魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
何故か気怠そうな顔をした儚い雰囲気の西の女神さまが、私の部屋の机に備え付けている椅子に腰を下ろして私を見ている。おそらく女神さまの目的はクロなのだろうが、本人……本竜はまだ籠の中で身体を丸めて寝息を立てていた。
クロを起こそうか迷って、延ばそうとした手を引っ込める。そのうち勝手に目が覚めるだろうと、床で寝ているであろうヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんに視線を向ければ、西の女神さまの前でお座りをしてじっとしている。毛玉ちゃんたちが静かに腰を下ろしているのは珍しい。とりあえず女神さまの不法侵入については、警備の皆さまに責がいかないように手を回すとして。私は小さく息を吐いた。
「おはようございます。このような恰好で女神さまの御前に立ち申し訳ありません」
ベッドから降りていた私は女神さまに深く頭を下げれば、女神さまはゆるゆると左右に頭を振った。篭の中で寝ているクロに『起きて~』と念を送ってみるものの、全く起きる気配がない。これからどうすれば良いだろうと唸っていれば、西の女神さまは表情を変えないまま口を開く。
「上等な服だと思うけれど。少し時間が流れたみたいだから、人間の世界は随分と変わっているみたいだね」
表情は変わらないけれど、興味深そうな視線を私の寝間着に向けている。一体、いつの時代と比較されているのだろうと疑問に感じるけれど、話の種が見つからないから丁度良いか。
「女神さまがいつの時代を指しているのか分かりませんが、寝間着なので失礼かと……」
女神さまは私の格好が寝間着だと気付いてくれていない。流石に寝間着と分かれば私の先ほどの発言を理解してくれるだろう。西の女神さまは私の言葉を聞いて少し首を傾げる。
「そうなんだ」
「はい。えっと西の女神さまは何故こちらに?」
西の女神さまは淡泊な返しを私にくれるのだが、女神さまから会話のキャッチボールをする気はないようだ。仕方ないので私は彼女に聞きたいことを聞いてみる。
「クロとお話したいのはもちろんだけれど、末妹の話を聞いて君に興味が湧いた。あと、今の大陸がどんな状況なのかも気になる。竜や魔獣が増えているって聞いたし。暫く、厄介になっても良いかな?」
女神さまがあっさりと現界した理由を話してくれた。グイーさまたちには許可を得ているそうで、あとは私の許可が下りれば子爵邸で過ごしても良いんじゃないかと西の女神さまに伝えてくれているそうだ。あ、もしかして南の女神さまの声が昨日の朝に聞こえたのは、グイーさまや三女神さまたちが西の女神さまを引き留めてくれていたのだろうか。そして譲歩案が私の許可ということかもしれない。
そして西大陸をウロウロするなら、西の女神さまの管轄地なので好きにして良いと言ってくれたらしい。私の許可などいらないから勝手に泊れとかグイーさまは言い出しそうなのに、彼が良識的なことを娘さんに伝えてくれたことを感謝しなければ。とはいえ、女神さまの要請を断れば、西大陸の多くの方から顰蹙を買ってしまう。聖王国のことは無視で良いけれど、他の国からアストライアー侯爵家に白い眼が向けられることは避けたい。
「承知致しました。女神さまをきちんと持て成せるのか分かりませんが、屋敷の皆で快適に過ごせるように善処いたします。あと女神さまが屋敷にいらしたことを国に報告しても良いでしょうか?」
結局、神さまに泊めて欲しいと請われれば否という声は上げれない。ただアルバトロス上層部へ西の女神さまが御降臨なさったことを報告しておくべきだと許可を取る。拒否をされれば、暫く西の女神さまをお預かりすることはできないと教会に行って、グイーさまに西の女神さまの回収をお願いしよう。回収してくれるのか微妙な所であるが、大陸を創った女神さまよりも星を創ったグイーさまの方が格上なのだから。できるはず、多分。
