魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0518:彼らは岐路に立つ。

 ――彼らがまともな判断を下せるのだろうか。

 

 渋面になりながら頭の中で俺が導き出した気持ちだった。そして、俺の隣に立っている同僚のユルゲンも聖王国の状態に目を細めて呆れている。今、聖王国の官邸で黒衣の枢機卿に罰がくだされようとしていた。教会風に言えば彼に審判の時が訪れたとでも言えばいいか。

 正面の上座には聖王国の教皇猊下が席に着き、少しズレた横の位置に聖王国で政を担っている偉い方々――恰好からしていずれも神職だろう――が椅子に腰を下ろしていた。どうにも偉い方々は俺たちアルバトロス王国の面々がいることに落ち着かないようで、チラチラと視線を投げられている。

 

 「他国の介入が気になるのでしょうね、エーリヒ」

 

 「ユルゲン。それなら最初から国を確りと運営すれば良いだけじゃないか」

 

 渋面のユルゲンに俺も渋面を浮かべて返事をする。ナイさまのお金を奪って反省というか、妙な人たちを一掃したかと思えば三年経ってまた同じ道を歩もうとしているのだから、人間というのは愚かだなと考えてしまう。聖王国、大聖堂のご本尊である西の女神さまは自室に引き籠っているので、それが影響しているのだろうか。いや、女神さまに責任を負わせる訳にはいかないとユルゲンと再度視線を合わす。

 

 「宗教国家ですから、難しい面もあるのではないでしょうか。でもエーリヒの言う通り、聖王国には確りして頂かないと……三度目があるなら各国も呆れるどころか見放すでしょうしねえ」

 

 ユルゲンが苦笑いをしながら俺に告げた。聖王国で三度目の不祥事があったなら、各国から聖王国とは縁を絶つと言われそうだ。そもそも各国の宗教は聖王国に頼らずとも独立している。ただ女神さまを奉る総本山として聖王国は今でも、西大陸中の庶民の方々から愛されている。

 二度あることは三度あると格言が生まれそうな状況だが、三度目が起こればフィーネさまの苦労が報われない。俺は彼女が望む未来に進むようにと願ってこの場に立っている。真面目に話を聞いていようとユルゲンに伝えると、聖王国の教皇猊下が一つ咳払いをした。

 

 「皆、集まって貰ったのは彼の枢機卿の処分を決めるためだ。我々に助言を勧める大聖女フィーネはアルバトロス王国に保護され不在。この事実をきちんと把握できている者とできていない者がいる」

 

 誠に嘆かわしいと教皇猊下が告げれば、顔を青くするお歴々が割といた。マトモな方が少なそうだが、聖王国に明るい未来はあるのだろうかと心配になってくる。どうすれば聖王国にとって最善の道なのか考えてみるものの、良策なんて浮かばない。

 ただ他国の意見を採用しているようでは聖王国が自立できない。どうにかなってくれと、心の中で祈るばかりだった。

 

 「さて、彼の者を連れてきてくれ」

 

 教皇猊下の声に護衛の方が『は!』と短く答えた。暫く待っていると黒衣の枢機卿が護衛の方々に囲まれて部屋にやってきた。目に生気が宿っているので心が折れてしまった様子はなく、数日間の牢屋生活は彼にとって酷いものではなかったのか。

 聖王国とアルバトロス王国に面倒をかけたのだから、反省して欲しいのに男の目には『まだ諦めていない』とアリアリと雰囲気が出ていた。

 

 「猊下、私はなにもしておりません! ただ聖王国の素晴らしさを各国に伝えたかっただけ! それをアストライアー侯爵が勘違いして、私が付け上っていると申したのです! 私は大聖女ウルスラの後ろ盾。私を失えば聖王国は各国からも信徒からも見放されてしまう!」

 

 教皇猊下の前に差し出された黒衣の枢機卿が声を高らかに上げた。確かに聖王国の素晴らしさを説くのは大聖堂に属する神職者の務めだ。でも他国に迷惑を掛けてまで行うことではない。

 彼の場合、聖王国の聖女とアルバトロス王国の聖女を比較しようとした。比べることの意味は薄いと何故彼は気付けないのだろう。反省していれば罪が軽くなる場合もあっただろうに、黒衣の枢機卿には反省のはの字もないらしい。

 

 「どうしてそのように欲望が肥大してしまったのか。三年前の君は熱心な神職者だったというのに……」

 

