魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
何故かバーベキューの力仕事は男性の仕事となっていた。今回はグイーさまも加わって、エーリヒさまが説明しつつ男性陣を取り仕切っている。偶に『待ってください!』とエーリヒさまの声が聞こえて、そちらに視線を向けるとグイーさまに語り掛ける彼の姿を視界に捉えた。
グイーさまが道具を力任せに使うから、壊れてしまうとエーリヒさまが声を掛けたようである。ジークは彼の隣でグイーさまに道具の使い方を説明していた。少し腰を曲げて二人の説明を聞いているグイーさまは情けない顔をしているものの、みんなでワイワイするという行為が滅多にないそうで楽しそうだった。二メートル超えの男性の方が小さくなっている姿はちょっと可愛い。そういう所もテラさまがグイーさまを好きになった要因なのかもしれないと前を向く。
ちなみに副団長さまと猫背さんは力仕事は魔術師に向かないと言い切って護衛に徹している。護衛も仕事のうちだから構わないけれど、時折きょろきょろと周りを見回しており二度目の神さまの島を目に焼き付けているようだった。
私たち女性陣、というかフィーネさまと私の前には大量の野菜とお肉のブロックが用意されている。リンは私の後ろで見守る気満々で手伝うという選択は一ミリもなさそうだ。
ソフィーアさまとセレスティアさまもいらっしゃるけれど、婚姻前の大事な身なので怪我なんてさせられない。そんなことを考えていると前世で包丁を扱った経験のあるフィーネさまと私が野菜やお肉を用意する係となったのである。
まあ良いか、とドワーフさんの職人さんが鍛えてくれた包丁を握る。まな板の上にはピーマンが転がっており、半分に切って中の種を取り出し水で洗い流した。
他にもジャガイモさんにさつまいもさん、キャベツさんにシイタケさんに他にもいろいろな野菜が並んでいる。お肉は贅沢に牛肉を用意しているし、陛下と公爵さまと辺境伯さまからグイーさまにとワインを預かっていた。
ワインをお三方からですとグイーさまに渡すと彼は凄くご機嫌になっていたが、贈ろうとしていたワインの本数はジルケさまの指示により減っていた。世の中、神さまでさえ知らない方が幸せなこともあるのだなとちょっと世知辛さを覚えつつも、飲み過ぎは良くないと彼女の指示に従った訳である。
フィーネさまと大量のお野菜を捌いていると、苦笑いを浮かべたテラさまがこちらへとやってくる。彼女の後ろには四女神さまが揃っており、久方ぶりの再会に花を咲かせていたようだ。
「いやあ、ごめん、ごめん。ちょっとオタクの性が暴走しちゃったっていうか、貴族社会って確か男性に抱き着くのは駄目でしょ? だからフィーネなら良いかなって」
再度ごめんねえと謝るテラさまにフィーネさまが吃驚したけれど大丈夫ですと伝えている。確かに既婚女性が男性に抱き着いたとなれば大問題だけれど、女神さまなのだから許されそうな気がする。でも、他の方が凄い嫉妬に駆られそうだ。特に信仰心の強い方から。なんて考えていると、私は思い至ったことがありそのまま口に出していた。
「それならソフィーアさまとセレスティアさまでも良かったのでは?」
「拒否はしないでしょうけれど、凄く止めて欲しいっていうサインを醸し出しそうじゃない。だからフィーネだったのよ。ナイも小さくて抱き心地良さそうだけれど『止めて欲しい』ってはっきり言いそうだし」
私の疑問にふむと声を漏らしたテラさまが答えてくれた。テラさまの声を聞いたソフィーアさまとセレスティアさまが微妙な表情になっているのだが、確かにお二人を抱き留めれば拒否はしないだろうけれど、止めろという雰囲気ははっきりと醸し出しそうである。
私も止めてくださいと言っちゃうだろうし、テラさまは会って間もない人物の性格を判断しているようだった。というかご自身の娘さんはどうなのかと、私はもう一度口を開く。