「気を使わなくて良いよ。寝床は床で十分だし、この子たちの毛があれば十分だ。君が国へ報告する意味があまり分からないけれど……」
女神さまが眉間に皺を寄せる。雰囲気は儚いままだが、なにか考えているようだ。とりあえず彼女の疑問に答えるため、小さな集落同士で縄張り争いをして、勝って負けてを繰り返して、大きくなったのが国で、国を治めている偉い人がいること、その方に連なる者たちがいて、更に下にも大勢の人間がいると伝えておく。
女神さまの知る西大陸の人たちがどういった生活を送っていたのかしらないが、もしかすれば彼女は随分と以前の人間しか知らないのではなかろうか。一応、神さまの島で見守り活動をしていたようだけれど、直接関わらないなら理解が浅い可能性もある。私の凄くざっくりな説明を真剣に聞いた女神さまが、顔色を変えないまま口を開く。
「貴族とか面倒なものを、いつの間にか人間は作ったんだね」
確かにお貴族さまは面倒な生き物であるが、必要だから仕組みとして出来上がったのだろう。王さまだけでは国を治めるのは難しい。だから頂点に連なる人を多く要したと。私が女神さまに苦笑いを浮かべると、籠の中で寝ていたクロがもぞもぞと身体を捻り顔を上げる。クロは寝ぼけ眼のまま口を開いた。
『ナイ~寝言が酷いよ~』
どんな寝言やねんと突っ込みを我慢して、私はクロの目が開くのを待つ。西の女神さまはクロが起きたことでぱっと顔を輝かせていた。クロとそんなに話がしたかったのかと彼女を横目で見ていると、クロは女神さまの存在に気付いたようだった。
『あれ、どうして女神さまがいるの?』
クロが西の女神さまが部屋にいることを認識して、寝ぼけ眼からはっきりと覚醒した。籠の中でこてんと首を傾げて直ぐに翼を広げて女神さまの下へと飛び立つ。
「きちゃった。君とお話がしたくて」
女神さまの顔の前でクロは滞空飛行をして、ゆっくりと彼女の膝の上に降りた。随分と仲良くなったんだなあとマジマジと私はクロと西の女神さまの様子を黙って見守る。
『そっか。でも突然女神さまがくると驚くから、前もって連絡が欲しいなあ』
クロ、ナイスです。せめて連絡を入れてくれれば西の女神さまを迎え入れる準備ができるし、子爵邸の皆さまも仕事として受け入れやすいのではないだろうか。女神さまがいきなり現れれば、普通の方は彼女の圧に耐えられない。
女神さまはいつも通りかもしれないが、受け入れる側の人間の覚悟が決まってなければ気絶してしまうのではなかろうか。神の島へと赴いた時は神さまがいると分かっていたから耐えられた。でも、いきなり女神さまが目の前に現れれば普通の方は腰を抜かす状況だろう。
「……分かった。次からそうする。あ、ナイに暫く滞在するって言ったら、良いよって言ってくれたんだ。クロとお話、沢山できるね」
西の女神さまがクロに向かって薄く笑った。クロも彼女の顔を見上げながら嬉しそうな顔になっている。なんだか私の肩が軽いという違和感を覚えるが、クロが乗っていないから当然だ。
『楽しみだねえ』
「外にも出て良いって」
これは暫く西の女神さまにお付き合いせねばならないのだろうか。彼女が自由に外を闊歩すれば、王都の皆さまやアルバトロス王国の皆さまが驚くだろう。
私という壁を一枚挟んでいれば、少しはマシになるはずである。アルバトロス王国上層部も頭を抱える案件であろうが、西の女神さまを奉っている教会はどう考えるだろうか。なににせよ忙しくなりそうだと、私は小さく息を吐いて彼らのやり取りを眺める。
『えっとね、人間は昔より魔力量が減っているから、女神さまを見たら驚いて腰を抜かす人が沢山でちゃうよ~』
「そうなの? でも、私に驚くわけないよ」
『ボクを見て驚いている人がいるから、女神さまに驚く人は沢山いるよ』
「そうかな」
『そうだよ~』
一柱と一頭がこてんこてんと首を傾げながら言葉を交わしている。なんとも珍妙な光景に私は苦笑いを浮かべたのだが、そろそろいつも私が起きる時間であり、呼び鈴が鳴らなければ侍女の方が部屋の前で声を掛けてくれるようになっている。
