魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
お引越しの前に少し、やらなければならないことがある。
テラさまから声掛けがあったので聖王国からフィーネさまをお招きして、前の世界でのご家族の方やご友人について語る日がきたのだった。テラさまは数日前からグイーさまの世界にきており、神さまの島で夫婦の一時を過ごしているとのこと。
都合が合えばミナーヴァ子爵邸に行くからね、と凄く気楽に仰ってくださった。フィーネさまに連絡を入れると予定は全てキャンセルして直ぐに赴くことができるとのことだった。それならばと、今日と言う日を選びフィーネさまとテラさまに打診をしたわけである。
子爵邸の地下室にある転移陣のある部屋で件の人物がくるのを待っていると魔術陣が淡く光る。フィーネさまが直接陣に魔力を流し込んでいるようで、淡く白い魔力光が暗い部屋を照らしていた。
私も魔力を練れば青白い魔力光が足下に浮かび、淡く白い魔力光と混ざり合う。向こうと繋がった感覚を受けて更に魔力を流し込めば、ぶわりと吹いた風が私の髪を揺らした。風は直ぐに収まり目の前には聖王国の大聖女さまの衣装を纏ったフィーネさまの姿があり、彼女の隣にはエーリヒさまの姿と護衛の皆さまも一緒である。
「ナイさま、お手間を取らせてしまい申し訳ありません。本当にありがとうございます」
フィーネさまが私の姿を認めるなり直ぐに頭を下げる。私は彼女の下へと移動して顔を上げて下さいと先に告げ更に言葉を紡ぐ。
「いえ。残してきた方が気になるのは当然のことです。テラさまが調べてくださったので私は場を提供しているだけですし、あまり気になさらないでください。エーリヒさまもお久しぶりです」
私は頭を上げてくれたフィーネさまに安堵して、隣に立つエーリヒさまへと視線を向けた。彼もまた彼女と同様に妙な表情を浮かべており、なにか言いたそうである。
「無理を言って参加させて頂くことになりました。本当にすみません」
「さっきも言いましたが、気になさらないでください。私もフィーネさまのご家族のことが気になるので、子爵邸で話ができるなら都合が良いですからね」
家族や仲の良い人が悩んでいれば助けたくなるし気になるのは理解できる。迷惑なんて思っちゃいないし、調べたのはテラさまなので私は苦労を背負っていない。気にし過ぎだと笑い、上階へ行こうと誘って階段を上る。
上った先で、凄い形相をした侍女の方が凄い速い歩き方で私の目の前に立つ。私がどうしたのかと目の前の侍女の方に話を促せば、もごもごしていた口がようやく開いた。
「ご、ご当主さま。東屋に、め、女神さま方が唐突に現れて、冷えるため早く屋敷の中に入れて欲しい、と……!」
どうやら東屋にテラさまとジルケさまと北と東の女神さまがご降臨されたようである。ヴァルトルーデさまは日々を子爵邸で過ごしているので屋敷内のどこかにいるはず。
彼女はサンルームや図書室で一日を過ごしていたり、アリアさまとロザリンデさまがいる別館でお喋りをしていたり、託児所の子供たちと遊んでサフィールが恐縮しっぱなしだったり、庭師の小父さまに花の植え方を習ったりと本当に気ままに子爵邸で過ごしている。
いろいろな方の胃に負担を掛けているようだが、ヴァルトルーデさまの滞在日数が増えるにつれて、子爵邸の皆さまは慣れているようだった。
そんな中でテラさまと三女神さまが唐突にいらっしゃっても――今日女神さま方くることを屋敷の皆さまは知っていたが、場所も時間も女神さま次第だった――どうにか対応できていた。私はどこで話をしようかと少し迷って、とある場所を指定する。
「では、サンルームにご案内を。あとお茶の用意もお願い致します」
「承知致しました。ヨウカンを必ず、ですね!」
