魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

576 / 740
0576:幸せな光景。

 辺境伯領の大木の下では竜の方による徒競走が開催されていた。最初は仔竜さんたちや小型の竜の方たちが競走していたのに、いつの間にか毛玉ちゃんたち三頭も参加してわちゃわちゃしていた。

 時折、アルティアさまとセレスティアさまも竜のお方の背に乗って競走に参加している。気さくな竜のお方が多いので、羨ましそうな視線を彼女たちが向けていると乗ってと誘われていたのだ。

 

 クロは走りでは負けてしまうので、空で飛行の速さを竜の方たちと競っている。アズとネルも参加しているから、他の竜の方と打ち解けているようでジークとリンと私は少し安堵していた。楽しそうでなによりとレジャーシートの代わりの厚手の布の上で私たちは竜のお方が遊んでいるところをまったりと眺めている。サンドイッチはほとんど食べ終えてお腹は満たされていた。

 

 『ボクが速いー!』

 

 『……負けた~』

 

 一番を勝ち取って喜ぶ仔に負けて不貞寝を始めた仔もいれば、最初から脚が遅いからと参加していない仔もいる。毛玉ちゃんたちは勝ったり負けたりを繰り返しながら、勝てばえへんと胸を張って竜の仔たちに『脚速いねー』と感心されていた。

 西の女神さまはそんな彼らを愛おしそうに見つつ、サンドイッチに手を伸ばしているのだが……私が少々食べ過ぎてしまった所為で選べるものが少なくなっていた。

 

 「妹とナイは狡い」

 

 「仕方ねえだろ。姉御は竜たちと遊んでいたんだからよ。呼んだら戻ってきていたのか?」

 

 西の女神さまがサンドイッチを頬張りながら南の女神さまと私へ妬ましそうな視線を向けた。南の女神さまが仰る通り西の女神さまは竜の方たちと楽しそうに交流していたから邪魔をしちゃ悪いと考えていたのだが、どうやら食い気も十分にあるご様子。

 食べ物の恨みは怖いので次からは声を掛けてから食べ始めようと私は誓う。無言でもごもごと咀嚼している西の女神さまは、タマゴサンドの一口目をごくりと嚥下してから口を開く。

 

 「美味しい」

 

 「良かったな、姉御」

 

 西の女神さまに南の女神さまが単純だなと言いたげに口の端を伸ばしている。食べていれば西の女神さまの機嫌は直るかなと、竜の方たちから預かっている卵さんを懐から取り出した。アズとネルの時のような鶏の卵サイズの大きさで、片方の手の平の上に二個ちょこんと乗せられるくらいの大きさだ。リンの手なら四個くらい乗りそうだけれど、私の手だと二個が限界である。

 

 「ナイ、どうした?」

 

 「卵、気になるの?」

 

 ジークとリンが私が卵さんを取り出したことを不思議に感じたのか背を屈めて聞いてくる。

 

 「ううん。なんとなく出してみただけ。副団長さまがまた観察できるって喜びそうだね」

 

 私は座ったままそっくり兄妹の顔を見上げて声を上げると、彼らは苦笑いを浮かべている。そういえばディアンさまは知らないようだから、卵さんを二個預かったことを伝えておかなければいけない。彼が爆撃禁止令を出していなければ、王都の子爵邸にはいくつ卵さんを投げ入れられていたのだろう。おそらく二個では済まないだろうし、アルバトロス城で暮らしているワイバーンさんも狙いそうである。

 

 あまり深く考えないでおこうと手の平の上にある卵さんを指先でつんつんしてみる。多分、普通の竜の卵さんである。クロの時のように魔石と勘違いするような要素はない。かなり強い個体であれば魔石のような卵さんになるようだ。

 

 「不思議だねえ……」

 

 『どうしました、ナイさん』

 

 「ナイ、どうした?」

 

 私が小さく声を上げると大木の精霊さんとソフィーアさまの声が重なった。お二人の耳に私のぼやきが届いて気になったようである。声が重なったことにより、お互いに彼女たちは視線を合わせていた。