私を心配して部屋へくるよりも、私が呼び鈴で侍女の方を呼び注意を促した方が良いだろう。楽しそうに会話を交わしている所に申し訳ないが、一柱と一頭の間に私が言葉を投げ入れた。
『どうしたの、ナイ?』
「?」
声を上げてこてんと首を傾げるクロと、女神さまの首の傾げ方がシンクロしていた。気が合うねえと目を細めて、時間だから侍女の方を呼んで着替えをしたいことと、朝食を摂りたい旨を伝える。
女神さまはご飯に興味があるようで、ご自身が現界して人間のお世話をして回っていた頃とどう変わっているのか気になるとのこと。一応、食事は多めに用意して貰っているから問題ないけれど、料理人の方々が驚くだろうなと苦笑いになる。
一先ず、西の女神さまがいらっしゃったことを関係各所に連絡を入れなければと私は呼び鈴を鳴らす。女神さまは呼び鈴が珍しいようで、侍女の方がくる前に私に説明を求めた。
次は私が鳴らしたいと西の女神さまに強請られたので分かりましたと私が答えると、扉の向こうに侍女の方がきたようだ。部屋に響くノックの音を聞いた私は『どうぞ』と軽々しく言えないと、一つ咳払いをする。
「部屋に西の女神さまがいらっしゃっているのですが、驚かないでくださいね。どうぞ」
いつも直ぐに『どうぞ』と答える私に侍女の方は違和感を抱いたのか、いつもより長い間を経てから扉が開かれた。扉が開くと、騎士爵家出身の侍女の方が今日の当番のようである。彼女は不思議そうな顔で扉を開き私を視認し、床の上で女神さまの足元でじゃれている毛玉ちゃんたちへ意識が向かい、更に見ず知らずの西の女神さまのご尊顔へと順に目を動かしていた。
「…………ひゅう」
騎士爵家の侍女の方が白目を向いて床に倒れようとした瞬間、ヴァナルが神速の勢いで走り出し床に直撃しそうになった侍女の方を支える。もう気絶しているのでヴァナルが支えてくれていることは分からないかもしれないが。
雪さんたちもゆっくりと立ち上がり彼女の下へと歩いて行く。毛玉ちゃんたちも心配な様子で鼻を鳴らしながら侍女の方の下へ行ったり、女神さまの下へと行ったりして忙しない。クロも心配しているようで侍女の方の下へと飛んで行った。今、彼女が目覚めたらまた目を回して気絶してしまうのではないかという状況である。て、そんなことを気にしている場合ではない。
「だ、大丈夫ですか!?」
私は雪さんたちと毛玉ちゃんたちを掻き分けて侍女の方の下へ向かい、しゃがみ込む。頭はヴァナルが守ってくれたので打っていないし息もある。女神さまの圧に負けて気絶しただけだろう。
念のために一節の魔術を詠唱して、怪我があれば早く治るようにしておいた。ふう、と私は息を吐いて侍女の方の胸を見て、ゆっくりと呼吸していることに安堵した……侍女の方も胸が大きいとは考えていない。いないったらいない。
「大丈夫、倒れたよ?」
女神さまが椅子から立ち上がり、全く足音を立てずにこちらへきた。彼女は私の横にしゃがみ込み侍女さんの顔に掛かった髪を払い、視線を私の方へと向ける。
「女神さまの圧に驚いたのかと。耐性のない方にはキツイようです」
「じゃあ、どうすれば良い?」
「神力を抑えて頂けると助かります」
「そう言われても、無理じゃないかな。父さんは抑え方を知っているみたいだけれど、習ったことないし……」
むーと考え込んでいる西の女神さまに私は『グイーさまに聞いてみましょう』と伝えれば『分かった』と納得してくれた。話の通じる方で良かったと安堵しつつ、このままでは超不味いと一番信頼できる助っ人を呼ぼうと私は口を開く。
「ジーク、リン! 私の部屋にきて! あと、ジークとリン以外は許可があるまで近づかないでください!」
私が声を荒げたことが珍しかったのか屋敷の中が少し騒がしい雰囲気に包まれ、直ぐにジークとリンが私の部屋へとやってくるのだった。
◇
リンが女神さまの圧に耐えられなかった侍女の方を部屋から運び出し、ジークには家宰さまへ状況の説明をお願いした。西の女神さまは倒れた侍女の方を心配しているものの、女神さまと人間の力の差を理解していない様子だった。