私の声に侍女の方がジルケさまも一緒だと知り、羊羹を茶請けにしてくれるあたり本当に慣れたなとしみじみしてしまう。私がよろしくお願いしますと告げれば、侍女の方は足早に廊下を歩いて去って行く。女神さまが子爵邸に出入りしている状況に慣れたくはないが、美味いと言って食べている女神さまを見るのは嫌いではない。
ほだされているかと首を傾げているとフィーネさまが『参りましょう……!』と少し緊張した面持ちで私に先を促した。今日の主役はテラさまとフィーネさまだから、私は補佐役に徹するのみだと決めて足を進める。
「やっほー! 待たせてごめんねー!」
相変わらずテラさまは軽い調子で軽い衣装である。ジーンズと白色のロンTに黒の革ジャケットという、着こなしが人により左右される取り合わせだけれど。似合っているので本当に羨ましい限りだ。今日の主役であるフィーネさまにぱちんとウインクをし、エーリヒさまにはニヤニヤと笑っていた。
「母上殿がナイの家の茶が楽しみだってよ」
「テラさま、ジルケさま、ありがとうございます。屋敷の者が喜びますが、緊張も増しますね」
一緒に神さまの島から転移してきたジルケさまは屋敷の皆さまにプレッシャーを掛けているけれど、屋敷で毎日美味しいお茶を淹れて貰っている身としては有難いお言葉である。お茶菓子はいろいろと用意してあるし、侍女の方はジルケさまの大好物である羊羹を用意してくれている。美味しく頂ければ良いけれど、話の内容次第でお通夜状態になる可能性がありそうだった。
「お嬢ちゃんの家の者が淹れるお茶は美味しいわ」
「自信を持って頂戴な、と伝えておいて」
北と東の女神さまもフォローを入れてくれる。私が『北の女神さま、東の女神さまもありがとうございます』と口を開けば妙な顔になっていた。なんだろうと首を傾げながら考えていればジルケさまが声を上げる。
「西の姉御は?」
「屋敷のどこかにいるはずですが……こられませんね」
考えるのは中断して私はジルケさまの疑問に答える。いつもであれば、なにがあったのかとヴァルトルーデさまは興味津々で顔を出すというのに。珍しく彼女がこないのは、なにか別のことに注力しているのだろうか。
「姉御なら呼べばくるか。移動しようぜ」
ジルケさまが寒いしなと言葉を付け足して歩き始めた。勝手知ったる子爵邸と言いたそうな背中を見ながら私たちも彼女の後を追う。サンルームまで歩いていると、テラさまがフィーネさまの隣に立ち歩を進めている。
フィーネさまも背が高い方ではない――百六十センチくらい――ので、テラさま――百八十センチくらい――と並べば身長差が凄かった。男性陣と並べば、頭の天辺はだいたい横一列となるのに。
「フィーネ。ちゃんと寝られているの? そういえばフィーネも乙女ゲーム好きなんだっけ?」
テラさまがフィーネさまの肩に腕を回して少し背を屈めながら問いかけた。フィーネさまは突然の出来事に『きゃっ!』と可愛らしい悲鳴を上げている。
『きゃっ!』という悲鳴はなかなか耳にすることはないし、台詞が似合う方は限られるはずだが彼女に違和感は全くない。テラさまとフィーネさまを隣で見ているエーリヒさまが大丈夫かなと心配そうな顔になっているが、止めろとは言えなさそうだった。
「はい。睡眠はきちんと取っています。乙女ゲームは懐かしいですね。老舗メーカーがシリーズもののタイトルをいくつかと、新興メーカーが立ち上がれば必ずチェックしていました」
フィーネさまがテラさまの顔を見上げて質問に答えている。睡眠はきちんと取れていることは分かる。彼女の眼の下に隈はないし、疲れていそうな様子もない。
もしかすればみんなを心配させないように魔術で誤魔化しているかもしれないが一先ず大丈夫そうだ。乙女ゲームについては私はさっぱりなので部外者感が強い。
とはいえ舞台となっている乙女ゲームのシナリオは破綻しているし、続編が出ているとも聞かないのでこれ以上ゲームに起因する出来事はないはずだ。フィーネさまが訥々と乙女ゲームについて語り出せば止まらなくなったようで、乙女ゲー談議に一柱さまと一人が花を咲かせている。
