魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
朝。起きて朝食を摂っている最中だった。ナイさまの侍女の方から『北と東の女神さまが子爵邸の門扉の前までやってきている』と報告が入った。現在、ミナーヴァ子爵邸は上を下への大騒ぎだけれど、ナイさまだものなあで済ませられるのが凄いことである。
一先ず、女神さまに顔合わせとなるから失礼のないようにと、お泊り会に参加していた女性陣は朝食を中断して身形を整えた所である。ナイさまの私室で、いつも落ち着いているソフィーアさまとセレスティアさまは少しソワソワしているようだし、アリアさまとロザリンデさまもきょろきょろと周りを気にしている。
同じ聖王国組であるアリサは緊張しているものの二度目となるのでどっしりと構えている。ウルスラは胸に手を当てて、大きく息を吐いたり吸ったりを繰り返していた。
私も女神さまに会うのだから失礼のない態度で挑まなければならないし、お声掛けを頂いたならば聖王国の大聖女フィーネとして正しい振る舞いをしなければならない。昨日は西と南の女神さまと何度か他愛のないことを話すことができたのだから、北と東の女神さまとも上手くいくはずだと心を落ち着かせた。
「念のために、子爵邸にいる者全員で出迎えをすることになった。少し早い気もするが遅れるのは不味い。そろそろ部屋を出よう」
「参りましょう。西と南の女神さまとナイが一緒ですから、大事にはならないはずですわ」
ふうと小さく息を吐いたソフィーアさまとセレスティアさまが私とウルスラとアリサとアリアさまとロザリンデさまに視線を向ける。本当に彼女たちがゲームのキャラだと信じられないくらい付き合いが長くなっていた。
最初こそ、過度な接触なんて求めていなかったけれど、縁とは不思議なものでナイさまのお陰で取り持つことができていた。住んでいる国は違うけれど、こうしてお泊り会や南の島で会えるのだから、シワシワのお婆ちゃんになるまで仲良くいたいものである。でもまあ、それまでに破天荒なナイさまが沢山面白いことを発見して、私たちも巻き込まれるだろうから暇になることはなさそうである。
ソフィーアさまとセレスティアさまが先陣を切り、ナイさまの部屋の扉を出て行く。私たち聖王国組もみんなで頷いて歩を進め始める。
「フィーネお姉さまは流石ですね」
アリサが片眉を上げながら苦笑いを私に向けていた。彼女は流石、なんて零しているけれど、勘違いをして貰っては困るから状況はきちんと説明しておこう。
「女神さまとお会いすることは凄く緊張しているわよ、アリサ。ただ、ナイさまの側にいれば楽しいことが沢山あるんだろうなって考えていたら自然と笑っていたみたい」
私がアリサに声を返すと、彼女は私の声を咀嚼している。きちんと意味が通じて、私が落ち着いているのはナイさまがいるからだと知っておいて欲しい。ナイさまがいなければ、今頃は凄く右往左往して気が気じゃないと慌てふためいていたのではないだろうか。
「確かにナイさまですからね……私も女神さまくらいで驚いていてはいけないのかもしれません」
アリサ、女神さまが目の前に御降臨されたならば凄く驚いても良いはずよ、とは言えず私は黙って彼女の言葉を聞き届けた。そして私とアリサの話を聞いていたウルスラが深呼吸をしながら口を開いた。
「フィーネさま、アリサさま、どうしてそう余裕なのでしょうか……私は凄く緊張してしまいます」
ウルスラは信仰心が高いから女神さまに向ける尊敬の念が私たちとは段違いである。だから緊張は致し方ないのだろうが、緊張しすぎでお話ができなければ本末転倒だ。とはいえウルスラは強い心の持ち主なので、女神さまに問われたことは正直に嘘もなく答えるのだろう。私はウルスラに大丈夫と声を掛けて、落ち着くようにと彼女の背を撫でた。
