魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0529:日常に戻る。

 ユーリの部屋から食堂へと移動すれば、既にクレイグとサフィールが待っていた。

 

 「おはよう。クレイグ、サフィール。待たせてごめん」

 

 遅れてはいないけれど、待たせてしまったことを軽く詫びながら自席に腰を下ろす。ジークとリンも席に腰を下ろして、朝食が運ばれてくるのをみんなで待つ。待っている間はいつも雑談タイムとなっているのだが、クレイグが怪訝な顔を浮かべて私の方を見る。

 

 「なあ……ナイ」

 

 「ん、どうしたの、クレイグ」

 

 片眉を上げて微妙な表情を浮かべるクレイグに私は返事をするのだが、妙なことを言い出しそうな気がする。というか、彼がいの一番で切り出す時は私に対しての突っ込みである。

 私はまたなにか妙なことをしたかと最近の事案を頭の中で並べてみるが、どれもやらかしていることだからクレイグが突っ込みを入れる候補が分からなかった。私の肩の上でクロが首を傾げているし、ロゼさんは私の影の中で静かに過ごして、毛玉ちゃんたちもクレイグの顔を見上げながら首を傾げている。さて、彼になにを言われるのかと私は覚悟をするのだった。

 

 「魔力量、増えてねえか? 気の所為か? いや、気の所為じゃない気がするぞ……! というか魔術適性が低い俺でも分かるってどうなんだ!?」

 

 クレイグが更に片眉を上げながら、突っ込みを入れる度にどんどん目を見開く。私は彼の表情筋は器用だなと感心するけれど、魔術適性の低いクレイグが他人の魔力を感知できるのは珍しいことである。

 クレイグの横ではサフィールも小さく頷いているので、彼も私の魔力量が増えたことを察知しているようだ。サフィールはクレイグのような驚きではなく、私の心配をしてくれているようで眉をハの字にさせながら会話に交ざる機会を伺っている。

 

 「六節の魔術唱えたからかな……あ、でも流石に鼻血が出たね。魔力が増えたって感覚はイマイチ分からないかも」

 

 私は六節の魔術を唱えた時を頭の中に描く。まさか女神さまと顔合わせをして初手で圧を放たれるとは考えていなかったし、魔力を練って術を使うなど想定外である。

 

 「六節だぁ!?」

 

 「ナイ、六節の詠唱が必要な魔術の使い手って凄く貴重だって噂を聞いたことがあるよ。本当に大丈夫なの?」

 

 クレイグが驚きの声を上げ、サフィールが心配して小さく首を傾げている。あの場で障壁を展開していなければ一緒に同行していた面々は大丈夫だったか分からない。

 西の女神さまはご意見番さまの生まれ変わりであるクロに特別な思いを寄せているようである。久方ぶりに再会したけれど友人を取られたと勘違いしたようであるが、取ったつもりは全くない。クロと一晩話したことによって、私たちへの蟠りは消えているはず。それよりもご意見番さまの最期を邪魔した銀髪くんの話をすれば、西の女神さまは大激怒するのではなかろうか。黙っておくべきか、伝えるべきか、と迷っていれば喋らない私を心配したのか、リンが私の肩を揺するのだった。

 

 「あ、ごめん。考え事してた。副団長さまの話だと身体は問題ないだろうって。暫くはゆっくりしておいた方が無難だって言われたけれどね」

 

 あははと私は笑って右腕を頭の後ろに回して何度か掻く。クレイグが大袈裟に溜息を吐き、サフィールがふうと小さく息を吐いた。

 

 「ジークとリンも心配が尽きねえな」

 

 「ナイは驚くことばかりするからね」

 

 クレイグとサフィールの言葉に私は黙っておくしかない。私の側に控えていたそっくり兄妹が、私の心配を一番してくれている。ジークとリンを見て私が苦笑いを浮かべると、彼らは微妙な表情で口を開く。

 

 「無理をして欲しくはないが……助けられたからな。強く言えない」

 