きちんと理解できれば圧を発しなくなるだろうかと私は考えるものの、微妙だよなあと渋い顔になる。一応、暫く子爵邸で西の女神さまが滞在することは許可を出したから、子爵邸で働く方々には気を付けて頂かなければ。
騎士爵家出身の侍女の方は南の女神さまとも顔合わせをしたことがあるし、会話も少ないながら交わしていたので西の女神さまにもある程度耐性があるだろうと踏んでいたのが間違いだったようである。南の女神さまは少々乱暴な喋り方で、時折南大陸で力を振るっているが、私たちに対して加減をしてくれていたようだ。西の女神さまは人間に興味はあるものの、加減が難しいようだった。
「えっと、騒がせてごめん」
西の女神さまがジークとリンと私が忙しなく動いているところをじっと見ていたのだが、状況はある程度把握してくれているようだ。それなら今後は状況の改善が見込めるだろうと、女神さまと視線を合わせる。クロは彼女の膝の上で『大丈夫だと良いねえ』と声を出しながら、女神さまの顔を見上げていた。
「いえ、致し方ないことかと。しかし先ほどの女性に一言あれば嬉しいです。一応、先に知らせていましたが、やはり女神さまだとは信じられなかったようですし……申し訳ないのですが」
私はいきなり西の女神さまと邂逅すれば驚くだろうと、侍女の方に部屋に女神さまがいると伝えておいた。言葉の意味は理解できていたけれど、本当に女神さまがいるとは考えていなかったか、女神さまの圧に負けてしまったかのどちらかだろう。おそらく後者の方だろうけれど、侍女の方には申し訳ないことをしてしまった。私も彼女に謝らなければいけないなと目を細める。
「分かった。彼女が目覚めたら驚かせてごめんって伝える」
「申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
私は西の女神さまに頭を下げる。一応、騎士爵家出身の侍女の方には前もって説明してから、女神さまと顔合わせをして頂こう。説明をきっちりしておけば、二度目の気絶はないはずである。
他の子爵邸で働いている方々にも紹介しなくちゃいけないので、失神者は何名出るのだろうか。できることなら誰も気絶なんてして欲しくないと願っていれば、毛玉ちゃんたちが部屋の扉へと顔を向けぴくんと耳を動かしている。
「ナイ、家宰殿に報告してきた。今いる面子を集めて周知させるとのことだ」
「侍女頭さんに彼女を預けてきたよ。事情を聞いてかなり驚いていたけれどナイなら有り得る事態だろうって」
ジークとリンが私の部屋に戻ってくれば、毛玉ちゃんたちが『お帰りー!』とそっくり兄妹の足元へ走って行く。何周か回って満足したのか、彼らは西の女神さまの下へと戻る。戻った毛玉ちゃんたちを西の女神さまは目を細めながら彼らの頭を撫でていた。
女神さまは顔を少し綻ばせているので、グイーさま同様に幻獣や魔獣に優しい方のようである。きっと力が強すぎるだけで、至って普通の方なのだろう。引き籠もっていた理由がアレだけれど、社会復帰できるなら喜ばしいことである。
「ジーク、リン、ありがとう。侍女さんは?」
「彼女の部屋のベッドに寝かせてきたよ。侍女長さんに彼女は気絶しているだけってナイが言ってたって伝えると、ならそのうち気付くだろうって」
リンが私の下へと歩きながら教えてくれた。私がありがとうと伝えれば、彼女は西の女神さまの方へと向き一礼を取った。遅れてジークもリンの横に並んで丁寧に頭を下げる。
「暫くナイの所でお世話になるから、畏まらなくて良いよ。普通に喋り掛けて貰って構わないから」
西の女神さまがお屋敷で暫く過ごすようになったことをそっくり兄妹に告げれば、二人は少し驚きつつも承知致しましたと落ち着いた声色で返事をした。ジークとリンは神さまの島に赴いたことである程度、神さま方に対して耐性ができているようだ。
