魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――亜人連合国の領事館から戻った次の日。
何故か女神さまと一緒に亜人連合国へと赴くことになった。私の予定があるので少し調整待ちとなるけれど、近々あちらに赴く予定である。家宰さまとソフィーアさまが『マジか……』みたいな顔をしていたけれど、どうにか時間を捻出してくれるようだ。
午前中、執務を捌いて昼食を取り、そのあと西の女神さまは私が今まで子爵邸の中で案内を躊躇っていた屋敷裏の家庭菜園へと赴いていた。女神さまは、せっせと野菜を育てている畑の妖精さんを見て目を細めている。
畑の妖精さんの数は増えていないのだが、それぞれ担当場所を決めており妖精さんが育てることに得意な野菜を選んで作業をしているようである。偶に珍しい種や苗を渡せば、顎に手を当てて悩んでみたり、頭を抱えてどう育てれば良いのだと絶望する妖精さんもいた。個性が出ているよねと、クロとジークとリンと話していたのだが、クレイグとサフィールは個性で済ませるなよと突っ込みを入れてくれた。確か、西の女神さまが子爵邸に訪れる少し前だった気がする。
「まだ彼らがいたんだね」
西の女神さまがポツリと呟いて腰を屈めた。畑の妖精さんは人がくるといつも『タネクレ』『シゴトクレ』と合唱を始めるのだが、相手が西の女神さまと理解しているのか黙々と作業を続けている。珍しいと感心するも、私は女神さまの言葉の意味が掴めない。
「どういうことですか?」
「昔は大変だったから、妖精に食物を育てて欲しいってお願いしたんだ」
女神さま曰く、火を熾すにも一苦労だったし、男性陣は狩りに赴いて人手が足りていなかった。畑を耕すのは女性の仕事となっていたが、女性では重労働だし子供の面倒も見なければならない。そんな古代人たちの苦労を見た西の女神さまは畑の妖精さんを生み出したとか。
「でも、こんなに働き者じゃあなかった気がする。ここは魔素が多いから、彼らが元気なのかもしれないね?」
「私に疑問を投げられましても……畑の妖精さんが産まれてから今の状態が維持されていますし……」
女神さまが地面にしゃがみ込んだまま、振り向いて私の顔を見上げる。なんだか新鮮だと感じていると、畑の隅っこに生えていたマンドラゴラもどきが地面からスポンと抜けて、明後日の方向へと走り出す。
『びゃあああああああああああああああああああああ!!』
けたたましい叫び声を上げるマンドラゴラもどきが根っこの部分を器用に動かして、葉っぱの部分を揺らしながら凄い勢いで走り去っていく。マンドラゴラもどきが抜けたことによって、畑にできた小さな穴は妖精さんの手により直ぐに均され、次の種をぽいと植えている。同じ場所に同じ野菜を育てるのは止めた方が良いという農家さんの知識をガン無視して、妖精さんはマンドラゴラもどきの種を植えていた。
「凄い声量だ。捕まえなくて良いの? 騒ぎになるよ?」
地面から立ち上がった女神さまが遠くに走り去っているマンドラゴラもどきを目を細めながら見ている。彼女の視線の先にはマンドラゴラもどきしか映っていないようである。
「あっちはエルたちがいるので大丈夫かと」
畑に植えられているマンドラゴラもどきが脱走することは多々あり人の手で捕まえるのは大変なので、エルたちに抜けたマンドラゴラもどきの捕獲をお願いしていた。エルたちも魔素を多く含んでいるお野菜と認識しているので快く引き受けてくれた。
エルフのお姉さんズからマンドラゴラもどきの入荷依頼がくれば、食べるのは控えてねとお願いして根の部分を綺麗な状態で確保して貰っている。それ以外は食べても良いよということにしているので、彼らにとって美味しい仕事となっている。
「複雑」