 ジークがクレイグとサフィールに視線を向けて六節の魔術を唱えた状況を語る。全ては話せないので問題のない部分のみだが状況は伝わるはずだ。彼の話を聞き終えたクレイグとサフィールは呆れた表情を浮かべて私を見る。またやらかしたなと言いたげだが、みんなを守るためと知り強く出れないようだ。

 

 「でも、ナイ。暫くはゆっくり過ごせって言われたから、あまり動いちゃ駄目だよ?」

 

 リンが片眉を上げて私の方に顔を向けた。副団長さまからは、魔力を消費している時に激しく動けば消耗が酷くなると助言を頂いている。そのため、日常生活を送る分には構わないが、それ以上の負担を掛けないようにと忠告を受けた。素直に彼の助言に従うつもりだし、何故か猫背さんにまで心配されたので忠告は守る予定である。

 

 「大丈夫。討伐遠征の予定もないし、領地管理のお仕事だけだから。フィーネさまのお見送りが済めば、大きなお仕事は入ってないしね」

 

 私の言葉を聞いた四人は本当だろうかという疑いの視線を向けている。いや、お屋敷に引き籠るから動き回ることもないのだけれど。信用ないなあと微妙な顔を浮かべれば、朝ご飯が運ばれてきた。

 今日はパンとサラダとチーズというお貴族さまの標準的な朝ご飯のようだ。お酒が好きな方は朝から飲んで勢いをつけるらしいが、私たちは果物を絞ったジュースを頂く。贅沢だよねとみんなで手を合わせて朝食を口に運ぶ。私の隣ではクロとアズとネルがリンゴを食み、床では毛玉ちゃんたちもリンゴを齧っている。美味しそうに食べている姿が可愛いなあと彼らを見ながら箸を進める。

 

 「まあ、飯が食えるなら問題ないのか……?」

 

 「ご飯を食べれないナイの姿は想像できないけれど……食べられるのは良いことだよね」

 

 クレイグとサフィールが苦笑いを浮かべながら、いつも通り食事を取っている私を見た。サフィールの言葉にクレイグがナイが飯を食わないなら天変地異が起きそうだと失礼なことを口にする。

 でも食べられないのはキツいので、魔力をブッパするという強行な手段に及ぶかもしれない。魔力で割となんでも解決できる世界なので、飢えたら魔力を全力ブッパして植物を活性化させれば難を逃れられそうなのだ。最終手段だなと苦笑いを浮かべ食事を終えたので、みんなで手を合わせて解散となる。食堂を五人で出てそれぞれの仕事へ赴くために移動を開始した。

 

 ――執務を終わらせてお昼ご飯を取り、アルバトロス城へと向かう準備を整える。

 

 私は自室で侍女の方たちの介添えを受けながら聖女の衣装を身に纏う。廊下ではジークとクロとロゼさんとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちが待ってくれている。リンは私の着替えの様子を面白そうに見ているが楽しいのだろうか。

 侍女の方がいない時はリンが手伝ってくれることもある。その時は始終笑みを浮かべたまま私の着せ替えを楽しんでいるけれど、誰かの着替えを手伝って面白いのだろうか疑問だった。

 

 頭の中で考え事をしていれば着替えを終えていたようで、侍女の方たちが不思議そうに私を見ている。リンは私が考え事をしていたのはお見通しのようで、侍女の方たちに問題ないよと伝えていた。

 私が侍女の方たちにお礼を伝えれば、彼女たちはしずしずと部屋を出て行く。侍女の方と入れ替わりで、クロが私の下へと飛んできて、毛玉ちゃんたちがぴゅーと走ってぎゅっと脚を踏ん張り、とある場所で止まる。肩の上に乗ったクロはどうしたのかと首を傾げているし、リンもなんだろうと首を捻っている。毛玉ちゃんたちの向こうで、ジークとヴァナルと雪さんたちが開いた扉の前で通せんぼをくらっていた。

 

 「どうして毛玉ちゃんたちは扉の前で固まっているの……?」

 

 私が毛玉ちゃんたちに声を掛けると『ふん!』とみんなが鼻を鳴らす。なんだともう一度私が首を傾げると、扉の前で立ち止まったままのジークが苦笑いを浮かべていた。

 

 「ナイの心配をしているんじゃないか?」

 

