魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――共和国の研修生の卒業式が始まった。
問題を起こした方以外は無事に卒業することができているので良かったと私は安堵している。とはいえ、魔力が備わり身体の外へと放出することができたとしても、才能やセンスに左右されて治癒魔術を使えない方もいた。
アルバトロス王国や西大陸に住まう方であれば治癒師ではなく魔術師の道を進めば良いけれど、共和国では魔術の存在は眉唾物として扱われている。攻撃魔術を覚えて欲しい所だけれど、そうなると危険人物と化す場合もあれば、危険人物と周りから認識されて不自由な生活を送ることだってある。そんな方には薬師になれるようにと教会の方が道を用意してくれている。別授業となり人員の手配やら大変だっただろうに、きちんと薬師の卵を輩出してくれているのだから凄いことだ。
共和国の研修生も一年間、母国を離れ異国の地で慣れない生活を送らなければならなかった。音を上げた人がいなかったし、本当に凄い方たちである。
私は今、教会の聖堂にある信徒席で祭壇に立つ第二王子殿下――元第三王子殿下――の祝辞を聞いている。彼は陛下の名代として参加し、陛下からの祝いの言葉を読み上げている最中だ。あまり関わることはないけれど、初めて顔を合わせた三年前より凄く背が高くなっているし、顔も男性らしさが滲み出ていた。
第一王子殿下が無事に王太子の位に就いたことや情勢を鑑みて、長らく空位だった第二王子殿下のご婚約者さまが決まったそうである。私はまだ存じ上げないけれど、アルバトロス王国内の高位貴族出身のご令嬢さまだそうだ。
本当に時間が経つのが早いと感心していれば、次は共和国研修生の代表としてプリエールさんが祭壇前に上がり、信徒席にいる皆さまに礼を執った。
「――今日、この良き日に治癒師として、薬師として、無事に卒業することになりました」
彼女のその言葉で始まった答辞の声は、アルバトロス王国と教会の皆さまへのお礼が多分に含まれている。原稿を見ずに確りと前を向いて語る彼女の声は自信に満ち溢れている。
治癒師として優秀だと太鼓判を押された彼女が共和国に戻れば、治癒師として共和国全土に名が響き渡ることだろう。他の方も腕の良い方がいるそうだし、薬師の卵として技術と知識と経験を積めば成長すると言われている方もいるそうだ。
本当に良かったと安堵していると、私の横に腰を下ろしていたアリアさまが涙を流しながらハンカチで目元を拭っている。ロザリンデさまは涙を流すまでには至っていないけれど、目を赤く腫らして熱いものが流れないようにと耐えていた。
教会関係者の席にいる神父さまも泣いているし、そんな彼をシスター・ジルとシスター・リズが苦笑いを浮かべながら大丈夫かと気にしている。共和国からやってきている外交官の方と研修生を監督していた方も涙を堪えているようだった。
お二人は聖女として講師として共和国の皆さまとずっと関わっていた。私も一緒に行きたかったけれど、いろいろと予定があって最後の方には顔を出さなくなっている。
教会へと顔を出す頻度が下がってしまったことには共和国の皆さまに謝らなければならないだろうか。私が切っ掛けで始まった交流だし、もう少し教会に足を向けても良かった気がする。私がここで悩んでも仕方ないし、次年度の参加者もいるそうだ。悔やむなら、今年度の後悔は次年度で晴らそう。プリエールさんの卒業は寂しいけれど、また新たな出会いがあるのだから。
ヴァルトルーデさまとジルケさまは会場にいないけれど、信徒席後ろの大きな柱の陰からこちらを眺めているそうである。見つからなければ良いけれどと心配しているが、今のところ誰も騒いでいないので大丈夫なのだろう。
二柱さまが見ていると知っている教会関係者の方の中には鯱張って、緊張している人もいる。カルヴァインさまが顕著だけれど、今から行われる卒業証授与は大丈夫かと不安になってくる。
プリエールさんの挨拶が終われば、彼女は一度信徒席に戻って行く。入れ替わりでカルヴァインさまが祭壇に立ち隣にはシスター・ジルとシスター・リズが補佐役で一緒である。
卒業証書はなく、卒業の証としてアルバトロス王国の治癒師の紋章が入った指輪を贈り、薬師の方にも薬師の紋章が入った指輪を贈るそうだ。高価な物ではなく、首から下げられるようにと革紐も一緒に付けられているとか。
