魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ご機嫌な様子で星を創造なされたグイーさまが、黒天馬のルカの背に乗って空を駆けております。わたくしはルカに乗った彼の姿を眺めていますが、少々ルカを占有し過ぎではないでしょうか。と、嫉妬を抱くもののミナーヴァ子爵邸でわたくしはよくルカの背に乗り庭を駆けているので、グイーさまを羨ましいと責めるのはお門違いかもしれません。
ですが、ルカはわたくしの指示に素直に従ってくれる可愛く賢い天馬なのです。取られてしまったと少々寂しい気持ちになり、空を飛ぶルカを羨ましいと眺めるくらいは許して頂きたく存じます。
空を見上げながら寂しさに涙を流しそうになっていれば、良く知る方が私の横に立ちました。そのお方は盛大に溜息を吐き、わたくしに視線を向けます。
「セレスティア。ルカを取られて悔しいのは分かるが仕事に集中しろ」
腐れ縁のソフィーアさんが呆れた声を上げて、わたくしを注意しました。確かにルカをグイーさまに取られてしまい悔しい気持ちはありますが、きちんと仕事はしております。
アストライアー侯爵の側仕えという栄誉な仕事を放棄するなどありえません。わたくしにとって二つの物事を同時に把握するくらい造作もないことですから。
しかし、グイーさまを乗せたルカは疲れないのでしょうか。かなり大柄な男性なのでわたくしを乗せるよりも疲れが早いはずなのに。未だにルカが疲れた様子を見せないのは特殊個体であるルカの特徴なのかもしれません。
「気を抜いてなどいませんわ、ソフィーアさん。わたくし、ナイが食べた品を言えますもの」
ナイはバーベキューの準備を終えたあと直ぐに焼き場の側に行き、ベナンター卿から焼けた野菜や肉を受け取っては口に入れて幸せそうに食べています。アガレス帝国から買い付けたさつま芋が好きなのか、肉と同等の頻度で口にしていました。白ご飯が欲しいとも仰っていましたが、今回は米を持参しておりません。
残念そうに肩を落としたナイに彼女の護衛騎士であるジークフリードさんとジークリンデさんが慰めておりました。そしてベナンター卿が『次の機会があれば飯盒で炊いてみましょう』と仰り、ナイは凄く目を輝かせておりました。
餌付けされている鳥のようですが、実際にジークリンデさんがナイに向かって肉を差し出しているので……餌付けなのでしょうね。少なくともジークリンデさんにとっては。ジークフリードさんもさり気なくフォローを入れておりますが、ナイが気付いておりません。
ジークフリードさんの容姿はとても良く、女性にモテております。それなのに今まで女性とお付き合いしたという噂もないですし、ずっとナイの側に控えているのは彼女のことを女性として意識しているのでしょう。
アルバトロス上層部もジークフリードさんの気持ちを理解しているようで、裏でこそこそと動いているようですが、ナイの鈍さにより手を出しあぐねているようです。ユーリを救ったことでアストライアー侯爵家断絶は逃れておりますが、アストライアー侯爵家の存続を真剣に考えるならばナイの直系が継ぐべきでしょう。
そもそも男性当主の家とは違い、現アストライアー侯爵家は女性当主でございます。嫌な言い方となりますが、子さえ生まれるならば種は誰のものでも良いのです。しかし無理矢理に添い遂げさせてナイが心を壊す場合もありましょうし、そうなれば亜人連合国どころか、今やグイーさま方がお怒りになられることでしょう。
グイーさま方と出会い親交を深めたことで、アルバトロス上層部、もとい陛下は凄く頭を悩ませる状況に陥っているのでしょうね。ナイに妙な相手は選べませんもの。