 「動いちゃ駄目だって訴えているのかも」

 

 ジークが少し離れた扉の前から、リンは私の隣で毛玉ちゃんたちに視線を向けていた。

 

 『毛玉ちゃんたちもナイのことを心配しているみたいだよ~』

 

 私の肩の上に乗っているクロも毛玉ちゃんたちを微笑ましそうに見ながら背中を長い尻尾でぺしぺし叩き、ヴァナルと雪さんたちは通せんぼをしている毛玉ちゃんたちを微笑ましそうに見ているだけである。

 平和な光景だけれども竜とフェンリルとケルベロスとその仔供たちがいるって凄い状況だなあと現実逃避したくなるが、いかんいかんと私は頭を横に振った。これからフィーネさまと一緒にアルバトロス城に赴いて、彼女のお見送りを果たさねばならない。エーリヒさまも外務部として参加――公爵さまが裏で糸を引いていそうだ――するし、アリアさまは転移魔術陣への補填役を担うため、子爵邸から私たちと一緒に赴く。

 

 「心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから。ほら、通してください」

 

 私は毛玉ちゃんたちの下へと行き、膝に手を当てて少しかがんで彼らと視線を合わせた。じーと視線を私に向ける毛玉ちゃんたちは暫くすると諦めたのか、すごすごとヴァナルと雪さんたちの下へと歩いて行く。

 

 『主、無理しないで』

 

 『かなり魔力を消費なされていましたからねえ』

 

 『日常生活は問題ないでしょうけれど』

 

 『暫くはゆっくり過ごすべきかと』

 

 ヴァナルと雪さんたちにまで心配されるとは。有難いけれど少し照れ臭いというか、なんというか。まあ、アルバトロス城から戻ったら部屋でゆっくり過ごすとみんなに伝えて、子爵邸の地下室へと向かう。一階の廊下からエル一家とグリフォンさんが顔を覗かせて『無茶はしないで、ゆっくりとお過ごしください』と私に伝えて、庭へと戻って行った。

 みんなに心配を掛けているなあとジークとリンの顔を見れば、偶にはゆっくりしようと告げられる。廊下を横切ったお猫さまと、お猫さまを捕まえにきたジルヴァラさんにまで心配される始末である。魔力は回復しているはずなのに、どうしてこんなに心配されているのだろうか。なにか問題が起こる予兆でも彼らは嗅ぎ分けているのかと首を傾げた、丁度。

 

 フィーネさまとアリアさまとロザリンデさまと合流する。ロザリンデさまは地下室までお見送りをしてくれるそうだ。フィーネさまは誰とでも仲良くできるようで、アリアさまとロザリンデさまとも交友を深めており、今日でお別れということで少し寂しそうな雰囲気を醸し出している。

 それから地下室へと向かう扉の前でソフィーアさまとセレスティアさまとも合流した。地下にある転移陣へと辿り着いて、ロザリンデさまが私にフィーネさまと少し話をしても良いかと許可を取る。時間には余裕があるので構わないと告げれば、彼女はありがとうございますと告げて、フィーネさまと視線を合わせた。

 

 「また暫くお会いできなくなりますが、どうかお元気で。手紙を書きますわ」

 

 「はい、私も手紙を書きますね。あと状況が落ち着けば、聖王国に遊びにきてください」

 

 ロザリンデさまとフィーネさまが短い言葉を交わして別れを告げた。南の島で会えるけれど寂しさが残ってしまう。しかしまあ、女性陣の比率が高いなとジークの顔を見上げれば、いつも通りの顔なので肩身が狭いとか感じていない様子。私は移動を開始しようと、ジークからみんなに視線を向ける。

 

 「では、アルバトロス城へ参りましょう」

 

 私の言葉で転移陣が光り、次の瞬間にはお城の転移陣のある部屋へと辿り着いているのだった。

 

 ◇

 

 アルバトロス城のとある場所にある転移陣が施された部屋で、フィーネさまと私たち一行は顔を合わせていた。向こうではアリサさまとウルスラさまが魔術陣への魔力補填を担うとのこと。

 

