魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0538:取り組み内容。

 フソウの力士さんから勝ち星を一つ頂いたジークは、すでに土俵の下で次の取り組みを待っている。私たちは飲み食いしながらの気楽なもので、帝さまとナガノブさまは少し残念そうにしている。負けた力士の方のためにも是非ともジークには勝ち星を重ねていって欲しいものである。土俵の上では次の取り組みが始まり、熱い試合が展開されていた。

 

 「次も勝てると良いんだけれど」

 

 『ジークは強いから。頑張って貰おう』

 

 私の声にクロが反応してくれる。帝さまとナガノブさまは次こそはフソウの力士が勝つはずだと息巻いていた。やはり地元力士が勝つ方が嬉しいようで、お二人の気持ちも十分理解できる。

 

 「もう少し良い試合を観たいかも?」

 

 女神さまの言葉に私は確かにと頷きそうになる。ジークの取り組みは一瞬で終わってしまったので、確かに手に汗握る展開とは言い難く、今執り行われているものの方が白熱していた。

 おお! という声が上がると土俵際で片方の力士さんが凄く粘っている。しかも粘っている方の力士さんは小柄で、相手は本当に大きかった。頑張れ負けるなという気持ちになるのは、どこにいても共通の気持ちなのだなと感心していると粘りも虚しく負けてしまった。

 

 土俵外に立つ小柄な力士さんは残念そうな顔を浮かべて、土俵の中に戻って立ってお辞儀を執った。勝った方の大柄な力士さんの筋肉は発達しつつ、適量の脂肪も身に纏っている。強そうな雰囲気をありありと醸し出しているし、初戦で勝っただけでは表情一つ変えていない。もしかしてかなり強い力士のお方かもと考えていると、帝さまが私の方を見た。

 

 「彼は最近開催された興行の優勝者ですね。番付も順調に上っておりますし、期待の若者ですよ」

 

 「身体が大きいが、普段の態度は慎ましいと聞いている。良い若者だ」

 

 帝さまの言葉にナガノブさまが情報を付け足した。そういえば重量制限はないけれど、強くなれば番付が上がっていく仕組みだった。おそらく先ほど勝った力士さんは順調に勝ち星を集めて、番付を上げているようである。将来の横綱さんになれるかなと首を傾げていると、次の取り組みの方が土俵に上がる。

 

 「凄く大きい方ですね」

 

 私がはえーと感心する。片方の方は身長が一八〇センチくらいありそうだ。ジークより低いけれど、フソウではかなり大柄な方である。

 

 「フソウでは珍しいですわね。小さい頃から有名で、ドエの暴れ者と言われていたそうです」

 

 凄く大きい方はドエの都で小さい頃から大暴れしていたようだ。喧嘩っぱやく、都の子供をばっさばさと投げ飛ばして名を広げていたと帝さまが教えてくれた。

 

 「両親は息子が手に負えないと言って、力士になれるようにと部屋の親方と相談して今に至るな。ちなみに横綱だから、フソウの面々では一番強い者になる」

 

 ナガノブさまが商家出身で家を継ぐ身であったものの、ご両親は彼が手に負えなくて相撲部屋の親方と相談して入門を強制的にさせたようだ。幼い頃から大量の運動と食事を摂ったことで、随分と大柄な力士へと成長し、筋肉の量もかなりのものとなったそうだ。

 

 流石、横綱と言われるだけあって雰囲気はある方であるが、顔付きが周りの方々より厳しい表情であった。対戦相手は横綱相手と知り、既に勝負を諦めているようである。大丈夫かなと心配になるが、相手はプロ力士だから受け身くらいは取れるはず。

 ふう、と私が息を吐けば行司さんの『のこった!』の声が響いて、困り顔の力士さんが横綱に向かって突進をした。リーチの差であっさりとマワシを取られて、為す術もないまま横綱に土俵へと転がされた。そうして行司さんが勝ち名乗りを上げる。

 

 リーチの差と実力差がはっきりと分かった試合内容だなとお茶を飲めば、帝さまとナガノブさまが声を上げた。

 

 「一瞬でしたね」

 

 「もう少し踏ん張って欲しいものですな」

 

 確かに一瞬だったが、組み合わせの相手が悪かっただけなのだろうと私は前を見る。既に横綱は土俵から降りて、土俵側で腰を下ろし腕を組んで瞑想していた。そうしてまた次の取り組み、次の取り組みが進み、二回戦が始まる。ジークの出番は直ぐにきて、対戦力士も土俵に上がってお辞儀を執り準備を初めている。

 

 「初戦の相手より強いかと」

 