「フィーネとは美味しいお酒が飲めそうだ! って、こっちの世界だとまだ飲めない……あーそっか。あのゲームの設定が流れているから……」
「ほとんどの国が二十歳から飲酒可能ですね。文化レベルを考えると、家でなら飲めそうな時代ですけれど」
テラさまがにかっと笑ってすぐがっくりと肩を落とした。確かに今の世界の文化レベルを考えると割と早くから飲酒ができそうなものである。でもアルバトロス王国が決めた定めでは、飲酒は二十歳を超えてからとなっていた。
西大陸のほとんどの国がアルコールに関しては二十歳からとなっており、二十歳未満で飲める国を聞いたことがない気がする。亜人連合国は妙齢の方が多いし、お酒を飲んでもへっちゃらという竜のお方がいらっしゃるので人間の国と一緒にしては駄目である。
「しまったなあ。あと一年は待たなきゃいけないんだっけ?」
「はい。一年後には飲めますが……私は大聖女を務めているので、大っぴらに飲めば問題になる可能性が」
「えー……つまんなーい! 偶にはパーッと飲んでストレス発散しなきゃ、美人が台無しよ?」
「じゃあ、一年後に皆さまで飲みましょう。こっそり飲んでしまえば分かりませんしね」
テラさまとフィーネさまの会話が弾んでいた。なにやらフィーネさまがうっかりと約束を取り付けているけれど大丈夫だろうか。みんなでと仰っていたので私たちも含まれてしまう気がしてならない。
フィーネさまが悪戯が成功したような子供の顔になると、テラさまがきょとんと一瞬だけ無になって思いっきり口を伸ばした。
「……あはは! 真面目な子かと思いきや。うん、そうしよう!」
テラさまは傑作傑作と言いながら、フィーネさまの肩を抱いたまま歩みを進めている。歩き辛そうだが全く気にしていない。これは一年後はみんなでお酒を持ち寄りそうになりそうだと私が苦笑いを浮かべていると一陣の風が吹く。
――いいなあ。
風に運ばれてきたのかグイーさまの声が聞こえた。きょろきょろと私たちは周りを見渡すけれど彼の姿は見えない。テラさまと三柱さまは空の上を見上げていた。
「グイーも一年後には分身をマスターしてれば良いだけの話よ」
――難しいぞい。
テラさまとグイーさまの会話が成立していることに苦笑いを浮かべそうになる。どうしてグイーさまの声が風に乗って届いたのかは分からないが、こちらの状況を知りたければ彼は知れるようである。
グイーさまは分身術の練習をしているとジルケさまから聞いていたけれど何気に難しいらしい。習得に時間が掛かるならば、私たちが神さまの島に赴いてバーベキューをやりながら飲み食いするしかないのか。
――ナイの優しさが胸に染みる……でも儂、そっちで飲みたい。
グイーさまが私の心の中を勝手に読んでいたようである。もうなんでもアリだなと目を細めていると、グイーさまは地上でお酒を飲みたいようだ。
そうなると大陸は一段と騒ぎになりそうだし、アルバトロス上層部の皆さまも右へ左へと大忙しとなりそうだ。手加減はして欲しいとお願いしつつサンルームに辿り着く。入り口の扉を開いて少し歩けば、ヴァルトルーデさまとジャドさんたちとポポカさんたちが暖かさを感じながら目を細めている。
「ヴァルトルーデさま、こちらにいらっしゃったのですね」
「うん。みんながくるのは知っていたし、なんとなくこの場所で話をするかもって予感がしていたから。ジャドに相手して貰ってた」
私が声を上げるとヴァルトルーデさまがこちらに視線を向ける。彼女はなんとなく皆さまがサンルームに向かう未来を予感していたようだ。筆頭聖女さまの先見の力に似ているなと考えていると、早く座れとヴァルトルーデさまがみんなに席を勧める。そうして各々席へと腰を下ろしてテラさまの話が始まるのだった。
◇