 聖王国の教皇猊下と先々々代の教皇猊下からも改めて詫び状が届いており、陛下にも同じ内容が記された書状が届いたそうな。聖王国はかなり国力を削ぎ落したものの教皇猊下と先々々代の教皇猊下によって、どうにか国という形を保っていた。

 黒衣の枢機卿さまはアガレス帝国の鉱山へと移送されたとか。彼と入れ替わりで、アガレス帝国に赴いていた宣教師の方数名が聖王国に戻るそうである。フィーネさまの話で、やべえ方がいると教えて貰っているから大丈夫か不安になるが彼の国は猫の手も借りたい状況のようだ。

 

 しかしフィーネさまは帰国の途に就けば、また大聖女として政治面も頼られるか心配であるが、アルバトロス王国と私と公爵さまと辺境伯さまに、前回聖王国の迷惑を被った国々から『今回は大聖女に頼らず、傾いた国を立て直せ!』と抗議文を送っている。各国まで加わったのは陛下が手を回してくれたようである。なので聖王国の皆さまは獅子奮迅の働きで、フィーネさまに頼らず国を立て直すという大使命を背負ったのだ。

 

 聖王国の覚悟のない方たちは、ひーひー言いながら右往左往している姿が簡単に思い浮かべることができる。

 

 また暫くフィーネさまとは会えないけれど、侯爵家で雇った密偵の方との顔合わせを彼女と済ませたし、問題が起これば直ぐ私に情報が届くように手筈は整っていた。少し寂しそうな表情の彼女と視線を合わせると、フィーネさまが先に口を開く。

 

 「ナイさま、短い間でしたがお世話になりました。聖王国の者たちがご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

 

 フィーネさまが丁寧に頭を下げる。今回、彼女が悪い訳ではないのだから気にしないで欲しいけれど、ケジメというやつだろう。私は苦笑いを浮かべながらフィーネさまが頭を上げるのを待つ。

 

 「お気になさらないでください。聖王国の状況が不味ければ、また仮面の男性を迎えに寄越しますね」

 

 重い空気は苦手なので、私は冗談を吹かしながら苦笑いを作った。フィーネさまは私の言葉を聞くなり顔を赤くしている。仮面の男性との空の旅はそんなに良かったのかと頭の片隅で考えながら

 

 「……う。そうなると聖王国が凄く不味い状況に陥っている気がします。あ、あと、こちらを!」

 

 フィーネさまが少し顔色を悪くして、直ぐに表情を変えた。なんだろうと私は彼女が差し出した手に視線を向ける。

 

 「これは、なんでしょうか?」

 

 フィーネさまが差し出したのは二つに折った紙だった。粗末な紙ではなく、かなり確りとした質のもの。私も手を伸ばして、フィーネさまから受け取ればにっこりと彼女は笑う。

 

 「グリ坊たちの名前を考えてみました。良さそうな名前をいくつか書いていますので、良ければ候補に含めて頂けると嬉しいです」

 

 「ありがとうございます! 凄く助かります!!」

 

 私がフィーネさまから紙を受け取れば、背後で『そんなに名前を付けるのが苦手なのか』『名前であればわたくしがいくらでも考えますのに』と某公爵令嬢さまと某辺境伯令嬢さまが呟いていた。

 フィーネさまも『そんなに喜んでくださるとは』と呟き、ジークとリンは後ろで妙な気配を醸し出している。側にいるアリアさまも『私も考えてみても良いのかなあと』小さく首を傾げているので、名前付けに協力してくれるのであれば私は喜んで皆さまを呼びますともと心の中でガッツポーズをとる。どうにも苦手なので有難い配慮だと、フィーネさまから受け取った紙を落とさないように懐に仕舞い込んだ。そして私は身体を後ろに向けて彼に預けていた袋を受け取る。

 

 「では、私からも。フィーネさまに、と言うより聖王国上層部の情け……頑張っている方々に向けてですが」

 

 ジークから受け取った袋を私はフィーネさまの前へと差し出した。彼女は不思議そうに首を傾げて、差し出された袋を凝視している。大した品ではないし、袋の中身が爆弾とかではないので安心して欲しい。

 

 「えっと……中身がなにか聞いても良いですか?」

 

