魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
アガレス帝国にある銅鉱山に移動するため飛空艇で移動している。落ちやしないかと少し心配になるけれど、クロが大きくなってみんなを墜落から助けてくれると言い切ってくれた。それなら安心だと息を吐いて、ちょっとした空の旅を楽しんでいる。
一緒にこられなかったウーノさま方は残念そうにしていたけれど、銅鉱山から戻れば食事会があるので待っているとのこと。女神さまたちがいらっしゃるので緊張するが、聞きたいこともあるから準備を万全に整えておきますと仰っていた。
「竜の皆さまの背に乗っている時とはまた違う感じがして、ちょっと不思議な感じ」
飛空艇の座席に腰掛けて窓から下を覗き込む。雲の上まで飛ぶことはできないけれど、結構な高さを維持して飛空艇はアガレスの空を飛んでいる。帝都を出発して一時間、結構な距離を移動しているので眼下には小さな町や村があった。
帝都より規模は小さいが、結構立派な感じがしておりアルバトロス王国の小さな領地の町や村より大きかった。それに竜のお方の背に乗っていると風を受けたり、鳥さんが並走したりして面白いけれど、飛空艇は空気の流れはないし鳥さんが一緒にいることはない。それよりもプロペラに鳥さんを巻き込まないかが心配であった。
『ディアンたちが拗ねるから、飛空艇が良いなんて言わないでね、ナイ。ボクも拗ねるよ?』
クロが私の肩の上で小さく愚痴を零した。飛空艇が良いとは言っていないけれど、クロにはそう聞こえたようである。私の背中を長い尻尾でてしてし叩きながら、身体を左右に揺らしていた。
「それは困るし、竜の皆さまの背に乗ってお出掛けするのは楽しいよ」
飛空艇に乗れる機会はアガレス限定だし、そうそう乗ることはない。それに共食い整備をしているようだから、いつかは飛べなくなるのだろう。それはそれで寂しいが致し方ない。クロは私の言葉を聞いて顔をおもいっきり捻った。
『本当?』
心配そうなクロに私はどうして疑うかなと苦笑いを浮かべて口を開く。
「本当」
『なんじゃ、いちゃいちゃしおって。ワシ、動けんからつまらんぞ、ナイ』
私の膝の上にちょこんと鎮座しているクマのぬいぐるみ――グイーさまの意識入り――が声を上げる。周りに聞こえるとアガレス帝国側の方々が驚くので声は抑えてくれていた。
「いちゃいちゃはしていませんが、グイーさまが人の形を保つには凄く大量の魔力を消費するので仕方ないではないですか」
動けないと仰ったのでクマのぬいぐるみの両手を掴んで適当に動かしてみた。少し動かし続けていると『視界が揺れる』と抗議が入ったためクマのぬいぐるみで遊ぶのは止めておく。私の隣に座っている南の女神さまが呆れた視線をクマのぬいぐるみに向け、東と北の女神さまが後ろの座席から顔を出す。
「そもそも言い出したのは親父殿だろ……」
「ですわねえ」
「ですね。お嬢ちゃんを悪く言うのは筋違いでは」
南の女神さまが呆れ声を上げると、北と東の女神さまが相槌を打つ。グイーさまの抗議から助け出された形となるのだが、西の女神さまは私より前の座席――一番窓が大きい席――に腰を下ろして下界を見下ろしている。ご自身の父親が妹さんたちに悪く言われているのに全く気にしていなかった。彼女はグイーさまより外の世界を楽しむ方が良いようである。
『…………最近、ワシの威厳がどんどんなくなっておらんか?』
気の所為ですと言いたいけれど、気の所為ではないようなのでなにも言えなかった。三女神さまも沈黙を守っているので、なんだか微妙な雰囲気である。私の席の近くに座っているジークとリンはなにをしているのやらという雰囲気で、周囲を警戒している。
ソフィーアさまは私がグイーさまに失礼な態度を取らないか少々心配しているようだ。セレスティアさまは何故か銀髪くんとの再会に期待に胸を膨らませていた。どうやらご意見番さまの最後の願いを叶えられなかったことが、彼女には凄く不服であるらしい。
