魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0572:花の名前。

 玄関先で挨拶を済ませて各々名乗りを上げ自己紹介が終わった。一先ず、旅の疲れを癒そうとアストライアー侯爵家一行は客室へと案内され、ゆっくり過ごしていてくれと公爵さまが言い残して部屋を出て行った。

 

 王都のハイゼンベルグ公爵邸も広いけれど、領都にある領主邸は凄く……いや超絶広い。アストライアー侯爵家の領主邸も元は公爵位の方が住んでいたので随分と広いが、こちらの公爵邸の方が三割くらい広い気がする。

 

 しかも比べた所も広いお屋敷なのだから三割という数字は随分とデカい。客室の窓から見える庭も凄く広くて、どこか外国の王宮を見ているようだった。エルとジョセとルカとジアは公爵邸の裏にある厩で過ごすことになっており、馬の皆さまに挨拶をすると言っていたのだが順調だろうか。

 公爵さまが屋敷内であれば自由にして構わないとのことで、毛玉ちゃんたち三頭はさっそく屋敷内を探検してくると言って客室を出て行った。一応、誰かを驚かしたり迷惑を掛けては駄目だと伝えているので大丈夫なはず。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは私と一緒の部屋でまったりするそうだ。ロゼさんもヴァナルのお腹の所でじっとしているから、移動は疲れたようだった。

 

 そうして私に宛がわれた客室にはソフィーアさまとセレスティアさまとジークとリンと西と南の女神さまが集まっていた。荷解きは終わっているので、本当にまったりとしている最中である。用意してくれたお茶を頂きながら今日と明日の予定を聞いて、ソフィーアさまとセレスティアさまが席から立ち上がる。

 

 「西の……いえ、ヴァルトルーデさま、ジルケさま、ナイ、今日一日は屋敷でゆっくりお過ごしください」

 

 ソフィーアさまが深々と礼を執る。女神さまと同列に並べられるのはむず痒いが、最後に名を呼ばれたのでまだマシだ。おそらくソフィーアさまも意識して最後に私の名を呼んでくれたはず。

 

 「ありがとう」

 

 「あいよ」

 

 西の女神さまと南の女神さまに宛てた緊急時用の名前は継続して呼ぶことになった。さま付けも不要と言っていたけれど、流石に身内ばかりがいる場所ではソフィーアさまも呼べないようである。

 移動一日目の子爵領領主邸では結局彼らの前で女神さま用の名を口にすることはなかった。ただ寄り道して買い食いしていた時に女神さまたちはフラフラとどこか行ってしまいそうなので、名前があると普通に呼べるので便利であった。

 私が女神さまたちの仮名を呼び捨てで呼んだのは致し方のないことだ。だって私は侯爵位持ちで私の名で移動していたのだから、私が一番偉いのに彼女たちにさま付けするってどういうことだとなってしまった結果である。もう公爵領に入ったので気にする必要はないと私はソフィーアさまの顔を見る。

 

 「お気遣いありがとうございます。晩御飯、楽しみにしています」

 

 私は再度ソフィーアさまと目を合わせると、彼女は小さく苦笑した。だって移動初日の子爵邸で出された料理は凄く美味しかったのだから、公爵家の料理人さんとあればプロ中のプロである。きっと沢山お料理を作って腕を上げて、公爵家の皆さまの好みにアレンジされていることだろう。やはり凄く楽しみだと笑えば、彼女とセレスティアさまが片眉を上げていた。

 

 「料理長に伝えておこう。きっと気合が入る」

 

 「気合が入るより、プレッシャーではないですか? まあハイゼンベルグ家の料理人ですもの。味は保証されているでしょうね」

 

 お二人の言葉に苦笑いが零れた。料理人さんたちは職人だから料理を作ることに誇りを持っているはず。私の言葉一つで緊張するようなことはない。

 クロとアズとネルも公爵家が提供する果物を楽しみにしているし、私も晩御飯は楽しみにしている。三年前なら緊張して残さず食べるだけで精一杯だったろうけれど、今ならお料理の味まで楽しめる。ふふふと私が笑っていると西の女神さまと南の女神さまもお二人へと視線を向けた。