何故かアリサの視線が刺さっている気がするのだが、彼女も背を擦って欲しいくらい気分が落ち着かないのだろうかと首を傾げる。でもアリサだからなあという答えが心の中に湧いて出てきて、大丈夫だと一人で納得できた。
「みなさま、タイミングが合って丁度良かったです」
廊下を歩いていると、きっちりとした衣装に着替えたエーリヒさまとクレイグさんとサフィールさんと顔を突き合わせる。彼らも玄関ホールへ移動して、女神さまのお出迎えをするようである。
エーリヒさまがソフィーアさまとセレスティアさまに断りを入れて、私たちのあとを付いてくることになった。男性三人は私たち女性陣の後ろについて廊下を歩き始める。
なんとなく、だけれどもミナーヴァ子爵邸……アストライアー侯爵家は女性の方が地位が高い気がするのは気の所為だろうか。こういう場面は男性が先陣を切りそうなものだけれど、エーリヒさまは空気を読んで最後尾に付いている。
やはり女性が当主となると、必然的に女性の地位が向上するのかもしれない。まあアストライアー侯爵家は元々女性の働き手が多かったから、ナイさまの後ろ盾であるアルバトロス王家とハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家の気遣いなのかもしれない。
そうこうしている内に玄関ホールに辿り着く。ナイさまと西と南の女神さまは北と東の女神さまを出迎えに向かったためここにはいない。子爵邸で働いている皆さまも集まって、侍女頭さんが並ぶ位置を指定していた。
私たちも玄関扉に一番近い位置を案内されて、ソフィーアさまとセレスティアさまに『ここが妥当だろう』『ええ、女神さまが入ってきて直ぐに視界に入る位置ですもの』と仰った。私とアリサとウルスラは彼女たちの心遣いに感謝しながら、三人で顔を見合わせる。
「最終確認ね」
私はそう言って身嗜みを整えようとアリサとウルスラに声を掛けた。他の方も各々面と向かって、女神さま方に失礼のないようにと確認を取っていた。アリサにもウルスラにも寝癖なんて残っていないし、聖王国の聖女の衣装をきっちりと身に纏っている。
持参してきていて良かったと安堵していると、なんとなく空気の流れが変わったと感じて玄関の扉へと身体と視線を向けた。他の方たちも気配を察知したのか、一斉に口を噤んで玄関扉へと顔を向けているのだった。
――きい、と鳴る玄関扉の蝶番の音が異様に大きく感じた。
朝陽が差し込んで開いた扉から人影が見えるのだが、二人だけ背格好が小さかった。おそらくナイさまと南の女神さまだとアタリを付ければ、目が慣れたのか玄関扉に立つ皆さまの顔をはっきりと見ることができた。
やはり背の低い方はナイさまと南の女神さまで、彼女たちの直ぐ後ろには西の女神さまと北の女神さまと東の女神さまが立っていた。その少し後ろにジークフリードさんとジークリンデさんに、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭がいるのだった。
北と東の女神さまとは三度目の邂逅となるけれど、やはり人ならぬ雰囲気をお持ちの方たちである。もちろん西の女神さまと南の女神さまも同様だが、昨日で少し慣れたようであった。
発せられている雰囲気を身に受けて胃がきゅっと締まりそうになるけれど、大丈夫だと自分に言い聞かせればそれ以上胃が収縮することはない。アリサとウルスラは大丈夫かと横目で確認を取れば、緊張しているものの大丈夫そうな雰囲気だった。
「ようこそおいでくださいました。き、北の女神さま、東の女神さま」
子爵邸の侍女頭さんが緊張した様子で声をどうにか上げた。そうして簡単な挨拶を済ませれば、ナイさまのお腹が鳴ってみんなで朝食を摂ろうとなったのである。――流石、ナイさまだ。
◇
俺は緊張で箸がなかなか進まないのだが、ナイさまは出された朝食をちまちまと丁寧に、そして美味しそうに食している。