「なら、ジルケさま、南の女神さまも候補に入るのでは」
「ほら、あの顔でしょ。抱きつける訳ないじゃん! 超怖い!」
テラさまが私の背に回ってジルケさまの厳しい視線を回避しようとしているが、隠れていないので無駄である。話題に上ったジルケさまは凄く嫌そうな顔になっていた。自身のお母さまなのに抱き留められるのは嫌なのだろうか。反抗期を迎えた男の子なら分かるけれども、ジルケさまは女の人だし反抗期は過ぎていそうなのに。
「失礼だなあ、母上殿。抵抗はしないぞ」
「可愛げが全くないんだから。もう!」
ジルケさまが呆れつつ声をだし、テラさまが私の後ろでプリプリしている。そんな二柱さまの様子を見たヴァルトルーデさまが真顔で両手を広げていた。
「母さん」
そしてテラさまを呼んでいるのでハグして欲しいようだ。テラさまはヴァルトルーデさまの気持ちに答えようと場所を移動して彼女の下へと行き、ひしとヴァルトルーデさまを抱きしめる。
「んー……抱き心地イマイチ」
暫く自身の両手に抱いた感想をテラさまがぼそりと零す。背格好が同じだし、ぎゅっと抱きしめたいならばテラさまの感想には納得できる。でもイマイチと言われてしまったご本神さまは微妙な心境に陥っているようだった。
「…………」
ぷえっとなんとも言えない顔をしているヴァルトルーデさまが私の方に視線を向けて助けを求めていた。助けを求められても私にできることはないのに、どうして私を見るのやら。ジルケさまと北と東の女神さまは面白おかしい表情で、テラさまとヴァルトルーデさまのやり取りを見守っており、落ち込んでいる彼女を慰める方は誰もいない。
「え、ちょっと待って。なんでそんな顔になるの? 貴女、そんな性格じゃなかったでしょうに!」
「ナイ、母さんが酷い」
テラさまが苦笑いを浮かべながら以前のヴァルトルーデさまがどんな方だったのかを叫んだ。そしてご本神さまは私の後ろに回り込んで両肩に手を置き、親子喧嘩――というほどでもないけれど――に巻き込んだ。
『ボクみたいに、小さくなるとか?』
クロが返答に困る私に代わってヴァルトルーデさまに答えてくれる。
「うーん……できなくはないけれど、今の姿が私の形だから」
どうやらヴァルトルーデさまは背格好を変えられないらしい。そういえばジルケさまも南大陸の方に背を揶揄されても、身長を伸ばすということをしていない。女神さまならばできそうだけれど、無理がたたれば大変なことになりそうだ。
『無理しない方が良いね。じゃあヴァルトルーデがテラさまを抱けば良いんじゃない?』
「クロ。名案」
クロが気軽に案を出し、ヴァルトルーデさまがなるほどと少し顔を綻ばせてテラさまの下へと戻って行く。話を聞いていたテラさまは仕方ないと両手を先程のヴァルトルーデさまのように伸ばしていた。
そうして今度はヴァルトルーデさまがひしとテラさまを抱き留める。残っている三女神さまは呆れた様子でなにをやっているのやらと苦笑いを浮かべていた。
「……抱き心地、そんなに良くない気がする」
「ちょっとぉ! 私を抱いておきながら、その台詞はないんじゃない?」
むーと唸っているヴァルトルーデさまにテラさまが抗議の声を上げた。
「母さんも私と同じこと言った」
「ぐう……言い返せないわ」
表情が乏しいままヴァルトルーデさまがテラさまに反撃をして成功しているのだった。仲良いなあと二柱さまを見ているとリンがこっそり私の服の袖を掴んでいる。
どうしたのだろうと私が彼女の顔を見上げれば、ゆっくりと顔を横に振っていた。でも彼女が握っている私の服から手が離れない。良く分からないので私もリンの服を握り返せば、彼女はへらりと笑う。
二柱さまが楽しそうにじゃれ合っている姿を見て、リンは思う所があったのかもしれない。幼い頃、母親がいないとリンは寝床で泣いていたことがあった。そんな時は私が彼女を抱きしめて一緒に寝ていたなと妙に懐かしく感じる。今でも彼女と一緒のベッドで寝ることがあるけれど今は公の場だ。リンなりに気を使って、自分の気持ちを表現したのだろう。
