魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
大聖女ウルスラさまと女性はまだ話し込んでいる。年齢差があるためなのか、それともウルスラさまが母性に飢えていたのか、涙目で女性に彼女の過去をぽつぽつと語っていた。
この場は女性に任せてしまっても大丈夫だろうとカルヴァインさまとシスター・ジルとシスター・リズに視線を向けて確認を取る。どうやら問題はないようなので、護衛の方とシスター二人を残して、黒衣の枢機卿さまを聖堂へ誘おうと私は彼へ視線を向けた。女性とウルスラさまのやり取りは彼にとって忌むべきもののようである。悔しそうな顔を滲ませて歯噛みしている彼の姿に、ウルスラさまは貴方の都合の良いようにさせないと顔を上げる。
「さて、参りましょうか。大聖女ウルスラさまの身の安全は我々が確保させて頂きます」
黒衣の枢機卿さまの顔を見て私は笑みを作れば、ギリと更に歯を噛みしめて私を見下ろし肩の力を抜いた。
「聖王国の枢機卿を相手に他国の聖女である君になにができると言うのかね? ウルスラは聖王国の人間だ。彼女を奪えるとでも?」
黒衣の枢機卿さまが不敵に笑いウルスラさまの身柄は渡さないと告げる。とりあえず女性とウルスラさまが話し込んでいる所に水を差したくはない。目の前の枢機卿さまとウルスラさまを引き剥がして、彼女の後ろ盾を挿げ替えなければ。
「先ずは移動いたしましょう。女性同士の会話に割り込む男性は嫌われるでしょうから」
私が適当に理由を付けると、アルバトロス王国側の護衛の方が黒衣の枢機卿さまの両腕を掴み取り移動を促す。聖王国側の護衛の方はなにが起こったのか分からず、目を白黒させているだけだ。
そこは護衛対象である黒衣の枢機卿さまを守って差し上げようと言いたいが、護衛の彼らにとって枢機卿さまは命を掛ける対象ではないのかもしれない。
彼は一応、アルバトロス王国教会の客人ではあるけれど、アルバトロス王国とアストライアー侯爵家にとって客人やもてなすべき相手ではないのである。ウルスラさまの現状を危惧していたから、彼はアルバトロス王国の地に立つことができたと全く頭にないようだ。
両腕を確保された黒衣の枢機卿さまは護衛の方が歩を進めれば、己も足を前に出すしかない。鍛えている方に力で敵わないだろうなと彼の後ろ姿を見ながら私も廊下に出るのだった。
ウルスラさまのことが少し気になるがシスターたちがこちらは任せておけと頷いているので大丈夫だろう。多分。ウルスラさま、シスター・ジルとシスター・リズのクレイジー振りに感化されなければ良いのだが。
そうして微妙な顔のカルヴァインさまと子爵邸の面々と他の護衛の皆さまと、黒衣の枢機卿さまと聖王国の護衛の方が聖堂の祭壇前に立った。聖王国側もアルバトロス王国側もウルスラさまの下に護衛を残しているので、当初の人数より減っている。
黒衣の枢機卿さまは祭壇側に立ち、私は信徒席側に立って相対した。私の後ろにはジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまが立ち、黒衣の枢機卿さまの側には聖王国の護衛の方が微妙な顔で控えている。カルヴァインさまは祭壇横に立ってこちらを見守っているが、真面目な彼だから内心穏やかではいられないだろう。
「さて、先ほどの話の続きです。やろうと思えば、なんでもできましょう。例えば、貴方一人の命を奪うことも可能でしょうから」
ぶっちゃけ彼がアルバトロス王国に転移を終えた瞬間に拘束されてもおかしくはないのだ。他国の侯爵家に喧嘩を売りながら、喧嘩を売った相手の国にノコノコとやってきているのだから。彼の命を奪っても利益がないから実行しないだけだと、枢機卿の座にしがみ付いている彼が気付けるのか。
「ふ。黒髪の聖女と君は名を上げ各国から持て囃されているが、実の所、誰かの命を奪ったことなど一度もないだろう?」
南大陸で私が黒の女魔術師の命を奪ったことは、あまり知られていない。私のことより竜を倒したジークとリンの名前の方が売れたのだ。
「君は強大な力を得て周囲を牽制しているが、強大故に実力行使に出る機会がない。本気を出したのは双子星に傷を付けた時くらいではないのかね?」