西の女神さまが裏事情を聞いて微妙な表情になる。まああの声量で叫ばれるのはご近所迷惑なのでエルたちにさっくりと捕まえて貰うのが一番だ。最近はグリフォンさんも加わっているようで、マンドラゴラもどきを食べる順番を決めているとかいないとか。
揉め事を起こさず子爵邸の中で過ごしてくれているので有難い限りだと、マンドラゴラもどきが走り去った方を見れば、黒天馬のルカが器用に葉の部分を脚で踏んづけて嘶きを上げている。
「賢い仔」
女神さまがまたポツリと呟くのだが、ルカの隣にジアが並びマンドラゴラもどきの根の部分を齧り始めた。マンドラゴラもどきの断末魔が耳に届き微妙な雰囲気に包まれるけれど、自然の摂理、自然の摂理と無心で唱える。そうして断末魔が聞こえなくなった頃、女神さまが私を見下ろす。
「ねえ、私も妖精に種を渡して良い?」
「お野菜限定なら構いませんよ」
女神さまは畑の妖精さんに育てて欲しいものがあるようだ。妖精さんは種か苗を渡せばなんでも育ててくれる。以前ケシで失敗したことがあるので、お野菜限定でとお願いをしておいた。これ以上騒ぎを起こしてまたアルバトロス城で勤務する薬師の方を呼ぶ訳にはいかない。ケシもケシで薬師の方には使い道はあるからと喜んでくれたのだが、素人が手を出して良い代物ではない。
「ナイはどんな野菜が好き?」
「美味しければなんでも食べますが……あ、苺はどうでしょうか?」
私は基本、美味しければなんでも食べるので育ってくれるならばどんな野菜でも嬉しい。ただ問われたことに答えないのは失礼だと、ぱっと思い浮かんだ品を言葉にする。苺は果物と勘違いされそうだけれど、分類上は野菜である。
果物は木になる実、野菜は地面から生えるものという認識が強い。だからメロンでもお野菜なので、共和国から頂いたメロンの種を畑の妖精さんに育てて貰ったことがある。最初に収穫されて食べたメロンの味は少々薄く、畑の妖精さんに報告すると『おかのした!』と言わんばかりに食べたメロンの種を要求され、代を経るごとに甘みが増していた。
「イチゴってどんなもの?」
「赤い果実ですね。子爵邸の食後のデザートで何度か目にしているかと」
女神さまは子爵邸のデザートで出されている品の中で苺があったと気付いていない様子だ。クレープ――日本のクレープとは少々違う――だったりケーキだったりで出されており、凄く美味しかったのだが酸味が強かった。
あれ、私……日本にいた頃の味に慣れ過ぎていて甘みを強化しようと無意識で行っていたようだ。でも甘い苺も需要があるだろうし、酸っぱい苺も需要がある。適材適所だと頭を切り替えて、白い苺が誕生しても面白そうだなと考えた。
「あ、種が歯に引っ掛かるヤツだね」
「そうですね」
女神さまの歯に衣着せぬ物言いに苦笑いを浮かべるけれど、確かに苺の種は歯に挟まると難敵と化す。歯磨きをしても奥へと入っていくことがあり、自分の歯の磨き方の下手糞さに絶望したこともある。胡麻より微妙に小さい種だから本当に歯の間に引っ掛かると、あとが大変だった。
「じゃあ、今度イチゴ? がでたら種を取っておこう」
「美味しく育つと良いですねえ」
女神さまが目を細めながら私に声を掛ける。お野菜さんなので畑の妖精さんに育成を任せてもトンデモ進化はしないだろう。私も苺を植える日が楽しみだと女神さまに告げ、ジークとリンにも楽しみだと伝える。とりあえず畑の妖精さんの所からお屋敷の中へと戻る。そのあとポポカさんとグリフォンさんたちの様子を確認して、ユーリの所へと向かった。そういえば西の女神さまがユーリと会う機会は少なかった。
ユーリの部屋の前に立って扉をノックする。乳母さんの返事が聞こえたので、ユーリはお眠ではないようだ。彼女が寝ている時は乳母さんが扉を開けて、直接私たちを出迎えてくれるようになっているのだから。
