魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
フソウの出島の越後屋さんのお店から鰻重の持ち帰りをしたのだが、クレイグとサフィールにも食して貰ったところタレが美味いと唸っていた。確かにタレは美味しいのだが、タレの旨味を演出してくれる銀シャリさまの後光には気付いてくれない。
流石に完璧な味の理解は難しいかと苦笑いを浮かべるものの、ヴァルトルーデさまもジルケさまも美味しいと唸ってくれていた。ジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまも食して貰って、美味しいとお言葉を頂いている。
鰻はアルバトロス王国でも獲れるのだが、見た目の問題なのか好まれてはいない。食べる物に困った末に川で獲って食べるというのがアルバトロス王国、もとい西大陸での鰻さんの立ち位置だった。
子爵邸の皆さまにもお土産をと鰻重ではなくひつまぶしを越後屋さんに用意して頂いている。武士の方や国外の貴族を相手にしているので、屋敷で働いている者たちにもと私が伝えると越後屋さんの理解は早かった。
鰻さんの質を落とした買いやすい価格と教えてくれたので、一応子爵邸で働いている方たちの分と託児所の子供たちの分を用意して貰ったのだ。好みもあるだろうし、慣れない国外の料理なので興味がある方だけ食べてくださいねと伝えている。果たして何人の方が気に入ってくれるのだろうかと少し楽しみにしている。
保存の問題はロゼさんに預ければ、冷めることも腐ることもないので凄く有難い。聖王国に滞在しているフィーネさまとエーリヒさまにはアストライアー侯爵家の使いの方とロゼさんと一緒に赴いて頂いた。彼らの感想も楽しみにしているのだが、鰻重を届けて二日経っているのでお手紙がそろそろ届くはずである。
肌寒い日がまだまだ続いて、季節は二月を迎えている。よくよく考えれば来月には子爵邸から侯爵邸に引っ越すし、今年から領地にも長期滞在することになっていた。
朝起きて着替えと食事を済ませてから執務室へと向かう。いつも通りの面子で仕事を捌こうと私が自席に腰を下ろせば、執務机の前に家宰さまが立つ。ソフィーアさまとセレスティアさまと壁際に控えているジークとリンがなにかあったかと一瞬身構えるが、彼の表情は切羽詰まっていないので他愛のない話題のはずである。
「ご当主さま、フソウの土産として頂いた『ヒツマブシ』は皆に好評でした」
家宰さまがにこりと笑みを携えて、お土産として子爵邸の皆さまに渡したひつまぶしは人気だったようである。ただやはり見慣れない代物なので、中身を確認して食べるのを止めた方もいれば、鰻の触感が苦手だと箸を止めた方もいるそうだ。
食べなかった方を責めるつもりはなく、美味しいと言って頂いた方々が残ったひつまぶしを有難く平らげたと教えてくれたので私的になにも問題はない。私は家宰さまの顔を見上げて口を開く。
「それは良かったです」
次は一種類だけではなく、なにか違う消えもの系のお土産をいくつか用意した方が良さそうだ。せっかく買ってきたのだし、残念と感じた方には別の品があっても良さそうである。
「しかし、ご当主さま。出かける度にお土産を頂くのは有難いのですが、ご負担になっておりませんか?」
「特には。他国に出掛けた際に買い付けることが楽しいですし、美味しい品を探すのも楽しいですよ。自分だけ美味しい物を食べるのは気が引けますし、数は少ないかもしれませんがみんなでお裾分けです」
片眉を上げた家宰さまに私も片眉を上げて笑う。屋敷で働く方たちに出掛けた先のお土産を買ってくるお貴族さまはかなり珍しいそうである。私は出張で出掛けた際に職場の方々にお土産をという文化が根付いている所にいたから普通のことと捉えているけれど、屋敷の皆さまは嬉しいけれど貰って良いのかなと首を傾げているらしい。