「自慢にならないだろ……まあ、警備はジークフリードとジークリンデに任せれば良いが、ナイは不意にとんでもない約束事を交わすことがある。聞き逃さないようにしてくれ」
ソフィーアさんが盛大に溜息を吐きながらナイの方を見ております。彼女もまたナイを気に入っている一人です。幼い頃になにやらあったようですが真相は知りません。真面目なソフィーアさんのことですから、きっとナイの貧民街時代を偶然にも見ていたのではないでしょうか。ナイは黒髪黒目で珍しい容姿ですから、幼少期とはいえ覚えていてもおかしくはありません。
わたくしはナイのことをどう考えているのでしょうか。
最初こそアルバトロス王立学院の特進科に何故平民が、と疑問視しておりました。聖女を務めているということで教会から後押しされ、勉強に励み特進科への転科は実力で掴み取ったと知り疑問は氷解しました。
教室の片隅で貴族に関わらないようにと務めていた姿に、当時のわたくしは彼女をつまらない人間だと評していた気がします。せっかく特進科という場にいるのだから、貴族と縁を繋ぎ成り上がってみせようとする気概をわたくしは見たかった。まあ、それも元第二王子殿下とアリス・メッサリナが引き起こした厄介事によって、彼女の評価はがらりと変わりました。つい先日のことのように思い出し、つい笑みが零れてしまいます。
「セレスティア、どうした?」
「少々考え事をしておりました」
わたくしが笑ったことに気付いたソフィーアさんが不思議そうに視線を向けました。
「ナイの側仕えになったのはヴァイセンベルク辺境伯家の命で最初こそ渋々でしたが、今では楽しんでおりますわ。もっと魔獣や幻想種がナイの周りに増えないかと望むのは贅沢でしょうか」
「望むのは自由だが、ナイが持て余すなら我々では手が付けられなくなる。犬や猫を飼い過ぎて、面倒をみきれなくなった貴族もいるからな」
確かに増え過ぎて面倒がみれなくなって周囲に影響を及ぼせば問題となります。しかしナイの魔力に惹かれて魔獣や幻獣の方々が好意的に接してくれているので問題は少ないはず。
おそらくわたくしの隣に立つ人物の真面目さからくる心配なのでしょう。もう少し彼女は大らかに生きても良い気がしますが、ナイのやらかしを考えると真面目な考えを持つ側仕えは必要でしょうねえ。わたくしは、面白いので止めませんもの。とはいえ、魔獣や幻獣の皆さまが困るのはわたくしにとって本末転倒な事態でございます。
「見極めは大事、ということですか」
子爵邸で暮らす魔獣や幻獣の方が生活に困る可能性は低いでしょうが、頭の片隅に置いておくべきことでしょう。
「そうだな。しかし……報告書を読んだアルバトロス上層部の方々がまた頭を抱えそうだな」
ソフィーアさんが小さく息を吐いて、グイーさまと三女神さまの方へと視線を向けました。ナイとお酒の話をしているようで持ち込んだ品をグイーさまが大層気に入ったようです。
「今更ですわ。ソフィーアさん」
ナイが破天荒な事態に巻き込まれて右往左往しているのは今更です。それに全て丸く収めて国に利益を齎しておりますもの。頭を抱えるよりも、王侯貴族であれば利用するくらいの勢いでいなければ。
彼女はまだまだ事件に巻き込まれるでしょう。そして新たな幻獣や魔獣の皆さまとの出会いも必ずあるはずです。わたくしはその日を楽しみに待っておりますわ。
◇
――はあ。
今頃、アストライアー侯爵は北大陸の更に北にあるという神の島でバーベキューを行っている最中だろうか。彼女から美味しい酒を教えて欲しいと頼まれたので私と歴代のアルバトロス王が好んで飲んでいた秘蔵のワインを提供したが、創星神たるグイーさまは気に入ってくださるのか。
