魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――四月初旬。
王都のミナーヴァ子爵邸からアストライアー侯爵邸に移り住んで数日が経っている。ご近所さまにはハイゼンベルグ公爵邸とヴァイセンベルク辺境伯邸があるため、ソフィーアさまとセレスティアさまが通勤時間が減って有難いとおっしゃっていた。
真面目なお二人は侯爵邸で働く時間が延びて良いことだと解釈しているようであった。私的には早く家に戻ってご自身の時間を増やす方が良いのでは……と言いたくなる。でもセレスティアさまは通勤時間が短くなった分を、侯爵邸でのびのび過ごしているヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭に、エルとジョセとルカとジア、ジャドさんとアシュとアスターとイルとイヴとお猫さまたちと一緒に過ごす時間にしているようである。ソフィーアさまは簡単な事務作業に勤しんでいるので、私がお茶を飲みませんかと誘っている。当主と一緒にお茶を飲むという行為は仕事と同じかもしれないが。
引っ越しを終えて一段落して、私は当主部屋の広い広いベッドの上でごろりと寝転がっていた。視界には目を細めながら私の顔を覗き込んでいるクロの姿が映っている。
ヴァナルと雪さんたちは床の上でまったりと過ごしているが、毛玉ちゃんたち三頭は冒険に出掛けてくると言わんばかりに速攻で部屋から出て行った。恐らく今頃はお屋敷のいろいろな場所の匂いを覚えている最中だろう。プライベートな空間――侍女の方や働いている方々の部屋――には勝手に入っては駄目だよと伝えているので問題ないし、覚えた単語の数も増えているので簡単な会話ができる。
ばっふばふに尻尾を振りながら毛玉ちゃんたち三頭が『はいりゅー!』『らめー?』『おきょる?』と上目遣いで聞いてくるものだから、つぶらな瞳に心を射止められる方が沢山出現しそうだった。
『広いねえ』
「広いよねえ」
クロが私の顔を覗き込みながらぐりぐりと顔を擦り付ける。器用なことをしているが、偶に起こることなので気にしない。
ヴァルトルーデさまも侯爵邸に引っ越しをしており、彼女の部屋を用意している。基本的な家具しか設置していないためかなり殺風景な部屋となっているが、暫くすればなにか物が増えているかもしれない。ジルケさまも頻繁に屋敷に顔を出すようになっているために、当然彼女の部屋も用意されている。そのうち北と東の女神さまの専用部屋もできそうだが、まだ早いと私は現実から目を逸らしていた。
『ディアンたちがこっちに遊びにくるんだっけ?』
「うん。落ち着いてからで良いから、お屋敷を見学させて欲しいって」
クロは私の顔にすりすりしていたことに満足したようで、寝ている私の肩に登りそのままお腹の上に移動した。ちょこんと私のお腹の上に座する姿は可愛いけれど、クロがぺしんぺしんと忙しなく動かしている尻尾が痛いときがある。
怪我を負うことはないし、我慢できる程度の痛みのためクロには伝えていない。偶に驚いて『ぺしん』が『べしんっ!』に変わって、私は痛い……と訴えたくなるのだが、驚いただけだと伝えるに至っていない。
『アリアとロザリンデもこっちに引っ越ししているし、お屋敷で過ごす聖女さまが増えてるねえ』
「だねえ。賑やかだけれど、敷地が広くなったお陰で前より人が少なくなっている気がする……」
侯爵邸で過ごす皆さまの数は増えているのに、敷地と建坪がやたらと広いためか廊下を歩いていても誰かとエンカウントする確率が低くなっていた。
『確かに子爵邸より静かかも。でも、そのうちまた賑やかさが戻るよ』
「クロさん、一体どういう意味で?」
ふふふと笑うクロに私は枕から少しだけ顔を上げる。私が顔を上げたことでクロは前へと進み、また顔をすりすりと機嫌良さそうに擦り付けた。