三年前はあまり関われなかったから、今回機会があれば一発くらいシバキ倒したいと言っていた。銀髪くんは彼女の拳で十メートルくらい吹っ飛びそうだと、アガレスへと旅立つ前に幼馴染組で話していたのだが果たしてどうなるやら。
『誰か答えて?』
可愛らしいクマのぬいぐるみから、厳つい男性の情けない声が聞こえてくる。とりあえずクマのぬいぐるみを私の膝上から窓際に置くと『おお!』と感嘆の声が漏れた。オーロラを妙な方法で生み出している方なのに、飛空艇から見下ろす世界が面白いようだった。
西の女神さまと同様にクマのぬいぐるみから声が聞こえることは無くなり少しの時間が流れると、飛空艇が高度を下げていく。そうして地面へと降り立つのだが、この飛空艇は垂直離着陸が可能であったようだ。若干、麦畑の恨みが蘇りそうになるけれどアガレスの政権は交代しているのだから、過去を遡るべきではないと大きく息を吐く。
「皆さま、到着いたしました。場所柄故、足元が悪うございます。十分にお気を付けください」
恭しくアガレスの高官の方が礼を執った。私は座席のベルトを外して立ち上がる。周りはなにもないはげ山に飛空艇が降りられる場所を整備しているのは、銀髪くんのような懲罰者を運ぶためだろうか。
飛空艇のタラップをゆっくり降りて地面に立つ。少し離れた場所にはレールが敷設されていてトロッコがさらに遠くに見えた。おそらく掘り出した銅鉱石を砕く場所に移動させ、そこから溶炉に放り込むのだろう。質が高ければ良い銅のインゴットが作れるのだろうと目を細めていれば、表情の薄い西の女神さまがキリっとした顔で立っている。
「行こう、ナイ」
西の女神さまは何故私の名前を直接指名するのでしょうか。一緒に行くのは北か東か南の女神さまで良いのでは。不思議に感じていると南の女神さまが一緒に行ってやれと目線で訴えてくる。仕方ないかと諦めて私は彼女の隣に立てば、アガレスの高官の方が近寄ってくる。
「奥に行けば行くほど崩落の危険が高まるため、安全を確保できている場所まで件の者を連れ出しています。申し訳ありませんが、そこまで徒歩でお願い致します」
確かに鉱山なんてものは、崩落の危険性が高く事故も多い。技術の確立も未熟な世界なので余計に起こり得る事故だろう。
「無茶を言ったのは私。問題ない」
「私も問題ありません。あの、崩落に巻き込まれて事故を起こせば双方の国に多大な影響を及ぼしてしまいます。私が障壁を張って移動しても良いでしょうか?」
西の女神さまは問題ないだろうけれど、崩落に巻き込まれたり事故が起こればアガレス帝国もアルバトロス王国も迷惑を被る。それならと私は小さく右手を上げながら言葉を紡いだ。グイーさまが圧死は嫌だなあと小さな声でぼやいているけれど、神さまって死ぬのか謎である。頭と胴体を切り離しても復活しそうだ。
「そ、それはもちろんでございます。流石、黒髪黒目のお方!」
アガレスの高官の方に感謝されながら、鉱山の入り口に辿り着く。鉄扉が張られている入口は、中からの脱走者を防ぐためのものらしい。入口は灯りが灯っており、空気が少しひんやりしていた。
アガレス帝国の季節はアルバトロス王国と同じ晩秋の頃である。それより低い気温なので、奥に入ればもっと下がってしまうのだろうか。一先ず、先程の申し出を実行するために障壁を張る。私が動けば障壁も一緒に動く代物なので大きな問題はない。
女神さま方がいらっしゃるので術の行使に違和感を受けるけれど、障壁を張れなくなるほどのものではない。多分私の魔力と女神さま方の魔力が干渉しているようであった。
障壁を張ってトロッコのレールに沿いながら歩いていると、時折ガラの悪い方と鉱山職員の方――おそらく警備員――が道の端に寄って礼を執っていた。ガラの悪い方たちの手足には枷が嵌められているので、犯罪者が多く鉱山に送り込まれているようだった。
