魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
東の女神さまがアガレス帝国をウロウロしたいとウーノさまに伝えると、アガレスのトップを務めるお方が白目を剥きそうになっていた。まだ先の話だし、予定は未定の状況だと私が伝えてその場を収めたけれど……ウーノさまには申し訳ないが耐えて頂くほかないのだろう。
――一夜明け。
アガレス帝国に渡航前、女神さま方の警備はどうしようかと悩んでいたら西の女神さまの一言により一蹴されていた。曰く、人間が私に敵うわけがないと仰って、私たちも確かにと納得したのだ。
しかしながら護衛がゼロという訳にもいかず、最低限の警備の者は付けると彼女に伝えている。警備が付くことに文句はなく、アガレス帝国の街をウロウロできる方が西の女神さまは嬉しかったようである。
今からアガレス帝国の帝都に繰り出すのだが、東と北の女神さまは皇宮でお留守番をするとのこと。南の女神さまは西の女神さまがフラフラとどこかに消えてしまう可能性があるので、グイーさまから監視役を賜っていた。グイーさまもクマのぬいぐるみを介してアガレス帝国の街並みを見て回る。その際、クマのぬいぐるみは私が抱えることになっていた。
亜人連合国の皆さまも亜人が外に出れば目立つとのことで皇宮に残っている。またウーノさまと話し合いの場を設けて新たな取引を始めるようだ。販路拡大になるだろうし、亜人連合国にもアガレス帝国にとっても悪い話ではないので是非お互いに納得できる取引ができると良いのだが。
早朝、朝陽が昇って直ぐ。アガレス帝国皇宮の馬車回りにお出掛けする方たちと、お見送りの面子が集まっていた。おはようございますと私が声を掛ければ返事がくる。
アストライアー侯爵家一行には調子の悪そうな方はいなさそうだと頷いていれば、ウーノさまアガレス側のお偉いさんたちがやってきた。ウーノさま方は少し遅れてしまったことを開口一番に謝罪をくれ、いえいえと言葉を返しておく。
「帝都をお騒がせすることになって申し訳ありません」
私は黒髪黒目なので東大陸だと信仰対象なので目立って騒ぎになるのだが、女神さまとなればもっと騒がしくなるのだろう。一度、帝都を大騒ぎにしているので私が言えることではないが伝えておかねばならない。
「構いません。女神さまがいらっしゃったとあれば、帝都の者たちは喜びましょう」
ウーノさまが笑みを携えて構わないと仰ってくれた。確かに女神さまを一目見たとなれば幸運が訪れそうだが、アルバトロス王国民より魔力が低いので女神さまの圧を受けやすいのではないかと心配である。
一応、魔術具を身に着けて貰っているので大丈夫だと思いたいが、帝都民の方の前に姿を見せてはいないので果たしてどうなるのか。なるようになるさと腹を決めるしかないとウーノさまに私は一つ頷いて、西の女神さまと南の女神さまを見る。
「驚かせるつもりはないのに」
「仕方ねえよ、姉御。昔より人間が持つ魔力量が低くなってんだ。そりゃあたしらに敏感になるさ。だから力を抑えろって親父殿に言われたろ」
西の女神さまがぼやくと南の女神さまが彼女を見上げてフォローを入れている。物理的にも精神面を比較しても、どちらが姉なのか分からなくなる光景だ。
「でも父さんも君も具体的な抑え方、教えてくれなかった……」
しょぼんと顔を変えた西の女神さまに南の女神さまがやばいという雰囲気を放つ。
「そ、それは……悪りぃな、あたしも親父殿も説明苦手なんだよ。こう下腹にぎゅっと力込めてたら収まらねえか?」
「やってみる」
南の女神さまがガリガリと後ろ手で頭を掻きながら、凄く大雑把に神力操作について語っている。私も同じことをすれば魔力の漏れがマシになるのだろうか。放出ではなく抑える方法なので、私も西の女神さま同様に少し試してみた。大丈夫かという心配そうな表情の南の女神さまは西の女神さまを真剣な眼差しで見ながら、ごくりと喉を動かした。
「……変わんねえな。ま、まあナイに魔術具作って貰ったんだろ? 良いじゃねえか」
ふうと息を吐いた南の女神さまは私に視線を向けた。肩の上のクロが私に『同じことしたでしょ。ナイも変わらないねえ』としみじみと呟く。西の女神さま同様に下腹を締めるだけでは魔力漏れは防げないようだった。
