それと一緒に魔石を付けておいたのだ。術式は副団長さまに仕込んで頂き、術式開発は猫背さんである。ほいほいアイディアを渡せば、彼ら二人はいそいそと魔術具を作成してくれる。もちろん開発費やら制作料は正規の値段を支払っていた。とはいえ身内価格で安いらしいのだが、私は魔術具作成の相場は知らないので彼らの言い値である。

 

 今の私たちは黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラさまのお相手を務めている最中だ。廊下ですれ違った女性が気になったウルスラさまが珍しく声を上げていたのだが、何故か黒衣の枢機卿さまが彼女の行動を阻止した。今までの彼であれば私に力を誇示する機会と捉えて、ウルスラさまに治癒をお願いしそうなものなのに。

 

 廊下ですれ違った女性は筆頭聖女さまのご友人であり、ハイゼンベルグ公爵さまとも友人であるあのお方だ。以前、教会の礼拝で倒れて私が治癒を施すか選択を迫り辞退された。時間は残酷なのか彼女の症状が悪化して、痛み止めの魔術をシスター・ジルから受けるために教会で残りの日々を過ごしている。

 

 アルバトロス王国の教会には彼女のような方が数名暮らしているのだ。見る人が見れば、治癒を施してあげれば良いのにと考えるかもしれない。でも本人たちは望んでいない。

 顔を顰めて心配そうに女性が消えた廊下の奥を見ているウルスラさまには申し訳ないが、命はいつか消えるものだと納得して欲しい。本当にこればかりは難しい判断だろうし、個々の考えで違ってくるけれど……望んでいない方に治癒を施しても意味は薄いのだろう。

 

 廊下を移動した私たちは、教会の客室で黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラさまとお茶を飲んでいた。アルバトロス王国教会の状況やこれからの展望に、聖王国の教会の展望を黒衣の枢機卿さまとカルヴァインさまが話し込んでいる。

 私はお茶を嗜みながら、上の空状態のウルスラさまに苦笑いを零していた。フィーネさまの話だと彼女は過去に経験したことでトラウマを持っている。今回のことでどうにか踏ん切りがつけば良いのだが、おそらく難しいだろう。

 

 「アルバトロス王国の教会は彼ら彼女らを集めて意味があるのかな?」

 

 黒衣の枢機卿さまが顔を歪ませてカルヴァインさまに厳しい視線を向けた。穏やかに余生を過ごせるようにと願う方々には教会のあのシステムは必要である。現代社会でも緩和ケアや終末医療と名付けられ存在しているのだから。

 治癒魔術に天性の才能があるのであれば女神さまの下へ旅立つ時間を引き延ばせるかもしれないが、生あるものは終わりを迎えることになるのだ。

 

 「必要とされています。痛みを緩和できる術を行使できる者は治癒を施せる者より少ないですから」

 

 カルヴァインさまが毅然とした態度で黒衣の枢機卿さまに答えた。彼もまた聖職者として治癒師として多くの方と接してきた。中には助けられなかった方もいて、悔しい思いをしていたのかもしれない。

 今、この部屋にいる方たちだって救えなかったことがあって後悔を胸に抱きながらも前を見ているのだ。確かに治せるのであれば治したいけれど、治癒で治らない病気や怪我は存在するのだから。

 

 「知っているよ。だが優秀な聖女がいれば先ほどの女性は救われよう。そこで提案だ。我が聖王国の大聖女ウルスラを頼ってみてはどうかな? もちろん寄付は必要ない」

 

 黒衣の枢機卿さまに名前を呼ばれたウルスラさまがバッと顔を上げて、彼を期待の眼差しで見つめていた。そんな彼女の姿にちくりと胸が痛むが、これからのことを考えると一度でも良いから治癒魔術でもどうにもならない方がいると知っておいた方が良い。

 

 「この場にいらっしゃる聖女さま方でも治せなかったのでしょう?」

 

 「……それは、そうですが」

 

 ふふふとほくそ笑む黒衣の枢機卿さまにカルヴァインさまが苦虫をかみ潰したような顔になる。そりゃアルバトロスの聖女に治せなかったものを、聖王国の方の大聖女さまが治したとなればアルバトロス教会の面子は潰れてしまう。カルヴァインさまの場合、打ち合わせでみんなと話し合ったことに気乗りしていないのだろうけれど。

 

 「大聖女ウルスラはどう考える?」

 

 「…………助けられる命があるならば、私は時も場所も選びません! アルバトロス王国教会の皆さまにもお願い致します! どうか私に先ほどの女性へ治癒を施すことをお許しください!」

