魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
雪さんと夜さんと華さんが外に出てから一時間ほど経っていた。ただ待っているだけでは暇だし、クロたちの様子を見守りながら出されたフソウ料理を堪能している。朝廷の豪華なお料理は美味しいし、相撲取りの方が作ったちゃんこ鍋もいろいろな出汁がベースとなっていたので、少量ずつ堪能させて頂いた。
中に入れている具材も微妙に違うので飽きることはなかったし、周りの方々が私に対してよく食べるという視線を向けていたのはご愛敬である。お相撲さんのように短時間で大量を食べることはできないけれど、時間を掛けて量を食べるのは私の得意技なのだろう。
ゆっくりと食事を楽しめるのは良いことだと、最後の一口となったつくねさんを私の口の中に放り込んだ。何度か噛めばお肉と薬味の味がバランスよく口の中に広がってごくんと嚥下する。まだ少しお腹に空きはあるけれど、これ以上食べると動けなくなるので箸をお膳の上に置く。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて頭を下げると、西の女神さまと帝さまとナガノブさまが私を見ながら笑っていた。
「凄く食べてた。よく収まったね」
西の女神さまが怪訝な顔で私のお腹に視線を向けていた。普段より私のお腹はぽっこりと出ているけれど、聖女の衣装はゆったりしているので分からないはずである。私がお腹を押さえると、西の女神さまは面白そうに笑っている。クロは彼女の膝の上で寝息を立てており、時々翼がぱたりと動いたり脚が動いている。クロが夢を見ているなら、幸せで楽しい内容でありますようにと願いながら私は言葉を紡ぐ。
「フソウのお料理は美味しいですから」
「確かに変わっているけれど、美味しかったね。ナイの屋敷で食べたことある品も出てた」
私が沢山お料理を頂くのはひとえに、料理人さんたちが作った品が美味しいからである。不味ければ完食はするけれど、おかわりをお願いしない。女神さまはフソウ料理を珍しいと捉えているようだった。
西大陸ではフソウのような日本食ではなく洋食がメインだから、西の女神さまはアルバトロス王国と各国で提供されるお料理の方が馴染み深いようである。それでも今日、出されたお料理は綺麗に食べきっていたし、ちゃんこ鍋も物珍しそうにふーふーしながら食べていた。
クロが酔ってダウンしてから、膝の上のクロを愛でるのに忙しかったようで食事を中断していたが。西の女神さま的に美味しかったフソウ料理は茶わん蒸しだったとのこと。私も茶わん蒸しは大好きなので、エーリヒさまかフソウの料理人さんにレシピを聞いて子爵邸の料理人さんに作って貰おうと彼女に伝えれば『嬉しい』と小さく声を零していた。
女神さまと私が話し終えるのを待っていた帝さまが、こちらへと顔を向けた。私は西の女神さまと一緒に帝さまへと視線を向ける。彼女の隣にはナガノブさまも並んでいた。
「お粗末さまでした。ご満足頂けたようでなによりです」
帝さまが背筋を伸ばした綺麗な正座で目礼を執る。私も頭を下げて返礼し口を開いた。
「いつも美味しいお料理をありがとうございます。賄い方の皆さまにもお礼をお伝えください」
フソウに立ち寄る度に帝さまとナガノブさまからお誘いを受けて、美味しいお料理を頂いている。宴を開けば公費を使っているのだから、厳しい方は開催し過ぎですと帝さまとナガノブさまに苦言を呈していそうだ。
大丈夫か心配になるけれど、その分は私が出島やドエの都でお買い物を頑張れば良いだろう。単衣や浮世絵を持って帰れば、物珍しさでお貴族さまに人気が出そうだし、日本刀やフソウのお金も物珍しい品になるのではなかろうか。