 

 「私も楽しみ」

 

 「あたしも楽しみだな。南大陸でこっそり店に入って食ってきたけど、ナイの家の料理が一番美味かった。それより上ってどんなものか気になる」

 

 女神さまに言われてしまえば、公爵家の料理人さんたちは超絶なプレッシャーを受けるのではと首を傾げる。ソフィーアさまも微妙な顔になるものの、流石に女神さまの言葉を否定はできないようだ。

 

 「女神さまのご期待に応えられるかは分かりませんが……皆に伝えておきます」

 

 「……大丈夫でしょうか?」

 

 では、と言い残して部屋を去るソフィーアさまとセレスティアさまは次期公爵夫人と久方ぶりのお茶会に参加するとのことである。セレスティアさまも幼少期から面識があるようで、仲良くしているとかいないとか。

 明日になると領地内の視察に赴くために今日しか時間がないとのことである。もう少し予定を長めに取っておいても良かった気がするが、滞在が長くなれば公爵家の負担が増す。きっと三泊四日くらいで丁度良いはず――それでも長い気もするが――だと、私はふうと息を吐く。

 

 「しかし西の女神さまと南の女神さまは何故、案内された部屋ではなく、私の部屋にいるんですか?」

 

 私が後ろを振り返ると西の女神さまと南の女神さまがソファーに深く腰を下ろして、くつろぎモードになっていた。

 

 「一人は暇」

 

 「同じく。ナイしか話し相手いねえしな。移動のお陰でソフィーアとセレスティアは随分とあたしらに慣れたみてえだが、他の連中だと緊張するからなあ」

 

 確かに一人は暇だし、女神さまの話し相手を務められる方は少なそうである。教会に赴けば神父さま方が有難く女神さまの話を聞いてくれるだろうけれど、おそらく一方的に女神さまだけが語っているので話し合いにはならない。

 もう移動の五日間で二柱さまと十分に会話を交わして話すネタはもうない。グイーさまはお酒を飲んで毎日グータラして幸せそうだが、テラさまに会えないことが寂しいと偶にぼやくとか、北と東の女神さまは面食いであるとか……聞いてはいけない家族事情まで知っている。暇だし、お茶を頂いて小腹を満たせたのだから晩餐会のため胃に隙間を空けておこうと私は二柱さまに向けて口を開く。

 

 「庭に出てみませんか? 公爵さまは屋敷内の移動は問題ないと仰っていましたから」

 

 図書室で読書も良いけれど、それだと南の女神さまが一時間も経てば飽きてしまう。西の女神さまは何時間でも引き籠もれるのだが、私も図書室でまったりと過ごすのは数時間が限界だ。ならば広い庭に出て花でも愛でようと考えたわけである。私には似合わないけれど、暇潰しにはなるはずだ。

 

 「行ってみる。ナイの家の庭より凄く広いよね」

 

 「噴水まであるしなあ。凄げえよ」

 

 西の女神さまと南の女神さまが思い浮かべた王都のミナーヴァ子爵邸の庭と、目の前の窓から見えるハイゼンベルグ公爵領にある領主邸の庭を比べないで欲しい。お金と時間と人員を掛けているから、庭の隅々まで手が行き届いている。

 もちろんミナーヴァ子爵邸の庭師の小父さまは真面目に働いてくれているし腕前も一流だが、やはり公爵家が雇う方となれば超一流の方なのだ。そもそも子爵邸は裏庭に家庭菜園があるという貴族のお屋敷として例外中の例外だもの。比べる行為がおかしいのである。

 

 部屋に残ってくれていた公爵家の侍女の方にお願いをして、公爵さまに庭を散策したいと伝えて貰う。自由にして良いと許可を得ているが、勝手に移動すれば問題が起こるかもしれない。