 

 「申し訳ございません。私はあとで構わないので」

 

 ソフィーアさまがすかさず精霊さんに場を譲る。精霊さんは声が重なってしまったことを気にしている様子はない。

 

 『いえいえ、お気になさらず。貴女もナイさんのことが大好きですよねえ』

 

 「なっ!?」

 

 にこりと笑った精霊さんがソフィーアさまに声を掛けると、彼女はぎょっと目を見開いた。あれ、私のこと嫌いですかと言いたくなるけれど、ソフィーアさまは態々嫌いな人間の側にいるような方ではない。お貴族さまなら益があるなら我慢するだろうが、彼女であれば他の所で益を得て昇りつめていくはず。だからきっと大丈夫である。

 

 『あ、もちろん友人としてですよ』

 

 「それは、その……」

 

 大木の精霊さんはにこにこと笑いながらソフィーアさまに視線を向けている。ソフィーアさまは居心地悪そうに大木の精霊さんと私の間で視線を彷徨わせていた。私の背後で護衛に就いているリンが『ナイと一番の仲良しは私』と言いたげだけれど我慢しているようである。

 

 『そうでした。ナイさんは今夜、辺境伯領の領主邸とやらに泊るのですよね?』

 

 「はい。辺境伯閣下のご厚意で泊めて頂くことになっております」

 

 大木の精霊さんが妙な空気を打ち壊すように話題を無理矢理に変える。ソフィーアさまはほっと息を吐いているので、変なことを言わない方が良いかと私は疑問に素直に答えた。

 今夜は辺境伯領の領主邸にお泊りする予定である。一泊だけなのはハイゼンベルグ公爵家への配慮もあるのだろう。女神さまと私が公爵家に泊った日数よりも、辺境伯領に泊った日数が長ければ、いらぬ疑いを持つ方もいるのだから。

 

 お貴族さまって面倒だけれど、これがお貴族さまというものである。なんだか三年前より私もお貴族さまに染まっているなと感じつつ、お天道さまの下を歩けないようなことをしなければ良いかと開き直っていた。

 

 『私もお泊りしても良いでしょうか?』

 

 「私では答えかねますので、辺境伯閣下に問うて頂けると」

 

 『なるほど。では少しの間失礼しますね』

 

 大木の精霊さんは言うや否や、ふっと場から姿を消す。おそらく監視小屋の辺境伯領騎士の方と打ち合わせに行った閣下に直談判をするつもりなのだろう。話を側で聞いていたアルティアさまが『大丈夫かしら、旦那さま』と心配していた。

 ソフィーアさまも私もアルティアさまの方へ顔を向ければ『まあ、どうにかなりましょう』と仰って、大木の精霊さんが戻ってくるのを待とうとなる。確かに待つしかないかと顔を前に向けると、南の女神さまがバスケットの中を覗き込んでいた。

 

 「姉御、全部食っちまったのか!?」

 

 南の女神さまが驚きの声を上げている。バスケットの中身は私たちが先に食べていたから随分と減っていたけれど、残り五、六人分は確保できていた。暇になった護衛の方たちに食べて貰おうとしていたのだが、西の女神さまは随分とお腹を空かせていたようである。

 胃に入ってしまったものは仕方ないので特に咎める気にはならず、唖然としている南の女神さまに不思議そうな顔をした西の女神さまは私に視線を向けた。

 

 「うん。美味しかった。ナイ、ありがとう」

 

 「あ、いえ。お礼なら子爵邸の料理人さんたちにお願いします」

 

 西の女神さまへ私が伝えると、彼女はまた作って貰って良いかと許可を求めてくる。料理人の皆さまに迷惑を掛けない範囲であればと伝えると、西の女神さまは凄く嬉しそうに笑った。最近、彼女の食べる量が増えていないかと首を傾げたくなる。まあ引き籠って細い身体を晒すより、女神さまらしく肌艶の良い方であって欲しいと願っていると大木の精霊さんが戻ってきた。