『ナイ由来の魔素が増えれば妖精たちが増えるでしょ? 春になったし恋の季節だよ~』
「クロの口から恋の季節なんて言葉がでるとは……」
私の言葉にクロが顔をすりすりしていたのを止めてお腹の位置に戻った。私も頭を枕へと戻して天蓋ベッドの天井を見る。クロが視界から消えてしまったけれど、私のお腹の上にはクロの熱が確かに伝わっていた。
『失礼だなあ~ボクだってちゃんと分かってるよ。まあ……ボクは単体で子孫を残せちゃうけれど』
「じゃあクロの仔供を見られるのはまだまだ先かな?」
私は頭を枕に戻したことで睡魔が襲ってくる。今日の執務を終えているし、午後からの予定もないから昼寝をしても問題はないだろう。力を抜いて目を閉じれば直ぐに意識が落ちそうになっていた。
『そうかもねえ』
くすくすと面白そうに笑っているクロの声が私の耳に届けば、深い眠りの中へと潜り込んでいるのだった。
◇
――凄い面子だな。
俺、エーリヒ・ベナンターと同僚兼友人であるユルゲン・ジータスは出向先の聖王国からアルバトロス王国に戻っている。外務卿であるシャッテン卿から届いた直々の手紙で俺たち二人は急遽母国へと戻ることになったのだ。
理由はお察し。ナイさまがミナーヴァ子爵領で執り行う新屋敷完成祝いパーティーを開くためである。ナイさまと縁の深い方々を誘っているため、諸外国から要人が大勢アルバトロス王国に集まるわけである。
時折行われている西大陸の各国の王さまが集まる会議の規模より小さいものであるが、ナイさまはとんでもない方々をお呼びしていた。
「亜人連合国の四名にアガレス帝国の皇帝陛下、フソウの大将軍……少々政治的思惑が強いですが聖王国の教皇猊下も。ヤーバン王にリーム王も名が連ねられて……」
ユルゲンが書類の束を見下ろしながら独り言のように呟いている。周りで彼の声を聞いていた外務部のみんなが『凄いよな』『侯爵はどこまで人脈を広げる気だ?』と首を傾げていた。
確かにナイさまはどこまで人脈を広げる気なのだろう。人どころか亜人連合国の皆さまや神さまにまで伝手がある。本当に信じられないが、目の前で亜人連合国の方と神さま方と話したことがある身としては事実と認める他ない。
「アルバトロス国内も陛下とハイゼンベルグ公爵閣下にヴァイセンベルク辺境伯閣下、リヒター侯爵閣下にフェルカー伯爵閣下……ラウ男爵さまも名を連ねていますが、元の爵位は伯爵。誘われていてもなんらおかしなことではないですしねえ」
「ああ。フライハイト男爵もくるし、本当に貴族の夜会としては異質なパーティーだ」
ユルゲンがまた紙の束に目を落として少し声を震わせながら参加者を読み上げた。普通、高位貴族が開くパーティーに子爵位以下の方たちが誘われることはない。もちろん例外はあるが基本誘われないのだ。
子爵位と伯爵位の間には目に見えない厚い壁があると聞く。まあ受け売りの言葉だし、本当かどうかを確かめたことがない。現にナイさまが開くパーティーではいろいろな身分の方が誘われている。女神さまも参加するかもしれないので本当に気が抜けないパーティーだ。
「まあ、だからこそ忙しいからと聖王国から呼び戻されましたが……僕たちも参加するなんて……エーリヒは爵位を持っているからまだマシですが、僕の場違い感が否めません」
確かにユルゲンの身分だけを見れば場違い感が半端ない。でも彼はナイさまと普通に話しているしジークフリードと仲が良いのだ。パーティーの参加者もナイさまと懇意にしていると察しているだろうから無下にはすまい。
だから自信を持てと俺は言いたくなるが難しいのだろう。ならば彼の気が少しでも紛れるようにと、紙の下の方に記されている面子を読み上げる。
「マルクスさまも参加するし、誰もいないよりマシだろ? ギド殿下も誘われているぞ?」
爵位を持っていない方も当然誘われている。俺の親父なんてナイさまに忘れ去られているようで、メンガー伯爵領の領主邸で大声を上げていたと母上から聞いている。
