魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
フソウでの毛玉ちゃんたちの引継ぎが終わり、風魔と服部の方と一緒にアルバトロス王国に戻るための準備も終えた。風魔と服部のお爺さんは異国の地に旅立つのに、凄くご機嫌な様子で雪さんと夜さんと華さんに頭を下げ、彼女たちの番であるヴァナルにも丁寧に頭を下げていた。
風魔と服部のご当主さまにも『ご老体を頼む』と言伝されて、ドエの都の外までやってきている。珍しく、いや、凄く珍しく帝さまとナガノブさままで同行しているので、今回の件がフソウにとってどれほど重要なのかを示していた。
毛玉ちゃんたちは男の仔と朝廷でまだ遊んでいるので、私たちがいなくなることに気付いていない。一応、ヴァナルと雪さんたちに一週間彼らのみで滞在することを伝えて貰っているが、果たしてどうなるやら。ピーピー鼻を鳴らしているのか、私たちのことなど忘れて新天地を満喫するのか、彼らはどちらだろう。私の背後で凄く気落ちしている方の気配を感じながら、帝さまとナガノブさまに身体を向けた。
「では、毛玉ちゃんたちが男の仔と遊んでいる間に私たちは戻りますね」
お迎えの竜のお方を背に控えて私は礼を執る。
「承知致しました。ナイ。一週間、彼らをお預かり致します」
「怪我一つさせぬからな」
帝さまとナガノブさまが笑っているけれど気負い過ぎではないだろうか。怪我については心配していない。毛玉ちゃんたちの運動神経は凄く良く受け身等も割と完璧だ。偶に受け身を取れず、べちょっと地面に突撃することがあるけれど……許容範囲の出来事である。
怪我を負っても若いから治りが早い。この辺りは流石魔獣の仔だった。私の隣に座っているヴァナルが『よろしく』と短く目の前のお二人に伝え、雪さんたちも『お願い致します』『一週間、少々寂しいですねえ』『仔たちの旅立ちですから、喜びましょう』と複雑な心境でいるようだ。仔の成長は嬉しいけれど、離れて過ごすのはやはり寂しいようである。
「では、また一週間後に」
「ナイにばかり手間を掛けて申し訳ありません」
「移動手段があれば良いのだが……」
私の言葉に帝さまとナガノブさまが申し訳なさそうな表情を浮かべた。大陸間の移動となれば超長距離転移を使える方か、飛行できる魔物や魔獣を従えるしかない。それでも飛行できる魔物や魔獣の能力が低ければ大陸間移動は叶わない。
距離があるために途中で疲れてしまい飛べなくなる。大型竜の方はその心配が必要ないため、私は亜人連合国の飛竜便を重宝していた。フソウの方も飛竜便を使えるようにディアンさまにお願いしてみようか。
少し割高になる可能性があるけれど、航空機が存在しない世界――厳密にはアガレスが有しているけれど――ではかなり便利である。フソウに大型の竜の方が住み着いて、仲良くなれば個人で移動手段を手に入れられるけれど、そこまでに至っていない。難儀だなあと目を細めて、アストライアー侯爵家一行はお迎えの青竜さんの背中に乗った。
ゆっくりと青竜さんがドエの都から空へと飛び立つ。だんだんと小さくなるドエの都を見下ろしていると、都の皆さまが青竜さんに指を指していた。私がフソウへと頻繁に赴いているため珍しい光景ではないはずだが、竜が好きな方にはたまらない景色なのかもしれない。例によって、件のご令嬢さまは何度乗っても凄く嬉しそうなのだから。
『毛玉ちゃんたちだけで過ごす一週間、大丈夫かなあ?』
「大丈夫じゃないかな。狐の男の仔もいるしね」
私はフソウの大事な品を毛玉ちゃんたちが壊さないか少々心配である。歴史の長い国なので重要な文化財は沢山あるだろうし、保存も丁寧だろうから。
一応、ヴァナルと雪さんたちにお願いして『物を壊さないように』と伝えてもらっている。子爵邸の備品を壊したことはないけれど、興味深そうに『なにこれ?』と彼らは首を傾げていることがあった。
そして誰かしらが彼らに説明をして壊しては駄目なものや大事なものだと教えると、毛玉ちゃんたちは納得して手を出さない。フソウで彼らの先輩役がいない。男の仔が適任そうだけれど、一緒になって悪戯を慣行する可能性の方が高そうだった。
『ゴンタだっけ。寂しいみたいだから、丁度良いのかもねえ』