 「彼がどんな戦法を取るのか楽しみだ」

 

 帝さまとナガノブさまがジークの対戦相手がどんな方なのか教えてくれた。私はなるほどと彼らから土俵へと視線を変える。身長こそジークが勝っているけれど、横幅や体格は相手の方が優れている。そして横綱の方より背が低いものの、フソウの成人男性の平均身長を軽く超えている。

 クロも勝てるかなと気になっているようで、ぺしんぺしんと尻尾が私の背中に当たるし、女神さまも微妙な顔になっていた。二回戦にして強敵と当たるのかなと首を捻っていると、リンが私の後ろからちょいちょいと肩を叩く。

 

 「兄さんだから、勝つ」

 

 私が後ろに振り向けば、リンはへらりと笑うでもなく真面目な顔で答えてくれた。そっくり兄妹は本当にお互いを信頼している。少し羨ましいが、私だってジークが強いことは十分に知っていた。不安になるよりも、彼なら勝てるとどっしりと構えていた方が侯爵家当主として様になるかなとふうと深く息を吐く。塩を撒いて土俵に入り、行司の方も両足を広げて腰を少し下ろす。

 

 「――待ったなし!」

 

 さていよいよだと私は土俵に真剣な眼差しを向けた。周りの方たちも異国の人間がどんな戦法をとるのか、フソウの力士が勝てるのかとごくりと息を呑んでいる。多分、ジークの初戦が直ぐに終わってしまったから、今回の取り組みも直ぐに終わるかもと目が離せないようだった。行司の方の『はっけよい』という声が響き、ジークと力士の方がお互いに視線を合わせながら空気を読んでいる。そうして先に土俵に両手をついたのはジークの方で、数秒の時間が流れた。

 

 「――のこったっ!!」

 

 行司の方の張った声が響くと、ぱしんと身体と身体が勢い良くぶつかる音も上がった。がっつりと四つを組んで互いのマワシを取っていた。おおとどよめく声が客席から上がると、ふむと腕を組んだ方と微笑みを浮かべた方がいた。

 

 「膠着するか?」

 

 「一瞬の隙が命取りになりましょうね」

 

 ナガノブさまが腕を組みながら小さく顔を捻り、笑みを携えたままの帝さまが気を抜けば危ないだろうと教えてくれる。開始から数秒が経っているが、お互いに力が均衡しているのか最初の場所から動かない。

 また時間が十秒ほど流れると、痺れを切らした客席から『行け!』『押せ!』と声が上がる。声援に力を受けたのか相手力士の方がジークを押して土俵際へと押し込んだ。更に応援に熱が入って怒号に近い声援を送っている。地元の人に勝って欲しい気持ちも十分に理解できるけれど、私もジークに勝って貰いたい。黙って見守るのが筋かなあと考えていたけれど、贔屓の力士がいれば応援に熱が入るのは当然だろう。

 

 「負けないで、ジーク!」

 

 私が大きな声を上げると帝さまが微笑み、ナガノブさまもふふふと笑っている。なんだと気になるけれど今はジークの勝敗の行方の方が大事だ。私の声が切っ掛けだったのか、ジークが『はっ!』と短い猛り声を上げると、彼の肩と上腕とふくらはぎの筋肉にぐっと力が入った。

 土俵から少し離れている私でも分かったから、当然相手力士の方にはダイレクトにジークが攻勢に出ようとしていることが伝わっているだろう。その証拠に相手の力士の方も『ふん!』と息を吐いて、耐えるように力を振り絞る。

 

 「あら?」

 

 「おお!?」

 

 土俵際で競り合っていた状況から一転、ジークが相手力士の方を押し始めた。そのままジークは相手を投げ倒すのかと思いきや、反対側の土俵にまで追いやるようで足を前へ前へと推し進めている。そして仕切り線の所でピタリと止まり、また状況が膠着する。相手力士の方のスタミナも凄いし、ジークも慣れない競技なのに正々堂々と戦っている。

 

 『ジーク、頑張れ~! そのまま倒しちゃえ~!』

 

 頑張れ、負けるなと何度も心の中で応援していると、クロが私の代わりに声を上げてくれる。有難いとクロに視線を向けると、クロは真剣に土俵を見ながら取り組みを楽しんでいる。

 クロの声が切っ掛けだったのか、客席のフソウの皆さまも負けないとばかりに応援の声を上げて試合を楽しんでいた。それに感化されたのか、取り組みの白熱振りに心が踊っているのかアストライアー侯爵家一行の面々も自然に声を上げている。

 

 「兄さん、行け!」

 

 「ジークフリード、相手がへばってきているぞ!」

 