アストライアー侯爵は食べ物と飲み物を沢山買い込んで神の島に赴いたと聞くが、アルバトロス王国の品々は神に気に入って頂けるのか凄く心配だ。昼日中の執務室だというのに仕事の手が進まない。
「胃が痛い」
不味い、なんて言われようものなら生産者に大打撃である。もしそうなれば生産方法から見直さなければならないだろう。品種に土壌や農機具の改良をするとして、一体何年掛かるだろうか。
専門職の者たちも、神に不味いと言われたから品種改良せよと命じられても頭を抱えるだけだろう。私はそんな無茶な命を下すことになるのだろうか。自棄を起こして酒を煽りたい所であるが、執務室には客がいるので飲むに飲めなかった。
「どうした、甥よ。情けない顔をしおって」
私の叔父が不敵な顔でこちらを見る。叔父上は相変わらずアストライアー侯爵が起こした状況を楽しんでおり機嫌が良い。私にも彼の肝の太さを分けて欲しいところであるが、私が叔父上の肝を手に入れれば西大陸全統治と言い始めそうだ。
私は父王の信念である『周辺国との平和路線』を引き継いでいる。次代の王であるゲルハルトも私の政治信念を引き継ぐのだ。私の代で周辺国を荒事に巻き込むわけにはいかないので、叔父上の肝を分けて貰うのは諦めよう。せめてキリキリと痛む胃が治れば嬉しいのだが、いつになれば荒れた胃が元に戻るのか。また息を吐くと、叔父上が怪訝な顔を浮かべている。
「叔父上、叔父上はどうして平気な顔をしていられるのです。神に酒を献上したことが気にならないのですか?」
私は叔父上にむっとしながら言葉を投げると、彼は口の端を吊り上げる。公務中であるが、半分は休憩時間のようなものである。叔父上に『甥』と呼ばれているので個人的な時間だと護衛の者たちに示しているので問題はない。私の疑問に叔父上は『何故そんなことを聞く』と少し首を傾げているので、補足をしようと再度口を開いた。
「不味いと神に告げられれば酒蔵の者たちが落ち込みましょう」
私のお気に入りであるワインが生産されなくなったとなれば、執務後の楽しみはなにをすれば良いのか。煙草も嗜みはするが、ワインほど旨いと感じたことはない。酒以外の嗜好品を探すとなれば骨が折れそうだ。
「気にしてもしかたなかろう。それに酒の好みは人による。ワシもナイに酒を提供したし、ヴァイセンベルク辺境伯も提供しているからな。不味いと言われることもあろうし、美味いと言われることもあろうて」
叔父上は困った顔をしている私を見て愉快そうに笑う。
「なに、上手く誤魔化せば良いだけの話。そもそも不味いとなればナイは報告にあげるまい」
確かに生産者には伝えなければ問題はないだろう。しかし神が不味いと言ったことが、どこかから漏れ出る可能性もある。アストライアー侯爵に就けた護衛の者から情報が出てくるかもしれない。そもそもアストライアー侯爵から報告に上がる可能性もあるのだが、叔父上は彼女を信頼しているのか隠すべきところは隠すと言い切った。
「確かにそうですが……言われた事実は消えませんよ」
「本当に不味いと言われたわけではないし、今、心配してもしかたないぞ。それより聖王国が潰れないか心配した方が良いのではないか?」
「叔父上、頭の隅に追いやって忘れていたことを思い出させないでください」
確かに聖王国は首の皮一枚が繋がっているだけである。彼の国が存続しているのは各国の温情があったから。おそらくアストライアー侯爵が残そうとしていることを嗅ぎ分けたのだろう。でなければ潰れていてもおかしくはないのだ。彼女がアルバトロス王国に尽くしてくれるのは、叔父上がいるからだ。
叔父上がいなければアルバトロス王国にいないか、アルバトロス王国も彼女の手によって潰されていたかもしれない。しかし三年ほど彼女を見ていると、国の頂点に立つのは面倒なことと捉えているようだ。本当に欲がない。欲がないからこそ、いろいろな事後処理を私が背負っているのだが、国同士のやり取りであれば問題なく捌けるようになってきている。