集まっている方たちで雑談を交わしていると出発の準備が整ったようである。大丈夫かなという心配と美味しい食べ物はあるかなという期待が入り混じっている今回のアガレス帝国帝都探検は果たしてどうなるのやら。
とりあえず美味しい食べ物と女神さまを襲う方がいなければ良いなと願うしかない。女神さまを襲う方がいればアガレス帝国の立場が凄く危うくなるだろうし、共和国政府はここぞとばかりに『なにしとんじゃワレぇ!』と抗議の書簡を送ってきそうである。
「では西の女神さま、南の女神さま、ナイさま、皆さま、いってらっしゃいませ」
「うん」
「おう」
「はい。ウーノさま手配ありがとうございます」
ウーノさまの穏やかな声に西の女神さまと南の女神さまが答え、最後に私が言葉を返す。いそいそと馬車に乗り込めば、南の女神さまが対面に一人で座り、西の女神さまが私の横に座した。クマのぬいぐるみは私の膝の上である。
外ではジークとリンが警備に就いて、後ろの馬車にはソフィーアさまとセレスティアさまが乗っている。他にもアストライアー侯爵家が雇った書記官の方がいるので、アルバトロス王国に出す報告書の提出が少しだけ楽になった。彼が作成した書類に目を通して問題がなければ、アルバトロス王国へ報告書として提出して良いよとなったのだ。毎度報告書を記すのは大変だったから凄く有難い変化だった。
皇宮を出て貴族街を抜け、商業地区へ馬車が入る。
高級店が並ぶ地区のため、開店準備をしているお店が多かった。今の時間ならば中央広場の出店が並んでいる場所の方が活気があるだろう。西の女神さまはいろいろなお店が開いて人が沢山いるところを想像していたのか、少し残念そうにしていた。南の女神さまは姉上さまを見ながら苦笑いを浮かべている。やれやれと言った様子なので、お店が開いていないことを分かっていたようだ。
「どこか興味のあるお店はありますか?」
私は馬車の中で女神さま二柱に行きたい場所がないか問うてみた。どこか入りたいお店があるなら冷やかし――お店の方には申し訳ないが――で入って時間を潰すこともできる。
「ナイ、ナイたちが身に着けている魔石や天然石のお店はどこ」
西の女神さまが外へと向けていた視線を私へと変えて行きたい場所を答えてくれた。
「おそらく今の時間だと開いていないので、行きたいのであればもう少し時間が経ってからですね」
確か天然石を取り扱っている商店が開く時間はお昼前だったはず。なので数時間は他の所で時間を潰さなければならないのだが、高級店はどこも同じような時間に開く。早い時間に開いている店舗は高級な食材を扱っているお店である。もう少し場所を移動すればお金持ちの方に開かれているパン屋さんがあるそうだ。私の説明を聞いて西の女神さまが渋い表情になる。
「む。ここ、人が少ない……」
口のへの字にした彼女に南の女神さまが溜息を吐く。
「姉御、仕方ねえよ。こっち側は金持ちの人間がくる場所なんだから」
「じゃあ、どうするの?」
こてんと首を傾げる西の女神さまから南の女神さまは視線を外して私に向けた。さて、どうするか。
「出発の時間が早過ぎましたからね。馬車の中でなら帝都の各所を見れるかと。かなり広い都なのでアルバトロス王都より面白い所があるかもしれません」
本当は中央広場に立ち寄って、いろいろなお店を見て回る方が西の女神さまは楽しいだろう。でも、そうなると腰を抜かす人が続出するのは目に見えているので、興味の方向を逸らせないかと私は無理矢理な話題を上げた。
「……行く」
西の女神さまは少し納得していないようだけれど、仕方のないこともあると分かっているようだ。私は無茶を言われずに済んだことに安堵して、小窓から顔を覗かせてジークに状況を伝える。
分かったと短く彼から言葉が返ってきて前へと足を向ける。おそらく御者の方に話を通してくれるようだ。ジークは次に後ろに待機している御者の方へと連絡を入れて、周りの護衛の皆さまにも状況を伝えている。
少し予定が変わってしまったけれど、西の女神さまに興味がないのであればお店に入っても仕方ない。暫く待っていると馬車がゆっくりと動きだして、高級商店が立ち並ぶエリアから一般の帝都の皆さまが利用している店がある地区へと移動する。