 

 黒衣の枢機卿さまの言葉にウルスラさまは席から立ち上がって深々と頭を下げた。どうして彼女は黒衣の枢機卿さまが後ろ盾になったのだろう。野心のない方か、マトモな方の支援を受けていれば、過度な治癒は危険だと理解できるはずなのに。カルヴァインさまが肩を落としながらウルスラさまへと視線を向けた。

 

 「承知致しました。では部屋へ参りましょう」

 

 断る理由はないし、目的のために黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラさまを件の女性がいる場所へと案内する。流石に全員訪れれば部屋が一杯になってしまうので限られた面子で赴いた。

 アルバトロス教会の面々はカルヴァイン枢機卿さまと私とジークとリンにシスター・ジルとシスター・リズが、聖王国側は黒衣の枢機卿さまと大聖女ウルスラさまと護衛の方が数名である。

 

 何故か機嫌が良さげな黒衣の枢機卿さまと緊張気味な大聖女ウルスラさまの後ろ姿を見ながら移動している。おそらく大聖女ウルスラさまの治癒は成功しない。今まで蘇生や治療が成功していたのは、彼女の才能と術を受けた方が生きる意志を持っており神さまの下へと旅立つ運命になかったからである。

 私は沢山の方に術を施している所為なのか、この方は治らないと時折感じることがある。手応えがないというか、魔力を練って術を施せば右腕に熱が残るのだが随分と冷めた感じがする。そんな体験をした数日後に術を施したご家族の方が挨拶にくることがあり、なるほどそういうことかと納得したものだ。

 

 「失礼致します」

 

 「あら、どうなされましたか?」

 

 カルヴァインさまの言葉に女性が答えた。女性は私たちが部屋に訪れることがあると知っている。私がフィーネさまからウルスラさまの危うさを聞いて、どうすれば良いのかと考えが纏まらなかったのでシスター・ジルとシスター・リズを頼ったのである。

 

 彼女たちは聖職者で看取りも行うことがある。

 

 聖女よりも女神さまの下へと旅立つ方と接する機会が多いのだ。なので死というものを恐れているウルスラさまにどう対応したものかと相談したのだ。

 彼女たちの答えは割と酷いものだった。荒療治として治癒を施しても効かない方に施すしかないだろうと。聖王国にいれば、死に直面する方と引き合わされることもないまま、ただ治療のみを要求されるだろうと。赤子を生き返らせたと聞いたが、生き返る可能性が高い赤子を差し出した可能性もあろうという見解だった。

 

 「貴女に治癒魔術を施したいと請われる方がおりまして」

 

 「まあ、私に。でも無駄に終わってしまいますよ」

 

 女性以外にも部屋には他の方もいた。彼ら彼女らも聖王国から賓客がくると知っているし、私が企んでいることも知っている。良い話ではないので私は事前に頭を下げたのだが『気にするな』と笑い飛ばしてくれていた。

 大聖女ウルスラさまの話は彼ら彼女らにとっても由々しき事態と判断してくれたようだし、未来ある若者を黒衣の枢機卿さまという小物に潰されるのは勿体ないと仰ってくれた。だからこそ、今こうして大聖女ウルスラさまを部屋に招くことができた。でなければこんな茶番は繰り広げないし、彼らはアルバトロス王国に入国することすらなかっただろう。

 

 「あ、あの! 私に治癒を施させて頂けませんか!? 貴女のご病気を治してみせます!」

 

 大聖女ウルスラさまにフィーネさまとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんの気持ちは通じなかったようだ。もしくは理解しながらも大聖女ウルスラという像を貫き通すつもりなのか。彼女の真意は分からない。フィーネさまのように私と仲が良い訳でもなく、手紙のやり取りをしている訳でもないのだが……話を聞いてしまえば、彼女の歪さが気になってしまう。

 

 「聖王国の聖女さまに診て頂くのは光栄ですが私の病は治りません」

 

 私が彼女と初めて出会ったのは三年前の教会の礼拝である。その時も細かったけれど、今は更に細くなっていた。今はシスター・ジルの魔術で常時胸の痛みを緩和している。

 

 「ご夫人、申し訳ないのだが彼女の希望を叶えてやってはくれまいか? 悪いようにはならないはずだ」

 

 黒衣の枢機卿さまが胸に手を当てて少しだけ頭を下げた。彼女は私たちの方を見てから、聖女ウルスラさまに視線を向ける。

 

 「私は治癒を望んでいないのですが……」

 

