魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
北と東の女神さまの滞在三日間は嵐のようだった。屋敷内のいろいろな物に興味を示して『あれはなに?』『これはなに?』という質問に追われ、私は間違えたことを教えてはいけないと頭を捏ね繰り回していたため、二柱さまのお相手は割と有意義だったかもしれない。
フィーネさま聖王国組とエーリヒさまは用事は終わったと、北と東の女神さま滞在一日目でさっくりと国と仕事へ戻って行った。薄情者~と言いたいけれど、予定がそうなっていたのだから仕方ない。
北と東の女神さまの滞在でちょっとした変化が起こっているのだが、張本人、ならぬ張本神さまは大丈夫だろうか。何故か西の女神さまが北と東の女神さま滞在の間は不機嫌だった。元々、表情の乏しい西の女神さまであるが、感情がないというわけではない。嬉しければ微かに微笑んでいるし、料理が不味ければ『私の口には合わなかった』とはっきりと教えてくれる。
二柱さま滞在の三日間、何故か北と東の女神さまの後ろで無表情でいることが多かったのだ。特に私が北と東の女神さまに仮名を贈ったときは、凄くむっとしていた気がする。流石に今は北と東の女神さまは神さまの島へと戻って行ったので、怒ってはなさそうである。ただいつも図書室で本を読んだり、エル一家とジャドさん一家の相手を務めていたり、庭の草花を眺めていたりと暇な時間なんて西の女神さまになさそうだった。
が。今はサンルームの椅子の上で肘をつき、暇そうにぼーっとしているのだ。私は南の女神さまと一緒に西の女神さまを遠目から見守っているところである。
「大丈夫なんですか、西の女神さま」
「どうだろうな。なーんか、機嫌が悪いつーか……考え事に耽っているというか。あんな姉御見たことねえ」
私たちはサンルームにいる西の女神さまに気付かれないようにと、少し背の高い草木に隠れて覗き込んでいる。庭師の小父さまが南の女神さまと私を見てぎょっとしているけれど許して欲しい。
南の女神さま曰く、あんな姿の西の女神さまは見たことがないようで懐疑な表情を浮かべてマジマジと彼女を見ている。私も西の女神さまとは短い付き合いだが、黄昏ている姿の彼女を拝むのは初めてである。教会関係者なら『お美しい姿だ』と言い出すのかもしれないが、私的には何故深く考えに耽っているのかと首を傾げてしまう。
「声を掛けても良いでしょうか」
「死にはしねえし、ナイなら大丈夫だろ」
私が疑問を南の女神さまへ投げると、物騒な返事が戻ってきた。西の女神さまの機嫌は悪そうであるが、南の女神さまの仰る通り命までは奪われないはずだと隠れて見ていた茂みから私は立ち上がる。
悩んでいる西の女神さまをずっと見ているよりも、なにか話して解決できるのであれば有意義だろうと私は歩を進めた。私が歩を進めるということは、いつも一緒にいるジークとリンにクロとロゼさんとヴァナル一家も一緒である。
「放っておけば良いだろうに、ナイは面倒見が良いよなあ」
南の女神さまがぼそりと呟いているけれど、私の耳にははっきりと声が届かない。用があるなら呼び止められているだろうと歩みを続けてサンルームの外へと繋がっている扉の前に立つ。中には物憂げな西の女神さまとジャドさんたちが彼女の側で寝息を立てている。ポポカさんたちも晴れた冬の光に温められたサンルーム内で気持ち良さそうに日光浴をしていた。
ミナーヴァ子爵邸だから西の女神さま的に私がどこにいようとも勝手という認識のようだが、彼女に気付いて貰うために透けている扉を二度ノックした。ノックの音に気付いた西の女神さまが肘を突いていた手から顔を離して、こちらを向く。入りますよ、と私はサンルームの中へと指差して扉のノブを捻って中へと入る。
「どうしたの、ナイ。珍しい」
「少し西の女神さまの様子が気になって、お伺いしてみました」
こてんと首を傾げた西の女神さまの真ん前に私は椅子に腰を下ろした。侍女の方がいればお茶を淹れて頂く所だけれど、西の女神さまの要望なのか席を外しているようである。お茶菓子が食べれないのは残念だけれど、私は背筋を伸ばして目の前の方と視線を合わせた。とりあえず無視されなくて良かったと安堵しながら、遠回りはせずストレートに私は疑問を投げた。
「いつもと変わらないと思うけれど」