どうして四女神さまと共に朝食を摂っているのだろう。謎過ぎて宇宙猫のような顔になりそうになるのを我慢して、再度出された食事を口に放り込む。ミナーヴァ子爵邸の食事は美味いのだが、緊張で味が分からない。
クレイグとサフィールも、俺の隣で落ち着かなさそうに朝食を摂っている。彼らはようやく女神さまと共に食事を摂ることに慣れたと、昨晩苦笑いを浮かべながら教えてくれた所なのに……今日になったら北と東の女神さまが追加されるなんて全く考えていなかっただろう。
俺だって西と南の女神さまと食事を共にするとは全く考えていなかったのだが、ミナーヴァ子爵邸、もといナイさまの側にいると本当に不思議なこと、おかしなことが舞い込んでくる。
「ナイ、このパンは美味ですわ」
「ええ。外はパリパリ、中は柔らかく、噛めば噛むほど味が出て美味しいです」
北と東の女神さまが綺麗に笑いながらナイさまの方を見ている。ナイさまは二柱さまに褒められたことが嬉しかったものの、一先ず口に含んでいた物を呑み込んでから口を開いた。
「良かったです。パンを焼いた料理人が喜びましょう」
へなりとナイさまが笑っていると、南の女神さまは溜息を吐き、西の女神さまがむっと顔を顰めた気がする。西の女神さまの表情は乏しいので感情を読み取ることが難しいものの、注視しているとなんとなく分かる。
女神さまから発せられる圧に慣れたということもあるのかもしれないが、この辺りは空気の読める元日本人の感覚が優れていたのかも。ナイさまが嬉しそうに笑いながら焼きたてのパンにバターとジャムを塗っている。彼女を真似るように北と東の女神さまも同じ行動を取り、口の中にまたパンを運び入れた。北と東の女神さまも表情が豊かという方ではないが、西の女神さまよりは感情が分かり易い気がする。
「お嬢ちゃん、このパンの作り方を教えてくださいませんか?」
「島の者に作らせてみましょう」
「料理人の方の許可が得られるなら構いませんよ」
北と東の女神さまの小さな要求にナイさまは一瞬だけ考える様子を見せるものの、料理人の方から許可が出るなら構わないようである。確かに料理人の方が秘匿したいのならば誰彼に教えられない。
でも聞いてきた方が女神さまと知れば、光栄だと言って教えてくれるのではないだろうか。でもまあ、勝手に教えるとはナイさまも言えないから、聞いてみてからだと間を取り持ったのであろう。その辺りナイさまはきちんと線引きされている方なので、教えたくないものを無理矢理公開する心配はない。
「神さまの島にもレシピがあるなら私も知りたいです」
……心配はないけれど、食に対する探究心が消えることはないのか、神さまの島の料理人さんのレシピを聞き出そうとしている。大丈夫かと北と東の女神さまの顔を見てみると、まんざらでもない様子である。
「あら。では交換致しましょう」
「島の味がナイの屋敷でも味わえますし、ナイの屋敷に勤める料理人の味を島でも楽しめるのですね。良いことです」
二柱さまはうんうんと納得しながら頷いているが、西の女神さまは微妙な雰囲気を発していた。どうしたのかと周りの皆さまも心配しているのだが、ナイさまは神さまの島のレシピが手に入ることに意識が持って行かれて空気の流れに気付いていない。南の女神さまが唯一面倒そうな顔をして、ナイさまに視線を向けた。
「ナイ」
「はい?」
ナイさまはパンにジャムを塗っていた手を止めて、南の女神さまをみながらこてんと首を傾げる。そういえばジークフリードも偶に顔を右へ傾げているのだが、彼ら幼馴染組の癖なのだろうか。
一先ず西の女神さまの空気がどうにかならないものかと、南の女神さまとナイさまのやり取りを固唾を飲んで見守ることにした。
「西の姉御が好きだと言ったジャムを用意してねえか?」
「ええ。料理人の方に話をしたら気合を入れて作ってくださいました。沢山ありますし、今日はパン食なので、みんなで賞味した方が楽しいかなと出して貰ったんです」