「活気があるね」
「そりゃ、店が開いてんだから当然じゃん」
西の女神さまがポツリと漏らした言葉に南の女神さまが突っ込みを入れた。西の女神さまは南の女神さまの少し棘のある返しに無反応だった。どうやら眼前に見えている光景の方に興味が移っているようである。
私が南の女神さまに視線を向けると、彼女は肩を竦めて小さく笑っていた。お互いにお互いの態度を気にしていないから、仲が良いようでなによりである。窓から見える景色は生鮮食品店が多く見えていた。少し離れた場所に目線を移せば、服屋さんに金物屋さん、珍しい所は床屋さんもあって髪を切って貰っていた。外には出られないけれど、人の営みを直に感じられる場所を通っている。
帝都の街の皆さまは超高級な馬車が朝の早くから通っているので、なんだなんだと驚きの視線を向けているものの、関わると大変なことになると弁えている人が多いようだ。
流石に無茶ぶりくんのように行く手を阻むようなことをする無謀な方はいないと知って、帝都の皆さまの良識ある行動に一安心している。そして私は膝の上に乗っているクマのぬいぐるみに視線を向けた。
「そういえば、グイーさまが大人しいのですが……大丈夫でしょうか」
私の声に皆さまの視線がクマのぬいぐるみに集まるのだが、反応していれば『恥ずかしいのう』とでも声が上がりそうなのに。クマのぬいぐるみは無言を貫き通している。アガレス帝国の皆さまにクマのぬいぐるみが喋ることが露呈してから、割と頻繁に声を上げていたグイーさまが朝から黙ったままなのだ。
「寝てんじゃねえか?」
「気が向けば、父さんは勝手に喋り始める」
南の女神さまと西の女神さまから呆れたような声が上がった。そうして西の女神さまがクマのぬいぐるみの頭を手で掴んで、ぐりぐりと撫でまわす。
「ん。寝てる」
西の女神さまがクマのぬいぐるみの頭をひとしきりぐりぐりすると、彼女はグイーさまが寝ていると判断したようで私の膝の上から馬車の座席へと移した。
「反応がねえ……昨晩、酒を飲み過ぎたのかもな」
本当に親父殿は酒が好きだなと呆れ声を上げた南の女神さまは小さく息を吐いていた。そうして中央広場へと移動した馬車は少し遠巻きに、出店している沢山の屋台が見える位置に停まった。
どうやら朝ご飯を提供しているお店があるようで、馬車の中に良い匂いが漂ってきた。既に食事は済ませているのに、西の女神さまは平民の皆さまがどんな品を食べているのか気になるようだ。
彼女は窓に顔を近づけて匂いの元を探している。外には出られないという縛りがあるけれど……食べることはできるなと私はまた窓からジークとリンに視線を向けると、嬉しそうな表情でリンがこちらへとやってきた。
リンには誰かに屋台から食べ物を買ってきて欲しいとお願いする。その際、簡単に食べられる品が良いというお願いも出しておく。そうしてウーノさまから預かっている小銭を出してお願いと伝えれば、リンが嬉しそうに走って行った。
西の女神さまと南の女神さまは私の行動を見て首を傾げていた。暫く待っていると扉からノックの音が響いてリンが顔を出す。私は彼女にありがとうとお礼を告げればぱたんと扉が閉まる。私はなにを買ってきてくれたのだろうと、受け取った食べ物を覗く。
「私の好みの物を選んだか」
串焼きにパンとチーズにハム等いろいろだった。味が濃い目の品を選んでいるので、完全に私好みの品である。
「懐いてるよなあ。あたしらに遠慮してっから咎めてやるなよ」
「ナイ、ありがとうって伝えておいて」
南の女神さまが呆れた声を出しながら、私が持っているお肉の串焼きに手を伸ばす。西の女神さまも嬉しそうにお肉の串焼きに手を伸ばした。私の分のお肉の串焼きがないと気付いたのだが、致し方ないとお野菜さんの串焼きを手に取った。二柱の女神さまはリンと私が凄く仲が良いことを知ってくれているのだから、お肉の件については我慢すべきだと笑い、買ってきてくれた品を暫くの間楽しむのだった。
◇
馬車の中で買い食いしてお腹も膨れると、それなりの時間が経っていた。中央広場の人通りも朝より少し落ち着いている気がする。クマのぬいぐるみは相変わらず反応を見せないので、グイーさまはお腹を出しながら東屋で寝ているのかもしれない。