母上は父だと夜会の場で失態を犯しそうだから良かったと逆に安堵していた。俺はメンガー伯爵家から独立した爵位持ちだから、自分の道を確りと進みなさいと母からの手紙に書かれていた。
「そうですけれど……アストライアー侯爵に贈る品をなににしようかとまだ決めておりませんし……」
「それはユルゲンの実家を頼れば良いんじゃないか? というかナイさまはユルゲンの財布事情を分かっているだろうし、なにを贈っても馬鹿になんてされないぞ。それこそ王都で人気がある店の菓子を贈れば良いだろ」
ナイさまなら凄く良い笑顔を浮かべながら受け取ってくれるだろうし、美味い美味いと食べてくれる姿がありありと俺の脳内に浮かぶ。今なら女神さまも一緒に美味い美味いと言って食べてくれるはずだ。ユルゲンはそこまで考えられないようである。まあミナーヴァ子爵邸の中を覗く機会は少ないので致し方ないが。俺もチョコレートを贈るつもりだとユルゲンに伝えれば、彼はすぐさま嬉しそうな顔になる。
どうにか贈り物については解決しそうだなと笑みを浮かべて、仕事に取り掛かろうと気合を入れ直す。そうして他部署に書類を届けるために俺とユルゲンは外務部の居室から出て行く。
アルバトロス城の城内は凄く忙しそうな雰囲気に包まれている。今回の件では近衛騎士団と騎士団に果ては軍の皆さままで総動員となり警備計画を立てている最中だ。時間が押し迫っており、あとは警備に抜けがないかと最終確認段階にきているとのこと。外務部も忙しければ内務部も忙しいし、宰相閣下に連なる皆さまも右へ左へと駆け回っている。
「凄いな。城の中がこんなに慌ただしいのは初めて見たかも」
「ええ。王でもない侯爵位の方がこれだけの人物を集めていますからね」
俺が廊下を歩いていれば、俺より爵位の高い方たちが凄い勢いで歩き去って行く。廊下の端に寄って頭を下げているのだが、俺たちに構う暇はなさそうだった。
各国の王さまをナイさまの屋敷で開かれるパーティー参加だけで済ますわけにはいかないし、アルバトロス王国としても良い機会だから取引の持ち掛けやらを行う。廊下の端に寄っていた俺たちは先を急ごうとすれば、ぬっと横から誰かが顔を出す。
「本当に、本当に良いことです。引き籠もりのアルバトロス王国がこのように陽の目をみることになるなんて!」
「しゃ、シャッテン卿。どうなされたのです?」
誰かと思えば俺たち外務部の長を務めているシャッテン卿だった。彼もかなり忙しいはずなのに俺たちと喋っていても良いのだろうか。そんな疑問を他所に、驚いている俺たちにシャッテン卿は真顔になってゴホンと咳払いを一つする。
「そうでした。ベナンター卿もユルゲンくんもアルバトロス王国が各国から笑い者にされていたことを知らないのでしたねえ」
シャッテン卿が右手の人差し指を立てながら教えてくれた。ナイさまが大規模討伐遠征で竜の浄化を執り行う前のアルバトロス王国は西大陸の各国の王から『引き籠もりのアルバトロス』と揶揄されていたようである。
障壁頼りの国防方針が各国の陛下方には気に入られず、そしてアルバトロス王は各国の王より若いこともあり小馬鹿にされていたのだとか。国境沿いに展開されている魔術障壁はアルバトロス王国の魔術師が考えに考えたものであると聞いたことがある。
維持にも莫大な費用が必要だし、巨大で広大に展開されている障壁を維持できる魔力も必要なのだ。なんだか維持管理できない国の妬みにも聞こえてしまうのだが、俺の中でふつふつと湧いている気持ちがあった。
「話を聞いていると少しイラっとしてしまいました……何故でしょうか」
「それはアルバトロス王国を大切に思ってくれているからでは。良いことですよ。本当に」
俺の疑問にシャッテン卿が良い顔をして答えてくれ、ユルゲンも目を細めて笑っている。俺は地球からの転生者である意味余所者だけれど……アルバトロス王国の一員として役に立っていることを誇って良いのだろうか。
