魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

573 / 740
0573:馬産地。

 ――赤っ恥を掻いた気がする。

 

 とはいえご意見番さまの話を亜人連合国で語りつくしていた時にクロのことを笑っていた記憶があるので、公爵さまに黙っていてくださいとは言えないまま、私の恥ずかしい過去が御開帳された訳である。

 

 ジークとリンは大体のことを把握しているので新鮮味はなかったかもしれないが、公爵さまから語られたこともあったので私の後ろで傾注していた。ソフィーアさまとセレスティアさまは興味津々で公爵さまの話を聞いていたし、公爵家の皆さまも公爵さまと私の関係が気になっていたようで真剣に聞いていたのだ。

 そして西の女神さまは気になる所を公爵さまに突っ込んでいたし、公爵さまも女神さまに問われたとなれば嘘偽りなく伝えなければならない。最後の方は南の女神さままで突っ込みを入れ始め、公爵さまは懇切丁寧に私の過去を話していた。

 

 公爵家で出されたお料理は凄く美味しかったけれど私の過去の話を開示されたことで、美味しかった食事の味がどこかに消えてしまった。凄く残念だが、ようやく食堂から移動して客室に戻ってきていた。

 ジークとリンも一緒だけれど、この後は彼らの食事を摂る番であり、セレスティアさまも護衛を務めてくれていたので彼女もそっくり兄妹と一緒に摂るそうだ。私は客室の椅子に深く腰を掛け、頭を背凭れに預けて天井を見上げた。

 

 「羞恥プレイだった……」

 

 あまりにも恥ずかしかったのでなにも考えずに言葉を発してしまう。ジークとリンとセレスティアさまに、クロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが首を傾げた。毛玉ちゃんたち三頭は私の言葉を気にしていないようで、三頭でじゃれ合っている。天井も凄く職人さんの手が込んでいるなあと目を細めれば、そっくり兄妹の気配を感じた。

 

 「そうか?」

 

 「公爵さまから話を聞いたのは初めてだから新鮮」

 

 ジークとリンが小さく笑いながら答えてくれ、彼らの横にいるセレスティアさまがふふふと笑って口を開く。

 

 「わたくしはナイの昔話を沢山聞けたことは有難いですわ。仕える主に相応しいか判断できますもの」

 

 言葉を言い終えた彼女は鉄扇をぱっと開いて口元を隠す。セレスティアさまは目を細めながら私を見ているけれど、果たして私は彼女にとって仕える価値のある主人なのかは微妙な所だ。

 彼女の大好きな幻獣や魔獣に出会いたいという願いは叶っているものの、トラブルが多いので他家の側仕えの方より仕事が多くなっている。侯爵家当主の側仕えだし、お給金は弾んでいるものの……やはりトラブルに巻き込まれたり事件が起こると仕事は確実に増えるよなあと私は天井から視線をみんなの方へと戻した。

 

 「恥ずかしいので、他言は無用でお願いします」

 

 「もちろん、勝手に吹聴など致しませんわ」

 

 私がセレスティアさまにお願いすれば彼女は快く答えてくれる。ジークとリンは今更だし、そっくり兄妹と付き合いのある方を私は知っているので問題はない。そうして何故かまた私に宛がわれた客室にいる西の女神さまと南の女神さまに視線を向けると、片方の柱さまは凄く興味を持った瞳で私を見る。

 

 「ナイの小さい頃の話、面白かった。貧民街時代のことも聞きたいけれど……」

 

 西の女神さまが珍しく言葉に詰まっていた。興味はあれど、聞いて良いのか微妙なことで判断が下せないようである。私のことを考えてくれているから彼女は言い淀んだに違いない。

 

 「あまり良い話はありませんよ。聞いても面白くはないかと」

 

 私は貧民街時代の話を聞かれれば都合の悪い所は隠すか、暈すかして語るだけである。とはいえ、荒んだ環境だったから聞くに堪えない話もあるわけで。西の女神さまがどんな話に拒否を示すのか分からないため、私は誤魔化すような言葉を吐いた。

 

 「姉御、無理に聞くもんじゃねーし、ナイが気が向いた時に話してくれんだろ」

 

 南の女神さまが片眉を上げながら、西の女神さまを諭してくれる。貧民街で死んでしまった仲間が、新たな生をどこかで受けているなら嬉しいことはない。だが、女神さまも私の過去話を聞くのは我慢しているのだから、失ってしまった仲間がどうなっているのかと聞くのも失礼だろう。