子爵邸のサンルームで話をしようとみんなが集まっているのだけれど……女神さま五柱さまに、竜が三頭とフェンリルとケルベロスとその仔供三頭に、グリフォンさん五頭にポポカさんたちが十羽がいて、エーリヒさまとフィーネさまとジークとリンに護衛の皆さまがいる。
外には事情を知っているエル一家が揃っていてこちらを見ている。本当に子爵邸は妙な場所だし、今後、増える可能性もあることに目を細めてしまう。今日は真面目なことを話し合うのだから、きちんとした態度で挑まなければと私は小さく首を振る。
目の前には温かい紅茶が入っているし、ジルケさまの前には緑茶と羊羹が用意されていた。さて、誰が話を切り出すのだろうと待っていれば、皆さまの視線が私に集まっており『ナイが仕切れ』と言いたそうな表情である。空気を読める私は仕方ないと小さく息を吐いて、大きく息を吸い込み背を正した。
「テラさま。地球での調査、ありがとうございます」
「ん。気にしなくて良いよ。君たちの魂を勝手にグイーの世界に送った責任もあるからね」
私の声にテラさまが良い顔をして笑っている。本当に女神さまというよりは近所の気安いお姉さんと言ったイメージが強い。しかも私たちの魂をこちらの世界に送ったことに責任を感じてくれているようで、本当に面倒見が良いというかなんというか。グイーさまが惚れた理由も分からなくはない。
「ではフィーネさまのご家族のことが?」
「もちろん。私を誰だと思っているのかしら。地球のことなら分からないことはない! と言いたいけれど、分からない場合もあるからねえ。本当に今回は見つかって良かった」
続けて私がテラさまと話をしているが、彼女が明るく努めているのはこれから話す内容が暗い方向へと流れていくからだろうか。どうしても最悪のパターンを考えてしまうのは私の悪い癖である。フィーネさまは神妙な顔をしているし、エーリヒさまもごくりと息を呑んでいる。ジークとリンも結果を気にしてくれているようで、護衛を務めつつ意識をこちらへと向けているようだ。
「では……」
「ん。お父さんとお母さんはフィーネの月命日にはお墓参りに行っているし、毎朝、毎晩お線香をあげてるよ。あ、弟くん、結婚して子供ができてた。女の子でフィーネの名前付けてたなあ」
フィーネさまのご両親は月日が流れて習慣のようなものになっているそうだ。そして弟くんは結婚を果たして子供もいるようである。フィーネさまの前世の名前を継いでいるようで、元気に育っているそうだ。
結構な美人さんで可愛かったとのこと。ご両親も弟さんも時間が流れて事故当時の心境も安定し、穏やかに過ごしているらしい。時折、フィーネさまのことを思い出して胸を痛めているけれど、孫もできたし前を向かなければと意識しだしたそうである。
交通事故の啓発講演を執り行っており、エーリヒさまのご家族とは既知なのだとか。なんだか凄いところでも縁が生まれているなと目を細めてしまう。というか……フィーネさまとエーリヒさまの向こうのご両親は年に一度、私のお墓にも花を添えて手を合わせてくれているらしい。もし私に親がいたとして、彼らと出会っていたなら付き合いがあったのだろうか。
テラさまが調べていた途中で分かったことだそうで、エーリヒさまと私にも知らせておいた方が良いだろうと。エーリヒさまのご家族もフィーネさまのご家族同様に月日が経ち心の整理が随分とできているそうだ。
事故を起こした車に乗っていた二人のことも気になるけれど、今は話題に上げない方が良いだろう。だって心底安心した顔でフィーネさまがぽろぽろと涙を流しているのだから。
「フィーネ、ごめんね。私は現場で見た魂に同情してグイーの世界に送ったけれど……元の世界の家族とか友人のことまで考えてなかった」
眉を八の字にしたテラさまが席から立ち上がり、フィーネさまの下へと歩いて行く。そうしてテラさまはフィーネさまを両手でぎゅうぎゅうと抱き締めて、耳元で声を上げている。