無理をしているといけないので、あとでちゃんと確認を取った方が良いだろうけれど。ふうと息を吐いた私はジークとリンから視線を移動させて女神さまへと向き直る。
「女神さま、大変申し訳ないのですが屋敷の者たちと話をしてきても良いでしょうか?」
「うん。私はクロとお話しているから大丈夫。ナイが戻るまで待ってる」
一応、当主として屋敷で働く方々の反応を知っておきたい。ソフィーアさまとセレスティアさまはまだ屋敷にいる時間だから、早馬を飛ばし連絡を入れて注意を促しておかないと。出勤してから知るよりも、お屋敷で前以て知っていた方が心が落ち着くはず……多分。私が女神さまに一つ頷くと、クロが彼女の膝の上でもぞもぞと動いて態勢を変える。
『ナイ、ごめんね。お願いします』
「気にしなくて良いよ。じゃあ、お留守番お願いします」
クロに笑みを向け、西の女神さまには小さく礼を執る。私はジークとリンを引き連れて、家宰さまの下へと向かう。彼は朝早くから子爵邸に出勤して、侍女頭さんや各部門の長の方と朝の引継ぎを行っているためである。
廊下を歩きながらそっくり兄妹の方へと顔を向けた。二人は既に状況を把握して普通の態度である。今回ばかりはジークとリンの肝の太さが有難いと後ろを振り向いた。
「どう皆さまに説明すれば良いかな……」
私はジークとリンであれば答えてくれるだろうと、悩んでいることを聞いてみる。
「俺は西の女神さまが降臨なされた所を見ていないから、今回はナイの手助けはできない。すまん」
ジーク、ごめん。私も西の女神さまが降臨なさった所は目にしていない。目覚めれば部屋の中にいたのだから、大声を出さなくて良かった。私が大声を出せばジークとリンはもちろんだけれど、侍女の方が数名は慌てて確認を取るために部屋を訪れる。気絶してしまう方が増えるのは困る。とはいえ一人だけ気絶してしまった騎士爵家の侍女の方には本当に申し訳ないことをした。
「ありのままを伝えれば良いんじゃないの? 屋敷の人たちはもう『ナイだから』で納得しているみたいだし」
リンの言葉を聞いて嬉しいやら悲しいやら、微妙な気持ちに襲われる。屋敷の皆さまには私のやらかしはいつものことで、予想の遥か上を行くという認識らしい。
確かに天馬さまたちを連れて戻ったり、東大陸のアガレス帝国に拉致召喚されたり、南の女神さまを連れてきたりと忙しい日々を送っているので、屋敷の方々の認識は正しいし否定ができない。私は普通の女性であると声を大にして言いたいが、何故か不思議現象が起こってしまう。
「腑に落ちないけれど、今回は有難いかな……そういえば昨日の朝に南の女神さまの声を聞いた気がするんだよね。もしかして気を使って声を掛けてくれたのか。もう少し詳しく聞きたかった」
詳しく話を聞かせてくれていればなにか策を立てられたかもしれないのだが。まあ、既に物事は進んでいるので今更だし、南の女神さまに八つ当たりするのはみっともないから止めておこう。
ふうと息を長く吐いて気持ちを入れ替える。廊下を暫く歩いていれば、家宰さまがいる部屋の前へと辿り着いていた。私は扉を二度ノックして入室の許可を得る。この屋敷の当主である私には必要ないものかもしれないが、あった方が良いだろうし相手に失礼である。
「朝早くからお騒がせをして申し訳ありません」
家宰さまに小さく礼を執って部屋の中へと足を進める。家宰さまは私と分かっていたので、席から立っており応接椅子へと案内してくれた。
「いえ、ご当主さま。しかしながら本当に西の女神さまが御降臨なさったのですか?」
私が腰を下ろせば、彼も椅子へと座って真面目な顔を浮かべて問うた。嘘を吐く必要はないけれど確認は必要らしい。
「はい。神の島で邂逅した方ですので、ご本人です。クロと話がしたいことと、西大陸がどう発展しているかを自身の目で確かめたいようで……」
西の女神さまなので考えたことを行動に起こしただけなのだろう。きっと言葉以上の意味はないはずである。というか、あったらたまらない。
「な、なるほど。屋敷の者には全員に知らせるようにと、各部門の長たちに言い含めておきました。あと女神さまに失礼のないようにとも」