 教皇猊下が深く息を吐いて過去を憂いている。黒衣の枢機卿が三年前はまともな神職者だったという事実が呑み込めないが、猊下が仰るのであれば本当なのだろう。猊下は男を既知であり、三年間の行動を知っていたのかもしれない。

 

 「処分を下す。枢機卿と神職の位は剥奪、財産の全没収……国外追放すれば君が作った借財と過去の借財を返せないのでな。炭鉱送りとしよう」

 

 教皇猊下が黒衣の枢機卿に処分を下した。黒衣の枢機卿の味方であった人物は青い顔をしている。自分も同じことにならないかと冷や冷やしているのだろう。一方で今回騒ぎを起こした者の処分が温いと感じている人もいるようだった。小さく手を挙げた男性に猊下が抑揚に頷く。

 

 「猊下、刑に処さないのですか?」

 

 刑に処すというのは死刑にしないのかと言っているのだろう。女神さまの教えを説く国で、おいそれと述べることではない。顔を青くしている方たちは、今の言葉で更に顔を青くしていた。そしてうんうんと深く頷いて厳しい処分を望んでいる人もいるようだ。

 

 「死んでしまえばそこで終わりだと、彼の者が申している。それに我々の教義では女神さまの下へと行き幸せに暮らすのだ。そんなこと許せるはずもなかろう?」

 

 彼の者というのはナイさまのことだ。どうにも転生なんてものを果たしているから、黒衣の枢機卿が別人に転生する可能性や別の世界や星に生まれる可能性もあると考えているようだ。あり得ないことではないと、フィーネさまも俺もナイさまの言葉に納得している。まあナイさまの場合、マトモに働いたことがないのであれば単純労働や重労働に就いて、苦労を知れば良いと考えているようだけれど。

 神職で重い物を持ったことのない黒衣の枢機卿が、炭鉱という厳しい環境に耐えられるのだろうか。ああ、いや。アガレス帝国の炭鉱送りも候補に挙がっているらしい、いろいろな意味で黒衣の枢機卿は耐えられるだろうか。

 

 それに神職者は、己が死ねば女神さまの下へ行き幸せに暮らすと信じている。本当かどうかは分からないけれど、楽な方へと逃げるのも癪だろう。

 

 「彼の者を再び牢へ」

 

 「い、嫌だぁ! 私は教皇の座を手に入れる! そのための伝手と金は用意したのだぞ! 聖王国の未来は私が築くのだ!」

 

 教皇猊下が黒衣の枢機卿に用はないと言わんばかりに告げると、彼の枢機卿は護衛の方々により連行される。黒衣の枢機卿が叫びつつ護衛の方から逃れようと暴れるがビクともしない。パタンと扉が閉まる音が部屋に響けば微妙な空気が流れていた。そして微妙な空気を払いたかったのか、また挙手をする人がいた。

 

 「猊下、処分を下すのは当然ですが……これから聖王国はどうなってしまうのでしょうか?」

 

 年若い神職者が猊下に心配そうな視線を向けて疑問を呈した。聖王国のこれからは本当にどうなるのだろうか。アルバトロス王国は聖王国の事情に介入はしないと決めてある。

 頼られればアドバイスや手を貸すが、聖王国からの要請がなければ動かない。ナイさまも同じ考えのようで静観を決め込むようだ。とはいえ聖王国がフィーネさまや大聖女ウルスラに不義理を果たすなら、大聖堂を破壊すると断言していた。

 

 「それを我々で考えなければならぬのだよ。君たちはこの場に大聖女フィーネがいれば、彼女を頼ろうとする。三年前に皆を導いたという自覚があるフィーネは期待に応えようとするだろう」

 

 教皇猊下が深い息を吐き言葉を続けた。今回もフィーネさまの知恵に頼る訳にはいかないし、聖王国の政に携わる者たちで聖王国の未来を決めなければならないと。

 

 「だが、今回のことでまた聖職者が減った」

 

 ふうと教皇猊下が息を吐く。猊下の言葉に言葉が詰まる人が多数おり、誰もなにも言わない。もっと議論されても良さそうだが、沈黙が降りている状況での発言は難しいのだろうか。

 

 「では、どうすれば良いのですか!?」

 

 先ほどの年若い神職者が再び口を開く。彼の言葉に力強く頷いている者が多いのは、聖王国の特徴なのかもしれない。

 

 「君はどうすれば良いと思うかね?」

 

 教皇猊下が質問を質問で返した。誰かに頼るばかりではいけないという鼓舞なのだろう。年若い聖職者の方は猊下の疑問に答えられるだろうか。

 

