魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0536:つんつん。

 さて、これから侯爵家で隠密について教師を担える方々との面談である。面談は家宰さまが取り仕切るので、私の横に控えて頂いた。ナガノブさまが顔を横に向けて口を開いた。

 

 「皆、近こう寄れ。今、目の前にいる黒髪黒目の者が、アルバトロス王国で侯爵位を持つアストライアー殿だ」

 

 彼が懐から扇子を取り出して、フソウ側の端っこで控えていた方々を呼ぶ。明らかに堅気ではない眼光をたたえ、私の後ろに控えているジークとリンの雰囲気が変わった。そっくり兄妹は警戒を始めたから私がある程度気を抜いていても大丈夫と息を吐けば、丁度ナガノブさまの隣に彼ら二名が控えた。

 

 「ナイの屋敷には神獣が住んでいるのはフソウ中の者が知っているからな。ドエ城の御庭番や隠密を担う家に声を掛ければ手を挙げた者と家は多かったのだが、最終的に二家が残ったのだ」

 

 名乗りを上げなさいとナガノブさまが四十代くらいの男性二名に声を掛ける。どうやら先に選定試験を行ってくれたようである。私は楽になるので構わないが、家宰さまはどう考えているのだろうと彼に視線を向ければ特に問題はないようだ。ナガノブさまの隣に座した男性二名はゆっくりと頭を下げる。

 

 「風魔と申します。当主を務めておりますが、名を明かせぬことご容赦頂きたい」

 

 「服部です。彼と同じく当主でありますが、敵に素性を知らせたくない故に名乗らぬ無礼をお許し頂きたい」

 

 彼らはご当主さまということはアルバトロス王国に参られる方ではないようだ。流石に家を放って置けない立場だし、彼らが乗り込むつもりならドン引き案件である。いや、アルバトロス王国を知りたいと正式手続きを踏んでの入国なら文句はないけれど。私が顔芸を披露していたのがバレたのかナガノブさまが苦笑いを浮かべた。

 

 「すまないな、ナイ。彼らは当主だが、名前はフソウの者でも分からないのだ。隠密という特殊な任を背負う家だから、秘密主義でのう」

 

 ナガノブさまは扇子を懐に仕舞い込んで、手で顎をなぞりながら目を細める。問題にはしていないし、侯爵家で雇う方の名前が知れればそれで良い。ナガノブさまが仰った通り、隠密を司っている家ならば秘密主義であることも理解できる。隣の方はある意味同業他社でライバルだから、名前は知られたくない気持ちも分かる事情だった。

 

 「いえ、フソウの内情に口を出すつもりはありません。ただアルバトロス王国へと参られる方の名は偽名でも良いので知りたいのですが……」

 

 「それはもちろんです。引退した者ですし、教育者ならば名は必要でございましょう」

 

 「ええ、名乗ることを確約致します」

 

 私の言葉に男性二名が答えてくれる。ナガノブさまと彼らの話によれば、引退した先代当主と若かりし頃に実力者と忍者界で有名を馳せた方がアルバトロス行きを望んでいるそうだ。

 年齢は嵩高であるが、教育を施す教養も体力も有り余っているとか。実力を示すために、今はドエ城の庭で待機しているらしい。無理して腰を痛めるとかないよねと心配になるが、私が治せば済むかとなってしまった。

 

 「では、大樹公」

 

 「移動致しましょう」

 

 ご当主さま二人がナガノブさまに声を掛ければ、ナガノブさまが頷いて立ち上がる。

 

 「うむ。興味のある者はきても良いぞ」

 

 フソウの面々に良い顔で声を掛けると、集まっていた他の方たちも庭に出るようである。ナガノブさまによれば忍者の方々が表に出ることは珍しく、ましてや自分たちの流派の技を披露してくれるのは更に稀なのだとか。

 

 アストライアー侯爵家のために申し訳ないことをしているような気もするが、おそらく秘伝の技とかは流石に見ることはできまい。私たち一行も審査のために座布団から立ち上がる。西の女神さまがよろけたので足が痺れてしまったようだ。私が慌てて手を差し伸べれば『ありがとう』とお礼を述べる。ジークとリンは気合で足の痺れに対処しているし、ソフィーアさまとセレスティアさまは既に正座に慣れているようだ。