有給制度やボーナスに託児所に、お野菜さん持ち帰り制度やお弁当制度を敷いているため、それだけでも有難いのにお土産まで頂いてしまい……と子爵邸で働く方々は感じているそうだ。
「働く気力が下がれば、子爵邸の維持管理の質も落ちてしまいます。皆さまのやる気を捻出するための飴だと捉えてくだされば良いかなと」
私の言葉に家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまが小さく息を吐いた。おそらく私の態度は甘いと言いたいのだろうけれど、悪いことではないためなにも言えないようである。
高級品は買っていないし、本当にお土産用のお菓子を買い付けているだけなので気にしないで欲しい。まあ私がご当主さまを務める時間が長くなれば、屋敷で働く方々には定着しているだろう。
「あ、料理長さま方はなんと?」
「彼らも美味しかったと。ただウナギを綺麗に捌くには、少し時間が必要だと言っておりましたね」
今度の家宰さまは真面目な顔になっている。目の前の彼は、屋敷の主人に提供する料理に不備があれば問題だと捉えているようだ。私的には美味しければ見た目はある程度許容できるが、家宰さまと料理長さんや調理場の方々的には許せないようである。
それならまたフソウに赴いた時に捌いていない鰻を買ってこようと決める。そういえばアルバトロス王国産の鰻は美味しいのだろうか。少し気になるし話題に丁度良いかと私は口を開いた。
「そういえばアルバトロス王国の鰻って見たことありますか?」
私の疑問に家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまが首を捻る。
「私は見たことがありませんね」
「私もないな」
「非常食ですので、食うに困らぬ限りは獲らない代物ですものねえ」
やはりアルバトロス王国での鰻の立ち位置は確立されてはおらず、食材としてスルーされているようだった。
「どこかで買えると良いのですが……」
「子爵領の川にならいるんじゃないか?」
私の疑問にソフィーアさまが答えてくれる。確かに子爵領には川が流れているし、侯爵領にも大きい川が存在している。もしかして獲れるかもと考えて私は次にやるべきことを口にした。
「じゃあ鰻取り用の仕掛けをフソウで買って設置してみましょうか」
「構わないが、設置は領の者に任せておけ」
「当主自ら罠を仕掛けるなどあり得ませんもの」
私の提案に肩を竦めるソフィーアさまとセレスティアさまの隣で家宰さまも小さく笑っていた。どうやら私の食い意地が張り過ぎていることが面白かったようである。そうして本日の執務に取り掛かる。一応、第二回目のなんちゃってお見合いパーティーを企画しており、また独身者を募ってカップル成立を狙う予定だ。
今度は領内だけの村々からの募集となるのだが、一回目の効果は出ているようである。顔見知りが他の村にいるという状況は彼らにとって良いものだったらしい。人手が足りない場合は合同で狩りに出て、獲物を獲るということを始めたようだ。女性陣も手織りの布の模様のデザインを教え合ったりして、新たな交流が生まれているとのこと。
ただ狩りの場合は獲物の分け前で揉めそうなので、その辺りのルールは確りと決めて欲しいとお願いしておく。争いに発展すれば事態を治めないといけないのは私だから、状況が酷くなる前に手を打っておかないと。
もう一つ。副団長さま方に調査をお願いしていた、辺境伯領の大木の精霊さんがくださった種の調査が終わったとのことである。
私の屋敷では凄い勢いで育つのは、やはり私の魔力が起因しているらしい。精霊さんが私に向けて創り出してくれた種のため、反応が凄く激しくなるのではと副団長さまの報告書に記されている。他にも匂いが良いので香水にすれば人気が出るだろうと提案を受けている。蜂さんに花粉を取って貰えば、質の良い蜂蜜も獲れるだろうとのこと。
