魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
辺境伯家の晩餐は肉料理が多めとなっており、味も濃い目でスタミナが付きそうな具合だった。美味しいことには変わりないし、騎士の方や肉体労働を務める方に丁度良さそうである。またしても辺境伯家の料理人の方からレシピを頂き、アストライアー侯爵家というかミナーヴァ子爵邸の料理長さんにお願いして子爵家のレシピも辺境伯家に渡ることになった。
なにか美味しい料理が生まれると良いのだが、美味しい料理が生まれた場合私の口に入る日はくるのだろうか。とりあえず二泊三日のヴァイセンベルク辺境伯領視察を無事に終えて王都の子爵邸に戻ってきている。自室でまったり過ごしており、西の女神さまは図書室で過ごし、南の女神さまは一旦島に戻ると言って消えてしまっている。
部屋にいるのはジークとリンと私にクロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに毛玉ちゃんたち三頭とアズとネルだけである。
料理長さまから食べたい品や使って欲しい食材はあるかと問われているので、私は今食べたい品を必死に考えている最中である。季節柄、鍋を食べたいけれど流石にアルバトロス王国では馴染みのない文化である。
次にフソウに赴いて土鍋と昆布とポン酢を買ってこようと誓い、紙にはチーズケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン……と洋菓子系をリクエストしてみる。最近、料理長さま方はデザートにも力を入れてくれているので有難い。
お茶の時間の焼き菓子もスコーンにクッキーにといろいろと用意してくれるので、執務の合間にあるお茶の時間を楽しみにしている。メインの料理もリクエストしないとなあと考えて、リゾット、パエリア……全然お貴族さまらしくないなと書いている文字を止めた。ふいにリンが紙を覗き込みながら、私の側で口を開いた。
「次もまたどこかに行くの?」
「年が明けるまで引き籠もりだよ」
どうやら彼女は予定が入っているのか気になったようだ。冬の寒さも厳しくなりもう直ぐ十二月に入る。一ケ月間は緊急事態が起こらない限り、王都の子爵邸で過ごしつつアストライアー侯爵邸へ引っ越し準備に、侯爵領領主邸への引っ越しも同時に進めなければならない。
春になればミナーヴァ子爵領の新お屋敷で落成式を執り行うため、お客さんを呼んで私の社交界デビューとなる。結構な面々を呼ぶことになるのだが、家宰さまが陛下にまで招待状を送ると告げたのには驚きだった。
まあ、名代の方が参加してくれるか、お祝い状をくださるかのどちらかだろう。で、ハイゼンベルグ公爵さまとヴァイセンベルク辺境伯さまにラウ男爵さま、フェルカー伯爵さま、エーリヒさまは確実に呼ぶ予定である。
ギド殿下もだし、マルクスさまにも招待状を送る。あとはフィーネさまも遠距離だけれど、転移陣を使わせて頂ければアルバトロス城まではなんとかなるし、参加してくれると良いのだが。そうなるとアリサさまとウルスラさまもだなあと遠い目になり、ならばアリアさまとロザリンデさまにカルヴァイン枢機卿さまも……となるわけで。不思議なもので、どんどん招きたい方が増えていく。
「ゆっくり過ごせると良いな」
話を側で聞いていたジークが優しい顔を浮かべて告げる。本当にゆっくり過ごせると良いのだけれど。
「そうだね。子爵邸のことがおろそかになっていたし、年明けまではお屋敷で過ごして改善しなきゃいけないところを見つけないと。年明けに楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんがフソウにお泊りに行くから、お出掛けはその時くらいかな」
私の一ケ月間はゆっくりしつつ子爵邸の皆さまの状況を見て、いろいろと采配していかないと。侯爵邸への移動の件で不平不満が出ていないか凄く気になる。