 なので侍女の方の帰りを待ってから部屋を出ようと女神さまと相談を済ませれば、割と直ぐに侍女の方が部屋に戻ってくる。

 

 「ご当主さまに知らせて参りました。承知したとのことでございます」

 

 侍女の方の声を聞いて私たちがソファーから立ち上がれば、ヴァナルと雪さんたちも一緒に庭に出るようですくっと立ち上がった。ヴァナルのお腹の所にすっぽりと納まっていたロゼさんはころころと絨毯の上を転がって私の足下にきた。

 ふっと消えたのでロゼさんは私の影の中で庭を散策するようだ。クロが私の肩の上で『やる気があるのか、ないのか……ロゼは不思議だねえ』と声を零しているけれど、多分ロゼさんはなんとなく影の中に入っただけのような気がする。ロゼさんが消えたことに驚いた侍女の方が目を真ん丸に見開いていると、雪さんたちが彼女の足下にちょこんと座ってしっぽをゆっくり振っている。

 

 『娘たちがご迷惑を掛けておりませんか?』

 

 『妙なことをしていれば、遠慮なく叱ってくださいね』

 

 『まだまだ仔供ですので悪さをしてしまいがちです』

 

 雪さんと夜さんと華さんが侍女の方を見上げれば、彼女はひゃっと背筋を伸ばす。

 

 「先程、神獣さまのお仔とすれ違いましたが、三頭の仔たちが仲良くならんで廊下を移動しておりました。すれ違う者に危害は加えてはいなかったので心配は無用かと」

 

 侍女のお方が雪さんたちに向かって言葉を紡ぐ。緊張はしているけれど意思ははっきり伝えられるようだった。流石、公爵家が雇っている侍女の方だ。普通の侍女の方であれば緊張でなにも言えない可能性もあった。

 でも、あの公爵さまを相手にしているのだから雪さんたちの相手なら難なく務められそうだ。だって公爵さまだし。とはいえ侍女の方がフソウの神獣さまと長く会話を交わすのは辛そうだったので、私は雪さんたちの隣に並んで彼女たちの頭を撫でる。目を細めながら私の手を雪さんたちは受け入れてくれていた。

 

 「途中で毛玉ちゃんたちと合流できるかな……?」

 

 途中で毛玉ちゃんたちと合流して一緒に庭に出れると良いのだけれど。雪さんたちの頭をひとしきり撫でていると、ヴァナルが片脚を上げて私の足をぺちぺち叩く。ヴァナルも撫でて欲しかったようで、空いている左手で彼の顔を撫でる。

 

 「なにをしているんだろうね?」

 

 「毛玉は好奇心、強いからなあ」

 

 西の女神さまと南の女神さまの声を上げて、庭に行こうと私たちは部屋を出る。後ろにはジークとリンが一緒なので護衛は万全だ。公爵領でも邪竜殺しの英雄として噂が流れているようで、公爵領の街を移動していると領民の方たちからそっくり兄妹は指を指されていた。

 二人が街中で人気者になっている姿を見るのは珍しいので、馬車の窓から彼らを見ていた私は少し誇らしかった。もう少しマトモな理由で竜退治をして欲しかった気持ちがあるものの、二つ名は二つ名である。顔が売れていれば有利に立てることが多いので悪いことはないだろう。

 

 「ジークとリンは花の種類分かる?」

 

 「図鑑で読んだ品種なら少しは」

 

 「食べられるか、食べられないかの判断なら」

 

 私の問いに答えてくれたそっくり兄妹の返事に案内役の侍女の方が微妙な顔になっていた。まあ貧民街出身だし、こんなものだよなと笑って庭へと連れて行って貰うのだった。

 

 ◇

 

 客室から公爵邸の庭へと移動する際、毛玉ちゃんたち三頭が私たちを見つけて駆け寄ってきた。彼女たちに庭に一緒に行くか聞いてみた所、行く! とばっふばっふに尻尾を振りながら無言の返事を頂くのだった。

