魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――完成披露パーティー当日。午後。
アガレス帝国から飛空艇がやってきた。空を飛ぶ鉄は王都の皆さまにも子爵領の皆さまにも驚きだったようである。確か、飛行機が飛べる仕組みは元の世界でもはっきりと分かっていなかったはず。
古代の人々の知恵は凄いよねえと感心しながら、子爵領領都の外でウーノさま方をお迎えにきている所だ。飛空艇が珍しいようで子爵領の大人と子供が領都の外に出てきている。
警備の方々が飛空艇の回りで厳しい視線で辺りを見ているため、見学に出てきている領都の皆さまは近づけないでいた。私の物であれば見学しても問題ないですよと言えるけれど、アガレス帝国の所有物なので勝手はできない。
ウーノさまと婚約者さま、その後ろに第二皇女殿下――確かドゥーエさま――がタラップをゆっくりと降りてきた。私たちアストライアー侯爵家のいつものメンバーで出迎えており結構な人数となっている。
クロとアズとネルとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは当然の様に一緒だし、エルとジョセとルカとジアにジャドさんとアシュとアスターとイルとイヴも興味があるとのことで出迎えに参加してくれている。領都の皆さまの視線は飛空艇にも刺さっているが、彼ら幻獣と魔獣にも熱い視線が向けられていた。
私は侯爵家の面々より一歩前に出れば、ウーノさまがにこやかな笑みを携えて私の隣に立つ。彼女の横には伴侶である男性が付き添い、少し後ろに第二皇女殿下が控えていた。
「ウーノさま、皆さま、長旅お疲れさまでした」
「ナイさま、お久しぶりでございます。ナイさまにお会いできると飛空艇の中での時間は直ぐでございました。ナイさま、新しい領主邸の完成おめでとうございます。少し気が早いですが、祝いの品を受け取ってくださいませ」
私が声を上げるとウーノさまが少し背を屈めて挨拶をくれる。確かにフソウ国よりもアガレス帝国に赴く機会は少なく、久方ぶりの再会である。しかし今までの大陸の状況と比べれば、アルバトロス王国とアガレス帝国との取引があるし共和国とも縁がある。
私たちがアガレス帝国に拉致されてから凄く情勢が動いているような。良い方向に動いているので有難いし、ウーノさまはマトモな方だからアルバトロスの国王陛下も話がし易いはずだ。長く友好関係が続くと良いなと願いながら、ウーノさまのご伴侶さまと挨拶を交わし、第二皇女殿下とも挨拶を交わす。他の三人の皇女殿下はアガレスで留守番を担っているらしい。
国外に出る機会はほとんどないので行きたかったと声を上げていたけれど、大人数で訪れれば迷惑になると説得したそうだ。許可が取れれば、いつでもアルバトロス王国にきてくださいと私が伝えると、妹たちが喜びますと第二皇女殿下が教えてくれる。そしてアガレス帝国にもいつでもきて欲しいと請われるのだった。
「子爵領なのでアガレス帝国の帝都のような規模ではありませんが、精一杯のおもてなしをさせて頂きます。では領主邸へ参りましょう」
私の声にウーノさまが『よろしくお願いします』と仰り、少し間を置いて『嗚呼、お可愛らしい』と彼女が呟いた気がする。私がウーノさまをもう一度見上げると、ふふふと笑みを携えたままだ。
ウーノさまだから妙なことを言うはずないと前を向いて、お客人を馬車の中へと案内した。そうして領都の中にある新領主邸を目指して馬車は進み始める。
大陸を超えてこられるお客さまの出迎えはこれで終わりである。あとはリームの国王陛下とアルバトロス王国の王太子殿下方と聖王国の教皇猊下と、招待した国内のお貴族さまを迎え入れるのみ。彼らはお祝いのパーティー前に子爵領に馬車でくるため、少しばかり時間に余裕がある。さて、無事にパーティーが終わるかなと、乗り込んだ馬車の窓から見慣れた領内を見渡しながら領主邸に着くまで待っているのだった。
◇
――……ナイさま、私には荷が重すぎませんか……?