今度は逆にこてんと西の女神さまが首を傾げると、私の肩の上に乗っているクロもこてんと顔を小さく傾げる。
「なんとなくですが、北と東の女神さまが屋敷を訪ねて以来、西の女神さまの様子が少しだけ変な気がします」
私が『ね』とクロに顔を向けると、こくんとクロは一つ頷いてくれる。毛玉ちゃんたち三頭も西の女神さまの様子が気になるのか、尻尾をぶんぶんに振りつつも今は構ってと言えない状況だと理解していた。
「そう、かな?」
「南の女神さまも不思議そうにしておられますよ」
南の女神さまを巻き込んでしまって申し訳ないけれど、彼女も西の女神さまの様子を気に掛けている一人……一柱である。たとえ神さまであろうと家族だし、末妹さまが長姉さまの様子に気を揉んていると知っていて欲しい。余計なお節介かもしれないが、やはり心配している方がいると知っているのといないのでは西の女神さまの気持ちも変わってくるはず。
「……よく分からない。でもナイが北と東の妹に仮名を上げた時、どうしてかイラっとした。なんでだろう」
むーと西の女神さまが困った子供のような顔を浮かべて悩み始めた。私に西の女神さまの心の内は読めないし憶測でしかないのだが、西の女神さまの中で仮名が特別な物になっていたのだろうか。
私も何故だろうといろいろと考えてみるものの、最有力は単純に北と東の女神さまにも仮名が贈られた嫉妬だろう。しかしコレを口にしても良いのだろうか。私もむーと悩んでいると西の女神さまが口を開いた。
「分かるなら教えて欲しい。私は心の機微に疎いって母さんに言われているから。私は私のことを良く分かっていない」
西の女神さまが持つ感情の変化に鈍いとご自身で分かっているのであれば、伝える必要もなさそうだけれども。
「えーっと……一番単純な理由が、西の女神さまの気持ちの中で仮名が特別なものになっていたのではないかな、と」
「確かにナイから名前を貰った時は嬉しかった。でもナイは私の名前を呼んでくれない」
西の女神さまが考えつつ、彼女の心の内を教えてくれる。仮名だからと悩まずに贈ってしまったのだが良かったのだろうか。西の女神さまは続けて他の方たちはちょいちょい『ヴァルトルーデさま』と呼んでくれていたのに、名前を贈った私が一番呼んでくれなかったと口をへの字にした。
いや、流石に必要最低限だと考えて呼ばないようにと私は立ち回っていたのだが、まさか私が名前を呼んだ回数を西の女神さまが数えていらっしゃるとは。ちょっと待って欲しいと私は頭の中で言い訳を捻り出す。
「流石に気軽に呼んでしまうのは不味いかと。仮名を贈ったのは西の女神さまと露見しないための対策でしたし」
そう、そうだ。気軽に名前を呼んで、見ず知らずの方にも名を呼ばれては駄目だろうと最小限に留めていた。それに移動の道中のお貴族さまへ向けた挨拶の時だけ困っていたので仮の名を贈らせて頂いたのだから、今は西の女神さまで問題ないはずである。
「呼んで良いよ。西の女神さまって他人行儀な感じがする」
西の女神さまが私に視線を向けているのだが、一ミリたりとも離していないような。これはもう諦めるしかないのだろうか。なんだかこの先、女神さま方に仮名を贈った者として私の名前が広まっていきそうな予感がする。でもまあ、女神さまにお願いされたことを断わることなんてできないし観念するしかない。私はふうと息を吐き背筋を伸ばした。
「ヴァルトルーデさま」
私が彼女の名を呼ぶと、小さく微笑んで嬉しそうな顔になっていた。そんなに嬉しいものかと不思議な気持ちになるものの、今まで名前が女神さまとしかなかったのだから当然だろうか。毛玉ちゃんたち三頭も女神さまが元に戻ったと判断したようで、じゃれるために彼女の側へと寄っている。
それならグイーさまとテラさまに正式な名前を頂いても良いのではないかと、西の女神さまに問うてみた。
「父さん、センスないから。母さんもイマイチだと思う」
西の女神さま、もといヴァルトルーデさまが毛玉ちゃんたち三頭を嬉しそうに撫でながら私の方を見れば微妙な顔に変わっている。どうやらグイーさまとテラさまのネーミングセンスはイマイチのようだ。
意外だなあと私が苦笑いを浮かべると、何故か豪快なくしゃみと可愛らしいくしゃみが耳に届く。きょろきょろと周りを見渡しても、くしゃみをした人はいない。なんだと私が首を傾げると西の……ヴァルトルーデさまが気の所為だと声にした。私も気にしても仕方ないと気持ちを切り替える。