王都の子爵邸から侯爵邸に引っ越しを済ませたら、引っ越し祝いのパーティーを催して私の社交界デビューを済ませようとなっている。デビュタントをどうすれば良いのかさっぱりだけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまに任せておけば大丈夫。
そこからは少しづつ夜会に参加する予定である。とはいえ一般的なお貴族さまよりも、かなり参加回数は少なくするらしい。私の知名度と交友関係が凄いので、今以上広げても意味は薄いから縁を深めていこうという寸法らしい。
しかしまあ、帝さまもナガノブさまも宴を開けば楽しそうにしている。問題は少ないはずだと帝さまを再度見た。
「ふふふ。ナイが喜んでいたと知れば、皆、喜びましょう」
帝さまが綺麗に笑うと西の女神さまが私の側に少しだけ寄る。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
どうにも西の女神さまは私の言葉を真似をしていた。ごちそうさまという言葉はフソウの方々と私たち幼馴染組しか使わない。女神さまは子爵邸で数日過ごしたお陰なのか、私たち幼馴染組の習性が移ったようである。西の女神さまに目を真ん丸に見開いて驚いている帝さまは、はっとした表情になって頭を下げる。
「女神さまにまで認められようとは。我々一同、精一杯のおもてなしを努めさせて頂きましたが、不手際はございませんでしたか?」
帝さまやナガノブさまやフソウ国の方々は八百万の神の精神が染みついているはずである。私も八百万の神さまはいると信じている口だけれど、生まれた時代が違うためか感覚が彼らとは違うようだった。
私の神さま方に対する態度が軽すぎるのかと悩み始めるも、今更彼らを敬えば『気持ち悪い』とグイーさまに言われそうである。私の女神さま方に対する態度を責められたことはないので大丈夫と自分自身に言い聞かせた。
「大丈夫。私は西大陸以外の場所がどんな所か気になってナイと一緒にきただけ。なにも問題ないし、普通に受け入れてくれてありがとう」
西の女神さまが小さく笑う。もしかして西の女神さまは、地上に光臨したら集まった人間に悩みを打ち明けられたり問題解決をして欲しいと請われていたのだろうか。普通の人として受け入れられることに憧れでもあったのかもしれない。
女神さまも大変だと肩を竦めれば、西の女神さまの膝の上で寝ているクロが一度目を開け、ふすーと深い息を吐いて目をまた閉じる。クロの酔いは少しでも醒めただろうか。雪さんたちは戻ってこないなと他所事を考え始めると、帝さまとナガノブさまが頭を下げる。
「小さな国ではありますが、いつでもお越しくださいませ」
「我々のできうる範囲で歓迎いたします」
帝さまとナガノブさまが今度は小さく頭を下げると、女神さまが『よろしくね』と声を上げた丁度その時だった。
『障子を開けてくださいな』
雪さんの声が唐突に響く。係の方が言われるまま急いで障子を開ければ、宴会場の前には元の姿に戻っている大きな雪さんと夜さんと華さんの姿があった。
そして夜さんの口からだらんと幼子が下がっている。五歳くらいの男の子だろうか。単衣一枚で寒くないのか心配になってくるものの、半分見えているお尻の所から立派な尻尾が二本出ていた。雪さんたちに怒られたのか、ぷらんと下がったままだし、彼の尻尾も同様にぷらんと下がったままである。
『クロさんとアズさんとネルさんは?』
『おや、まだ目が覚めておりませんか。では、先程の続きをしましょう』
夜さんと華さんが目を細めながら宴会場に視線を向けている。クロたちの現状を理解して、今から謝罪をするのは無理だと悟ったようである。毛玉ちゃんたちは雪さんたちが戻ってきたことが嬉しいのか、宴会場からぴゅーっと走り出して彼女たちの下へと走って行く。
まあ、雪さんたちの口からぶら下がっている男の仔――多分妖狐の仔供――が気になるだけかもしれないが。華さんの言葉で男の仔の頭から生えている狐耳がぴくりと動く。
『は? なに言うとんのや! 説教は終わった言うたやんか! ばば…………』