 

 『許可を頂くことができました。閣下には感謝せねばなりませんね。夫人、ご迷惑を掛けてしまうかもしれませんがよろしくお願い致します』

 

 「いえ。精霊さまを領主邸に招くことができ誇らしい限りですわ」

 

 大木の精霊さんが小さく頭を下げると、アルティアさまも礼を執り顔を上げる。名誉なことではあるけれど、精霊さんが屋敷にくることを全く想像していなかったようでアルティアさまは少々混乱している様子である。

 大丈夫かなと心配していると毛玉ちゃんたち三頭とヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが戻ってきた。毛玉ちゃんたち三頭は竜の方たちと遊び過ぎたのか、息が蒸気機関車の機関部のような短く浅い呼吸を繰り返している。

 

 「お水飲もうか」

 

 私の声に毛玉ちゃんたちが目を輝かせているので、喉が渇いていたようだ。ロゼさんに水と容器を出して貰って注ぎ込めば、嬉しそうに毛玉ちゃんたち三頭が顔を突っ込んだ。容器から水が多く零れているような気もするが、彼女たちはいつもコレである。もうすこし年齢を重ねれば雪さんたちのように優雅に飲んでくれるはずと目を細めていると、セレスティアさまも戻ってきた。

 ひとしきり竜のお方と遊んだためか、彼女の特徴的なドリル髪が生き生きしている。そうしてクロとアズとネルも戻ってきて、お水を飲みたそうに毛玉ちゃんたち三頭を見ていた。

 

 「クロとアズとネルもお水飲む?」

 

 『ありがとう。沢山遊んだから飲みたい~アズとネルも欲しいって言っているよ』

 

 私が声を掛けるとクロたちも喉が渇いているようである。結構な時間を遊んでいたから仕方ないよねえと、またロゼさんに容器を出してもらった。

 

 「ちょっと待っててね。他の竜の方たちは?」

 

 お出かけする際はロゼさんに大量の食糧と水を格納して貰っている。私はアストライアー侯爵家の当主だから、なにかあった時に同行しているみんなを死なせるわけにはいかない。余計な心配なのかもしれないが、貧民街時代に飢えを経験していることもあって用心してしまう。なので水は多めに確保できているので他の竜の方たちの分も足りるはず。

 

 『良いの?』

 

 「一応、お水は多めに用意しているから大丈夫……なはず。大型の竜の方の分ってなると難しいかな」

 

 こてんと首を傾げるクロに流石に大型の竜の方が飲む分は難しいと伝えると、私の肩からクロが飛び立って遊んでいた仔竜の方たちを呼びに行った。お水を用意しながら待っていると、クロがみんなを引き連れてこちらにやってくる。大型の竜の方も顔だけ伸ばして様子を見るようだった。

 

 『ナイ、みんなきたよー』

 

 『お水! お水!』

 

 『水飲み場まで行かなくて良い!』

 

 『ありがとー!』

 

 クロが一、二メートルくらいの大きさの仔竜さんたちと一緒に戻ってくれば、さっそく声を上げている。どうやら水飲み場までは少し遠いようで、仔竜さんたちは今の場所でお水が飲めることが嬉しいようである。

 

 私がどうぞと容器を地面に置けば、みんなが一斉に顔を突っ込んで争奪戦となっていた。私が慌てなくても良いのにと苦笑いをしていれば、負けて水が飲めない仔たちはショボンとしている。

 この辺りはきっちりと強い仔が先に飲めてしまうようで、負けた仔たちは黙って先陣を切った仔を見ているだけだった。私は負けてしまった仔たちにお水は十分にあるからと話すと小さく顔を下げてくれる。そうして最初の仔が飲み終わって、負けた仔たちがまた顔を突っ込んでを繰り返していた。クロとアズとネルは身体が小さいので別の容器で三頭並んで仲良く飲んでいる。

 

 「ああ、幸せですわ」

 