緊張しているカルヴァインさまから共和国の研修生が卒業証を受け取り、また信徒席へと戻って行く。そうして卒業式を無事に終えれば自由時間となり、プリエールさんたち卒業生がアリアさまとロザリンデさまと私の下へとやってくる。
彼女たちは皆笑顔を浮かべながらも少し目が赤い。そんな共和国の研修生を見たアリアさまは更に涙を流して、ロザリンデさまに心配されている。
「アストライアー侯爵閣下、この度はいろいろとお世話になりました。無事に治癒師と薬師として卒業することができたのは閣下のお陰です。ありがとうございました!!」
プリエールさんが頭を下げると、共和国の研修生の皆さまも深く頭を下げた。アリアさまとロザリンデさまへの挨拶はあとになるのだろう。立場的に私が一番最初にならないと失礼にあたる。
彼女たちは慣れないアルバトロス王国での一年間で、こちらの貴族のルールをある程度把握したようである。
「いえ。アルバトロス王国と共和国の絆が強固になったのは、研修生の皆さまが異国の地で弛まぬ努力をしたからです。私は切っ掛けを作っただけなのでお気になさらず。皆さま、卒業おめでとうございます。これからのご活躍、アルバトロス王国で祈っております」
私はアルバトロス王国と共和国を繋いだだけである。飛竜便の手配を済ませて、あとは任せますと、ほとんど放置していたようなものだ。本当は私からもプリエールさんたち卒業生に記念品を贈りたかったのだが、止めておけとソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまから告げられている。
私の贈り物は高価な品が多く彼女たちに渡しても保管に困る。その上、黒髪黒目から頂いた品と知れば強奪する者が出てくるかもしれない、と。確かに東大陸での黒髪黒目の扱いは異常なので、お三方の言い分も理解できる。
とはいえ、なんだか寂しいため日持ちするお菓子を用意しておいた。消えものだし、飛竜便での移動の際にみんなで食べてくださいと渡すつもりである。
「本当に、本当にありがとうございます!」
プリエールさんたちが私に何度も頭を下げてからアリアさまとロザリンデさまの下へと行く。
「聖女アリアさま、聖女ロザリンデさま。本当にお世話になりました。講義で分からない所を丁寧に教えてくださり感謝しています!」
またプリエールさんが代表してアリアさまとロザリンデさまに頭を下げていた。最初の頃は共和国内で富める方たちが研修生を率いていたけれど、今ではプリエールさんがトップを務めているようだ。
おそらく成績優秀な彼女になにも言えなくなったのだろう。それでも富める方たちも異国の地で頑張って卒業を勝ち取っている。今はただお祝いするだけだと、アリアさまとロザリンデさまと研修生の輪を私は眺めることに努めた。
「いえ! 無事に卒業できたのは皆さんの努力ですよ! 私は教会で習ったことを皆さんに伝えただけですから!」
「本当に卒業おめでとうございます。慣れぬ講師役で、いろいろと足りぬ部分があったでしょうけれど、皆さんが優秀なので助かりましたわ」
アリアさまとロザリンデさまも言葉を紡ぐ。暫く皆さまが言葉を交わしていると、感極まったようで研修生の皆さまが涙を流し始めた。そんな彼女たちをアリアさまは抱きしめながら一人一人に言葉を掛けている。本当に彼女はコミュ力が高いなと感心していると、ロザリンデさまも他の方の肩に手を置いて慰めていた。
この場は任せて大丈夫そうだ。私は共和国の外交官さまの所に行こうと、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまに顔を向ける。そうして教会の隅っこで言葉を交わしている外交官の方と第二王子殿下とアルバトロス王国上層部の方を見つけることができた。
流石にお仕事中の彼らの話に割って入るわけにはいかないと、少し待っていれば第二王子殿下がこちらに気付く。彼が私へ頭を下げると、共和国の外交官さまとアルバトロス上層部の外交官さまもこちらに気付いて頭を下げる。
共和国の外交官の方がなにやら第二王子殿下とアルバトロス王国の外交官さまに一言二言告げ、私の下へとやってくる。彼らから遅れて第二王子殿下とアルバトロス王国の外交官さまもやってきた。エーリヒさまは聖王国だから少し残念であるが、お仕事だから致し方ないのだろう。
「アストライアー侯爵閣下、多大な迷惑を掛けながら、我が国の現状を憂いて下さり感謝いたします」
「いえ。私はアルバトロス王国の皆さまへ進言したのみ。実現させたのはアルバトロス王国の陛下を始めとした方々なのです。お礼はアルバトロス王国の皆さまに」