「こちらの部屋となります」
鉱山に入って十五分ほど歩いた道の脇に部屋が作られていた。扉を潜れば普通の部屋があり奥には鉄格子が設置されていた。
「あまり良い部屋ではありませんし、鉄格子越しの面会になることをご了承ください」
アガレスの高官の方が鉄格子の前から端に寄れば、牢の中にいる銀髪くんの姿が見えた。地面に座り込んで下に向けている視線を上げた彼は特に変わった様子はないけれど、以前より煤けているような気がする。
「あ? 糞餓鬼じゃねえか!」
にっと笑った銀髪くんは相変わらず口が悪い。人様の容姿を馬鹿にしないで欲しいと私は口元を引き攣らせる。
「お久しぶりです。お尻の調子は如何でしょうか?」
口元を歪に
ジークとリンは銀髪くんに思う所があるものの、私に危害を加えられないことを理解しているし、私よりあとの方が凄いことになるはずと考えてなにも言わない。ただ手出しできない状況下でも気を抜いていないのは護衛として信頼できる二人であった。
「てめえ……!」
「貴方に用があるのはわたくしではありません。失礼のないように質疑応答してくださることを願います」
「ん」
西の女神さまが短く言葉を零して私の後ろから前に移動する際に、彼女からとある品を渡された。それは西の女神さまの力を抑える魔道具の腕輪だった。片手にぽんと置かれてすぐ、西の女神さまの神力がぶわりと溢れ出す。
私は不味いと判断して五節の魔術詠唱を行って新たな障壁を張った。女神さまが鉄格子の一番近くに立っており、怒りの先が銀髪くんに向いているので以前のような圧は感じないけれど、アガレス帝国の皆さまは無防備だ。
私が障壁を張っても腰を抜かして地面に尻餅を突いている。ジークをチラリと見て彼らをお願いと無言で頼めば、意を汲んでくれた彼がアガレス帝国の皆さまに声を掛けてくれた。アガレスの方々はジークに任せておけば大丈夫として、銀髪くんは西の女神さまの圧に耐えられるだろうか。
「本気で怒っていらっしゃいませんか、お姉さまは」
「本気のようですね。珍しい」
「やべえな。勢いで殺しかねねぇ……東と北の姉御。不味い状況なら西の姉御を止めよう」
その証拠に、北と東と南の女神さまが少々気を張って西の女神さまの背を眺めている。私も私で惨殺死体など見たくはないので西の女神さまの動向に注視するのだった。
◇
――アガレス帝国帝都・皇宮・迎賓館。
アガレス帝国の建築職人が贅と技術をつぎ込んだ立派な部屋ではあるものの、大陸を司る女神さま四柱を迎え入れる場所に相応しいのだろうか。わたくしの疑問が氷解することはないが、ナイさまも戻ってくればご一緒に食事を摂る手筈となっている。
私は料理人や使用人、アガレス帝国の高官の皆を巻き込んで今夜の食事会の指示に精を出していた。失敗は許されない状況なので、皆真剣な表情で取り組んでいた。わたくしの側で控えていた五番目の末妹が不意に呼び止める。どうしたのかとわたくしが背の低い彼女を見下ろせば小さく首を傾げた。
「姉上、アストライアー侯爵さまが抱えていたクマのぬいぐるみですが……職人に作って頂きませんか?」
そういえばナイさまは何故か腕の中にぬいぐるみを大事そうに抱えていた。アルバトロス王国の職人が作ったものなのか、帝国にあるクマのぬいぐるみとは少々趣が違う。確かに可愛らしいものだったし、末妹がわたくしに提案を申し出るのも致し方ないことだろう。
「……! ナイさまとお揃いになるわね!! 今、職人を呼ぶのは憚られるので今回の件が終わり次第製作に取り掛かって頂きましょう! ナイさまの滞在中にお願いすれば、ぬいぐるみをお借りできるかもしれません。画家も呼んでおきましょう!」
黒髪黒目のナイさまとお揃い。それだけで胸が躍る響きだ。流石わたくしの末妹と褒めれば、他の妹たちも良い提案だと頷いて自分たちも欲しいと申し出た。ぬいぐるみであれば私財から捻出すれば問題ない。