 まあ、そのうち聞けるかもしれないと考えて、ジークとリンとセレスティアさまが食事を摂りに行く後ろ姿を見送った。彼らと入れ替わりでソフィーアさまと侯爵家の護衛の方が数名やってきた。

 ソフィーアさまはいつも通りだが、護衛の方は女神さまに対して緊張しているようである。取って喰われやしないし、普通にしていれば彼女たちの怒りを買うことはない。チビとか口走れば、そりゃ青天の霹靂が落ちるかもしれないが……って、今は夜だった。怒髪天が落ちるだろうけれど、流石にそんな失礼な方を雇っているはずはないので大丈夫だ。

 

 「ソフィーア。ご飯、美味しかった」

 

 「美味かったから、明日も期待してる」

 

 西の女神さまと南の女神さまが良い顔で、部屋に入ったソフィーアさまに声を掛けた。二柱さまから声を掛けられて彼女は少し驚くものの、直ぐに顔を柔らかくする。

 

 「気に入って頂き、感謝いたします。料理長たちも喜びましょう」

 

 ソフィーアさまが小さく頭を下げているが、私もなにか伝えた方が良いのだろうか。公爵さまには凄く美味しかったと伝えているのだが、ソフィーアさまに再度伝える形になるから避けた方が良いような気もする。

 

 せめてハイゼンベルグ公爵家の料理人の皆さまにお礼の気持ちを直接伝えることができればと悩んだ末に、一つの答えが導き出された。ドワーフ職人さんが鍛えた調理道具を贈るのは駄目だろうか。

 あ、でも公爵家の料理人さんに贈ったならば、移動初日にお世話になった子爵家の料理人さんにも渡さなければならなくなる。そうなると子爵家当主さまとの関係よりも子爵家の料理人さんの方と仲を深めたいと言っているようなものなので、それは駄目だと結局没案となってしまった。うーん……レシピ集を贈るのも失礼だろうし、宿泊中に出される食事を残さず食べることが一番大事かなあとなるのだった。

 

 ――翌朝。

 

 公爵さまとアストライアー侯爵家の面子はハイゼンベルグ公爵領領都を出て放牧場へと向かえば、目の前にはだだっ広い平原がある。所々に高低差があって、まっ平な土地ではないけれど運動には丁度良さそうだった。放牧地だというのに視界に見える範囲に馬の姿は見当たらない。

 牧場を管理している方が指笛を凄い勢いで鳴らして暫く待っていれば、蹄の音が複数聞こえてきた。そうしてまた少し時間が経てば、こちらへとやってくる馬の姿が見えてくる。先頭を走るのは馬体の立派な黒馬のようだ。その黒馬の後ろに他の馬さんたちが軽快なギャロップを披露しながら、私たちを目指していた……って。

 

 「ルカ、なにしているの……しかも西の女神さままで一緒……」

 

 私は先頭の黒馬に翼が生えているのを認識して、ようやく黒馬の正体がルカだと気付いた。同行しているエルとジョセに私が顔を向けると、彼らは目を細めて困ったような顔を披露する。

 セレスティアさまはルカが先頭を走って、他の馬たちを導いていることに甚く感動なさっているようだ。確かにルカが一頭だけ先を行き、他の三十頭ほどの馬さんたちは確りとルカと距離を取って彼のあとをついてきているシーンは凄く迫力がある。

 

 「昨日から、放牧場の馬たちと仲良くしているそうだ」

 

 案内役の公爵さまが腕を組みながらにっと笑う。特に問題はないようで、ルカの行動が面白いから彼は放置を決め込んでいたようだ。

 

 「いつの間に」

 

 ふうと私が息を吐けば、ジョセとルカが私と公爵さまの間に立って首を下げた。

 

 『群れのリーダー気どりですねえ。ルカが皆さまにご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありません』

 

 『ええ、本当に。元気は良いのですが、ご迷惑を掛けることになろうとは』

 

 どうやら昨日、エルとジョセは公爵領の馬さんたちと仲良くなって、いろいろと話し込んでいたようである。調子が悪いと訴えている馬さんたちの状況やどこが痛いとか、もっと厩舎を快適にして欲しいとか、馬さんたちの要望を聞いて公爵家の方に伝えたらしい。