「失礼します」
「ご当主さま、お疲れさまで……す。西の女神さまもごきげんよう」
私がユーリの部屋へと一番に入り、女神さまが入ればジークとリンが続く。いつものメンバーだと安心しきっていた乳母さんは目を見開いて驚きながらも、どうにか平静を保つ。
木でできた積み木やでんでん太鼓が床の上にちらかっており、ユーリは床の上でハイハイをしながら玩具で一人遊びをしていたようだ。そうして彼女は私たちが部屋へやってきたことを認識して、ぽてんとお尻を付けてこちらを見る。一瞬ユーリは私の姿を見て笑ったものの、女神さまを視界に入れた瞬間に顔をぐしゃぐしゃにした。
「び、びゃあああああああ!!」
何故かユーリの鳴き声はマンドラゴラもどきの叫び声とそっくりだと苦笑いを浮かべるも、西の女神さまの人並外れたオーラに驚いたようで凄い勢いで泣き出した。乳母さんは女神さまの圧にユーリが負けてしまったことを察して、どうしようかと悩んでいる。
確かに失礼な態度は取れないだろうし乳母さんがユーリに手を出さない理由は理解できた。だから私が動くべきだろうと泣いているユーリを両手で抱えて抱き上げる。クロはユーリと私の邪魔になるだろうと、女神さまの肩の上に移動した。
「ああ、ユーリ、驚いたねえ。大丈夫だよ~ほら、西の女神さまは怖くないよ~ちょっと圧が強いだけだから心配いらないよ」
女神さまには失礼になるかもしれないけれど、私の腕の中で泣きじゃくっているユーリをなだめすかしながら女神さまの方へと向ける。すると女神さまは渋い表情を浮かべながら言葉を紡ぐ。
「…………やっぱり赤子は苦手。いつもこうして泣かれてしまう」
渋い顔からしょぼんとした表情に変わった女神さまは肩を落としながら部屋を出ようとしていた。そりゃ女神さまなのだから赤子には刺激が強すぎるだろう。以前は魔術具も身に着けていなかったから、神圧が駄々洩れだっただろうし。
なんとなく小さい子が女神さまを見て泣いてしまった理由を察してしまう。乳母さんとジークとリンも意外だという視線を女神さまに向けていた。
「あ、少し待ってください。突然の出来事だったから驚いただけで、環境に慣れてしまえば問題ないかと」
私は私で魔力量が多いユーリなら女神さまと直ぐに打ち解けることができるだろうと、部屋を退出しようとした女神さまを引き留めた。女神さまは動かしていた足を止めて、ユーリと私を見て本当かな、大丈夫かなと不安そうな顔になっている。
『大丈夫だよ。ボクが鼻先でユーリをツンツンしても泣かないからねえ。だから君のことも直ぐに慣れるはずだよ』
クロも女神さまを励ますように大丈夫だと伝えてくれている。ユーリはクロのツンツン攻撃も毛玉ちゃんたちのペロペロ攻撃も耐え凌いできた猛者だ。きっと女神さまの圧にも直ぐに慣れて、じゃれつくようになるのではなかろうか。
まだ幼い子で女神さまがどんな存在なのか全く理解できないだろう。彼女が成長して物心が付いた時が少々心配だけれども、説けば問題ないだろうし……多分。
「…………」
緊張して無言になった女神さまと泣き止んでヒクヒク言っているユーリの間でなにかしらの電流が流れている。それは良く分からないものだけれど、多分二人が仲良くなるために必要なもののはず。
ユーリが鼻水を垂らしているので乳母さんに綺麗な布を用意して貰う。私はユーリの鼻から垂れている鼻水を拭き取って、息ができているか念のため確認をする。どうやら鼻は詰まっていないようで、キチンと鼻呼吸ができているようだ。
「………………嫌われた?」
「結論が早いです」
女神さまがユーリから視線を外し、凄く困った顔で私に問う。私が即行で否定すると女神さまがまた肩を落とす。これでユーリが慣れてくれないなら、女神さまとユーリを毎日引き合わせる必要があるかもしれないと考え始めた時だった。