友人特権というか、なんというか。私、フィーネ・ミュラーとアリサとウルスラはミナーヴァ子爵領にある新領主邸にお邪魔させて頂いている。朝、聖王国の転移陣を利用して教皇猊下と共にアルバトロス王国入りをし、王都の教会を教皇猊下と共に見学させて頂いていた。
私たちは教皇猊下と別れて子爵領の領主邸に、猊下はアルバトロス城に残ってアルバトロス王との会談を行っている最中だろう。
エーリヒさまも先乗りしているかもしれないと屋敷内を見学させて頂いていたのだが、西の女神さまと南の女神さまとお会いしてお茶をすることになってしまったのだ。
サンルームに移動して侍女の方がお茶を用意してくださる。西の女神さま方がジャドさんたちがいないと寂しがっているのだが、今頃は子爵領領都の外でアガレス帝国のウーノさま方を出迎えているはず。寂しい顔になった西の女神さまに南の女神さまが『直ぐ戻ってくるだろ』と励ましの声を掛けていた。
ゆらゆらと紅茶から出ている湯気が女神さまのご尊顔を歪ませている。そのお陰なのか私はどうにか声を振り絞ることができた。
「め、女神さま方もパーティーに参加なされるのですか?」
私は少し声を上ずらせながら西の女神さまと南の女神さまに声を掛けた。
「気が向けば」
「面倒だからなあ。でもどんな雰囲気か興味あるし、バレねえように覗いてる。美味い飯が食えないのは残念だけどよ、ナイが別で用意してくれるからな」
西の女神さまが用意された紅茶に手を伸ばし、南の女神さまが両手を頭の後ろに回した。参加しない可能性があると知ったが、女神さまと一目お会いしたいという方は多いのではないだろうか。
女神さま方を探すためにパーティーを抜け出して、子爵邸をウロウロする方がいないかと心配になるものの……そんなことをすれば直ぐにバレて周りの皆さまから白い目で見られて、今の地位を維持することができないだろう。女神さまに関しては心配しなくて大丈夫そうである。ただ私は規模の大きい夜会に参加するのが初めてなので今から緊張している?
二柱さまと顔を突き合わせながらお茶を飲むことよりも?
あれ、あれと頭の中が混乱してきた。私の異変を察知したのかアリサが『お姉さま、大丈夫ですか?』と問い掛けてきた。私がアリサに正直な気持ちを小声で吐露していると、二柱さまが不思議そうな顔をし始める。
「フィーネ、どうしたの?」
「変な顔してたな。大丈夫か?」
西の女神さまと南の女神さまが首を傾げる。テラさまに家族のことを調べて貰ってからというもの、女神さま方の態度が少し優しくなった気がする。顔を合わせた回数を重ねた所為もあるのかもしれないが、今の様に表情を読み取って心配してくれるのだ。
そんな二柱さまに黙っているわけにもいかないなと、私はアリサに語ったことを正直に伝えてみる。すると女神さま方がなんだそれと面白おかしい顔を浮かべて笑ったのだ。
「んな、緊張しなくても良いだろ」
「ん。みんな人間だし、私たちも同じようなもの」
南の女神さまと西の女神さまが片眉を上げながら仰るのだけれど、女神さまを人間と同じ扱いをするには問題がありすぎる。現にウルスラはぽかんとした顔をしているし、アリサも『それは不味いかと』と少し困った顔になっていた。
「アリサはフィーネのことに詳しいね」
「あ、は、はい! 憧れのお姉さまですから!!」
西の女神さまの声にアリサがはっとして我に返る。私のことを問われたためか凄く嬉しそうな顔になっていた。サンルームに移動する際に『どうしましょう、お姉さま』と私に問いながら、緊張していた姿はどこへやら。西の女神さまはアリサの顔と私の顔を見比べて首を傾げながら口を開いた。
「お姉さま……血が繋がっているの?」
「いえ、血は繋がっておりませんが尊敬している方なので。敬意を最大限に込めてお姉さま、と!!」
西の女神さまにアリサはぴしりと背を伸ばして顔を輝かせている。私のことがどこまで好きなのか謎が深まるばかりだが、アリサの私への好感度が高すぎやしないだろうか。なるほどと感心している――妙な所で感心していないだろうか――西の女神さまが南の女神さまを見降ろす。