 ジョセは牝馬の皆さまから人気の牡馬を聞いており、その話も公爵家の方へ伝えたとのこと。強い仔が産まれる可能性が高く、モテる牡馬は丁寧な仕事をしてくれるそうだ。なにがとは言わないけれど。

 

 「気にしないでください。昨日から貴殿らには調子の悪い馬の話を聞いて頂き、我々も助かっております」

 

 公爵さまはご機嫌な様子でエルとジョセに感謝を伝える。病気の馬さんや怪我を負っている馬さんの状態を知れたことは幸運だったようで、強い仔を産むために繁殖にも力を入れているから嬉しかったようである。話をしていると、馬さんの一団が随分と近くに寄ってきた。ルカの背の上には西の女神さまが乗っており、楽しそうな顔をしている。

 

 「西の女神さまとルカは楽しそうだね……」

 

 いつの間に私たちとはぐれていたのだろう。気付かなかったので転移をしたのか、ルカと一緒にこっそり抜け出したのか。しかし、鞍も付けずに良く落ちないなと感心していると、南の女神さまが頭を後ろ手で掻きながら溜息を吐く。

 

 「……すまねえ。姉御も楽しかったみたいでな」

 

 どうやらルカに乗って遊びたかったらしい。せっかく広い場所にきたのだからとルカの背に乗って、私たちに気付かれないように集団の輪の中から抜け出したとのこと。

 女神さまなので朝飯前の行動なのだろうが、吃驚するので行動を起こす際には一言欲しいものである。あとで西の女神さまに伝えなければと頭に刻み込めば、ルカが目の前までやってきて嘶きを上げる。他の馬さんたちもルカに倣って一斉に立ち止まり嘶いた。三十頭近くが一斉に啼く姿は凄い音量があるし、サラブレット種より更に大きな種だから迫力も凄い。

 

 「ナイ、楽しいよ! 乗らないの?」

 

 西の女神さまが良い顔をして私に問いかけるのだが、騎乗スキルのない私はジークかリンに乗せて貰うしか術がない。鞍もないから結構大変なのではと目を細めていると、公爵さまが私の顔を覗き込む。

 

 「ナイ。ナイも貴族だから馬に乗れても良いのではないか?」

 

 腕を組んだ公爵さまが私に問い掛けた。

 

 「それは……そうですけれど……今、このタイミングでですか?」

 

 有難い心遣いであるが、今更乗馬の練習をしても意味があるのだろうか。でも、鞍を付けてなら一人で乗れるようになってみたいかもしれない。前世で乗馬はお金持ちの特権だったけれど、今の状況だとハードルが下がっている。

 エルとジョセとジアが微妙な雰囲気を醸し出しているのだが、きっと自分たちが乗せてあげるのにと言いたいのだろう。多分、公爵家の皆さまが喜んで乗ってくれるだろうから、今回は彼らを乗せて欲しい。

 

 「乗り方ならワシが教えるぞ。ソフィーアも問題なく教えられる」

 

 またにっと笑う公爵さまに、それではお願いしますと私は頭を下げるのだった。

 

 ◇

 

 ハイゼンベルグ公爵家が所有している馬さんたちは利口なようで、素人の手綱捌きでも素直に受け入れてくれていた。時々、私が指示を失敗して間違えた手綱を取ってしまうものの、状況を判断していることと、公爵さまとソフィーアさまの会話をある程度理解しているらしい

 言葉を理解しているという情報はエルとジョセから知ったことだが、公爵さまとソフィーアさまは嬉しそうな顔をしていた。ちなみに私が乗らせて頂いた馬さんは公爵家の皆さまの間で、温和で賢いと評判だそうだ。一先ず温和な馬さんから降りて、私は顔を合わせる。

 

 「乗せてくれてありがとう。上手く乗れなくてごめんね」

 

 私が温和で賢いという評判の馬さんと視線を合わせながらお礼と謝罪を告げれば、馬さんは顔を近づけて頬に鼻先を寄せる。撫でても大丈夫かなと私はゆっくりと右手を上げて、馬さんの頬に触れた。特に嫌がる様子もなく馬さんは目を細めながら受け入れてくれていた。エルとジョセのように本当に温和な馬さんだなあとゆるゆる撫でていれば、ジアに乗った公爵さまがやってきた。

 