彼は私が衛星に傷を残してしまったことをきちんと知っていた。知っていながら強気な態度で彼が外交できるのは、私が他人に魔術を行使することがないと思い込んでいるからのようだ。確かに私が実力行使しないのは周囲の影響を考えてのことで、彼自身に対してではないのだが。
「おや、痛い所を突かれましたね。しかし私自身の力を使わずとも、侯爵位の権限を持って命を下せば確実に貴方個人の命は刈り取れるでしょう」
「確かに。だが君は実行しない。良心故にね」
お互いに口の端を伸ばす。私の背後で彼の言葉を聞いたジークとリンが右手をびくりと動かす気配を感じ取った。おそらくレダとカストルの柄に手を添えたいけれど、我慢してくれているようだ。
ソフィーアさまとセレスティアさまも彼の言葉にイラっとしているようで、雰囲気が重くなってきている。子爵家組の機嫌が急降下していることに気付いていないのは目の前の彼だけである。聖王国の護衛の方は顔を青くしており、大聖女ウルスラさまの下へ駆け付けたい衝動を我慢していた。でも彼女では黒衣の枢機卿さまの暴走を止められない。
「では貴方に私の良心は必要ないのですね」
私は言い終えると笑みを携え、最大量の魔力を練り上げる。遠慮なんて一切ナシなんだけれど……これ放出し終えたあとの変化が怖いなと思わなくもないので、クロとアズとネルには魔力を吸収しておいてとお願いしているし、子爵邸に遊びにきていた妖精さんにもお願いしている。
確かに強大な力は便利だけれど、周囲の影響を考えると使いどころが難しい。青白い魔力光が風を放ち、ばっさばさに揺れる私の短い髪と聖女の衣装がはためいている。私の背後で『マスターの魔力です!』『うっひょー! お嬢ちゃんの魔力は凄いな! 俺ちゃんまた強くなっちゃう!』とレダとカストルが歓喜の声を上げていた。
そういえばここまで魔力を外へ放出したのは初めてのようなと考えていれば、黒衣の枢機卿さまが腰を抜かした。祭壇に続く三段のみの階段を腕の力で上り教壇に彼の背がぶつかったのだが、何故かカルヴァインさままで腰を抜かしている。
彼に矛先は向いていないのにどうしてだろうか。まあ良いかと気付かないフリをして黒衣の枢機卿さまに視線を合わせて、私の足元に適当な魔術陣を浮かばせる。私は祭壇に続く階段を昇って彼の下へと歩み寄る。黒衣の枢機卿さまはカタカタと歯を鳴らしながら口を開いた。
「な……なっ! 私を……私を殺す気か!?」
ひぃと怯える黒衣の枢機卿さまの瞳の中には魔力を放出する私の姿が映っていた。うーん……怯えている彼には私は悪魔や魔王と映っていそうだ。
「貴方の命を奪っても宜しいので?」
命を奪うなら死神かな。大鎌でも持っていれば、更に彼の恐怖を煽れただろうか。しかしまあ本当に今までの御大層な態度が豹変したものである。今は小さくなって教壇に背を預けながら怯えているので、少々可哀そうになってきた。
でも、小馬鹿にされたツケは払って頂かないとアストライアー侯爵家の面子に関わるのである。それに彼のような方が続く事態を避けるためにも、見せしめは必要である。
「い、嫌だ! 死にたくない! 今の地位も手放したくない! ようやく手に入れた地位なんだ! 誰もが私を認めてくれる地位を!!」
「しかしそれは大聖女ウルスラさまが齎したものですし、大聖女フィーネさまが奮起したお陰で手に入れたものであり、決して貴方自身の力で手に入れたものではない」
私は息を浅く吐いて右腕に魔力を集中させた。錫杖を持っていないのに、何故か魔力の流れが良いような気がする。気にすると魔力量の加減を間違えそうなので、目の前の憎たらしい方に視線を向けて
「違う! 女神に祈った私が得たものだ!」
黒衣の枢機卿さまは必死だった。どうにか自分を保つために虚勢を張っている。とりあえず精神がブレイクしなければ良いかと私は彼と視線を合わせた。
「女神さまに祈っても届くことはありません。西大陸を司る女神さまは数千年前から下界に干渉されておりません」
そもそも西大陸管轄である西の女神さまは引き籠もり状態なので、大陸のことは自然の流れに任せる形になっているそうだ。南の女神さまのように大陸に姿を現していれば話は別かもしれない。
「その証拠はどこにある!!」
黒衣の枢機卿さまが必死な形相で私を指差し大きな声で叫んだ。
「証拠を知りたいですか。本当に?」
「ああ! 私の前に示してみろ!」