テラさまはご家族と離れて暮らしているためか、家族の繋がりに関心が薄かったようである。大事な存在であるというのは人間の親子と変わりはないが、どうしても長い時間を生きている身だし死にづらい運命の下にいる。凄く簡単に死んでしまう人間に同情していて、事故に巻き込まれたバスの近くでフラフラと浮いていた魂を哀れに感じてグイーさまの世界へ送ってしまったと再度教えてくれた。
「いえ、大丈夫です。家族がどうしているかなんて絶対に分らなかったことですし、知ることができて本当に良かったです。家族は私を愛してくれて大切に育ててくれていました。だから私の所為で自分で終わることを選んでいたらどうしようかと、ずっと気になっていたんです」
ずびっと鼻を啜りながらフィーネさまがテラさまに答えると、抱き締めている一柱さまの腕に力が更に入った。フィーネさまはご家族が非業の死を遂げていないかと気にしていたようだ。
フィーネさまが事故に巻き込まれてしまったことは、ご家族にとって一生消えない傷だけれど前に進むことができているようで安心したようである。エーリヒさまも向こうにいるご家族の話が聞けて少し照れ臭そうな顔になっていた。
「テラさま。わざわざ調べて頂いて本当にありがとうございます」
「いいの、いいの! フィーネも前を向いて歩けそう?」
「はい。大丈夫です。それにエーリヒさまとナイさまという友達がいますから!」
フィーネさまがエーリヒさまと私に視線を向けた。友人とカウントしてくれるのは有難いし、元同じ世界の仲間だから嬉しい限りだと私はフィーネさまに向かって確りと頷く。
「ん!」
テラさまも短い言葉だけれど、フィーネさまが話に納得できたようで安堵しているようだ。話を一緒に聞いていた四女神さまもほっとしているみたいで、話は終わったと言わんばかりに紅茶と緑茶を飲んでいる。
「あ、狡いぞー! 私も飲む! 超高級な紅茶なんてナイの家かグイーの家でしか飲めないし、お菓子も美味しいから食い溜めしておかなきゃ!」
「……母上殿。向こうでどんな生活を送っているんだ……いや、死にはしねえけど心配になるぞ。というか親父殿が嘆くぞ」
テラさまはフィーネさまを抱きしめていた腕を解いて自分の席へと戻って行く。そうして紅茶を飲んでお菓子に手を伸ばしているのだが、明らかに神さまとは言えない台詞を吐いている。たまらず突っ込みを入れたのは南の女神さまであるジルケさまでテラさまにジト目を向けていた。ヴァルトルーデさまと北と東の女神さまは『テラさまだしな、さもありなん』と言いたそうだった。
「お金が尽きるとパンの耳で一日を凌いでいるわね。もやしも安いけれど調理しなきゃいけないでしょ。メンド」
テラさまの台詞は一人暮らしに慣れきった男性が発しそうなことである。女性なのだからお肌の健康にも気を付けてあげてくださいと言いたくなるものの、確かにお金がなくて困っている時はパン屋さんで売っているパンの耳を買い込んで、揚げて食べたり、そのまま食べてもいた。
もやしも安い食材として有名で重宝されているけれど、確かに困窮している時に調理をするのは贅沢に感じてしまう。しかしテラさまなら極貧生活なんて送らなくても、どうにかなってしまいそうだ。もしかして貧乏すら楽しんでいるのかと疑いの目を向けていると、大袈裟に息を吐いたジルケさまは私に視線を寄越していた。
「ナイ。悪いんだが、母上殿にマトモな飯を食わせてやってくれ」
「構いませんよ。女神さま方がくると分かっているので、作る量を増やしておいてくださいと頼んでおきましたから」
微妙な顔でジルケさまは私へ告げる。テラさまがご飯を食べたいと申すこともあるだろうと、料理長さんには多めに用意して欲しいとお願いしておいた。私が苦笑いを浮かべているとテラさまが凄く良い顔で私を見ている。一宿一飯の恩でも感じてくれているのかと私が笑っていると、また彼女は席を立ちあがった。
「え、いいの!? ナイ~ありがとう。食費が浮いて超助かる!」