家宰さまは少し顔を引き攣らせつつ、私が部屋にいる間に行ったことを伝えてくれる。本当に有能な方で助かると、私は小さく息を吐いた。
「話が早くて助かります」
「しかし、ご当主さまは暫くゆっくりと過ごされるのですよね? 西の女神さまが出掛けたい場合はどうなされるのでしょうか?」
「女神さまにお付き合いするくらいであれば、無理には入らないかと。私が女神さまを案内します」
外を軽くウロウロするくらいであれば問題ない。それよりも警備の人員を割けるのかどうかが微妙な所である。侯爵家で賄い切れないなら、アルバトロス上層部に伝えて人員を借り受けないと。
地位が高くなって便利なのは、こういう所にあるようだと私は実感する。家宰さまと仕事の話と女神さまのこれからについて、いくつか言葉を交わし終えて部屋を出た。もう一度、息を長く吐けばジークとリンが私の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「大丈夫?」
私の溜息に気付いたジークとリンが心配そうに顔を覗き込む。心配を掛けるつもりはないので、私は二人に笑みを向けた。
「うん、大丈夫。ジークとリンは?」
ジークとリンにも申し訳ないことをしている。私に付き従っていなければ、トラブルに巻き込まれていないだろう。でも二人はそれを分かっていて一緒にいてくれる。クレイグとサフィールも分かっているし、多分ソフィーアさまとセレスティアさまだって分かってて侍女を務めてくれている。
屋敷で働いてくれている方たちだって、私が持ち帰るトラブルに付き合って貰っているようなものだ。一応、お給金は平均的なお貴族さまの家々より多く払っているけれど、嫌気が差せば理由を付けて辞めることもできる。辞職は少々難しいけれど、この三年間で辞めた方がいないのは良い環境の職場だと信じたい。
「体調に問題はないな。いつも通りだ」
「大丈夫だよ。みんなと一緒にいられるんだし」
ジークとリンが笑みを浮かべて私の質問に答えてくれた。有難いことだと自室に戻れば、女神さまの膝上からクロが飛び立って私の肩の上に乗る。少し寂しそうな、残念なような顔を浮かべた西の女神さまに苦笑いを浮かべて、これから朝食を摂らないかと誘ってみた。ついでに他の面子がいることも告げておく。
「良いの?」
「屋敷の食事が女神さまの口に合うか分かりませんが、お腹が空いているのは辛いですから」
一応、女神さまをお誘いする予定なので配膳係の方は必要ないように、食事は既に用意されている。調理場の皆さまも緊張しているかもしれないから、あとで一言お礼を伝えておかなければ。お腹が空けば力が出ないし、物事を捌く気力もなくなってしまう。女神さまには沢山食べて頂いて、また引き籠もりにならないように努めて貰わなければならない。
「ありがとう。頂いても?」
女神さまは不思議そうな顔であるものの、ご飯を食べる気力はあるようだ。私は良かったと安堵して女神さまを食堂に案内しようと、手で行きましょうと示す。
「もちろんです」
そうして女神さまは椅子から立ち上がって、私はジークとリンと西の女神さまとクロとアズとネルに、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちと一緒に子爵邸の廊下を歩く。
ロゼさんは私の影の中で大人しく過ごすようだった。お猫さまとジルヴァラさんともすれ違わないし、屋敷で働いている方と廊下ですれ違わない。あまりうろつかないようにと家宰さまが命を下してくれたようで、ありがたいと感謝しながら食堂に赴いた。
「は?」
「え?」
そうして食堂に入るなり見慣れた顔の二つが、目を真ん丸に見開いてこちらを見ていた。女神さまがきていることは知っているはずなのに、クレイグとサフィールが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を浮かべて、フリーズするのだった。