「全然話が違いますけれど、リヒター侯爵領への視察はどうなされるのです?」
「ロザリンデが私を迎え入れるための用意が整わないと言ってたから、まだ時間が掛かるみたい」
ヴァルトルーデさまのリヒター侯爵家視察はまだ終わっていない。私が口出しすべきことではない――ただリヒター侯爵閣下とロザリンデさまから私の同道を請われている――から、大人しく見守っているのだけれど大丈夫だろうか。
そろそろロザリンデさまに進捗を聞いてみても良いのかもしれないが、急かしているように感じられるかもなと聞けず仕舞いだった。それならばヴァルトルーデさまに聞いてみた方が良いかなと問うてみたのだが、女神さま自身はそんなに気にしていないようだった。あとはリヒター侯爵家側の問題だ。フライハイト男爵さまも乗り切ったのだから、是非とも頑張って欲しいものだが……。
「……時間が掛かれば掛かるほど、プレッシャーになりそうですね」
「そうなの?」
ヴァルトルーデさまが首を傾げた。おそらくリヒター侯爵領ではかなり人が右往左往しているのではなかろうか。それならばさっくりとヴァルトルーデさまの視察を終わらせた方が楽な気もするが、ロザリンデさま同様リヒター侯爵さまも真面目な方なので気を張っている姿が容易に思い浮かべることができる。このまま放置するとリヒター侯爵家の皆さまが大変なことになりそうだと私は苦笑いを浮かべた。
「侯爵家という体面もありますし、ヴァルトルーデさまが気に入らなかったとなれば大問題となってしまいますから」
例えばヴァルトルーデさまが『男爵領の方が面白かった』なんて口にすれば侯爵家の沽券に関わるし、社交界でも噂の的になるだろう。ヴァルトルーデさまであればなんでも楽しい、面白いと言いそうだけれどリヒター侯爵閣下には分からないだろうし、ロザリンデさまも勢いで物事を進める方ではない。
「私が気に入るとか関係ないのに。女神っていう立場は少し邪魔だね」
「それは……仕方ないかと」
妙な顔になっているヴァルトルーデさまに私は肩を竦めて、少しリヒター侯爵家の様子を聞いてみようと決めるのだった。
◇
やはりリヒター侯爵家では西の女神さま……ヴァルトルーデさまを迎え入れるためにかなり気合を入れているようである。この事実は期待値が上がっても駄目だから、ヴァルトルーデさまには言わない方が良いだろうと南の女神さまと相談済みだ。
ロザリンデさまとリヒター侯爵閣下にも気負わずに、お偉いさん方が視察にきたくらいの気持ちで構わないと改めて伝えた。リヒター侯爵家の皆さまが私の言葉をどう受け止めてくれるか分からないけれど、視察が長引けば長引くほど大変な事態になりそうである。
ミナーヴァ子爵邸の私室で外を見ているのだが、いつも側で『構え!』『遊んで!』『何かしよう』と毎度訴えてきてくれる毛玉ちゃんたち三頭がフソウに滞在しているためなんだか変な感じだ。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは部屋の中でまったりと彼らの時間を過ごしている。ジークとリンは訓練場に赴いているし、私の話相手はクロたちだ。女神さま二柱は図書室とサンルームでゴソゴソしているはず。
「静かだねえ」
『一番賑やかな仔たちがフソウに行ったから。静かだよねえ』
私が声を上げるとクロが答えてくれた。毛玉ちゃんたちがいれば私が構わなくとも彼らでワンプロを始めわちゃわちゃしているのだが、どったんばったんという音がないので部屋の中は凄く静かである。
疲れ果てれば蒸気機関車のような息使いを五頭みんなで上げているし、尻尾をぶんぶんに振って床を叩いている音も聞こえない。やはり少し寂しいなと私が苦笑いを浮かべると、ヴァナルが床からむくりと身体を起こし、雪さんたちもこちらを見た。
『きっと今頃、ゴンタと遊んでる』
『騒がしいのでしょうねえ』
『桜が一番、お転婆ですから』
『権太を尻に敷かなければ良いのですが』
ヴァナルと雪さんたちが毛玉ちゃんたちと権太くんを思いながら目を細めていた。毛玉ちゃんたちと権太くんはフソウでいろいろと冒険を楽しんでみたり、遊んだりして満喫しているのだろう。
迷惑を掛けるようなことをしてないか少々心配であるが、帝さまとナガノブさまがいらっしゃるから大抵のことはなんとかなる。屋敷には毛玉ちゃんたち以外にもアシュとアスターとイルとイヴもいるのだが、基本外で生活しているから少し距離がある。毛玉ちゃんたちが留守の間、彼らと仲を深めるのも良いかもしれない。ポポカさんたちの帰島もあるのだから、いろいろと手配を始めたい所だし。