「いや、ほんと母上殿は向こうでどんな生活をしてるんだ……?」
テラさまの声とジルケさまの声が聞こえると私の視界が真っ暗になる。革ジャケットの硬い感触と妙に柔らかいアレな感触が顔に伝わった。フィーネさまを抱きしめている時よりもテラさまの腕の力が強い気がする。真っ暗でなにも見えないけれど、どこからか一筋の光が差し込んでいる。
「気にしたら負け。というかナイ、息できてない」
「ちょっと、西の娘! はっ!? ごめん、ナイ! 生きてー!」
落ち着いているヴァルトルーデさまの声と慌てているテラさまの声が私の耳に届けば、新鮮な空気が肺の中へと流れ込む。そうして私の視界には心配そうなテラさまの顔が映っていた。
こちらの世界にきて命を落としかけたことは何度かあるけれど、人には言えない理由で私は空の上へと旅立ちそうになっていた。少しは加減をして欲しいと私がお願いすると、テラさまが平謝りをしている。
「ん。お、やっぱ時間だな」
ジルケさまのお腹の虫の音が聞こえれば、彼女は懐中時計を取り出して時間を確認していた。腹時計と懐中時計の時間が合っているようなので、正確無比な腹時計があるなら懐中時計は必要なさそうである。失礼なことは言えないので黙っておくけれど、北と東の女神さまは私と同じ気持ちのようで、末妹さまが持っている必要があるのかと首を捻っているようだ。
「あれ、そんなの持っていたっけ?」
テラさまがジルケさまが取り出した懐中時計を興味深そうに覗き込んでいた。見せてとテラさまがジルケさまに手を伸ばせば、ほらと懐中時計を渡している。
テラさまは地球住まいというのに懐中時計が珍しいようである。確かに腕時計や携帯電話の時計を利用している方が多いから、昔ながらの懐中時計は逆に珍しい品となってしまうようだ。
「ナイの紹介で見学に行った領地があるんだが」
「そこで買った。凄く緻密で、人間が造り上げたなんて信じられない」
ジルケさまがドヤという顔になり、ヴァルトルーデさまが自身の懐中時計を取り出して蓋を開けて時計盤をしみじみと見ている。テラさまが手に持った懐中時計が気になったのか、北と東の女神さまが覗き込んで私の方へと視線を向ける。どうしたのだろうと私が首を傾げると彼女たちが口を開く。
「ナイ、おチビちゃんとお姉さまが持っている品を用意できますか?」
「姉妹でお揃いの品なんて持っていないですし、良いですわね」
「えー! 私は仲間外れ?」
二柱さまの声に加わってテラさままで声を上げていた。仲間外れは嫌なようでテラさまは怒っているのか、ぷんぷんとした顔になり片手を腰に当てていた。
「では、お母さまの分も」
北の女神さまがテラさまの意思を汲んで懐中時計を所望されたなら、私はこう答えるしかない。
「ならグイーさまの分もですね。リヒター侯爵家に同じ品を四つ用意できないか問い合わせをしてみます」
流石にグイーさま一柱さまに贈らないのは駄目だろうと、勝手にグイーさまの分も追加してリヒター侯爵家に問い合わせをすることになる。
フィーネさまとエーリヒさまは私が五柱さまと普通に会話をしていることが信じられないという顔になっていた。お二人も毎日女神さまと顔を突き合わせていれば、いずれは慣れると私が告げれば首をぶんぶんと横に振る。
「とりあえず、飯にしようぜー」
ジルケさまが声を上げて席から立ち上がり、頭の後ろに両手を回して食堂へすたすたと歩いて行った。彼女のあとにはヴァルトルーデさまが続く。まるで自分の家のようねとテラさまがぼやいて二柱さまのあとを付いて行き、北と東の女神さまが参りましょうと促して席を立ち私たちを導いてくれた。
急に増えた昼食のメンバーにクレイグとサフィールが目を剝いていたのは仕方ないことだろうか。
あけましておめでとうございます! 2025年も魔力量歴だ最強な転生聖女さま~をよろしくお願い致しますー! コミカライズ企画もきちんと進んでおりますのでお楽しみに!┏○))ペコ