共和国の外交官さまの声を聞き届けた私は第二王子殿下とアルバトロス王国の外交官さまの顔を見る。殿下とアルバトロス王国の外交官さまはぎょっとした顔になるものの、直ぐにはっとした顔になり平然を装った。
共和国の外交官さまがどうしようかと少し困った顔になっているけれど、私は頭を下げられたままの状況は苦手である。お礼やらなんやらは是非アルバトロス王国にお願いしたい。
そんなこんなで、いやいや、いえいえ、と会話を交わしている間に共和国の研修生の皆さまは教会の皆さまとアリアさまとロザリンデさまと別れを惜しんだようである。
そうしてアルバトロス王国王都の街中を馬車で移動して王都の外へと赴いた。壁際の一角にある空き地には、飛竜便の赤竜さまと青竜さまが待機してくれている。私がよろしくお願いしますと声を掛ければ、二頭の竜のお方は『はい』『安全に皆さまをお運びしましょう』と目を細めながら答えてくれた。
いつも穏やかで真摯な方たちだよなあと赤竜さんと青竜さんの顔を撫でれば、共和国の皆さまの方へと長い首を動かして挨拶を交わしている。
「では、また。もし困ったことがあれば共和国政府を通して我々に伝えて頂ければ、ご助力致します」
「カルヴァイン枢機卿、一年間お世話になりました」
「いえ。私たちも共和国の皆さまの姿は良い刺激となりました。国に戻った皆さまが良き治癒師と薬師になれるようにと女神さまに祈っておきます」
カルヴァインさまと共和国の外交官の方が声を上げ、共和国の研修生の皆さまが頭を下げる。
――ま、頑張りなさいな。
ふと東の女神さまの声が聞こえた気がした。どうして彼女の声が聞こえるのか、そして周りの皆さま、特に共和国の皆さまに東の女神さまの声がはっきりと届いたようである。
一体何事だときょろきょろと周りを見れば慣れた感じの圧を受けた。私が顔を見上げれば、外壁の上に立っている――いつの間に――ヴァルトルーデさまがドヤっと笑い、ジルケさまは額に片手を当てて目を瞑っていた。もしかして、と私は二柱さまを見るものの、粋な計らいになるのかなと最後の最後となったプリエールさんたちが飛竜便の背に乗って共和国へと戻って行く姿を見送るのだった。
◇
四月に入った。誕生日という概念が薄い平民の皆さまは四月一日に一斉に歳を一つ取っている。私も孤児出身のため四月一日が誕生日であり、ジークとリンとクレイグとサフィールも一緒だ。
ジークとリンは自分たちの誕生日を覚えているが、私たちと一緒が良いと王都の市民権登録の際に四月一日にしていた。お金持ちの方やお貴族さまはきっちりと誕生日を記録している。
平民の皆さまは年齢を拘らないための措置だといえよう。毎年、幼馴染組で誕生日を祝っているため、屋敷で細やかに去年まで催していた誕生日会だが、今年はヴァルトルーデさまとジルケさまも参加され、ついでだからとアリアさまとロザリンデさまも誘った次第である。
なんだかクレイグとアリアさまの間で妙な雰囲気が流れているのだが、みんな目を細めながら見守っていた。
私がクレイグとアリアさまに話があるからと近づこうとすれば、ジークに止められサフィールにケーキを食べようと誘われる。何故、と首を傾げるもののケーキの美味しさには敵わない。ヴァルトルーデさまもケーキを美味しそうに食べていたし、また食べたいとも言っていた。ジルケさまは姉神さまを見てやれやれと言いつつ、ケーキを食べながら頬が緩んでいたが口には出さなかった。
またみんなで集まるのも楽しそうだと笑いながら恙なく誕生会を終えれば、新年度の一大イベントであるお引越しが始まる。
春風薫るアルバトロス上層部では配置異動のためにてんやわんやとしているし、今年度から官僚として勤める新人さんたちが城内で迷ってみたりと忙しそうである。アルバトロス王立学院も新入生を迎え入れているだろうし、春播きの麦を播く時期となっているので本当に忙しい季節である。
で、我がアストライアー侯爵家もお引っ越し作業のため上を下への大騒ぎとなっている。私は当主としてどっしりと構えていれば良いのだが、家宰さまは忙しそうにしているし、ソフィーアさまとセレスティアさまも忙しなく指示を出していた。
ジークとリンとクロとアズとネルに、ロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭しかいない執務室で私は口を開いた。
「手伝おうとすると怒られる……」
私が口をへの字に結べばそっくり兄妹が呆れながら笑っている。誰もいないので二人は応接用のソファーに腰を下ろしていた。私は自分の執務机の椅子に腰を下ろして、ジークとリンに視線を向ける。
