魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0519:気苦労の多い人たち。

 ――私はなんのために存在しているのでしょうか。

 

 聖王国の危機だからと皆さんが地に足を付けて踏ん張っている時に私は見ていることしかできません。新たに私の後ろ盾となって頂いた教皇猊下と先々々代の教皇さまは、なにもできない私をみて仰った言葉があります。

 

 『ウルスラ、今回の件はきっと君のためになる。きちんと周りを見て違和感を抱いたなら、少し立ち止まって考える癖を付けなさい』

 

 『年寄の戯言だが……ウルスラはまだ若い。だが力を使い過ぎているのだから、今は少し聖女の活動を休みなさい』

 

 そう仰ったお二方は私に教師を付けてくださいました。貴族相当の知識を得ること、魔術師としての基礎や応用を学びなさいということです。いろいろとできることを増やしたいと願っていたので有難いことですが、やはり聖王国上層部の皆さまが右へ左へと忙しなく働いている時に私だけのんびり勉強を受けても良いものかと悩んでいます。

 

 フィーネお姉さま……あ、違う。大聖女フィーネさまが不在の今、もう一人の大聖女である私が聖王国の皆さまを引っ張って行かなければならないというのに。

 朝、大聖堂の祭壇前で女神さまに祈りを捧げながら、私の頭の中でいろいろなことが反芻しています。雑念が多いまま女神さまに祈りを捧げるのは、女神さまに失礼だと祈るのを止めて私は立ち上がりました。祭壇の上にある大きなステンドグラスから差し込む朝陽が眩しくて目を細めると、ふいに気配を感じて振り返る。

 

 「ウルスラさま、どうなされたのですか? 怖い顔になっていますよ」

 

 振り返った先にいた方はアリサさまだった。最近、よく私に声を掛けてくださり、いろいろと気に掛けてくれてお世話になっている。フィーネさまがいないことで私を構っているのかもしれないけれど、それでも誰かに相手にされるのは嬉しかった。だって今までは枢機卿さま以外に私に声を掛けてくれる方は極僅かだったのですから。

 

 「申し訳ありません。お祈りに集中し過ぎていたみたいです」

 

 私は頭の中で考えていたことは告げないまま、アリサさまに答えた。すると彼女は苦笑いを浮かべたあと右手を私に差し出した。

 

 「朝ご飯を食べに行きましょう。朝に食べるご飯は一日の活力になるとフィーネお姉さまが言っていました。沢山食べましょうね」

 

 アリサさまがにこりと綺麗に笑う。差し伸べられた手に手を添えて祭壇から降り、信徒席の間を歩いて行く。もしかしたら私が悩んでいることを彼女はお見通しなのかもしれない。先ほどの彼女の励ましも、朝食を偶にしか採らない私を気遣ってのもののようだった。本当に私は周りの皆さまに迷惑を掛けてばかりいるなあと、誰にも気付かれないように小さく息を吐いた。

 

 「勉強は進んでいますか?」

 

 「はい。いろいろと知らないことが沢山ありますし、覚えることも沢山あります」

 

 私に施される教育は貴族の方からすれば凄く簡単なものらしい。でも今まで教育を受けていなかった私には難しいものだった。根を詰めるのは良くないと言い含められており、大聖堂で信者の皆さまに治癒を施すことも大聖女のお仕事として認められているものの、大怪我を負った方や大病の方は私に回されなくなった。

 

 大聖女のお仕事は凄く減っているけれど、他の聖女さまからすれば私の治癒を施していた回数は異常なものらしい。周りの皆さまは『体調を崩していてもおかしくない』とか『よく倒れていない』と驚いていたが、沢山の方を救うには必要なことだと私が告げると『いろいろと背負い過ぎ』『真面目過ぎ』『後ろ盾の元枢機卿は聖女を道具として見ている』と憤っていた。私の話を聞いた聖女さま方の中で一番怒ってくれたのは、私の少し先を歩くアリサさまである。彼女は私を気に掛けて何度も後ろへと顔を向けながら、言葉を投げてくれている。