せっかくやる気のある方の労働意欲を落とすわけにはいかないし、当主としてきちんと管理しておくべきだろう。とはいえ私の前で子爵邸で働く方々は不満を言わないので難しい。なにか良い方法があれば実践するけれど、簡単に見つかるなら苦労はしない。
私に名前を呼ばれた毛玉ちゃんたちはぱっと顔を上げてどうしたのと言いたげに、尻尾を絨毯の床にぺしぺし叩いていた。なんでもないよと私が首を小さくすれば、なんだと床に伏せ直す。ヴァナルは片目だけを開いて毛玉ちゃんたちの様子を見守り、雪さんたちは面白いと小さく笑っていた。
「ゆっくりとは言い難い気がするぞ」
「ナイは頑張り過ぎ。ゆっくりしよう?」
片眉を上げたジークは苦笑いになり、リンは少し拗ねた雰囲気で私が書いた紙を覗き込んでいる。
『ナイはじっとしているのが苦手だよねえ。ユーリの相手、たくさんしなくて良いの~?』
「ユーリの相手もちゃんと務めるよ。乳母さんたちに負けられない」
クロが私の肩の上で顔をすりすりしながら怖いことを告げる。出掛けるとどうしてもユーリとの時間を捻出できないので、ユーリとたくさん遊ぶことも一ケ月の予定に入れておかないと。
畑の妖精さんも私が子爵邸から侯爵邸に移り住めば、どうなるか分からない。流石に魔素の枯渇で妖精さんたちが消えるのは忍びないので定期的に子爵邸にも訪れる。この辺りは副団長さまが興味を示していたから心配は要らないかもしれない。
「赤子のおしめを替える当主は前代未聞だろうな」
「聞いたことないよね」
くつくつ笑うジークとリンに私は口を開く。
「おしめを替えている教会護衛騎士も聞いたことないけれどね」
うん。孤児院で働いている男性であれば赤子のおしめを取り替えることはあるけれど、教会の護衛騎士が赤子のおしめを替えるなんて聞いたことはない。まあお貴族さまの当主も聞いたことないけれど。
三人で視線を合わせて肩を竦める。クレイグとサフィールだって孤児院で幼い子のおしめを替えることもあったから今更だと笑い私は真面目な顔をする。ジークとリンに一つ伝えておかなければならぬことがあった。
「ジーク、リン」
「ん?」
「?」
「私の専属護衛をしている教会騎士から、アストライアー侯爵家の護衛騎士になって頂けませんか?」
私の声にそっくり兄妹が二人で目を見合わせ、数秒後に私へ視線を戻した。何故か最後の方は敬語になってしまったけれど、正式な依頼だし構わないだろう。まあ執務室で伝えろと言われそうだが、なんとなく家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまがいる場では照れ臭い。
ジークとリンの気持ち次第だけれど、教会の許可は得ているしアルバトロス王国にも伝えている。お伺いを立てた皆さまには、打診が遅いくらいだと笑われてしまった。
「もちろんだ」
「反対なんてしないよ」
そっくり兄妹は直ぐに答えをくれる。迷わなくて良いのかと首を傾げるが、迷われてしまえば少々私の心にダメージが入る。良かったと安堵して、私はジークとリンと確りと視線を合わせた。
「これからもよろしくお願いします」
「ああ」
「うん」
私が頭を下げると二人は小さく笑った。これからも当主兼聖女と護衛騎士の関係は続いていきそうである。多分、クレイグとサフィールとの関係も大きく変わらないのだろう。
『良かったねえ、ナイ。昨日、随分悩んでいたから』
「ちょっと、クロ」
クロが私の昨晩の様子を暴露した。確かに大丈夫かと心配していたが、それを二人に言わなくても良いのではなかろうか。ふふふと笑っているクロにジークとリンも笑っていた。むーと私は口を尖らせて椅子から立ち上がる。すると毛玉ちゃんたちが顔を上げて『どこかに行くの?』と言いたげに、床から身体を離して私の下へやってきた。
「庭に行く! 精霊さんから貰った種を畑の妖精さんに渡してみるね」