 「え、そ……それは」

 

 「考えが浮かばぬのだね。それを皆で考えていかねばならぬということだよ。大聖堂関係者を全員この部屋に集めなさい。当然、聖女もだ」

 

 困ったように言い淀む年若い聖職者に猊下は苦笑いを浮かべて椅子から立ち上がる。右手を伸ばして下命すれば、護衛の方々が指示に従いぱっと動き始めた。

 なにが起こったのか良く分かっていない方に、猊下の言に深く頷く方がいた。比率的にはなにが起こっているのか分かっていない方の方が多い。

 

 教皇猊下は二大派閥に挟まれたなにもできない人物と評していたのだが、今の様子を見る限りただ動かなかっただけではなかろうか。猊下の評価を改めなければならないし、もしかすればやり手の可能性も捨てきれない。しかし黒衣の枢機卿一派の締め出しを行っていないので、まだ判断するには早いだろうと俺は目を細めた。

 

しかし聖女さま方まで参集されるとは驚きだ。聖王国では女性の地位は低い。大聖女さまが例外で、他の聖女さまは治癒を担当しているだけで政には参加していない。イクスプロード嬢の考えている策は霧散しそうだった。

 

 ――三十分後。

 

 部屋はすし詰め状態となっていた。政に携わらない人まで呼び出されたのだから当然か。少し離れた場所には大聖女ウルスラの姿とイクスプロード嬢の姿もある。二人は並んで立っているのだが、少し前までイクスプロード嬢は大聖女ウルスラのことを避けていのに。俺の知らないところで女性同士意気投合したのだろうか。

 

 とにもかくも教皇猊下の話を聞こうと、部屋にいる全員が耳を澄ませた。

 

 「突然、集まって貰い済まない。彼の枢機卿がアルバトロス王国に喧嘩を売り不興を買った。処分は今し方終えたが、聖王国のこれからを考えなければならない。だが上層部は私利私欲に囚われる者が多いときた」

 

 だから大聖堂に関わる者たちを全員集めたと教皇猊下が伝える。彼の言葉に不安を露わにする人、何故と疑問符を浮かべる人、明るい表情になっている人、様々だった。しかし大聖堂に関わる人物を全員政に関わらせるのは危ないのでは。

 下手をすれば黒衣の枢機卿の二の舞になりそうだが……教皇猊下はどうするつもりだと、部外者である俺たちは状況を見守るしかない。

 

 「さて。先ずは聖王国をより良くするために知恵を絞れる者のみ部屋に残って欲しい」

 

 教皇猊下が告げると自信のなさそうな顔を浮かべていた人や不安を露わにしていた方たちは部屋を出て行く。部屋を出て行った彼らが他の方から責められなければ良いのだが。

 

 「地位や立場を得て傲慢や強欲に溺れない自信がある者のみ部屋に残ってくれ」

 

 更に教皇猊下が言葉を続けると、また何名か部屋から出て行く。ある意味正直な方だろう。地位や立場を得ることはお金を得ることと同義である。部屋を去った方たちは、破滅してしまえば元も子もないと考えているのかもしれない。

 また、教皇猊下が言葉を発して条件を付けると、人が減っていく。最終的に半分以下になったのではなかろうか。大聖女ウルスラさまも残っているし、イクスプロード嬢も残っていた。他の聖女さま方は割と残っているので政治に興味があるのかもしれない。

 

 「聖王国は二度目の危機に瀕している。これから先、我々は女神さまに信仰を捧げる身としてどうすれば良いのかを考えたい」

 

 「猊下、申し訳ないのですが政に未経験者を入れて大丈夫なのでしょうか?」

 

 教皇猊下の言葉に彼の席に近い場所に座っている男性が声を上げた。

 

 「それは三年前の大聖女フィーネが証明している。国にどれだけ己を差し出せるか、欲に溺れてしまわないかが大事なのではないかね」

 

 猊下は無粋な質問だと返すと、それもそうだと納得したようで男性は黙った。でも素人が国の運営に手を出すのは難しい。だから、慣れていない方々には意見を求めるくらいに収まるのだろう。

 

 そうして話し合いが始まり、あーでもないこーでもないと議論が出てきた。政治に慣れていない方がいる所為か、夢物語のような案が出てくる。でも一笑に付さず教皇猊下は意見を取り入れて、実現可能かどうか判断を下していた。