 「天馬に乗れたぞ、ナイ。言葉を伝えれば、直ぐに反応してくれる!」

 

 凄く愉快そうな表情の公爵さまはジアが如何に凄いかを伝えてくれるのだが、鞍を付けないまま乗っている公爵さまの下半身はどうなっているのだという疑問が私の中で湧く。そういえばセレスティアさまも鞍なしでルカに乗って子爵邸の庭を駆けているし、西の女神さまも鞍なしでルカの背にのり未だに乗馬を楽しんでいる。

 空を飛んでも良さそうなのだが落ちた時が怖いので、上空飛行は禁止令を出して貰っているので飛んではいない。とりあえず私は温和で賢い馬さんから右手を離す。

 

 「公爵さまが楽しんでいるならなによりです。ジアも公爵さまを乗せてくれてありがとね」

 

 公爵さまは私の言葉に笑い、ジアは小さく鼻を鳴らして問題ないと伝えてくれていた。エルとジョセも乗りたいと申し出た公爵家の面々を順番に乗せながら、広い放牧場を楽しんでいるようだった。

 そうしてまた公爵さまとジアは私から離れて放牧場を駆ける。ジアの脚も十分速いなと感心していると、ルカがジアと並走を始めた。ルカの背に乗っている西の女神さまが公爵さまになにか話しかけると、ルカとジアの走るスピードが凄く上がった。自動車並みの速度を出しているようなと私が首を捻ると、腰に微妙な違和感を感じつつ更に問題のある個所を見つける。

 

 「お尻が痛い」

 

 皮は捲れていないと思うけれど、なんだかお尻がヒリヒリする。馬さんの動きに合わせて身体を動かしていたものの、やはり乗馬初心者にはお尻の皮問題は付きまとうようだ。私がぼやきながらお尻を撫でていると、そっくり兄妹が面白おかしい雰囲気を携えて私を見下ろしている。

 

 「慣れないと痛いだろうな」

 

 「身体の動きが硬いかも?」

 

 ジークが苦笑いを、リンが少し真面目な顔をして答えてくれる。慣れればお尻の痛みはマシになるのか凄く疑問だが、爵位を頂いてから運動というものから遠ざかっている気がする。

 

 「運動、あまりしてないからなあ……遠征も参加できていないし……」

 

 食べても体重に加算されないし、運動しろとも言われない環境だから、本当に朝食べて執務を行い、お昼を食べて自由時間を過ごし、夜ご飯を食べて寝ている生活を繰り返しているだけだ。三年前まではいろいろと動き回っていたので、運動をしようなんて意識したことがなかった。

 まだ若いから良いけれど、歳を取れば筋肉量が落ちてしまいそうである。子爵邸の庭を走るか、歩くかでも運動になるならやっておいた方が良いのだろう。

 

 「散歩でも始めようかな。屋敷内で」

 

 外に出ると大騒ぎになってしまうのが悲しい所である。来年の春になれば王都の子爵邸から侯爵邸へと引っ越すし、領地の方にも頻繁に向かうことになるので運動場の確保には困らないはず。

 ジークとリンに剣技を教えて貰いながら運動という手もあるのだが、剣に付いてはそっくり兄妹の持ち場なので私が習うとなれば良い顔をしない。やはりウォーキングか走り込みだなと、ジークとリンの顔を見上げた。

 

 「庭は広いから、早足で歩けば筋肉が落ちることはないだろうな」

 

 「一緒に歩くよ。きっと楽しい」

 

 ジークとリンの声に私はうんと頷けば、温和で優しい馬さんが群れの中へと戻って行った。群れの中にはまだ小さい仔もいて母馬の側で草を食んだり、他の仔たちとじゃれ合っている。時々、危ないことを仔たちがしていると大人組の馬さんたちが危ないよと止めに入っていた。小さな世界だけれど優しい場所だなあと目を細め、初冬の風が肌に触れて過ぎ去っていくのを暫く感じていた。

 

 「ナイ、乗馬は楽しめたか?」

 

 ソフィーアさまが乗馬服から普段着に着替えて戻ってきた。乗馬服も綺麗に着こなしていたし、普段着を纏っても公爵家の一員という雰囲気を微塵も壊していない彼女である。どんな服でも似合うのは反則だと私は苦笑いを浮かべた。

 

 「はい。少しお尻が痛いですけれど」

 