辺境伯領領主邸から王都の子爵邸へ戻る際、大木の精霊さんから花の種を貰っていた。長老猫さんたちに捧げた花の種とのことで、私が匂いを気に入っていたから種を用意してくれたのだ。この世にない品種らしいのだが、力の強い精霊さんは時折新種の植物を生み出すことがあるとか。大木の精霊さんは力ある精霊さんなのだなと感心しながら私は種を彼女から受け取った次第である。
せっかく頂いたし庭師の小父さまに預けることも考えていたが、増やすという点では畑の妖精さんにお願いするのが一番だろう。少し足早に部屋を出ようとすると毛玉ちゃんたちが私のあとをついてきて、ヴァナルと雪さんたちも立ち上がる。
「ナイ。俺たちを置いて行かなくて良いだろう」
「一緒に行くよ。いつでも、どこまでも」
ジークとリンの声に私は二人に振り返るのだが、恥ずかしくて直ぐに前を向き歩き始める。私の横には毛玉ちゃんたち三頭が並び、後ろにはヴァナルと雪さんたちが続いていた。そっくり兄妹はくつくつと笑いながらヴァナルたちの後ろを歩いているようである。彼らを私の視界に捉えていないけれど、なんとなく雰囲気で分かった。子爵邸の廊下を歩いて行くのだが、すれ違う方たちはジークとリンと私との間に距離があることに首を傾げている。
裏口から裏庭へと出て少しだけ歩けば、畑の妖精さんたちがいる家庭菜園に辿り着いた。リーム王国のギド殿下から頂いたジャガイモさんの芽が茂っているし、エシャロットだったか……大根の小さいやつも元気に育っている。
私たちを確認した畑の妖精さんがこちらにゾロゾロと寄ってきて、間抜けな顔で両手を上げる。
『タネクレ!』
『シゴトクレ!』
妖精さんたちはいつもの如く社畜精神に溢れていた。私が手に持っていた黄色い花の種を見せると、妖精さんたちは上げていた両手をへなりと下げる。
『イラナイ!!』
「どうして……」
いつもなら植物の種ならばなんでも引き取ってくれていた妖精さんが、今回に限って受け入れてくれない。大木の精霊さんが創造した花だから駄目なのかとクロの顔を見てみる。
『ボクも分からないなあ。どうしてだろう……あ、もしかしたら畑に植えたくないのかも?』
クロが迷った末に導き出した答えは、畑の妖精さんたちは黄色い花の種を植えたくないという単純なものだった。でも毒を持っている可能性だってあるし、なんとなく畑の妖精さんは黄色い花の種が畑に悪い物だと感じ取っていそうである。
ケシの種は引き取ってくれたのに変なのと言いたくなるのを我慢して私は一旦家庭菜園から離れて、きょろきょろと顔を動かしながらとある人物を探す。
表側の庭に回って直ぐ目的の人物の姿が見え声を掛ければ、麦わら帽子がトレードマークの庭師の小父さまが脱帽して礼を執った。私は庭師の小父さまの下まで行き、経緯を説明すれば構いませんよと快諾をくれる。ただ、条件があるようでなんだろうと私が首を傾げると、庭師の小父さまが目を細めた。
「ミントのように繁殖力が強いと困るので、最初はプランターで育てても宜しいでしょうか?」
なるほど。確かにそういうことが起きる可能性もある。
「確かに増え過ぎても困りますよね。植生が全く分からない花ですし」
私は園芸に通じていないので庭師の小父さまの言に反対はしない。素直にお願いしますと預けて、また屋敷へと戻るのだった。一週間後、庭から庭師の小父さまの悲鳴が上がるとも知らずに。
◇
プランターに植えた黄色い花の種は怒涛の勢いで繁殖し、庭師の小父さまが頭を抱えていた。一応、辺境伯領の大木の精霊さんに話を聞いてみると『そのような力は付与していないのですが……ナイさんの力が偉大なのですねえ』と感心していた。どうすれば良いのかと私が問えば精霊さんは頑張って引っこ抜くしかないと仰った。
そうしてどうにかプランターの黄色い花地獄は解決したのだが、副団長さまが精霊さん作の品ということで嬉々として回収している。大丈夫か心配だけれど魔術師団の隊舎が花塗れになっても問題はあるまいと私は知らないフリをしていた。
十二月に入り、随分と寒くなってきている。アルバトロス王国は大陸の南に位置しているので外で凍死したりすることはないけれど寒いものは寒い。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭の毛が羨ましいなと自室で窓際に椅子を置いて陽向ぼっこをしている。