あとは私の想像の範疇を超えなければ、今以上に胃が痛くなることはないだろう。多分だが。
私の言葉にハハハと良い顔で笑う叔父上と公務を進めるのだった。
◇
数千年振りに私の部屋の窓の外が騒がしい。何故騒がしいのか気になるけれど、確認するのが億劫でベッドの上から動かずにいた。
――私は、女神という役目の意味が分からなくなっていた。
西大陸は私がいなくとも勝手に進化している。人間は強かで頭が良く、私が面倒をみなくても生き抜ける生き物だ。不思議なことは彼らは己の欲を優先し、同じ種族で殺し合いをしていることだろう。
感情というものを与えたのが不味かったのか、それとも人間そのものの本能なのか。数が増えるにつれ諍いが起こり易くなり、規模も大きくなった。止めたい気持ちがあったものの、必要以上に西大陸に関わらないと決めていたので争いや戦を私が止めることはなかった。
「私がこのまま部屋から出なければ西大陸は滅んでしまうけれど……それもまた運命」
私が部屋に引き籠ったままでは西大陸の神力が下がり、大陸に生きる生き物たちは弱ってしまったり、大地に異変が起こるだろう。私が死ねば西大陸も滅びることになるが、滅んだ責任は父が背負ってくれるはず。
妹たちは元気に過ごしているだろうか。数千年の時間が経ち一度も彼女たちと顔を合わせていないけれど、西大陸からどうにか生き延びた生き物たちを保護してくれると良いのだが。
「はあ……つまらない」
部屋でじっとしているのは正直つまらない。つまらないけれど、大陸を観察するのも飽きてしまった。妹たちは飽きもせず各大陸を見守っているようだが、私は女神の役目という意味を見失っていた。
だから緩やかな死を目指して部屋に閉じ籠っている。
少し前に誰かが私の部屋の開錠を試みていた。父でも妹たちでもなく、島にいる神のものでもない気配を察知して誰か気になったものの部屋から出ては、せっかく近くなっている私の死が遠のいてしまう。女神として活動すれば命が伸びるように定められている。だからこうしてベッドの上でなにもせず、一日一日を過ごしているのだから。
「良い匂い。騒がしい……懐かしい?」
空いていないはずの私のお腹がぐうと鳴った気がした。外で父たちがなにかしているようで、部屋の中に良い匂いが立ち込めている。なんの匂いかと私の膨大な記憶を探れば、肉を焼いている匂いだと思い出した。
おそらくタレを付けてじっくりと焼いているのだろう。他にもなにか焼いているようで、肉以外の匂いも部屋の中に入ってくる。ずっとずっと昔に経験したことを思い出した。
大きな白銀の竜と共に肉を食べたっけ。味もついていないただの肉だったけれど。
西大陸を創造して生命が息吹き、人間が誕生した頃だった。どうしようもなく弱かった人間に知恵を施し、道具を与え植物の恵みを得るようにと施した。
食べることに難がなくなった人間は道具を作り、獣を狩って更に力を得る。もう私の庇護は必要ないと、なんとなく西大陸のとある場所をウロウロしていたら竜に声を掛けられた。
腹が減っているなら食べなさいと言われ、竜がブレスを吐いたけれど火力が強すぎて最初は丸焦げになった。
力が強すぎたことにしょぼくれている竜の姿が面白くて、私は周りにあった枯れ木を拾い火を熾して竜から貰った肉を焼いて食べたのだ。私は人間ではなく、生き物から超越している存在だから食べ物を口にする必要はない。とはいえ人間を模しているからお腹が鳴ることがあり、頭が勝手にお腹が空いたと発する。
