魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
私は西大陸を管轄している女神だから、一通りのことはなんでもできるけれど。なにが得意か、なにができるのか――というナイの問いに答えられなかった。
ナイは私が居候していることを特に感じていないようだけれど、久しぶりに自室から外に出て最近出会った人間や読書を通じて世間というものを少しは理解できている。彼女には迷惑を掛けてしまっているが、私という存在がアストライアー侯爵家に滞在していることで利を得ているようだ。
末妹も屋敷で出されるご飯の美味しさに釣られて頻繁にナイの屋敷を訪れていた。東と北の妹もナイの屋敷に興味があるようだし、父さんもどうにかしてナイの屋敷にきたいようである。彼女に伝えていないので、妹と父さんの件を黙っていようか、言うべきか悩んでいるけれど……一先ず、私にできることを探さなければ。
子爵邸のサンルームはアルバトロス王国の冬の寒さを凌ぐには丁度良い場所だった。ポポカたちが呑気にポエポエと声を上げ、グリフォンのアシュとアスターがポポカたちの鳴き声を真似してピョエピョエ鳴いている。
少し前に卵から孵った仔ポポカたちも順調に大きくなって、彼らの特徴である真ん丸い身体と間抜けな顔――そう見えるだけ――になっていた。ナイ曰く、春が近づけば南の島に仔ポポカたちを連れて行くという計画を立てているそうだ。南の島がどんな場所か気になるし、ナイが魔力を注ぎ込んだと聞いているから不思議なことが島で起こっていそうだ。
少し前に南の妹が私の下を訪ねて、大丈夫かと問い掛けていた。妹を心配させるなんてお姉ちゃん失格だが、悩んでしまったのだから仕方ない。ナイもナイで私を困らせる質問を意図せず口にしたようだから、私が悩んでいることに驚いているだろうか。でも、きっと考えるのは悪いことではないし、居候をしているならばなにかの役に立ちつつ働かなければ。
『お悩みですか?』
グリフォンの雌であるジャドが私に声を掛けてくれる。こてんと首を傾げて椅子に腰掛けている私を見下ろす姿は逞しいとされるグリフォンらしくない仕草であるものの、可愛いと笑みを浮かべてしまう。
「うん。ナイに迷惑を掛けているから、私にできる仕事はないかなって。母さんも管理している星で働いているみたいだから、私がお金を稼いでも問題ないかなって」
私は本当にナイのお屋敷でなにができるのだろう。神の力を使って大概のことはなんでもできるけれど、自分の頭や手足を使ってできることを考えてみるとなにも浮かばない。だからナイの疑問に押し黙って食堂から出て行ってしまった。ナイは大らか……大雑把だから気にしないかもしれないけれど、クレイグとサフィールは私が部屋を出て行ったことを凄く気にするだろう。
ジークフリードとジークリンデは気にしてくれるが態度には出さず、本当に追い込まれた時だけ手を差し伸べてくれるはず。まあ、その前にナイが解決するか手を出すので、彼らの優しさや行動はあまり表に出ないけれど。
『女神さまがお金を稼ぐのですか?』
「うん。子爵邸で
今度は逆の方向にジャドが首を傾げながら、獅子の尻尾をゆらゆらと動かしている。うーんと悩んでいるようで私は彼女が続きを語るまで待っていた。
『女神さまがお金を稼がねばならぬなら、我らも子爵邸で居候している身ですから働かなければなりませんねえ。エルさんとジョセさんも気にしていましたし……確かにナイさんのお世話になりっぱなしというのは問題でしょうか……?』
ジャドの声に私たちの様子を外で伺っているエルとジョセに視線を向けた。どうやら彼らもナイの家に居候させて貰っているのは有難いけれど、お世話になりっぱなしだからなにか恩を返したいようだった。
「エルとジョセの所に行ってみよう」
私がジャドに声を掛けると、はいと彼女が答えてくれる。ポポカたちであるポポとカカとココとロロとララたちは働くことはできないし、仔ポポカも同様だ。ジャドの仔であるアシュとアスターとイルとイヴもまだ難しいだろう。天馬のエルとジョセは人間の言葉を扱えるので、なにかできることがあるだろうか。ルカとジアはまだ難があるなあと目を細めながら、サンルームから子爵邸の庭に出る。