 「マンドラゴラモドキの粉末です。エルフのお姉さん曰く、叫びたくなるくらい元気が出るそうです。徹夜に必須な品だと教わりました」

 

 マンドラゴラモドキを乾燥させて粉末状にした品である。ダリア姉さんとアイリス姉さんに栄養剤か滋養強壮剤か気付け薬はないですかと聞いてみれば、マンドラゴラモドキが良いよと教えてくれたのだ。子爵邸の家庭菜園で定期的に採れ、エルフの皆さまに納品しているから在庫は十分にあると言われ、新たに生えていたマンドラゴラモドキと交換したのだ。

 

 「ありがとうございます。徹夜で頑張っている方にお渡ししてみますね」

 

 フィーネさまが微妙な顔で袋を受け取る。まあ、誰に飲ませるかは彼女に任せよう。一応、飲んで死にませんよねと確認は取ってあり、ダリア姉さんとアイリス姉さんから大丈夫と太鼓判は頂いている。

 

 私はフィーネさまと挨拶を終えたので他の面々に場を譲る。南の島で仲を深めていたようで、ソフィーアさまとセレスティアさまとアリアさまが短く別れの挨拶を済ませている。

 フィーネさまは丁寧にジークとリンにも言葉を掛けてくれた。貴族的な繋がりではなく、個人的な繋がりがそっくり兄妹に増えると私は嬉しい。ただ私の立ち位置の所為で高貴な方が多くなるなあと苦笑いを浮かべる。

 

 最後にフィーネさまは影の中から出てきたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちとも別れを惜しむ。雪さんたちに早く番と一緒にならなければと急かされていた。雪さんたちの言葉にフィーネさまは顔を真っ赤にする。これ以上揶揄われるのは恥ずかしいだろうと、私は助け舟を出した。

 

 「では、アリアさまお願いします」

 

 「はい! ナイさまの代わりを一生懸命務めさせて頂きます! ナイさまはご無理をなさらないでくださいね」

 

 私がアリアさまの名を呼べば、彼女は気合を入れているのか両の拳を握り込み胸の前に出した。転移陣への魔力補填なので割と簡単な作業だけれど、小さなことでも一生懸命になるアリアさまは可愛らしい。

 フィーネさまと聖王国の護衛の方数名に、アルバトロス王国の外務部の方が魔術陣の上に立てば、アリアさまが詠唱を開始した。直ぐに魔術陣から光が発して、フィーネさまたちは聖王国へと戻って行った。なんだか寂しくなるなあと、誰もいなくなった転移陣からは魔力光は消えて寂しさに拍車を掛けていた。

 

 「戻りましょうか」

 

 「ああ、戻ろう。暫くは子爵邸で書類仕事だな」

 

 「時期がくればフソウへ赴く、と」

 

 私がみんなに声を掛ければソフィーアさまとセレスティアさまが答えてくれる。暫くは静かに過ごすようにと告げられているので、一週間は子爵邸で執務を行いながらのんびり過ごす。一週間が過ぎたら、フソウに赴いて忍者さんたちとの面会を行うこと、毛玉ちゃんたちの引き渡し時期の相談に、越後屋さんでの買い付けを行う予定だ。どうか忍者の方々がマトモでありますようにと願いながら、アルバトロス王国を護る障壁展開を維持している魔術陣の補填日を確認する。

 

 補填は私が一週間は無茶をしないと言うことで、他の聖女さま方に迷惑を掛けている。次の補填の時には気合を入れて……と考えたが、クレイグが私の魔力量について言及していたことを思い出した。補填日の確認のついでに、魔術師団の隊舎に寄り道して副団長さまに相談を持ち掛けておく。私の魔力が増えたようだから次の補填で魔術陣を破壊してしまわないかという、嬉しいのか悲しいのか良く分からない内容を副団長さまに伝えて欲しいと係の方にお願いしておいた。

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまはお城からハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家のお屋敷に戻った方が早いだろうに、一度子爵邸へ戻ってから帰路へ就くとのこと。律儀だなと感心しながら、私たち一行は転移陣のある部屋へと移動をして子爵邸に戻り、アリアさまは別館に、ソフィーアさまとセレスティアさまはそれぞれのお屋敷に戻るのだった。