テーブルに並べられているジャムとバターの種類が数多くあるのだが、やはりジャムは手作りのようだった。スタンダードなイチゴを始め、リンゴやオレンジにブルーベリーなんかもある。変わっているのは柿や桃なんかもあり、味も美味しいし、甘さ控えめも選べるので有難い仕様となっていた。本当に子爵邸の料理人の方の腕は凄いものである。
「良かったな、西の姉御。姉御がナイの屋敷に滞在してなきゃ、作って貰えなかっただろうな」
南の女神さまの声に西の女神さまがこくりと頷いて小さく笑っている。どうやら西の女神さまは、東と北の女神さまにナイさまとの会話の主導権を取られてしまったことが気になっていたようだ。
機嫌の悪さはソレだったかと俺は納得するのだが、もしかして北と東の女神さまがナイさまを構う度に西の女神さまは嫉妬――多分、ご自身で気付いておられない?――の嵐に見舞われるのだろうかと焼き立てのパンを齧るのだった。パン、美味い。
◇
――北と東の女神さまが子爵邸に二、三日滞在することになった。
アルバトロス上層部に報告に上げれば『心配は必要ないだろうが、粗相のないように』と返事が直ぐに戻ってきた。公爵さま曰く、陛下は私のやらかしを悩んでいると教えてくれたのだが、果たして本当なのだろうか。
謁見場ではいつも泰然とした態度でいらっしゃるし、公爵さまの血族なのだから、困っている所や悩んでいる所があまり想像できない。確かに西の女神さまを陛下方に紹介した時は緊張していたようだけれど、普通に女神さまと接していた。とはいえ公爵さまが嘘を吐くことはないので、陛下が頭を悩ませていることは私的に事実かどうかは微妙な所である。右手を鳩尾辺りに置いている姿を見るけれど、たまたまかもしれないし。
幼馴染組とお泊りをしていたメンバーと四女神さまとで朝食を済ませたあとは、各自好きに過ごして貰っていた。
西の女神さまと南の女神さまは北と東の女神さまが子爵邸内でなにを仕出かすか分からないと言って、二柱さまの後ろを付いて回っている。四女神さまが揃えば凄い雰囲気があるのが、屋敷で働く皆さまには女神さま方がウロウロしますと伝えているので大丈夫なはずである。
倒れてしまえば失礼に当たるし、今日のお仕事はほどほどにとも伝えてある。託児所の子供たちは順応性が凄く高いため、西と南の女神さまには慣れているから北と東の女神さまにも直ぐに慣れる可能性があった。
子供の対応力は凄く、敵意がなければ問題ないようであった。エル一家とジャドさん一家とポポカさんたちも女神さまに対して特に問題はないから心配していない。自然と会話をして、交流を深めていることだろう。
私は自室でお客人のお相手を務めている所だ。メンバーはフィーネさまとアリサさまとウルスラさまなので気を張る必要はなく、聖王国の妙な方たちが子爵邸を訪れて女神さまと直接会いたいと言い出した場合の対処やらを相談している所である。
女神さまに来客がいると問うて会うか会わないかを判断して頂き、拒否されれば問答無用で追い返すだけである。仮に女神さまの許可が出て会うことになれば私も同席させて貰うので、妙な展開にはならないはず。あとはアルバトロス王と聖王国の教皇猊下に報告を上げるのみ。私が手を出せることではないので伝書鳩役が精々だ。
「ど、どうしてナイさまは平気な顔でいられるのですか?」
「慣れました。不本意ですけれど」
ウルスラさまが困り顔で私に問い、フィーネさまとアリサさまは苦笑いを浮かべていた。ソフィーアさまとセレスティアさまとジークとリンが部屋の隅で控えてくれているのだが、彼らも苦笑いになっている。
転生してからというもの貧民街では生きるか死ぬかの毎日だったし、教会に拾われてからも討伐遠征とかで修羅場は潜っている。王立学院に入学してからもトラブル塗れだったので、みんながいればどうにかなるという気持ちもあるので平穏でいられるのだ。