『女神さま、不躾な視線を向けてしまい申し訳ありません』
『どうしても貴女さまに目を引かれてしまいます』
エルとジョセが私と顔を合わすなり頭を下げて謝ってくれる。天馬は特殊なのか女神である私に惹かれやすいようだ。彼らの視線から悪意を感じることはないので問題はないと伝えると、二頭はほっとして顔を上げ私にそっと身体を近づけてくる。
私が手を伸ばしてエルとジョセの身体を撫でていると、ルカとジアが羨ましそうな視線を私に向けていた。エルとジョセから手を離して、ルカとジアを呼べば嬉しそうに駆けよってくる。幻獣や魔獣のみんなは素直で可愛いとまた手を伸ばして撫でていれば、ジャドが声を上げた。
『エルさん、ジョセさん。女神さまはナイさんに対してなにかできることがないだろうかと悩まれていたようです』
グリフォンのジャドが天馬のエルたちに向かって声を掛けている。縄張り争いを始めないのが不思議でならないし、天馬がグリフォンを見れば逃げて行きそうなものなのに……でもナイの下で暮らしているなら仲良くなってしまうのだろうか。
子爵邸にはフェンリルとケルベロスもいて彼らの仔もいた。クロたち竜もいるし、本当に人間が住まうお屋敷とは思えない。やはりナイは変な子だと私が苦笑いをしていると、エルとジョセが心配そうな視線をくれた。
『女神さまが、ですか?』
『神さまでも悩まれるのですねえ』
エルとジョセが私に撫でられているルカとジアを羨ましそうに見ながら声を上げる。
「うん。私の母さんも違う星で働いているみたいだから、私も母さんみたいにお金を稼いでナイに渡したいなって。でも私にできることってなんだろう……」
私はナイになにかお礼をしたいけれど、なにをすれば良いのか分からない。父さんの下で暮らしていた時は気にしなかったけれど、人間の世界に降りているならお金を稼がなければ。母さんもそうしながら神として自分の星で楽しんでいる。私も母さんを見習ってなにか働いてみたい。
『落ち込む必要はないかと。私たちもナイさんにはお世話になりっぱなしです』
『そうです。しかしなにかナイさんにお返しができると良いですよねえ』
『ええ。一時、私たちの鬣を渡していたこともありますが、ハインツさんに渡っていますからねえ』
ジャドとエルとジョセの声を聞きながら、私たちにできることはないかなと暫く考えているのだった。
◇
毛玉ちゃんたちがフソウに滞在して三週間が経ち、今回も楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんがアルバトロス王国の子爵邸に戻ってきている。松風と早風はフソウに残っているので、今回も三頭だけの帰国だった。
帝さまとナガノブさま曰く、松風と早風が残ってくれているのでフソウ国内のお偉方は満足しているらしい。本音を言えば神獣である雪さんと夜さんと華さんに戻って欲しいけれど、仕方ないと理解しているそうだ。
当の毛玉ちゃんたちは権太くんから教えて貰った人化をほぼマスターできたようで、彼女たちの気分次第で元の姿に戻ったり、人間の姿になったりしている。
人懐っこい性格をしているし女神さまにも臆することなく接しているため、西と南の女神さまは毛玉ちゃんたちの相手を良く務めてくれていた。私も私でユーリの相手をしたあと彼女たちに構えと訴えられたので、私室に戻ってみんなで毛玉ちゃんたちと戯れている。
参加者は西の女神さまと南の女神さま、ジークとリンに、ソフィーアさまとセレスティアさまにクロとアズとネルとヴァナルと雪さんたちがいる。ロゼさんは毛玉ちゃんたちに座布団替わりにされてしまい、私の影の中へと逃げてしまった。
ロゼさんが怒っても毛玉ちゃんたち三頭は面白がるので、影の中に逃げたともいえる。お猫さまも毛玉ちゃんたちにぎゅーっとされるのが苦手なようで、ジルヴァラさんと一緒にサンルームに逃げてしまっていた。
『にゃい~』
『にゃいー』
『だこー』