「なんだよ、姉御。お姉さま呼びなんてあたしはやらねえからな!」
「つまんない」
南の女神さまが西の女神さまの顔を見上げながら抗議している。今の西の女神さまのお顔がお姉さま呼びを求めているとは全然分からなかったけれど、姉妹故なのか南の女神さまは理解できたようだ。
でも南の女神さまの口調を考えると『お姉さま』と声にして自分の耳に届けば、目をまるくしながら驚いてしまうそうだ。西の女神さまに南の女神さまは猫が逆毛を立てているかのような抗議は可愛らしい。二柱さまのやり取りを見ていたアリサとウルスラはふふふと小さく笑っている。二人に笑われていたと気付いた南の女神さまは、右手を後ろに回してぐしゃぐしゃと頭を掻いていた。
「そういえばナイに私の気が向けば聖王国の教皇猊下に会って欲しいってお願いされた。どういう人なの?」
「真面目な方です。お恥ずかしい話ですが、いろいろと問題を起こした聖王国を纏め上げておられますので政治面も優秀な方かと」
西の女神さまがほんの少しだけ右側に顔を傾ける。サラサラの女神さまの髪も少しだけ右に下がった。私の答えを咀嚼しているのか顔を少し傾けたまま片眉を上げれば、西の女神さまの整ったお顔が元の位置に戻る。
「うーん……そうじゃなくて、フィーネとアリサとウルスラとはどんな話をしてる?」
「私とは聖王国のこれからを協議していることが多いですね。個人的な話はお互いの立場上少ないかもしれません」
「教皇猊下とお話をする機会は少ないですが、聖女を確り務めていると褒めてくださいました」
「私は、大聖女として務めるのも大事だが一度聖王国以外の場で学ぶことも良い機会だと、アルバトロス王国の王立学院へ留学することを勧めてくださいました。まだ迷っていますが、いろいろと模索して頂いていますので感謝しています」
西の女神さまが私たちの答えをもう一度聞けば、うーんとなにやら悩み始めている。なにを考えているのかさっぱり分からず、私は南の女神さまへと視線を向ければゆっくりと左右に顔を振っていた。
どうやら南の女神さまでも西の女神さまが考えていることは読み解けないようであった。西の女神さまと教皇猊下との面会が叶えば、教皇猊下の立場は盤石なものとなる。
おそらくナイさまも教皇猊下の悩ましい立場を考えて、今回アルバトロス王国へと誘ってくれたはず。上手くいけば良いけれど、上手くいかなかった場合は……聖王国の価値はなくなり、大聖堂は崩壊の危機に晒されてしまう。あれ、凄く不味い状況になってしまうかもと新たに降り掛かった大問題に私には荷が重いと変な声を上げそうになる。
どうか無事に西の女神さまと教皇猊下の面会が終わりますように――叶うか分からないけれど――と願っていれば、目の前に沢山あったお茶菓子がいつの間にか消え去っているのだった。
◇
前乗りして頂いていた方々のお迎えが終われば、次は王太子殿下方以下アルバトロス王国の皆さまと、お誘いした各国の偉い方が子爵領領主邸にやってくる。馬車回りでお迎えをしていると、亜人連合国の皆さまは普段の服装ではなく、儀礼用の衣装を身に纏っている。
「ディアンさま、ベリルさま、ダリア姉さん、アイリス姉さん、ミナーヴァ子爵領新領主邸にようこそおいでくださいました」
私が声を上げて礼を執れば、皆さまは少し苦笑いになっていた。なにか変なことを言ったかなと私が首を傾げると今度は笑いに変わった。
「私たち気を使わなくて良い。気安い仲だろう」
「そうですよねえ、若。貴女と出会って四年近くになりますから」
ディアンさまとベリルさまが私の顔を見下ろしながら小さく笑っている。多分、お二方もこれは最初の挨拶だと分かっているけれど、言わずにはいられなかったようである。
もう少し砕けた喋り方でも良いかもしれないが、目上の方という認識だから私の口調は丁寧なままになってしまう。今の彼らの姿は人間の形を模しているけれど、本来は巨大な竜のお方なのだから。