銀糸の長い髪と綺麗な顔をした子供、フソウ風に表現すれば童が顔を上げて雪さんたちに抗議した。少し不味い言葉を最後まで言わなかったが、雪さんたちは青筋を立てている。
『まだまだ小童でございます』
『口の悪さは今からでも直せましょう』
『時間はいくらでもありますわ。貴方の母上の代わりに躾と教育を施さねば』
バフバフ尻尾を振りながら夜さんが男の仔を口から離せば地面に尻餅を付いて、お尻を押さえている。その様子を見ていた毛玉ちゃんたちがわーっと駆け出して『大丈夫?』『誰?』『匂う~』『狼じゃない』『小さい』と言いたげに男の仔の回りを回っている。
『うわっ! なんや、コイツら!? オイラに絡むな!』
クンクンクン、更にクンと毛玉ちゃんたちが男の仔の匂いを嗅いでいるのが嫌なのか、もふもふの二本の尻尾を逆毛立て男の仔は警戒していた。片方だけへにょんと耳が下がっているので、毛玉ちゃんたちが怖いのだろうか。
しかし、男の仔の言葉使いは関西弁そのもののような気がする。大阪が存在しているなら、前の世界だと『天下の台所』と呼ばれていたので是非とも訪れてみたい。蟹さんが沢山食べれそうだし、関西特有の食べ物がありそうだ。
『私たちと番さまの仔です』
『仲良くしてくださいまし』
『ああ、番さまも坊に紹介せねばなりませんねえ』
雪さんたちがヴァナルを呼んだので、宴会場からヴァナルがゆっくりと出て行って彼女たちの下へ行く。ヴァナルは雪さんたちの横に腰を下ろして、首を下げながら男の仔を見下ろしている。
毛玉ちゃんたちは未だに男の仔の匂いを嗅いでいるので、凄く気になっている様子だ。あ、桜ちゃん、男の仔のお尻の匂いを嗅いじゃ駄目だよ。いや、生き物だし狼だからお互いのお尻の匂いを嗅ぐのは習性としてあるけれど、後年、その話が出れば桜ちゃんは恥ずかし過ぎて憤死するのではなかろうか。
『小さい。よろしく』
ヴァナルが男の仔に挨拶をすれば、
『ぬわっ! 犬や! 犬やのにすげー雰囲気や!』
『犬じゃない。ヴァナル、狼のフェンリル』
男の仔がヴァナルを犬だと勘違いしているようだった。確かに今のヴァナルは狼サイズなので、元の姿を比べれば凄く小さいけれど……なんだかこの後の展開が読めた気がする。
『そんな小さいのが狼なわけあらへんやろっ!』
へん、っと鼻を鳴らした男の仔にヴァナルが微妙な顔をして元の姿に戻ろうとしている。朝廷の庭が凄く広くて助かったと私が安堵していると、ヴァナルが元の大きさに完全に戻った。一〇メートルくらい体長があるので本当に大きいなあと感心していれば、男の仔が涙を目尻に溜め込んでいた。
『ふえ……』
男の仔はヴァナルが想定外の大きさになったことで驚きを隠せず、ついに漏らしてしまった。地面に世界地図を描いているのだが、毛玉ちゃんたちは綺麗に描かれた世界地図を踏んではならないと少し距離を取っている。
『あらあら、まあまあ』
『番さまの本当の姿は、坊には刺激が強すぎましたねえ』
『ああ、ほら。濡れたままでは風邪を引いてしまいます。誰か、代わりの召し物を』
雪さんと夜さんと華さんが状況に少しだけ驚きつつも、着替えを用意して欲しいとフソウの方に伝えた。そうして係の方がぱたぱたと早足で廊下を去って行く姿を私は横目で見ていた。
『驚かせて、ごめんなさい』
するするとヴァナルが狼サイズへと戻って、しょぼんと少し煤けていた。ヴァナルは男の仔を脅かすつもりはなく、単にフェンリルとしての威厳を見せたかったようだ。
毛玉ちゃんたちが落ち込んでいるヴァナルの回りを走り回り始めた。どうやら五頭はヴァナルに元気を出して欲しいようである。そして落ち込んでいるヴァナルに雪さんたちも『気になさらないでください』『力の差は致し方ありません』『単純な仔なので明日には忘れております』とヴァナルを慰める。割と男の仔に辛辣だけれど雪さんたちはまた男の仔の単衣を器用に口に挟み、宴会場へと脚を進めるのだった。
