魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
どうも西の女神さまがアストライアー侯爵家が所有するミナーヴァ子爵邸に滞在していると風の噂で広まっているようだ。一応、侯爵家に携わる皆さまには緘口令を敷いて、アルバトロス上層部にもお願いはしており、陛下や皆さまも黙っておいた方が良いだろうという判断だった。
ただアルバトロス王国上層部も一枚岩ではないし、侯爵家も私のお願いを必ず守るという方ばかりではない。どこかから漏れ出てしまったのだろう。とはいえ一週間以上、西の女神さまは子爵邸に滞在しているので噂の広まりは遅いと言える。
聖王国に大打撃を与えそうな噂であるが、彼らは自力で頑張って貰わなければと私は大きな竜のお方を見上げる。今回も飛竜便を手配したのだが、大陸を渡るため緑竜さんが送迎をしてくれるようだった。お願いしますと挨拶をすれば穏やかな声で『こちらこそ。有意義な旅になれば良いですね』と仰ってくれる。そうして私はジークとリンの手を借りながら、緑竜さんの背を登り良さげな所で腰を下ろす。
「毛玉ちゃんたち、私たちのこと忘れていないと良いんだけれど」
私は近くに腰を下ろしたジークとリンに声を掛ける。毎日顔を合わせていた毛玉ちゃんたちである。フソウの生活が楽しければ私たちのことは、綺麗さっぱり忘れてしまう可能性もあるだろう。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは産みの親だから、彼らは忘れようはずもない。大丈夫かなと私が目を細めると、そっくり兄妹は少し困ったような顔で口を開いた。
「流石にそれはないんじゃないか」
「賢い仔たちだから大丈夫だよ」
ジークとリンが肩を竦めると、クロが私の顔を覗き込みながら前脚を上げて顔をすりすりしてくる。アズとネルもクロを真似てジークとリンの顔をすりすりし始めた。
なにか気配を察知したのかロゼさんが影の中からぴゅっと出てきて、私の膝の上に乗る。どうしたのかと首を傾げるけれど、ロゼさんボディーはつるつるで触り心地が良い。ゆっくりと手でロゼさんボディーを撫でていると、とろんとロゼさんが伸びていく。いつか分身しそうだなあと小さく笑うと、クロが口を開いた。
『ナイは心配が尽きないねえ』
クロはぐりぐりとまるでマーキングをするみたいに顔を擦り付けて満足したのか元の位置に戻る。アズとネルもひとしきりジークとリンの顔を堪能したようで、尻尾をぷらぷらさせて機嫌が良いようだ。
『大丈夫。主のこと覚えてる』
少し離れていた所にいたヴァナルが私の方へと寄ってきた。彼の側にいたセレスティアさまが残念そうな顔をして、ソフィーアさまが諦めろと彼女の肩を軽く叩いている。ヴァナルもこちらにきたということは、雪さんたちも勿論一緒で前脚を綺麗にそろえて腰を下ろし、ぬっと三つの顔が私の方に近づいた。
『ナイさんは仔たちに良くしてくださっております』
『そのような方を忘れるはずがありません』
『ええ。そんな薄情な仔を育てた覚えもありませんもの』
雪さんと夜さんと華さんが順番で私へと声を掛けてくれた。確かに毛玉ちゃんたちは賢いので大丈夫なはずだけれど、もし忘れられていたらという心配は消えないし、フソウの方が楽しいと言われてしまったなら若干ショックを受ける自信があった。
でも、毛玉ちゃんたちはフソウに移住予定だから向こうでの生活が楽しくないと大問題である。ご飯とか合えば良いけれど、果たしてこの一週間で彼らはどう過ごしているのか。むーと頭の中で考え事をしていればセレスティアさまとソフィーアさまが私の近くに腰を下ろす。セレスティアさまはヴァナルと雪さんたちの横に位置取りしていた。
「ナイ、彼らは本当に来春からフソウに移住させるのですか?」
「彼らが嫌だと言わない限りはそうしようかと。ヴァナルも雪さんたちも反対していませんしね」
彼女の疑問に答えた私はヴァナルと雪さんたちへ視線を向ける。
『セレスティアは仔たちのことが心配?』
「それはもちろんです。まだ彼らが産まれて一年ほどしか経っておりませんし、親と離れるのは早いと考えてしまいます。鼻を鳴らしながら寂しがっている姿を想像すると心が張り裂けそうですわ」