 道案内を担う侍女の方が毛玉ちゃんたちに視線を向けてへなりと笑っていた。セレスティアさまと同族のお方だろうかと私は首を傾げるのだが、業務の邪魔をしては悪いとスルーを決め込んだ。

 

 そうしてハイゼンベルグ公爵邸の庭へと出るのだが、その先にある筈の正門が見えなかった。本当に広いお屋敷だなあと周りに視線を向ける。丁寧に剪定されている木々や薔薇の花、季節の草花が綺麗に咲き誇っていた。私が見る限り花の品種は薔薇しかわからない。庭に植えられている木も木ということは分かるのだが、日本で良く見ていた松や杉ではないことは確実である。

 

 「庭、広いね」

 

 私が声を上げると肩の上に乗っているクロが周りを見渡しながら口を開く。

 

 『広いねえ』

 

 クロの声が聞こえると同時に毛玉ちゃんたちが先の見えない正門の方へと走り出した。雪さんと夜さんと華さんが『悪戯は駄目ですよ』『誰かを驚かすのもなりません』『直ぐ、戻ってくるのですよ』と声を掛けているのだが、毛玉ちゃんたち三頭はきちんと雪さんたちの言葉が聞こえているのかいないのか。飽きれば戻ってくるだろうと、私はクロからそっくり兄妹に視線を移す。

 

 「ああ、凄いな」

 

 「うん。迷子になりそう」

 

 ジークとリンの言葉通り、庭は凄く手入れされているし、道を外れれば迷ってしまいそうである。私たちが迷えば公爵さまに大笑いされそうだ。あ、でも西と南の女神さまが一緒だから笑うのは我慢するかもしれないな。

 公爵さまならどっちになるだろうと気になるが、十八歳にもなって迷子になり誰かに笑われるのは勘弁して欲しい。迷ってしまわないように気を付けようと、そっくり兄妹から視線を外せば花壇の中で極彩色の蝶が飛んでいる。

 

 「てふてふが飛んでる。凄い色をしているけれど綺麗だね」

 

 「姉御。それ、今の時代じゃあ通じねえぞ。ナイたちの顔を見ろ」

 

 西の女神さまが仰ったてふてふってなんだろうと首を傾げていると、南の女神さまが突っ込みを入れた。どうやらてふてふは蝶々を差す古い言葉のようで、今の時代では廃れてしまったようである。

 クロに知っているのと顔を向ければ『昔はそう呼んでいたねえ』と教えてくれ、西の女神さまが微妙な表情になる。

 

 「え……なんだか胸が痛い」

 

 まあ、言葉は移ろうものなので仕方ないといえば仕方ないし、分かっていたとしても使い慣れた言葉が口から出るものだ。そんなに気にしなくても良いのではと私が伝えると、西の女神さまはショボンとしている。

 知らないことがあったなら覚えていけば良いだけの話である。落ち込んでいる西の女神さまを南の女神さまと私でそうにか宥めすかしていれば、薔薇園が見えてきた。

 

 「薔薇は本当にお貴族さまに人気だね」

 

 本当にどこのお屋敷でも薔薇が植えられて庭師の方が丹精込めて育てている。先日訪れた子爵領の領主邸の一角にも薔薇園があったし、ミナーヴァ子爵領の領主邸にアストライアー侯爵領の領主邸にも庭師の方が腕を振るっているそうだ。

 

 「薔薇の種類も数千あるらしいな」

 

 ジークの声に私は薔薇の種類を思い浮かべるが、花弁の色しか言えないなと苦笑いになった。趣味を極めると、ヴァイセンベルク辺境伯家で雇っている庭師の方が新品種を産み出しているようで、セレスティアさまに株分けして貰った黒薔薇が新品種で市場には出回っていないものである。