『春がくればガラリと環境が変わるねえ』
「私に付き合わせてごめんね」
クロが王都のアストライアー侯爵邸がある方向を向いてから私を見る。確かにミナーヴァ子爵邸にいる時間は残り少ないし、随分と広い侯爵邸へと移り住むことになる。
環境が変わるのは確実なので、クロたちに負担になっていないか少々心配だった。平気そうにしていても、なにか不調があるかもしれないから引っ越してから暫くは注視しておかないと。屋敷で働く一部の方たちも慣れない場所に移ることになるので、クロたち以外にも気を払っておかないと。私が少し困り顔を浮かべると、クロは機嫌良さそうに顔を擦り付けてきた。
『気にしなくて良いよ。ボクがナイの側にいたいから一緒にいるんだし。放置される方が悲しいかな』
ふふふと笑うクロの声が私の耳元で聞こえ、ヴァナルと雪さんたちが床から立ち上がり私の下へきてちょこんと床にお尻を付けた。
『みんな、一緒』
『新しい屋敷に移り住みますものねえ』
『広くなるので有難いですよ』
『動き易くなりましょう』
こうして問題ないと言ってくれるのだから有難いことである。私が移動するならと、クロとロゼさんとヴァナル一家とジャドさん一家は引っ越しに快諾してくれている。
お猫さまは微妙な反応だったけれど、ジルヴァラさんも移り住むし、みんながいなくなるのは寂しいようで『仕方ないのう』とボヤいていた。ポポカさんたちもジャドさんの通訳で引っ越しに賛成してくれていた。とはいえポポカさんたちは南の島に戻る可能性もあるから、春に侯爵邸にいるのかは未知数である。
クロたちと未来の話や他愛のないことを話していると、西の女神さま、ヴァルトルーデさまが私の部屋にやってきた。どうしたのだろうと私が首を傾げると、彼女は少し嬉しそうな顔を浮かべる。
「やっとロザリンデに誘われた」
へなりと笑いながらヴァルトルーデさまが仰った。どうにもアリアさまのフライハイト男爵家の視察に行ってから間が空いていたので、いつお誘いを受けるのかヴァルトルーデさまはソワソワしていたようである。
リヒター侯爵家も女神さまを受け入れるためにと用意をしていたから仕方ないけれど、少々時間が経ち過ぎていた。ヴァルトルーデさまは平気そうな振る舞いをしていたけれど、心の中ではきちんと招待されるのかと悩んでいたようだ。
まあ、女神さまとの約束を反故にする貴族家なんて存在しないので、無用な心配だけれども。とりあえず、私も気になっていたから話が進んだことに安堵する。
「ようやくですねえ」
私が目を細めると、ヴァルトルーデさまが私の下へと歩を進めた。
「ナイも一緒に行こう。多分、緊張してるから。末妹は置いて行った方が良いのかな?」
元々、私も参加予定だから問題ないのだが、ヴァルトルーデさまは南の女神さまを置いていくつもりなのだろうか。リヒター侯爵家の精神面を考えると、女神さまお一柱の方が気は楽だろう。でも、他家には西と南の女神さまが視察に赴いたのに、リヒター侯爵家にはヴァルトルーデさまだけだったとなれば不味いような気もする。とはいえ南の女神さまの意思もあるのだからと私は口を開く。
「南の女神さまに聞いてみましょう。島に戻っている可能性もありますしね」
「ん」
私が言い終えるとヴァルトルーデさまが手を差し出す。どうやら今から南の女神さまの下へ行くつもりのようで、私も一緒にこいということらしい。
流石に差し伸べられた手を無下にするわけにはいかず、私はヴァルトルーデさまの手に手を重ねて椅子から立ち上がった。クロもご機嫌に『一緒に行けると良いねえ』と呟いたから、南の女神さまの参加は決定したような気がする。
「クロは末妹が一緒の方が良いの?」
『大勢いた方が賑やかで楽しいよ~』
「そっか。そうだね。じゃあ妹には行こうって誘おう」
なんだか南の女神さまも強制的に参加することになったので、私は心の中で南無と手を合わせる。女神さまに仏式で手を合わせるのは変だけれど気持ち的に拝みたい。
強制的に決まったけれど話はしないといけないと、私たちはサンルームに足を向けた。昼下がりの午後の時間、サンルームは陽の光を浴びて随分と暖かい。南の女神さまはジャドさんの背中で寝息を立てていたのだが、ヴァルトルーデさまが南の女神さまの肩を揺らして意識を覚醒させる。