リンと屋敷に戻ったら一緒に寝ようかと約束を交わし、お野菜さんとお肉の準備を再開する。男性陣も用意が整ってきているようなので、急いだ方が良いだろう。
ドワーフさんが造った包丁の切れ味は抜群なので、力が必要ないのが有難い。素人でもお肉が綺麗に斬れるし、お野菜さんの切った断面も引っ付きそうだ。久方ぶりに包丁を扱うことが楽しくて、次々とお野菜さんとお肉を仕込んでいく。もう直ぐ全ての材料を切り終える頃にエーリヒさまとジークが顔を出した。
「ナイさま、フィーネさま。こちらの準備は整いました。力自慢の方が多くて早く終わりましたよ」
彼らと少し離れた場所、要するにバーベキューの炭火台の所でグイーさまが早くこいと私たちを呼んでいるようだ。エーリヒさまは行きましょうと女性陣を誘ってくれ、ジークは用意している材料に視線を向けていた。
「材料を運ぼう」
ジークがそう言って大皿をひょいひょいと何枚も長い腕に載せる。大都会のお洒落なカフェの店員さんの格好をすれば、女性客から凄く人気がでそうだなと明後日のことを考える。
私もお皿を一つ持って落とさないようにと足下に気を付けながら、男性陣の下へと歩く。フィーネさまとソフィーアさまとセレスティアさまもお皿を持ってくれているし、リンもひょいと数枚抱えて歩いていた。
そうして神さまの島にてバーベキューアゲインが始まる。今回は豪快な厚切りのお肉も用意しているし、薄切りのお肉もある。タレの種類も甘タレにゴマダレに檸檬汁やらを用意した。
塩胡椒も用意しているし、岩塩もあるのであっさりとしたものが食べたい方は塩味で楽しむのが良いだろう。お野菜さんも新鮮な物を用意しているのだが、どうしてまたマンドラゴラもどきがロゼさんが持ってきてくれたお野菜さんの中に交じっているのか。
「ナイ、皆。食材の用意をありがとう! 難しい話は今は忘れて楽しんでくれ。護衛の者たちも交代で仕事に支障の出ない程度に飲み食いせよ! ――乾杯!」
今回はグイーさまの音頭で始まった。護衛の方も一緒にグラスを掲げて乾杯に参加して『乾杯』の声を上げていた。私たちもジュースが入ったグラスを持って『乾杯』と声を上げる。
護衛の方たちも暇を見ながら交代で飲み食いできるようにとお願いしておいた。場を離れるつもりはないし、グイーさま方の下にいるならば妙な方は現れない。現れたら凄く変わり者とか、野蛮な方とかだろうし、直ぐに対処されそうである。
焼き奉行さまはエーリヒさまが務め、彼の横でジークが補佐を務めるようだ。彼らも仲が良いなあと目を細めていると、イケメンは目の保養になるとテラさまも目を細めている。
副団長さまの方にもテラさまは視線を向けているので、エネルギーチャージをしているようだった。本当に乙女ゲームが好きなようなので、マルクスさまと緑髪くんやギド殿下とカルヴァインさまに会えばテラさまはどんな反応を見せてくれるのだろうか。
私はきゅむきゅむとワインの栓を道具を使って開けてみる。公爵さまからレクチャーを受けたのだけれども割と力が必要だった。ぐぬぬと力を込めていると私の背後でリンが心配そうな気配を醸し出している。
私が諦めていないので手を出すつもりはなく、根を上げるまで待っているつもりのようだ。暫くワインの栓と格闘していれば『ぽん!』と音も立てないまま、コルク栓が抜ける。音を期待していたのに少し残念だけれど、ようやく開けることができて満足だ。私は軽く息を吐き、ワインの瓶の底に布を当てて持ち上げる。そうしてご機嫌でお酒を飲んでいるグイーさまの下へと進んだ。
「グイーさま。ハイゼンベルグ公爵閣下から頂いたワインです。新酒でまだ若いですが是非ご賞味をと言伝を預かっております」
「おお、すまんな!」