昼ご飯を終えて一段落しているため自由時間となっている。ジークとリンは子爵邸の庭で鍛錬を行っている。テオも参加しているのだが、やはり鍛えている年数が違うため、テオの方がそっくり兄妹より先にへばってしまうそうだ。まだまだジークとリンのような騎士になるには時間が必要かなと、そっくり兄妹がいるであろう場所に視線を向けた。雨が最近降っていないので空気は乾燥していそうである。
西の女神さまはアリアさまのご実家であるフライハイト男爵領とロザリンデさまのご実家のリヒター侯爵領にも興味を示しており、話を聞いたアリアさまとロザリンデさまは女神さまが自身のご実家に視察にくるかもしれないと驚いていた。
アリアさまはどうしようと困惑していたものの、西の女神さまにどこを案内すれば良いのか迷っていたので本当に強心臓を持っている。ロザリンデさまは困惑しながら実家に連絡を入れると言い残して、扉の縁にぶつかっていた。
ロザリンデさまは常識外のことが起こるとテンパり易いなと、私は慌てて彼女の下に駆け寄って傷が付かないようにと治癒を施しておいた。まあ、私が女神さまの視察に同行しなくても大丈夫そうかなと、窓の外に向けていた視線を部屋の中へと戻す。
『気持ち良いねえ』
「気持ち良いよね。寝てしまいそう」
私の膝の上で丸くなっているクロが声を上げ、私はクロの方へと顔を向ける。足元にはヴァナルと雪さんたちに毛玉ちゃんたちものんびりと絨毯の床に転がり、尻尾をぱたぱたとさせている。
『良いんじゃない?』
「そうだねえ……」
クロが私のやる気のない返事を聞いたせいか、くわっと口を開いて大あくびをした。ふうと息を吐いたクロは身体を丸くして、私の膝の上で寝る態勢に入った。今まで忙しかったのだから、こんな日があっても良いかと私も惰眠を貪ろうと目を閉じるのだった。
◇
ミナーヴァ子爵邸の隅にある訓練場では、今日も護衛の騎士たちが鍛錬を怠るまいと皆が汗を掻いている。俺もその中の一人であり、妹のジークリンデも一緒にきていた。広いとは言い難い訓練場ではあるが、貴族の屋敷に施設があるだけでも有難かった。それはアストライアー侯爵に雇われている護衛の皆も同じことで誰も文句など口にしない。騎士見習いとして雇われたテオも訓練をしており、声を出しながら木剣を振っていた。
いつも俺とリンと一緒にいる小さな竜のアズとネルは訓練の邪魔になると理解して、訓練場の側にある木の枝で二頭仲良く並んでこちらを見ている。
ふいに周りの皆が動きを止めて、出入口の方へと視線を向けている。誰かと思えばフソウのフウマとハットリのご老人だ。彼らは諜報員の教育を施すためにナイに雇われているのだが、キチンと役目を果たしてきたのだろうか。妹のリンも不思議そうな顔で彼らを見ているのだが、彼女の目の奥では違うことを考えていそうだった。
「ジークフリードさん、手合わせをお願いできんかの?」
フウマのご老体がハットリのご老体と並んで俺を見上げながら問うてきた。フソウ出身故に彼らの背はアルバトロス王国の者と比べると凄く低い。しかしリーチの差がかなりあるというのに、彼らは軽い身のこなしで俺の剣を既の所で避けることもあれば、小刀と呼ばれる片刃の剣で受け流される。アルバトロス王国の騎士や周辺国の騎士とは違う体捌きと剣術のため、俺としても手合わせは望むところである。しかし。
「私は構いませんが、諜報員の教育はもうよろしいのですか」
俺は彼らに疑問を投げた。ナイから命じられたことを終えていないのであれば、俺は彼らと悠長に手合わせなどできない。本来の業務に戻れと厳しく言わねばならぬだろう。俺の心配を他所にフウマとハットリのご老体はカラカラと笑いながら口を開いた。
「今日の授業はきっちりと終えましたぞ」
「動かねば身体が鈍りますからな」
