魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――お昼は鰻重を提供してくれることになった。
鰻重はフソウで庶民の味として定着しているそうだ。日本だと平賀源内がうんぬんかんぬんで江戸時代に土用の丑の日として広がったそうだが、ドエでは年中食べれる美味しい魚と捉えられているそうだ。
純フソウ産で高級品ではないよと言われてしまうと少し不思議な感覚に陥ってしまう。でもまあ、南の女神さまが言葉にしてくれたお陰で、食べることができるのだから有難いことである。ただ鰻のビジュアルを見てしまうと拒否感が生まれそうだけれど。
相変わらずのドエ城へと入り歓待を受けてから、帝さまがいる朝廷へと向かうことになっている。ナガノブさま以下、ドエ城のお歴々と挨拶を交わすのだが、彼らは西の女神さまと南の女神さまがいることに驚きを隠せないようだった。
私も驚きを隠せないと言いたいが、同じ屋根の下で一ケ月以上暮らしたためなのか、二柱さまに向ける感情は普通になっている。確かに他の方よりも雰囲気があるし、怒りのゲージが上がれば恐怖することがある。でも、それは自分に向けられたものではないとなって、慣れてしまったのだから本当に不思議だ。
「直接、朝廷の方へ迎えられたなら良いが、ドエ城に顔を出して貰って済まないな」
ドエ城の広い庭でナガノブさまが片眉を上げながら困った顔になっている。
「いえ、フソウのしきたりならば従う他ないかと。神獣さまと仔たちのことも皆さま気になるでしょうしね」
一応、ルールで朝廷の帝さまと面会するには、ドエ城にも寄ることになっているらしい。私はフソウの皆さまは雪さんと夜さんと華さんの様子が気になるだろうし、毛玉ちゃんたちも気になるだろうから顔見せも兼ねて丁度良いと考えている。
問題なくミナーヴァ子爵邸で過ごされているというアピールできる場でもある。だから特に問題はないので気にしないで欲しいのだが、ナガノブさまもドエ城のトップとして頭を下げざるを得ないらしい。
「神獣殿と仔たちを見せてくれるのは有難い。皆、元気で過ごしているかと気を揉んでいるようでなあ」
困り顔のナガノブさまがぼやく形で口を開いた。そんな彼に雪さんたちがそっと近づいて腰を下ろすと、毛玉ちゃんたち三頭も一緒に移動している。
『おや。そのような心配は無用ですが』
『フソウの者に心配されるのは悪い気はしませんねえ』
『ナガノブ、雪と夜と華はナイさんの下でのびのびと暮らしております。仔たちも同じですよ』
落ち着いた声色で雪さんたちがナガノブさまに答えると、毛玉ちゃんたち三頭も大丈夫と言いたげに尻尾をばふばふ振っていた。
「それはようございます。皆に伝えておきましょう。さて、そろそろ朝廷に参りましょう」
ドエ城での滞在もそこそこに、松風と早風が過ごしている朝廷に向かうことになる。いつも通り、籠に乗り込んでの移動なのだが、西の女神さまには篭のサイズが小さいようで、乗り込んだ所を横目で見ると少し狭そうに身体を丸めていたのだった。
フソウの男性でも西の女神さまより背が低いのだから致し方ない。ご本人ならぬご本神は面白そうにしているので、窮屈だが些末な問題なのだろう。ただ、フソウの皆さまは恐縮しっぱなしである。そのうち西の女神さま専用の篭が登場するかもしれないなと笑っていると、出発して早々に朝廷へと辿り着く。
「西の女神さま、南の女神さま、アストライアー侯爵。ようこそおいで下さいました」
朝廷へ辿り着くなり、帝さまの出迎えを受ける。いつもであれば謁見場である広間で顔を合わせるのだが、女神さまが二柱帯同しているので帝さまは出ざるを得ないようだ。
「また、よろしく」
「あたしは初めましてか。南大陸の女神を務めている者だ。姉御の付き添いだから、あまり気を使わなくて良いからな」
西の女神さまと南の女神さまは相変わらず神として威張ることもなく、帝さまと普通に接している。帝さまは二柱さまを慮っているけれど過度な対応はしないようだ。二柱さまの声に帝さまが頷けば、今度は私と視線を合わせた。
「帝さま、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんをよろしくお願い致します」
私が帝さまに頭を下げると、名前を呼ばれた毛玉ちゃんたち三頭がこちらへ寄ってきた。彼女たちも帝さまに『よろしくねー!』とつぶらな瞳を向けながら、尻尾をぐるぐる回しながら振っている。私は毛玉ちゃんたち三頭が楽しそうでなによりと目を細めていると、帝さまが広い庭の端へと視線を向けながら口を開く。
