魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
西の女神さまにそれとなく聖王国行きを打診してみると微妙な反応を頂いてしまった。彼の国は女神さまを勝手に祀り上げているので、ご本人さま……ご本神さまは微妙な心境のようである。
フィーネさまに西の女神さまの件をそれとなく手紙に記して送っておいたが、彼女からどんな反応が返ってくるのか。まあ、フィーネさまとウルスラさまは西の女神さまとご対面しているし、アリサさまとの対面は時間の問題のはず。きっと大丈夫、どうにかなるさと自分に言い聞かせて、私室のテーブルに腰を掛け、辺境伯領の大木の下で預かった竜の卵さん二個を眺めている。
「元気に産まれてきてくれるかな」
鶏の卵さんサイズの大きさで、侍女の方が作ってくれた座布団擬きの上に並べている。ジャドさんにお願いされたように私が首から下げることはないので、卵さん一つから二頭孵ることはないと信じたい。
あとは、元気に孵ってくれれば良いのだが果たしてどうなるのやら。ディアンさまに卵を預かったことを報告すると、仲間が私に迷惑を掛けて済まないと仰ってくれた。迷惑は掛かっていないけれど、私の下で育って大丈夫なのか少々心配である。きっと竜の方なりのしきたりとかルールがあるだろうに、仔が親に教えられない不幸は大きく育ってから困ってしまうのではなかろうか。
『大丈夫だよ。子爵邸は魔素量が高いから心配いらないよ~』
クロは私の肩の上で呑気な声を上げる。クロとアズとネルがいるから、卵さんが孵ったらルールや掟を教えてくれるだろうか。少し怪しいなとクロに視線を向ける途中で、特徴的な御髪の方の姿が私の目に映り込む。
「元気に孵って貰わなければ困りますわ、ナイ」
セレスティアさまが鉄扇をばさりと広げて、私に不吉なことを言うなという視線を向けている。ジークとリンは訓練場に赴いて鍛錬をしている最中で私の部屋にはいない。
確かに不安を口にするのは宜しくないが、西の女神さまが屋敷にいる状況なので不安要素は少なくなっているような。南の女神さまは治癒系の神力を使うのが不得意らしいので、竜の卵さんになにかあった場合は西の女神さまに相談しようと決めている。とにかく、机の上に鎮座している卵さん二個が無事に孵るようにと祈るしかない。
「ところでセレスティアさま」
「どういたしました?」
「何故、私の部屋に……」
いるのですか、という声は出さなかった。竜の卵さんを預かってから、彼女は私の部屋へと頻繁に顔を出している。竜や幻獣が好きなのは知っているし、私の部屋にくるのは構わないが、アズとネルの卵を預かった時より訪ねる頻度が増しているのだ。
「ヴァイセンベルク辺境伯領で過ごしている竜の方がナイの下に卵を預けられたのです。辺境伯領の娘として領主である父に報告を行う義務がありましょう。そのためにわたくしはナイの部屋に足繁く通っているのですわ!」
確かにヴァイセンベルク辺境伯領の大木の下で生活している竜の方から卵を預かったから、ヴァイセンベルク家が関わることは不思議ではないけれど……彼女の場合、単に竜の卵が愛おし過ぎるからではなかろうか。
まさか、と否定できないのがなんともセレスティアさまらしいのだが、動かない卵さんを見てなにが楽しいのだろうか。それならクロと話していた方が楽しいし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭を撫で繰り回している方が癒しを得られるのだが。
「よく飽きないですね」
本当に。私はお茶とお菓子を食べながら卵さんを見守っているのだが、彼女はお茶とお菓子に見向きもせず卵さんをずっと眺めている。副団長さまにも卵さんを見せて欲しいとお願いされるのだが、私室ではなくサンルームに移動して見学して貰っていた。
副団長さま的にはポポカさんとグリフォンさんであるジャドさんとアシュとアスターとイルとイヴが一緒に過ごしているので、面倒がないとサンルームでの見学を喜んでくれていた。
それならセレスティアさまもサンルームの方が良いのではと聞いてみたことがあるのだが、彼女的に許容量を超えてしまうらしくご容赦くださいと返事を頂いている。ようするに、天国過ぎる状況だから魔獣や幻獣が沢山いる状況は勘弁して欲しいと言いたいらしい。
「飽きることなどありませんわ。今この時、卵が殻を割って出てくる可能性があるのです。一部始終を見届けられたのなら、不肖セレスティア……死んでも構いませんわ!」