まだ答えは簡単にでないが、地に足を付けて根を張れる日がくると良いと願うのだった。その前に凄く大変であろう一大イベントに向けて、精を出さなければいけないけれど。
◇
――ミナーヴァ子爵領領主邸完成祝いパーティーまであと二日。
アルバトロス城内の忙しさは一段落したものの、次は客人の出迎えが控えていた。俺も外務部の一員として、そして見知った顔がいた方が先方も安心するだろうと出迎えのメンバーに組み込まれていた。
今日は北大陸のフソウ島のフソウ国からナガノブさま一行がいらっしゃる。ナイさま曰く、帝さまも誘っていたが立場上フソウから出ることが難しいそうだ。その代わり帝さまの次に位が高いであろう、征夷大将軍であるナガノブさまがアルバトロス王国へとこられたのだ。
小国だし、独特の文化を育んでいるフソウの皆さまをアルバトロス王国の者が受け入れられるのか。以前、九条さまが視察に赴いた時も妙な視線を向けていた。どうしても髷を結っている姿と着物も珍しい上に、背格好が西大陸の者より低いことで興味を引くようだった。
俺たちは今、アルバトロス城の馬車回りで王都の外へ向かおうとしている。隣にはユルゲンが少しだけ緊張した様子で立っていた。
「ユルゲン、俺の格好は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、エーリヒ。僕は?」
俺がユルゲンに衣装はきちんと着こなせているかと聞けば問題はなく、ユルゲンが俺に確認を取り大丈夫と告げれば小さく息を吐いていた。アガレス帝国の皇帝陛下ともアルバトロス王との会談の場を設けるのだが、ナイさまの祝いの場が終わったあとに予定が組まれている。
西大陸の国々との会談は都合さえつけば転移で直ぐにお互いの国へと赴けるため、今回は移動手段としてアルバトロス城が使用される。そこからミナーヴァ子爵領までは馬車移動となる。王都からほど近い距離のため馬車での移動をお願いすることになったのだ。御者の方たちも近衛騎士団と騎士団と軍の方たちも、久方振りの大きな仕事に気合が入っているそうだ。
そうして俺たちは馬車に乗り込んで王都の外を目指す。フソウの方々は飛竜便に乗ってアルバトロス王国入りを果たすのだが、高所恐怖症の方はいないだろうかと心配になる。高い所を飛ぶ機会なんて初めてだろうし、空の上で震えていなければ良いのだが。
王都を囲う外壁側にある空き地まで辿り着き一行は馬車から降りて、フソウの面々を待っている。パーティー参加がメインなので少数編成でアルバトロス王国にくるそうで、人数も護衛含めて十名しかいないそうである。
ナガノブさまの護衛少なくないかと言いたくなるが、迎える側としては有難いことである。そうして北大陸がある方面の空を眺めていると黒い点が現れた。一緒に待っていた誰かが指を指して『あれか?』と目を細めている。周りの皆さまも固唾を飲んで見守っていると、黒い影がだんだん大きくなってきて竜のお方であると判断が付いた。
「フソウのナガノブショウグンが参られたぞ! 出迎えの用意をしろ。アストライアー侯爵の客人だ、失礼のないように!」
お偉いさんの声に出迎えのメンバーが列を成す。近衛騎士の皆さまは綺麗に整列をして、一人がアルバトロス王国の旗を掲げている。俺たち外務部の者も横に列を成し、シャッテン卿の隣に俺は並んだ。
直属の上司であるシャッテン卿は久方ぶりの大きな仕事に咳払いをし緊張を紛れさせていた。他の面々も同じようなもので緊張している様子だった。
並び終えると竜のお方の姿が随分と大きくなっており、アルバトロス王都の上空を何度か旋回して空き地に降り立つ。王都に住まう皆さまは最初こそ竜の方が空を旋回していると恐怖に震えていたが、最近は慣れてしまったようでアストライアー侯爵家の旗やアルバトロス王家の旗に亜人連合国の旗を竜の方が下げていると問題視しなくなっていた。