「そろそろ松風と早風がやってくるはずですが……ああ、きましたね」
頬に手を当てて帝さまが悩ましそうな姿を見せていると、なにかに気付いて目を細めながら小さく笑った。私は帝さまの視線の先に顔を向けると、二頭の黒い狼の姿が視界に入る。凄い勢いでこちらに向かって走ってきているけれど違和感が走る。
「あれ?」
『大きくなってる?』
私が首を傾げると肩の上のクロも同じ違和感を抱いていたようで直接言葉にしてくれた。まだ近くにいないので確信ではないけれど、前より彼らの姿が大きい気がする。そして松風と早風の更に後ろに、人化している権太くんが必死に走っている姿が見えた。
『早風~! 松風~! オイラを置いて行くなやーー!!』
権太くんが叫んでいるのだが、松風と早風は勢いを落とさずこちらを目指して走ってくる。そうしてヴァナルと雪さんたちの下でぎゅっと脚を止め、鼻先を伸ばして挨拶を交わしていた。
ほとんど変わらない体格だったのに、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんより松風と早風は一回り大きくなっている。脚も長くなっているし、凄く狼らしくなっているような。松風と早風はヴァナルと雪さんたちと挨拶を終えると、てってってと駆け寄ってくるくると私を起点にして数周回り『撫でて!』と要求してくる。彼らの頭や首を撫でながら私は口を開いた。
「松風、早風、元気にしてた? 権太くんと仲良くしてたかな?」
私の言葉に松風と早風は一鳴きして、今度は楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんの下に行きワンプロを始めた。相変わらず元気そうで安心していると、西の女神さまがぷーと頬を膨らませている。
どうやら松風と早風が相手にしてくれないので拗ねているようだ。彼女の姿を見た南の女神さまは『落ち着け』と諭しているのだが、相変わらずぷーと頬を膨らませたままである。子供かい! という突っ込みを入れたくなるのだが、おそらく松風と早風の中には序列があって己の本能に従って行動しているのだろう。もう少しすれば松風と早風は女神さまに気付いてくれるはずと見守っていると、ようやく二頭は西の女神さまの下へと挨拶に行った。
『やっと追いついたさかい……』
「権太くん、こんにちは」
息を激しく切らしながら私たちの下に辿り着いた権太くんに挨拶をすると、私に気付いた彼は胸を張り下がっていた尻尾をピンと上に上げて良い顔になった。
『ナイ、久しぶりやな! 相変わらず……ぶわっ! 顔、舐めんでええんや! 尻尾甘噛みせんでええねん! ちょっ……脚舐めるなー!!』
ドヤ顔になっている権太くんに楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが相手してーと群がっていった。なんだか権太くんは芸人気質だよねと目を細めていると、ヴァナルと雪さんたちが楽しそうだと微笑ましそうに眺めている。
松風と早風は西の女神さまに撫でられて満足したのか、今度は南の女神さまにも挨拶を済ませて撫でて貰っていた。自由だなあと暫く眺めていると、帝さまが中に入ろうと誘ってくれる。
ヴァナルと雪さんたちが立ちあがり松風と早風も立ち上がる。雪さんたちが毛玉ちゃんたち三頭に『行きますよ』と声を掛けるものの、彼女たちは権太くんとの再会が嬉しいのか離れる気配がない。飽きればそのうちくるだろうと帝さまが仰って、私たちは朝廷のお屋敷の中へと足を踏み入れようとした時である。
『オイラを放って行かんといて!』
右手を伸ばして待ってと訴える権太くんに苦笑いを浮かべていると、南の女神さまが立ち止まって彼に救いの手を差し伸べる。
「お前、揶揄われていないか?」
『そ、そうなん?』
南の女神さまは呆れ顔を浮かべながら行くぞと権太くんに声を掛けると、彼は女神さまの言葉に驚いていた。確かに毛玉ちゃんたち三頭は権太くんを玩具にしている気配がある。
でもじゃれ合いの範疇に見えるし権太くんも権太くんで兄貴風を吹かせたいのか、毛玉ちゃんたち三頭に対して態度が大きいような。だからこそ毛玉ちゃんたち三頭も権太くんに遠慮はしていないのだろう。
「ま、良いか。行くぞー狐っ仔」