 

 「難しくありませんか?」

 

 「少し難しいと感じることもありますが、私の教養に合わせてくれて先生方が理解し易いようにと気を使ってくれているので大丈夫です」

 

 片眉を上げながら苦笑いを浮かべるアリサさまに、自然と私も苦笑いを浮かべています。どうして私の表情が勝手に動いてしまうのでしょうか。不思議な感じです。

 

 「一応、他国の学院に留学していたので、私も多少は教えられると思うので分からないところがあれば聞いてください。私も分からなければウルスラさまと一緒に悩みます」

 

 アリサさまが貴族女性ではあり得ない、白い歯を見せながら笑みを携えていました。そういえばアリサさまもフィーネさまも私が貧民街出身ということを一切気にしていませんし、対等に扱ってくれている気がします。

 時折、あからさまな反応を見せる方もいらっしゃいますが、地位を持っている方が私を煙たがらないのは本当に珍しいというか。そういえばアルバトロス王国でも来賓として私をきちんと扱ってくれていた気がします。アストライアー侯爵閣下も地位を得ているのに『貧民が!』と罵ることはなかったと思い至ります。

 

 「ありがとうございます。私はまだまだですが、頑張っていろいろと知識を得られれば嬉しいです。もしかしたら治癒魔術に応用できることもあるかもしれないので」

 

 私の言葉にアリサさまが更に笑みを深めた。三歳、年齢が上の方となりますが、友人と思っても良いのでしょうか。私みたいな人間に友人ができるなんて、凄く贅沢をしているように感じてしまいます。でも、そうであって欲しいと心のどこかでもう一人の私が叫んでいるのですから。

 

 「政治面も習うおつもりで?」

 

 「最初はそのつもりでしたが、教皇猊下は私のやりたいことを優先させれば良いと仰ってくれたので……大聖堂での活動を優先させながら、合間で習っていけたら良いなと考えています」

 

 本当に恵まれています。枢機卿さまがアルバトロス王国で無茶をして捕らえられてしまったことは凄く残念なことですが、私でも彼の態度に違和感を抱いていたので当然の結果だったのかもしれません。

 

 聖王国上層部は今、枢機卿さまが行動に起こしたことで大騒ぎとなっていますし、教皇猊下や他の皆さまのお陰でいろいろと変わる時期が訪れているのだとか。聖女さま方も枢機卿や大聖堂の偉い聖職者の方たちの言いなりになり辛いように、聖女同士の互助会のようなものを作ると息巻いておりました。

 お務めの期間が長い聖女さまと短い聖女さまが組んで、聖王国の聖女の仕事内容に、治癒魔術の研鑽や一般教養などを教えるそうです。いつ誰が発言したのか分かりませんが、先輩の聖女さまからお話を聞けるのは良い機会でしょうし、悩んでいることを相談できるはずです。

 

 「あ、着いてしまいました」

 

 「ですね。ご飯のメニューが楽しみです」

 

 食堂の前に辿り着いてふふふと笑うアリサさまに私も笑みを浮かべます。小さな一歩かもしれませんが、聖王国の聖女さまたちも自分でできることを模索しているのだろうと朝食を確りと採って聖女のお務めを始めました。

 

 ――今日も一日、女神さまに誇れる行動を。

 

 ◇

 

 時刻は昼過ぎ。

 

 聖王国の会議室で聖王国上層部を司る者たちが集まって難しい顔を披露していた。現場に同席させて貰っている俺とユルゲンも彼らと同じ表情をしている。少し違うのは俺たちは部外者で彼らは当事者ということだろう。

 俺がユルゲンの顔を見ると、彼は小さく肩を竦めて『静観しましょうか、エーリヒ』と無言で告げる。緊張感が張り詰めている会議室では教皇猊下が深く息を吸い込んで口を開くところが、はっきりと俺の視界が捉えていた。

 

 「さて三年前も難儀したものだが、此度も皆には頑張って貰わねばならない。前回と違うところは御旗となる者がいないことだ。その分、個々人が持っている能力以上の働きを見せねばならぬ」