◇
妖狐の幼仔が雪さんと夜さんと華さんの手に――男の仔を口に咥えて口かもしれない――よって、畳の上にぽいっと落とされた。そのままの勢いで男の仔は畳に尻餅を付き痛みで目が覚めた。
『痛て!』
男の仔は畳の上に落とされて、お尻を撫でながら目尻に涙を溜めて雪さんたちを睨んでいる。フソウの皆さまは男の仔に驚いているけれど、クロやヴァナルにエルたちを見た時の驚き程ではない。
それにひそひそと『また悪戯をしたのか』『飽きないな』『母親よりマシだが』と顔を見合わせながら話していた。どうやら男の仔はフソウの方々たちには馴染み深いようである。悪戯が過ぎているようだから、迷惑を掛けられているという雰囲気が強い気がした。
アルバトロスのメンバーは一人を除いて、またなにか現れたぞという雰囲気をアリアリと醸し出していた。懐疑な顔をしているが雪さんたちが男の仔を捕まえてきたから、脅威ではないと判断しているようである。
ジークとリンも男の仔は脅威に値しないと判断しているものの、私との距離を少し詰めている。雪さんたちが大丈夫ですよと言いたげだけれど、護衛として側に控えていることも彼女たちは理解してくれていた。
だからなにも言わないし、男の仔の方へと視線を向けて再度悪戯しないようにと見守っている。ヴァナルは宴会場に戻ってきたが、男の仔に怖がられて少し凹んでいた。その姿を見た毛玉ちゃんたちが彼を慰めているけれど、直ぐに飽きてこちらへと戻ってくる。ヴァナルは大丈夫かと気になるものの、力の差が如実に分かる野生の性だろうし男の仔も悪気はなかったはずである。
『クロさんとアズさんとネルさんはまだ寝ておられますか?』
「先程、クロが一度目を覚ましましたが、まだ眠いようですね」
雪さんの問いに私が答えて。クロは未だに西の女神さまの膝の上ですぴすぴ寝息を立てている。酔い覚ましの術を施したし、クロは竜だから直ぐにアルコールなんて飛ばしそうだけれど眠ったままである。アズとネルもジークとリンの腕の中で眠っていたのだが、いつの間にかソフィーアさまとセレスティアさまが預かってくれている。
もしかしたら男の仔の力が強かったのかもしれないなと、私は彼に視線を向ける。二本生えた尻尾は将来的に、九本になって周りの皆さまから九尾の狐と呼ばれるようになるかもしれない。フソウにもまだ凄い仔がいたのだなあと感心していると夜さんと華さんが、女神さまの膝の上で寝ているクロに視線を向ける。
『無理矢理に起こすのは失礼ですし……』
『今少し待ちましょうか。さて、坊。ナイさんに事の経緯を説明なさい』
雪さんたちは寝ているクロを無理矢理に起こすのは申し訳ないようだ。一先ず、フソウを詳しく知らない私たちに何故こうなったのか男の仔に説明を求めた。
『なんで
男の仔は私を睨んでいるけれど、世界地図を描いてしまった単衣を着たままだから少し絵面が締まらない。男の仔は日本人離れしている顔立ちだし、髪色は銀で目は琥珀をあしらったような色だから、成長すれば凄い美丈夫になりそうだ。ぷりぷりと怒っている男の仔に私は苦笑いを浮かべて、一つの可能性を告げるべく口を開いた。
「えっと、君がクロたちに敵意があって悪戯を施したなら亜人連合国の皆さま……竜の方々が君に報復をとフソウの地に舞い降りることになるかもしれないので、説明してくれると嬉しいです」
私は怒っていないので問題ない。クロとアズとネルは酔いによって寝ているだけなのだから。どういう経緯かは分からないけれど、帝さまとナガノブさま曰く男の仔の悪戯に手を焼いているようだ。
フソウ国とアストライアー侯爵家では問題ないと取り付けたが、亜人連合国の皆さま、主に竜の方々が男の仔に対してどう捉えるのかは未知数だ。多分、クロが目覚めれば大丈夫だし、クロが経緯を説明してくれるから大事にはならない。