南の女神さまが権太くんの手を握ったまま、屋敷の中へ入ろうと導いている。毛玉ちゃんたち三頭は遊びの時間は終わりと認識したようで、南の女神さまの顔を見上げながら屋敷の中に入ろうとしている。
『オイラ、狐やけど権太って母ちゃんが付けてくれた名前があんねん! 名前で呼んでーな!』
権太くんが南の女神さまに名前で呼ぶようにと要求しているけれど、彼は彼女を女神さまだと認識しているのだろうか。帝さまと私たち一行は彼らのやり取りが無事に済むかと、様子を見守るために立ち止まっている。
「へいへい。ゴンタ、行くぞー」
『ねーちゃんの名前は?』
南の女神さまを権太くんが見上げながら――南の女神さまの身長は推定一四〇センチ、権太くん推定一二〇センチ――問いかける。
「あたしに名前はねえけど、南の女神って呼称はあるな。ああ、ナイが仮に付けてくれたジルケって呼んでも良いぞ」
南の女神さまが権太くんの手を握っている逆の手で頭を掻きながら正体を告げた。
『め、女神さまなん?』
権太くんが南の女神さまの正体を知ると、三本の尻尾がだらんと垂れさがって涙目になっている。プルプルと身体が震えてだらんと下がった尻尾が彼の脚の間に挟まった。大丈夫かと助け船を出そうとするものの、少し距離があったので私が一頭と一柱さまの話に加わることはできなかった。
「おう。南大陸のだけどな。フソウは北の姉御の管轄だから、ゴンタは北の姉御に会いたいか?」
南の女神さまの言葉は権太くんにとって理解が追いついていないようだった。西の女神さまだけでも驚いていたのに、新たに南の女神さままで一緒になっている状況に付いていけないようである。
目を回し始めた権太くんは『ぽん!』と音を立てて気絶をし狐の姿に戻ってしまった。南の女神さまが驚きながらも彼を抱き留めて、どうするよコレと私たちに視線を向ける。雪さんたちがあらあらと南の女神さまの下へ歩き、権太くんを背中の上に乗せて欲しいと彼女に伝えた。
『坊はまだまだ仔供ですねえ』
『流石に二柱さまがいらっしゃる状況を呑み込めませんか』
『ナイさんと一緒にいたなら、坊は鍛えられるかもしれませんねえ』
雪さんたちは背中に乗せた権太くんに優しい視線を向けながら、朝廷のお屋敷の中へと足を進め私たちも中へと入っていくのだった。
◇
南の女神さまの正体が女神さまと知った権太くんは布団の上に寝かされている。気絶しているだけだからそのうち目覚めるだろうと、私たち一行は少し早いお昼ご飯を頂くことになった。
しずしずと運ばれて目の前に置かれた漆塗りの重箱の中身は鰻重だと知っている。たらりと口の中に涎が満ちるのを感じながら帝さまが声を上げるのをソワソワしながら私は待っているのだが、肩の上に乗っているクロはそんなにお腹が空いているんだねえと呑気に声を出していた。
ヴァナルと雪さんたちは帝さまの横で、久しぶりに会った松風と早風と話し込んでいた。椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんも久しぶりに会って、一回り大きくなっている松風と早風にワンプロしようと誘っている。仲が良いなと目を細めれば、帝さまが頂きましょうと声を漸く上げて、ナガノブさま方と私たちも手を合わせた。
「いただきます」
手を合わせていつもの言葉を紡いで、漆塗りの重箱の蓋を開ける。大ぶりの身にはてらてらと光る甘ダレがしっかりと施され、敷き詰められているであろうお米さまが見えなかった。
凄く贅沢だなとお箸を持ち上げ、鰻の身を割いていく。ホロホロと入る箸先に感動しながら、鼻腔を通る甘いタレの匂いを確りと嗅いでごくりと息を呑んだ。そうして鰻の身と銀シャリさんを箸で持ち上げて大きな一口を頬張った。
「――っ!」
美味しい。前世で食べた安物の鰻とは全く違い脂っこさを感じない。皮の部分もネチネチしていないし身も臭くなかった。本当に良い鰻を使っていること、銀シャリの絶妙な炊き加減、適量のタレに山椒の辛さが本当に良い仕事をしている。
美味しい、美味しいと食べ進めて、半分ほど平らげた時にふと気付いた。漆塗りの器に私の指紋が付いて汚してしまったのだが、鰻もお高いが漆塗りの重箱も高級品ではなかろうか。ハンカチで指紋を拭き取りたい気持ちに駆られるが、妙なことをすれば漆に傷が付いてしまう。ここは素直に指紋が付いてしまうことを諦めようと決意をして、西の女神さまと南の女神さまは鰻重を楽しんでいるだろうかと私は視線を向ける。