魔術師団では代を経るごとに大木の精霊さんのお花は成長速度が鈍化しているそうだ。私に関わる土地以外なら普通の成長速度を保ってくれそうなので、欲しい方には差し上げても良いのかもしれない。
この話は要相談だけれど、せっかく辺境伯領の大木の精霊さんから頂いた種である。なにかに使えると良いのだけれどと頭の中で考えていると、執務室にノックの音が二度響く。
珍しくリンが対応してくれると、侍女頭さまがやってきたそうだ。緊急ではないものの、早めに私に知らせた方が良いだろうとのことらしい。侍女頭さまが執務室の中へと足を踏み入れると、トレイを両の手で持ち上には二通の手紙が置いてあった。
「ご当主さま、ベナンター準男爵さまと聖王国の大聖女さまからお手紙が届いております」
侍女頭さまが恭しく礼を執り、二通の手紙が載った四角いトレイを差し出してくれる。家宰さまが彼女から受け取ってくれて、私の下へと届けてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ。ご入用の際は遠慮なくお申し付けくださいませ」
家宰さまから私が手紙を受け取れば、侍女頭さんはそそくさと執務室から出て行った。侍女頭さまが雑務を引き受けるのは珍しいので、他の侍女の方は女神さまのお相手を務めているのだろうか。
とりあえず届いた手紙を今確認しても問題ないかとお三方に聞けば、構わないと返事が戻ってくる。家宰さまがペーパーナイフを用いて手紙を開封してくれた。中身は取り出さず、そのまま私に二通の手紙を渡してくれる。
フィーネさまから頂いた手紙からは良い匂いが漂っていた。甘過ぎない香りは丁度良い塩梅の強さである。女性らしい振る舞いは私に似合わないので手紙に香りをつけたりしないが、気を使ってやるべきなのだろうか。
報告書には必要ないし、手紙を出した時に香りを付けていれば『なにが起こったんだ!?』と私からの手紙を受け取った方が挙動不審になっていそうだ。やはり柄ではないなと小さく息を吐き、先にフィーネさまからの手紙に目を通す。
鰻重はロゼさんのお陰で十分温かさを保っており、鰻の焼き加減にタレの量にご飯の量は適切でとても美味しかったと記されている。アリアさまとウルスラさまにも好評で、鰻がこんなに美味しい食べ物だなんてと驚いていたらしい。
私が直接聖王国へと赴かなかったことを残念に捉えている方々がいるそうで、教皇猊下方が落ち込んでいる方たちを嗜めているそうだ。どうやら私が動けば女神さま方も一緒に移動をしていると噂が流れており、フィーネさまの下へ私の使者がきたことで、女神さまと顔合わせできるかもと期待に胸を膨らませていた方がいるようである。
なんだかなあと私が小さく息を吐けば、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまが気遣う表情になっている。フィーネさまの手紙の内容を軽くお三方に告げれば『ああ、そういうことか』と少し呆れていた。西の女神さまが聖王国に赴く日はくるのだろうか。なににしても安易に私が向かうのは控えた方が良さそうだった。
そしてエーリヒさまの手紙にも目を通せば、鰻重が美味しかったことと、聖王国では女神さまに会いたいと願う聖王国上層部の方が日に日に増えていると記されていた。
少し前、お泊り会を開催したのは失敗だっただろうか。女神さまと会ったかとフィーネさまとアリサさまとウルスラさまは聖王国の方々に問われるだろうし、面倒なことになっていなければ良いのだが。
私がエーリヒさまからの手紙の内容を簡単に告げれば、お三方は次に聖王国がなにかやらかせば西の女神さまが直々に向かうのではと唸っている。