相変わらず毛玉ちゃんたちは覚束ない声を上げながら私たちに懐いてくれている。両手を一生懸命伸ばして抱っこを強請る姿は凄く可愛らしい。子爵邸の他の方々も毛玉ちゃんたちの三歳くらいの容姿の可愛さにメロメロだった。人化しても尻尾と耳が残っているし、銀色の髪と真ん丸お目眼で可愛さが倍増されている。
「みんな一緒には無理だよ……」
私に背丈と腕力があったならば、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんをみんな一緒に抱いていただろう。でも腕の長さやらいろいろと足りないので、彼女たちの要望を叶えることはできない。
私の言葉にセレスティアさまが顔を輝かせて『わたくしならばできますわ!』と無言で主張をしている。私は彼女の方へと毛玉ちゃんたちを向けて、一緒に抱っこをしてくれるみたいだよと耳元で囁く。
セレスティアさまは次の彼女たちの行動を期待したのか、特徴的な御髪がぶわっと広がって目をキラキラさせている。これで毛玉ちゃんたちが『嫌だ』と言えば、彼女は立ち直れるのだろうか……無理そうだなと私が苦笑いを浮かべると三頭がセレスティアさまの方へと走って行く。
『しぇれー』
『せれー』
『だこー』
毛玉ちゃんたち三頭がセレスティアさまの方へとたどたどしい足取りで歩いて行くと、セレスティアさまは三頭をみんなを腕へ器用に抱えた。私が凄いなと感心していると、セレスティアさまは恍惚の表情を浮かべている。
一方で毛玉ちゃんたちは私にできないことをセレスティアさまが叶えたためか、きゃっきゃと楽しそうにしていた。少しばかり嫉妬心が湧いてしまうが、多分、私以外の人たちは毛玉ちゃんたち三頭を軽く持ち上げそうな面子が揃っていた。
「だらしのない顔をどうにかしろと言いたいが……」
私の隣に立っていたソフィーアさまが深々と溜息を吐くのだが、子爵邸の中ということで呆れているものの態度は柔らかいものだった。そんな呆れている彼女に雪さんたちがくつくつと笑いながら顔を上げる。
『無理でしょうねえ』
『三週間ぶりですから、セレスティアさんの嬉しい気持ちは理解できます』
『仔たちも楽しそうですものねえ。しかし貴きご令嬢であるならば少々問題もありましょうか』
雪さんたちは呆れつつもセレスティアさまのヤベエ顔を受け入れているようだった。ジークとリンは見なかったことにすれば良いと考えているようである。
ソフィーアさまは大きな溜息を吐くと、私の肩の上のクロが『許してあげて』と彼女に言っていた。ソフィーアさまもこれ以上咎める気はないようで、仕方ないと片手を腰に当てて見守りに徹するようである。当のセレスティアさまは毛玉ちゃんたち三頭にぎゅっと腕を回されて、ご機嫌度が上がっている。
「カエデとツバキとサクラと別れて三週間。セレスティア、心に穴がぽっかりと空いておりました。戻ってきて頂けて感無量ですわ!」
ふふふと笑うセレスティアさまはついにくるくると床を回り始める。毛玉ちゃんたちは嫌がる素振りは全く見せず、むしろ楽しんでいるようだった。
『しぇれ、たかいー』
『たかいーたかいー』
『もとー』
きゃっきゃと楽しそうな声を上げる毛玉ちゃんたち三頭の希望を叶えるべく、セレスティアさまはふん! と気合を入れて毛玉ちゃんたちを持ち上げた。三頭を一緒に高い高いしているけれど、よく落ちないなと感心する。
ヴァナルは我関せずというか、私たちなら毛玉ちゃんたちを預けておいて大丈夫と信頼してくれているのか床の上で丸くなって寝ているようだった。そうして何故か一緒の部屋にいた南の女神さまと西の女神さまがぽかんとした顔を浮かべている。
「セレスティアの体力は凄えな」
「疲れないの凄い」
二柱さまが驚いているものの、幻獣や魔獣が関わっているセレスティアさまなら、毛玉ちゃんたちを延々と抱き抱えていそうだなあと遠い目になるのだった。
◇
――どうしてナイさまは肝心なことを聞いてくれないのか。
ナイさまの下に地球からテラさまがいらっしゃったと聞き、詳しく話をしたいと私が打診して少し時間が経っていた。季節は二月の頭。私の母国である聖王国よりもアルバトロスの方が暖かいけれど、それでも冬という時期は肌寒いし外で過ごすには少々キツイ。