大きな白銀の竜は私が肉を食べる姿を愛おしそうに見ていた。彼の住処に人間がくるのは珍しいそうで、お喋りをしてみたかったと言っていた。
私は人間ではないけれど、なんとなく気が向いて竜と暫く一緒に生活をしていた。彼は私にいろいろなことを教えてくれたが、彼から聞いたことは私は全て知っていた。でも、彼と話すことが楽しくて知らないフリをしたっけ。もう何万年も前の話で、西大陸に人間があまりいない頃のことだったはず。
白銀の竜と過ごした短い日々は楽しかったが、彼の下を離れて北大陸にある神の島で本来の役目を果たそうと、西大陸の管理を行っていたのだ。そして数千年前、西大陸の管理を行うことに飽きたのだ。
飽きたから死んでしまえば新しい命を授かるかもしれないと部屋に引き籠ってみた。ふいに思い出した白銀の竜の姿を頭に描く。彼は今、西大陸でなにをしているだろうか。
「あれ……どうして私は泣いているの?」
私の目にゴミが入った訳でもないのに、勝手に雫がポロリポロリと落ちていく。良く分からない感情に掻き乱される訳にはいかないと、右手を旨に当てて服をぎゅっと握り込んだ。
大丈夫。私は人間ではなく神であり感情なんて必要ない。私は、私が生み出した西大陸の最初から最後までを見届ける者だから。そこに感情なんて必要はなく、ただ起こった事実のみを受け入れて共に沈みゆくだけだ。
「また彼と話がしたいなあ……」
大きな白銀の竜と話した内容は本当にくだらないものばかりだったけれど……彼は私を女神ではなく一個人として認めてくれ、対等であると言い切ってくれた。私の気持ちを優先して何万年振りに下界におりれば大騒ぎになるだろうし、彼にも迷惑が掛かる。
穏やかで優しい声をしていた大きな白銀の竜は今、どこでなにをしているのだろう。せめて彼が望んでいた『生』を謳歌しているのならば私は満足だと、ベッドの上で静かに目を閉じた。
次に私が目覚めるのは何百年後だろうか。
◇
網の上に踊るお肉やお野菜が焼け、焼き肉奉行と化しているエーリヒさまが忙しなく、だが満遍なく誰かのお皿の上にお肉やお野菜と取り分けてくれている。グイーさまと南の女神さまはお腹が空いているのか、網の側を陣取っていろいろな食材を口の中に掻き込んでいた。
そんなに急いで食べなくても、材料は沢山あるし逃げはしないのだが。私は私で、私が食べたい品を網の上に乗せて自分で焼いて楽しんでいる。南の島の魚人さんたちが取ってくれた、食べても平気な二枚貝に甲殻類の味を楽しんでいる最中だ。
ダリア姉さんとアイリス姉さんもお野菜を沢山焼いて、味を楽しんでいる。子爵領で採れたとうもろこしさんが気に入ったようだが、エルフのお方がとうもろこしさんを頬張っている姿はちょっと面白い。
お婆さまも子爵邸の庭で採れたマンドラゴラもどきをご機嫌で食べている。妖精さんの食べ物は魔素なのだが、本当にお腹が空いていたようで魔素含有量の多いマンドラゴラもどきを食べているとのこと。お婆さまは本来は食べないのに、そんなになるまで、どこをほっつき歩いていたのか。
まあ、お婆さまが生きていて良かったと安堵しながら、私は伊勢海老っぽい甲殻類の尻尾の部分を割って身をほじくり出している所である。
「おーい、ナイ! このタレが肉に凄く合っていて美味いぞ!!」
グイーさまがお酒を飲みながら、エーリヒさまが焼いた肉を食べていた。タレというのはエーリヒさま特製の焼き肉のタレである。今回バーベキューを行うことになって、焼き肉のタレの作り方を知らないかとエーリヒさまとフィーネさまに問い合わせたところ、エーリヒさまが知っていた。