衣装も凄く豪奢でディアンさまは黒色を基調とした身体のラインが綺麗に出ているし、控えめな金刺繍は凄く丁寧な仕事をしていると分かる。ベリルさまは白色をメインに濃紺の刺繍が施された衣装を身に纏っていた。イケメンだし、衣装が変わると雰囲気もガラッと変わっている。
『ナイは小さい竜の仔たちだと、ジークとリンとボクに喋っている喋り方だよねえ。ディアンもベリルも普通に喋って欲しいみたいだよ』
クロが私の肩の上で目を細めながら教えてくれた。流石になかなか難しくないだろうかと私の片眉が上がる。うんうんと頷いている目の前の長身のお二方の隣で早く場を譲れと言いたそうな別のお二方がいた。
「ナイちゃんはずっと丁寧な言葉使いよねえ」
「少し寂しいなあ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが私の背中に回り込み、ダリア姉さんは私の髪を一房取って手で透かし、アイリス姉さんは両手を肩に回して少しだけ体重を掛けてくる。
重くはないし、髪を触られるのも嫌――もちろん相手による――ではないが、少々恥ずかしい気持ちが湧いてしまう。それにしてもダリア姉さんとアイリス姉さんも気合が入っているのか、いつものエルフの衣装をもっとひらひらさせた独特な雰囲気を醸し出している。かなり複雑な刺繍が施されているものの、布地と同じ色のため良く見ないと分からない。でもお二人に凄く似合っていた。
「皆さまにはいろいろと助けて貰っていますから。あと、ご衣装凄く似合っておられます」
貴族の夜会なんて参加しない方々だろうし、私の我が儘に付き合わせてしまった所もあるはずだ。改めて伝えるのは気恥しいが、きちんと言葉にしておかなければ気持ちは伝わらない。私の声を聞いたディアンさまとベリルさまは一瞬驚いた表情を見せたものの柔和に笑い、ダリア姉さんは私の髪を撫でる手が丁寧になり、アイリス姉さんが肩に回していた腕を更に力を入れた。
「ありがとう」
「褒められると嬉しいですねえ」
「気合を入れてきた甲斐があったわ」
「ね。もっと褒めてくれても良いんだよ~ナイちゃん~」
そんな皆さまを屋敷の中へと案内したい所だけれど私は他の方々の出迎えがある。家宰さまに亜人連合国の皆さまを控室へと案内して頂く。そうしてまた次の馬車がやってきた。王家の紋が刻まれているので王太子殿下と王太子妃殿下が乗っているのだろう。
豪華な馬車がゆっくりと止まって御者の方が扉を開けると、王太子殿下が先に降り、王太子妃殿下が彼のエスコートを受けながらタラップに足を掛けてゆっくりと降りた。
お二人が身に纏う衣装は城内の謁見場で見た時よりも豪華な仕様となっているし、脱ぎ着が大変そうだというのが正直な感想だ。私は呆けている場合ではないと王太子殿下と王太子妃殿下の前に立ち礼を執る。
「王太子殿下、王太子妃殿下、ミナーヴァ子爵領へようこそおいでくださいました。少々手狭となりますが、お楽しみ頂ければ幸いです」
私が口上を述べると殿下方は笑みを浮かべた。私の側にはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちがいるから、少し気になるようである。亜人連合国の皆さまはいつも通りだという認識なのかスルーしていたのに。王太子殿下と王太子妃殿下とは顔を合わせる機会があまりないので仕方ないのだろう。そのうち慣れてくれるはずと考えていれば、少しだけ間を置いたお二方が口を開く。
「アストライアー侯爵、陛下の名代として参加させて頂くよ」
「お誘い頂き感謝致します、アストライアー侯爵閣下。楽しませて頂きますわ」
そうしてまた王太子殿下と王太子妃殿下を屋敷の中へと案内する。案内役はソフィーアさまに担って頂いた。本当であれば彼女も控室で時間を潰している側だけれど、少々人手が足りなかったことで王太子殿下方を案内する適役はソフィーアさまだろうとなりお願いした次第である。
ソフィーアさまに私はお願いしますと告げれば、殿下方はソフィーアさまのあとを付いて行く。ふうと私が息を吐くとジークとリンが目敏く気付いたようだった。
「大丈夫か?」
「まだナイより位が高い人がいるから……」
ジークとリンが私の後ろで少し背を屈めながら問うてきた。
