魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0520:穏やかな話し合い。

 ――フィーネさまは聖王国へと戻ることが決まった。

 

 今回は聖王国上層部のために戻るというよりも、アリサさまと大聖女ウルスラさまに、大聖堂で働く聖女さま方が心配だからだそうだ。根回しは済んでいるようで、聖王国の教皇猊下の許可は頂いているし、アルバトロスの陛下にも伝えているとのこと。

 

 政治に関わることはないと告げてあるそうで、教皇猊下以外の聖王国の方々がしょんぼりしていたとか。でも教皇猊下が立ち上がってくれたので、今度こそ聖王国が真っ直ぐな道を歩けていけるだろうとフィーネさまと子爵邸の東屋で話しているところである。

 私の後ろにはジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまも控えているので、半分公式のお茶会のようなものだ。とりあえず、侍女の方に淹れて貰った紅茶を一口飲んで、持ち上げていたティーカップをソーサーの上に戻した。

 

 「不安だなあ……」

 

 あの聖王国がまともな道をちゃんと歩めるのだろうかと、私はついぼやいてしまった。前回の事件から三年しか経っていないのに今回の件である。教皇猊下が腐敗を正そうと、黒衣の枢機卿さま以外にも追放や神職位の剥奪に、政に参加できる権利を奪われた方が随分いるとかいないとか。

 他国から監視員も受け入れるので、表立っての行動は難しくなるだろう。裏に潜られると随分と危ないのだが大丈夫だろうか。

 

 「……やはり不安ですよねえ」

 

 私の正面で紅茶を飲んでいるフィーネさまも疑心暗鬼に陥っているようだった。彼女は聖王国に戻ることになっているが、戻ればまた他の方たちから頼られそうである。

 そりゃ不安になっても仕方ないと思うのだが、私はアルバトロス王国の人間なので直接表で聖王国の政に関わることはできない。私が唯一できることは、フィーネさまの後ろにはアルバトロス王国とアストライアー侯爵家が控えているぞと聖王国のヘタレな皆さまを脅すことが関の山だろう。

 

 「人の心は移り行くものですし、不祥事も続けて起こす企業が割とありますからねえ」

 

 本当に人の心は簡単に心変わりをして、落ちたり昇ったりするものである。私だって貧民街で心を折っていたら死んでいただろう。そして前世のテレビ越しで観ていた大企業の不祥事とか不正も割と頻繁にあったし、またかということもあった。

 政治家の皆さまもやらかして政治生命を絶たれたり、議員辞職して再選を目指していたりしていた。本当に大変だよなあと私はフィーネさまを見た。

 

 「うぐ。あまり脅さないでください」

 

 私の言葉にフィーネさまは顔を渋くしている。フィーネさまが聖王国に戻れば、誰かから頼られるのは確実そうである。それを避けるために生活の場所を官邸から大聖堂に移すとか。

 最悪、市井の中に混じることも考えているそうだ。前回、聖王国が起こした不祥事は聖王国上層部しか知らない。勘の良い人は教皇ちゃんが退位したことでなにかあったと勘繰るだろうが、理由までは分からないし正解に辿り着くのも難しいはず。今回は教皇猊下が市井にも聖王国がやらかしてしまったことを噂として広めるそうだ。民の方から厳しい目を向けられば、多少の抑止になるだろうとのこと。

 

 教皇猊下の言葉は本当のようで、アストライアー侯爵家の諜報員の方から聖王国の市井では『派手な黒い衣装を着込んでいた枢機卿がやらかした』『アルバトロス王国のアストライアー侯爵に喧嘩を売った』『そのお陰で大聖女フィーネさまが聖王国から出て行った』と盛り上がっているそうだ。

 娯楽の少ないこの世界では本当に噂の流れる速度が異常である。で、あるならば次こそ問題は起こし辛いだろう。民から見放されるというのは国を運営している方々にとって痛手である。他国に流れれば税金が減少し、目的通りの維持運営ができないだろう。他国から聖王国に巡礼にくる方が減り、実入りが減るかもしれない。その辺りを常に頭の中においておけば、不用意な悪さはできないはず。