 「とても良いものを見れました」

 

 顔を赤らめているセレスティアさまと嬉しそうに目を細めているアルティアさまの声が聞こえてきた。聞かなかったことにしておこうと視線を逸らせば、監視小屋から辺境伯さまが戻ってきた。そろそろ領主邸に戻ろうという彼の言葉でいそいそと撤収作業に入るのだった。

 

 ◇

 

 大木の下から辺境伯領領主邸に戻ってきた。晩餐の時間までは各々ゆっくりしておこうということで、自身に宛がわれた客室に身を置いている。なにかやれることはないかなと探してみるものの、庭を見せて貰うくらいしかないなと苦笑いになる。

 辺境伯領主邸もハイゼンベルグ公爵領領主邸の庭と遜色ない規模であり、本気で回るなら結構な時間が掛かるはず。そこまでの時間はない気がするのだが、ふと『庭』という単語でふと思いついたことがある。

 

 「長老猫さんたちのお墓参り行っても良いかな?」

 

 ヴァイセンベルク辺境伯領主邸の庭の隅っこには歴代飼っていた猫さんたちの慰霊碑がある。少し前に長老猫さんの葬送を担ったし挨拶に伺っても良いだろう。長老猫さんの顔しか知らないし、セレスティアさまとアルティアさまから聞いた話しか知らないけれど悪いことではない。

 

 『そういえば前に行ったっきりだねえ』

 

 クロが私の肩の上でこてんと顔を傾げながら言葉を紡いだ。大木の下にも花を添えても良かったなと反省するものの、クロと妖精さんというご意見番さまの生まれ変わりがいる。手を合わせるのは失礼な気もするし、まあ……大木の下に白い花を添えるのは次の機会で良いだろう。

 

 私がどう思うと護衛のために一緒の部屋にいるそっくり兄妹に視線を向けると、いつもの顔で二人は口を開く。ちなみに西の女神さまは遊び疲れたそうでベッドで仮眠中で、南の女神さまは図書室を借りて暇潰しをしている。

 大木の精霊さんはお屋敷の庭の草花に興味があると言って散策している最中だ。ソフィーアさまとセレスティアさまはアルティアさまとお茶会を開くとのこと。私も誘われたけれど積もる話もあるだろうと丁寧に辞退させて頂いている。

 

 「許可が貰えるなら行ってみるか」

 

 「大木の所で花を摘んでくれば良かったね」

 

 流石に勝手にウロウロするのは不味いのでやはり許可を頂いてから慰霊碑に行こうとなる。リンが言ったように森で咲いている花を拝借しても良かったなと私は苦笑いを浮かべた。

 

 「気持ちの問題だし、手を合わせるだけでも良いかなって」

 

 私の言葉にそっくり兄妹は頷いて、ジークは部屋の外にいる護衛の方に知らせに行き、リンはすすすと私に近寄る。

 

 「リン、どうしたの」

 

 私の後ろにリンが移動すれば脇腹から彼女の腕が伸びてくる。私のお腹をリンの両腕ががっちりとホールドして、背中に少し彼女の体重が掛かった。クロは私の肩から飛び上って、リンの肩の上に移動している。ネルはクロと一緒に並べたことが嬉しいようで甘い声を短く上げていた。

 

 「誰もいないから。ナイを独り占め」

 

 リンが私の頭の上でふふふと笑っているのだが、最近西の女神さまや大木の精霊さんと私の距離が近いのでリンも思う所があるのかもしれない。リンだし問題ないけれど、許可を取りに行ったジークは直ぐに戻ってくるよという視線を私は背後の彼女に向ける。

 

 「兄さんは気にしない」

 

 「それもそうか」

 

 リンがドヤ顔で言い切って、私もジークならいつものことだと気に留めないだろうと笑う。やはりジークとリンとクレイグとサフィールといる時間が一番落ち着けると扉の方を見ると、ジークが戻ってきた。彼は私たち二人を見てなにをやっているのやらという顔をしつつ、庭の慰霊碑に行っても問題ないと許可を得てくれたようである。