今日はアストライアー侯爵家の旗とフソウ国の旗を竜のお方が掲げているので、何処の国だ? と疑問に感じているかもしれない。
竜のお方の背中から緊張した面持ちでナガノブさまご一行が降りてくる。そうして大刀を右手に持った皆さまがシャッテン卿と俺の前に並んだ。ナガノブさまの後ろには小さな五歳くらいの男の子――後ろには三本の尻尾がゆらゆらと動いている――と仔狐二頭とフェンリル二頭――松風と早風――も一緒だった。
ナイさまの話では妖狐の仔供で名を権太というそうだ。ナイさまの下へ遊びに行くと約束していたので、今回が約束を果たす日になったようである。
「フソウ国、征夷大将軍を帝から拝命している小田長信だ! フソウ国を出るのは初めて故に迷惑を掛けることもあるかもしれぬが、これから三日間、よろしく頼む!」
凄く遠くまで響く大きな声だった。もしかして彼が習った剣術の流派は声を上げながら行動するのだろうか。とりあえず大刀を右手に持っているということは、刀を抜くことはないという意思表示である。
武士の方や侍の方は左利きであっても必ず矯正されて左の腰に大小二本の刀を差す。そして右手前で構えることが必須なのだ。だから左手を用いて刀を抜くことはなく、右手に鞘に納めた大刀を持っていると敵意はないというフソウの武士や侍の方の風習なのだ。武士や侍の方がすれ違い刀がぶつかったというトラブルを避けるため左側通行になっているのだが……まあ、それは今関係ないことである。
「アーベル・シャッテンです。アルバトロス王国にて外務卿を務めております。本日はアルバトロス王より王城への案内役を任されました。道中、不便がありましたらお申し付けください」
シャッテン卿がナガノブさまに右手を差し出した。ナガノブさまは隣に立っていた九条さまに大刀を預けて、シャッテン卿と硬い握手を交わす。ナガノブさまは良い顔で、シャッテン卿は穏やかな顔をしながら互いの手を離した。俺には彼らにどんな感情が込められているのか分からないが、無事に会談が終わることを願うばかりである。
『では、私は役目を終えましたので戻りますね。ナガノブ。道中、興味深い話を沢山ありがとうございました』
竜のお方――鱗の色は緑である――が大きな顔をこちらに近づけて穏やかな声で告げる。声を聞いたナガノブさまははっとして、背をぴしりと伸ばし竜のお方へと振り返る。
「いえ! また帰路に就く時もよろしくお願い致します!」
ナガノブさまも竜のお方も良い顔をしているから、緊張しつつも楽しい空の旅だったのだろう。ナガノブさまの後ろに控えていた妖狐の仔が『またよろしくな!』と八重歯を見せながら竜のお方に挨拶をしている。
松風と早風もふん! と鼻を鳴らしてアピールしており、アルバトロス王国の面々が驚いていた。松風と早風の存在を知っているから、妖狐の子供で驚くのは今更ではなかろうか……と考えてはっとする。もしかして俺、ナイさまの子爵邸の環境に毒されているのだろうか。
いや、まさかと頭を振りたくなるのを我慢して、シャッテン卿と俺はナガノブさま一行を馬車の中へと案内する。フソウでは篭での移動が常のため馬で車を引いていることが珍しいようだし、馬車の衝撃吸収機構にも関心を示している。その辺りも取引するかもしれないと考えながら、俺たちもアルバトロス城へ戻ろうとユルゲンと一緒に馬車に乗り込んだ。
「アルバトロス王国の者より小柄な方々ですね。けれど服の袖から覗く腕には確りと筋肉が付いていましたし、騎士の方と同様に剣ダコがありました……小柄だと揶揄する方がいなければ良いのですが」
馬車に乗り込んで暫くすれば、ユルゲンが眉を八の字にしながら声を出す。確かに彼の心配は理解できた。見た目で判断してしまう人は必ずいる。ユルゲンのように注意深く観察すればフソウの人々を笑えないと分かるのだが、相手を観察する癖を身に付けるのは割と難しい。