 

 いろいろと考えていると、ふとやり残していたことを思い出す。

 

 「そのようなつもりはなかったのですが……やはり脅しておいた方が効果的なのでしょうかね?」

 

 そう。私は大聖堂を破壊して聖王国の方々を脅すつもりだった。教皇猊下やアルバトロスの陛下には行動に移すかもしれないと伝えていたが、結局私は大聖堂の破壊に至っていない。

 黒衣の枢機卿さまの目の前で魔術をぶっ放し、心の拠り所であろう大聖堂を破壊すれば凄く落ち込んでくれるのではないだろうか。とはいえ、他の真面目な信徒さんたちに申し訳ないので全壊は無理だけれど。

 

 「大聖堂を破壊すると仰っていたことですか?」

 

 フィーネさまの言葉に頷けば、口の端を伸ばして引いている。一応、やると言ったからには実行しなければ嘘となるわけで。しかし真面目な信徒さんたちには申し訳ない気持ちがあるのだ。それに聖王国の大聖堂は西の女神さまを讃えているのだから、西の女神さまに怒られるかもしれない。もしくは嘆くだろうか。

 

 「あ」

 

 「どうしました、ナイさま?」

 

 「大聖堂は西の女神さまを讃えていますよね。祀っているというよりは、信仰の場として機能しているというか……」

 

 教会は日本の神社のように神さまを祀っていたり、悪神や邪悪なものを鎮めている場所ではない。説明は難しいが、皆さまの心の拠り所として女神さまが存在し、教会に訪れて祈りを捧げていれば良いことが起こる~というような教えが基本だ。

 

 「ええ、そうですね。聖遺物等はありませんが、西の女神さまを敬い讃え、死後は女神さまの下へ還ろうと教えられています」

 

 フィーネさまの言葉を聞いて、やはり教会は神社とは違うよねと元日本人的に考えてしまう。とはいえ神さまと交信する場所というなら同じ意味合いになるのか。

 

 「大聖堂を壊せば西の女神さまが怒って部屋から出てきてくれるかなー……と考えたのですが、どうでしょう?」

 

 私が頭の中でひらめいたことを目の前の彼女に伝えてみた。西の女神さまの引き籠もりが解消されるのであれば聖王国の大聖堂が消し炭になったとしても、聖王国の皆さまは凄く喜びそうだ。まあ、西の女神さまが引き籠もりから抜け出したことを証明しなければならないので、女神さまに現界して頂かなければならないけれど。

 

 「どうでしょうと問われても困りますよ、ナイさま。そもそも脅すために一部だけ、という話でしたよね?」

 

 む、とフィーネさまが口を膨らませてちょっと怒っていますよとアピールしていた。ワザとというか話の流れの上での茶目っ気だろうけれど。

 

 「むう……竜の皆さんに一緒に聖王国にきてもらうのが一番無難かな」

 

 「どうあっても聖王国の人を脅すつもりなのですね」

 

 苦言を呈したフィーネさまは続けて、まあ良いですけれどと小さく息を吐く。今回のことはフィーネさまにも堪えたようだ。そりゃ頑張って聖王国を立て直したはずなのに、たった一人の男性によってまた問題が引き起るとは考えていなかったのだろう。ご愁傷様です、と言いたくなるのを我慢して私はもう一度口を開いた。

 

 「恐怖は一番の抑止力でしょうからね。グイーさまにお願いすることもできますが、そうすると違う信仰が生まれそうなので止めておきます」

 

 私は言い終えるとティーカップを持ちあげて口へと運ぶ。随分と飲みやすい温かさになった紅茶を、いつもより多めに口の中に入れる。

 

 「ナイさま教とかできそうですものね」

 

 あははーとフィーネさまが苦笑いを浮かべるが、私は私で驚いていた。

 

 「ぶふぅ!」

 