セレスティアさまが言い切るのだが、死んでしまうのは大袈裟である。ならば私は何度死ななければならないのだろうと目を細めていると、ヴァナルが耳を片方倒して床からがばりと立ち上がる。
『セレスティア、死ぬの駄目』
ヴァナルはセレスティアさまが座っている側にちょこんとお尻を付けて、尻尾を床に力強く叩きつける。そうしてセレスティアさまの膝の上に大きな片脚を上げた。
「ヴァ、ヴァナルさん?」
『セレスティア、死ぬ。ヴァナル、悲しい。みんなも悲しい』
セレスティアさまがヴァナルの行動に困惑しているのだが、ヴァナルは真剣な様子である。どうやら彼女の冗談はヴァナルに通じなかったようで、雪さんと夜さんと華さんは『流石番さま』『お優しい』『別れは辛いものですからね』と言いながら彼と彼女を見守っている。
毛玉ちゃんたち三頭はイマイチ状況を掴めていないようで、頭の上に疑問符を浮かべるものの直ぐに興味がなくなって三頭でワンプロを始めてしまった。確かにヴァナルと雪さんたちは幻獣だから人間より長く生きる。雪さんたちはフソウ国の神獣を務めているから、歴代の帝さまや大樹公の最後を多く見届けてきたのだろう。
先に逝く者、残る者。命はいつか尽きるから、別れの日は必ずくる。もしその時がきたのなら、私は彼らには笑って別れを告げなければ。頭の中でいろいろと考えていれば、セレスティアさまが椅子から離れてヴァナルの前に跪く。
「物の例えでしたが……申し訳ございません、軽率な発言でしたわ」
『ん。みんなで長生き』
床に跪いたセレスティアさまとヴァナルの顔の位置が丁度合ったのか、ヴァナルはセレスティアさまの肩の上に顎を置いて、ぐりぐりと顔を擦り付けている。セレスティアさまはヴァナルの突然の行動に驚きながらも状況を理解して、どんどん顔がだらしなくなっている。
どこまで蕩けた顔になるのかなと私が視線を向けていると、ヴァナルの行動を見た毛玉ちゃんたちがセレスティアさまの膝の上に顔を乗せたり脚を乗せたりしている。彼女の特徴的な御髪がばっと広がって、幸せな状況――セレスティアさま限定――に顔を赤らめていた。
わちゃわちゃになっていることでセレスティアさまの許容量を超えてしまったのか、彼女の目がクルクル回っているような。さて、どうしようかと私が悩み始めると、雪さんたちが毛玉ちゃんたち三頭に声を掛けて離れるようにと声を掛けた。
「……やはりナイの屋敷は危険です。しかし長生きをするとヴァナルさんと約束しましたわ。ナイも皆さまも長生きしてくださいませ」
セレスティアさまが立ち上がり少しフラフラしながら椅子に腰を下ろす。
「簡単に死ぬつもりはありませんよ」
私は面白い方だと小さく笑いながら彼女に返事をした。前世はなにも分からないまま死んでしまったから、今世は確り寿命を全うしたい所である。もし仮に見送ってくれる方がいるならば笑って最後を迎えたい。生きていれば死は必ず訪れるものだから、悲観し過ぎるのは少々違う気もする。
「ええ、よろしくお願い致しますわ。ナイは直ぐに己の命を投げ出しそうな所がありますもの」
セレスティアさまの言葉でヴァナルが私をじっと見ている。そして雪さんたちと毛玉ちゃんたち三頭も私をじっと見ているのだが、クロも私の肩の上でじっと視線を向けていた。
簡単に自分の命を投げ出すつもりはないのに、セレスティアさまはなにを仰っているのだろうか。私は大丈夫だよという視線をみんなに向けると、彼らは首を捻っている。なんだか信用されていないと私は机の上に鎮座している、卵さん二個をつんつんしてみた。
「反応がない」
当然ながら卵さんは無反応である。ヴァナルは話は終わったと理解したのか、毛玉ちゃんたち三頭と一緒に雪さんたちの横に戻って行った。もう一度、竜の卵さんをつんつんしてもなにも起こらない。
「あったら凄いことですわよ、ナイ」
確かに卵さんが大きく動いたら凄いことだけれども。呆れている様子の彼女に苦笑いを浮かべながら、空気の流れを変えようと私は口を開く。
「セレスティアさまは卵さんたちがどんな仔なら嬉しいですか?」
卵さんを二個預かっているし、卵さんたちの将来を考えるのは悪くない。
「元気で孵ってくれることが一番の望みですけれど……赤い竜の仔が産まれてくだされば嬉しいですわね」
セレスティアさまが少し考える素振りを見せたのち、どんな仔が孵れば嬉しいのか教えてくれる。そういえばクロとアズとネルは白系の鱗なので、遠目から見ると見分けがし辛い。これでまた孵った卵さんたちの鱗の色が白系だと余計に分かり辛くなりそうである。確かに白色以外の仔が孵ると嬉しいのだが、セレスティアさまは赤色が好きなようである。