クロが私の肩の上で尻尾を揺らしながら声を上げた。男の仔にとって毛玉ちゃんたちは丁度良い遊び相手かもしれないけれど、一緒になって悪戯をしないかがやはり気になる所だ。クロの疑問を耳にしたジークとリンがふいに私との距離を半歩詰めた。
「一週間、耐えられなかったらどうするんだ?」
「我慢するの?」
もちろん、その辺りはフソウ側とキチンと話を詰めている。
「連絡が入るようにしてるから、その時は早めに迎えに行くよ。流石に寂しいって鳴いている毛玉ちゃんたちを放置できないしね」
私が片眉を上げているとヴァナルが足元で身体をぴたっとくっつけた。
『ごめんね、主』
「気にしなくて良いよ。でもまあ、いつかは巣立つ日がくるだろうから、私たちも毛玉ちゃんたちから仔離れできるように覚悟しないとね」
ヴァナルが申し訳なさそうな顔をしているけれど、人間の都合に巻き込んでいる気がしなくもない。本当は国同士の都合なんて気にせず移動できれば良いけれど、雪さんたちの身分が高貴過ぎるので致し方ない。彼女たちもフソウの神獣であるという自覚があるので、私は彼女たちをフソウから任された以上、きちんと責任を果たさなくては。フソウとお付き合いしていれば美味しい品が沢山手に入るので、大きな問題はない。
私がヴァナルの身体を撫でていると、雪さんたちも彼の逆の方向に動いて腰を落とす。どうやら彼女たちも撫でて欲しいようだと私は悟り、反対側の腕を動かして雪さんたちのお気に入りポイントを撫でる。
『ナイさん、仔たちを随分と可愛がってくださいましたから』
『感謝しかありませんし、ずっと一緒にいたい気持ちもありますが』
『でもやはり独立しないと』
目を細めながら私のナデナデ攻撃を受ける雪さんたちは、毛玉ちゃんたちの独立を希望しているようだった。クロが尻尾を動かして私の背を割と強めに叩く。ヴァナルと雪さんたちの長い毛を堪能していた私の意識が引き戻された。
『セレスティアが一番寂しがっているねえ』
クロがセレスティアさまの方へと顔を向けたので、私も釣られて彼女を見る。セレスティアさまの隣に控えているソフィーアさまは微妙な顔をした。
「当然ですわ、クロさま! 彼らがこんなに早くいなくなってしまうとは……でも必要なことですし、永遠のお別れということでもないですし…………はあ」
セレスティアさまの胸中は複雑なようだ。毛玉ちゃんたちの巣立ちは成長している証拠なので嬉しいけれど、無邪気な彼らがいなくなれば構う相手が減ったということ。彼女は仕事の合間に毛玉ちゃんたちを相手にしていたし、毛玉ちゃんたちもセレスティアさまを遊び相手と認識している。
とある日、子爵邸の庭でボールを握り込んだ彼女は凄い勢いと飛距離を誇り、毛玉ちゃんたちはセレスティアさまが投げたボールを凄い勢いで五頭一緒に追いかけていた。
尻尾を振りながら凄い勢いでボールを追う毛玉ちゃんたちの姿を、デレデレした表情で眺める辺境伯令嬢さまは他人には見せられない顔だった。なんなら婚約者さまに見せても問題のある表情だったかもしれない。仕事に戻るぞと声を掛けたソフィーアさまにも、あからさまに嫌だという表情をしていた。傍で見る分には面白いけれど、辺境伯令嬢さまを御さなければならない公爵令嬢さまは大変である。
『重症だねえ』
ぺちんぺちんと私の背を叩くクロが呑気に言葉を放てば、ヴァナルが私の足元から立ち上がりセレスティアさまの足元へと移った。彼は綺麗に前脚を揃えてぺたりと竜の方の鱗にお尻を付ける。
『大丈夫、セレスティア? 寂しい?』
「正直に言えば寂しいです。ですが彼ら彼女たちの成長を喜べない狭量な心は持ちたくありません。ありませんが、やはり寂しいのですわ」
セレスティアさまのドリル髪がしゅんとなる。肩は落とさないのねという私の突っ込みは野暮なのかもしれない。一応、感情を表に出してはいけないと教育されているだろうし。彼女が言葉を言い終えると同時に雪さんたちも私の足元からセレスティアさまの足元へと移動して、尻尾で器用に彼女の背を叩いて慰めていた。
『今回は一週間耐えれば良いのです』
『寂しいですが、新たな出会いもありましょう』
『一週間後、仔たちが大きく成長している可能性もありますよ』