 それで他の方にも火が付いたのか熱い議論が交わされ始めた。最初こそどうなるのか心配だったけれど、今の状況なら大丈夫なのだろう。それでもまだ猊下には不安があるようで、他国から監視員を受け入れると表明した。一同驚いているが、致し方ないのだろう。聖王国の信頼はないに等しいのだから。

 

 「げ、猊下! 他国の干渉を受けることになりますぞ!」

 

 「三年前まで我々は各国に神職者を派遣し他国に不利益を齎していた。そんな我らが他国から人を受け入れることに反対できるのか?」

 

 「……!」

 

 猊下の言葉に反対する人がいたが、一瞬にして黙らせた。確かに他国の教会に神職者を派遣して問題を起こしていたのである。そんな聖王国が他国から派遣員を受け入れられないのはおかしな話だ。どうにか聖王国の存続ができそうだと俺は小さく息を吐く。それでも問題は山積みだなあと天井を見上げるのだった。

 

 ◇

 

 聖王国では黒衣の枢機卿に処分が下り、教皇猊下を筆頭にいろいろと動き始めたようだ。

 

 エーリヒさまから届く手紙には聖王国の様子や私に近しい方のことが記されており、凄く気を使って頂いていることが伺える。

 アルバトロス王国で過ごすようになって、エーリヒさまと会える時間が増えるかな、なんて考えていたのだが彼は外交員として聖王国へと向かった。会いたいけれどお仕事ならば仕方ないし、私がアルバトロス王国とナイさまを頼ったことが原因なのだから文句は言えない。今少しナイさまのお屋敷でお世話になる日々が続きそうだった。

 

 ナイさまのお屋敷は不思議生物以外にも可愛い子がいる。ナイさまに毎日会う許可を伺えば、体調の悪い時以外は構わないですよと直ぐに許しを頂けた。まだ小さいし条件が付くかもしれないと考えていたのだけれど、事情が事情で沢山の人に会って刺激を与えて欲しいとナイさまは笑って許可をくれたのだ。

 そんなことなので今日の午前中は、子爵邸の別館で過ごしているアリアさまとロザリンデさまと共に本邸のとある部屋でユーリちゃんと遊んでいる。首も据わり、ハイハイにつかまり立ちもできるから、乳母さんたちは怪我をしないようにと気が気ではないらしい。怪我を負っても聖女がいるから気にしなくても良いのではと思ってしまうが、まだ小さいから大事になる可能性が高いと考えているようだった。

 

 「可愛い……」

 

 私はユーリちゃんを膝の上に乗せてぎゅーっと抱きしめている。少しお行儀が悪いけれど、絨毯の上に腰を下ろしていた。ミナーヴァ子爵邸の二階と一階の一部の部屋は土足禁止となっているので、服が汚れることはない。

 小さな子供特有の高い体温が服越しに伝わり、なんだか幸せになってきた。そして私の顔がにやにやと緩んでいることも分かる。ユーリちゃんはやべー奴に抱っこされていると感じたのか、いやいやと手を動かして逃れようとし始めた。

 

 「んー……! ありゃ、残念」

 

 私が抱きしめた腕を緩めてユーリちゃんを解放すると、ゆっくりと膝の上から降りて『あ~』と言いながら乳母さんの方へと移動する。新参者の私には慣れていないが、人見知りをしないから将来は大物になりそうである。

 ユーリちゃんは魔力量も多いようだし、ナイさまの異母妹だから、彼女のやりたいことをやれるはず。将来はどんな道を目指すのだろうか。冒険者になりたい、なんて言い出せば一悶着ありそうだ。そして盛大な姉妹喧嘩が始まるのだろうか。竜と虎の対決になってアルバトロス王国が滅びるところを想像してしまった。

 

 「抱かれているのが飽きてしまったのでしょうか?」

 

 「そのようですわね」

 

 私が妙なことを考えているとアリアさまとロザリンデさまがくすくすと笑みを浮かべて、私から逃亡したユーリちゃんと乳母さんを見ていた。ナイさまは領地運営のために執務室で仕事を頑張っている最中だ。

 そろそろ終わる時間と聞いているので、もしかすれば部屋に顔を出すかもしれないと言っていた。ナイさまのことを頭の中で考えていると、部屋の扉から二度ノックが鳴り響いた。

 乳母さんが『どうぞ』と軽く声を上げれば、ナイさまが姿を現す。彼女の後ろにはジークフリードさんとジークリンデさんが控えている。ナイさまを見たユーリちゃんは乳母さんの足元からナイさまの方へと方向転換している。

 