「ん、大丈夫。私が誘ったんだから、きちんとお迎えしないとね」
私は後ろに振り返り笑みを浮かべる。ジークとリンはいつも通りの表情だから、誰を迎え入れても緊張は少ないようである。私も緊張は少しだけであるが、慣れていないので少々息を吐きたい気分になっただけ。
あとはリーム王と公爵さまと辺境伯さまとリヒター侯爵さまをお迎えすれば良いだけである。侯爵位より低い家格の方はアストライアー侯爵家の他の方に対応を任せていた。
『無理しないでね、ナイ』
「大丈夫だよ。夜会が始まれば美味しいお料理が私を待っているから」
クロの言葉に私は答えた。そう、そうなのだ。夜会は美味しいお料理が出される。もてなす側となるので軽食コーナーに張り付いているわけにはいかないが、暇な時間は必ずあるはず。
料理長さんにお願いして参加している国のお料理をいろいろと出して頂く予定だ。アルバトロス王国の料理が口に合わなければ自国の料理を食べれば良いし、興味のある方には食べて貰って家で再現することもできる。
欲しい野菜があれば直接、赴いている方々と交渉すれば話は早いはず。お酒も関係各国の品を取り揃えているので、公爵さまとお酒好きな面々には喜ばれそうだった。ちなみにダリア姉さんとアイリス姉さんがドワーフさんの火酒を持ってきてくれている。係の方には『アルコール度数が凄く高いので、飲み過ぎにはご注意を』と告げて貰うようにしているが、果たして酔わない方はいるだろうか。
『食べ過ぎないでね?』
「注意します」
クロの軽口に私も軽口で返す。そうして馬車回りで待っていれば、直ぐに次の馬車がきた。
「今度はリーム王だな。ギド殿下も一緒か」
「アルバトロス城で一泊してたんだっけ?」
「うん。子爵領にくる前に農業関係の情報・技術交換会を開いていたって聞いてるよ。でも国の頂点の方も参加しているんだから凄いよね」
ジークとリンが馬車を見ながら声を上げる。今度の馬車もアルバトロス王家所有の馬車なのだが、客人用の物だと分かる。リーム王と王妃殿下とギド殿下が一緒に乗っていると、アルバトロス王国上層部から教えて頂いている。
リーム王国も三年間で様変わりしているようだから、私は彼らから直接話を聞くのが少し楽しみだったりする。もしかしたら新種のお芋さんが誕生しているかもしれないのだから。
「リームは本気だと言いたいのかもな」
「お芋美味しいから、頑張って欲しい」
ジークとリンが今し方停まった馬車に目を向けている。交換会の場にはリーム王も参加していたそうである。本当にやる気が凄いなと感心するし、リーム王国がそれだけ聖樹頼りだったという証でもある。でもきっと現リーム王であれば上手く国を運営していくのだろう。
もし困ることがあるならアルバトロスの国王陛下を頼るはずである。だから心配はいらないはずだと私が前を向けば、リーム王と王妃殿下とギド殿下が馬車から降りてきた。
「国王陛下、妃殿下、ギド殿下、遠い所をようこそいらっしゃいました。本日は楽しんで頂けるれば幸いです」
「う、うむ。アストライアー侯爵、我々リームを誘って頂き誠に感謝する。リームの特産品をたくさん用意している。是非受け取って欲しい」
私にリーム王が緊張した様子を見せているが、年下相手に緊張しないで欲しい。もしかして私よりもヴァナルたちを見て硬くなっているのだろうか。それなら納得できるなとヴァナルたちの方へ視線を向けると、毛玉ちゃんたちが凄い勢いで尻尾を振り始めた。
私は目で『ごめんね、そこにいてね』と伝えると雪さんたちが察知してくれたようで、毛玉ちゃんたちの方へと顔を向ける。とりあえずリーム王国からのお土産はどんなものだろうか。夜会が終わったあとの楽しみが一つできたと笑っていると、妃殿下が礼を執る。高貴な方は本当に綺麗な方が多いなと感心していると、目の前の女性が口を開く。
「アストライアー侯爵閣下、お久しぶりでございます。本日はよろしくお願い致しますね」
「はい。妃殿下もごゆるりとお過ごしください」
ふふふとお互いに笑っていると、次はギド殿下の番なのか彼が咳払いをする。正装姿のためなのか少し見慣れない彼に私は苦笑いを零してしまった。