あとはどれだけナイさまが抱えているぬいぐるみを高レベルで再現できるかどうかにかかる。できれば寸分の狂いもなく作って欲しいが、口頭で伝えれば齟齬が出てくるはずだとわたくしは絵師を用意しようと妹たちに提案した。
「ウーノお姉さま、流石です!」
「しかし南の女神さまも黒髪黒目でいらっしゃるのですね」
妹たちの言葉に私はふいに南の女神さまのご容姿を頭に思い浮かべる。なんだかナイさまと似ておられましたが、ナイさまが南の女神さまに似ていらっしゃるのでしょう。
とてもお可愛らしい方なので是非ともお話をしたい所ですが、お相手は人ではなく神という特別な存在だ。私のような者が安易に話しかけては駄目だと必死に言い聞かせた。妹たちも私と同じ気持ちのようで、話しかけたいけれど話せない葛藤があるようだった。
「さあ、一先ずは今夜のためにもうひと踏ん張り致しましょう!」
とにもかくにも妹たちに今夜の失敗は許されないと伝えて気合を入れ直すのだった。嗚呼、ナイさま。早く戻ってきて可愛らしいご尊顔を見せてください。
◇
西の女神さまと銀髪くんが相対する。入坑前に私の魔力を抑える魔術具を彼女に渡し身に着けているので、神圧は随分と感じ辛くなっているので銀髪くんは西の女神さまだとは気付いていないようである。
クマのぬいぐるみのグイーさまと南の女神さまが大丈夫か心配そうな雰囲気で女神さまを見守り、北と東の女神さまは面白い展開にならないかと鉄格子越しに相対する二人を見ていた。
私は銀髪くんに対する感情は当の昔に底を突いているので、彼がどうなろうと構わない。クロは据わりの悪そうな顔をして、女神さまと銀髪くんを見ている。ご意見番さまのことを知らないはずのアズとネルはジークとリンの肩の上でご機嫌斜めなようで、尻尾を左右に振ったり縦に振って忙しなく動かしている。
クロを連れてこない方が良かったかなと見れば、私の視線に気付いてこてんと顔を傾げる。おそらく無茶をしそうな西の女神さまを見守るために一緒に赴いてくれたのだろう。有難いと目を細めて、鉄格子の方へと私は視線を戻す。
「どうして弱っていた白銀の竜の命を奪ったの?」
西の女神さまが開口一番、聞きたいことを直球ストレートで放つ。
「白銀の竜ってなんのことだよ」
ああん、と目を見開いた銀髪くんが口元を伸ばして目の前の女神さまを煽る。西の女神さまは顔の筋肉が一瞬だけぴくりとさせて、むっとしているがなにも言葉を紡がない。
「なあ、女。仮に俺が竜を殺したとして問題あんのかよ? 冒険者として名を上げる踏み台にする奴だっているかもしれない。強さの証明のために殺す奴がいるかもしれない。それのなにが悪いってんだ?」
問題があったから鉱山送りにされてキツイ仕事に従事しお金を巻き上げられているのに銀髪くんの認知はどうなっているのだろう。確かに竜を倒せば有名になれる。ジークとリンも黒い竜を倒して貴族籍を手に入れているのだから。
ただし、暴れてみんなに迷惑を掛けているという条件が付くけれど。ご意見番さまは人知れず深い森の奥に降り立って休憩をしていただけなのに、銀髪くんの手に依って瀕死の重傷を負い命を落とした。
大地から産まれ出た竜は最後の地を求めて、死出の旅へと立つのに途中で願いが叶わなくなったのだ。ご意見番さまを見守っていたなら、彼は最後の地に辿り着き大地へ還って多くの命の糧になっていたことだろう。
ご意見番さまの願いを奪った銀髪くんの行動は短慮と言わざるを得ないし、一緒にきているディアンさまとベリルさまの雰囲気が異常に怖くなっている。そして話を聞いているダリア姉さんとアイリス姉さんも青筋を立てて彼の声を聞いていた。
「弱い奴から奪って得られるものは少ねえけどよ、強い奴から奪えば金と名誉は確実に獲れる。竜の癖に昼寝ぶっこいていた奴の方が悪いんじゃねえの?」