ヴァナルの疑問にセレスティアさまが答えた。毛玉ちゃんたちが一週間フソウに赴いている間、一番ソワソワと落ち着きがなかったのはセレスティアさまかもしれない。
フソウからの帰り道でも毛玉ちゃんたちと別れることを惜しんでいたし、執務中も仕事はきっちり捌いてくれるものの、休憩時間となれば長い溜息を吐いて、窓からフソウの方に視線を向けていた。そんな彼女をソフィーアさまは必死に鼓舞し、家宰さまも直ぐに会えますよとセレスティアさまに言っていた。そんな彼女を知っているため、ヴァナルと雪さんたちはいつもより優しい気がする。
『早くはないかと』
『自然の中で生きていれば、仔たちは巣立つものですしね』
『しかし心配してくださるのは嬉しいものです。仔たちを大切に思っていてくれる証拠ですから』
雪さんと夜さんと華さんが少し困ったような顔になりながらセレスティアさまへ視線を向け、大丈夫と尻尾で彼女の背を叩く。器用なことをしているなあと感心していると、いつの間にかフソウのドエの都の上空に辿り着いている。
そしてまあ、今回も西の女神さまは私たちと一緒にフソウにきている。竜の背中の上で地上を見下ろすのが楽しいようで、ずっと地上を眺めていた。
「前より、着くのが早い?」
『何度か通いましたので、道を覚えたことが大きいかと。あと、ナイさんから魔力を頂くと速く飛べますねえ』
私が小さくぼやいた声を緑竜さんはきっちりと拾っていたようだ。くつくつと喉を鳴らしながら移動が早くなった理由を教えてくれる。そうしてドエの都の上空を何度か旋回していると、地上から手を振ってくれる方々が見えた。
緑竜さんの背中の上で私が手を振っても、地上の皆さまに見えるかどうかわからないけれど気持ちの問題だろうと手を振り返しておいた。ゆっくりと高度を下げて、いつもの場所に降り立ち暫くすると、お迎えの九条さまがやってきて挨拶を交わし籠に乗り込む。
若干、フソウの皆さまは女神さまにおっかなびっくりしているものの、三度目の邂逅で慣れがあるようだ。女神さまも女神さまで『私のことは気にしなくて良い』と伝えているので、気にしないようにしているとも言うけれど。ドエの都に入り、ドエ城でナガノブさまと合流して朝廷へとまた移動をして、凄く広いお屋敷の庭で待っていると帝さまが姿を現した。
「ナイ、お久しぶりです」
「お久しぶりです、といっても一週間しか経っていませんが」
帝さまと私が対面し軽い挨拶を交わす。私がまた訪れることは決まっていたので凄く簡略された挨拶だった。いつもこれくらいの気軽さであれば足繁く通うこともできるのだが、流石に帝さまと早々会える立場というのはおかしいだろう。
節度大事と気を引き締めるのだが、毛玉ちゃんたちは一体どこにいるのだろうか。朝廷で過ごすと聞いていたから、どこかにいるはずである。きょろきょろと私が広い庭を見渡している間に、雪さんたちが帝さまと挨拶をしていた。
「そろそろあの仔たちがくるはずですよ。もう友を見つけていますから、彼らの将来が楽しみです」
帝さまがふふふと笑いながら毛玉ちゃんたちのことを教えてくれる。毛玉ちゃんたちの友達は妖狐の男の仔であろうか。仲良くなっていたならなによりなのだが、男の仔は毛玉ちゃんたちの圧に負けていたから少し心配である。
凄く遠い所から二頭が凄い勢いでこちらへと向かってくる。そして更に後方に小さな人影が四つ確認できるけれど、私では誰なのは判別がつかない。暫く待っていると凄い勢いで走ってきた、松風と早風がみんなの回りを三周回って、ヴァナルと雪さんたちと顔を擦り合わせてから私の下にやってきてくるくる回る。
「久しぶり、早風、松風。元気にしてた?」
私の声に松風と早風は一度だけ鳴いて、側にいたジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさまにも挨拶をしていた。セレスティアさまが寂しがっていたことを察知していたのか、彼女の下には少し長めに二頭はいた気がする。