慰めの言葉を掛ける雪さんたちにセレスティアさまは痛く感動しつつも、やはり毛玉ちゃんたちが留守という状況が耐えられないもののようである。本当に重症だけれど、毛玉ちゃんたちがいないという状況に慣れて頂かなければ。
ふと、毛玉ちゃんたちの移住が突然だったならば彼女の様に毛玉ちゃんたちロス症候群に掛かる方がいたのかもしれない。やはりお試し移住は大事だなと、私はドエの都から離れたフソウの大地を見下ろした。
「竜の方の背中の縁に立つと危ないですよ」
私の視界に下界をマジマジと見つめている西の女神さまが映り込む。竜のお方の背の端っこで興味深そうに地上を見ている女神さまは命綱を付けていない。見ていて危なっかしいと声を掛けようと私が移動を始めると、ジークとリンが私の腕を取った。
落ちると危ないとそっくり兄妹が感じているのか、それとも私なら落ちる可能性が高いと考えているのか……どちらであれジークとリンがいれば私が地上に落ちることはない。
「大丈夫。落ちたら落ちた時……だけれど、地上にいる人や物に迷惑が掛かるね」
女神さまが私と視線を合わせた。相変わらずなにを考えているのか良く分からないけれど、彼女の性格はなんとなく把握している。子爵邸では図書室に籠って本を読み漁ることが多いし、クロを始めとした幻獣の皆さまと仲良く話をしている。なにを話しているのか気になるが、流石に話している内容を女神さまや幻獣のみんなに聞くのは失礼だから聞き出してはいない。
「真ん中に移動しませんか?」
「ん」
私のお願いに女神さまが短く答えて歩き始める。部屋から出たばかりの女神さまは青白い顔だったけれど、血色が少し戻っているような気もする。子爵邸に滞在していると、きっちり三食出されるし、女神さまはお残しをしないタイプだった。
綺麗に出された品を完食して『美味しかった』と毎回短く言葉を残している。しかしまあ、いつになれば子爵邸から移動するつもりだろうか。南の女神さまは神さまの島に赴く準備をする間と期間が決まったが、西の女神さまは日数を特に定めていない。
一応、滞在費はグイーさまから頂いている。加工されていない金を渡されたのだが、外に出せば聖遺物化しそうで怖い。ドワーフ職人さんに加工をお願いすれば、神さまが手づから作った品だと喜んでくれるだろうか。とにもかくにも、西の女神さまがミナーヴァ子爵邸に滞在していることは……。
――聖王国の立つ瀬がないような。
と、思わなくもないがとりあえず大陸宗教のトップであるというのは間違いない。西の女神さまがアルバトロス王国のミナーヴァ子爵邸に滞在していると外に漏れませんようにと願うばかりだった。
◇
フソウ国に毛玉ちゃんたちを預けて、アストライアー侯爵家一行はアルバトロス王国に戻っていた。送り迎えを担ってくれた赤竜さんと青竜さんには感謝を込めて、私の魔力を送ったのだが帰り際少しフラフラしていたような……。
クロ曰く、問題はないが少し魔力を送った量が多かったのかもしれないねと教えてくれて、西の女神さまも私の魔力は凄く多いから竜のお方相手でも加減を気を付けろとのことだった。
ロゼさんの転移でアルバトロス王都の外から子爵邸へと一気に移動する。中庭のお手入れをしていた庭師の小父さまが少し驚いていたけれど、麦わら帽子を脱いで丁寧に礼を執ってくれた。私は彼に小さく頭を下げ、同行していた皆さまに中に入ろうと促し歩を進める。
……歩いているけれど、なんだろう。気配が少ないし、元気な彼らが私の前を行ったり、戻ったり、後ろをくるっと大回りして鼻タッチをしてくれない。毛玉ちゃんたちがいないのはこんなに寂しいものなのかと実感する。
「毛玉ちゃんたちの存在は凄く大きかったんだね」
私の言葉に背後で『当り前ですわ!』と言いたげな気配をキャッチするけれど、一先ず私はジークとリンへ顔を向けた。
「五頭もいたからな」
「元気だったからね」
苦笑いを浮かべたジークとリンにヴァナルがすすすとこちらに寄ってきて身体を擦り付ける。そして私の前をくるっと回って後ろを歩いているソフィーアさまとセレスティアさまにも身体を擦り付けて、彼は元の位置を歩く。
雪さんと夜さんと華さんにもヴァナルは身体を擦り付けると、彼女たちは凄く満足そうな顔をしていた。ジークとリンと私の少し後ろを歩いていた西の女神さまが『私には?』と少し悲し気な顔をして、ヴァナルが『良いの?』と確認を取る。もちろんという声が直ぐに上がりヴァナルは西の女神さまの横にピタッとついて、軽快な足取りで一緒に歩いて西の女神さまがヴァナルの頭や背を撫でていた。