私がグイーさまに声を掛けるとグラスに入っていたワインを飲み干した。新しいグラスをと私が周りを見渡せば、グイーさまが必要ないと仰って彼の手にあったグラスが綺麗な物に変わる。
およ、と少しばかり私が目を見開けば、悪戯が成功した子供の様にグイーさまがにっと笑った。入れて欲しいと言わんばかりに私の真ん前にグラスが差し出されているのだが、グイーさまが凄く腰を曲げているのでテラさまが私たちを見て笑っている。先ずはお酌をと私は差し出されたグラスにワインを注ぎ入れる。一応、公爵さまからワインの注ぎ方も教えて頂いているので間違えたことはしていないはず。
グラスにワインを注ぎ終われば、グイーさまが一気に飲み干した。確かワインは口の中で転がして味を楽しむものだけれど、飲み方はそれぞれの好みがあるだろう。美味いーと笑っているグイーさまに私は気に入ってくださったならなによりですと伝える。
「ワインも良いですが、エールを用意しても良かったかもしれませんね」
個人的にバーベキューにはビールのイメージの方が強いので、エールを勧めたい所だけれど生憎と用意していなかった。グイーさまが飲んでくれるのか分からなかったし、持ってこなかったのである。
テラさまが私もワインを飲みたいと私の下へとやってきたので、用意していたグラスを渡してワインを注ぎ込む。
「あ。ビールのことよね?」
「はい。こちらの世界だとエールと呼ぶ方が馴染み深いので」
「ビールなら、またこっちにくる時に持ってくるわね。私はアルコールを嗜む程度だから気が回らなかったなあ。ナイは偉い!」
にかっと笑ったテラさまが私の頭に手を乗せてぐりぐり掻きまわす。グラングランと揺れる身体から逃れるため、クロが私の肩から飛び立ちリンの肩に乗り移る。逃げたなと目を細めてクロに抗議するものの『酔うと大変だからねえ』と返されたしまった。私とクロとのやり取りを見たテラさまが面白そうに笑って、頭から手を離してくれる。
「持たせてくれたのは、私の後ろ盾の皆さまですから――美味しいお肉が……!」
くしゃくしゃになった私の髪をリンが手櫛で直してくれていると、他のみんなはお肉に群がっていた。私は急いで炭火台の下に駆け寄り、エーリヒさまから焼けたお肉を頂く。もちろんお肉ばかりではなく美味しいお野菜さんも載せて貰った。
タレは甘口を選んでお皿の中に注ぎ込む。一口、二口とお肉とお野菜さんを頬張ってリンも食べると聞いてみた。彼女は背を屈めて顔を近づけてきたので、私はお箸を使ってお肉を彼女の口に放り込む。
リンは何度も咀嚼してお肉を呑み込めば『美味しい』と短く一言呟いて、へにゃりと笑った。リンの肩の上からクロが私の肩に戻れば、タレのついていないお野菜さんを食べたいと願い出た。
果物以外に珍しいのだが、みんなが美味しそうに食べているので一緒に食べたかったようである。またエーリヒさまとジークの下へと向かい、今度はクロのためにお野菜さんを頂いた。
クロは焼けたばかりで熱いはずのお野菜さんを物ともせず食べ『美味しいねえ』と零している。何度も炭火台とタレを置いているテーブルを往復しながら、フィーネさまや女神さま方とバーベキューを楽しむ。
ヴァルトルーデさまも神さまの島でバーベキューに初参加となるので結構楽しそうだった。沢山食材を持ち込んで良かったとお肉とお野菜さんを満足いくまでお腹の中に納めていると、テラさまとグイーさまが苦笑いを浮かべて私を見ていた。
「ナイは食い気が凄いわねえ」
「ナイだからなあ。まあ、微笑ましいわい」
なにやら夫婦で会話をしているようだけれど、話が途切れた瞬間に二柱さまは食べている私を見たようだ。確かに食い気は人一倍あると認識しているのでなにも言い返せない。くつくつ笑っている二柱さまに少々食べ過ぎたかと反省しつつ、まだ物足りないので追加のお肉とお野菜さんを頂くのだった。
◇
神さまの島への滞在予定は日帰りである。女神さま方の転移でアルバトロス王国に戻って、フィーネさまとエーリヒさまは王城の転移陣を使い聖王国へと戻る予定となっている。