優しい仔たちだなと感心していると、だれか分からなかった人影がはっきりと見えてきた。こちらに向かってきているけれど、なんだか四人とも走り方がぎこちない。一人は妖狐の男の仔で、あとの三人の女の子は白銀の長い髪を揺らしてこちらに走ってきていた。そうして先に男の仔が私たちの近くで立ち止まり、松風と早風に視線を向ける。
『松風と早風の脚は早過ぎや! オイラたち置いてかれてしもたやんけ! 婆ちゃんも置いて行ったらアカンって怒ってや!』
男の仔は息を切らしながら松風と早風に文句を伝えている。怒っているのではなく、単に置いて行くなという抗議らしい。ぴょこんと彼のお尻から出ている二本の尻尾がゆらゆらと揺れているので機嫌が悪い訳ではないようだ。
とはいえやはり置いて行かれるのは不本意のようで、帝さまを味方に付けようと試みている。帝さまは『あらあら、はいはい』と男の仔のお願いを聞き届け、松風と早風にやんわりと伝えていた。効果があるのかは分からないけれど、松風と早風は帝さまの前にお座りして片方の前脚を上げてお手をしている。
帝さまは松風と早風の前脚を握って『約束ですよ』と笑みを浮かべると、男の仔はプスーと頬を膨らませていた。少しご機嫌斜めな男の仔の後ろから、女の子が三人私の前に立って両腕を伸ばしている。私のお腹の位置くらいの身長だから、男の仔と同じくらいの年齢だろうか。まあ男の仔は妖狐で百年生きているけれど。
女の子たちは両手を伸ばしているけれど、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんはどこにいるのだろう……まさか。
『にゃい~』
『んー』
『だこー』
女の子三人がそれぞれ口にした言葉は凄く短いものだし、一部聞き取れない言葉もあったけれど、私の名前と抱っこをおねだりしているようであった。三人共両手を伸ばしているけれど、三人一緒に抱き上げれば私の腰が昇天してしまうのは確実である。どうしたものかと悩んでいると、雪さんたちが私の隣に腰を下ろした。
『ナイさん、ナイさん』
『彼女たちは楓と椿と桜ですよ』
『おそらく権太に教えて貰ったのでしょうねえ』
雪さんたちがばっふばっふと尻尾を振りながら、女の仔の正体を教えてくれる。やはり椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんかと私が笑うと、彼女たちは『だこー』『にゃい』『ん~』と両手を伸ばす。
「えっと三人一緒に抱っこはできないから一人ずつでも良い?」
私は膝に手を突いて彼女たちと視線を合わすと、椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんはにへらと笑う。男の仔は三人の姿を見て『仔供やなあ』としみじみしているけれど、三人と見た目は変わらないのでちょっと面白かった。
『にゃいー!』
首に桜色のスカーフを巻いているので直ぐに誰か分かるのは便利な所である。もしかしてフソウの侍女さんか側仕えの方か帝さまにスカーフを毎朝首に巻いて貰っているのだろうか。
フソウで毛玉ちゃんたちが不自由することはなさそうだと私は笑って、桜色のスカーフを巻いている女の仔と視線を合わせた。赤色と白色のスカーフを巻いた女の仔二人は、先を越されたことでぷうっと頬を膨らませながら、脚で地面を交互に踏んでいる。ちょっと待っててねと私が伝えると二人の脚がぴたりと止まり、彼女たちから尻尾と耳がポロンと生える。ぶほっと吹いた方がいたのはスルーして。
「桜ちゃんかな。というか服、ちゃんと着なきゃ駄目だよ。いろいろ見えちゃってる……ほら」
桜色のスカーフを巻いた女の仔の脇の下に腕を突っ込んで抱き上げる。桜ちゃんという言葉に女の仔は一つ頷いた。やはり桜ちゃんだったかと納得しつつ、激しく動けば腰を痛めそうだと苦笑いを浮かべるのだが気になることがある。
桜ちゃんたちは服を着ているけれど、随分とセクシーな着こなしだった。視線をやる位置を間違えると中身が見えてしまいそうだ。彼女たちは気にしないかもしれないが、私たちの方が目のやり場に困りそうである。特に男性だけれども。
『にゃだー!』