確かに聖王国の皆さまにはヴァルトルーデさまからの有難い一言を頂いた方が、真っ当な聖職者になれそうだと考えてしまうのは致し方ないのだろうか。どうかフィーネさまとアリアさまとウルスラさまに、教皇猊下とマトモな聖王国の方々は健やかに過ごせますようにと願うしかない私だった。
◇
二月中旬となった。
ミナーヴァ子爵領に新しく建った領主邸の完成祝いパーティーの招待状を送ろうとなった。開催日はまだ二ヶ月先だけれど招待する方には高貴な方がほとんどなので、先方の予定もあるから早めに知らせておこうと家宰さまの計らいだった。
とはいえ主だった方には新築祝いをすると伝えているから話はスムーズに進むはずだ。数日前に直筆で全ての招待状を書き終えて発送を終えている。招待状を届けた方はいかほど参加してくれるのだろう。夜会の
もう直ぐ日が暮れる少し前、自室にいた私とリンの所に毛玉ちゃんたち三頭が外から戻ってきた。人化にも慣れてきて外でエルとジョセとルカとジアにジャドさんとアシュとアスターにイルとイヴと遊んでいる。
魔獣の大人組の皆さまには遊んでいるというよりも、遊んで頂いているというのが正しいけれど。ルカの背に乗って庭を爆走したり、低空飛行で子爵邸内を一緒に飛んできゃっきゃと喜んでいる姿も見ている。裏庭に出れば唐突に走り出したマンドラゴラもどきを毛玉ちゃんたち三頭が追いかけて、目標に追い付かなくなると人化を解いて狼の姿でマンドラゴラもどきを捕まえていた。
毛玉ちゃんたち三頭がマンドラゴラもどきを奪い合って、葉っぱの部分を椿ちゃんが噛み、根の半分を楓ちゃんが噛み、残った根の半分を桜ちゃんが自慢気に差し出してくれたこともある。
私は生で食べる勇気はなく、エルたちに渡して食べて貰っている。彼らが丈夫な歯でマンドラゴラもどきを噛むたびに上る叫び声は何度聞いても悲惨だ。そんな毛玉ちゃんたちが人化してとことこと歩いている姿は可愛い。三歳児くらいの姿のためか歩様が危なっかしい時もあるけれど、床は絨毯なので倒れても安心である。
部屋の扉から椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんが私とリンの下へと走ってきた。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは床の上で尻尾をバフバフ振りながら、彼女たちを見守っている。クロは毛玉ちゃんたちに手でぎゅっとされることがあるので、ネルと一緒に高い場所へ逃げていた。
『あしょぼー』
『ないー』
『だこー』
私の下に桜ちゃんが両手を上げながら遊ぼうと誘ってくれる。椿ちゃんと楓ちゃんはリンの下に寄って行き両手を伸ばして抱っこをせがんでいた。白銀の長い髪の間から生えている狼耳がピコピコと動いて、毛玉ちゃんたち三頭は私たちの感情を伺っているようだった。
「もう直ぐご飯だから少しだけね」
「外には行けないかな」
私とリンは視線を合わせて苦笑いを浮かべる。最近、毛玉ちゃんたち三頭の中で抱っこがブームとなっているようである。人化した姿で両手を広げながら丸い大きな瞳で見上げられて抱っこを要望されれば、断れる方は少ないのではないだろうか。
毛玉ちゃんたちは私たちにもちろんのこと強請るし、屋敷で働いている方々――暇な方にだけと雪さんたちに伝えて貰っている――にも、ヴァルトルーデさまとジルケさまにも抱っこを強請っている。
「そういえば男の人には抱っこしてって言わないね?」
「あ。良く考えれば。女の人に言っているところしか見たことがないかも」
私が桜ちゃんを抱き、リンが右腕に椿ちゃんを抱き、左腕に椿ちゃんを抱き込んだ。椿ちゃんと桜ちゃんは視線の高さに驚きつつも、きょろきょろと部屋を見回して高いところに逃げているクロとネルに視線を向けた。クロとネルは二頭から視線を逸らして被害を受けないようにと逃げている。竜と毛玉ちゃんたちの勝負なら、竜であるクロとネルが勝ちそうだけれど今は対立するつもりはないようだ。