 

 「直ぐに行くのか?」

 

 ジークが顔を少し右に傾けて問い私は素直に頷く。私のお腹に回っているリンの手をぺしぺし叩いて離して欲しいと訴えると、彼女は微妙な顔を浮かべるもゆっくりと身体を離してくれた。クロが私の肩に戻って、顔をすりすりと機嫌良く擦り付けると満足したのか今度はてしてしと尻尾で背中を叩くのだった。

 

 案内は辺境伯家の護衛の方が担ってくれるようである。部屋を出て直ぐ『ご案内致します!』とぴしっと敬礼を執った年若い護衛の方に私はお願いしますと告げれば、お屋敷から庭に出て慰霊碑の方へと向かう。

 庭は少し肌寒いけれど凍えるほどではない。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭は毛皮を着ているのであったかそうだった。暫く護衛の方の背を眺めながら歩いていると誰かが横道から現れる。

 

 『ナイさん、どちらへ?』

 

 移動の途中に大木の精霊さんと鉢合せをしたので、理由を告げると一緒に行きたいと彼女が申し出る。私はなにも問題はないので、大木の精霊さんも一緒に行こうと歩き始めた。

 そして、お茶会中のソフィーアさまとセレスティアさまとアルティアさまとも合流することになるのだが、私が慰霊碑に向かうと知らせが入ったのだろうか。でなければお茶会を中断する理由はないし、三人揃ってやってくるはずはない。とはいえ、一緒に慰霊碑に行くことを拒否なんてしない。みんなで手を合わせようとなって、女性陣ばかりの移動が始まった訳である。

 

 「あの仔も喜びますわ」

 

 「気に掛けてくださり、本当にありがとうございます」

 

 セレスティアさまとアルティアさまが開口一番に感謝を述べた。お二人は長老猫さんが亡くなって時間が経っているものの少し寂しそうである。暇潰しに行こうとなっただけなので、私の胸の中に少々申し訳ない気持ちが湧いてくる。とはいえ馬鹿正直に告げるのは違うだろうし、話題話題と頭の中を探してみる。

 

 「いえ。急に思い至ったので花も用意できず申し訳ありません」

 

 私の声にセレスティアさまとアルティアさまが気にしないで欲しいと笑った。流石に勝手に庭の花を千切るのは大問題になるのでできない。ロゼさんに花を渡しておけば良かったかなと少しだけ後悔し始めた時だった。

 

 『ナイさん、花はなんでもよろしいですか?』

 

 大木の精霊さんが私たちのやり取りを楽しそうに見ながら仰った。特になにが良いとかは決まっていないし、日本の様に仏花の概念はアルバトロス王国の教会ではなかった。

 

 「はい。気持ちの問題でしょうから」

 

 『では、こちらを』

 

 私の声を聞いた大木の精霊さんが右手を前に出すと、彼女の手の平の上が淡く光り始める。周りの皆さまが驚きで目を見開いていると、精霊さんの手の上に可愛らしいオレンジ色の花が五輪現れたのだった。根っこはついていない、きちんとした切り花になっているので大木の精霊さんが気を使ってくれたようである。

 

 「よろしいのですか?」

 

 『ナイさんと、亡くなった猫が喜んでくれるなら構いませんよ』

 

 私が精霊さんを見上げると彼女は柔らかく笑う。木の精霊さんのため魔力で花を咲かすのは得意なのだそうだ。今回は慰霊碑に供えるため切り花の形で用意してくれた。有難いと私は精霊さんの手の平から受け取って、オレンジ色の花の匂いを嗅いでみる。

 

 「優しい、良い匂いがします」

 

 『気に入ってくださったならなによりです。急場だったので私の想像の花で申し訳ないですが……』

 

 精霊さんの言葉に私は目を見開く。オレンジ色の花は本当に本当の世界で一つだけの花のようだ。まさか大木の精霊さんが頭の中で考えた花だとは思わなかったし、匂いまで考えているのだから凄い。