 口の中に含んだ紅茶は私の喉を通らず口から漏れ出し霧状に空に放たれた。一応、正面に座る方は聖王国の大聖女さまであり、アストライアー侯爵家の客人なので粗相をするわけにはいかないと顔は横に向けた。私の肩の上で機嫌良く過ごしていたクロが驚いて『うわっ!』と声を上げ、肩から飛び立ってジークの頭の上に避難した。何度か咳き込んで息を整えて正面を見る。

 

 「フィーネさま、驚かせないでください」

 

 「でも、ナイさまなら可能ではありませんか? ナイさま教でなくとも信竜教とか魔獣教とか設立できそうな勢いですし」

 

 フィーネさま、それは一番言ってはならぬ言葉です。私の背後で凄い反応を見せている方がいて『是非、立ち上げましょう。ナイが面倒であればわたくしが全て手配いたしますわ!』とか言い出しかねない。というか、今彼女の頭の中で凄い勢いで設立のための手順を超高速思考していそうだ。

 

 「魔獣や幻獣の皆さまには自由でいて貰いたいですし、勝手に信仰の対象になっても困るような……」

 

 「あ、それもそうですね。ごめんなさい、軽はずみな発言でした」

 

 フィーネさまが軽く頭を下げる。まあ、今後も子爵邸と侯爵邸には魔獣や幻獣の皆さまが増えそうなので、勘弁して欲しいというのが本音である。フィーネさまが頭を下げたことによって発言が取り消されたことになり、しょぼんとなっているお方が約一名いるようだけれど。

 

 クロがジークの頭の上で『凄く落ち込んでる。ナイのことだからまた増えるよ』と未来を予見しているし、ソフィーアさまも珍しく『そんなものがなくとも、また出会えるさ』と落ち込んでいる某ご令嬢を励ましていた。

 クロとソフィーアさまの言葉振りからすると、私はまだ幻獣や魔獣の皆さまを惹き付けるようである。ああ、でも。毛玉ちゃんたちが番を見つけて、また仔を産んだなら子爵邸でお世話をしたいなんて夢はあったりする。

 産まれたばかりの時は落ち着かないし気が抜けないけれど、小さな仔たちが一生懸命生きようと、母親の乳を必死に探し求める姿はくるものがある。スヤスヤと小さく寝息を立てて団子になっている仔たちを見るのも幸せだから。

 

 その前にヴァナルと雪さんと夜さんと華さんの新たな仔がまた産まれそうだけれど、いつになるのやら。一応、ヴァナルたちは次の仔をと考えているようだし、なるようになるだろう。

 エルとジョセも一年出産を控えたから、今年か再来年はとか言っていた。グリフォンさんも卵さんが一個から二個に増え、最終的に四頭孵ったから凄くご機嫌で、ヤーバン王国へと向かう計画を立てている。あれ……やはり私は幻獣や魔獣の仔のお世話係から抜け出せなさそうだった。偶に竜の仔たちも遊びにきているし、本当に子爵邸は不思議な生き物のたまり場となっている。

 

 私が小さく息を吐くと、フィーネさまが肩を竦めて口を開いた。

 

 「直ぐに戻ると頼られるでしょうし、もう少し子爵邸でお世話になっても良いですか?」

 

 フィーネさまが申し訳なさそうに告げる。本当は聖王国に在駐しているエーリヒさまに会いたいだろうに、いろいろと重なって会えず仕舞いとなっている。本当に黒衣の枢機卿さまがあんなやらかしをしなければ、大聖女ウルスラさまに後任を任せて大聖女の位を退き、エーリヒさまの下へと行けたのではなかろうか。

 大聖女ウルスラさまは今の状態だとまた誰かに利用されるだけなので、確りとした後ろ盾の方が就き教育を施しているとのことである。勉強は苦手ではないようで、教えた知識を直ぐに吸収していっているらしい。まだ時間は掛かるだろうけれど二年も経てば十分な学力を得るのではなかろうかと考えられているそうだ。とにもかくにも、私はフィーネさまのことである。

 

 「もちろんです。アルバトロス王国からも、フィーネさまが聖王国へ早々に戻るのは止めておいた方が良いと連絡が入っていましたしね」

 