 家宰さまは足を崩していたので問題はないようだし、他のアストライアー侯爵家の面子も平気そうな顔をしていた。初めてフソウに訪れた外務部の方が畳に座るという行為に慣れず、渋い顔をしている。

 

 フソウの方々も慣れていない方には苦笑を浮かべつつ、見守ってくれている。これが女性であれば可愛いとか考えたのかもしれないが、外務部の同行者は男性だ。割と確りとした身体つきの方が渋い顔で足の痺れを耐えている姿は、正直可愛くもなんともなく不憫な気持ちの方が強かった。

 

 「助けなくて良いの?」

 

 「転倒しないなら大丈夫かなと。血行が戻れば痺れは自然に治りますから」

 

 西の女神さまの問いに答える。一分も痛みに耐えれば、血流が戻って痺れは自然と治るのだから魔術を施すまでもない。酷いのかもしれないが、病気ではない。外務部の方の様子を見ていた毛玉ちゃんたちが彼らに近づき、鼻先をちょこんと彼らの足に触れた。

 

 「……ふぉ!」

 

 「ぐぬっ!」

 

 外務部の方が野太い悲鳴を上げた。毛玉ちゃんたち――主に桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃん――がドヤと鼻を鳴らして、雪さんたちの下へと歩いて行く。母親である雪さんたちの下へと辿り着けば、彼女の回りをクルクルと何度も周りキャッキャとはしゃいでいる。

 

 『これ、いけませんよ』

 

 『流石に悪戯が過ぎましょう』

 

 『慣れぬことに耐えておられるのです。邪魔をしてはなりません』

 

 雪さんたちが毛玉ちゃんたちに苦言を呈すと、桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃんが『くうん』と鼻を鳴らした。松風と早風は止めとけば良いのにという顔で三頭を後ろで見ている。

 

 『大変』

 

 ヴァナルがのっそりと立ち上がって外務部の方の方へと歩いて、大丈夫と声を掛けている。外務部の方の足は大分マシになったようで、ヴァナルの問い掛けに『ご心配ありがとうございます』と答えていた。私も毛玉ちゃんたちを預かっている身だから、外務部の方へと顔を向ける。

 

 「申し訳ありません。大丈夫ですか?」

 

 「痺れは随分と収まってきましたので」

 

 「お気になさらず、閣下」

 

 外務部の方は大丈夫だと苦笑いを浮かべる。私が謝ると彼らも許すという選択しか取れないのが申し訳ないところである。まあ、キレられても困るけれど。

 松風と早風が悪戯の主犯格である桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃんに『謝ろう』と誘っていた。三頭はぴーと鼻を鳴らして立ち上がり、外務部の方の下へと肩を落としながら歩いている。そうして五頭は伏せをして顎を畳に付けてへばりつく格好を取る。どうやらあの姿が彼らにとっての『ごめんなさい』の姿のようだった。

 

 『ごめんねえ。悪気はなかったみたいだから許してあげて』

 

 『娘と息子たちが失礼なことをしてしまいました』

 

 『次はないように言い聞かせますので、ご容赦を』

 

 『本当に申し訳ありません。喋れぬ仔たちに代わり謝罪します』

 

 『ごめんなさい』

 

 クロが小さく首を下げ、雪さんたちもそれぞれ頭を下げ、ヴァナルは伏せの格好を取り頭を下にしていた。外務部の方はクロたちにまで謝られるとは予想しておらず、ぎょっとした顔になっている。

 西の女神さまは外務部の方が羨ましいのか目を細めていた。どうやら彼女は痺れた足に鼻先つんつんをして欲しかったようである。多分、毛玉ちゃんたちも女神さまに実行するのは不味いと本能で察していたのではなかろうか。だからこそ揶揄いの選択先が外務部の方に向いたような気がする。西の女神さまはグイーさまにでもツンツンをお願いするしかないのではと私は首を捻った。

 

 「それは嫌かも」

 

 西の女神さまが微妙な顔を浮かべぼそりと呟いた。文脈が繋がらないし、もしかして私の心の内を彼女は読んでいたのだろうか。エルフのお姉さんズにもジークとリンにも、ソフィーアさまとセレスティアさまにも私の思考を読まれる機会が多いので、今更文句を言うつもりはないが……口にしないで欲しいなと願ってしまう。

 

 ――ねえ、酷い!