 

 会議室で教皇猊下が口を開くのだが、この場にはいない先々々代の教皇も彼に味方をして意見を出しているようだ。以前教皇を務めていたという実績は聖王国上層部にとって影響力が少しなりともあるようだった。

 

 俺は先々々代の教皇さまと顔合わせをしたのだが『孫を簡単に奪わせない』と遠回しに伝えてくれたが『聖王国が駄目過ぎるからアルバトロスでゆっくりと過ごすのも良いかもしれない』と悟りを開いた仙人のような表情で告げた所も知っている。

 どうやら先々々代の教皇さまはフィーネさまと俺の関係は複雑に捉えているようだった。しかし、フィーネさまが幸せならば聖王国以外で過ごすことも有り得ると言ってくれたのは、俺にとって有難い言葉である。

 

 「猊下! 大義名分は良いですが、他国から監視員を受け入れるのは反対です! 我々は西大陸諸国の属国ではないのですぞ! 下手をすれば植民地と化してもおかしくはないでしょう!!」

 

 やはり他国の者を受け入れるのは感情的に難しいようだ。ただ聖王国は自分たちのみで国を運営していると、また堕落の道へと向かいそうだから教皇猊下は他国の監視員を受け入れて規律を正そうと言いたいだけのように見えるのだが。

 基本的に他国の外交員や監視員を受け入れても、聖王国の政には参加できない。だって聖王国の者ではないのだから。それを理解しているはずなのに、自分が嫌だという感情だけで声を荒げるのはどうなのだろう。せめて三年前に背負ってしまった他国に払っている賠償金やらを払い終えて言葉にして欲しいものである。厳しい意見なのかもしれないが。

 

 「もう既にアルバトロス王国の外交員が聖王国に常駐している。他国の外交員や監視員が増えたところで今更だろう。それに彼の者のようにはならないと我らの女神に誓えるか?」

 

 教皇猊下の言葉に顔を怒らせていた者たちがトーンダウンした。どうやら黒衣の男性のようになる自覚があったようだ。人間、地位や立場を得れば当然お金も一緒に付いてくる。

 

 お金という欲に惑わされず、人間が真っ直ぐに歩いて行くのは難しいことのようだ。そう考えると爵位を得た俺とナイさまやジークフリードにジークリンデさんは無欲だよなと思い至る。

 特にナイさまは侯爵位を手に入れたのに自分に還元しようとせず、領地発展のためにと割と大きい額を投入していると話を聞いたことがあった。領地運営の他にも聖女として働いているから、アルバトロス城の魔術陣への補填代とかもあるのに本当に道を間違えないのは凄い。俺だったらとりあえず一軒家を買って、沢山美味しいものを食べて仕事に精を出すのに……って、結局なんだかんだで働くことには変わりないようだ。

 

 「ぐぅ……ふぅううう! むぅうううう!!」

 

 教皇猊下に言い負かされた男性は顔を真っ赤にしながら声にならない声を出して怒りを耐えていた。爆発しそうな感情を必死に抑えているのだが、会議室にいる方々には悪手な行動ではなかろうか。精神的におかしいと判断されれば、蟄居処分なりどこか田舎へと移り住む手配を親族の方が済ませそうだが。

 

 「しかし猊下。他国の者を受け入れるとして、無秩序ではいずれ波乱が起きましょう。ある程度の掟は必要かと」

 

 「それはもちろんだ。聖王国の法を犯した者には厳しい処分を下すと各国に通達してあるし、賄賂や不正は駄目だとも伝えている。なあ、アルバトロス王国のベナンター卿とジータス殿?」

 

 話が進まないと別の男性が教皇猊下に声を掛けると、猊下は俺たちへと視線を向けた。

 

 「はい、猊下。我々の役目は聖王国の動向を見守り、アルバトロス王国に報告を奏上するだけでございます」

 

 「もちろんです。聖王国の問題に口を挟めば内政干渉となることは重々理解しております」

 