 フィーネさまが戻るのは聖王国の問題がある程度解決してからだろう。フィーネさまの滞在費は教皇猊下の懐から賄われているので、アストライアー侯爵家は問題ない。フィーネさまからも滞在費を頂いているが、そちらはお友達価格である。今少し、フィーネさまと日常生活を過ごすことになるなと、冷めた紅茶を飲み干すのだった。

 

 ◇

 

 私の目の前には麦畑が一面に広がっている。凄く遠くに山が見えているのだが、そこまで遮るものが一切ない。視界の端に禁忌の森が映り込んでいるけれど知らないフリをしている。本当に元バーコーツ公爵領は小麦の一大産地なのだなと私は隣にいる方を見た。

 

 「凄く広いですね……流石、侯爵領です!」 

 

 フィーネさまが感嘆の声を上げ、眼前にあるとても広い作地面積の小麦を見て目を細めていた。私の後ろに控えているソフィーアさまとセレスティアさまは『確かに広いが……』『広いだけですものねえ。元バーコーツ領は』とフィーネさまに伝えたそうな雰囲気を醸し出している。

 

 確かに元バーコーツ領、現アストライアー侯爵領は土地こそ広いものの、小麦の生産地ということで領都も他の侯爵家や公爵家の領都と比べると、こじんまりしている。やたらと領主邸だけは広いのだが、街の規模は『街』というより『町』という雰囲気だ。

 

 一応、代官さまには灌漑工事と新規作付け面積を増やすことと共に領都の発展をと伝えている。とはいえどう発展させるかは領主の判断が必要だ。新たな産業として、軍馬の生産、鍛冶や陶芸……と頭を捻っているものの、実入りの良い職や生産品なんて簡単に思いつかない。ゆっくりで良いことだけれど、領地の皆さまの懐が潤えば領主である私の懐も潤う。どうにかしてなにか考えださないといけないなあと、常に頭のどこかで考えている最中だった。

 

 「広いですよねえ……」

 

 私はフィーネさまから視線を外して真っ直ぐ前を見る。秋収穫の小麦が黄金色に輝いて風に穂を揺らしていた。どうしてアルバトロス王都の子爵邸にいるはずの彼女がアストライアー侯爵領に赴いているのかというと、単に皆さまが暇だったからである。

 

 聖王国の状況は教皇猊下が頑張ってどうにかなっている様子である。ただ今回、各国に黒衣の枢機卿さまがやらかしたことが広がり、大聖堂に訪れる信徒さんの数が減っているそうだ。

 何故か、アルバトロス王国のアストライアー侯爵には喧嘩を売るなという噂が市井にまで流れているようで、私は頭を抱えてしまいそうになった。子爵邸の皆さまは『ようやくか』という顔で、困っている私を見下ろしていたけれど。

 

 本当に黒衣の枢機卿さまは余計なことをしてくれた。やはり大聖堂を彼の目の前で破壊しておけば良かったと考えるものの、教皇猊下が頑張っているのでできなくなってしまったのは残念である。

 

 今回、フィーネさまがアストライアー侯爵領を見学することになったので、アリアさまとロザリンデさまも一緒である。フィーネさまを挟んだ反対側に二人も立っていて、超広い小麦畑に目を細めていた。

 

 「ナイさま。毛玉ちゃんたちが走り去っていきましたが、放っておいて良いのですか?」

 

 アリアさまが心配そうに私を見ながら問いかけると、私たちの側にいたヴァナルが腰を上げ彼女の隣に腰を下ろす。

 

 『そのうち戻る。心配いらない』

 

 ヴァナルの言う通り、毛玉ちゃんたちは何度かアストライアー侯爵領を訪れているので土地勘が身に付いている。延々と続いている真っ直ぐな農道を五頭みんなで駆けていったのだが、直ぐに戻ってくるはずだ。