私が気崩れている着物を直そうとすれば桜ちゃんが抗議の声を上げる。仕方ないと私が巻いている極上反物で編んだスカーフを桜ちゃんの肩に掛けた。桜ちゃんは不思議そうな顔でくんくんと鼻でスカーフの匂いを嗅ぐ。
いや、臭わないはずだと少々冷や汗を掻いていると、桜ちゃんがスカーフをぎゅっと手で握り込んだ。桜ちゃんの姿を見た帝さまがおやまあと驚きの声を上げて、何故彼女たちが着物をきちんと着ていないのか教えてくれる。
「それが、着物は擦れてしまい、あまり着たくないと言っているようで、最上級の絹を纏わせても嫌がるので我々も困っているのです」
困り顔の帝さまに私が視線を向けると、私の顔の位置で桜ちゃんが嬉しそうな顔をしていた。
『にゃいの~』
ふふと喜んでいる桜ちゃんを私は横目で見つつ、帝さまと視線を合わせる。
「帝さま、反物を送りますのでフソウで着物を仕立てて頂いても宜しいでしょうか?」
「もちろんです。流石に肌が見えるのは頂けませんから」
着る物がなければ毛玉ちゃんたちが困るだけだ。本格的な移住まで時間はあるから、それまでには用意できるだろうと帝さまと私は笑いながら、桜ちゃんの次に楓ちゃんと椿ちゃんを抱っこし終えて、話をしようとお屋敷の中へ入るのだった。
◇
帝さまと一緒に私たち一行は朝廷の大広間に入る。松風と早風は男の仔と一緒に並び、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんは人間の形に化けているのだが、足元がおぼつかず見ているだけで危なっかしい。
とはいえサラサラの長い銀糸の髪と、その髪の間からぴょこんと出ている大きな犬耳とお尻から出ている尻尾は凄く可愛い。モフってみたいけれど流石に勝手はできないし、彼女たちが嫌がる可能性もあるので我慢している所だ。
帝さまが上座に座り、雪さんと夜さんと華さんも彼女の隣に腰を下ろす。ナガノブさまは上座の一番近くにどっかりと座り、私は帝さまを正面に見据える位置を案内されて腰を下ろした。ヴァナルは私の横に、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまは私の後ろに控え、西の女神さまも彼らの隣に座っている。正座は苦手なようで、女性陣はお姉さん座りだけれど。
男の仔も雪さんたちと同様に上座に腰を下ろして胡坐を組んでいる。松風と早風も男の仔の隣に伏せをして目を閉じて寝始めた。楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんは帝さまの所へ歩いて行ったと思いきや、ナガノブさまの下へと行き、大広間をぐるりと回って最終的に私の隣に座る。
寝転がって手を使い私の足やお腹や顔を触っているのだけれど、彼女たちは楽しいのだろうか。毛玉ちゃんたちであればフソウの神獣さまの仔だから、ある程度自由にしていても怒られはすまいと、私は帝さまと視線を合わせた。
そうして挨拶を簡単に終えれば、帝さまが微笑みを携えながら口を開く。
「やはりナイに一番懐いていますねえ」
「本当に、何故こんなに慕われているのか不思議です」
くすくすと小さく笑い帝さまに私が苦笑いを向けると、空気を読めたのか楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんがもぞもぞと動き始めた。尻尾をぶんぶん振っているし、犬耳もピコピコ動かしている。桜ちゃんが私の背中にべっとりと引っ付き、楓ちゃんが膝の上に乗り、椿ちゃんが私の腕をぎゅっと抱き込む。幼い仔だから体温が私より高く、じんわりと熱が服越しに伝わってきた。
『にゃぃ』
『にゃー』
『にゃい~』
彼女たちは私の名前を呼んでいるようだが、微妙に言えていない。一番マシなのは桜ちゃんで、私の背中に覆い被さって首筋の匂いをすんすん嗅いでいる。臭かったらごめんと心の中で謝っていると、ぺろっと舌で桜ちゃんが首筋を舐めた。
「桜ちゃん、私を舐めても美味しくないでしょう?」
私は桜ちゃんの行動に驚いて彼女と視線を合わせると、美味しくないと言いたげに小さな舌を少しだけ出していた。学習したようでなによりと息を吐けば、むっとした顔の楓ちゃんと椿ちゃんが体重を私へ更にかける。尻尾を畳にべしべし叩きつけているので、桜ちゃんの行動が気に入らなかったようだ。でも私が桜ちゃんを窘めたと理解できているようで、桜ちゃんと同じ行動は取らない。