どうやら西の女神さまも気に入っているようで無言で食べ進めていた。ただ、お箸の扱いがまだ苦手なようでスプーンを借りて食べている。少し滑稽だけれど、美味しく食べられるならばスプーンを使用してご飯を食べた方がきっと良いはず。
南の女神さまも同様に箸ではなく、スプーンを借りて食べていた。彼女は皮と身の間にある脂身が少し苦手かもしれないと仰っているが、問題ないレベルのようでその部分以外は美味しいと食べ進めている。やはり鰻とタレと銀シャリさんの三重奏は偉大だった。
そういえば鰻は背開きなのか腹開きなのかと気になったものの、食べることが専門の素人には見た目だけで判断できなかった。
お吸い物もさっぱりとしているし、お漬物もカリカリとしていて歯応えが楽しい。まだお腹に入る余裕はあるけれど、私のお腹は満たされている。それならば。
「ごちそうさまでした」
と、手を合わせて賄い番の方と食材と場を提供してくれた帝さまとナガノブさまに感謝を捧げて箸を置く。ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまもあとで同じものを頂けるそうだ。口に合うと良いなあと願っていると、西の女神さまと南の女神さまも食べ終えたようである。持っていたスプーンを置いて、満足そうな顔になっていた。
「美味しかった。ありがとう」
「苦手な所を差し引いても十分美味かった。ありがとな」
西の女神さまと南の女神さまが帝さまとナガノブさまに礼を告げ、女神さま方から声を掛けられたお二人がぴしっと背を伸ばす。
「気に入ってくださったようで安心いたしました」
「鰻はフソウで年中ご用意できます。また食べたくなれば気軽にお越しください。ナイもいつでもきてくれ」
彼らの声に二柱さまは嬉しそうに頷いているのだが、北大陸を管轄している北の女神さまを差し置いていて良いのだろうか。まあ、そのうち北の女神さまもフソウに顔を出しそうである。そうなるとミズガルズ神聖大帝国の立場がない気もするが、聖王国のように彼らも北の女神さまに翻弄されることになるのかもしれない。
「ありがとうございます。あと今回、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんを預けるにあたり、エルフの皆さまが織った反物をご用意しました」
私が後ろを振り向くと、ソフィーアさまとセレスティアさまが反物を用意してくれる。彼女たちから反物を受け取って、私は帝さまとナガノブさまの前へと差し出した。
エルフの方が織ったと言ったものの、妖精さんも協力してくれている品なので極上反物となる。毛玉ちゃんたち三頭が気に入ってくれると良いのだが、もし彼女たちが服を着てくれなければ大変なことになる。
女性陣は良いとして、流石に男性の目に毛玉ちゃんたちの素肌を晒すわけにはいかない。一応、上から被るだけで良いワンピースも用意しているのでフソウの方に着用の仕方を伝える予定である。色は女の子らしく明るい色をチョイスしておいたのだが、毛玉ちゃんたち三頭は気に入ってくれるだろうか。
「松風と早風と権太くんにも用意しているので、ご使用頂ければ嬉しく思います」
あと松風と早風も人化するかもしれないと、渋めの色の反物も用意しておいた。彼らに贈ったならば権太くんにもとなって反物は多めに持参していた。毛玉ちゃんたちみんなが私が彼らの名を呼んだので、立ち上がって反物の前にきて匂いを嗅いでいる。すんすんすんと必死に匂を嗅ぎ取っているけれど、なにか感じるものはあるのだろうか。
「気を使って頂いて申し訳ありません。ナイ」
「かたじけない」
帝さまとナガノブさまが私に向かって小さく頭を下げる。気にしないで欲しいけれど相手にも立場があるので致し方ない。桜ちゃんが積み上げた反物を鼻先で突けば、畳の上にころころと反物が転がっていく。
楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが転がった反物を追いかけると、鼻先で帝さまの方へと器用に反物を転がしていく。どうしたのだろうと黙って見守っていると、反物が帝さまの膝に当たって毛玉ちゃんたちの方へと戻って行く。戻った反物の前に毛玉ちゃんたちがそれぞれが座りばっふんばっふんと尻尾を振っていた。
「おや、楓と椿と桜はこの色が良いのですね」
「早速、仕立屋を呼びませんとな」
帝さまとナガノブさまが顔を見合わせて笑う。どうやら毛玉ちゃんたち三頭は気に入った色の反物を自分たちで選んだようである。松風と早風は興味がないのか、反物の前でじっとしているだけだった。