今いる世界が乙女ゲームの舞台となった理由を知ることができたけれど、神さまが組み込んだことなので詳しく理解するには至れなかった。北の勇者さまと共和国の勘違いくんがテラさまの意思で転生していないとのことなので、他の神さまの介入があったのかもと別の問題が浮上している。
ということはテラさまとグイーさまと四女神さまが知らないうちに、どこかに転移者がいるのではなかろうか。騒ぎを起こす――人のことは言えない――妙な人物であれば、情報として知っておいた方が良いけれど、慎ましく今の世界で生きているならば邪魔しては駄目だろうし、私たちがコンタクトを取って混乱させるのは申し訳ない。後手に回ってしまうけれど、大陸の動向を注視するしかないのだろうか。有難いことに大陸を司る女神さまとは話をすることができるのだし。
バーべーキューをしながらその辺りのこともグイーさまとテラさまと四女神さまに伝えておいた。彼らは確かに人間や自然の営みに迷惑をかける者を良しとしていないようで、妙な人物がいれば気を付けておくとのこと。
有難いと感謝しているとグイーさまからお酒と食べ物をと要望されてしまった。危険が回避できるならば有難いことだし安い物だろうと、承知しましたと私は頭を下げておいたけれど。
フィーネさまはテラさまに、残してきたご家族とご友人のことを調べて貰うことになって少し安心できたようだ。バーベキューも普通に美味しいと食べていたので思い詰めて引き籠もる、なんてことはないだろう。
副団長さまと猫背さんは神さまの島の滞在がもう直ぐ終わってしまうことに残念そうにしているけれど、面白そうなものがあれば直ぐにそちらに興味が移っていた。本当に欲望に忠実な方たちであるが、いろいろとお世話になっているので無下にはできない。そろそろ帰りましょうと私が声をあげると、二人はしょぼんとした顔になってグイーさまが苦笑いをしていた。
「またくれば良いではないか。というか儂、島から出られないのが悔やまれるのう。意識は移動できるんだが身体は島から出られぬし……分身は神力や魔素の関係で短い時間しか現界できぬし……」
グイーさまの声に副団長さまと猫背さんがキラキラした顔になった。現金だなあと言いたくなるけれど、彼らは魔術師なので仕方ない。グイーさまは島から出られない身を嘆いており、四女神さまは諦めてくださいなと言いたげである。そんな中でグイーさまに語り掛けたのはテラさまである。
「別に人間を模していなくても良いんじゃないの? 鳥とか猫とかの身体を借りれば、念話で話すことは可能でしょう?」
テラさまがグイーさまの隣で肩を竦めながら、そんなことを悩んでいるのかと少し呆れている。確かにぬいぐるみよりも鳥とか猫とかの方に意識を移せば、動けるだろうし自由度は高そうだ。
「そうだがなあ。娘たちがナイと過ごしているのが羨ましいんだが……こう、儂の身体じゃないと思うと少し寂しい気が……」
グイーさまはどうにも直接地上に現界したいようである。でも神さまの島から出られないという縛りがあるのだから無理ではなかろうか。世界を築いた神さまだからルールの変更は簡単そうだけれど、できないということは難しいのだろうし。
なにか良い方法がないだろうか。私が魔力を放出してグイーさまの分身を教会に作り出すことができたが、姿を現せていた時間は短かった。余り満たし過ぎると周囲の環境変化が怖かったから加減をしていたので、なんの遠慮もなく放出すればどうなるのかは気になる。半日でも良いから地上で過ごすことができれば、グイーさまも楽しむことができそうだけれど……難しそうだった。テラさまは情けない顔で肩を落としているグイーさまを見て苦笑いをしている。
「女々しいわねえ。あ、そうだ。ナイ、エーリヒ。ちょっと良いかしら?」
