魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0550:権太くんからのお土産。

 松風と早風がフソウに移住することが決まり、帝さまとナガノブさまは嬉しそうに開いた宴を楽しんでいた。祝いの席には妖狐の男の仔も参加しており、松風と早風と一緒にじゃれ合って楽しそうにしている。元気でなによりと私は宴で出された食事を堪能していると、夜がきて一泊させて頂いた。

 翌朝、目が覚めて朝ご飯を頂き、朝廷の大広間で帝さまに別れの挨拶をして、みんなで広い庭に出る。男の仔の側でぶんぶんぶんぶんと勢い良く尻尾を振る松風と早風の下に私はしゃがみ込んだ。

 

 「松風、早風、フソウの皆さんと仲良くしてね。狐の男の仔と喧嘩しても良いけれど暴力は駄目だよ」

 

 私が彼らと視線を合わせれば、きょとんと首を傾げる。言葉の意味を理解してくれているだろうと二頭の頭をゆっくり撫でる。私の手が気持ち良いのか松風と早風は私の肩に顔を置きふすーと長い息を吐いた。

 一先ず松風の首に両腕を回してぎゅっと抱きしめる。モフモフの毛が鼻に当たってくしゃみが出そうになって必死に我慢する。松風をぎゅっとしていると隣にいた早風が急かすように片脚を上げて私の腕をちょんちょんと触っていた。

 今度は早風と視線を合わせれば、ゴロンと早風はお腹を出して私に撫でろと要求した。くすくすと笑いながら早風のお腹を撫でる。産まれたばかりの頃は毛が生えていなくて、地肌のピンク色が綺麗に見えていたけれど、今ではもうびっしりと黒い毛がひしめいている。大きくなった証拠だなとゆっくりと早風のお腹を堪能していると、私の側に男の仔が立って腕を組む。

 

 「オイラ、確かに狐やけど妖狐やし、権太って名前あんねん。ちゃんと名前で呼んでや! あと松風と早風とは喧嘩やかせーへんからな!」

 

 男の仔がふんと鼻を鳴らした。松風と早風と喧嘩はしないと宣言しているから、もしかして楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんとは喧嘩をする前提なのだろうか。彼女たちは松風と早風より元気だから致し方ないのかもしれない。

 楓ちゃんたち三頭は今回はアルバトロス王国に戻り、年明けにフソウで三週間ほど過ごす予定である。フソウに慣れてくれれば良いなと、私は男の仔と話すために立ち上がった。

 

 「申し訳ありません。名乗っておりませんでしたね。アルバトロス王国に住んでおります。ナイ・アストライアーと申します」

 

 私が小さく礼を執り頭を上げると、男の仔は一生懸命に踵を浮かして背伸びをしている。彼は私に舐められたくないようで、かなり必死な様子だ。私も身長が低くて、他の方と視線が合わないために必死に顔を上げている。

 彼の気持ちは十分に理解できるけれど、大きくなれば私の身長なんて直ぐに抜いてしまうだろう。一先ず私は、少し猫背気味に目の前の彼と視線を合わせる。

 

 「オイラは権太や! 狐やのーて妖狐やから、狐よりめっちゃ強いし格があんねん! お前は松風と早風と仲ええし、特別にオイラの名前を呼んでええねんでっ!」

 

 狐の男の仔、改め権太くんが少し照れながら言葉を口にした。私も笑みを浮かべて小さく頭を下げる。

 

 「ありがとうございます。わたくしのこともナイと呼んでくださると嬉しいです」

 

 「ええんか?」

 

 私の言葉に権太くんが首を傾げながら二本の尻尾をふりふりと横に振っていた。良く絡まないなと感心しているのだが、ヴァナルや毛玉ちゃんたちの尻尾よりモフ度が高い。触るときっとモフモフで気持ち良いのだろうなと私は尻尾を見つめているが、返事をしなくてはと口を開く。

 

 「はい」

 

 「あと、その気持ち悪い喋り方やめようや。オイラには普通でええやん」

 