でも、フソウ国も男の仔に手を焼いている現状は如何なものかと思うし、雪さんたちも男の仔の面倒を見ている。少しお灸をすえる、という訳ではないが、世の中には怖い者が沢山いるよと知っておいても良いのかもしれない。
『竜がようさんおるはずないやろ! 嘘吐いても、オイラは騙されせーへんからな!』
男の仔が尻尾を立てて威勢よく私に声を上げた。私たちがフソウの上空を飛竜便で飛んでいたことを、男の仔は見たことがないようだ。竜のお方は確実に数を増やしているし、ワイバーンさんたちもアルバトロス城で卵が孵り順調に育っている。現状を理解してくれていないことは残念だけれど、男の仔が知らないのだから仕方ない。
『相変わらず威勢だけは良いですねえ』
『怖いことがあると、直ぐ泣く仔ですのに』
『ナイさんにお願いして、坊を亜人連合国に連れて行って貰いましょうか……』
雪さんと夜さんと華さんがむむむと唸ったあと困った顔になった。雪さんたちの実の仔はさほど手が掛からず大きくなったので、妖狐の男の仔の悪戯振りには敵わないようだ。
その実の仔はおもむろに男の仔に近寄って、またすんすん鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。男の仔は五頭の勢いに押されながら『やめーや!』『オイラを食っても美味ないからな!』と必死の声を上げている。毛玉ちゃんたちの方が幼いだろうに、男の仔が苦手意識を持っているとはこれ如何にと考えるけれど、今の状況は少し宜しくないだろう。
「毛玉ちゃんたち、男の仔が嫌がっているから止めて貰えると」
私が毛玉ちゃんたちに声を掛ければ、彼らは少し残念そうにしつつも匂いを嗅ぐことを止めてくれた。男の仔はほっと息を吐き、私は濡れた単衣の匂いを嗅ぎ続けるのもどうかと考えていたので良かったと安堵する。
つまらないと言いたげに毛玉ちゃんたちが私の横に伏せをして並んだ。ばっふばふと尻尾を振っているので男の仔に対する興味を失っていない。許可が下りれば直ぐに彼の下へ行って『遊ぼう!』と毛玉ちゃんたちは言い出しそうな勢いだ。
「えっと……フソウ国ではありませんが、西大陸にある亜人連合国という国には多くの竜の方が住まわれています。なので私は嘘を吐いていません」
私は毛玉ちゃんたちの隣で男の仔の誤った認識を解こうと言葉を紡ぐ。私だけの言葉では弱いかと雪さんたちに視線を送った。
『ええ。私たちも驚いたものです』
『大きな方から小さな方まで沢山住まわれておりますよ』
『機会があれば坊にも見て頂きたいですね』
雪さんたちの言葉を補足するためか、帝さまとナガノブさまも顔をこちらへと向ける。
「本当ですよ。ナイは嘘を吐いておりません」
「ああ、竜を見ることは一生ないだろうと諦めておったが、実際に目に見ることができている。それも一度ではない。何度もだからな」
帝さまとナガノブさまが小さい子を諭すような優しい顔になっていた。フソウ国では男の仔は厄介者ではないようだ。厄介者であればお二人は優しい顔なんて浮かべない。為政者として厳しい態度を取り、悪戯が酷ければ討伐命令を下さなければならない立場である。
男の仔のお母さまも悪戯で随分とフソウ国に脅威を与えていたようだけれど、許容範囲だったのだろうか。それとも人間では手に負えないと、天災扱いだったのか。いずれにせよ、男の仔が優しく常識ある仔に育てば、フソウの新な守り手になる可能性もある。帝さまとナガノブさまは将来を見据えて、男の仔と仲良くなりたいのかもしれない。私が男の仔に視線を向けると、彼がぷいっと私から視線を逸らして足を組む。
『……むぅ! 女子より、オイラが嘘言うたみたいやんけ!』
ぷーと片頬を膨らませて男の仔は拗ねていた。どうやら自分の仕出かした悪戯が、ここまで大事になるとは考えていなかったのだろう。女神さまの膝の上で寝ているクロがピクリと脚を動かした。