とりあえず西の女神さまが行きたいと仰った天然石の店に行こうかとなり、御者の方やみんなに伝えてると馬車が動き始めた。屋台で買ったクッキーを食べながら、西の女神さまと南の女神さまと私は顔を合わせている。西の女神さまは中央広場が見られて満足しているようだ。なにが面白かったのかはイマイチ掴めないが、得る物があったならそれで良いのだろう。
「アルバトロスの王都と比べるのが楽しみ」
西の女神さまが私の横でふふふと笑う。アルバトロス王国の王都は流石にアガレス帝国の帝都と比べると規模が半分以下になる。西大陸の南の位置にある小国のアルバトロス王国と、東大陸の三分の二を統治している帝国では首都の規模が全く違うのだ。
貴族街だって帝都はかなり広いし、商業地区のお店の数も違えば平民の皆さまの家の数だって全然違うのだ。遊びや買い物目的であれば帝都をウロウロした方が楽しいだろう。
「規模はこちらの方が大きいので、アルバトロス王国の王都だと見るところが少ないかもしれませんね」
私は西の女神さまの顔を見上げて苦笑いになる。アルバトロス王国の王都をウロウロして西の女神さまが『つまらない』なんて言い放てば、陛下方がショックで寝込んでしまうか、税金を投じて王都拡張を掲げそうだ。そうなると大変なことになるので、私は事実を西の女神さまに伝えておいた。彼女は私の顔を不思議そうに見下ろしながら口を開く。
「大丈夫。きっと面白い」
「けどよ、姉御。姉御がウロウロすると騒ぎになるぞ。どうするんだ?」
へへへと薄く笑っている西の女神さまに南の女神さまが尤もな疑問を投げた。投げられた疑問を聞いた西の女神さまは良い顔になる。
「顔、隠す」
「意味ないだろ、それ。作って貰った魔術具を身に着けても、驚いている奴がいるじゃねえか……」
南の女神さまの突っ込みが入る。確かに顔を隠しても意味はなさそうだ。女神さま方から放たれる圧が凄くて、魔力量が少ない方は気絶してしまったり、腰を抜かしてしまうのだから。魔術具を身に着けていても漏れているようで、今回訪れたアガレス帝国の警備兵の方はずっと青い顔をしたままだった。西の女神さまは少し考える素振りを見せて、ハッと何か閃いたようだ。
「む。じゃあ……父さんと君に教わった方法を自分なりに試してみる」
良いこと思いついたみたいな顔をして西の女神さまが南の女神さまに視線を向ければ、正面に座している南の女神さまが微妙な顔になる。
「母上殿に聞かねえの?」
「神力が足りない気がするし時期もあるから。確か、もう少しすれば波長が合う時期」
片眉を上げながら問うた南の女神さまに、西の女神さまが答えた。波長って一体なんだろうか。なにか地球から電波が飛んでいて、グイーさまの星も電波でも飛ばしているのだろうか。それをお互いにキャッチできるタイミングがあるとか……良く分からない。
「ああ。そういや、そうだったか」
ぽりぽりと後ろ手で頭を掻く南の女神さまとなにやら考えている様子の西の女神さまに、私は聞いてみれば良いかと疑問を投げる。
「波長ってどういうものですか?」
私が声を上げると、西と南の女神さまの視線が刺さる。
「説明は難しいけれど……星と星の距離が一番短くなる、とでも言えば良いかな。力の消費が少なくて済む」
「つっても、かなり消費するから、本当に連絡手段が限られているけどな」
どうやら地球とグイーさまが創造した星との距離が物理的に一番短くなる時らしい。確かに距離が近ければ近いほど力の消費は少なくて済むだろう。しかし女神さまでも通信は結構な力を消費するようで、頻繁にテラさまと連絡を取ることはないようである。
西の女神さまは銀髪くんの件もあるので、テラさまと通信できる機会を探っているようだ。地球との交信は時期が合わなくても力を使えばできるらしいが、力の消費が激しいので機を狙ってテラさまと通信しているとのこと。それでも。
「凄いですね。他の星まで念話が届くなんて」
本当に星と星を繋げることができるなんて凄いことだろう。私は西大陸から神さまの島までしか声を飛ばすことしかできないし、教会で行わなければならないという制約がある。