私は念を押したからあとは知らない。というか本当にきてくれるとは思わなかったけれど、条件として私の魔力で周囲を満たして欲しいと件の人物からお願いされていた。一応、全力ブッパをしているので要求は満たされているはず。事態が収まったあとを考えると陛下方に迷惑を掛けそうであるが、アストライアー侯爵家の面子を保たなければならないので許して欲しい。
――グイーさま、お願いします。
私が願うと聖堂に満たされていた魔力が形を成していく。なんとなく人の形を模している気がするし、私が名を呼んだ方にそっくりになっていく。魔力で神さまを形成できるのかと感心していると、どんどん形がはっきりとしてきてグイーさまであると分かるようになってきた。目、鼻、口に身体の細部に服が完成すると、にっと笑ったグイーさまが大きな手で私の肩を叩いた。
「お? おお! ナイ、凄いぞお主! 儂を島から引っ張り出せる魔力をきちんと出しおった! 流石大地に魔力を注ぎ込んだお主だな!!」
ガハハと豪快に笑う彼に私は苦笑いを浮かべるしかない。グイーさま召喚は最終手段としていたけれど、あまりにも黒衣の枢機卿さまの小物っぷりが哀れだったので、つい呼んでしまった。
速攻で召喚に応じてくれるグイーさまのフットワークの軽さにも驚くが、話を聞いていると彼の本体は島にあるそうだ。しばらくグイーさまと言葉を交わしていると、四姉妹の女神さまのうちの三人も姿を現す。予定外のことに驚くものの、興味が沸いたので現界したそうだ。
「すげえ魔力量で満たされているな……」
「お嬢ちゃんは凄いのねえ」
「西のお姉さまの力が混ざっているだけはあるのかしら?」
呑気に三女神さまが聖堂を見渡して私の魔力を回収していた。その様子を見たクロたちと妖精さんも魔力を回収し始める。グイーさまは問題の男性を見下ろすと同時に三女神さまも彼に興味が向いたようだ。
「ナイ、男が気絶したぞ。なんだ情けない」
やれやれと大きく息を吐くグイーさまの横に私は立つ。
「えっと気付けの魔術を施してみます」
とりあえず意識が戻らないことには話ができないと私は彼の足元にしゃがみ込んだ。魔術を発動させようとした時、リンが私の背後に立つ。どうしたのだろうと私が彼女を見上げれば良い顔になっている。
「ナイ。ナイが魔術を使わなくても良い。殴れば済む」
それもそうかと私は頷いたのだが、殴られる男性に同情する方は誰もいなかった。
◇
アルバトロス王国王都、教会の聖堂は混沌としていた。
黒衣の枢機卿さまは神さま一家の登場に気絶し、カルヴァインさまも驚いて尻餅を付いている。アルバトロス王国の護衛の方々――一応、グイーさまを呼ぶかもと伝えておいた――も腰を抜かしているし、聖王国の方々も魂が抜けだしそうな雰囲気でグイーさま一行を見ていた。一応、神さま一家と一度面通ししている子爵家一行はどうにか平常心を保っていた。
「ナイ、ナイ」
「あ、リン、面倒を押し付けてごめん。お願いします」
「ん」
リンが右腕を確りと握りしめた数秒後『ご!』という凄い音が聖堂に響いた。私はリンが振り切った腕の速さに目が追いつかず状況を良く掴めていない。グイーさまは『首、飛んでいないか? あ、ついとる』と心配しているのか面白がっているのか分からない反応を示し、南の女神さまは『飛んだら親父殿が付ければ良いだろ』と凄いことを言い、東と北の女神さまは『あらあら』『まあまあ』と苦笑いを浮かべていた。
殴られた当の本人は意識が痛みで回復して、ぼんやりと目を開いた。黒衣の枢機卿さまの左頬は赤くなっているので、しばらくすれば腫れあがるかもしれないが、その時はウルスラさまに治癒をお願いして頂きたいものである。さて、と私は息を大きく吐いて意識朦朧としている黒衣の枢機卿さまと視線を合わせた。
「目が覚めましたか? 貴方さまがおっしゃっていた証拠をわたくしは提示いたしました。どうぞ、西の女神さまについてお聞きしたいことを神さまに問うてください」
私の言葉に焦点が合っていなかった黒衣の枢機卿さまの目が合ってきた。さて、また気絶されては困るので、桶に水を用意して貰っているので逃げられないはず。グイーさまはくだらないことで召喚したにも関わらず、島から出たことがないために興味津々で教会を見渡し『人間は凄いのう』と呑気に感想を零していた。そんな彼に『親父殿、人間は個じゃ大したことねぇが群になると力を発揮するぞ』と声を掛け、『ああ、確かに』『おチビちゃん、南大陸に手を出し過ぎて人間に詳しくなっているわね』と南と東と北の女神さまが語り合っている。