『一週間経てば戻ってくるから。きっと直ぐに騒がしくなるよ。セレスティアも一週間だけ我慢しよう?』
クロが私たちの寂しさを紛らわそうと声を上げた。確かに毛玉ちゃんたちはいなくなったわけではないから
「はい」
セレスティアさまからの返事は凄く短いものだった。あれま、本当に重症だなと苦笑いをしているとエル一家とジャドさんが視界に映る。戻ったよの挨拶をするついでにルカにセレスティアさまに突撃して頂くようにとお願いをしてみた。
ルカもルカで彼女がいつもと違うということに気付いたようで、最初こそ悪戯を企む顔を浮かべていたけれどセレスティアさまに近づいたルカは顔をそっと寄せて鼻先で軽く突っ突いてる。
エルもジョセも気付いてどうやって彼女を元気づけようと考えているようだが、先にジアが歩を進めルカと一緒に彼女へ顔を寄せる。ルカとジアが一緒に顔を寄せ合うという珍しい事態に気付いたセレスティアさまの御髪の張りが少し戻って、片方ずつの手で彼らの顔を撫でていた。
『一週間、彼らは留守なのですねえ』
『セレスティアさんと同様に我らも寂しいですが、戻ってこられる日を待ちましょう』
『きっと心が強くなって戻ってこられるかと』
エルとジョセとジャドさんがジークとリンと私を囲って鼻先と嘴を寄せてくる。時折彼らの勢いが良くて、クロが私の肩から逃げ、ジークとリンの腕が私の身体を支えていた。屋敷の中に戻って、帰投報告を家宰さまやお屋敷の皆さまに告げて着替えを行うために自室に戻る。
ソフィーアさまとセレスティアさまは本日の業務は終了したため、それぞれのお屋敷に戻っていた。西の女神さまは夕飯まで図書室に引き籠ると言い残して、すたすたと慣れた様子で子爵邸の廊下を歩いて行った。ジークとリンも着替えるために自室に一旦戻っている。私は自室で侍女さんたちの介添えを受けながら着替えをしているのだが、いつも外で着替えを待っている毛玉ちゃんたちがいないことが不思議な様子だ。
「毛玉ちゃんたちがいないと、静かですね」
私が騎士爵家出身の侍女さんへ声を掛けると、彼女は苦笑いを浮かべた。
「少し寂しいですね。ご当主さまとご一緒に歩いている姿はとても愛らしいですし、ヴァナルさまとユキさまたちと一緒に過ごしている姿にも癒されていましたから」
「ありがとうございます。毛玉ちゃんたちは一週間で戻ってきますが、その一週間が長そうです」
私は着替えのお礼を伝えながら、セレスティアさまのことは笑えないなと苦笑いになった。着替えを終えたので侍女さんが部屋の扉を開放しに行くと、クロとロゼさんとヴァナルと雪さんたちが部屋の中へと入ってきた。
私と侍女の方は視線を合わせて肩を竦める。私も侍女の方も毛玉ちゃんたちがぴゅーっと一番に部屋の中へと入ってくる姿を幻視したようだ。私の肩の上にすとんと飛び乗るクロと影の中へと入るロゼさんに、ヴァナルと雪さんたちが部屋の絨毯の上にちょこんと座る。
「ご当主さま、御夕飯までのお時間は如何過ごされますか?」
「ポポカさんたちの卵の様子を見てきます。大丈夫でしょうけれど、やはり心配ですから」
侍女の方の問いに私が答えると、彼女は小さく頷いた。
「承知致しました。ではお夕食の時間になりましたら、お呼び致します」
侍女の方の言葉と共に開いたままの扉からリンとジークが顔を出し、部屋の扉を二度ノックする。
「ナイ?」
「入って良いか?」
二人は私の部屋の扉が開いているならば、勝手に入っても問題ないと知っているのに態々声を掛けてくれる。クレイグとサフィールも同じなので気を使ってくれていた。でもまあ、私が侯爵家の当主ということも含まれているのだろうなとも考えている。
「うん、大丈夫」
「では、失礼致します」
私がジークとリンに声を掛ければ侍女の方が部屋の外へ出ようと静々と歩き、彼女と入れ違いにジークとリンが部屋の中へと入ってくる。二人は特に用事はなく、いつもの癖で私の部屋を訪れたそうだ。それならと私はジークとリンと視線を合わせる。
「ポポカさんたちの様子を見に行かない? 卵さんをアシュとアスターはちゃんと温めているか気になるから」