「ふふふ。松風と早風は凄く権太に懐きましたし、楓と椿と桜は
帝さまが毛玉ちゃんたちの近況を教えてくれた。どうやらヴァナルと雪さんたちを恋しがる様子もなく、妖狐の男の仔とフソウで遊び回っていたようだ。人間に手を出しては駄目だとヴァナルと雪さんたちから厳命されているので、フソウの方たちに迷惑を掛けることもなかったとのこと。
私が楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんに『一週間、楽しかった?』と聞けば、嬉しそうに八重歯を見せながら三頭……いや、今は三人がへらりと笑う。
『早風と松風はオイラの仔分やねん!』
男の仔が帝さまと私の会話に入り込むチャンスとばかりに、胡坐を組んだまま腕も組み、二本の尻尾をゆらゆらさせながらドヤ顔で言い切った。彼の声に松風と早風は微妙な顔になりゆっくりと首を傾げ、えいやと男の仔に覆い被さる。松風と早風にごろんと畳の上へと倒された男の仔は手脚をジタバタと動かして、二頭のもふもふから逃れようと試みる。
『ぬおっ! やめーや! 早風と松風は力が強過ぎや!』
男の仔は松風と早風の脚の力に敵わないようで、抵抗虚しく畳の上に寝転がったままである。帝さまと私は放置しても大丈夫だと判断して、次の話題へ移った。
「風魔と服部の者は大丈夫ですか? きっちりと任を果たせているのか少々心配です」
『うわっ! ベロベロ舐めんなー! 乾いたらカピカピになるやろ!』
帝さまが八の字に眉を下げる。風魔と服部のご老体二人は子爵邸のお屋敷で、諜報に興味がある方と騎士の方で諜報にも力を入れたい方に教えを説いている。教え子の皆さまの評価は、厳しい方たちだが実力は十分に備わっていることを知っているので文句はないとのこと。
これからご老体二人が教え子の皆さまをどう導いていくのか、将来が楽しみである。ただ忍者の格好をして手裏剣を投げるような教育はしないで欲しいとお願いした。流石に黒装束でも西大陸では目立つし、手裏剣よりも短剣に毒を塗って投げてと頼んだ。
「心配は必要ないかと。慣れない環境であるはずなのに既に屋敷の者と馴染み始めています。彼らの実力は十分ですし、これからに期待しております」
『わ、腋の下は舐めたらアカンて! あ、足の裏もアカンー! ひー!』
私の言葉に頷いた帝さまが、直ぐ近くでじゃれ合っている彼らへと視線を向けた。
「松風、早風。その辺で」
彼女が声を上げると、松風と早風の耳と尻尾がぴっと縦に立ち男の仔と戯れるのを止めた。私が流石帝さまと感心していると、ナガノブさまが羨ましそうな顔をしていた。
どうしたのだろうと彼に私が視線を向けると、ナガノブさまは私の視線に気が付いてなんでもないと首を振る。松風と早風と一緒に遊びたいのかもしれないなと前を向けば、私の背後でもナガノブさまと同じ雰囲気を醸し出している方がいることに気付く。
決して後ろを振り向いてはならないと私は前を向いたままなのだが、羨ましそうな雰囲気を醸し出している方がいつもより多い気がする。まさか女神さまがと首を傾げたくなるけれど、謁見中に失礼な態度は取れないと私は前を向いたままだった。
『えらい』
私の横にいるヴァナルが松風と早風を褒める。それが気になったのか椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんが私からヴァナルに乗り移ってもぞもぞし始めた。ヴァナルは仕方ないなという雰囲気で、三人の相手をし始めた。
爪と牙で彼女たちを傷付けてしまわないようにと気遣っているのが手に取るように分かる。偶にヴァナルが甘噛みをすると『にゃいー』と椿ちゃんたちが言っているのだが、語彙が少ないようで『嫌だ――本気では言っていない――』が『にゃいー』となるようである。
ヴァナルと椿ちゃんたちは尻尾を動かしながら遊んでいるが、上座にいる雪さんたちがヴァナルと椿ちゃんたちをじーっと見ていた。羨ましいなら交ざれば良いのにと一瞬頭の中に過ったけれど、フソウの神獣さまとして我慢しているのだろう。子爵邸に戻ったら沢山遊ぼうと私は前を向けば、再度帝さまが言葉を紡ぐ。