 

 またユーリの顔を見に行ったり、庭に出てエル一家とグリフォンさんとポポカさんたちとグリ坊さんたちの様子を伺ったりしていると夜がきた。贅沢な晩御飯を済ませて、お風呂に入ればもう就寝時間になっている。

 今日の分の報告書をまとめて、ジークとリンとおやすみなさいの挨拶を済ませて、ベッドの中に潜り込む。床には毛玉ちゃんたちとヴァナルと雪さんたちが固まって寝ている。クロは自分の寝床である籠の中で身体を丸くして寝る態勢に入っていた。ふいにクロに聞きたいことが頭の中に過り、私はベッドに横たえていた身体をもぞりと動かした。

 

 「クロ、起きてる?」

 

 『起きてるよ、ナイ。どうしたの?』

 

 「えっとね、西の女神さまとなにを話したのかなって。ご意見番さまと知り合いだったんだよね?」

 

 私がクロに声を掛けると、クロは首を起こして視線をこちらへ向けている。暗闇の中だけれど目はもう慣れていた。女神さまとクロ――正しくはご意見番さま――は大昔に顔を合わせていたようだ。

 女神さまの雰囲気を感じ取るに、かなり仲が良かった様子である。私に対して嫉妬を向けていたような気もしなくはない。ざっくりと西の女神さまとご意見番さまの関係を聞いてはいたものの、女神さまが何故クロに拘っているかまでは分からなかった。

 

 『みたいだね。前のボクは女神さまを女神さまと認識してなかったから、女神さまは前のボクを気に入ってくれていたみたいなんだ~』

 

 クロは言葉を続ける。人間という存在が生まれたばかりの頃、知恵もなく力もなかった人間は弱くて儚い存在だったそうだ。そんな人間を助けるために西の女神さまは地上に降り立ち、彼らを導いていたのだとか。火の熾し方から、農業を行うための道具の作り方に栽培方法、果ては動物を狩るための方法に武器や道具の作成の仕方と多岐に渡っていたそうだ。

 人間にとって凄く長い時間が過ぎれば、女神さまの知恵は人間に必要なくなっていた。その頃に女神さまは西大陸を放浪するようになり、ご意見番さまと出会ったようである。ご意見番さまは人間と違い、女神さまの庇護など必要とせず対等な関係を築いていたとか。

 

 『前のボクとは友達だったって言っていたよ~』

 

 「もしかして私が友達を取ったって思われたのかな……」

 

 西の女神さまの容姿は美人で大人で儚い印象を持っているが、内面は少し幼い気がする。下手をすれば南の女神さまより感情が伴っていないかもしれない。いや、南の女神さまにも西の女神さまにも失礼かもしれないが。

 

 『ん~最初はそうだったかもしれないけれど、西の女神さまとナイは打ち解けていたよね?」

 

 「え、あの状態で?」

 

 私は片眉を上げながら微妙な顔になっていくのが分かった。流石にあの圧を放たれれば、嫌われていると考えてもしかたないような。でも、そのあとは普通に会話を交わしていたなと思い出す。まあ、西の女神さまと再会する機会は神さまの島に赴かない限りないだろうとクロと話を切り上げて、眠りに就くのだった。

 

 ――朝。

 

 窓から入る陽の光で目が覚めた。ぐっすり寝たなあとベッドから私は身体を起こす。いつもの部屋、いつもの光景、いつもの朝……と両腕を伸ばして背伸びをしようとした瞬間だった。

 

 「おはよう」

 

 「え?」

 

 唐突に聞こえた声に、天井に向けて伸ばそうとしていた両手の動きが止まった。声の方へと私は顔を向けるとそこには西の女神さまが椅子の上に座していた。何故、西の女神さまが私の部屋の中にいらっしゃるのでしょうか。しかも朝の早い時間に、警備の厳重な侯爵家当主の部屋に……。

 これ、警備の皆さまが怒られるヤツかなと考えるものの、流石に女神さまの不法侵入に抗う術はない。一先ず話を聞こうとベッドから降りて女神さまと向き合うのだった。

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