「当主だからな」
「ナイはゆっくりしていれば良い」
片眉を上げた二人はくすくすと笑っていた。彼らの荷物は既に纏めており、あとは王都のタウンハウスであるアストライアー侯爵邸に運び入れて貰うだけらしい。
荷物は少ないので特に時間は掛からなかったと言っていたけれど、騎士である彼ららしく予備の長剣や防具類が多かったと屋敷の方から小耳に挟んでいる。クレイグとサフィールも引っ越しの準備は終えており『男の荷物なんて少ねえぞ』『元々、荷物が少ないしね』と言っていた。
やはり幼馴染組はもう少し外に出歩いて散財しても良いのではなかろうか。屋敷に住んでいれば、ご飯と寝床があるから困らないし仕事もあるのでお金も稼げている。貧民街時代とは大違いだ。
『みんな向こうに行くんだよね?』
クロも暇なのか私の顔に顔をすりすりしながら質問を飛ばしてきた。エルとジョセとルカとジアも侯爵邸に移り住むし、ジャドさんとアシュとアスターとイルとイヴとポポカさんたちも一緒だ。
ジルヴァラさんとお猫さまも一緒だし、ヴァルトルーデさまも広いお屋敷を探検するのを楽しみにしているとウキウキである。ジルケさまは神さまの島とアルバトロス王国を頻繁に行き来しているため今日はいらっしゃらないが、多分きっとそのうち姿を現すはずだ。
「うん、そうだよ。残る方の方が少ないかなあ。陛下に子爵邸を返還すべきか打診したら、別邸として所持しておきなさいって。向こうは、侯爵位のお屋敷だから中はスッカスカになりそうだって家宰さまが言ってた」
私が疑問に答えると、クロはそっかあと声を上げていた。ミナーヴァ子爵邸は陛下から貸与されているものであるが、持っていても困らないだろうから保有しておけば良いと仰ってくれている。屋敷の裏に家庭菜園を作っていたり、警備の関係で建屋が他のお貴族さまのお屋敷よりも多くなっているから、そのまま返還すれば呆れられそうだから都合が良かったのかもしれない。
お隣さんである亜人連合国の領事館も移設するか話題に上がっていたそうだが、アストライアー侯爵邸と領事館との直通の転移陣を設けることでディアンさまたちは納得してくれたとか。私の知らない所で話が進んでいることもあるから、時折吃驚することもある。
「こっちの屋敷は暫くの間、維持管理するだけか」
「だねえ。寂しくなるかもしれないけれど、いつでも子爵邸にこれるしね。それより引っ越しすればみんなの部屋も広くなるね」
ジークが片眉を上げながら苦笑していた。子爵邸を留守にするのは勿体ない気もするが、大勢お客人が集まった時にも臨時に使うことができるだろう。ユーリが私と一緒に過ごしたくない――言われたら確実に泣きそう――と言い出せば、子爵邸で過ごすこともできる。
彼女にミナーヴァの爵位を譲って当主となれば正式な持ち主になれる。まあ、未来はどうなるか分からないけれど屋敷を持っていれば便利だというのは明らかだった。しかし、侯爵邸に移り住めば凄く広いお屋敷となる。
「ナイの部屋も広くなるね」
「リン、それは言わないで。凄く広いんだよ? 慣れるのに暫く時間が掛かりそう」
綺麗に笑ったリンが目を細めながら私に告げる。当主の部屋は本当に広い。主室があって寝室と配偶者用の部屋に衣裳部屋がある。他にも趣味部屋として使う場所もあるから、当主に与えられた私的な場所は多かった。私は寝室とだだっ広い主室しか使わないはずである。他の部屋まで含めれば凄いことになるのだから。
「なら、一緒に寝よう」
くすくすと笑ったリンは真面目な顔になる。あ、これ断れないやつだと私は観念して頷くのみである。そんな話をしていると、毛玉ちゃんたち三頭も一緒だと主張して、私の椅子の下へちょこんと座り、大きな前脚を膝の上に置く。
「楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんも私の部屋で寝る? 侯爵邸は広いから空いている部屋で寝ても大丈夫だよ」
本邸には空き部屋がある上に、別邸が二棟建っているため本当に広い。維持管理費を考えると気が遠くなりそうになるが、家宰さま曰く余裕で運用できるそうだ。私がその場で侯爵位ってスゲーと感心していると、ソフィーアさまとセレスティアさまが『自分で築き上げたものだ。誇れば良いだろう』『ですわね。ナイならば国を治めることもできそうですけれど』と無茶を仰ってくれた。