聖王国の転移陣からアルバトロス王国の王城にある転移陣を経て、アルバトロス王国へと足を踏み入れた。同行者はアリサとウルスラに護衛の皆さまである。教皇猊下からアルバトロス王に向けた手紙を預かってきている――私たちがアルバトロス王国にお邪魔することのお礼を記している――ので、アルバトロス王国のお偉いさんにきちんと渡せると良いのだが。
「聖王国、大聖女フィーネさま、大聖女ウルスラさま、聖女アリサさま。ようこそ、アルバトロス王国へ!」
出迎えの近衛騎士さまが転移陣が設置されている部屋で至極真面目な顔で迎え入れてくれた。私たち三人は一斉に彼に頭を下げて、お世話になることの感謝を述べる。アルバトロス城には移動のために使用させて頂いているので、少々気が引けてしまう。
聖王国との政治的な繋がりを強化したいと望んでも、今の状況であればアルバトロス王国に迷惑を掛けるだけ。なにもしない方が良いだろうと判断して、教皇猊下から預かっている手紙を近衛騎士さまに渡して、ミナーヴァ子爵邸の魔術陣へ転移するため少しばかり時間を要する。ナイさまが子爵邸の魔術陣に魔力を注ぎ込めば、お城の転移陣が光る仕組みとなっており、私たちは反応し次第にこちらの魔術陣に魔力を注ぎ込んで転移ができるというわけだ。
「ナイさまとお会いするのも久方ぶりですね」
「そうね。西の女神さまと南の女神さまが子爵邸に滞在なさっているから、緊張してしまうわ」
手持無沙汰になっているためアリサが一番に声を上げた。西の女神さまが引き籠もりから立ち直り神さまの島で過ごしているはずなのに、何故か子爵邸で過ごしているのだ。ナイさまに問い合わせた所、西の女神さまは数千年前から随分と様変わりした西大陸を方々巡りたいとのこと。その足掛かりとしてミナーヴァ子爵邸で暫くの間過ごすのだとか。
言葉の意味はきちんと理解できるけれど、何故女神さまが人間と一緒に生活しているのかを頭が理解することを拒否している。私の言葉に少し困惑した表情をアリサとウルスラが浮かべ、一番信仰心の篤い彼女が胸に片手を当てた。
「えっと……女神さまが地上に御降臨なさっているのは凄く良いことですが、何故南大陸を司っている女神さままでいらっしゃるのでしょうか?」
本当に凄いことである。少し前にはグイーさまの奥方さまであるテラさま、地球を創造した神さまがミナーヴァ子爵邸に御降臨なさったのだから。聖王国としては女神さまにきて欲しい所だけれど、心の弱い大人の方が多い聖王国上層部には劇薬である。
多分きっと、女神さまに頼ることができると嬉々として近づき、天罰を頂きそうなので止めておいた方が良い。しかしながらミナーヴァ子爵邸に神さま方が集まり過ぎのため、少しは加減をしてくださいと言いたくなる。誰にか。
「ナイさまだもの」
「ナイさまだから」
私の声とアリサの声が重なった。そして私たちの答えを聞いたウルスラが神妙な面持ちになる。本当に不思議な言葉だ。ナイさまだから、で納得できてしまうのだから、彼女の回りで起った今までのトラブルの内容が凄すぎるのだ。
説明をし始めると長くなるので省くけれど、近々で最大の出来事はやはり神さまの島へと赴いたことだろう。そしてミナーヴァ子爵邸に女神さま二柱が滞在なさっていることだ。
アガレス帝国にも四女神さまとクマのぬいぐるみを媒介してグイーさまが楽しんでいたそうだ。そして東の女神さまが東大陸を闊歩する可能性があると、アガレス帝国内では話が持ちきりらしい。彼の国に赴いている宣教師から手紙が届き、我々の肩身が狭くなってしまったと嘆いている。教皇猊下は彼ら宣教師全員の帰国を指示しようと考えているとのことだ。
「あはは……でも、ナイさまですからね」
暫く神妙な顔を浮かべていたウルスラが苦笑いを浮かべて、先程の私たちと同じ台詞を口にした。本当に『ナイさまだから』という台詞は万能だなと感心していると、魔術陣が淡く光始める。
「あ、ナイさまの準備が整ったようですね、お姉さま」
「では、行きましょうか。ウルスラも良いですね?」
「は、はい!」