「私を謀るな! 神を連れてきたなど、嘘を吐いているのだ!」
グイーさまたちが特別な存在であると気配や魔力量で分かるはずなのだが、黒衣の枢機卿さまは私により提示された事実を認めたくないようで顔を真っ赤にしながらキレている。リンに殴られた頬が腫れているので余計に顔が真っ赤に見えるものの、興奮で痛みを感じていないようだった。
「威勢が良いのう、若造よ。今の儂は分身だから派手なことはできんし、娘が創った場所だから無茶はできんが、お前さん一人を平伏させるくらいは簡単だぞ?」
グイーさまには事の経緯を最初から全て説明してある。最初からというのは私が聖女になった辺りから公爵さまの決定により学院に通い始めたこと、お金を着服されていたことに、各国でのやらかしである。もちろん今回のこともきちんと説明しており、グイーさまはグラス片手に爆笑したり顔を青くしたりと忙しそうだったと南の女神さまが教えてくれた。酒の肴になったのであればなによりと、協力を取り付けたのである。
グイーさまは彼が小物だと分かっているし、私が手を出せば聖王国が今より更に面倒な状態になると理解してくれていた。一応、西の女神さまを奉る場所を壊したくはないようで、本丸であるグイーさまが出張ってくれたのだった。
「ひぃ!」
黒衣の枢機卿さまがグイーさまの圧に負けて情けない声を上げた。そして祭壇横の出入り口からあの女性と大聖女ウルスラさまが遠巻きにこちらを眺めている。ウルスラさまの顔には涙の跡が付いていた。女性となにを話したのかは分からないけれど、悪いようにはならないはずだ。今回、彼女の魔術が効かなかったことで、誰彼に術を施そうと試みないようになればそれで良い。
そして教会の大扉が開くとフィーネさまとエーリヒさまが姿を現した。フィーネさまの長い銀色の髪がぼさぼさになっているので、急いでアルバトロス王国にきたようだ。教会の聖堂を覗き見た彼女は混沌具合に目を丸く見開いて腰を抜かしていた。
エーリヒさまが急いで手を差し伸べたけれど大丈夫だろうか。フィーネさまには黒衣の枢機卿さまのお迎えご苦労さまですと言いたい所だけれど、聖王国も聖王国で問題が引き起っている。頭が痛くなりそうだが、とりあえずは目の前のことをと黒衣の枢機卿さまに私は視線を向けた。
「お主、男であろう。そう驚くな。たまたま時流に乗れたことで自身が偉くなったと勘違いしているようだが、ナイに手を出してどうしたいのだ? ナイの話を聞いただけで判断するのは公平ではないのでな、お主の意見を聞かせてくれ」
グイーさまの言葉に黒衣の枢機卿さまは答えられない。どうにもグイーさまの存在が強烈過ぎて恐れ戦いている。これ島に残っている本物の彼に会えば、黒衣の枢機卿さまの心臓が止まってしまうのではなかろうか。
「ナイ、これでは話にならぬ」
驚いているままの黒衣の枢機卿さまにグイーさまが呆れた声を上げる。普通の人は神さまを目の前にすれば、黒衣の枢機卿さまのような反応になるのだろうか。現にカルヴァインさまもまだ現実を呑み込めていないようで、驚いていたままである。
「魔力を放出し過ぎましたか?」
ふうと息を吐いて肩を竦めるグイーさまに私も肩を竦める。神さまの分身体だから本物ほど圧はないだろうと考えていたのに割と強烈だったらしい。確かに彼のアレでオーロラを作れるのだから、凄い力を持っているはずだ。
「かもしれんなあ。直ぐに分体は消えてしまうかと思うていたのだが、割と長い時間儂という形を保っているのう」
「…………そんなつもりはなかったのですが」
グイーさまが想定していた現界時間を超えているらしい。まだ姿を形成できるようなので、話したいことは今の内に話しておいた方が良いのだろうか。
「とりあえず男は放置で良いだろう。さてナイの友達を紹介してくれんか? こちらにきたそうだが、儂たちに遠慮しているようだしなあ」
まあ創星神であるグイーさまと西大陸以外の女神さまが揃っているので、事情を知っていても私たちと合流しようとは考えないか。私はフィーネさまとエーリヒさまに手招きすると、お二人は顔を一度見合わせてゆっくりと信徒席の間を歩いてくる。
お二人の姿は付き合い始めの初々しいカップルそのままである。そして大聖女ウルスラさまと女性には私が直接誘いに行く。
「話が長くなるので割愛しますが、神さま方がお二人を紹介してくれとのことです。よろしければ参りませんか?」