 俺とユルゲンが教皇猊下の質問に答えると会議室に集まっている方々は押し黙るしかなかったのである。さて、これから建設的な議論が交わされるのか見どころだなとユルゲンと一度視線を合わせて、会議室の真ん中へと視線を向けるのだった。

 

 ◇

 

 フィーネさまを聖王国から拉致ってきて三週間ほどの時間が経ち、聖王国の状況が少しだけ落ち着いて教皇猊下が極秘でアルバトロス王国入りを果たしている。案内役、というかアルバトロス王国に留学していた経験があるとして、アリサさまも教皇猊下と一緒にアルバトロスにきていた。アルバトロス王城の一室で聖王国一行とフィーネさまとアルバトロス上層部の面々にアストライアー侯爵家一行は対面を果たしている所であった。

 

 ちなみにエーリヒさまは聖王国に残っているし、陛下はアルバトロスは怒っていますよアピールのため会議に参加していない。エーリヒさまは外交員として派遣されており、向こうで大事な会議の場に参加しているのだとか。その情報はアストライアー侯爵家の密偵の方が定期的に情報を齎してくれている。体調を崩している様子もないし、緑髪くんとともに向こうで頑張っているそうだ。

 

 フィーネさまがアルバトロス王国に滞在しているというのに運に恵まれていないと考えてしまう。ジーク曰く、エーリヒさまは出世を早くしてフィーネさまを迎え入れたいそうなので、今回の件は功績に繋げるのではと教えてくれた。聖王国の大聖女さまを迎え入れるのに、どれだけの功績や爵位が必要なのか分からないけれど……今回の件で聖王国の地位が随分と落ちているのでハードルが幾分か下がった気がする。

 

 「アストライアー侯爵、此度も多大な迷惑を掛けたこと本当に申し訳なかった」

 

 教皇猊下が軽く頭を下げた。此度も、と言っているのは三年前の件も済まないと考えてくれているようだ。彼に倣って聖王国の他の面々も頭を下げている。そしてフィーネさまとアリサさままで頭を下げているので、私はこう言うしかないだろう。

 

 「お気になさらず」

 

 と、定番の言葉を吐くのみで、アストライアー侯爵として特に聖王国と関わることはないだろうとゆっくりと目を瞑る。私の隣に座っているハイゼンベルグ公爵さまが『面白くない』と言いたげな雰囲気を発しているのだが、自重してくださいと閉じていた目を開いた。公爵さまは私を見下ろして妙な表情になるものの直ぐに鳴りを潜めた。そうして今回の騒ぎの始末を付けるための話し合いが始まる。私は特に口を出すこともなく黙って聞いているだけ。

 

 私が口を開けば聖王国側の方々が凄い形相になるし、お腹に手を当てて青い顔をしているから黙ることにしたのだ。それを見た公爵さまはもっと攻めろとサインを出していたけれど……聖王国から取れる賠償は少ないですしと暗に伝えると、それもそうかと深い息を吐いた。

 どうやら公爵さま的には聖王国から搾り取りたかったようである。割とえげつないけれど、容赦のないところは流石公爵さまだった。そして公爵さまと私の無言のやり取りに気付いたフィーネさまの顔が引き攣っていて凄い顔芸を披露している。彼女の姿が少し面白いと心の中で笑ってしまったのは、一生の秘密にしておこう。

 

 「今後、聖王国に入る寄付は各国の賠償に当てる予定だ。もちろん大聖堂の維持管理や運営に関するものまで充てる気はないのだが、神職者の懐に入る額は随分と下がる」

 

 教皇猊下が仰ると、聖王国側の方々が苦虫を嚙み潰したような顔で耐えていた。どうやら信者の方々からの寄付が自分の所に入らなくなったことで、以前の生活を維持できないことを悔やんでいるようだ。早く支払いを終えられれば元の状態に戻すらしいので、それまでは我慢の生活が強いられる。フィーネさまがポカンとした顔をして、教皇猊下や聖王国の方々を見ている。

 

 「ふむ。我々としては迷惑を被った分をきちんと払って貰えるならば文句はない。しかし猊下」

 