「権太の話によると松風と早風はフソウに残りたいとのことです」
「そうなの、松風、早風?」
帝さまと私の声にピンと耳を立ててエジプトのスフィンクス像のような格好で二頭は舌を出している。なにも分からないと目を細めていると、雪さんたちが空気を読んでくれた。
『そうなのですか、松風、早風』
『……どうやらフソウが気に入ったとのこと』
『寂しがり屋の坊を一頭だけにできないとも言っております。優しい仔たちですねえ』
雪さんたちが松風と早風の気持ちを代弁してくれる。男の仔が腕を組んで鼻から大きく息を吐いて満足気な顔から、最後に『え? 余計なことまで言わんでええわ……』と呟いた。
どうやら寂しがり屋と雪さんたちから言われたことが嫌だったようである。松風と早風が決めたことならばなにも問題はないし、男の仔にも遊び相手ができて丁度良いのだろう。私は帝さまに視線を向けて軽く頷いた。
「そっか。急な話となりますが、フソウの皆さまが問題ないのであれば、松風と早風をよろしくお願い致します」
アルバトロス王国上層部には相談していないけれど、毛玉ちゃんたちの件はフソウとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちと私が納得しているならば、自由にして良いと許可――というのも変だけれど――を頂いている。ヴァナルと雪さんたちも松風と早風の移住は構わないようなので、私は帝さま方に頭を下げた。
「もちろんです。我々朝廷も幕府も一丸となり幼い仔たちを守ります。ナガノブもよろしいですね?」
「承知!」
胡坐を組んでいるナガノブさまが畳に両腕を突いて頭を深く下げた。彼は私にも頭を下げて、ヴァナルと雪さんたちにも礼を執っている。
「椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんはどうするの?」
私の横でヴァナルと戯れている彼女たちに問えば、三人は頭の上に疑問符を浮かべながらへにゃりと笑った。笑った口元に見える八重歯が可愛いが、噛まれたら痛そうだった。
『にゃえるー』
『いしょー』
『いるー』
ヴァナルの上から彼女たちは身体を起こして私の方へこようと試みるが、楓ちゃんが畳の上にべちんと倒れ込むと、釣られて椿ちゃんと桜ちゃんもべちんと畳の上に倒れ込んだ。
ヴァナルと雪さんたちは少し呆れた雰囲気で、帝さまとナガノブさまは『!?』と驚き、私の背後にいる皆さまは『大丈夫か』と心配している。約一名があわあわと慌てふためいているようだが、横にいる方に窘められて平常心を取り戻していた。表面上だけだろうけれど。
西の女神さまは慌てるでもなく、落ち着いた様子である。私も、本気でヤバければもっと不味い音が立つし、畳の上に倒れただけなら酷いことにはならないと知っている。自分で立てるかなと黙って見守っていると、脚と手をどうにか動かして彼女たち三人は立ち上がった。受け身を上手く取れなかったのか鼻の頭が少し赤いけれど、へらりと笑いながら私に飛びついた。
『こけー』
『たー』
『にゃいー』
はいはいとどうにか三人を受け止める。流石に三人抱えると面積が足りなくて、クロが私の肩の上から飛び立って女神さまの下へと逃げて行った。嬉しそうな顔でクロを迎え入れる女神さまと、女神さまの胸の辺りにダイブしているクロを目の端で見てしまう。凄く突っ込みをいれたいけれど虚しくなるので、楓ちゃんたちの気崩れた着物をどうにか直しながらぽんぽんと彼女たちの背を軽く叩く。
『どうやらまだ我らと一緒にいたいようです』
『親離れできるのはいつになるやら』
『松風と早風の巣立ちは早かったですねえ。楓たちもいなくなれば寂しいですが、慣れなければなりませんねえ』
雪さんたちがしみじみと告げれば、記念だと帝さまが声を上げて宴会が始まる。女神さまに一応参加するか聞いてみるともちろんと返事がきた。フソウの料理に慣れていないのか、興味深そうに食べている女神さまを見たフソウの皆さまはほっと息を撫で下ろして夜が更けるまで宴会が続くのだった。