彼女はグイーさまの心にぐさりと刺さる言葉のナイフを投げると、彼は『えー……』とまた情けない顔をしていた。テラさまはグイーさまを放置してエーリヒさまと私の名を呼ぶのだが、一体どうしたのだろうか。とりあえず無言は良くないと口を開く。
「はい?」
「は、はい!」
テラさまは返事をしたエーリヒさまと私の肩を抱き、クロは残っていて欲しいと言われて私の肩から飛んで行く。そうしてエーリヒさまと私はみんなの輪から少し離れた。なんだか重い雰囲気が佇んでいるような気がして、エーリヒさまの顔を見ると青い表情に変わっている。
彼は大丈夫だろうかと心配しつつ、みんなから十メートルほど離れたところでテラさまは立ち止まり私たちの肩を抱いたまま顔を近づけた。
「北の舞台がアレなことについては黙っておきなさいな。他にも知っている者がいるでしょう? 私の名前を使って良いから口止めしておいて。グイーたちに喋ったらどうなるか……分かるよね」
テラさまが言い終えると肩と足が凄く重くなる。これ、脅されていると分かり、エーリヒさまも私も無言でうんうんと頷いた。私たちがテラさまの提案を飲んだためなのか、肩と足が重さから解放される。ふうと息を吐けば、テラさまは近づけていた顔を離してにっと笑顔になるのだった。
「悪いけれど、乙女ゲ―が舞台って知っている君たちの記憶覗いちゃった。もちろんプライベートなところは見ないようにしているからね! コンプライアンス……いや、違うか。配慮は大事!」
こうして教えてくれるだけでも有難いのだろう。黙っていることも可能だっただろうし、神さまならば私たちの記憶を弄ることは容易いことのはず。一応、覗いて欲しくない所は見ていないようだし、深く気にすると更に気になってしまうから考えるのは止めておこう。
乙女ゲームメーカの親会社はエロゲメーカーらしいから、テラさまは念のために確認したようである。女性陣だけならば気にしなかったかもしれないが、エーリヒさまがプレイしているかもと懸念していたそうだ。悪い悪いと言いながら、テラさまはにっと笑っている。
「百合ゲーもBLゲーも面白いけれど発売本数が少ないのよねえ。乙女ゲーもだし……アレは全盛期は過ぎてもう廃れたっていうけれど生き残っているメーカーがあるし、割とニッチなシナリオを出してくれるメーカーがあるから面白いのよ。あ、もちろん吟味しているわよ?」
ふふふと笑うテラさまだが、今の発言でエロゲにも詳しいとバレている。エーリヒさま曰くエロゲもエロだけでなく、泣きゲー、鬱ゲー、馬鹿ゲーなどとジャンルが分かれるそうである。もちろんエロゲーなのでエロに特化した作品もあるとのこと。テラさまはシナリオ重視派のようなので、特化した作品には手をあまりつけないと言いたいようである。
「さ、戻りましょ。長く話していると怪しまれるわ」
テラさまが私たちの肩を抱いたまま、くるりと身体をみんながいる方へと回す。エーリヒさまの顔が若干赤いのはテラさまの胸が当たっているからだろうか。ちなみに私は頭の上で極上の柔らかさを感じ取っている。
元の場所へ戻れば、みんなが不思議そうな顔をしてテラさまとエーリヒさまと私を見ている。ノシノシとグイーさまが数歩歩いて、私たちの前で腕を組んだ。
「三人でなにを話していたんだ?」
「んふふ。秘密ー」
グイーさまはテラさまがにこりと笑ったことに気圧されているようだった。それ以上聞いてはならないと察したようで、片手を後ろに回して頭をボリボリ掻いている。そんな彼にテラさまは微笑みを浮かべれば、顔を真っ赤にグイーさまは染めるのだった。
そうしてテラさまは今度はフィーネさまの下へと歩いて行く。フィーネさまはテラさまが側に寄ると全く考えていなかったようで、目を丸く見開いて驚きながら背を伸ばしていた。
「フィーネ。申し訳ないけれど暫く時間を貰うわね。戻って君のご家族のことをちゃんと調べるから」
「いえ、ありがとうございます! そして我が儘を申して申し訳ございません。よろしくお願い致します!」