 「どうしたのかね、ハイゼンベルグ公爵閣下」

 

 「青い顔を浮かべている者は納得していないようですぞ?」

 

 公爵さまと教皇猊下が悪い顔になって青い顔をしている方々を見た。公爵さまはいつも通りのお茶目を発揮しているけれど、聖王国で見た教皇猊下の印象が随分と変わっている気がする。なんだろう。今回の大騒ぎで覚悟がガンギマリして『もうどうにでもなーれ!』という状態に陥ってしまったのか。もう少し早く腹を括って欲しかったが、土壇場で決意できただけマシだろう。

 

「なるほど。彼の枢機卿は自身の上がった立場と金に溺れてしまった。だからこそ今回の件を以て、清貧を旨にしている教義に立ち返ろうとしているのだが……君たちは不満かね?」

 

 「い、いえ! 滅相もございません! 女神さまの下で慎ましやかな日々を送り、信者の方々や女神さまを信じている方々と共に歩んでいこうと気持ちを新たにしている次第でして……」

 

 教皇猊下の言葉に聖王国の一部の面々が左右に思いっきり首を振る。聖王国の台所事情を知らないが、潰れない程度に頑張っていればそのうち賠償も払い切れるはずである。聖王国の土地を押さえて賠償金を返せなければ没収となっていないだけマシだよなあと、エルフのお姉さんズの言葉に惑わされた国の方々に手を合わせたくなった。

 

 「しかしアストライアー侯爵。貴殿が一番彼の枢機卿の迷惑を被っている。我々にできることはないだろうか?」

 

 教皇猊下が私を見て困った顔になる。まあお金を受け取るだけでは据わりが悪いのだろう。だったらなにかしら求めても良いかと、背筋を伸ばして教皇猊下に視線を向けた。

 

 「では、大聖女ウルスラさまに十分な教育を施して頂くことを願います」

 

 私は教皇猊下に告げる。大聖女ウルスラさまは前に進む意思がある。過去に背負ったトラウマはなかなか消えることはないし、心の傷は自分自身や周りの方々が担うしかない。私にできることと言えば、目の前の彼に頼むくらいしかできなかった。

 

 とはいえ、私が言って約束を取り付けたなら聖王国は実行しなければならない。丁度良い機会かなと考えて、ウルスラさまに教育をきっちりと施して頂けるようにと願うのだった。ふいにフィーネさまが身動ぎしつつ右手を挙げた。会議に参加しているものの、彼女は黙って聞いているだけと言っていたのにどうしたのだろうか。

 フィーネさまが挙手をしたことに気付いた公爵さまと教皇猊下が一つ頷く。そうしてフィーネさまがゆっくりと口を開いた。

 

 「話に割り込んでしまい申し訳ありません。私からも猊下と聖王国の皆さまに、ウルスラの教育をお願い致したく」

 

 フィーネさまが心配そうな顔を浮かべて、聖王国の皆さまに願い出てウルスラさまの過去を語った。本当は人の過去を許可を得ていないのに暴露するのは如何なものかと言いたいが、今は公式の場で問題は少ないとフィーネさまは判断したはず。

 私はウルスラさまの過去に背負ったトラウマを彼女から聞いていたが、聖王国の面々は知らなかったようで驚いている方がほとんどであった。その中で教皇猊下は難しそうな表情でフィーネさまの話に耳を傾けている。

 

 「貧民街でどう過ごしていたか、本人に聞かなかったのは悪手でしたなあ」

 

 公爵さまが生やした髭を撫でながら教皇猊下から私へと視線を移した。確かに私が教会に保護されて落ち着いた頃に、教会の方や公爵さまの使いの方から貧民街でどう過ごしていたのか、どう生き延びたのかと聞かれたことがある。単純な聞き取り調査だと考えて素直に状況を語っていたのだが、まさか負っているかもしれない心の傷まで加味してくれていたとは驚きである。

 

 「ウルスラを保護した彼の者に任せきりにしていた。まさか彼女がそのような傷を負っていたなど……」

 