 「最初だけだ。直ぐに慣れる。しかし……祖父がすまないな。移動の時間なのに戻る気配がない」

 

 私はソフィーアさまの疑問に正直に告げると、彼女は放牧場へと視線を変えた。ソフィーアさまの視線の先はジアに乗っている公爵さまである。先程行われていたルカとジアの競走は終わっており、今はゆっくりと歩いている。

 

 「構いません。西の女神さまも戻ってくる気配がないので」

 

 私は長く溜息を吐いたソフィーアさまを見ながら、ルカの背に乗っている西の女神さまを見る。移動時間は伝えているのだが、西の女神さまは時間というものにルーズな所がある。

 きっと長い年月を生きているから、短い時間は全く持って気にならないのだろう。以前、西の女神さまに遅れたと感じる時間ってどのくらいですかと問うたところ『十年くらい?』と凄い単位で返ってきた。

 生きている時間軸が全然違うなと呆れて笑うしかなかったのだが、予定の時間を十五分過ぎているのは女神さま方にとって些末なこと。まあ、そのうち戻ってくるだろうとソフィーアさまと気長に待つことにしたのだった。

 

 公爵さまと西の女神さまとルカとジアが戻ってきたのは、それから三十分後のことである。

 

 待たせてすまないと謝る公爵さまと楽しかったと満足そうな顔をしている西の女神さまがいたのだが、南の女神さまも馬さんたちと戯れていたし、セレスティアさまもこっそり馬さんたちと戯れていたようで時間が押していることは黙っておいた。

 

 「では次ですな。ブドウ畑に参りましょう」

 

 公爵さまの声でまた移動を開始する。馬車に再度乗り込んで放牧場からブドウ畑へと辿り着く、そそくさと馬車から降りればまただだっ広いブドウ畑が眼前に広がっている。

 凄い広さに西の女神さまと南の女神さまと私とジークとリンは凄いなと感心しながら見ていた。私の肩の上に乗るクロも広いなあと感心しているし、お酒用のブドウを食べても美味しいのか気になるようである。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんもきょろきょろと周りを見渡しているし、毛玉ちゃんたち三頭も駆け出したい気持ちを必死に抑えていた。公爵さまが私たちの横に立ち、自慢の髭を撫でながら口を開く。

 

 「少し前に収穫が終わって、今はブドウの木を休ませております。見ごたえはないでしょうが、屋敷に戻って領地の者たちが作った自慢のワインを飲み比べてみてください」

 

 公爵さまの声に倣って、ブドウ畑を見てみると確かに実を全く付けていないし、葉っぱも元気がないような。おそらく春先になれば新しい葉が息吹いて花が咲き、受粉を経て実となるのだろう。

 たわわに実ったワイン畑のブドウを見るのも楽しそうだし、農夫の方たちと一緒に収穫するのも楽しそうである。少し肌寒くなってきたこと、お昼の時間も近くなってきたことを理由に挙げてワイン畑からは直ぐに撤収することになる。

 

 お屋敷の中に入ると少し体感温度が上がる。冬の気配が近づいてきているなと公爵さまに案内されながら食堂へ入った。暫く待っているとワインの瓶を持った男性給仕の方が何名か食堂へと入ってくる。

 

 「女神さま方は酒が平気だと昨日に分かっておりますからな。ワシの自慢のコレクションです。どうぞご賞味ください」

 

 そう告げた公爵さまのあとに給仕の男性がワインの説明を西と南の女神さまに始める。随分と昔に作られたワインではなく最近のものだった。そういえば古いワインは酸化して飲めないと聞いたことがある。

 保存方法でその限りではないのだろうけれど、古いワインの方が価値があるという考えは公爵さまにないようである。

 

 「ナイは紅茶が良いか? 温めた山羊の乳も出せるぞ」

 

 「紅茶でお願いします」

 

 公爵さまがにやりと笑う。私が身長の低さを気にしていることが彼にはバレバレなようである。とりあえず紅茶の方が用意しやすかろうと私はお茶を希望すると、なんだつまらんという顔をした公爵さまが侍女の方に命を出している。

 そうして出された紅茶を一口飲めば、体の中が温まっていく。公爵さまは女神さま方と一緒にワインを楽しんでいるようだ。テイスティングをすると言いつつ、結構な量を男性給仕に望み注ぎ込んで貰っていた。