 「お疲れさまです。フィーネさま、アリアさま、ロザリンデさま」

 

 ナイさまが私たち三人の名を呼び、乳母さんにも声を掛けた。ユーリちゃんが問題なく過ごせているのか聞いているようだ。ナイさまの足元から毛玉ちゃんたちがぴゅーとユーリちゃんの下に駆け寄って、彼女の周りをくるくると動いている。

 毛玉ちゃんたちはユーリちゃんと遊びたいけれど、身体の大きさや力の違いを理解しているようで無理はしないようである。ゆっくりとナイさまの下へ進んでいるユーリちゃんと共に『頑張れ』『急ごう』『もう少しだよ』とでも告げているようだった。クロさまもナイさまの肩の上でユーリちゃんは大丈夫かなと心配そうに首を左右に傾げながら見守っていた。

 

 ナイさまもマメな人である。自分の異母妹と知ってユーリちゃんを直接預かっているのだから。貴族位を持っている方なので、ややこしい事態になりかねないと判断すればユーリちゃんの命がなかった場合もあり得るし、どこかに売り飛ばされていたかもしれない。面倒はみたくないと誰かに預けていた場合もあるだろう。

 ナイさまがそんなことをする訳ないけれど、可能性としてあったのだ。本当にそうならなくて良かったと、ナイさまの下へと向かうユーリちゃんに視線を向けた。

 

 「ユーリは良い子にしてたかな?」

 

 ナイさまは自身の下に辿り着いたユーリちゃんをゆっくりと抱き上げる。ユーリちゃんは声を上げないけれど、落ちてしまわないようにとナイさまに手を伸ばしていた。

 ナイさまの足元で毛玉ちゃんたち五頭がはち切れんばかりに尻尾をぶんぶんと振っていて、私たちも構って~と訴えているように見える。ナイさまがユーリちゃんを片腕で抱いて、毛玉ちゃんたちの頭を撫でると満足したのかぴゅーと駆けて私たちの下へとやってきた。

 絨毯の上に座る私たちに構って欲しいようで、私とアリアさまとロザリンデさまの下で伏せの格好で訴えた。そして構えと前脚を器用に片方だけ上げて膝の上にちょこんと置かれた。可愛い。

 

 「ユーリちゃんは人見知りをしませんねえ。私が抱き上げても泣かずに暫く膝の上にいてくれましたよ」

 

 ユーリちゃんはナイさまに答えられないので代わりに私が言葉を返す。知らない人に抱かれれば、小さな子供や赤ちゃんは泣いてもおかしくはない。ユーリちゃんは子爵邸にいる人は安全とでも認識しているのだろうか。分からないけれど、本当に良い子なのだろうなと私の頬が緩む。

 

 「毛玉ちゃんたちの洗礼を受けたのが良かったのか、ユーリの相手を人が務めると特に気にしないんですよね……少し不安はありますが、以前よりも泣いたり笑ったりしてくれて普通の小さな子供です」

 

 ナイさまの言葉に毛玉ちゃんたちが尻尾をだらんと下げていた。毛玉ちゃんたちの様子に気付いたナイさまが慌ててフォローに入っている。ナイさまが困っている姿に私とアリアさまとロザリンデさまが笑っている平和な時間だった。

 

 ユーリちゃんの部屋から出て、一度別れて昼食を取る。希望を出せば日本食を頂ける贅沢な子爵邸のご飯には本当に頭が上がらない。子爵邸で働く料理人さんの努力の痕跡が凄い。慣れていない料理だろうに、味を凄く再現できているのだ。

 ナイさまが元は日本人だったこともあるのだろうけれど、彼女曰く、エーリヒさまから頂いたレシピが役に立っているそうなので嬉しいし、私の彼氏は凄いなあと鼻が高くなりそうだった。

 

 本日のお昼はオーソドックスな品だった。前菜二品にメインにお肉が出され、最後にデザートまで付いてくる。子爵邸の別館でアリアさまとロザリンデさまと共に食事を終えて、私だけ子爵邸にある東屋に足を向けた。

 約束を取り付けたナイさまは既に東屋の席に座って、整備されている中庭に目を細めながらクロさまとジークフリードさんとジークリンデさんと会話を交わしている。

 直ぐ近くにはソフィーアさまとセレスティアさまも控えていた。秋の風が吹き込みお嬢さま方は目を細めながら後れ毛を押さえている。お邪魔するのは申し訳ないけれど、お互いに話があるのだから向かわなければと歩いている速度を上げた。

 