『殿方にくっつくといろいろと問題が生じますからねえ』
『獣に妙な感情を抱く方もおりましょう』
『女性の方に抱っこをして貰いなさいと伝えておりますので』
雪さんと夜さんと華さんが毛玉ちゃんたち三頭が女性陣にだけ抱っこを強請る理由を教えてくれた。しかしまあ、それで女神さまにも突撃する毛玉ちゃんたち三頭の胆力は凄い。
とはいえヴァルトルーデさまとジルケさまは嫌な顔一つせず、毛玉ちゃんたち三頭を抱き上げている。ヴァルトルーデさまは小さい仔が苦手なはずなのに、毛玉ちゃんたちには問題なく接しているのが不思議だけれど。
「そういうことか。でも助かるよ。人の姿だと……あ、ほらまた着崩れしてるよ」
私が抱き上げている桜ちゃんに視線を向けるとワンピースの間から胸がチラリと見えている。毛玉ちゃんたち三頭が服を着ていると何故か着崩れることが多い。人間の骨格だから、サイズさえ合っているなら着崩れることなんてないはずなのに。これまた不思議なことも起こるものだと、私は桜ちゃんの乱れたワンピースを軽く手で直した。
『あにゃがとー』
桜ちゃんがお礼を言って私の首に両手を回して身体をぴったりくっつける。ピコピコ動いている彼女の耳が私の髪を揺らして、なんだか変な感じだ。ワンピースの背に空いている穴からは彼女のもふもふの尻尾が左右に激しく揺れている。
楽しいのかなと私が笑っていると、椿ちゃんと楓ちゃんが桜ちゃんの真似をしてリンの首に両手を回してぎゅーとくっついているけれど、二人同時に抱き着けばどちらか一方は我慢しなければならない。
椿ちゃんがリンに抱き着く権利を先に得れば、楓ちゃんがぷーと頬を膨らますと同時に尻尾もぶわっと膨らんでいる。怒っている楓ちゃんに気付いた椿ちゃんはリンに回していた腕を緩めて、楓ちゃんに明け渡した。仲が良いなと感心するものの、椿ちゃんと楓ちゃんが次はどちらが先に抱き着くかを言い争っている。でも『りゃめー!』『あたちにゃの!』と微妙に理解し辛い単語を使用していた。
「キチンと喋るのはまだ難しいか。でも可愛いからなあ……きちんと喋っている所もみたいけれど、小さい間だけなんだろうねえ」
「……そうだね。元気一杯だね」
私が毛玉ちゃんたち三頭がちゃんと喋っている所を想像するも、今のたどたどしい言葉使いも可愛いのでそのままでいて欲しい気持ちもあった。とはいえ小さい子供だから成長は早いのだろう。
リンの顔の前で椿ちゃんと楓ちゃんがポカポカと軽い殴り合いを繰り広げていた。本気でないのは見ていれば分かるので、二頭のやりたいようにして貰っている。
桜ちゃんはご機嫌で私の首に腕を回し顔を肩に埋めているのだが凄く静かだ。どうしたのだろうと私は顔を動かしてみるものの、桜ちゃんの顔は見えない。尻尾もたらんと垂れており大丈夫かと心配になってくると、雪さんたちが寝ているだけと教えてくれた。遊び疲れたようだから暫くはこのままで良いかと私はリンに顔を向ける。
「そうだ。エーリヒさまとフィーネさまたちに送った手紙の内容……驚くよねえ」
「驚くね。テラさまがまたくる?」
私の言葉にリンが椿ちゃんと楓ちゃんを抱いたまま顔を右に小さく傾げる。ヴァルトルーデさまとジルケさまには私たちが転生者であることを伝えたが、テラさまには私以外に転生者がいることを言っていない。
銀髪くんと邂逅しているので、もしかすれば彼が転生者と気付いているかもしれないが、記憶を持ったままの転生者がいるなんて知らないはずである。
エーリヒさまはどうしてこの世界は乙女ゲームが舞台の世界に酷似しているのか知りたいようだし、フィーネさまもご家族や友人と再会できる可能性があると知ったのだ。それについてはテラさまに直接問うしかないので、エーリヒさまとフィーネさまに会うかどうか聞き、もし聞きたいならばテラさまと話そうという手紙を送った次第である。