 「まだまだ勝機はありますわ!」

 

 リンの応援の声は分かるけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまが大きな声を上げている所をアルバトロス王国の誰かが見れば、貴族令嬢なのにはしたないと言われてしまいそうだ。とはいえここはフソウであり、競技会場なのだから文句は言われまい。ナガノブさまも声を上げてフソウの相撲取りの方を応援している。帝さまは角が立たないように黙っているけれど、フソウの力士の方が攻勢に出ると握り拳を作っていた。

 

 「島国根性を見せてやれー!!」

 

 「ノッポの兄ちゃんに負けるなー!!」

 

 「一泡吹かせろー!!」

 

 明らかな黄色い声が上がったことに対する反抗心なのか、フソウの方々の野太い声が響き渡る。ちょっと言葉使いが荒れ始めているけれどまだ許容範囲内だし、もっと酷い言葉を投げることもできるので自制はできている。フソウの面々が申し訳ないという表情の帝さまに、私は大丈夫ですと無言で伝える。ジークと相手力士の方は土俵の真ん中でまだ取っ組み合っているままで、相手の手の内を探り合っているようだ。

 なにか変化が欲しいよねとじっと土俵を見ていると、相手の力士の方がじりじりと片足を動かしてジークの片足に迫っている。

 

 「ジーク、足元、気を付けて!」

 

 私の声に、相手を真っ直ぐ見据えていたジークの視線が自然と土俵へ下がる。はっと状況にジークは気付いて、逆に相手の足を狙って掛ける。相手力士の方はジークから足技が繰り出されるとは考えておらず、目を見開きながら土俵の上に沈んだ。

 一瞬の静寂が流れて、フソウの皆さまの口から残念がる声が上がれば、ジークが手を差し伸べて相手を気遣っていた。相手の力士の方も出されたジークの手を握り、土俵から立ち上がる。

 

 そうしてお互いに土俵際まで戻って礼を執り、ジークは勝ち名乗りを受け相手は土俵を降りて行った。ジークが足を開いて腰を落とし空を三度切っている姿は面白可笑しいけれど、白熱した取り組みは楽しかったと私は口元を伸ばす。

 ジークが立ち上がり土俵から降りようとしていると、客席から拍手が沸き起こっている。一回戦ではなかったことなので、ジークが少し驚いていた。良い相撲を取れば、拍手が沸き起こるのはフソウ特有の文化だよなと感心しながら、ジークの下へ行き怪我がないか確認を取れないもどかしさを感じつつ、また次の試合と観戦を進めるのだった。

 

 ◇

 

 ジークは順調に勝ち進んで、決勝戦まで残っている。ほぼリーチの差で勝ってきた気がしなくもないが、初めて聞いた競技だろうによく勝ち残ってくれたと私は感心していた。観戦している皆さまはジークが勝ち残り、横綱と勝負することになったのでどちらが勝つのかで盛り上がっていた。

 帝さまとナガノブさまも次に行われる取り組みに興味津々のようで、ジークと横綱がお互いにどういう戦法を取るのかと会話が弾んでいた。私たちアストライアー侯爵家一行はジークが勝つことを願っているし、フソウの面々は横綱が勝つことを願っている。勝っても負けても次で最後なのだから、ジークを応援しようと私はまだ誰もいない土俵に視線を向けた。

 

 『次で優勝者が決まるねえ』

 

 ぺしぺしと私の背中を叩くクロも次の取り組みが気になるようである。

 

 「うん。横綱の人は流石に強いね」

 

 私はクロに視線を向けた。流石に横綱は最高位を冠しているだけはあって、無難な試合運びで確実に勝ち進んでいた。ジークは慣れない競技ということで戦術を練れていない雰囲気があり、一戦一戦でいろいろなパターンを吸収していったというところだろう。

 負けそうになっていた取り組みがいくつかあったし、土壇場で勝てたという取り組みも多かった。次は横綱戦となるし、力の限り応援をしようと自分の手をぎゅっと握り込んだ。

 

 『みたいだねえ』

 

 「勝てると良いけれど」

 

 ジークには私が賞品目当てで出場して貰ったから、申し訳ないことをしたかなと反省している。怪我をすれば問題だろうし、美味しいお米さまという欲に目が眩んだ。南の島で栽培しているお米さまとアルバトロス王国で栽培を始めたお米さまが、フソウのお米さまのように美味しくできれば衝動的な私の欲は収まる訳だけれど……果たしていつになるのやら。

  

 「面白いね、スモウって。観てるだけでも楽しい」

 