 いろいろなワインが提供されているのに、西の女神さまと南の女神さまは全く顔色を変えていない。女神さま方のアルコール耐性はどうなっているのだろうか。ザルだと夜会で有利に立てそうだが、お貴族さまの世界で飲み比べをする機会なんて訪れるのか微妙である。

 

 「ねえ、フランツ」

 

 西の女神さまがワインの香りを楽しみながら公爵さまへと声を掛けた。公爵さまの名前を呼ぶ方をほとんど見たことがないので、凄く新鮮な光景だ。

 

 「どうしましたかな、西の女神さま」

 

 「なにか面白い話はないの?」

 

 公爵さまに西の女神さまが無茶なことを飛ばしたような気がする。なにか面白い話をしろと言われても私なら困るだけだが、公爵さまはワイングラスを掲げて少し赤い顔を披露していた。

 

 「ふむ。無茶を言いなさいますなあ。女神さまが気に入る話などなかなか見つかりませんぞ。ちなみにどのような話が良いのですか?」

 

 「うーん……ナイの話は聞いたから、領地を発展させる時の苦労話とか興味ある」

 

 西の女神さまのリクエストに公爵さまがなるほどと頷いて、グラスの中のワインを彼は一気に飲み干した。悪酔いしないか気になるけれど、私が酔い覚ましの魔術を施せば良いか。あと私の昔話は回避されたので安堵する。

 

 「先代のハイゼンベルグ公爵は随分と奔放な方でしてなあ……」

 

 先代ハイゼンベルグ公爵さまは確か、王族籍から抜けて数代経た方である。公爵さまと血の繋がりは一応あるけれど、少しばかり遠くなっていたそうだ。先代のハイゼンベルグ公爵は随分と領地の民の皆さまに負担を掛けていたようである。

 戦時中ということもあったのか、馬を大量生産して調教もある程度で済ませて戦場に馬を送り込んでいたようだ。そうなると兵士や騎士の皆さまに迷惑が掛かるのは目に見えている。領地経営もダメダメだったので公爵さまの父、ようするに先々代アルバトロス王に訴えてハイゼンベルグ公爵家の皆さまを追い出して、自分が王族籍を抜けるからハイゼンベルグ公爵位をくれと願ったとか。

 

 「まあ、兄ではなくワシを王に据えたい者もいたようですが、馬鹿の尻馬には乗りたくありませんでしたからなあ。好都合だった訳です」

 

 なるほど。一国の王になることもやぶさかでなさそうな公爵さまが王位に就かなかったのは、当時、お馬鹿な狙いを付けていた方たちの勢いを落とすためだったようである。

 頻繁に戦場に出ていた公爵さまの方が御しやすいと踏んでいたし、王都の皆さまからも戦場に赴かない第一王子殿下より、戦場に赴いて功績を上げてくる第二王子であった公爵さまの方が人気だったとか。

 どっちにしろお馬鹿な方の計画は頓挫しそうなものだが、公爵さま的には面白おかしい状況になる方を選んだのだろう。本当に奔放な方であったが、領地立て直しは割と苦労したようだ。

 当時、馬産地として税収を得ていた公爵領は戦争のお陰でそれなりに潤ってはいたものの、方々から苦情が相次ぐ始末である。入った苦情を捌きつつ、戦争は終わると踏んでいた公爵さまは馬産の仕事以外にもなにかしら特産品や工業製品を考えなければと悩んだ末にワインの生産に踏み切ったようである。

 

 「ワシが酒好きということもありますが、納得できるワインができるまで随分と時間が掛かりましてな。試行錯誤の連続でした」

 

 ブドウの収穫時期に醸成期間など、味や質に関わる部分で随分と悩みながら今の公爵領で作れるワインの製造方法を確立したそうだ。そして時間が経てば人力作業から機械作業へと変えるための研究も怠らない。ワイン造りの変遷を聞けたような気がして面白いと聞き耳を立てていると、西の女神さまも公爵さまの話が面白かったようである。

 

 「フランツ」

 

 「はい」

 

 「ワイン、何本か貰って良い?」

 

 「構いません。数に限りがありますが、何本でも持って帰ってください」

 

 「ん。父さんにあげる」

 

 西の女神さまの言葉に公爵さまは驚く顔を一瞬浮かべるが、直ぐに良い顔になって西の女神さまに向かって礼を執るのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。