 権太くんがむーとふくれっ面になった。私の喋り方が気色悪いと言われる日がこようとは……って畏まって喋っていると公爵さまに『気持ち悪い』と言われた過去があった。公爵さまの気持ち悪いと権太くんの気色悪いは少々違う気もするが、癖のようなものとなってしまったので若干治し辛い。でもまあ、気軽に喋れる方が有難い。

 

 「また、フソウに遊びにくるからよろしくね。権太くん」

 

 「お、お、おう! またきてや。ナイがくると婆ちゃんもナガノブも嬉しそうやねん!」

 

 権太くんが少し顔を赤らめて返事をくれる。帝さまとナガノブさまが私の来訪に喜んでくれているとは驚きだ。まあ政治面、特に外交面でいろいろと益があるから嬉しいのだろう。

 私もフソウからお米さまやいろいろな食材を買い付けて、アルバトロス王国に戻っているから良い関係を築けている。これからどうなるのか分からないけれど、個人的にはずっと良好な関係が続いて欲しい。アストライアー侯爵家の次代があるなら引き継いでいってもらいたい関係でもある。

 

 私が頭の中で未来を描いていると、権太くんがゆっくりと女神さまの下へと歩いて行った。私より随分と背の高い女神さまだから、権太くんは凄く顔を上げ背伸びも先ほどより頑張っていた。

 

 「あんな……め、女神さまも、またきてな。オイラの母ちゃんの話一杯聞いて欲しいんや」

 

 彼は凄く照れ臭そうに着物の端を指で掴んで緊張しながら女神さまに自分の気持ちを打ち明ける。女神さまは徐にしゃがみ込んで、権太くんと視線を合わせて微かに笑っていた。

 

 「分かった。またくるから、その時は君と君のお母さんの話を聞かせて」

 

 女神さまの声にジークとリンと私とソフィーアさまとセレスティアさまと他のアストライアー侯爵家の面々がほっと息を吐き、フソウの皆さまも胸を撫で下ろしている。女神さまが『なにを言っているの?』なんて告げた日には、権太くんが引き籠もってしまいそうだ。西の女神さまが権太くんの頭を撫でると、彼の喉から甘い声が漏れていた。そうしてぽろんと彼の尻尾が一本増えた。いや、生えた。

 

 「へへ。ん、なんや? 尻尾が増えた! オイラ強くなってん! ありがとな、女神さま!」

 

 権太くんが違和感を受けたのか、後ろに顔を向けて自分のお尻を見下ろしている。三本に増えた尻尾を器用に権太くんは抱えて嬉しそうに走り出す。そんな彼に女神さまが腕を伸ばすのだが、すばしっこいのか権太くんは既に手の届かない位置に移動していた。

 

 「それは君自身が強いからで、私はなにも……話を聞いて……?」

 

 珍しく女神さまが困った顔で呟いた。おそらく女神さまの声は権太くんの耳に届いていない。ひとしきり走り回った権太くんは松風と早風の下でぴたりと止まって、尻尾を抱えたままにかっと笑った。あ、権太くんの乳歯が一本抜けてる。

 

 「松風、早風、見てーな! 尻尾が増えたんや! ええやろ!?」

 

 嬉しそうな権太くんに松風と早風は彼を祝うように周りをぐるぐると回って、尻尾をぶんぶん振っている。少し羨ましいのか鼻を鳴らしているのはご愛敬だろう。

 ヴァナルと雪さんたちが良かったねとしみじみとして、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんがこてんと首を傾げていた。フソウの面々は権太くんが女神さまを無視したことにやべえとあわあわしていた。どうするこの状況と私が考えていると帝さまが口を真一文字にして、女神さまに頭を下げる。

 

 「権太が失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありません」

 

 「ん? 気にしてないよ。話を聞いて欲しかったけれど、よほど嬉しかったみたいだね」

 

 帝さまと共にフソウの皆さまも頭を下げていた。女神さまは少しだけ顔を斜めにして不思議そうに声を出す。女神さまは階級とか立場を振りかざすことはない方なので、帝さまが謝ることが良く分かっていない様子である。