 「ナイさま、お待たせしてすみません!」

 

 東屋にあるステップを二段上って、ナイさまの下へと辿り着いた。少し息を切らしている私に彼女は少し目を開くものの直ぐに笑みを携えた。

 

 「いえ。私が早く着いたようなので気にしないでください」

 

 私の顔を見上げてへらりと笑うナイさまの表情を見て思う。そう言えば気を許している人にしか見せない顔ではないだろうか。もちろん同性という気安さもあるのだろうけれど、前教皇さまや黒衣の男性には絶対に見せない表情だ。

 ナイさまが私を席へと導いてくれれば侍女の方がお茶を差し出してくれた。そしてお茶菓子は綺麗にカットされた果物だった。南の島から頂いた品のようで、マンゴーやバナナだった。

 

 「クロには料理長さんがマンゴーを選んでくれたよ。甘いの好きだよね?」

 

 ナイさまがクロさまへと丸ごとマンゴーを差し出した。どうやらそのまま食べるのか、はたまた脚の爪で器用に切り分けるのか。どうなってもクロさまが大きいマンゴーと格闘しながら食べる姿を見られるだろう。

 セレスティアさまも嬉しそうな顔を浮かべてクロさまに視線を向けていた。そしてソフィーアさまが彼女の背を凄い勢いで叩いた。日常風景になってしまっているのか、ナイさまは生粋のお嬢さま二人の行動を気にも留めていない。

 

 『ありがとう、ナイ。ボク、甘いの好き~』

 

 えへへと嬉しそうにマンゴーをクロさまは眺めて、ナイさまの肩の上から机の上に飛び移った。マンゴーの下には厚手の布が敷かれているので、汚しても問題はなさそうである。

 毛玉ちゃんたちも頂戴と鼻をピーピー鳴らしているのだが、彼らの分はあるのだろうか。心配になっていると別口で侍女の方が果物をナイさまへと預けた。どうやら毛玉ちゃんたちとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんの分のようだった。少し遠くでエル一家とグリフォンさんが顔を覗かせているから、暫くすればこちらにきそうだ。

 

 「甘いで思い出したんだけれど桃が食べたいなあ。ナガノブさまに聞けば分けてくれるかな。あ、でも忙しいだろうから越後屋さんに聞いた方が良さそうかも……」

 

 ナイさまが目を細めて桃に思いを馳せている。そういえば西大陸では珍しいので、フソウを頼った方が早そうだった。ナイさまの言葉にクロさまがこてんと首を傾げた。

 

 『ナガノブの立場もあるし、ナガノブに聞いた方が良いんじゃないかなあ?』

 

 「そうしようか。さて、フィーネさま。身内しかいないのでお茶を嗜みながら聖王国の近況報告会としましょうか」

 

 クロさまに苦笑いを向けたナイさまが向き直り、私に言葉を投げた。そうして聖王国の近況を知る。どうにか私がいなくても立ち上がることができたようだが、また同じ轍を踏まない策が弱いかなあと頭を抱えてしまう。

 

 「うーん……私は聖王国の敵となった方が良いのでしょうかねえ」

 

 「ナイさまが悪役を演じる必要はないかと」

 

 聖王国がナイさまと敵対すれば、ナイさまを利用しようと企む方はいなくなる……というかそうなると聖王国が滅ぶ未来しか見えないのだけれども。

 

 「聖王国が団結できるなら、必要悪のような気がします」

 

 確かに纏まるのかもしれないが、ワザと悪い立場にならなくても良いのではないだろうか。いや、聖王国が確りしていないからナイさまにこんな言葉を言わせてしまっている。現にジークフリードさんとジークリンデさんは良い顔をしていないし、ソフィーアさまとセレスティアさまも微妙な顔でナイさまの真意を伺っていた。

 

 「それは最低最悪な事態に陥った場合の最終手段として頂ければ、私は嬉しいです」

 

 「フィーネさまは聖王国にお戻りになるのですか?」

 

 「落ち着けば、そうしようかと。アリサとウルスラを放っておけないですしね」

 

 聖王国が落ち着けば一度は戻って、先々々代の教皇さまと教皇猊下にもご挨拶にいかないと。私の勝手を許してくれたのは彼らであるし、お礼を言わなければ。

 それに教皇猊下が意を決して旗を振り始めたのだから、大聖女の位に就いている私がいなければ彼の立場を悪くするかもしれない。ただ今戻るのは早いかもしれないと、ナイさまに時期を見定めたいと伝えるのだった。

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