 西の女神さまはお酒を嗜みながら、珍しくへらりと笑った。楽しんで貰えたならばなによりだし、帝さまとナガノブさまも女神さまに喜ばれているなら鼻が高いだろう。力士の方も嬉しいだろうし、彼女と一緒にフソウを訪れてよかった。

 

 「次は最後の取り組みですね」

 

 「うん。どっちが勝ってもおかしくはないから、目が離せないんじゃないかな」

 

 私は女神さまと視線を合わせる。女神さまはジークと横綱、どちらが勝つのか分からないようだ。私も分からないし、リンも黙っているので実力は拮抗しているのだろう。それならば取り組みを数多に経験している横綱の方が有利になるだろうか。

 む、とジークに勝って欲しい気持ちが湧くも、フソウの面子を考えると横綱が勝った方が良いなという気持ちも心のどこかになる。難しいものだねと苦笑いして、頑張るべきはジークと横綱であり、勝ち負けを決めるのもジークと横綱なのだから外野がアレコレ言っても仕方ない。

 

 そうして呼び出しの方が横綱のしこ名とジークの名前を呼び、名前を呼ばれた二人が土俵に上がる。土俵の階段を昇り一礼を取り、仕切り線の前に二人が立った。ピリッと紫電のようなものが飛んだ気がするけれど、はてさてお互いに相手のことをどう見ているのだろう。

 四股を踏み、土俵の外に出て横綱が顔を二度両手で叩き、気合を入れて塩を取る。ジークはふうと短く息を吐いて塩を取り、お互いに土俵の中へ塩を撒いた。そうして仕切り線に立てば、行司の方が『待ったなし!』と声を上げる。

 

 両足を広げて腰を落とし、お互い片手だけを土俵に突いて睨み合っている。観客の皆さまはその様子にごくりと息を呑んで、彼らの駆け引きはどうなるのかと見守っている。

 痺れを切らしたのか先に土俵に両手を突いたのはジークの方だった。直ぐに横綱も土俵に手を突くのかと思いきや、少しばかりの時間が流れる。観客の皆さまは横綱の様子に違和感を感じたのか、どうしたと声を上げている。立ち合いが失敗する光景が私の頭に浮かんだ瞬間だった。ふっと横綱が短く息を吐けば、一瞬だけ両手を土俵に付けてそのままジークのマワシを取ろうと腕を伸ばす。

 

 ジークは立ち合いの瞬間を読めなかったようで『不味い』という表情を浮かべるも、がっつりと組めば不利になるとひょいと横に逃げた。

 

 「…………!」

 

 横綱はジークの突飛な行動に少し意表を突かれたようだが、直ぐに体勢を立て直してジークのマワシを取りに行こうと頭を切り替えたようである。そうして横綱はジークのマワシを綺麗に取った。がっつりと組まれる形となりジークが一瞬気まずい顔になった。

 おお、と盛り上がる観客席からは『横綱の意地を見せろ!』『負けるな!』『フソウの強さを見せてやれ!!』と皆さま息巻いている。まあジークはフソウの方から見ればヒールだよねえと苦笑いを浮かべそうになるけれど、こちらも優勝狙いだ。数瞬の時間のうちに横綱とジークの間で何度も駆け引きをしている気がする。気まずい表情だったジークはもう正攻法で攻めるしかないと、無理矢理に横綱の腕の外から手を回してマワシを取りに行く。

 

 「ジーク、行けーー!!」

 

 「兄さん、相手は力で攻めてくるよ!」

 

 『頑張れ~ジークぅ!』

 

 「アルバトロス人の強さを見せろ!」

 

 「粘れば勝負は分かりませんわよ!」

 

 私たちの応援の声に、帝さまとナガノブさまがこちらへと視線を向けていた。こればかりは譲れないという表情で、彼らは直ぐに土俵へと視線を戻す。挑発されたけれど座りの悪いものではなく、単にお互いの国の者が大きなものを背負い力の限り勝負を付けようとしている姿にドヤとなっているだけだ。

 私も多分、ジークは負けないと帝さまとナガノブさまに同じ視線を向けていただろう。ふふ、と笑った私の胸の内からなにか熱いナニかが湧き出ている。

 

 魔物と相対している時の緊張感ではない。目の前で繰り広げられている勝負に高揚しているなと、また声を絞り出す。

 

 投げられまい、外へと押し出されまいと足を踏ん張っているジークの左腕が横綱のマワシをようやく掴んだ。横綱がはっとした表情を浮かべるも、まだいけると判断してぐっと腕と足に力を込めていた。ジークも負けないとどうにか左腕一本で横綱を御そうと歯を食いしばっている。