レシピを頂いて、子爵邸の料理人さんに作って貰い持参してきたのだ。材料は揃っているので問題なく作れたのだが、各国と縁がなければ諦めなければならないところだった。お醤油はフソウから頂いた品を使い、一味唐辛子はアガレス帝国から。他にも胡椒も必要だったので、フェルカー伯爵さまに頼んで最高級の胡椒を手に入れ、他の食材も彼のお店から手に入れた。
にんにく、しょうが、唐辛子、こしょう、さとう、はちみつ、みりん、しろごま、醤油、レモンと材料を揃えられたのは奇跡だろう。そしてレシピを手に入れられたことも。美味しいバーベキューができたので、最大の功労者の名をグイーさまに教えようと私は口を開く。
「あ、タレはエーリヒさまの発案です。お褒めの言葉はエーリヒさまにお願いします」
「エーリヒ?」
私の言葉にグイーさまが首を傾げた。どうやらエーリヒさまが誰なのか分かっていない様子である。自己紹介をしたはずなのに、覚えてくれていないのは少々残念だが紹介した人数が多かったので致し方ない。
「ずっとお肉を焼いてくれている方のことです」
私がエーリヒさまの方へと視線を向ければ、グイーさまが良い顔になった。
「おお、あの青年か!」
彼はそのままエーリヒさまの下まで歩いて行く。突然のグイーさまの行動にエーリヒさまは何事かと驚きつつも、グイーさまの顔を見上げた。
「エーリヒ。このタレは美味い! ナイがお主のお陰だと教えてくれた。良いものを生み出してくれて感謝する!」
グイーさまは大きな背を屈めてエーリヒさまと視線を合わせた。真剣な顔からにかっと笑う彼にエーリヒさまは驚いているが、答えなければ失礼にあたると口を開く。
「ありがとうございます。ですが、このタレは私の発案という訳ではなく……私は再現しただけです」
「それでも今の面子にエーリヒが居なければ食べることはなかった。ありがとう! タレを付けて食べると肉が更に美味いのだからな!」
エーリヒさまの言葉にグイーさまが豪快に笑いながら大きな手で彼の背を叩いている。痛そうにみえるが、グイーさまに叩かれたらその部分が丈夫になりそうだ。一応、彼も神さまだし御利益がありそうである。
「皆も食べろ! 遠慮はするなと言いたいが、今回の食材はナイが用意したものだ。食べる者はナイにも感謝するように!」
どうやらタレの感謝以外にも食材の感謝も述べてくれたようである。グイーさまの声に遠慮をするわけにはいかず、少し離れて見守っていた方たちが足を進めてお皿を手に取り、網の近くへ寄って行った。
それぞれ食べたい品を取りながら、エーリヒさまが焼けている焼けていないの判断を下している。フィーネさまが彼の側に寄って、嬉しそうに話を何度か交わし彼女はアリアさまロザリンデさまの下へ小走りで戻って行く。エーリヒさまはお肉をどんどん焼いているのだが、少しお肉の焼き加減の判断が甘くなっているようだった。
少し遅い青春かなと目を細めながら、伊勢海老っぽい海老を食べ終えた。殻に身が残っているのでお箸で身を取って、口に運んでいるとジークとリンが私の方を見る。
「ナイ、お肉食べないの?」
「一番楽しみにしていただろう?」
そっくり兄妹が私に声を掛けた。確かにお肉を一番楽しみにしているし、タレとレモンと塩胡椒といろいろと分けて楽しもうと画策している。
「もちろん食べるよ。ただ海産物はアルバトロス王国だと珍しいから食い溜めしてただけ」
私はジークとリンにもちろん食べますよと伝えれば、二人は小さく笑みを携える。そして私の肩の上で大人しくしていたクロが声を上げた。
『ナイは本当に食べることに貪欲だねえ。お肉も食べよう? きっと美味しいよ』
「クロは食べないじゃない」
『ボクは果物の方が好きだからね。ナイはお肉も好きでしょう?』
他愛のない会話を交わしながら、バーベキューを楽しむ。終わったら少し考えていることがあるので、頑張らないとと更にお腹に詰め込むのだった。