お貴族さまの間では思い人の色を纏うという、なんともまあロマンティックな意思表示があった。そうして、彼女の婚約者のマルクスさまの髪色は赤系だ。王立学院の建国を祝うパーティーでも彼女は赤色のドレスを身に纏っていたから、マルクスさまのことを慮っていたようである。
なんだかんだ言いつつ、相手のことを思いやっているのだなあと感心しているとセレスティアさまが目を細めながら私を見ていた。
「ナイ。なにか妙なことを考えていませんか?」
彼女の言葉に私が横に首を振ると、セレスティアさまは大きな溜息を吐く。
「片方が赤色の仔だったならば、もう一頭の卵さんから青い仔だったら嬉しいですね」
私が声を上げるとセレスティアさまがきょとんとした顔になり口を開いた。
「その心は?」
「色が違ってくれないと見分けが大変です……」
二頭とも赤色だと、産まれたばかりなら見分けが大変である。大きくなれば角の形や目の色で判断できそうだけれど、小さいとあまり特徴が出ていない。毛玉ちゃんたちもグリ坊たちも同じ見た目だったので、見分けるのが大変だった。見慣れてくれば個体の特徴を見つけて判断が付くけれど……だからこそ毛玉ちゃんたちには色違いの毛糸を生まれて直ぐに付けたのだから。
「なににせよ、元気に育って卵の殻を割って欲しいですわねえ」
『そうだねえ。孵るのが楽しみだよ~』
セレスティアさまとクロの声に私は頷く。さて、もう直ぐ年が明けるのだが、今年もあと少しだとまったりとお茶を飲みながら、珍しいお方と共に今日一日を過ごすのだった。平和だなあ。
◇
年が明けた。日付が変わると魔術師さんたちによるお祝いの花火が上がり、王都は一気に新年ムードに入る。とはいえ仕事休みが十日もある……なんてことはなく新年二日目から、働かなければならないという世知辛い仕様となっていた。
西の女神さまと南の女神さまも子爵邸で年越しを迎えている。数日前に私が神さまの島に戻らなくても良いのかと問えば、二柱さまはあちらに戻ってもやることがないし、子爵邸にいた方が暇を潰せると放言してくださった。
一応、子爵邸の皆さまには数日間のお休みを設けて、邸の運営に支障がないようなシフトを組んで頂き代わる代わる休みを取って貰っているため、屋敷内は少し寂しい雰囲気が漂っている。あと数日過ごせば通常に戻るだろうと、子爵邸のバルコニーから庭を眺めていた。
テラさまが御降臨なされた場所は庭師の小父さまの手により修復が成されたが、不思議なことに草木の育ちが良いと聞いている。テラさまにそんな力があるんだなと私が感心していると、西の女神さまが私もできるよとアピールしていた。
そしてやってみようかと小さく首を傾げながら私に問うので、聖域指定されて大騒ぎになるので止めてくださいと申すと微妙な顔になっている。やるなら是非聖王国でお願いしますと更に告げると西の女神さまは更に微妙な表情をしていたが、結局なんだったのだろう。
ま、新しい年も始まったから、みんなが一年、幸せに楽しく過ごせますようにと願うだけである。
初出勤してきた方には今年もよろしくお願いしますと挨拶を交わしつつ、ジークとリンと一緒に執務室へと向かう。年末の最終日と年始一日目は執務はお休みとさせて頂き今日から私も初仕事だ。
「今年こそ、なにも起こらずに平和に過ごしたいなあ。領地運営に力を入れたいけれど、トラブルが起こるとそっちに掛かり切りになっちゃうし……」
私が後ろを振り向きながらそっくり兄妹の顔を見れば、ジークとリンはふっと笑う。
「今年は屋敷の移動があるからな。なにもなければ良いが」
「でも、毛玉たちのフソウ移住も始まるから結局ナイは忙しい」
確かに王都の子爵邸から侯爵邸に移ることになるし、今年から所謂社交のオフシーズンは領地で過ごすことになる。初めてのことだから、上手く采配できるのか、屋敷の環境に慣れることができるのか気になることが沢山あった。
一番は赤子であるユーリが環境の変化に驚いて体調不良を起こさないかを気にしておかなければ。託児所の子供たちもヴァナル一家とエル一家とジャドさん一家も慣れてくれると良いのだが。こればかりは引っ越しをした時しか分からないので、今から気を揉んでも仕方ない。
三日後にはフソウに立ち、毛玉ちゃんたち三頭を帝さまとナガノブさまに預けてくる。先に松風と早風がいるし、権太くんもいるから、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが寂しがることはないはず。