「島国だし小国だけど、北大陸のミズガルズに占領されていない時点でフソウの強さは分かると思いたい」
俺は心配そうにしているユルゲンに答えてみるが、相手の国の地理を考慮できる方はどれほどいるのだろう。ナイさまが巻き込まれて引き起るトラブルのお陰でアルバトロス王国の城内には、妙な人が随分と減っているそうだ。
だから大丈夫と言い聞かせたいけれど、新しく官僚の仕事に就いた人たちにはナイさまの話はどれほど伝わっているのだろうか。ガタゴトと揺れる馬車の中で、お互いに溜息を吐いているとアルバトロス城内に辿り着いていた。
「急ごう」
「はい」
馬車から忙しなく降りた俺とユルゲンはシャッテン卿とナガノブさまが乗る馬車の近くへと急ぐ。外壁へと出迎えに行った面々の他に、馬車回りでは宰相閣下や他の面々もいらっしゃっていた。小国の国家元首を迎える規模より人数が多いようなと首を傾げるものの、ナイさまの客人であればそうなっても仕方ないのだろうか。
「ようこそいらっしゃいました。フソウ国、オダショウグン。長旅を終えたばかりです。挨拶はほどほどに部屋へご案内致しましょう。皆さまも」
宰相閣下の声にナガノブさまが『よろしく頼む』と頭を下げた。妖狐の仔は背の高いアルバトロス王国人が珍しいようで顔を上げみんなの顔を眺め、仔狐二頭と松風と早風も妖狐の仔と一緒にみんなを見上げている。
本当ならおっかない魔獣なのかもしれないが、幼くて愛らしい姿を見せられると頬が緩んでしまう。現に顔が緩んでいる方がいて幸せそうな顔になっている。
案内役の近衛騎士の方の後ろにフソウの皆さまが並んで付いて行っているのだが、フソウ人が珍しいようでチラチラを視線を向けている。ナガノブさまは受けている視線を物ともせず、真っ直ぐ前を見て歩いていた。きっとフソウ国の征夷大将軍としての矜持なのだろう。見習いたい所だなと感心していると、シャッテン卿が俺の隣に立った。気配を感じなくて少しドキリとしたのは内緒である。
「明日はリーム王とヤーバン王がこられますし、アガレス帝国の皇帝陛下も飛空艇でやってきますねえ」
「本当に凄い面々がこられますね。陛下もお忙しいでしょうし、無理をなさらなければ良いのですが」
シャッテン卿が俺の言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。陛下はアルバトロス王国のトップだから、今回の件は凄く考えに考え抜いて人選を行っているはず。
ナイさまのパーティーには王太子殿下が向かうため、ナイさまを慮っていることが分かる。当然と言えば当然なのだが、変な人だと妙な名代を寄越すだろうからマトモな人選だ。本当にアルバトロス王国のトップがマトモで誠実な方だから今の政権が長続きすることを俺は願うばかりだ。そしてアルバトロス王国の一員として俺も少しばかり助力できればと考えている。
「陛下はアルバトロス王国の未来のためだと仰っていましたよ。内陸に位置するアルバトロス王国が離れた位置にある国と交友を持てる機会は少ないですからね。陛下も今回は忙しい日々を送っておられるのです、我らも頑張りませんと」
シャッテン卿がうんうんと頷きながら目を細めている。確かに今日から数日の間に催されることはアルバトロス王国にとって大事な日となるのだろう。
「警備には竜騎士隊も駆り出されますし警備を担う者も大変ですが……利益の方が大きいんですよねえ。本当にアストライアー侯爵は凄い方です。四年前が懐かしい」
またシャッテン卿が目を細めて昔を思い出しているようだった。そういえば学院生だった一年の長期休暇で起こった討伐遠征の出来事を俺は詳しく知らないままである。ナイさまに聞けば詳しく教えてくれるのだろうか。いずれにせよパーティーまではあと少しの時間があるので気を抜かないようにしなければ。俺はシャッテン卿とユルゲンを見て居室に戻りましょうと声を上げるのだった。