 「心配しないで欲しい。大聖女ウルスラの実力は本物だ。貴女には生きる権利があり、大聖女ウルスラも治癒を施すのは吝かではないと申している。受け取ってくれ給え」

 

 困り顔の彼女と黒衣の枢機卿さまが口元を伸ばしながらちらりと私を見た。喧嘩を売られているけれど、行動が小物なので自滅するのではというのが私の見解だ。そもそも公爵さまが彼を玩具にしても面白くないと判断して早々に私に場を任せたのだ。

 ということは、アガレス帝国の元第一皇子殿下より面白くない方なのである。私は彼の視線に知らぬふりをして彼女と視線を合わせる。

 

 「高貴な方のお願いを断わることは私にできません。ご随意に」

 

 彼女が黒衣の枢機卿さまを見てふうと息を吐いた。彼女は引退した聖女さまなので高貴なお方になるはずなのに、凄く謙った物言いをしていた。もしかして黒衣の枢機卿さまと関わりたくないというサインなのだろうか。

 彼女の真意はさておき、大聖女ウルスラさまが半歩前に出て術を唱えた。ウルスラさまの足元に煌々と光る魔術陣が現れて、五節の治癒魔術を唱えた。部屋は薄く緑掛かった魔術光に照らされて幻想的な光景になっていた。

 

 初手で五節唱えたということは、大聖女ウルスラさまは彼女の状態がよろしくないと判断しているのだろう。術が効いている実感がないのか、ウルスラさまは更に魔力を練って治癒を試みている。

 どれだけ魔力を込めても、術を発動させ続けても効果が表れることはない。ウルスラさまの顔色がどんどん悪くなっているのが分かり、そろそろ限界だと周りの誰もが悟り始めた。分かっていないのは黒衣の枢機卿さまくらいである。

 

 「ありがとう、聖王国の聖女さま。私はもう十分に生きたから、もう良いの。もう良いのよ」

 

 「あ……でも! でもっ!」

 

 魔術を発動させ続けるウルスラさまに彼女の老いた細い手が伸びる。ウルスラさまに添えられた老女の手は優しく慈しむように頬を撫でていた。

 

 「私はもうお婆ちゃんになってしまっているわ。貴女が無駄に魔力を消費することはないの」

 

 彼女の言葉にウルスラさまが嫌だと何度も横に首を振っている。おそらくこれは彼女が過去に負った傷を抉る行為なのだろう。でも、そろそろ自覚しなければ彼女の身が危うい。

 だから私は女性に一芝居打って貰うようにと願い出たのだ。最初は気乗りしていなかった女性もウルスラさまの精神面はかなり危ういと、先任として最後の仕事だろうと私の話に乗ってくれたのだ。

 

 「それにね……私の若い頃、助けられなかった仲間たちが沢山いたの。どうして救ってくれないと恨まれたこともあるわ。でも、ようやく彼ら彼女らの下へ私も行ける。そして女神さまの下へと辿り着いてみんなと幸せに暮らすのよ。素敵じゃない」

 

 術を行使することを諦めたのかウルスラさまが発する魔力光が収まり、がくんと力なく床に膝を突く。危ないと思ったのも束の間、女性がウルスラさまを抱きしめた。

 

 「私が一番先に逝くことになるとは思わなかったけれど、そのうち彼女と彼も追いかけてくるのでしょうね。貴女は若いからまだ分からないでしょうけれど、私のように歳をとれば厳かな最後を望む気持ちが理解できるようになるはずよ」

 

 彼女が指す人物は公爵さまと筆頭聖女さまのことだろう。情勢が荒れていた時代に彼ら彼女らは戦場に立ち大暴れしていたそうだから。

 

 「お婆ちゃんの昔話は面白くないわね。貴女の話を聞かせて頂戴。貴女はどうして私のために治癒を施そうと?」

 

 「だって、だって……貴女がもう先が長くないと分かってしまったから! 私が取りこぼしてしまった方たちが訴えるんです! どうして助けてくれなかったと!!」

 

 ウルスラさまは貧民街で多くの死を見すぎたようだ。そして幼い心に大きな傷を負い治ることがないまま今まで生きてきたのだろう。難しい問題だけれど、彼女が必死に治癒を試みようとしている一端は理解できた。

 あとは少しづつでも良いから無茶をしないようになれば良いのだが……直ぐには無理だろう。とりあえず彼女の頑張りを良いように利用する、黒衣の枢機卿さまをどうにかせねばと私は彼に厳しい視線を向けるのだった。

 

 ――そろそろエーリヒさまとフィーネさまがアルバトロス王国に戻ってくるはずだ。

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