 

 「同じものってできるんですか?」

 

 『ナイさんが気に入ってくださったならいくらでも』

 

 私は精霊さんの声にそうですかと答えれば彼女は微妙な顔になる。どうやら私が欲しいと言わなかったことで精霊さんが少し拗ねているようだった。匂いが再現できるなら調香師の方に頼んで香水かアロマでも作って欲しい所であるが……。

 アルバトロス王国に調香師の方は存在しているのだろうか。一先ず、私の記憶頼りだけでは心許ないので、ここは私が一番信頼しているそっくり兄妹へと顔を向ける。

 

 「ジーク、リン、凄く良い匂いだよ」

 

 私が二人に花を差し出せば、意図を理解したジークとリンが背を屈めて花の匂いを嗅ぎ取る。

 

 「本当だ。ナイが好きそう」

 

 「甘いが、あっさりしている匂いだな」

 

 クロも気になるようで身体を伸ばして花へと顔を近づけると『良い匂いだねえ』と感心している。クロの言葉に大木の精霊さんがドヤ顔になっていた。クロの様子を見ていた毛玉ちゃんたち三頭は私の回りを走って匂わせてと訴える。今度は毛玉ちゃんたちの方へと花を差し出せば、彼女たちはすんすんすんと鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぎ取っている。

 

 彼らの嗅覚はかなり優れているから大丈夫かなと心配していたのだが、特に問題はないようで『甘い!』『甘!』『甘~!』と三頭とも匂いを嗅いで満足している。ヴァナルと雪さんたちも匂いを嗅がせて欲しいと訴えてきたので、はいと私が差し出せば『甘い……』『良い匂いですけれど』『甘いですね』『少し強いでしょうか』と零している。

 ヴァナルと雪さんたちの言葉に、香水は諦めようと私は考えを改める。おそらく匂いはキツいものとなるだろうし、ヴァナルと雪さんたちは匂いに敏感なようだから止めておくべきであろう。いろいろと頭の中で考えていると、辺境伯領主邸の端っこにある猫さんたちの慰霊碑に辿り着いたようである。

 

 護衛の方が立ち止まり私たち一行に先を促した。

 

 以前きた時と変わらず整備されている慰霊碑には花が飾られている。毎日変えているのか新しいものだと直ぐに分かった。セレスティアさまとアルティアさまにも先を促され私は慰霊碑の前に立つ。私の後ろにジークとリンとソフィーアさまが控え、右隣にはヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたち三頭が並び、左隣には大木の精霊さんが立ち止まる。

 今日はただの思い付きで慰霊碑へとやってきた訳であるが、個人として立つか、聖女として立つかまだ迷っていた。でも長老猫さんたちに捧げる祈りはどちらも本心だなと、精霊さんから預かった花を慰霊碑の前に手向けて目を閉じる。

 

 ――縁があればどこかで。

 

 声には出さない。長老猫さんたちのことは全く知らないし、葬送儀式を執り行っただけだけれど……きっと、これも縁だから全く違う形でも出会えるならば嬉しいことはない。

 気付かないまま一生を終える可能性だってあるけれど、その時はその時である。だから、縁があればどこかでともう一度同じことを祈って私は目を開けた。そうして次に精霊さんが祈りを捧げ、セレスティアさまとアルティアさま、続いてソフィーアさまが。ジークとリンも慰霊碑の前で祈ってくれて、ヴァナルと雪さんたちも祈りを捧げてくれていた。毛玉ちゃんたち三頭は意味が分からないながらもヴァナルと雪さんたちを一生懸命真似ていた。

 

 「世界で一番幸せな猫ですわ」

 

 「ええ、本当に」

 

 セレスティアさまとアルティアさまの声に私は大袈裟なと苦笑いになってしまう。でも、家族として長老猫さんと一緒に生きてきたお二方がそう仰るならば……長老猫さんは幸せ者なのだろう……きっと。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。