銀髪くん的には仮定の話で進ませているようだけれど誤魔化せているとは全く思えない。聞くに堪えない彼の声を何時まで耳にしていれば良いのだろうかと盛大に息を吐きたくなったその時だ。
「ちょっと、ごめん」
西の女神さまがぶわりと圧を高めた。私の腕の中にいるクマのぬいぐるみが『娘は相変わらず凄い圧だのう』と感心しているが、他の皆さまが耐えられないのではなかろうか。現に北と東と南の女神さまが『げ』と短く言葉を零している。鉄格子の中の人はどうでも良いとして、アガレスの案内役の方とアストライアー侯爵家一行と私はたまったものではない。
身に着けている私の魔術具の指輪を全部外して、女神さまの神圧を少しでもマシにできるようにと私は更に魔力を練った。ぶわりと揺れ始める髪を見たジークとリンが無茶をするなと言いたそうだが、怒っているであろう西の女神さまの神圧がどれほど高まるのか分からない。さて、少し前に張った障壁は何時まで持つのかと真一文字に唇を結ぶ。
「な! お前、人間なのか!?」
銀髪くんが目を見開いて驚いている。そりゃ西の女神さまは神さまなので人間なんてちっぽけな存在ではない。クマのぬいぐるみが『相変わらず凄い魔力量だなあ』と感心しているようだが、西の女神さまの動きに注視しておかねば。
今はまだ彼女の神圧が銀髪くんへと向いているのでマシな状況だ。それを踏まえると驚いている割には意識を失っていない彼は異常とも言える。認知が歪んでいるようだから、自分に向けられていると感じていない可能性もあるけれど。
「人間じゃないよ」
「なら、なんだってーんだよ!」
女神さまから目の光が消え、銀髪くんをなんの感情を灯さない瞳で見ている。ちょっと怖いなと横で魔力を常時練りながら見ていると、チラリと女神さまが私を見て視線を元に戻した。
「神だよ。私は西の大陸を司っている。貴方が気絶すると困るから少し弄ってる」
西の女神さまはなにを弄っているのだろう。言葉足らずだから意味をきちんと把握できない。銀髪くんの額には汗がうっすらと流れ始めているので、女神さまの神圧を感じているようだ。
「嘘を吐け! 神だという証拠がどこにあるんだよ! 自称ならいくらでもできるだろうが!!」
冷や汗を掻きながら銀髪くんは虚勢を張って声を上げる。その胆力は凄いけれど、別の所で役立てれば銀髪くんはもっと冒険者として活躍できていただろうに。
「そうだね。自称に過ぎないけれど、私は何万年も生きていて白銀の竜と話をしたことがあるんだ。仲の良かった友達を奪われた、君にね」
西の女神さまの言葉に銀髪くんが『知るか!』と言い放つ。彼女はもう会話をすることを諦めたのか、伸ばしていた背を少し丸めてしまった。大丈夫かなと私が西の女神さまの腕に触れれば、彼女は力なく笑った。
どうやら話せば理解して銀髪くんが反省をしてくれるのではないか、という気持ちが女神さまの中にあったようである。銀髪くんは行きつくところまで行きついているので、性格の矯正は無理だろう。西の女神さまは優しいなあと感心していれば、手元のクマのぬいぐるみから圧を感じる。
『娘よ、世界には救えないものがある。西の者の魂だ。お前さんの好きにせい』
ちと不思議な感じがするがまあ良いだろうと、クマのぬいぐるみが声を上げる。アガレスの高官の方々がクマのぬいぐるみが声を上げたことに驚いているけれど、今の状況で突っ込む気概はないようだ。
「良いの、父さん?」
『構わん。救いようのない馬鹿のようだからなあ』
西の女神さまがクマのぬいぐるみに視線を向けて首を傾げる。クマのぬいぐるみは構わないと仰れば、女神さまは良い顔になった。南の女神さまには『親父殿がそこまで言うとは珍しい』と呟き、北と東の女神さまは『ええ本当に』『珍しいですね』と小さく声を漏らしていた。