「そうだな、行ってみるか」
「うん。ちゃんと温めていると良いけれど」
そっくり兄妹が柔らかく笑って、行こうと先を促してくれる。ヴァナルと雪さんたちは私の部屋でお留守番をしているとのこと。私は行ってきますと彼らに告げて、ジークとリンと一緒にサンルームを目指す。
「お邪魔するね」
サンルームに入って備え付けの机に近づくと、アシュとアスターとポポカさんたちが団子になって固まっている。その隣ではジャドさんが面白そうに団子になっている彼らに視線を向け、彼女の脚元ではイルとイブが翼を広げながらじゃれ合っていた。
卵さんを放置していないことにホッと息を吐けば、お猫さまとジルヴァラさんが姿を現した。ジルヴァラさんの腕の中にいたお猫さまが、彼女の腕の中からひょいと飛び降りて机の上に移動した。お猫さまは猫なので身軽だなあと感心するものの、サンルームに姿を現すのは珍しい。
『ポポカが卵を産んだと聞いたが、グリフォンの雄が必死に卵を抱えるとはな……世界は不思議だな。猫も雄が仔の世話をすれば良いのに』
お猫さまの口から漏れた言葉は育児放棄をすると言っているようなものである。確かにお猫さまは自分が産んだ仔たちに乳を与えていたけれど、子爵邸で過ごすようになってからはヴァナルに仔猫たちを任せていた。
「駄目ですよ、お猫さま。願望が駄々洩れじゃないですか。仔を産んだならちゃんと責任を果たさないと」
『しかし新参者に名を与え、古参の妾に名が与えられないというのはどういうことじゃ?』
私の言葉を聞いたお猫さまが別の話題にすり替えた。みんな気付いておりお猫さまに苦笑いを向けているが、私はソコを突くのかと別の意味の苦笑いを浮かべる。確かにお猫さまは子爵邸に住み着いた幻獣の皆さまたちと比較すれば古参組に入るのだろう。貴族のお屋敷に住み着く幻獣や魔獣ってなにと頭を抱えたくなるが、考えたら負けなので考えないことにする。
「それなら、お猫さまはどんな感じの名前が良いのですか? 付けたい名前があるなら自分で付けるのもアリではないですか?」
『それはそうじゃが、せっかくならお主から名を頂きたい! カッコ良いと嬉しいぞ! もちろん雌として似合う名でも構わん!』
お猫さまがテーブルの上で綺麗に前脚を揃えながら、三叉に別れた尻尾をふりふりと振っている。机の下でじゃれ合っていたイルとイヴがお猫さまの尻尾に狙いを定めているけれど、お猫さまは気付いていない。ふりふりと上下左右に器用に振られる尻尾に反応しているイルとイヴは、脚を折って地面に身体を付けてじーっとお猫さまの尻尾を見ている。
「お猫さま、下を見てください」
このままではお猫さまが悲鳴を上げるだけだと私は判断して下の状況を伝えた。
『なんと。グリフォンに妾の尻尾を狙われとるとは!』
お猫さまが下の状況に気付いて、尻尾を動かすのを止めていた。意識すれば動きを止めることができることに私は感心していると、イルとイヴが残念そうにしながら体勢を変えてまた二頭でじゃれ合い始めた。
「お猫さまが捕食されなくて良かったです」
『え、妾、食べられそうになっていたのか!?』
私が目を細めながらお猫さまを見ると、お猫さまはジルヴァラさんの胸元にぴょんと飛び込んだ。ジルヴァラさんもお猫さまを落とさないようにキャッチして、お尻に腕を回して安定感が出るようにと気を使っていた。
「可能性はあるかと」
『野生であれば食べていたかもしれませんねえ』
私とジャドさんがお猫さまに告げると、尻尾をだらんと三本下げて『喰われとうない』と少しげんなりした声をお猫さまが上げる。お猫さまの様子にくすくすと場にいるみんなが笑えば、ココとロロとララがまた卵さんをコロンと産み落とす。これで計六個となった。
「また増えた!」
ポポカさんの卵ってこんなに増えるものなのかと驚きながら、産んだばかりの卵さんを我が仔の様に抱えるアシュとアスターに苦笑いを向ける。
『めでたいですね。グリフォンも増えたのでポポカも増えたなら私は嬉しいです』
ジャドさんは目を細めながらポポカさんの卵が増えたことを喜び、クロも私の肩の上で『良かったねえ』と呑気に告げた。お猫さまは状況に驚きつつも私に名前を付けて欲しいと願い出たので、考える時間が欲しいとお猫さまにお願いするのだった。