「女神だから」
「……まあ、人間より力が強いからな。できることも多いし」
ドヤ顔を見せる西の女神さまに南の女神さまが威張っても意味ないだろうという表情をアリアリと浮かべながらフォローを入れていた。なんだろう南の女神さまが長姉に見えてならないのだが……と考えていれば馬車が停まる。どうやら高級商業地区に辿り着いたようだ。
「あ、着いたようですね」
私が声を上げると外がざわざわとし始めた。恐らく人払いや、行きたいお店に連絡を入れに行ってくれているのだろう。
「驚かないと良いけれど……」
「無理な願いだな。ま、なんとかなるさ」
西の女神さまと南の女神さまが声を上げると、扉の向こうからノックの音が二度聞こえた。私がどうぞ、と声を上げればゆっくりと扉が開いてジークとリンの姿が見える。座席から立ち上がり転げないように気を付けながらタラップを降りようとすると、リンが手を差し伸べてきた。
ありがとうと私が口にすると彼女は満面の笑みを浮かべる。そうして馬車から降りた私は身体を翻して何故か西の女神さまと南の女神さまのエスコートを担うのだが、男性がやらなくて良いのだろうか。恐れ多いという気持ちが高いようなので、私がやるしかないのかもなと苦笑いをして天然石のお店を見た。
「お店の人、全員並んでないかな」
私は扉の前でズラリと並んでいる店員さんたちに苦笑いを浮かべた。二十数名並んでいるので、お店の規模的に店員さんと下働きの方や仕入れの方まで並んでいそうだった。肩の上に乗っているクロがこてんと首を傾げながら、私と一緒に外を見ている。
『女神さまがくるからねえ』
お店の外を見たクロも状況を把握したようで、長い尻尾をゆらゆらと動かしながら面白そうに声を上げる。
「大袈裟」
「仕方ねえよ。我慢しろ、姉御」
西の女神さまが渋い顔になるのを見た南の女神さまが小さく息を吐いた。
「ん」
「では、行きましょうか」
西の女神さまが納得したのを確認した私は女神さまと同行している皆さまへと視線を向ける。そうしてお店の方の前に立ち、よろしくお願い致しますと声を上げるのだった。
◇
わたくしの妹、アガレス帝国第二皇女であるドゥーエが困った顔をして私を見ていた。
「ウーノお姉さま、どう致しましょう」
「どうもこうも、許可はもう出したのです。覚悟を決めるしかないのでしょう」
そう。もう腹を決めるしかない。許可は場の勢いで出してしまったのだから。困り顔のドゥーエと妹たちを見たわたくしはぐっと真横に唇を締めて腹に力を入れ、周りの者たちにアガレス帝として命を下す。長い廊下を歩いて目的の場所を妹たちとアガレス帝国の高官たちと共に歩いて辿り着いた。
――アガレス帝国・皇宮内・会議場。
さあ、今からは国と国とのやり取りだ。しかも西大陸で名を馳せている亜人連合国との取引である。事の発端は些末なことだが、掴んだ機会を逃す訳にはいかない。
しかし……今の状況はどういうことでしょうか。
我がアガレス帝国と西大陸の亜人連合国と以前結んだ通商条約を見直そうと会議の場を開催するまでは普通だった。だのに、二国間の席に興味があるからと仰られた北と東の女神さまが後ろで見学すると言い出したのだ。
亜人連合国の皆さまは問題ありませんと女神さま方にあっさりと了承されたのだが、我々アガレス帝国側は少々困っていた。なにせ、女神さま方が神々しくて通常の思考ができなくなっている。いや、女神さまが神々しくないのも問題になってしまうが……なにせ尋常ではない雰囲気を放っていらっしゃる。
だが、許可を出すしかないだろう。我々がどんなに緊張しようとも、会議の席に北と東の女神さまが同席されたとあればかなりの箔が付く。亜人連合国の皆さまはどう考えているのか分からないが、我々アガレス帝国に取っては有難いことなのだから。
しかし、ナイさまがいらした時の女神さまの圧は柔らかいものだったのに、彼女が西の女神さまと南の女神さまと一緒に帝都にお出掛けなされた途端に北と東の女神さまの圧が高まった。
一部の者は二柱からの圧を受け恐怖していた。わたくしは圧を感じて怖気づいてしまうくらいだが、どうやら個々人で女神さまから感じる圧は違うようである。そして私たちと同時に入ってきた亜人連合国の皆さまの圧も凄いのだ。心の弱い者であれば歯を鳴らしているに違いない。とはいえ以前お会いした時より随分と雰囲気が落ち着いているので、我々を認めていると考えても良いのだろうか。