 毛玉ちゃんたちは聖王国からヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが戻ってきた時は、寂しくて彼らにぴったりとくっ付いていた。時間が経ち寂しさが紛れたのか、毛玉ちゃんたちの行動は以前より範囲が広くなっている。もしかして親離れ、仔離れの時期が近づいているのだろうか。本当に仔の成長は早いものである。ユーリも毛玉ちゃんたちもグリフォンさんたちや竜の仔たちも問題なく成長している。

 

 「迷子になりませんの?」

 

 ロザリンデさまがアリアさまの隣で首を傾げた。今度は雪さんたちが立ちあがり、ヴァナルの隣に腰を下ろす。そうして彼女たちはロザリンデさまの顔を見上げた。

 

 『鼻が良いので、迷子になれば匂いで戻れますよ』

 

 『仔たちも大きくなりましたねえ』

 

 『そろそろわたしたちは必要ないのでしょう』

 

 返ってきた答えにロザリンデさまは安堵の息を吐いている。毛玉ちゃんたちを産まれた頃から見ているので、彼女の中ではまだまだ手の掛かる仔供というイメージのようだ。でも、雪さんたちの言葉から察するに、やはり親離れ仔離れの時期がきているのだろう。

 毛玉ちゃんたちのフソウ行きを少し早めてしまっても良いのだろうか。フソウはいつでも受け入れ可能だよと言ってくれているので、ヴァナルと雪さんたちとフソウで、毛玉ちゃんたちの移動の時期見直しをしても良いのかもしれない。寂しくなってしまうが、毛玉ちゃんたちの成長を喜ぼう。アリアさまはヴァナルの頭を撫でながら、毛玉ちゃんたちが消えて行った方を見つめていた。

 

 「さて、領都に戻りましょうか。特にこれといって見るものがないのが侯爵領の弱い所でしょうか……食べ物関係は子爵領に分があります」

 

 「ナイさま、小麦も大事ですよ」

 

 私のぼやきにフィーネさまが励ましてくれる。もちろん小麦が大事なことは承知しているし、そのために備蓄庫――不作などを考慮して――を領都内に新たに建設しようと計画している。とはいえ、子爵領のお試し感覚で運営している畑はこちらにはないので面白味には欠けているのだ。もちろん収入は侯爵領の方が多いが、やはりもうひとつくらい産業があっても良いのではと思ってしまう。

 

 「なにか良い産業があれば良いのですが」

 

 「うーん……侯爵領は広大ですし、観光でこられる方が増えそうですよ?」

 

 ぽつりと呟いた私にフィーネさまが少し考えた様子を見せながら答えてくれた。観光といっても侯爵領に見るところや楽しめる場所は皆無である。

 これから先、遊園地でも作れば集客が期待できそうだが、今の技術力ではジェットコースターや観覧車を作るのは無理だろう。お化け屋敷とかならどうにかできそうだけれど、幽霊が寄り付いたら困るので断固作らない。フィーネさまは私が悩ましい顔をしていることが分かり、苦笑いを浮かべながら口を開く。

 

 「だって、ナイさまがいれば魔獣や幻獣の方が自然と増えているではありませんか。好きな方にはたまらないでしょうし、一目見たいなら侯爵領に赴くのが一番かと。あとは王都でしょうけれど」

 

 彼女の言葉に激しく首を縦に振るかたがいるが放置で良いだろう。野生の魔獣や幻獣さんが増えることはないけれど、天馬さまとヴァナルと雪さんたちの仔は増える予定である。お猫さまも仔を産むのを数年我慢していたので、そろそろ考えていそうだ。

 

 フィーネさまの言う通り増えることはあっても、減ることはなさそうだなと目を細めた。竜のお方が卵さま爆撃をかますことはない――ディアンさまにお願いして止めてもらっている――ことが唯一の安心できることだろうか。

 あれ、でも子爵邸に遊びにくる小さい竜のお方は増えているな……侯爵領の宿を増やした方が良いだろうか。農業ができなくなった年配の方たちの職場に丁度良さそうである。宿があるなら、温泉施設もと考えてしまうのは日本人の考えだろうか。観光抜きでも、農作業後に自由に入れる場所があるなら便利だし、公衆衛生の観点から身を綺麗に保てば病気に掛かり辛くなる。