もし誰か欠けていたら私はこんなにも落ち着いていなかった。いつも私の側にはジークとリンにクロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭がいて、エル一家とジャドさんたちがいる。ソフィーアさまとセレスティアさまに家宰さまたち子爵邸で働いている皆さまも、お貴族さま関係のことならば頼りになる。他にも頼れる方たちが沢山いるので特に困ることはなかった。
まあ、神さま方と縁を持てるなんて考えてもいなかったけれど。
「わ、私は全く慣れそうにないです……どうすればナイさまのように女神さま方とお話ができるのでしょうか……?」
真面目なウルスラさまの目下の悩みは、憧れが強すぎる女神さま方と普通に会話をすることらしい。グイーさまに頼んで神さまの島に数日滞在すれば良いのではという言葉が喉まで出かける。でも真面目なウルスラさまには荒療治過ぎて効果が天元突破しそうである。駄目だ、駄目だと頭を振ってきちんと彼女の問いに答えないとと、私は真面目な表情を顔に張り付ける。
「女神さま方であれば話しかければきちんと答えてくれるので、話題を持ちかけてみては如何でしょう」
「で、できる自信がありません」
ウルスラさまが話しかけるところを想像したのか顔を青くしている。でも彼女は大事な場面ではきっちり女神さまと言葉を交わしていた気がする。だから気にする必要はなさそうなものなのにと、フィーネさまとアリサさまに視線を向ければ小さく肩を竦めていた。
どうやらお二人もウルスラさまの悩みを解決できないようだ。まあ、夜までフィーネさま方三名は子爵邸に滞在予定だから、女神さまと話す機会はいくらかあるだろう。
昼食の時間も一緒に食べることになっているのだから、私が橋渡し役を担えば良いのだ。できるかどうかは謎だけれど。そういえばウルスラさまはアルバトロス王国の王立学院に留学するかもと聞いていたのだが、結局どうなったのだろうかと私はもう一度彼女と視線を合わせて聞いてみた。急に話が変わったことに驚いているものの、ウルスラさまは丁度良いと判断したようである。フィーネさまとアリサさまも問題はないようで、静かに聞き耳を立てている。
「贅沢な悩みです。勉強を頑張りたいと考えていますが、大聖女の活動もきちんとしたいです」
ウルスラさまはフィーネさまとアリサさまや家庭教師を付けて貰って勉強に励んでいるそうだ。貧民街出身なので聖王国の同年代の貴族女性の知識と比べるとどうしても劣ってしまう。
遅れている分を取り返そうと頑張っており、フィーネさまとアリサさま曰くウルスラさまは勉強の吸収が早いとのことだ。もし学院に通うなら普通科を狙っているらしいけれど、ウルスラさまの立場的に特進科ではないだろうか。確かに特進科に入るなら、難しいところもあるので少々心配である。なにか私にできることはないかなと考えてみ
「アルバトロス王立学院の教科書はフィーネさまとアリサさまから借りれば良いとして……一年生の分はご用意できますか?」
私がウルスラさまに問うとゆるゆると小さく顔を横に振った。フィーネさまとアリサさまの留学は二年生からであった。特進科一年生の教科書を用意するのは、他国の方である彼女たちには難しいだろう。
私のお古で良いなら差し上げますよと申し出ると、ウルスラさまは恐縮しつつ譲って欲しいと仰った。良かったと私は安堵しつつ、ウルスラさまがアルバトロス王立学院に通うなら、子爵邸か侯爵邸から通うのもアリだと打診してみる。
「嬉しい申し出ですし凄く有難いですが、まだ留学すると決まった訳ではありませんし……」
「おそらく、王城で下宿が妥当でしょうけれど、ウルスラさまの選択がたくさんあった方が良いかなと。気が向けば、屋敷で下宿できますよくらいの気持ちでいて頂ければ」