「かもしれない、かな。ジルケさま経由でグイーさまに許可も頂いたから。周期が合う日にヴァルトルーデさまに私の魔力を流し込んで呼び出せば気付いてくれるだろうって。こっちにくるかこないかはテラさま次第みたい」
「ナイは向こうの星に行きたいの?」
私の話を聞いたリンが眉を八の字にして困ったような顔になっている。そんな顔をしなくても良いのにと私が笑っていると、ネルがリンの頭の上に乗って身体を器用に擦り付けた。
肩の上に乗ると椿ちゃんと楓ちゃんからぺちん攻撃をされるために、ネルは頭の上でなにかを主張しているようである。ネルの可愛い行動に感心していると、クロが桜ちゃんの顔が乗っている反対側の方へと乗れば目を細めながらリンとネルのことを見ていた。
「私はフィーネさまほどじゃないよ。誰かに会いたいとかじゃなくて、美味しい食べ物買えないかなって。それに、もし向こうに行くならリンとジークも一緒に行こう。興味があれば、だけれどね」
私に望郷の念は少ない。向こうの世界に残してきたものよりも、今いる世界の方に大事なものが沢山ある。寂しい前世だなと言われるかもしれないが、そう生きてきたのだから仕方ないだろう。
でも後悔している方を見たならば、出来得る限りでなんとかしたいと考えてしまう。力がなくてなにもできなければ諦めているけれど、有難いことに今の私は沢山の方と縁を繋げられて、いろんなことができるようになっているのだから。
全ての人を救いたいと清い心は持っていないが、私の手が届く周りの方たちだけでも幸せでいて欲しい。不幸なんてどこにでも転がっているのだから、全てを救うなんて目標を掲げてしまえば自分が一番に潰れてしまいそうだ。
「うん」
八の字に眉を下げていたリンが綺麗に笑った。どうやら私が向こうの世界に一人で行ってしまうと心配していたようだ。彼女の不安が解消したのなら良かったと笑っていると、寝ぼけているのか桜ちゃんが口を開けて私の首筋を噛んだ。
「痛い……ような、気持ち良いような……?」
私が微妙な声を上げると、桜ちゃんが寝言で『うみゃー』と言っていた。多分、美味しいだと思うのだが、私の肌は美味しいのだろうか。ヴァナルと雪さんたちが立ちあがり私の肩を覗き込んだ。甘噛みしただけで肌に傷は付いていないそうである。リンも私の肩を覗き込んで安堵の息を吐いていた。
「涎が垂れて、ナイの服濡れてるね」
「ご飯の前に着替えかなあ。私は気にしないけれど、侍女の方たちと下働きのみんなが悲鳴を上げそうだから」
リンが私の首筋を覗き込みながら苦笑いを浮かべ、私も着替えのことを考えると苦笑いになってしまった。割と普通の音量で喋っているのだけれど、桜ちゃんは目が覚めそうにない。
野生はどこに行ったのか。それともみんながいるから寝ていても安心だと判断しているのか。どちらかは分からないけれど、小さい仔がすやすやと寝息を立てて規則正しく胸が上下している姿を見るのは良い物である。
『サクラはぐっすり寝てるねえ』
クロが目を細めながら、悪戯されない今なら大丈夫と桜ちゃんの顔の近くに移動して顔を擦り付けた。
『きっと強くなる』
ヴァナルがふんと息を吐き、雪さんと夜さんと華さんもドヤと顔を私とリンに向けた。
『寝る仔は育つと言いますからねえ』
『もちろん、椿と楓も強くなります』
『ナイさんの側にいますもの』
確かに寝る仔は育つというし、毛玉ちゃんたち三頭の中で一番元気な桜ちゃんの将来はどうなるのだろうか。もちろん椿ちゃんと楓ちゃんもだし松風と早風もである。ユーリの将来も気になるけれど、彼らやジャドさんの仔たちにポポカさんに、お猫さまの仔たちもどんな大人になっていくのか。私は陽の沈む空をリンたちと一緒に窓から見上げるのだった。