アリサの明るい声に私は答えて、ウルスラにも声を掛ける。ウルスラはミナーヴァ子爵邸に向かうことを凄く緊張しているけれど、女神さま以外にもヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに、最近フソウから戻ってきた楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんに、天馬のエル一家、グリフォンのジャドさん一家が子爵邸で過ごしている。
そういえば幻獣や魔獣が子爵邸で沢山過ごしていることを私は彼女に説明したかなと首を傾げるのだが、煌々と光り始めた魔術陣に早く魔力を注ぎ込まねばと身体の中にあるという魔力器官を意識して練るのだった。
「お久しぶりです。フィーネさま、アリサさま、ウルスラさま」
転移を終えると、ナイさまが開口一番に声を掛けてくれた。先程の近衛騎士さまは役職も付けてくれていたけれど、ナイさまは私たちを友人として迎え入れてくれるようである。
彼女の肩の上にはクロさまがおり、足元にはヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたち三頭も一緒だった。後ろにはジークリンデさんとソフィーアさまとセレスティアさまが控えており視線が合うと軽く会釈をくれたのだが、いつもナイさまと一緒にいるはずジークフリードさんはどこにいるのだろうか。一人欠けているだけでも違和感があるなと苦笑いをして、私たちはナイさまに礼を執る。
「本日はお招き頂きありがとうございます」
「私たちまでご招待頂き、感謝申し上げます」
「不束者ですが、よ、よろしくお願い致します!」
私とアリサが口上は至って普通だったはず。でも最後に告げたウルスラの口上はどこかに嫁に行くのかと突っ込みを入れたくなった。ナイさまはウルスラの言葉に少し驚きつつも、あまりの緊張から出てしまった言葉だと理解してくれているようだ。
頭を下げたことにより少し乱れた髪を右手で耳にかけ直していると、ナイさまはウルスラに指摘せぬまま、地下から上階にある客室に向かおうとナイさまが笑って案内をしてくれる。そうしてみんなで一階の廊下を歩いているのだが、時々ぽわっと明るい珠が浮いてふわふわと廊下を漂っていた。以前訪ねた時よりも妖精さんが増えているような気がする。
「え?」
ウルスラが目を真ん丸にして驚きの声を小さく上げる。私たちより後ろを歩いているソフィーアさまとセレスティアさまが『まあ驚くよな』『妖精が肉眼で捉えられますもの』と小声で話していた。私も最初は驚いたけれど、ナイさまのお屋敷だからと既に状況は呑み込めている。アリサも私と同様で、不思議現象にはある程度慣れてしまっているようだ。
「妖精さんがいるのよ」
「ミナーヴァ子爵邸では普通かも」
私とアリサの声にウルスラが驚き状況を咀嚼しようと、眉間を顰めてなにか考えている。深く考えると子爵邸で起こる不思議を呑み込めないから止めた方が良いのにと言いたくなるけれど、真面目な彼女には難しいことなのだろう。
大丈夫かなと心配しつつ移動を促して、また歩いていると廊下の向こうから小柄な女性が歩いてきた。ナイさまと同じ容姿で黒髪黒目の……って南の女神さま! どうして南の女神さまが子爵邸の廊下に!? と少し頭が混乱を始めるけれど、ナイさまのお屋敷に滞在しているのだった。落ち着け私と言い聞かせて状況がどうなるのかと息を整えていると、南の女神さまが右手を頭の後ろに回してぽりぽりと少し気まずそうにナイさまと視線を合わせた。
「あ、すまん、ナイ。客か?」
「はい。お伝えしていた、聖王国の大聖女フィーネさまと大聖女ウルスラさま、そして聖女アリサさまです」
南の女神さまがナイさまに謝罪をしていた。ナイさまと南の女神さまは本当に姉妹のようである。どちらが姉かとは口にできないけれど。南の女神さまはナイさまの説明にそういえばそうだったなと頭の後ろに回していた手を離して、私たちと相対した。小柄で可愛いなあと目を細めていると、南の女神さまはアリサと視線を合わせる。