「んあ……姉御、どうしたんだ?」
ジャドさんのふかふかの背の上から身体を起こした南の女神さまがヴァルトルーデさまを見下ろしている。珍しい構図だなあと感心しながら私は二柱さまの後ろで様子を伺う。クロとヴァナルと雪さんたちも目に映っている光景が新鮮な様子であるが、黙って彼女たちを見守っている。
「ロザリンデが領地の視察にきてって。妹も行こう」
ヴァルトルーデさまがようやくお誘いを受けたことにドヤ顔で南の女神さまに告げた。南の女神さまはヴァルトルーデさまの短い誘い文句を受けて、なにか考え込んでいる。
ジャドさんは面白そうですねえと南の女神さまを乗せたまま話を聞いており、アシュとアスターとイルとイヴもポポカさんたちの面倒を見ながら様子を見ていた。ポポカさんたちは女神さまのことを理解しているのかいないのか、呑気にポエポエ声を上げている。私はポポカさんたちを撫でようと、少し立ち位置を変える。
「今回、ナイは行くのか?」
「ナイも行く」
南の女神さまに私ではなくヴァルトルーデさまが間髪入れずに答えた……まあ、いいか。
「なら、あたしは行かなくて良いだ……って、なんで姉御はそんな顔してんだ! 分かった、行く! 行けば良いんだろ! 美味い物食えるかもしれねえし、行く!」
南の女神さまは領地視察にあまり興味はないようで、私がいるならヴァルトルーデさまが暴走しないだろうと判断したようだ。でも言っている途中で慌てたような雰囲気になり、ヴァルトルーデさまの背から凄い圧が漏れていて、南の女神さまは意見を一瞬で逆転させる。
ポポカさんたちを撫でようとした私の手は止まり、南の女神さまが何故か助けを求めているような気がして二柱さまの下へと歩く。
「では、みんなで行きましょう」
「ん」
「しゃあねえな」
へらりと小さく笑うヴァルトルーデさまとぽりぽりと後ろ手で頭を掻いている南の女神さま。視察の参加メンバーはいつも通りになったと、いろいろと予定を調整すれば、視察当日になるのだった。
リヒター侯爵領へは初めて赴くためロゼさんの転移は使えない。次に赴く時に、女神さまが同行する場合は飛竜便を使うことになるだろうけれど。ロゼさんが私の影から出てきて、王都のミナーヴァ子爵邸からリヒター侯爵領まで外を見学するようである。
ぽよんと揺れるロゼさんボディーをヴァルトルーデさまが興味深げにべしべし撫でている。ロゼさんは女神さまに文句をいう気はないようで、大人しく撫でられていた。
南の女神さまは『スライムが喋っていることが、本当に信じられねえ』と顔を引き攣らせているものの、前からロゼさんは人の言葉を理解している。私は南の女神さまにロゼさんは産まれが少々特殊なだけだと伝えてみたものの、懐疑な顔を浮かべたままだ。
『リヒター侯爵領、ロゼ、知らない……』
「知らないけれど、次に行く時はロゼさんに転移をお願いすることになるよ」
私がロゼさんの下にしゃがみ込むと、片方の身体を凹ませてロゼさんが妙な形になっている。ヴァルトルーデさまはロゼさんボディーが気に入ったようでまだ撫でている。
『ロゼに頼って!』
「うん。次はお願いします」
ロゼさんがパンと身体を丸く張ると、ヴァルトルーデさまが『きゃっ』と可愛らしい声を出していた。私と南の女神さまが『あんな声出せるんだ……』と驚いていると、ヴァルトルーデさまが頬を膨らませて『驚くことくらいある』と抗議の声を上げる。
一先ず、いつものメンバー、ようするにソフィーアさまとセレスティアさまとヴァルトルーデさまと南の女神さまと私は馬車に乗り込み、ジークとリンは外で警護に就く。
今回、人手が足りないということで近衛騎士団から数名護衛の方を借り受けたのだが、一人はマルクスさまである。大丈夫かなと心配しながら馬車から窓の外を見てみれば、真面目な顔のマルクスさまが馬に乗っている姿が見えた。そしてエル一家とジャドさん一家に驚いて目を真ん丸にしている所も見えたのだが、まあ移動しているうちに慣れるだろう。
ロザリンデさまはリヒター侯爵領に先に赴いて、私たち一行を迎え入れてくれるそうだ。アリアさまも彼女と一緒に付いて行ったので、ロザリンデさまから一緒にいて欲しいとお願いされたのだろう。仲良きことは美しきかなと窓の外を見ていると、馬車がゆっくりと動き始める。――リヒター侯爵領までの二泊三日の旅が始まった。