 とはいえ帝さまよりも女神さまの方が立場が上であるというのは理解していらっしゃる。だからこそ特になにも言わずに、権太くんが喜んでいる姿を目を細めて眺めているのだろう。権太くんははだしで庭を駆けどこかへ消えていく。松風と早風も彼の背を追ってぴゅーっと走って行った。随分と脚が速いと感心していると、帝さまが私と視線を合わせた。

 

 「ナイ、当初と予定が変わってしまいましたが、快く受け入れて下さったこと感謝致します」

 

 「いえ。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが許可をくれたことが大きいかと」

 

 お互いに礼を執っていえいえ、まあまあと日本人らしい謙遜をしていた。ナガノブさまは苦笑いで私たちを見ているし、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまも『まあ仕方ない』みたいな雰囲気だった。

 

 「しかしナイがいなければ雪と夜と華はヴァナルさんとお会いできぬまま過ごしていましたから。やはりナイにも感謝を向けるべきでしょう」

 

 「私もフソウに訪れて沢山の恩恵を受けております。ヴァナルと雪さんたちが出会ったこともですが、帝さまとナガノブさまにフソウの方々が私たちを受け入れてくださっていますから」

 

 雪さんたちとヴァナルが出会っていなければ、私はフソウの出島で買い付けをチマチマとしているだけだっただろう。それでも有難いことだけれど、フソウの朝廷と幕府と縁が持てたことはいろいろと強みがある。

 フソウに行きたいと伝えれば、バッチコーイ! と直ぐに返事が戻ってくるしお土産も毎回沢山貰っている。私は帝さまとナガノブさまとこれからのことを軽く相談していると、権太くんが勢い良く走って戻ってくる。きゅっと音が鳴りそうな勢いで私の前で立ち止まり、右手に持っていた物を権太くんは私の前に差し出した。

 

 「ナイ、これやる!」

 

 「ありがとう。笛だよね? 上手く吹けると良いけれど」

 

 彼から手渡されたのは竹で作った笛だった。そして女神さまにも恥ずかしそうにしながら差し出して、彼女も権太くんから受け取る。私は上手く吹けるかなと女神さまに視線を向ければ、彼女は微妙な顔を浮かべる。

 

 「せやな。上手く吹けたらオイラたちに聞かせてや!」

 

 にっと笑う権太くんに『頑張ってみるね』と答えて、一先ず帝さまと権太くんと松風と早風と別れる。

 

 「寂しくなるかな」

 

 後を振りむきながら私は彼らに手を振る。広い庭を歩いていればどんどんとその姿が小さくなっていた。

 

 「予定を変えてしまって、すまない、ナイ」

 

 「いえ。松風と早風が決めたことですし、いずれは楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんもフソウに移りますからね」

 

 ナガノブさまも予定が変わったことを気にしているようだが、決めたのは松風と早風なのだから笑って送ってあげないと。少し寂しいけれど、フソウに赴けばまた会えるし、権太くんという知り合いも増えたのだから。

 私はナガノブさまから縦笛の吹き方のレクチャーを簡単に受け、籠の中に乗り込みドエの都の外に出る。お迎えの青竜さんがぬっと顔を下げて『おや二頭足りない気がします』と仰った。理由を説明すると納得してくれ、私たちは彼の背の上に乗る。

 人の姿のままだった楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんは自力で竜の方の背に登れず『にゃんで!』と少し怒って元の姿に戻る。その姿に雪さんたちが『あらあらまあまあ』と微笑ましそうに笑い、ぴゅーと軽快に青竜さんの背に乗る三頭を笑って見ていた。

 

 アルバトロス王国の子爵邸に戻って、各方面への報告を済ませた。お仕事は優秀な家宰さまが殆ど捌いてくれているので、私の決裁が必要で急ぎの案件だけ目を通して判断を下す。

 あとはユーリの下へ行ったり、アリアさまとロザリンデさまにお土産を渡したり、クレイグとサフィールに託児所の子供たちや子爵邸で働く方々にもお土産を渡せば夜になっていた。美味しい夕食を終えてリンと一緒にお風呂を済ませてベッドに潜り込む。

 

 「おやすみ」

 

 いつもより返ってくる声が少ないことに寂しさを覚えながら、直ぐに深い眠りに落ちていた。

 