 

 一瞬、グイーさまの声が耳に届いた気がするけれど、きっと聞き間違えだとナガノブさまの方を見る。彼が頷けば先導役の武士の方が部屋を出て、ナガノブさまも後に続く。私たちもフソウの案内役の方に導かれて長い廊下を歩く。 

 素足で庭へ出る訳にもいかず、真新しい足袋と下駄を借りて外に出た。履き慣れないけれど親指と中指の間にある鼻緒の感覚が楽しいし、庭石を踏み込む音も耳に心地良い。私が下駄を楽しみながら履いていると分かったクロが『良かったねえ』と言いながら顔を擦り付けてきた。毛玉ちゃんたちも『変な音!』『足の臭い!』『臭くない!』と言っているように騒ぎ立てている。騒いでいるのが女の仔たち三頭で、男の仔二頭は落ち着いて歩いていた。

 

 「では、頼む」

 

 「承知。ご老体!」

 

 「こちらもだ、よろしく頼む!」

 

 ナガノブさまの言葉にご当主さま二人が声を張り上げた。講師役候補の方がデモンストレーションを行ってくれるそうで、物見遊山の気分で味わってくれとナガノブさまから聞き及んでいる。

 私も忍者の方々がどんな動きをするのか気になるし、家宰さまも実力を確かめるために必要だと言ってくれた。でも家宰さまに実力を定める力はないので、ジークとリンに身体能力を判断して貰う。そして知力や教え方に関しては家宰さまが判断することになっていた。

 

 ご当主さま二人の声が上がって暫く経ってもなにも起こらない。どうしたのだろうとナガノブさまの顔を見れば、口元を伸ばして不敵な顔になっていた。どうやら心配は必要なさそうで、ナガノブさまも彼らの実力を認めていそうだった。

 

 そうして『パン!』と軽い音が一度鳴り、白い煙が辺りに立ち込める。ジークとリンが念のために私の前に立ち警戒態勢を取った。特に咎められることではないし、ナガノブさまも武士の方に守られていた。優秀な護衛ですよねと私がナガノブさまに視線を向ければ、今度立ち合いを願いたいものよと小声で呟いた。なにか賞金でも出せば催しとして盛り上がりますかねえ、と呑気に二人で話を始める。

 御前試合とか盛り上がりそうだし、フソウならお相撲とかも楽しそうである。話が凄く脱線しそうになった時『カン、カン、カン、カン!』と音が鳴り、音が鳴った方へと視線を向ければ立派な松の木に音が鳴った分の手裏剣が刺さっている。手裏剣って本当に存在するんだねえと感心していると、所謂忍者の服装を纏った小柄な男性が漆喰の壁を走りながら、こちらを目指している。その少し後ろには同じ格好をした方も走っていた。

 

 引退したご老人と聞いているのに、凄く走る速度が速い。ある所で漆喰の壁を蹴り上げて大きく跳躍して、お二人は私たちの前で膝を突き礼を執った。刹那。背中に背負った反りの浅い小刀を抜けば、お二人は立ち上がり距離を取る。

 はっと短い声を漏らして一気に互いの距離を詰めた。玉鋼を鍛えた刃同士が音を上げ、ギギギと交錯しながら火花を上げる。

 

 「本当に引退なされた方の動きなのでしょうか?」

 

 私は素人だけれど騎士の方や軍の皆さまが魔物討伐で剣や槍を振るう姿を見ている。ご老体二人は、決して彼らに見劣りはしていないし、部隊に組み込まれたとしても問題なく結果を齎してくれそうだった。はへーと感嘆の声を上げていると、ご当主さま二人が良い顔になって私に顔を向ける。

 

 「実力者でしたからな」

 

 「本人は衰えたと愚痴を零していますが、今でも一線級かと」

 

 ふふふと互いに笑っているけれど、彼らの目の奥には火花が散っている気がする。ナガノブさまも困った者たちよと苦笑いを浮かべている。家宰さまはどちらの方を採用するのかなと、私は彼に視線を向けるのだった。

 

 ◇

 

 引退忍者さんによって、模擬戦というよりもデモンストレーションに近い催しが終わり、二人のご老体が私の前で跪いていた。おそらく忍びの里の中でも高位に位置していたであろう彼らに頭を下げられるのは如何なものか。