 青薔薇が幻と言われるのはアルバトロス王国でもデフォで品種開発をしている方の最終目標だとか。花瓶に白薔薇を差し、水に銅貨を仕込んでおけば青くなりそうだけれど……切り花では価値は薄いだろう。やはり品種開発で青薔薇を産み出せば、一儲けできそうである。まあ、青でなくても赤、白、黄色に、桃色やオレンジに紫色にと薔薇園に咲き誇っているから十分楽しめる。

 

 「紅茶に散らすくらいしか用途がない……」

 

 リンが微妙な顔で呟いた。確かに時々紅茶の中に薔薇の花びらが添えられていることがある。以前、食用と勘違いして食べそうになり、侍女の方に慌てて止められたことがある。

 刺身に付いている菊の花を間違って食べるような愚行を犯した私は割と恥ずかしかったのだが、アルバトロス王国のどこかでは間違えて薔薇の花びらを食べた方もいるに違いない。しかしリンは食べることにしか花に対して興味を抱いていないのだろうか。もしかして私の影響を受けているのかと彼女の顔を見上げる。

 

 「薔薇風呂もあるよ、リン」

 

 贅沢な女性貴族は美容のために薔薇風呂に入るのだとか。効果があるのかは知らないが、一時期流行っていたことがあると耳にしたことがある。私は薔薇の花は愛でるものだと考えているので、綺麗に咲いている花を千切ってお風呂に入れるのは少々頂けない。

 レモン風呂とかもあるけれど、食べられるのにお風呂に入れてしまうのは勿体ない気持ちもある。もちろん、良い匂いがするしなんとなく肌がツルツルになるのは知っているけれど。

 

 「でも食べられないよ、ナイ」

 

 「確かに。食用の薔薇ってあるのかな?」

 

 困り顔のリンに私が問いかけると、横からジークが声を上げた。

 

 「極僅か、流通しているらしいぞ」

 

 どうやら食用の薔薇は存在しているらしい。とはいえ大量に食べると、お腹を下すこともあるようだ。まだまだ改良が必要であり、開発陣は四苦八苦しているのだとか。食べられるようになれば貴族女性の間で流行るのではと考えているらしい。

 

 「ジーク、詳しいね」

 

 「なにかで読んだ記憶がある。なんだったか……」

 

 ジークが微妙な顔になる。どうやら読んだ本の名前を忘れてしまったらしい。覚えていることが凄いのだが、ジークはまだ頭の中で本のタイトルを思い出そうとしているようだ。リンは無駄じゃないかなという表情で兄の顔を覗き込んでいる。私も私で悩んでいるジークの顔は珍しいと彼に視線を向けたままにしている。

 

 「おーい。中、歩いてみようぜ」

 

 「早く行こう」

 

 薔薇園の中に入るアーチの側で南の女神さまと西の女神さまが私たちを呼ぶ。そうして中へ入れば色とりどりの薔薇の花が咲き乱れているのだった。

 

 ◇

 

 ――ナイは本当に美味そうに飯を食べる。

 

 彼女は幼い頃から学んでいない所為か食事の所作はぎこちないが、ワシの判断では及第点だろうか。まあ彼女の隣で食べている西と南の女神さま方もカトラリーの使い方が上手いとは言い辛い。

 我が家、ハイゼンベルグ公爵家に訪れるために、貴族の食事の所作をわざわざ学んできたそうだ。ワシの孫であるソフィーアに話を聞けば講師役はナイが主に担い、補助として孫とヴァイセンベルク辺境伯家の息女が付いていた。講師役を何故ナイにしたと盛大な抗議を入れたくなるが、女神相手にカトラリーの使い方を指導できる者など大陸に何人いるだろうか。そう思えば我が孫は真に面白……貴重な体験をした。

 

 今は過去の話は置いておき、目の前で起こっていることに注力しなくては。

 

 西の女神さまが我が家の領地を視察したいとナイと孫娘から連絡が入り、ワシは直ぐに構わないと返事をすることになる。西の女神さまが我が領地に訪れたとなれば、領地の経済が潤うことになるのは確実だ。