「ん。女の子は笑顔が一番!」
頭を下げたフィーネさまは姿勢を元に戻してテラさまを見上げている。テラさまは綺麗に笑っているフィーネさまを見て両手を腰に当てて、にかっと笑っていた。彼女の心残りが解決しそうで良かったと安堵していると、グイーさまがエーリヒさまと私の隣に立って見下ろしている。
「儂はナイたちの他に転生者がいないか調べておくかの。多分、分かるだろ。多分」
グイーさま、最後の台詞は言わなくても良いのではと私は目を細め、エーリヒさまは乾いた笑いを漏らしていた。でもなにか分かるならば有難いし、妙な人がいるならば先に危険の芽を摘めることになるはず。
四女神さまも大丈夫なのか心配しているのだが、もしかしてグイーさまが探すのではなく四女神さまが探すのだろうか。そう考えると彼女たちの表情はグイーさまに対する心配ではなく、面倒な仕事を振るなと言いたい顔に見えてくる。
「迷惑を掛ける奴がいたら教えてね、グイー。元地球出身者だったら責任を持って預かるし」
テラさまがグイーさまに軽く声を掛け妙な魂は送ったつもりはないのになあとぼやいていた。今回、テラさまと話したことで転生者関連に心配は必要なくなるだろうか。
とはいえテラさまが地球で気になる魂を見つければ、グイーさまの世界に送ることは止めないようである。逆にこちらの世界で気になる魂を見つけたら、地球に送るかもという約束をテラさまと四女神さまが結んでいた。
文明の発展度合に驚きそうだけれど、地球は広くて文化レベルもかなり異なる地域があるから一様には言えないか。異世界転移だと元の世界に対しての未練が凄くありそうだけれど、異世界転生ならば元の世界への未練は薄いはず。フィーネさまのように大切な人が自身の死に囚われていないかと気になるけれど、結局……ご家族も自分自身も心を切り替えて前を向いて生きていくしかないのだから。
「じゃあ戻ろうか」
「はい。よろしくお願いします」
話が纏まればヴァルトルーデさまが私に声を掛けた。流石は西の女神さまである。結構な人数とクロたちがいても平気な顔をして長距離転移を行えるのだから。南の女神さまであるジルケさまも転移をできるけれど、中継地点が欲しいと言っていた。そのジルケさまが私の方へと寄ってきて口を開く。
「あたしはナイの家の飯が恋しくなったら、また行くなー」
「じゃあ、わたくしたちもおチビちゃんと一緒に行きましょう」
「そうですわね。ナイの家のお料理は美味しいですもの」
ジルケさまのあとに北と東の女神さまが軽い調子で凄いことを言い放った。でも断ることもできないし、なんだかんだで四女神さまが揃ってあーだこーだと言っている姿を見るのは面白い。
お屋敷の皆さまは凄く大慌てになるけれど、そのうち慣れてくれるはず。ヴァルトルーデさまとジルケさまが子爵邸に滞在していることは通常運転となっており、お世話係の増員を家宰さまにお願いしている所だ。また四女神さまが揃う日がくるのが決定だなと私が苦笑いを零していると、ヴァルトルーデさまが妙な気配を発していた。
「……むぅ」
仕舞には唸っているけれど大丈夫だろうか。私が彼女の顔を見上げると、なんでもないと首を振られてしまう。一体なんだったのかと首を傾げると、グイーさまとテラさまは小さく笑いながらこちらを見ている。
「帰ろう、ナイ」
「あ、はい。帰りましょう」
ヴァルトルーデさまが先程と同じことを言ったけれど意味が違うような気がするし、テラさまは彼女の声を聞いて『ぶっ!』と吹き出していた。私は私でつい帰ろうと言ってしまったのだが、あれ?
ヴァルトルーデさまの家は目の前にあるのに『帰ろう』というのはおかしいような。もしかして以前『暫く世話になる』と言ったヴァルトルーデさまの言葉は随分と長い期間を差しているのではなかろうか。あれ、おかしいなと悩んでいるとヴァルトルーデさまの神力に覆われて、一瞬で子爵邸の庭の端っこに戻っているのだった。