腰を曲げて後ろに手を回しながら好々爺然とした姿の彼らであるが、諜報教育を受けている者から話を聞けば割と厳しい授業が行われているそうだ。敵地に潜入して情報を得るということは、己の命と引き換えになることもあると伝え敵に捕まれば舌を噛めとご老体二人は教えているようである。
確かに正論であるが、ナイが聞けば微妙な顔をして命を粗末にするなと厳命しそうなのだが、これから先どうなっていくのか。一先ず彼らの言を聞き届けようと、俺は手合わせをお願いしますと頭を下げるのだった。
――一時間後。
俺と妹はフウマとハットリのご老体の相手を務めていたのだが、彼らは本当に現役を引退しているのだろうか。彼らが手合わせの最中に飛ばす殺気は本物で、不味いと感じる場面が多々あった。
フソウのニンジャという職業は幼少期から専門的な鍛錬を積み、己の身体と五感を研ぎ澄ませてきたようである。リンも攻めあぐねている時があり、勝ちを取るのに苦心していた。
「手合わせ、ありがとうございました」
「ありがとうございます」
俺とリンがフソウとハットリのご老体に頭を下げれば、彼ら二人も俺たちに頭を下げた。
「良い運動になりましたわい」
「ええ。こう死と隣り合わせの感覚を味わえるのは其方らくらいですからな」
ご老体がまたにやりと笑って汗を手拭いで拭きながら訓練場をあとにする。俺たちの手合わせを真剣に見ながら、動きを追っていた者もいたので頭の中でトレーニングをしていたのだろう。無駄になっていないようで良かったと安堵していると、テオが真面目な顔をして俺の前に立った。
「ジークフリードさん、俺とも手合わせをお願いします!」
直立不動になったテオが俺に向けて腹に力を入れた声を上げる。まだ時間はあるし先程見ていた木剣の振り方に助言を送りたかったので、丁度良いだろうと俺が頷こうとすればリンが一歩前に出る。
「テオ、私としよう」
「え?」
唐突なリンの態度にテオが目を丸く見開いた。妹の行動に珍しいこともあるものだと俺は小さく笑みを浮かべる。テオは俺ばかり相手をしても意味はないだろうし、偶にはリンとも手合わせをさせても問題あるまい。受けて良いのか判断に困っている彼に俺は遠慮は必要ないと伝えれば、テオがリンに丁寧に頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「ん」
テオよりリンの方が問題があるように感じてしまう。どうにも妹は言葉を紡ぐことを苦手としているようで、身内と認めている相手以外には更に口下手になっている。もう少し喋っても良いのにと目を細めるが、俺自身もあまり喋る方ではない。
やはり双子故にどこかしら似てしまうようである。そうして俺が審判役を務めることになるのだが……テオとリンの試合は秒で終わってしまい、何度か対戦を続けるもののテオの全敗となってしまう。
「リン、もう少し手加減をするか、隙を作ってくれ」
テオが場を去り少し時間を経て俺はリンに声を掛けた。実力差があるのは当然だし、テオはまだ見習いの立場である。リンもテオ以外の誰かに手解きする機会はあるだろうから、今のままでは不味い気がした。
「それは兄さんに任せる。私は彼にとって超えられない壁でいれば良い」
リンが俺に向かって良いことを言ったみたいな顔を浮かべるのだが、俺は自身の顔が渋くなるのが分かった。俺がいなくなれば彼女はどうするつもりなのか……と口にしようとして止めた。
多分俺たち兄妹はナイの護衛を一生務めることになる。もし俺たちが先に死んでしまっても魂だけは彼女の側にいる。きっと妹も同じ気持ちなのだろう。将来の伴侶を得なくて良いのかと心配になるが、俺も人のことをとやかく言える立場ではないのだ。
「テオがリンより強くなった時は見ものだな」
「ナイの専属護衛の役は誰にも譲らない」
俺が肩を竦めると、リンが真面目な顔をして言い放つ。確かにナイの専属護衛役を誰かに引き渡すつもりはないが、ナイが俺たち以外を指名する日がくるのかと考えればこないと断言できてしまう。