目尻に涙が残っているユーリがきょろきょろと周りを見始めて、私の腕の中でジタバタを暴れ始めた。どうやら抱っこが飽きたようなので、床の上にユーリを優しく下ろして彼女の好きにさせてみる。そうしてユーリはぽかんとした表情で床にお尻を付けて、おもむろに手を床に差し出してハイハイを始めた。
「あー! あうー」
なにを言っているのかさっぱり分からないけれど、先程まで泣いていたとは思えないほどユーリは元気だった。そうして部屋の中をぐるぐると回ったユーリは最終的に女神さまの足下で玩具遊び始める。
ユーリが彼女の足下で遊んでいることで直立不動になっている西の女神さまに私が苦笑いを浮かべる。そうすると女神さまが『助けて』と消え入りそうな声で訴えるのだった。
◇
西の女神さまが以前大陸をウロウロしていた頃、赤子が生まれ抱かせて貰おうとお願いをすれば必ず泣かれたそうだ。それから苦手意識が染みついて小さい子供の前に立つ機会を減らしていったそうである。恐らく赤子は女神さまが発する圧に耐えられなかったのだろう。
現にユーリも大泣きしたのだから。でも泣かれたからと言って直ぐに撤退してしまう女神さまもどうなのだろうか。確かに親御さんに迷惑を掛ける可能性もあるのだから、第三者なら引いた方が賢明だが、彼女は女神さまである。大泣き状態でも抱っこをして『大きく育ちますように』と願えば、喜ばれたのではなかろうか。済んだことなので今更言っても仕方ないものがある。とはいえ引き籠もりの反動で西の女神さまは西大陸を闊歩する気満々だから、ユーリで慣れておいた方が良いのではと考えなくもない。
「抱いてみませんか?」
私は女神さまの足下で遊んでいるユーリに視線を向けると、直立不動のままの女神さまがどうにか口を開いた。
「む。怖い」
「首は据わっていますし、泣き止んでいるので大丈夫かと」
神妙な顔をしている女神さまに私は苦笑を浮かべると、クロが女神さまの肩の上で『大丈夫だよ~』と軽く声を上げる。これでユーリが泣いてしまえば西の女神さまのトラウマを更に深めてしまう可能性もあるので、無理強いはできないかと私は小さく息を吐いた。
「ユーリ。こっちにおいで」
私は絨毯の床にしゃがみ込んでユーリと視線を合わせる。彼女は少し考えたのち、手にしていた積み木を放り投げて私の方へとハイハイしてきた。短い距離だったけれど、呼べば彼女がきてくれることに感激しつつ私はユーリの脇に腕を回す。そうしてユーリを抱き上げて片方の腕は彼女のお尻の下へと回した。
ユーリは私の腕の中できょろきょろと周りを見渡しながら指を咥えていた。指を咥えることを止めさせたい気持ちもあるが、一歳くらいの子には早い気もする。でもしゃぶり癖がついたら……という気持ちもあるので悩ましいものだった。
彼女はジークとリンの姿を認めると『う~』と声を上げる。どうやらそっくり兄妹が気になるのか、手を伸ばしてなにかを訴えていた。ユーリ、ジークとリンではなく女神さまに興味を示すのは難しいのかと、私はユーリの視界に女神さまが映り込むように足を動かした。
「やー」
女神さまを視界に入れたユーリが妙な声を上げる。そうして女神さまが難しい表情をするため、二人の距離が縮まる気配がなかった。どうにも西の女神さまがユーリに対して苦手意識を抱いていることを、ユーリはきっちり認識しているようだ。これ以上、女神さまの赤子苦手意識が酷くなるのは不味いと判断して、私はユーリを乳母の方に預けて静かに部屋を出た。
「嫌われている」
部屋を出て直ぐ、女神さまの第一声だった。ジークとリンと私は女神さまを見て苦笑いを浮かべた。案外人間臭い所もあるのだなと、三人で顔を合わせる。しょぼんと落ち込んでいる女神さまにクロが『大丈夫だよ~』と励ましているのだが、女神さまは割とショックだったようで反応が薄かった。