もう直ぐ起きるかなと私が視線を向けると、女神さまがクロの顎の下を指先で撫でている。クロは今度は身体をピクリと動かして顔を上げ首を傾げた。今の状況が掴めていないのか、まだ覚醒しきっていないのか。ふいに雪さんたちが男の仔の側に半歩近寄り畳にお尻を落とす。
『嘘を吐いたなどとは申しておりません』
『ただ、坊は広い世界を知らぬだけ』
『これから沢山学び、沢山知っていけば良いのです』
彼女たちの言う通り、男の仔はこれから経験を積めば良いだけ。帝さまとナガノブさまも協力してくれるだろうし、悲観するようなことはないだろう。悪戯が過ぎれば亜人連合国の竜の皆さまに再教育をお願いすれば良いのではなかろうか。竜式のスパルタ教育となりそうなので、凄く真面目な男の仔になって戻ってきそうだ。雪さんたちの言葉に男の仔がしゅんと肩を落とした。
『……だって仕方ないやん。母ちゃん死んでしもうたし……父ちゃんはどこにおるか知らんし、顔も知らへんねん』
男の仔の母親である妖狐は命を落としたと聞いているから、彼に同情はすれど驚くことはない。ただ彼の言葉から察するに父親がどこかで生きているようだ。とはいえ顔も知らないようだし、探し当てるのは至難の業だろう。帝さまとナガノブさまが男の仔の発言に驚いていると、クロが女神さまの膝から降りてぷるぷると顔を振り完全覚醒した。
『ボク、寝てた?』
「うん。気持ち良さそうに寝ていたよ」
『美味しい果物を食べていたら、なんだか気持ち良くなっちゃって』
クロは女神さまに問い、彼女も律儀に答えている。くあっと大きな口を開けて欠伸をするクロを見た女神さまは目を細めていた。そうしてクロが目覚めたことによって男の仔がポカンと大きな口を開けて驚いた。動いている竜を見るのは初めてなのか、クロという存在に驚いているのか、どちらか分からないけれど。
『ボクと一緒に食べてたアズとネルは?』
クロがこてんと首を傾げて私の方を見る。そうしてクロは脚を少し折り曲げて翼を広げて、空へと飛び立ち私の肩の上に乗る。女神さまが『残念』と苦笑いを零しているので、今度クロに女神さまの相手をよろしくお願いしますと頼んでみよう。アズとネルは未だにご令嬢さまの腕の中で寝息を立てている。彼らよりクロの方が早く酔いが覚めたようだった。
「ソフィーアさまとセレスティアさまの所にいるよ。酔い醒ましの魔術を掛けたんだけれど、クロより効きが弱いのかも」
私はクロとアズとネルに同じ術を同じ魔力量で施したのだが、やはり効果は個体によって差が出てしまうようである。同じ魔術を同じ効果量で施すことは滅多にないので勉強になった。
アズとネルはそのうち目覚めるだろうと、クロに事の経緯を話せば『そんなこともあるんだねえ』と呑気に口にする。私は帝さまから平謝りを受けていたし、ナガノブさまからも謝罪を頂いたのでクロにはもう少しお二人のご心労を考えて欲しいものである。
『君が妖狐の仔供なの? ボクはクロ。よろしくね』
クロが私の肩の上から飛び立って、今度は男の仔の前に降りた。畳の上で首を下げて、今後とも宜しくねと告げている。男の仔はクロに話しかけられると考えていなかったようで、口をはくはくしながら言葉が出せない状況に陥っていた。私は男の仔を心配しつつ彼らの様子を見守る。
『緊張しているのかなあ。ボク、みんなと沢山お喋りしたいから驚かないで欲しいよ。あれ、どうして服が濡れているの?』
こてんと首を傾げるクロの言葉に男の仔がまた目尻に涙を溜め込んでいる。本当に涙腺の弱い男の仔だと眺めていると、クロが少し慌てた様子になる。
『え、え? ボク、君が悲しむことを言っちゃった? どうして涙目になっているの? 大丈夫?』
男の仔は『好きで漏らした訳じゃない』とクロに反論をしているが、男の仔が世界地図を描くことになった経緯をクロは知らないためオロオロと狼狽えている。珍しい姿を見たなと感心していれば、丁度雪さんたちがお願いしていた男の仔用の服が届くのだった。