亜人連合国の皆さまとアガレス帝国の者たちが各々席に着く。私は代表者として真ん中に座り、左には宰相が座し、右には外務卿と内務卿が並んで座っている。後ろには後学のためにと妹たちが座しており、女神さま二柱は上座の位置に席を用意させて頂いている。
そして対面には亜人連合国の代表殿に白竜殿とエルフのお二人が笑みを浮かべて座っていた。警備兵の者たちが異様に緊張しているのだが、仮にわたくしたちに危険が及んだ場合、彼らは機能するのだろうか。変なことは考えるべきではないと頭を振って、わたくしは正面を見据えた。
「では、話し合いを始めましょう」
「よろしく頼む。お互いに良い利益を齎せる場になることを期待しよう」
わたくしが声を上げれば、亜人連合国の代表殿が良い声で答えてくれました。しかし竜の御仁だというのに随分と整っている顔立ちで、女性が見れば放っておくはずはありません。
ですが彼から放たれる雰囲気が人並外れたものなので、普通の者は近づくことは難しいでしょう。白竜殿も同様ですし、エルフのお二方も独特な雰囲気でどこか近寄りがたい。ナイさまはそんな彼らと普通に接しております。
本当に黒髪黒目のお方は規格外だ。南の女神さまも黒髪黒目でお可愛らしい方でしたが、女神さまということもあって神々しい雰囲気を纏っておられ、我々は遠くから見守ることしかできません。黒髪黒目を信仰している東大陸の者ですから、是非お近づきになりたいと考えてしまいますが不敬になる。ふうとわたくしは息を吐いて前を見据えます。
「では、我々アガレス帝国が亜人連合国との取引に望むもの……――」
わたくしから口火を切ることになる。帝国内の厄介な者たちを相手にするより、亜人連合国の皆さまはある意味信頼できる。交わした契約は破ることはないだろうし、我々アガレスも破ることはない。
もちろん規約違反があったり情勢が変われば分からないが、今の所は対等……というよりは相手方が我々を尊重してくれていると言うべきか。本当に亜人連合国と取引を開始できたのはナイさまのお陰だと感謝しながら、彼らと話を詰めていく。亜人連合国と取引する品々は我々にとって欲しい物であるし、アガレス帝国も余っている品の引き取り先ができて有難い。そうして調停印を互いに押して、取引が始まることに合意を得た。
「こんな感じなのねえ」
「面倒ではありませんか?」
北の女神さまと東の女神さまがわたくしたちの会議が終わったと分かった瞬間に声を上げられました。どうやら終わるまでは黙って見届けてくれていたようです。
「確かに手間は掛かりますが、国同士のやり取りですから。反故になると困るので契約を交わします」
亜人連合国の代表の言葉に我々アガレスも同意の頷きを入れました。我々に興味があるのかないのか良く分からない顔をしている女神さまは、ふとわたくしに視線を向けています。わたくしはなにか粗相をしたのかと冷や汗を掻いてしまいますが、なにも無礼は働いていないはず。
「あ、そうそう。気になることがあるの」
ぽんと手を叩いた東の女神さまが、左側に首を傾げております。
「どういたしました?」
わたくしに東の女神さまが視線を向けているので答えるしかありません。
「わたくしが崇められるのは面倒だから、末妹と同じ容姿の黒髪黒目を生まれ辛くして信仰対象にしてみたけれど……そういえば東に一人もいないの?」
そ、そのような理由で黒髪黒目のお方は我々の信仰対象となったのかと驚くのだが、原因は目の前の女神さまだったのかと思い至る。しかし女神さまに口答えなど言えるはずもなく、正直に答えるしかない。
「アガレス帝国でも共和国でも黒髪黒目の者を見つけたという話は聞き及んでおりません」
「効果が強すぎたのかしら……? まあ、良いでしょう」
東の女神さまが表情一つ変えず今の東大陸に黒髪黒目のお方が誕生しないことを問題ナシと判断しているが、わたくしの弟のような馬鹿がまた現れる可能性もあるので、少し黒髪黒目のお方の出生率を高めて頂いても良いのではと願わずにはいられなかった。