 

 ぐぐぐとお互いの足に力を込めても均衡は崩れない。スタミナ勝負になりそうだなと小さく息を吐いた瞬間だった。がくんとジークの身体が傾いた。その隙を横綱は見逃さず、ふんと力を更に入れてジークに追い打ちをかければ土俵にジークが沈んでいた。

 

 『ああ、ジーク、負けちゃったあ……』

 

 私の肩の上でクロがへなりと首を下げた。ジークは土俵に手を突いて起き上がろうとすれば、横綱が彼に手を差し伸べている。ジークも彼の意を組んで手に手を重ねた。そうして立ち上がったジークの背に横綱の大きな手がぺしんと当てられた。

 

 その光景のあとで、観客席から割れんばかりの拍手が巻き起こった。私もジークを讃えようと手が痛くなるまで、ずっと拍手を続ける。良い取り組み内容だったし、フソウの方々も満足しているので問題はない。お米さまは逃してしまったけれど、フソウの出島に寄って越後屋さんで買い付けをするから、いつも購入しているお米さまよりも更に高級な新種を買えば済む。

 

 拍手が収まった頃、ジークが土俵を降り残った横綱は勝ち名乗りを受け、主催者であるナガノブさまから弓を与えられる。そうして弓取り式が始まった。確か弓取り式には五穀豊穣を願っていると聞いたことがある。

 ふいに女神さまがなにかを呟いた気がして、私は彼女を見るけれどなんでもないよと軽く横に首を振る。気の所為かと前を向けば後ろから声が掛かった。

 

 「ナイ、言わなくても良いことかもしれないが、フォローをきちんと入れてやれ」

 

 「不利な状況で堂々と立派に戦われたのです。当主としてジークフリードさんに声掛けを」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまが真面目な表情で私にアドバイスをくれた。もちろんジークにはありがとうと声を掛けるつもりだったけれど、確かにもう一言二言付け加えた方が良いのだろう。でも、私の頭は気が利く訳ではないので余計なことを言いそうである。リンも微妙な顔で土俵の上を眺めているし、もしかして彼女は兄が負けたことにショックを受けているのだろうか。

 

 むむむと私が悩んでいると、帝さまとナガノブさまにも同じことを言われてしまい、私とリンはジークの下へと行くことになる。小屋から着替えを終えて出てくるはずのジークをリンと私で待っていれば、目的の人物が顔を出す。他にもジークと取り組みをした力士の方が一緒だったので、小屋の中でなにか話していたのかもしれない。力士の方は私に礼を執って、さっくりと場から離れていく。

 

 「ジーク、お疲れさま。急に無茶なお願いしてごめんね」

 

 本当に申し訳ないことをしてしまった。せめて出場したい人と聞いてみれば良かったのだけれど、私が名指ししたためにジークは問答無用で出場しなくちゃいけなくなったのだから。

 

 「いや、俺の方こそ優勝できなくてすまない。アストライアー侯爵家の面子を潰してしまった」

 

 「気にしないで。観てて楽しかったし、フソウの横綱を他国の人間が土を付けたってなれば、それはそれで問題だっただろうから。まあ、真剣勝負の場で外交なんて気にしたくないけれど、ね」

 

 ジークの言葉に私はぶんぶんと首を振り、勝ったら勝ったで問題があったことを伝えておく。多分、一番無難な結果になったはずである。フソウと横綱の面子は潰れていないし、勝てなかったけれど国外の相撲を全く知らないジークが決勝まで残ったのだから。そうかと小さく息を吐くジークに私は小さく頷けば、リンが半歩前に出る。

 

 「兄さん、真剣だったね」

 

 「手を抜けば直ぐに勝負がついて俺は負けていた。ヨコヅナと呼ばれていた人は特にな」

 

 ジークが誰かを褒めるのは珍しい。命のやり取りをしなければならない場に立つので、ジークは相手の評価を厳しく判断している。本当に横綱は強くて、ジークが全力で挑んでも敵わなかった。真剣勝負の世界で真面目に取り組んでジークは負けたという結果が残ったけれど、手に汗握る取り組みをした土俵の上の彼らの姿は今でもはっきりと思い出せる。

 

 「次があるなら、勝てるようにしたいね」

 

 次があるのか分からないけれど、もし望んで良いのならばフソウの横綱にジークが勝っている姿を是非見たいものである。私はジークに疲労回復の魔術を施して、戻ろうとそっくり兄妹に告げる。やはり身内贔屓をしてしまうなと、ジークとリンの顔を見上げ私はみんなの下へ戻ろうと声を掛けるのだった。

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