フソウからの手紙では相変わらず、権太くんが悪戯を敢行して怒られているようだ。そして松風と早風は喋れないながらも、フソウの皆さまと打ち解けているらしい。リンに名前を呼ばれた毛玉ちゃんたち三頭は『どうしたの?』と彼女を見つめながら廊下を歩いている。
「フソウに久ぶりに赴くから楽しみ。早風と松風は大きくなっているかなあ」
『どうだろうねえ。元気なことには違いないんだろうけれど』
私の声に今度はクロが答えてくれる。元気がないならフソウから素早く連絡が届くようになっている。なにも知らせが入らないということは松風と早風は元気に過ごしているということだ。
三人と一頭で話しながら歩いていると執務室に辿り着いた。一応、二度ノックの音を鳴らし扉のノブに手を掛けて、私たちは部屋の中へと進む。
「明けましておめでとうございます。ご当主さま」
「ナイ、明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございますわ、ナイ」
中へと入るなり声が上がる。いつものメンバーなのだが、二日会わなかっただけでなんだか新鮮な気持ちだ。ジークとリンは壁際に控え、いつもなら執務机の椅子に腰を下ろす所で私は口を開いた。
「家宰さま、ソフィーアさま、セレスティアさま、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」
挨拶を終えて私は椅子に腰を下ろせば、家宰さまがにこりと笑って書類の束を執務机に置いた。新年だからか、いつもより少し書類の束が多い。真っ先に片付けるべき書類を家宰さまに教えて貰って、今年初めての執務に取り掛かるのだった。
ぺらりと書類の一番上を取って内容を良く確認しながら、私のサインを入れてアストライアー侯爵家の印章を押していく。いつも通りの仕事なので特に悩むことはなく進み、一時間後には書類仕事を終えていた。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまも問題なく仕事を終えているようで、優秀な方が侯爵家を支えてくれているので仕事面で私が困ることはない。
「あ、そういえば……」
「どうした、ナイ?」
私が声を上げると、ソフィーアさまが小さく首を傾げ、セレスティアさまと家宰さまが私の顔を見る。
「お見合いの計画はどうなりましたか?」
「きちんと進めておりますよ。ラウ男爵閣下も関わっておりますので、相手方との日程の調整に入っております」
少し前に計画した子爵領のとある村の名主の方から請われた件である。お嫁さん探しに困っているので、子爵領領都の未婚の女性陣とお見合いをしてみようとなり私が大枠を考えて、家宰さまが細かな調整を行ってくれていた。
どうやら問題なく計画は進み、あとは開催するだけの段階に入っているそうだ。村の未婚の男性数名と子爵領領都の未婚の女性とラウ男爵領から数名の未婚の女性が参加することになっている。村の様子を知って欲しいので村の見学にも赴くようになっていた。
「私たちがいない間になにをと言いたいが……確かに村内での婚姻が続けば問題が生じるだろうな」
「しかしナイが命じれば良いだけのものを、わざわざと言いたくなりますわねえ……」
なるほどなと頷くソフィーアさまと、微妙な顔をしているセレスティアさまで反応の違いが現れていた。確かに私が命じれば家宰さまから領地へ指示が飛び、未婚の女性を困っている村の男性の下へと嫁いでくれる。
でも夫婦の相性が悪ければ問題だし子供も不幸に陥ると説明すれば、お二人は気持ちは理解できるけれど私が手間を割く必要があるのかと不思議そうな顔になっていた。
「手間ですが、夫婦仲が悪いと最悪ですからね」
「貴族の間でもままあることだからな」
「なるほど、そういうことでしたか。貴族であれば我慢せよと言いますが、民に強制するのは違いますものね」
私の答えにお二人が納得してくれていた。ソフィーアさまとセレスティアさまの同意が得られたならば、計画は更に進みやすくなるだろうと家宰さまと私が一緒に考えていたことを告げる。
そんなこんなで時間が過ぎていき、フソウへと赴く日がやってきた。いつも通り、超大型竜の方、緑竜さんの背の上に乗ってフソウを目指す。ロゼさんがフソウまでの転移を担いたそうな雰囲気を醸し出しているけれど無茶はして欲しくない。