私が思い出し笑いしていると毛玉ちゃんたちが膝の上に置いた前脚をべしべしと何度も叩き始める。私がどうしたのかと首を傾げると、床で寝ていたヴァナルと雪さんたちがむくりと顔を上げた。
『一緒の部屋で寝るって』
ぴこっとヴァナルが片耳を倒しながら、毛玉ちゃんたち三頭の気持ちを代弁してくれた。尻尾はゆらゆらとゆっくり動いているので、彼の平常心は保たれている様子。
『わたくしたちも一緒に寝させてください』
『ナイさんの側は落ち着きますもの』
『広い部屋が楽しみです』
雪さんと夜さんと華さんも私の部屋で一緒に寝る気が満々のようである。彼ら専用の部屋を用意しても良いんだよと伝えてみると、専用の部屋は私の部屋で良いそうである。
まあ、今更ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたち三頭と別の部屋となれば寂しいかもしれない。一緒に過ごしていても苦痛にはならないし、暇な時に話し相手になってくれるのだから。
「ジャドさんたちは侯爵邸のサンルームが居場所になるだろうし、エルたちは厩が寝床だね」
私はクロとジークとリンの顔を見ながら声に出した。ジャドさんたちは子爵邸のサンルームが気に入っているので、侯爵邸でもサンルームがあるので居場所はそこになりそうだ。
エルたちの寝床は厩の一角で昼日中は侯爵邸の庭でまったり過ごしていることだろう。お猫さまは勝手に居場所を見つけるだろうし、ジルヴァラさんにも部屋を用意済みである。
『広くなるの?』
「侯爵邸だから子爵邸より広いのは確実だよ」
『じゃあ、お客さんも沢山呼べるね』
クロの言う通りお客さまも沢山呼べることになるけれど。
「うーん……女神さま方でお腹一杯かも」
クロの台詞に私が困った顔を浮かべると、ジークとリンも片眉を上げて苦笑いになっていた。ヴァルトルーデさまがいないから言えることだが、女神さま以上のお客さまなんていないだろう。
しかし侯爵邸に移り住めば、子爵邸で狭いからと断ってきたお客人の来訪を受け入れなければならないような気がする。例えばウーノさまとかヤーバン王とか。私が声を掛ければホイホイときてくれそうな方たちである。
流石に一国の頂点に立つ方を子爵邸に呼ぶ訳にはいかないが、侯爵邸ならば格好が付く。相手方が私の下へ向かいたいという要望があれば受け入れ態勢は整え易い。そのうち誰かから打診を頂きそうだなあと私が目を細めていれば、ジークとリンがどうしたと顔を覗き込んだ。
「あ、ごめん。考え事してた」
「どうしたんだ?」
ジークの声にクロも私の肩の上で『どうしたの?』と聞いてきた。
「うん、侯爵邸に移ればお客さまの質も上がりそうだなって」
「確かに子爵邸より高貴な方々を招きやすくなるな」
私の答えにジークが苦笑いを浮かべ、クロも確かにねえと納得しているようである。私たちのやり取りを聞いていたリンが不思議そうな顔を浮かべて口を開いた。
「兄さん、既に子爵邸には女神さまがいるんだから関係ない気がする」
彼女の言った通り子爵邸には女神さまが滞在しているので確かに今更なのかもしれない。でも声には出さないで欲しかったと私は渋面になってしまう。
「……それは、そうだがな」
ジークは妹の言葉に少し遠慮しながら言葉を紡いでいた。でもまあ、リンが言ったように子爵領の領主邸完成祝いには各国の要人をお誘いしているので、本当に今更なのだろう。
グダグダ言っていないで腹を決めるしかない。アルバトロス王国上層部の皆さまには各国の迷惑を掛けてしまうが、丁度良い外交機会の場ともなっているようで陛下方は数日前から要人を受け入れ、話し合いの場を設けるとのこと。相手の皆さまも問題ないと仰っているそうで、アルバトロス王国と諸外国の皆さまの繋がりが強固な物になるかもしれない。
「子爵邸もあと数日か」
「少し寂しいね」
ジークとリンが少ししんみりとしながら私の方を見る。
「確かにちょっと寂しいけれど、もう子爵邸にこれないわけじゃないしね。でも本当に慌ただしい三年間だったから、短い時間だけれど思い出が沢山あるなあ……ありがとうって言って侯爵邸に移らなきゃね」
本当に陛下から爵位を賜ってからというもの王都の子爵邸にはお世話になっている。いろんなことがあり過ぎて思い出すのが大変なくらいに。さよならは少し早いけれど、穏やかな時間も騒がしい時間もいろいろとあった。今生の別れではないけれど、やはり引っ越しをするとなればしんみりとしてしまうものである。
「ああ」
「うん」
そっくり兄妹の声のあとにはクロたちも『そうだね』と続いて、残り少しとなっている子爵邸での時間を惜しむのだった。