亜人連合国の皆さまは銀髪くんが最後の時を迎えると察知して怒りを引っ込めたようだ。銀髪くんの命を奪うことは彼らにとって赤子の手を捻るようなものだ。でも、やらなかったのは命を無駄に奪っても仕方ないと考えていたか、死んで楽にさせる気はなかったのかのどちらかだ。神さまの決定によって亜人連合国の皆さまの憂さが晴れると良いのだが。クロもクロで『彼は無茶を言うねえ』と銀髪くんに感心を向けている。
「じゃあ……母さんの所に行こう。母さんなら私より良い方法を知っているはず」
小さく零した西の女神さまが銀髪くんの方へと右腕を伸ばした。女神さまの右手に圧が集中しているのが分かる。南の女神さまが近寄るなよーと軽い調子で言い放ち、私の左手を取って少し後ろへと下げる。
「ま、銀髪野郎は自業自得だ。深く考え過ぎるなよ、ナイ。姉御直々の罰が下っただけだからな」
姉御的には子供が蟻を踏みつぶしたくらいにしか感じていないぞと続けて教えてくれる。ある意味、銀髪くんにとって一番残酷な結果となったのかもしれない。しかし女神さまたちのお母上はそんなにデンジャーな方なのか。
疑問に思ってクマのぬいぐるみに私が視線を向ければ『テラは過激だからなあ。助言の送り方を間違えた』とぼやいている。なににせよ西の女神さまは地球に赴くのだろうか。
「――吸収」
西の女神さまの言葉をはっきり聞き取れなかったのだが、なにか呪文を唱えると銀髪くんの身体がぐにゃりと歪む。そうして地面から黒い触手のようなものが現れて、銀髪くんの身体を包み込んでいる。
「ひっ! な、なんだよ、コレ!!」
足を黒い触手に覆われた彼が短い悲鳴を上げて、今までにない表情になっていた。そういえば恐怖を抱いている顔を見るのは初めてではないだろうか。ずっと不敵な表情か、人を小ばかにしている顔しか見ていなかったから銀髪くんにしては珍しい。
おそらく女神さまの術が未知のものだから、自尊心よりも恐怖が勝ったようである。むっと私が顔を顰めるとジークとリンが私の前に出て視界を塞いだ。どうやら見なくても良いということらしい。
そっくり兄妹も南の女神さまも過保護だなと苦笑いを浮かべれば、鉄格子の奥に銀髪くんの姿はなかった。一先ずアガレスの高官の方たちに事の経緯を話して許可を得ること、ウーノさまにも許可を得ること、亜人連合国の皆さまにも一応話を聞いて銀髪くんの処断を西の女神さまに任せても良いか確認を取らなければ。
もちろん、そんな手回しなんて必要ないだろうけれど念のためである。ふうと息を吐いた女神さまは外した腕輪を私から受け取って、ご自身で身に付けた。すると一気に部屋の中に満ちていた圧が下がると、今度はアガレスの高官の方が私の方へと視線を向けた。その視線で私も魔術具を着け直さなければと気付き、いそいそと指輪を身に着ける。ほっと息を吐いているアガレスの高官の方たちには申し訳ないことをした。
とりあえず消えた銀髪くんの行方を確認しようと、西の女神さまの横に私は並ぶ。
「女神さま、彼は?」
「ん。違う空間に行って貰った」
少しドヤっているような女神さまに私は苦笑いを向ける。違う空間というのはロゼさんと副団長さまたちが使っている収納魔術に利用する空間と似たような代物だろうか。荷物を収納するには便利な機能だけれど、人間を収納すると大変なことになっていそうだ。
「生きているのですか?」
「うん。時間が流れがゆっくりだから、彼にとってはこっちの千年が一秒くらいに感じているはず」
どうやら銀髪くんは凄い空間へと移動させられたようだ。西の女神さまによれば魂の流刑地みたいなものだそうだ。救いようのない魂を女神さまの下で管理監督するのだとか。で、テラさまに会った時に銀髪くんにはどんな罰を加えれば効果的なのか聞いてみるとのこと。銀髪くんの扱いがある意味で凄くなってきていると感心していれば外に出ようとなる。
アガレスの高官の方にまた道案内を受けて外に出れば、曇天が目の前に広がっていた。雨が降りそうな雰囲気に銀髪くんの未来を指しているようだと飛空艇に乗り込む。そうしてもう一度、アガレスの帝都を目指すのだった。