 いや、うん。ナガノブさまと仲良くお付き合いさせて頂いている時点で、アストライアー侯爵家は客人だから対応的に問題はない。とはいえご老体、要するに年上の方に頭を下げられるのはちょっと気が引ける。

 

 「お二人を取り立てるか否かは、アストライアー侯爵家で家宰を務めている彼に一任しております」

 

 私が家宰さまの方へと視線を向ければ、彼が半歩前に出た。私よりも前に出ないのは家宰さまなりの気遣いなのだろう。

 

 「初めまして、お二方。この度はアストライアー侯爵家の密偵、諜報教育係に立候補して頂き感謝申し上げます」

 

 家宰さまが丁寧に礼を執ると、ご老体二人が『背が高いのう』『隠密には向かないなあ』と小さく零していた。家宰さまは彼らの言葉を気にした様子はなく『確かにこの身長では狭い所は不得手でしょうね』と笑顔で答えている。

 

 ご老体二人は私より十センチほど背が高いので、一六〇センチ程度だろう。家宰さまは一八〇センチを超えているので、彼らにとって家宰さまはかなり背の高い人物と捉えているのだろう。

 ジークも背が高いので、フソウの皆さまは背の高さに驚いているし、リンもソフィーアさまもセレスティアさまも背が高いので最初は驚きの視線を向けられていた。流石に女性に向ける視線ではないと気付いてくれたのか、フソウに訪れる度に物珍しい者を見る視線は減っている。おそらく帝さまとナガノブさまが奇異の視線を向けないようにと通達してくれたのだろう。

 

 「お二人の実力は先ほど確認させて頂きました。私は武術に関して得意ではありませんし、素人が判断するのは危険です」

 

 家宰さまは武官というよりは完全に文官寄りの方である。確かに彼の目でご老体二人の実力を判断するのは難しいだろう。どうするのかなと私は首を傾げると、家宰さまはジークとリンの方へと一度顔を向けて元の位置に戻した。

 どうやら、こっそりとそっくり兄妹に彼らの実力を問うたようである。家宰さまはご老体二人にアストライアー侯爵閣下の専属護衛である彼らによれば、貴方方は十分な実力を持っていると告げた。家宰さまが実力を認める発言をすれば、ご老体二人はどんなもんだいと胸を張った。しかし、実力者が優秀な教育者とは限らないのは、家宰さまも理解しているはず。

 

 「実力は認めます。しかしながら教育者として優秀かどうかは、時間が必要となりましょう。そこでですが、一定期間お試し採用とさせて頂きたい」

 

 家宰さまがご老体に告げた。一応、ナガノブさまにも相談して了承は得ている。あとはご老体二人の返事次第なのだが、彼らは納得してくれるだろうか。

 教育の施し方が超絶下手糞だった場合、雇ったというのに彼らを解雇するのは憚られる。ナガノブさまに解雇したい旨を相談すれば、構わない気にするなと仰ってくれるだろう。でも、言い出しっぺはアストライアー侯爵家である。海を渡り、文化の違う他国に赴き教育を施す重役を担い、頑張っていたのに能力不足で解雇という道は避けたかった。とはいえ実力を見ただけでは、教育者として素質が備わっているのかなんて分からない。

 

 それなら試用期間を設けようとなった訳である。家宰さまの言葉を咀嚼したご老体二人が、にっと笑った。

 

 「構いませんぞ」

 

 「当然だろう」

 

 どうやら彼らも問題はないようだし、ご当主さま二人も問題はないようで首を縦に振ってくれる。家宰さまと私は小さく息を吐き、今後の予定を彼らに伝えた。諜報員は既に雇っているので急ぐ話ではない。ある程度ご老体たちの都合を加味できるが、遅くとも来年の春までにはアルバトロス王国のアストライアー侯爵家にきて欲しいと伝える。

 

 アルバトロス王国では、毎年四月一日は新しい年の始まりだ。学院の新学期が始まるし、王城の官僚の皆さまの異動日でもある。そして平民の皆さまは一斉に一つ歳を取る。ようするに誕生日だ。気持ちを新たにして、物事を始めるのに丁度良い日であった。なのでお貴族さまの各家でも人事異動がされて新しい編成で開始する日なので、区切りの良い日だった。