移動をロゼさんに任せきりになれば、亜人連合国の竜の方たちがしょんぼりしそうなのだ。ロゼさんにはアルバトロス王国国内を移動する際に転移をお願いすると伝えているが、さてはてロゼさんはいつまで我慢できるのか。
フソウのドエの街の外に降り立つと、今日は迎えの方が先に待ってくれていた。今回も九条さまが顔を出しているので、アストライアー侯爵家のお出迎え係になっているのかもしれない。緑竜さんにまたお願いしますと頭を下げて、私は九条さまへと振り返る。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
緑竜さんが空へと飛び立つ風を受けながら、九条さまと挨拶を交わす。以前、お会いした時と変わりはないようで一安心だ。毛玉ちゃんたち三頭も九条さまの前にちょこんとお尻を地面に付けて、ばっさばさと尻尾を動かしている。どうやら私と一緒に九条さまに『よろしく』と言いたいらしい。
「アストライアー侯爵閣下、お久しぶりでございます。待っていたと言ってもほんの数十分ほどです。お気になさら……ず?」
九条さまの言葉尻が言い淀み、私の後ろで暇そうにしている西の女神さまの隣にいる南の女神さまへと視線を向けていた。あれ、フソウに行きますねと事前連絡をした時に南の女神さまと西の女神さまも一緒だと伝えたはず。
まさか九条さまに知らせが入っていなかったのかと疑うが、うっかり報告を書き損じる私じゃあるまいしナガノブさまならきちんと伝えるはずである。南の女神さまは九条さまが驚いていることに気付いて、後ろ手で頭を掻きながら私の横にならんだ。
「悪いな。姉御も行きたいつーからナイに付いてきたんだ。邪魔するつもりはねえから、ナイと姉御に同行することは許してくれ」
「あ、姉御ですか」
南の女神さまに対して九条さまが絞り出すような声を上げる。あ、そうか。九条さまは神さま家族の関係性なんて知らないから困惑しているようだ。私は西と南の女神さまに家族構成を少し話して良いか許可を取って、九条さまに何故南の女神さまが西の女神さまを『姉御』と呼んでいるのかを伝えた。
姉妹であることに驚きつつも事態が呑み込めて少し安堵した様子を見せている。あと西の女神さまの雰囲気が以前より丸くなっているとか。九条さまが口にした瞬間、西の女神さまがドヤ顔を披露し南の女神さまが自慢することじゃないと突っ込みを入れていた。しょぼんとする西の女神さまに南の女神さまは慌ててフォローを入れ、なかなか立ち直れない西の女神さまにクロも加勢してどうにかなった。
「家族、なのですなあ」
九条さまが女神さま二柱の姿を見て妙に感心しているけれど、女神さまの扱いがこんなので良いのだろうか。フソウは八百万の神を信仰しているためなのか、女神さまに対して過度な扱いをしていない気がする。敬ってくれているけれど大陸の皆さまよりも少しだけ接し方が柔らかいというか……まあ、とりあえずドエ城に向かおうとなり、私たち一行は籠に乗り込んでいつも通りドエの街中を通る。
「甘くて良い匂いがしたんだが、アレはなんだ?」
ドエ城に辿り着き籠を降りた南の女神さまが開口一番に私に向けた言葉だった。
「おそらく鰻じゃないかなと」
私も匂いを感じ取っていたので南の女神さまが気になっていたことは教えられる。鰻はフソウで馴染みのある食べ物らしく路上で販売していたようだ。確か鰻の旬は寒い時期なので、フソウだと年中美味しい食べ物となるのだろう。
鰻重食べたいなと口の中を涎で満たしながら私が南の女神さまと話していると、西の女神さまも興味が湧いたようである。鰻のビジュアルを見ると引きそうだなと苦笑いを浮かべていると、ナガノブさまが姿を現し会話を耳にしたのか不思議そうな顔を浮かべていた。
「ナイは鰻が食べたいのか?」
「いえ、南の女神さまが興味を引いたようです。でも本心を言って良いのなら私も食べたいです」
挨拶もそこそこにナガノブさまが会話に加わる。前回の訪問でナガノブさまは西の女神さまに慣れたのか敬いつつも普通の態度である。南の女神さまにも驚いていたけれど事前連絡のお陰か、緊張しつつも過度な態度を取っていない。
この辺りは流石だなと感心しつつ、何故かナガノブさまが鰻談議に加わって銀シャリと開いた鰻と脂と甘ダレの相性は凄く良いものだと会話に花開く。
「食べ物の話で盛り上がっているな」
「ナイらしいですわ」
私の後ろに控えていたソフィーアさまとセレスティアさまが感心しているのか、呆れているのか分からないが、言い出しっぺは南の女神さまだと凄く言いたかった。