「それは女神さまが苦手意識を持っているからかと。小さい子は大人が自分に向けている感情を読むことに長けていますよ」
「どうすれば良いの?」
私が赤子について語ると女神さまがばっと顔をこちらに向ける。ユーリだって初めて見た人……一柱に驚いて泣いただけだから、難しいことはなく要は慣れの問題だろう。毎日顔を突き合わせていれば嫌でも慣れる。
「もう少しユーリと関わる時間を増やしてみましょう。最初は泣いてしまいましたが、泣き止んで女神さまの存在を認めていたので、慣れれば問題なく一緒にいられるかと」
ユーリもユーリで一泣きすれば、あとはケロッとしていたのだ。明日、彼女が女神さまにどうのような反応を示すのかは分からないが、試す価値はあるはずである。それに魔力量の多いユーリで慣れておかないと、他の赤子に女神さまを会わせられない。苦手意識を克服するには荒治療が一番だろうと女神さまの顔を見上げる。
「赤子は赤子の期間が凄く短い……大丈夫かな……」
「お屋敷で過ごすなら毎日顔を合わせられますからね。きっと慣れてくれます」
心配そうな顔をしている女神さまに私は笑みを浮かべて、彼女に大丈夫だと言い聞かせるのだった。
――次の日。
また女神さまとユーリの部屋へと顔を出す。今日はアンファンも部屋にいたようで、西の女神さまを認めた瞬間凄い形相になった。私がアンファンに西の女神さまと紹介すると、南の女神さまではないことに安堵しつつきちんと挨拶をしていた。西の女神さまは十歳前後の子供にも苦手意識を抱いているようだが『よろしくね』と声を上げてホッとしているようだった。私はアンファンに気になることができたので、少し聞いてみようと口を開いた。
「アンファンは南大陸出身なので、南の女神さまが怖かったですか?」
「西の女神さまより感じる圧が強かったので、遠くから見ていることしかできませんでした」
アンファン曰く南の女神さまから放たれる圧よりも、西の女神さまから感じる圧の方が弱く感じるそうだ。アンファンが南大陸出身者ということをすっかり忘れていたことは申し訳ない限りである。思い出していれば南の女神さまと鉢合せしないように配慮できたはずだ。
私が謝るとアンファンは少し照れ臭そうに首を振る。以前の環境より良い暮らしをしているし、ユーリが無事に過ごして成長していることが嬉しいとのこと。最初こそアンファンは針鼠のように毛を立てていたけれど、最近は丸くなったものである。
子爵邸の大人組に交じってアレコレ学んでいるようだし、読み書きはマスターできて今は計算を勉強中なのだとか。サフィールの話では侍女の方に教えを請うて、ユーリの側付きになる勉強をしたいとか。
夢や目標があるのは良いことだ。誰かが言っていたけれど、目標があれば人は成長できるらしい。確かに緩慢に日常を過ごすよりも、なにか小さなことでも良いから目標を立てて進んで行けば毎日が充実しそうだ。
「アンファン……成長しましたね」
「サフィールさんのお陰です」
私が勝手に彼女の成長を喜んでいると、しれっとした顔でアンファンがサフィールのお陰だと少し胸を張っていた。確かに子供たちの成長はサフィールと託児所を任せている方たちのお陰だ。私一人では子供の面倒を見れないし専門知識も皆無である。
「末妹は不器用だから……怖がらせてごめん」
西の女神さまがアンファンに謝ると、謝罪を受けた本人がぎょっとした顔をしてぶんぶんと首を横に振った。アンファンは南大陸で聞いていた南の女神さま伝承を信じていたそうで、遠目で見ている限りは怖かったそうだ。でも危害を加えられていないし、貧民街にいた大人の方が怖かったと語る。