たが己の気持ちを自覚していると、護衛以外の所でもナイの役に立ちたい……いろいろと動いてはいるものの、なかなか上手くことが運ばないなと苦笑いになっていると、訓練場の出入り口で警備隊長が俺とリンに視線を向けていた。
「ジークフリード、ジークリンデ。警備の時間割を確認してくれ!」
俺たちの名を呼んだ彼は子爵邸の警備を統括している者である。ナイが外出する場合、俺たちは当然として誰を護衛に宛てるか毎回頭を捻っているそうだ。西の女神さまが子爵邸に滞在するとなり屋敷の警備を疎かにしてはいけないと、更に頭を悩ませているようである。
西の女神さまに護衛は必要ないだろうが体裁を整えておかなければ、なにかあった時に責められるのはナイである。それは避けなければと俺と妹は彼の後ろを歩いて、護衛の者たちがいる建屋の中に入るのだった。
同じ建屋内には託児所も併設されているので、子供の笑い声が聞こえてくる。サフィールは子供相手に仕事を頑張っているのだろうと小さく笑っていれば、部屋の前に辿り着いていた。そうして警備長が部屋へと入り、俺と妹も一緒に部屋へと入る。質素な部屋であるが、置いている調度品は良いものを使っていた。警備長は机の上の紙を手に取って、俺たちの前に差し出す。
「少し先の話だが、フソウ行きの面子も書き出しておいた。確認しておいてくれ」
彼の手から俺は紙を受け取って視線を落とした。この先、二ヶ月の仮予定と年明けにフソウに赴く護衛の者を決めたようである。
「ご当主さまの側にいれば、退屈はしないと皆言っているな」
警備長が苦笑いを浮かべながら声を上げる。確かにナイの側に控えていれば退屈な日はほとんどないだろう。貧民街時代の経験で大抵のことは受け流せるようになっていたのは良かったことの一つである。目の前の彼と雑談を交わしながら、紙に視線を落としたままで俺は字を読み進めていった。特に問題はないとリンに俺が持っていた紙を手渡せば、彼女もつらつらと目を通し始めた
「西の女神さまがアルバトロス王国内の領地を見学していると聞いて、貴族の方々はソワソワしているようなんだ」
「何故ですか?」
彼の言葉に俺は疑問で返す。確かに西の女神さまはハイゼンベルグ公爵領、ヴァイセンベルク辺境伯領の見学を行い、フライハイト男爵領とリヒター侯爵領にも興味を示している。
ナイが所領としている地にも赴くと仰っていたが、十二月はゆっくりするとナイが決めたため予定が延びていた。西の女神さまが他の領地に興味を示す、というかナイが紹介できる場所しか行かない気がするのだが……どうなのだろうか。
「一応、俺だってアストライアー侯爵家の一員だからご当主さまが案内できる場所しか行き辛いってのは知ってるけどな。だが、話を聞いてしまうと期待するってのが人間ってものだろう」
警備長の言葉から推測するに、貴族社会では西の女神さまが方々に足を向けている情報を得ているようである。確かにそれなら期待したくなるのが人の心なのだろうか。
俺は貴族としての欲が薄いのか、ラウ男爵閣下にもう少し欲張っても良いのではと苦笑いを向けられた過去があった。確かに俺も法衣の男爵位持ちで、貴族の一員であるが家を大きくさせたいという願いはなかった。
「妙なことを考える貴族がいなければ良いんだけれどなあ。あと聖王国が大丈夫なのか心配だ」
警備長が微妙な顔をしながら言い放った。貴族が西の女神さまに勝手に接触すれば、彼女の気分次第ではないだろうか。西の女神さまはナイを気に入っているようだから、ナイを介さない紹介や接触は嫌な顔を浮かべそうである。
西の女神さまであれば一睨みして頂ければ、ほとんどの厄介事は解決しそうだと苦笑いになる。しかし……確かに聖王国の立場がどんどん悪い方向へ流れていっているのではなかろうか。西の女神さまが聖王国という教会総本山に赴かないのは異常な事態だ。ただし、教会は人間側が勝手に作り上げたものという真実を知っていると、西の女神さまが聖王国に見向きもしない理由が分ってしまう。
「確かに由々しき事態ですね……」
俺は彼に本当のことを告げるわけにもいかず、警備長に同意の言葉を述べるに留めるのだった。