私がお二人に声を掛けるとウルスラさまは現状に頭が追いついていないようで目を白黒させていた。女性は長く生きてきたためか随分と落ち着いた様子でウルスラさまの背に手を当てていた。
「アストライアー侯爵閣下は神さまとお知り合いなの?」
「話の流れで知り合うことになり、仲良くさせて頂いております」
女性の言葉に私は苦笑いになる。女性は私のやらかしをハイゼンベルグ公爵さまと筆頭聖女さまと共に楽しんでいるらしい。教会でお世話になるようになってからは頻度は減ったそうだが、手紙のやり取りがあるだろうし、教会のシスターたちからも私の話を聞いていたはずである。面白おかしく吹き込まれていなければ良いのだが、女性の話し相手が話し相手だから期待できなかった。
「まあ」
ウルスラさまに手を当てている逆の手を口に当てて女性は目を細める。そうして女性はウルスラさまに『行きましょうか』と促して、一歩を踏み出した。ウルスラさまは釣られる形になり足を踏み出す他ない。まあ、神さまと話してウルスラさまの凄く真面目な部分と過去のトラウマが少しでもマシになると良いのだけれど。女性と話して少しは気が紛れたようであるが、過去の傷は簡単に塞がるものではない。
グイーさまの下へ戻れば、彼がにかっと笑い私たちを見下ろす。
「男がナイに絡んでいると助けを求められて……はいないか。面白そうな状況だから一枚噛ませて貰った」
「恐れながら尊いお方と存じます。至らぬ身でありながら拝謁できたこと感謝致します」
グイーさまが声を上げれば女性が丁寧に頭を下げた。ウルスラさまもグイーさまの異様な圧力になにかを感じ取って無言で礼を執り頭を下げる。フィーネさまとエーリヒさまも合流すれば、グイーさまがご機嫌な顔を浮かべた。
「お初にお目に掛かります」
「お主は聖王国とやらで大聖女を務めているとナイから聞いた。西の女神について文献を調べるために助力して貰ったとな」
フィーネさまが礼を執れば、私が彼女に協力を求めたことを労ってくれている。やはり西の女神さまが引き籠もっていることを気にしているようで、彼にとっても放って置けない問題のようだ。
「私は禁書部屋の閲覧許可を願っただけでございます。女神さまについて書かれた具体的なことに言及はできず申し訳ありませんでした」
「謝らなくてもよかろう。それに楽しそうなことをお主らは考え付いたのだからな。お前さんも機が合えばナイと共に島にくると良い」
グイーさまの言葉に、フィーネさまもBBQに誘うことが決定した。日程が合うか分からないけれど、聖王国で大聖女を務めている方が神さまのお誘いを受けて断れるとは思えない。彼女の補佐として神の島に赴きたい方が沢山名乗り出そうであるが、その前に聖王国には黒衣の枢機卿さまの件をきっちりと解決して頂かなければ。
「あ、あの!」
「どうした娘よ?」
ウルスラさまがグイーさまの顔を真剣に見上げる。なにか思い詰めているような気もするが大丈夫だろうか。とはいえ黒衣の枢機卿さまのような無様な姿をウルスラさまは晒さないだろうという確信があった。
「どうして私に西の女神さまから聖痕を与えられたのでしょうか? そして聖痕を与えられたというのに治せない方がいるのは、どうしてでしょうか?」
女神さまから力を与えられれば、彼女が万能感に目覚めても仕方ないのだろうか。真面目だし、困っている全ての方を助けたいと生き急いでいる彼女にとって大事な質問なのだろう。グイーさまは真面目な顔になってウルスラさまときちんと視線を合わせる。そしてウルスラさまも大真面目な顔になっていた。
「お主に聖痕を与えられた理由は西の娘に聞かねば真意は分からんな。だが、これだけは答えられる。お主に治せない者がいたならば、生物としての寿命だ」
「…………」
「気落ちするでない。生を授かれば必ず死を迎える。神の身である儂や娘もいつか終わりがくるのだからな」
神さまですらいつか終わりがくるものらしい。本当に命というのは不思議なものである。フィーネさまとエーリヒさまと私は前世の記憶を持っているから、更に不思議な存在だけれども。
「え?」
「神とて万能ではないということだ! 現に娘が引き籠もってしまった理由が全く分からんのでな!」
グイーさまがにかっと笑いウルスラさまの頭をぐりぐりと撫でる。彼女は困惑しながらもグイーさまの手を振り払うことはなく無言で受け入れていた。