「松風と早風は気に入った色はないの?」
私が彼らに声を掛けると、松風と早風は鼻先で反物を並べている入れ物を鼻先で前に押し出す。私の前に松風と早風用の反物が差し出されたので、色を選んで欲しいということだろうか。二頭は私を見上げて顔を傾げながら尻尾を畳の上で左右に振っている。私は渋めの色が並んだ反物に手を伸ばした。
「松風と早風って名前だから、濃い緑色と青色かな……松風と早風はこれで良い?」
なんとなく名前のイメージから受ける色を選んでみたのだが、松風と早風はイマイチ分かっていないようである。そういえば動物の目はカラーで見えないと聞いたことがあるような。
その話が本当なら色を選ぶのは難しいし、頓着しない理由も理解できるけれど……楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんは確りと自分で好みの色を選んでいた。良く分からないなと苦笑いを浮かべると、松風と早風が私の選んだ反物を浅く食んで帝さまとナガノブさまの前に持って行った。
「松風と早風はこの色が良いのですね。ふふふ。きっと職人の者たちが良い着物を仕立ててくれましょう」
帝さまの声にナガノブさまがうんうんと頷いているのだが、松風と早風は良く分かっていないようである。二頭の姿に雪さんと夜さんと華さんが面白そうな雰囲気を醸し出していた。
私が雪さんたちに毛玉ちゃんたちはどんな色が似合うのか聞いてみると、おもむろに立ち上がって余っている反物からいくつか選んでくれる。そうして私たちは毛玉ちゃんたちがフソウで二週間ほど過ごすことを決め、また毛玉ちゃんたちを迎えに行きますと話を終えると廊下からどたどたと足音が聞こえてきた。
『なんで起こしてくれへんかったんや……! ご飯、食べ損ねたやん!』
不貞腐れた顔をした権太くんが障子を勢いよく開けて部屋に入ろうとするのだが、南の女神さまに気付いて『うっ』と一瞬怯んだ。どうやら、いつもの態度で接して良いのか判断に困っているようである。帝さまとナガノブさまはお客人、というか女神さまが同席しているので大事にはしたくないようで微妙な顔になっていた。そして空気を読んでくれた南の女神さまがにっと笑って権太くんに顔を向ける。
「狐の餓鬼んちょは起きたのか。また驚いて気絶すんなよー」
南の女神さまが軽い口調で権太くんを嗜める、というよりも揶揄っている。権太くんは南の女神さまの前に座って、ばふばふと三本の尻尾を動かしながら腕を組んだ。
『もう驚かへんし! オイラが驚いたんは女神さまって知らんかったからや! 知ってもうたら驚かへん! あとオイラ、餓鬼じゃない。権太いう名前があんねん!』
彼の言葉に南の女神さまが余裕の表情を浮かべた。
「権太、よろしくな」
くつくつと笑う南の女神さまに権太くんがぷーと頬を膨らませていた。帝さまが権太くんに女神さまに失礼な態度を取るべきではないと窘め、ナガノブさまも同意している。
注意されたことで権太くんの耳がぺしょっと前に下がった。彼の姿を見た南の女神さまは『あまり言ってやるな』という視線を帝さまとナガノブさまに向け、権太くんにはもう少し大人になれと告げている。むーと拗ねているような、怒っているような良く分からない権太くんに、松風と早風が彼の膝に脚を置いてじっと見上げていた。
『……松風、早風が頑張るならオイラも頑張る!』
権太くんが松風と早風を見ながら、良く分からない宣言を出した。なんとなくだけれど、もう少し落ち着こうと努力するつもりのようだ。
なんだか男の仔の成長は早いなあと感心していると、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが権太くんに向かってぴゅーと走り出した。そうして権太くんの身体にのしかかる三頭は前と後ろと横から襲い掛かる。
『オイラを舐めんといて! どうしてオイラばっかり舐めるんや!』
権太くんが手を伸ばして助けを求めているけれど、松風と早風は楽しそうと言いたげにじっと見ているだけである。ヴァナルと雪さんたちも見ているだけで助けようとはしない。帝さまとナガノブさまも同様で見守っているだけだ。そうして南の女神さまと西の女神さまが権太くんの方へと顔を向けた。
「反応が大きいからだろ」
「揶揄われているね」
南の女神さまは権太くんに呆れ顔を向け、西の女神さまは面白そうに笑っている。偶にはこんなこともあるのだろうと私も笑って、フソウでの時間が過ぎて行くのだった。