 

 「観光地化は考えていませんが、少し試したいことができました」

 

 「ナイさま、お聞きしても?」

 

 フィーネさまが首を傾げるので、先ほどまで考えていたことを伝える。ソフィーアさまとセレスティアさまとロザリンデさまも興味が沸いたようで、今の話を各家に報告しても良いかと問われる。

 三人であれば悪いようにはならないだろうと私は許可を出した。そしてフィーネさまも聖王国に戻れば、小さい規模の温泉施設があっても良さそうだと良い顔になっている。

 聖王国は聖女さまが焚いたお風呂、と銘打てば人気がでるのではないだろうか。魔力を放出しながら焚けば、お湯に魔力が宿る可能性もありそうだ。四人で面白そうだと語っていると、アリアさまがしょんぼりしているので話に誘ってみる。

 

 「アリアさま、お風呂は好きですか?」

 

 「えっと……南の島でみなさんと入ったのは凄く良い経験でした。また一緒に入ってお喋りしたいです!」

 

 へらりと笑うアリアさまに釣られて、みんなが笑う。お風呂文化は日本ほど浸透していない。水資源が貴重である故に、魔術具で簡単にお湯を沸かせることができなければ薪代も掛かってしまう。王都は水源から水を引き十分な量が確保され、教会宿舎では不便を感じていなかった。侯爵領も領都は十分な水源を確保しているので、お風呂に困ることはないだろう。

 でも領都を出て、領内の町や村になれば水事情は一変する。この辺りも改善の余地はあるなと気付けたので、フィーネさまたちと話をして良かった。

 

 「南の島は来年も赴く予定なので、また招待状を出しますね。都合が合えば是非参加してください。たくさん人がいた方が楽しいですから」

 

 「はい!」

 

 私の言葉にアリアさまが元気良く返事をくれた。何故か私の服の裾を引っ張る人がいるので、リンだろうかと右側に顔を向ける。私の服の裾を引っ張っていたのはフィーネさまだった。

 彼女の珍しい行動に首を捻っていると『私も行きたいです!』と顔にアリアリと書かれていた。もちろんお誘いしますと伝えて、エーリヒさまを誘うのも忘れないようにしなければと頭に刻み込む。多分、来年の夏も彼女は聖王国で大聖女さまを務めているだろう。立場は以前より変わっているかもしれないが、フィーネさまの聖痕は消えていない。

 

 「フィーネさま……」

 

 ふと、気付いたことがある。

 

 「どうしたんです、ナイさま。凄く深刻な顔になっていますよ?」

 

 こてんと顔を傾げるフィーネさまに私は口を開いた。

 

 「聖痕をキスで消しておけば、フィーネさまは聖王国から解放されていたのでは……?」

 

 そう、そうなのだ。エーリヒさまとキスをすれば彼女の聖痕は消え、大聖女の立場も消えてしまう。聖王国という宗教色の強い国で、聖痕が消え大聖女の位から降りた彼女に求心力が残るのかと言えば否だろう。

 そうなっていれば私は遠慮なく聖王国を潰していたかもしれない。でもフィーネさまがいなければウルスラさまは放置していただろう。やはり現状がベストかと私が小さく息を吐けば、フィーネさまは顔を真っ赤にして右手を身体の後ろへと引いた。

 

 「…………エーリヒさまとキ、キ、ちゅうなんて恥ずかしくて無理ですっ!」

 

 彼女の後ろに回された右手が私の背にぺちんと当たる。痛くはないけれど良い音が周りに響いた。きゃーと照れているフィーネさまに呆れ顔を浮かべているソフィーアさまとセレスティアさまに、アリアさまは微笑ましそうに彼女を見ていた。

 そしてロザリンデさままで顔を赤く染めて、なにやら考え込んでいる様子である。私の護衛で後ろに控えているジークとリンは我関せずだし、クロはお昼の陽気に誘われて呑気にあくびをしていた。まあ、偶には惚気も必要かなと肩を竦めて、領主邸へとみんなで戻るのだった。

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