 教皇猊下が渋い表情を浮かべる。心の傷は病気や怪我と違って、痛いと叫び辛いところがある。注意深く観察したり、長くお付き合いをしなければ分からないだろう。つい先日ウルスラさまの後ろ盾となった教皇猊下や先々々代の教皇さまに見抜けというのは酷な話だ。

 

 「心の傷を完全に治すのは無理だろうが、軽くすることはできよう」

 

 公爵さまは戦場に立っていたことがある。恐らくPTSDとなってしまった味方の方々を沢山見てきたのかもしれない。誰しも見えない過去があるのだろうと小さく息を吐いた。

 今回の件でウルスラさまの心の均衡に問題があると知れたのだから、聖王国もいろいろと手を尽くしてくれるはずだ。あとはウルスラさま本人が心の治療に積極的になれるかどうかが問題だろうか。上手くいけば良いけれど……と願っていれば会議は殆ど終わっているのだった。そうして私たちアルバトロス王国組は会議室から退場するのだった。

 

 ◇

 

 会議室で話を終えたアルバトロスご一行とナイさま侯爵家の面々は部屋から退室している。アルバトロス王国側は会議室に外交官と書記官だけを残して、誰もいなくなっていた。

 今、会議室にいるのは聖王国の教皇猊下と彼と共にアルバトロス王国入りした聖王国上層部の皆さまのみである。アルバトロス王国側の方がいるので、妙な発言はできないと聖王国上層部の皆さまは固く口を閉じていた。一番場違いな空気を醸し出しているのはアリサだった。笑みを携えて小さく私に手を振っている。そして教皇猊下がふうと息を吐いて私と視線を合わせた。

 

 「大聖女フィーネ、久しぶりだ」

 

 「猊下。まさか猊下自らアルバトロス王国にお越しになるとは驚きです」

 

 また息を深く吐いた猊下に私は笑うしかない。彼は二つの派閥に挟まれて肩身の狭い思いをしてきたのに、その二つの派閥のやらかしで事後処理を一手に引き受けることになった。本当であれば私も彼の側に控えていなければならないのだが、聖王国上層部の皆さまが私を頼るだけになってしまう。申し訳ないという気持ちと、仕方ないと考える心が私の中でせめぎ合っていた。

 

 「驚くことはないだろう。大聖女フィーネが不在の今、動ける者が少ないからな。流石にご老体に動いて貰う訳にもいくまい。他の者は頼りないところがあるし、私が自ら動いた方が話が早いとなっただけだ」

 

 教皇猊下の言葉に聖王国上層部の皆さまが小さくなっていた。素早く対応できるかたが聖王国に数名いれば、私はアルバトロス王国に逃げ込むことはなかっただろう。とはいえ終わった過去に執着しても仕方ない。聖王国はまた新たな道を進み始めるので、三度目の間違いを犯す訳にはいかない。ちなみにご老体とは先々々代の教皇さまのことだ。

 

 「大聖女フィーネ。君の立場を守れず、アルバトロス王国に逃げざるを得なくなった不甲斐ない我らを笑ってくれ」

 

 「猊下、お気になさらないでください。ところで、私は聖王国に戻りたいのですが、ご許可を頂けますか?」

 

 私の言葉に聖王国上層部の一部の方がぱっと顔を明るくする。いや、貴方たちのために戻る訳ではないという言葉をぐっと堪えて、ウルスラとアリサに聖女さま方が気になるし先々々代の教皇さまに恩があるから戻りたいだけと付け加えた。

 

 私が戻りたい理由を告げれば彼らは直ぐに渋面になっているのだが、本当に彼らは聖王国のために動く気はあるのだろうか。できなければまた粛清の嵐が吹き荒れるだろうし、今度こそナイさまが大聖堂を破壊しかねない。

 それにナイさまは創星神さまを呼び出せるようなので、聖王国の権威なんて一瞬にして散ってしまう。その辺りも教皇猊下にきちんと伝えておいた方が良いだろう。次は本当に更生の機会なんて与えられない、と。

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