 社交の場でも優位に立てることだろう。公爵位という家柄の所為か盾突く者が少なくて夜会は面白くないが、それならナイを見ていた方が愉快というものである。現に公爵領の領主邸にある食堂で女神さま二柱が食事に同席しているのだから。

 

 我が妻は平常心を装っているが手元が微かに震えている。女神さま方の圧に押されているというよりは単純な緊張からくるもののようであった。ワシの興味に付き合わせてしまっているので、あとでなにか詫びの品でも渡すかと今度は息子に視線を向ける。

 我が妻よりも緊張しているのが丸分かりで、その姿はどことなく孫娘のソフィーアに似ていた。彼の隣で夫人であるソフィーアの母親も硬くなっており、普段より食べる速度が遅くなっている。孫娘も参加しているのだが、彼女よりも婚約者であるリーム王国の第三王子のギドの方がガチガチだった。それでは料理の味など分かるまいと少し笑ってしまう。

 

 確かに女神さまを前にすれば緊張するのかもしれないが、あまり緊張しすぎていても二柱さま方に失礼だろうとワシはタイミングを見計らい口を開いた。

 

 「西の女神さま、南の女神さま、我が家の食事は口に合いますかな?」

 

 ワシが声を上げると、西の女神さまと南の女神さまがこちらを向く。二柱さまはゆっくりとカトラリーを置き、膝上にあったナプキンを手に取って口元を拭った。

 

 「うん。美味しい」

 

 「ナイの家の飯も美味いけど、ここの料理も美味いな。少し魔素が低いのが難点か」

 

 どうやら及第点は頂けているようである。柱の後ろに隠れてこちらを見ていた料理長が長々と安堵の息を吐いていた。良かったな女神さまに認められてとチラリと彼に視線をやると、帽子を脱いで小さく礼を執り調理場へと戻って行った。

 ナイはワシと女神さまとの会話に耳を傾けているものの、食べ進めることの方が大事なようでナイフで小さく切った野菜をフォークの上に乗せて口に運んでいる。ゆっくりと咀嚼して料理の味を噛みしめているのは構わないが、もう少しこちらに意識を向けても良いのではなかろうか。

 

 ナイの側ではいつも一緒にいるクロさまが果物を器用に脚で剥いて食べているし、床ではフェンリルとフソウの神獣と仔たち三頭がまったりと過ごしている。面白い状況なのに皆、揃いも揃って緊張し過ぎだ。ナイのように幸せそうに食事を摂れとは言わないが、もう少し肩の力を抜いても良いのではなかろうか。

 

 「おや。子爵邸の料理人は我が家の料理長の弟子でした。ナイの屋敷で女神さま方を満足させているならば、我が家の料理長も喜びましょう」

 

 西と南の女神さまがそうなのかと頷いて食事を進めているのだが、意識を殆ど食事に向けていたはずのナイがワシの顔を見ていた。どうやらナイは王都のミナーヴァ子爵邸の料理長が公爵家お抱えの料理長の弟子だと知らなかったようである。

 ミナーヴァ子爵邸で働く者の経歴に目を通しているはずなのに忘れていたようである。全くとワシが呆れた顔を浮かべれば、ナイはバツの悪そうな顔をしてまたナイフで料理を切っている。

 

 「そういえば、どうしてフランツはナイの後ろ盾になったの?」

 

 西の女神さまがワシの名を呼べば、丁度ナイは食事を口に入れたタイミングだった。

 

 「ぐふっ!」

 

 「おい、ナイ。大丈夫かよ。汚ねえなぁ……ほら、拭いてやるから顔こっちに向けろ」

 

 呆れた顔を浮かべた南の女神さまがナイに自分の方へと顔を向けさせて、ナプキンで口元を拭いている。女神さまになにをさせているのだと言いたくなるが、ナイだからこそできる代物なのだろう。さて、聞かれてしまえば面白おかしく皆に事実を伝えねばとワシは口元を伸ばすのだった。

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