「アンファン。貧民街で暮らしていた頃の記憶は貴女にとって良いものではないはずです。でも過酷な環境で得た経験は必ず貴女の糧となるでしょう」
私の言葉にアンファンがゆっくりと頷く。少し説教の様になってしまうが彼女には伝えておきたい。アンファンは貧民街で生き延びるために人に言えないようなこともしてきたはずだ。彼女が成長して過去を悔やむことがあるかもしれない。
せめて自責の念に駆られて心が病んでしまわないようにと願うばかりだ。彼女にはユーリの侍女になるという目標があるから大丈夫だと信じたいけれど、嫌な記憶は突然フラッシュバックすることもある。
「過去を悔やむことがあるかもしれませんが、友人を沢山作ってくださいね。子爵邸にいると大人が多いのでアンファンには少し難しい環境ですが、託児所の子供たちもいます。きっとアンファンが大人になるにつれて、迷うことや困ったことがあれば良い相談相手になってくれるはずですから」
私の話を聞いている彼女は真面目な顔で聞いている。伝えた言葉の意味が全て伝わっているのか分からないけれど、せめて半分くらいは理解して欲しい。私もジークとリンとクレイグとサフィールがいたから貧民街から抜け出せた。
彼らがいなければ生きる意味なんてなかったし、早々に野垂れ死にしていただろう。アンファンにはこれから明るい未来が待っていて欲しい。もちろんユーリにも。
「すみません、あまりこのようなことを話す場ではないですね」
説教臭いことを始めたのは私なのに恥ずかしくなってきて、結局伝えることを止めてしまった。彼女に言いたいことは言えたので後悔はないけれど。早々にアンファンと話すのを止めて、私はユーリの下へと行き床にしゃがみ込む。
「ユーリ。女神さまに少しは慣れたかな?」
ユーリの小さな小さな手を握って、私は彼女と視線を合わせる。私の言った意味をユーリは理解していないのか、こてんと首を傾げてへにゃりと笑うだけである。なにが楽しかったのかは分からないけれど、昨日のようにユーリが西の女神さまの気配を感じて泣くことはなくなっていた。
「ナイ、私の扱いが適当」
「そんなことはないと思いますが……」
女神さまと私のやりとりに、ジークとリンはなにも言わず、アンファンも無言なのだが、乳母の方は『もう少し女神さまを敬っても良いのでは』と黙って心配をしているようだった。私は女神さまのことをきちんと扱っているはずなのに、ご本人から苦言を呈されるとは遺憾の意を表したい。とはいえ直接そんなことは言えない。
「では、どのように対応すれば?」
「…………やっぱり今のままで良い」
一先ず女神さまが望むことを聞いてみるのだが、彼女は片眉を上げながら少し考える素振りを見せて結局現状維持で構わないと告げた。女神さまの心境が掴み辛いなと首を傾げると、なんでもないから気にしないでと彼女が言葉をくれる。
私の側で遊んでいたユーリが絨毯に手をついてハイハイを始めると、女神さまの下へと近寄って彼女の足下で遊び始めた。女神さまはユーリが側に寄ったことで、凄く緊張しており、また直立不動になっていた。ユーリは将来大物になりそうだが、女神さまがユーリに慣れるのはまだ時間が掛かりそうだと私は苦笑いを浮かべた。
「ユーリ、可愛いのに」
アンファンが女神さまに聞こえないようにぼそりと呟いた。アンファンには女神さまがどうしてユーリを恐れているのか分からないようである。理由を説明しても良かったけれど、女神さまの過去を勝手に広める訳にはいかないので私たちはアンファンに伝えることを諦める。
ユーリの手が女神さまの足に触れると、ギギギと音が鳴りそうな勢いで女神さまがユーリを見下ろした。そうしてユーリと目が合えば、女神さまはぴゃっと彼女から視線を逸らす。暫くどころか一ケ月先も不安だなあと、私は小さく息を吐くのだった。