「アリサはあたしと初めて会うよな?」
「は、はい! 聖王国で聖女を務めております。アリサ・イクスプロードと申します!」
アリサの緊張した様子とは正反対の南の女神さまは苦笑いを浮かべて、彼女に緊張するなと言い放った。無理難題をと言いたくなるけれど、アリサは少し胸を撫で下ろしている。言葉だけでも違うものなのだなと様子を見守っていると、南の女神さまは私とウルスラを見上げた。
「フィーネとウルスラは教会ぶりだ。あたしが言えた義理はねえけど、ゆっくりしていけ」
「お久しぶりです。騒がしくなってしまうかもしれませんが、少しの間お世話になります」
「は、はい! ゆっくりしていきます!」
ウルスラの言葉に南の女神さまはぽりぽりと頭を掻き、子爵邸の皆さまが微笑んでいた。
「ナイ、あたしは姉御を呼んでくる。茶菓子はヨウカンな?」
「承知しました」
南の女神さまが軽く片手を上げて、くるりと私たちに背を向ける。ナイさまが行きましょうと私たちに促すのだけれど、南の女神さまは子爵邸に凄く馴染んでいるように見えた。ナイさまも普通に返事をして、南の女神さまにお願いしている。女神さまを顎で使って良いのか――言い方は悪いかも――なと首を傾げながらも、ナイさまらしいし地上に顔を出している女神さまだから俗っぽいのかもしれないと私は足を進める。
そうして客間に招かれると先客がいた。
「お久しぶりです……大聖女フィーネさま、大聖女ウルスラさま、聖女アリサさま」
エーリヒさまが私たちの姿を見るなり席から立ち上がり頭を下げる。どうやら先に子爵邸に訪れていたようで、彼の後ろにはジークフリードさんが一緒にいた。もしかしたらエーリヒさまを迎えに行っていたのかもしれない。いつも一緒にナイさまといる彼が場を離れるなんて珍しいけれど、お迎えを担っていたのなら納得できた。
「はい。お久しぶりです、エーリヒさま」
私も彼に礼を執る。聖王国で姿はよく見かけていたけれど、彼と話すことは殆どない。手紙だけのやり取りだったので声を聞くのは本当に久しぶりである。
なんだか以前より彼の顔立ちが確りなさっているような気がするし、身長も少しだけ伸びている気がした。イケメン度は申し訳ないけれどジークフリードさんの方が高いのだが、エーリヒさまだって負けていないし私にとって十分イケメンだ。
今回はテラさまの話となるので彼と個人的に話す機会は少ないけれど、側にいられるだけでも幸せである。そうしてアリサとウルスラもエーリヒさまと挨拶を交わし、アリサとウルスラはサンルームへ案内されるようだ。
サンルームにはアリアさまとロザリンデさまがいるので、アルバトロス王国の聖女の活動について話を聞くそうである。実りある会話になると良いなと願っていると、客室に西の女神さまと南の女神さまが顔を出す。
「確か……フィーネとエーリヒだったよね?」
西の女神さまが私たちの顔を見るなり名前を思い出してくれた。私とエーリヒさまは西の女神さまが自分たちの名前を憶えてくれていたことに驚いて顔を合わせ、慌てて女神さまに頭を下げる。
「改めて、よろしくね」
「あたしもよろしくな」
西の女神さまと南の女神さまが軽く声を上げるのだが、本当にフレンドリーな感じである。以前お会いした時より圧を感じないし表情も豊かな気がした。一先ず、私たちがナイさまと同じく転生者であること、今いる世界が乙女ゲームが舞台の世界であることを告げた。
「え?」
「は?」
私たちの話に目を丸く見開いている二柱の女神さまと、ナイさまが『あ、不味い』という顔になっていた。ジークフリードさんは少し渋い顔に、ジークリンデさんは表情を変えず、ソフィーアさまとセレスティアさまは『あ』という顔になっている。
女神さま方にグイーさまの世界が乙女ゲームをベースにした世界だと伝え忘れていたのねと、私とエーリヒさまがナイさまに視線を向ける。凄く気まずそうな顔になったナイさまに、本当に肝心な所で抜けているなあと大きく息を吐いた。
――まあ、ナイさまだしね。
大きな問題に発展しない限りは彼女の魅力的な所だろう。さて、これから女神さま方への説明が大変になるなあ……。