 朝、目が覚めてベッドから起き、着替えを済ませる。ふいに、自室の机の上に置いてあった権太くんのお土産の縦笛を見れば『ぽん!』と音を立てて、葉っぱになって戻ってしまい、女神さまに渡した縦笛は消えないままだそうだ。権太くんに揶揄われたなと苦笑いを浮かべながら、西の女神さまに笛の件を伝えると彼女も『悪戯が好きなんだね』と小さく笑うのだった。

 

 ◇

 

 権太くんの西の女神さまに渡した笛は本物だったようで、彼女曰くまだ消えていないらしい。女神さまは葉っぱに戻ることを期待して彼から貰った笛をじっと見つめていたのだが、一向に戻る気配がない。

 権太くんは笛をお土産として渡したかったものの、笛は一本しか持っていなかった。でも女神さまと私に渡したい。それなら一本は笛に擬態させれば解決すると考えたのだろう。そして擬態させた一本は私に渡せば問題ないと考えたようである。可愛らしい悪戯だから問題はないけれど、なんだか女神さまと扱いの差を感じてしまった。でもまあ妖狐の彼からすればただの人間よりも、神さまと仲良くしたいのは当然で。頂けただけマシである。

 

 松風と早風がいないことに慣れぬまま、フソウから戻って二日が経っていた。

 

 今日の午前中は執務を執り行って午後からは自由時間だ。ジークはエーリヒくんと緑髪くんとお昼から遊びに行く予定だ。執務室に護衛として就いているジークの顔を見て早く執務を終わらせねばと気合を入れる。

 お仕事を真面目に頑張って、領地の方々やアストライアー侯爵家の皆さまが潤うようにしなければとピカピカに磨かれている執務机に視線を向けた。カリカリと書類にサインをいれて印を押す。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまは優秀な方たちなのでざっと目を通せば構わないが、大事な内容や決裁が必要な物には必ず目を通していた。

 

 特に問題はなく、私が発案している新規耕作地と灌漑設備は充足しているし、溜池の新規設置も人手が確保でき次第開始されるようだ。あとはアストライアー侯爵領の領都の発展である。

 なにか商業施設でも作るかと考えてはいるものの、農業が主体の領地が栄えるには少々難しい課題となっていた。執務室にいるお三方は私が当主であったなら勝手に栄えていくとおっしゃるが、なにか手を出してみたい気持ちがある。食べ物関係のお店を出店しても良いけれどアルバトロス人と私の味覚が合うとは限らない。現に私が美味しい日本食を紹介しても、彼らの口に合わないことが多々あった。

 

 なので食べ物関係以外のお店を考えているのだが、なにも思いつかないでいる。機械関係の伝手もないし、鍛冶の知識もない。馬産地はハイゼンベルグ公爵領で担っているので被るのは控えたい。

 私が難しい顔をしているとクロが私を覗き込んで顔をすりすりしてきた。ついでに尻尾で背中をてしてし叩いている。一先ず深く考えるのは止めようと家宰さまに私は視線を向けた。

 

 「聖王国の今現在はどうなっているのですか?」

 

 フィーネさまから頻繁に手紙を頂いているものの、彼女は聖王国上層部と関わりを断っている。もちろん先々々代の教皇さま――名前を聞いたけれど忘れた。シュヴァなんとかさんだった気がする――や教皇猊下から内情を聞くことができるだろうけれど、伏せられている情報もあるはず。

 アストライアー侯爵家として密偵を送り込んでいるから、家宰さまがフィーネさまとは別の情報を掴んでいるかもしれないと聞いてみたのだ。

 

 「聖王国上層部では西の女神さまがご当主さまの家に滞在していらっしゃると噂が広まっているようです。教皇猊下が諫めてくれているようですが、妙なことを考える方がいそうなのがなんとも……」

 

 家宰さまは困った表情で私の質問に答えてくれる。ソフィーアさまとセレスティアさまは仕方ないことだが、厄介事だけは持ち込んでくれるなよという雰囲気だ。情報統制はお願いしてあるものの、人の口に戸は立てられないため女神さまの噂が流れることは覚悟していた。

 