ウルスラさまに私は選択肢として覚えていて欲しいと伝える。王都の高級宿に泊まり込むこともできるけれど、警備の問題もあるので難しい。それならお城か貴族のお屋敷に下宿となるのだが、お城だと気を遣うだろうし。まあ、女神さまが屋敷に滞在しているか分からないし、ウルスラさまが留学するかもまだ分からないのだから気が早いけれど。
「学院に留学することになれば教えてくだ――」
良い感じで話がまとまったかなと私が声を上げる途中、部屋の扉がいきなり開いた。ミナーヴァ子爵邸内でこんなことができる方はかなり限られる。
「――お嬢ちゃん!」
「お姉さまとおチビちゃんに名前を付けたって本当!?」
北と東の女神さまが扉の側で少し息を切らしながら声を上げた。二柱さまの後ろには無表情の西の女神さまと呆れた顔になっている南の女神さまがいらっしゃる。いきなりどうしたのかと部屋にいる面子が固まれば、部屋の様子を理解したのか北と東の女神さまが首を小さく傾げた。
「あら、お邪魔だったかしら……」
「ごめんなさいね。わたくしもお嬢ちゃんに名前を貰おうと急いで部屋にきたから」
話はほぼ終わっているし女神さま方を放置するわけにはいくまいと私は席を立ち、北と東の女神さまと視線を合わせた。中へ入って良いのか迷っている女神さま方にどうぞと私は促してから口を開く。
「西と南の女神さまに仮の名を贈らせて頂いたのは事実です。いろいろと見回る際に『女神さま』呼びだと問題があるだろうとなりまして」
私が答えると北と東の女神さまがなるほどと言いたそうな顔で頷いた。一方で、南の女神さまが『あちゃー』という顔になっている。どうやらこうなることを予見して、北と東の女神さまには仮名のことを伝えていなかったようである。
割と覗き見ているのかなと思いきや、二柱さまに知らないことがあるから四六時中こちらを見ていることはないようだ。そのことに少し安堵を覚えるものの、今のパターンだと私が北と東の女神さまに名前を贈らなければならない。
「そういうことだったのね」
「ということはわたくしたちにも仮の名前があっても良いということになりますわ」
二柱さまは納得できたものの、私が名前を贈ることになるのは決定事項なのがあまり納得できない。とはいえ北と東の女神さまは私の目の前でドヤ顔を披露しながら『さあ!』という圧を放っている。
どうしようと、部屋にいる皆さまの顔を見れば視線を逸らされた。やはりかと私は息を吐いて、こういうこともあろうかと西と南の女神さまに名前を贈った際に一緒に考えておいた名を口にする。
「えっと……仮名だということは御承知おきくださいね?」
私が直ぐに北と東の女神さまの名前を決めていることに、ソフィーアさまとセレスティアさまが『ナイが名前を迷っていない……!』『女神さま方に贈る名前を秒で考えていただなんて……』と言いたげに、ジークとリンは『珍しいな』『珍しい』と微妙な表情を浮かべている。
いや、流れ的に北と東の女神さまにも贈りそうだなと予防線を張っていただけであり、地上に降りて必要になった時以外に使わない代物だから気楽に付けられたという理由もあるけれど。
「もちろんよ」
「ええ。西のお姉さまもおチビちゃんも仮の名前だもの」
「北の女神さまがナターリエさま、東の女神さまがエーリカさま、でどうでしょうか?」
ふふん、と北と東の女神さまは不敵に笑っているけれど、考えたのは私なのだけれどなという文句は言えなかった。命名の法則は北の女神さまの『N』からナターリエ、東の女神さまの『E』からエーリカ、という単純なものだった。
私が口にした名を北と東の女神さまは口の中で呟いて、音の響きを楽しんでいるようだ。そうして名前が直ぐに決まったことで南の女神さまが私に向かって『悪いな』という視線を寄越し、西の女神さまがジト目を向けていた。
何故、西の女神さまからジト目を頂かねばならないのかと疑問に感じつつ、お茶でも飲もうとなって四女神さまを席へと私は案内するのだった。
お茶会のあとでフィーネさま方に、女神さま方が参加するなら事前に教えて欲しいと懇願されたけれど。