 

 フソウは一月一日が平民の皆さまが一斉に誕生日を迎えるとナガノブさまに聞いている。そこは昔の日本と同じらしい。

 

 ご老体二人は今からでもアルバトロス王国へ向かうことができるそうだ。引退した身故に暇な日々を送っているらしい。アルバトロス王国という異国の地に移住の決断を下した理由は、雪さんと夜さんと華さんがいるから。

 

 毛玉ちゃんたちも彼らの目的に入っているようだが、お別れの時期に入っているので少し残念そうだった。とはいえ神獣さまである雪さんたちの仔がフソウにくるのはめでたいこと。

 盛大に祝わなければと、ご老体二人がナガノブさまと当主さまに視線を向けると『もちろん』と彼らは頷いている。どうしよう。ヴァナルと雪さんたちが既に次の仔を計画していると知れば、フソウは一年間くらいお祭り騒ぎとなるのではなかろうか。とはいえ訃報で喪に服すわけではないし、経済は活発に動くはずだ。悪い話ではないから、後ろ向きに捉えるのは止めようとご老体二人に視線を向けた。

 

 「提案されたことと真逆になるが、春に我らの採用結果を決めてくれれば丁度良いかの?」

 

 「確かに。この年齢で試験を受けるなど、思っておらなんだ」

 

 にかっと笑うご老体が、試験は公正に行って欲しいと家宰さまに告げる。家宰さまは胸に手を当てて『もちろんです』と彼らに返した。とりあえず二週間は移動の準備となり、また彼らを迎えに行く。ついで、ではないけれど、毛玉ちゃんたちも二週間後に短期宿泊をフソウで試してみようと話が進む。当の本人たち、ならぬ本犬? たちは広い庭にある池の中を五頭並んで覗き込んでいた。

 

 ヴァナルが池の中にいる鯉を食べちゃ駄目だよと毛玉ちゃんたちに伝えているのだが、美味しそうと涎を垂らしそうな勢いの視線を向けているので鯉は池の端でぷるぷる震えていた。ナガノブさまが目を細めて『丹精込めて育てたんだが……』と毛玉ちゃんたちを眺めている。確かに池の鯉は丸々太っているので食べ応えがありそうだ。でも錦鯉を食べると聞いたことはなく、川の鯉は食べている所を見たことがある。

 前世では、川で泳いている鯉を調理して提供しているお店があるらしいけれど。フソウはどうなのだろう。でも、本当に毛玉ちゃんたちは立派になった。ヴァナルが彼らの隣にいるけれど身体の大きさは変わらない。

 

 「大人になったねえ」

 

 出産に立ち会った時は私の両の手の上に乗る大きさで、毛が生えていなくて鼻先や足先がピンク色だった。ぷるぷる震えながら床を脚で這いずって雪さんたちの所に行こうと必死だった。今では四本の脚で確りと大地を踏みしめ凄い速度で走っているし、時折ぴょんと凄い跳躍を見せている。本当に彼らは大きくなって、子供っぽさは薄くなっている。

 

 『毛玉ちゃんたちは無邪気だけれどねえ』

 

 私がぼそりと呟いた言葉にクロが反応した。確かに池の中の鯉を見つける毛玉ちゃんたちは、五頭揃って尻尾を扇風機のようにぶおんぶおん回していた。鯉も食べられないようにと必死に池の隅っこで忍び耐えている。ナガノブさまもヒヤヒヤしているから、彼らをこちらに呼んでも良さそうだ。

 

 「ヴァナル、毛玉ちゃんたちもこっちきてー!」

 

 私の声にヴァナルと毛玉ちゃんたちが振り向いてばっと走り出し、私の前でぎゅっと脚を踏ん張った。勢いが良かったからぶつからないか心配だったけれど、一度もぶつかったことはない。ゆっくりと歩いてきたヴァナルも私の前で腰を下ろせば、また親子が並んで私の顔を見上げている。

 

 「鯉を勝手に食べちゃ駄目だよ」

 