 「女神さまが目的で子爵邸を訪ねてきた方がいれば、門前払いでお願いします。女神さまには可能性として説明しておいたのですが、崇められるのは好きではないとのことだったので」

 

 むうと妙な顔になるのが分かる。おそらく聖王国は西の女神さまが引き籠もってから女神さまの崇拝を始めたのではないだろうか。彼女が引き籠もりを開始しなければ別の形で女神さまが讃えられていたのだろう。

 宗教として女神さまを崇めたのは悪手だったようだが、今生きている方たちには関係のないことである。女神さま的には『尊重してくれるのは有難いけれど、過剰過ぎるのは苦手』と仰っていた。

 そうなると教会で卒倒しかけた方がいたのは不愉快だったのではと問えば、一応成り立ちは理解しているから諦めたとのこと。グイーさまの力を抑える方法と魔術具で女神さまの神力はマシになっているが、彼女が醸し出す雰囲気は半端ないものだ。普通の方が見れば尋常ではないお方と直ぐに判断できるから、街の中に出たら大変なことになりそうである。今の所、アルバトロス王都を見て回りたいと仰らないことは私にとって救いだった。

 

 「聖王国の意義が……」

 

 「飛んでいませんか、ナイ」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまが凄く微妙な顔で問いかける。確かに聖王国の意義が吹き飛んでいるけれど、千年以上信仰が続いているなら本物なのだろう。私はさっぱり興味が湧かないけれど、心から女神さまへの信仰を向けている方を馬鹿にできる道理はないのだから。

 

 「確かに意味や意義は薄くなっていますが、大聖堂は一般の方たちの心の拠り所ですから。聖王国上層部の方には馬車馬の如く頑張って頂かないと」

 

 心の拠り所を女神さまは無下に潰す気はないとも仰っていたのだから、多分きっと大丈夫だ。聖王国の神職者が腐っていたことには怒るかも知れないが。あれ、でも女神さまからの鉄槌が下れば心を入れ替えてくれる可能性もあるのか。腐った神職者の方へ女神さまの鉄槌が下れば、今度こそ西大陸全土の皆さまから聖王国が見放されそうである。そうなりませんようにと心の中で手を合わせて、私はもう一度口を開いた。

 

 「聖王国には申し訳ないのですが、彼の国より自領地に目を向けないと」

 

 私が話題に上げたので、その台詞はないだろうとツッコミが入りそうだ。

 

 「それは、当然ですね」

 

 「だな」

 

 「ですわね」

 

 家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまから同意を頂けた。そうしてまたいつものメンバーで執務に取り掛かり、本日の執務を終える。ふうと息を吐いてお互いに『お疲れさまでした』と声を掛け合って執務室を後にする。部屋を出て廊下をジークとリンと私で歩くなり、後ろを振り返り背の高いジークを見上げた。

 

 「ジーク、時間は大丈夫?」

 

 約束の時間に遅れるのは失礼にあたるし、通信機器が発展していないからお互いに連絡を取りづらい。スマホがあれば簡単に連絡を取って遅れる旨を伝えられる日がくるのは何百年後だろうか。

 

 「ちゃんと余裕はある。そんなに心配するな」

 

 ジークは私の顔を見下ろして小さく笑う。お互いの部屋に一度戻って時間を潰しジークの見送りをするため、私とリンは玄関先へと向かう。自室でまったりしていたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんも一緒にジークのお見送りをするそうだ。

 暫くすると私服に着替えたジークが階段を降りてきた。学院生時代より落ち着いた雰囲気の服を着るようになっている。リンも私も同様に落ち着いた色を好んでいるし、クレイグとサフィールも派手な服は好んでいない。もしかすれば幼馴染組の特徴なのかもしれない。

 

 「いってらっしゃい、ジーク。気を付けてね」

 

 「兄さん、楽しんできて」

 

 リンと私が玄関前でジークに声を掛ければ『子ども扱いするな』と言いたげに彼は苦笑いを浮かべていた。確かに玄関前での見送りはやり過ぎかもしれないが、まあ偶には良いだろう。

 アズも一緒にジークと遊びに出掛けるようで、騒ぎにならなければ良いなと願う。扉を開けてお屋敷から出て行くジークの背を見ていれば、蝶番の音が鳴り響きながらぱたんと扉が閉まる。さて、と私は横に立つ彼女へと視線を向けた。

 

 「リン、なにかして遊ぼう」

 

 私がリンに顔を向けると彼女がへにゃりと笑う。西の女神さまは図書室に引き籠っているのだが、そろそろ読む本がないとのことだから、許可を頂ければお城の図書館にでも案内しようと考えている。

 

 「ユーリの所に行かないの?」

 

 「時間があれば行くけれど、今はリンと一緒にいたい。邸の中限定になるけれど、どこかでゆっくりしようよ」

 

 リンと一緒に過ごす時間は減っているし、二人になるのはお風呂と一緒に寝た時くらいだ。偶には良いだろと提案してみるが、外に私が出れば沢山の護衛を就けなければならないので子爵邸内限定だけれども。割と広いのでいろいろと回ってみるのも楽しいだろうか。

 

 「じゃあ、裏庭の畑に行こう。最近、野菜をディップ? して食べるのが美味しい」

 

 リンは最近お野菜を切っていろいろな種類のタレに付けて食べるのがマイブームになっているようだ。裏庭の家庭菜園で採れたお野菜は美味しいし、ディップすることによりさらに味を引き立てる。

 きゅうりさんは夏野菜だから今の時期に無理だけれど、他のお野菜さんが実っているはず。トマトさんにお塩を振って食べるのも好きだけれど、これまたトマトさんは夏野菜である。晩秋に収穫できるお野菜さんってなにがあっただろうか。さつまいもさんとかぼちゃさんくらいしか思いつかないなと苦笑いを浮かべてリンをもう一度見上げた。

 

 「良いね。料理長さんにお願いして何種類か貰おうか」

 

 「うん」

 

 私の声にリンが頷くと、今まで黙って見守っていたクロが口を開く。

 

 『仲が良いねえ。良いことだよ~』

 

 嬉しそうなクロの声に反応して、ネルがリンの肩の上から私の肩に飛び乗ってクロと並んだ。狭くないか心配になるが、ネルは機嫌良くクロと顔をぐりぐりと擦り付け合っている。

 

 「なんだろう、ネルはクロと仲が良いって言いたいのかな?」

 

 「みたいだね」

 

 私とリンがふふふと笑う。まだぐりぐり攻撃を続けているネルにクロが長い尻尾をだらんと伸ばしてぬうと唸る。

 

 『ネル、力が強いよ~加減してぇ』

 

 困り果てた声を上げるクロは珍しいと私とリンが眺めていると、足元でヴァナルが片脚を上げてちょんと私に触れた。

 

 『ヴァナルも』

 

 どうやら構って欲しかったようで、私はヴァナルの片脚を掴んで握手をする。それだけでは足りないかと今度は手を離して彼の首元を撫でると、目を細めながら気持ち良さそうな声が漏れている。

 私は私でヴァナルのもふもふを堪能しているので割と楽しい。その様子を見ていた雪さんたちと楓ちゃんたちも参加して手が足りなくなる。リンにも協力をお願いして玄関先でモフっていると使用人の方たちが、小さく笑いながら玄関ホールを過ぎて行く。ちょっと恥ずかしいかなとモフるのを止めると、リンが三頭の毛玉ちゃんたちに視線を向けた。

 

 「そういえば戻ってきてからカエデとツバキとサクラは人の形になっていないね?」

 

 『割と難しいそうですよ』

 

 『坊の手解きがなければいけないようです』

 

 『坊の手を借りず、彼女たちが変化できるようになるのはいつでしょうか?』

 

 ふふふと余裕の笑みを浮かべて雪さんたちは三頭の毛玉ちゃんたちを見た。自力で変化できないことを悔しがっているのか、桜ちゃんがぴーと鼻を鳴らして走り出し、その後ろと楓ちゃんと椿ちゃんが追いかけていく。そのうち戻ってくるだろうと、リンと私は裏庭に出て取れた新鮮なお野菜さんをおやつ替わりに食べた。凄く美味しかったけれど昼食前だったので、少しばかり食べ過ぎたのは内緒だ。

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