 私が苦笑いを浮かべながら告げると、桜ちゃんが片脚を上げてお手のポーズを取った。分かったと言いたいようだけれど、本当に理解しているのか少々怪しい。まあ、大丈夫かなと私は右手を差し伸べて桜ちゃんの片脚を握る。握手をするように何度か上下に振っていると、楓ちゃんと椿ちゃんも片脚を上げて、相手をしてと主張した。

 ヴァナルと松風と早風は女子組には敵わないようで、じっとこちらを見ているだけ。私は桜ちゃんの脚を離せば、椿ちゃんと楓ちゃんが脚を上げているので、両手で片方の脚を握れば満足してくれたようだ。そして何故か最後にヴァナルが脚を上げるので、私は苦笑いをしながら彼の脚を握る。ふん! と一度鼻を鳴らしたヴァナルも満足して、雪さんたちの下へと戻って行った。

 

 「仲が良いのう。羨ましい」

 

 私たちを見ていたナガノブさまがぽつりと呟く。

 

 「まあ、一先ず。予定している宴の時間には余裕がある。せっかく女神さまがいらっしゃるのだ。奉納相撲を執り行おう!」

 

 ナガノブさまが懐から扇子を取り出して、フソウの皆さまの方へ先を向けた。フソウでは神さまに五穀豊穣を願うために奉納相撲を執り行う。北の女神さまではなく西の女神さまに納めて効果があるのか分からないが……西の女神さま曰く北の妹に伝えれば御利益があるかも、と少々疑問形で答えてくれたのだ。

 

 「なんだろう楽しみ。初めてだ」

 

 本物の女神さまを私が連れてきたことで急遽、奉納相撲の話が上がった。秋になっているので五穀豊穣を願うというよりは五穀豊穣に感謝するための行事になるそうだ。

 土俵はドエ城の隅っこに常設されており、職業力士の方や武士の皆さまが稽古に励んでいるとのこと。私は相撲がどんなものか知っているけれど、西の女神さまは初体験だし、西大陸にはない文化なので楽しみなようである。

 

 「力士を城に招いているが、力自慢の者も参加してくれ! もちろんアストライアー侯爵家も! 優勝者には金一封と米がある!」

 

 なんですと、と私の心がザワついた。金一封にはあまり興味はないけれど、お米さまが頂けるとあれば是非とも参加して優勝を狙いたい。ナガノブさまは侯爵家の人間も参加して良いと仰ってくれた。で、あれば誰を指名して奉納相撲に参加して貰おう。力が足りないなら強化魔術を施せば良いけれど……流石にそれはルール違反か。一先ず、一番戦闘能力が高い彼を私は見上げた。

 

 「ジーク」

 

 「どうした?」

 

 私がジークに声を掛けると、リンとクロが『ナイが本気だ』『気合が凄いね』とぼやいている。ナガノブさまが勝利の品として出すのだから、品質の高いお米さまである。ほくほくに炊かれたお米さまをお味噌汁と焼き魚で食べる所を想像しただけでも、お腹が鳴りそうだ。絶対に美味しいお米さまだと心の中で何度も繰り返す。

 

 「優勝できそう!?」

 

 「どうだろうな。どんな競技かも知らないからな……」

 

 ジークは力に自信はあるものの、ルールが分からないようである。確かに異文化交流となるので分からないかもしれないが、難しいルールはない。

 

 「あ」

 

 それより大事なことを思い出し、私は短く声を上げる。

 

 「うん?」

 

 「マワシ、巻かなきゃいけないね」

 

 私の声にジークが小さく首を傾げる。慣れていない人には結構大変ではないだろうか。布でお尻の皮が擦れそうだし。

 

 「マワシ?」

 

 「全裸で細長い長尺の布を腰と股間に巻き付けるって言えば分かるかな?」

 

 ジークはイケメンなので褌姿もある程度様になるだろう。でも細マッチョの褌姿ってあまり見た記憶がない。子供相撲くらいだろうか。

 

 「は?」

 

 「流石に無理か。でもマワシを巻かないと相撲にならないしね……」

 

 流石に理解が追いつかなかったようでジークが微妙な顔になっている。お米さまは諦めるしかないのかと残念な気持ちに襲われるが、とある光景が私の頭の中に浮かぶ。インナーかズボンの上から褌を撒いて貰えば良いのではないだろうか。ちょっとナガノブさまに相談してみようと、ジークの返事を聞かないまま彼の下へ急ぐのだった。

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