「アストライアー侯爵閣下、俺……私まで誘って頂き感謝します!」
「いえ。ソフィーアさまのご婚約者さまを誘わぬ訳にはまいりません。いつもソフィーアさまにはお世話になっております」
ギド殿下に私が伝えると、彼は顔を瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にさせた。ギド殿下の様子を見守っていた陛下と妃殿下が小さく笑い『弟が失礼を』と謝罪が入る。
私は陛下方に気にしないでくださいと伝えれば、顔から赤みが少し取れたギド殿下は盛大にテンパっていた。本当ならソフィーアさまとギド殿下は婚姻していてもおかしくはない。ストップが掛かっているのは私が独り身だからだろう。セレスティアさまとマルクスさまも婚姻に至っていないし、私の身の振り方を真剣に考える時期がきているのだろうか。
「い、いや、その! 俺のような者に彼女は勿体ない方だ。ハイゼンベルグ公爵家とアルバトロス王家からの申し出には本当に感謝している!」
ギド殿下の口が回り続けている。言い終えると『美しい方だし、不器用な俺を彼女は怒りもせず立ててくれる』と惚気が始まったようだ。傍から見ている分には、お二人の未来は明るそうである。
良かったと安堵しているとリーム王がギド殿下の惚気話を止めさせていた。そうして今度は戻ってきた家宰さまにリーム王の案内をお願いした。
そうしてまた次の馬車が馬車回りに停まり、ハイゼンベルグ公爵さまと夫人が降りてきた。私は真っ直ぐに背を伸ばして公爵さまと夫人を出迎える。
「公爵閣下、夫人、ミナーヴァ子爵領にようこそいらっしゃいました」
「ナイ、視察以来だな。子爵領にくるのは初めてだが、良い場所ではないか」
私が礼を執れば公爵さまがにっと笑う。彼に褒められるのはむず痒さを覚えつつも嬉しい気持ちが上回った。アルバトロス国王陛下から賜った領地なので、一から開墾したわけでもないが目の前の方に褒められるのは私にとって特別である。つい、笑みを零していると公爵さまの隣にいた夫人が礼を執る。
「三年前の公爵邸で初めて挨拶を交わした頃とは随分と雰囲気が大人になっておりますね。今日はよろしくお願い致します、アストライアー侯爵閣下」
夫人の笑みにある皺は少し深くなっているなと、三年分の時間を感じさせてくれた。身体の成長は微々たるものだが、少しは落ち着いたのだろうか。お二人との挨拶を終えれば今度はクロが口を開く。
『楽しんでね~』
「クロ殿、ありがとうございます」
「楽しませて頂きますわ。竜のお方」
公爵さまと夫人はクロに背を屈めて軽い礼を執った。クロは夫人に名前で呼んで欲しいなとお願いし、夫人が驚いた顔になって公爵さまの顔を見て確認を取る。首を縦に振った公爵さまと遠慮はいらないよとクロは夫人に伝えて、夫人からクロさまと呼ばれて少しご機嫌になっている。
公爵さまの案内はジークにお願いしていれば、また馬車が停まる。公爵さまを見送ると同時に次はヴァイセンベルク辺境伯さまと夫人が馬車から降りてきた。
「ヴァイセンベルク辺境伯閣下、夫人、ようこそ。ミナーヴァ子爵領へ」
「アストライアー侯爵、此度は招いて頂き感謝する」
「よろしくお願い致しますわ、閣下」
辺境伯さまとアルティアさまとも挨拶を交わす。アルティアさまは普段だと私を名前で呼ぶのだが、挨拶だからと私を慮ってくれたようだ。有難いけれど照れ臭いなとお二人の案内をセレスティアさまにお願いしようとすると、ふと地面から淡い光が発せられていた。なんだとリンと護衛の方々と、辺境伯家の護衛の皆さまが身構える。
「ナイ!」
リンがカストルの柄に手を添えて私を庇うように前に立つけれど、なんとなく淡く光っている物の正体を察知してしまった。リンの服を掴んで意識をこちらに向けたかったが、地面に現れた光を見つめたままだった。
「……大丈夫、かも」
『だねえ』
仕方ないと私が声を上げると、クロも同意してくれる。ならば私の勘違いではないのだろう。地面の光は魔力光でなんとなく辺境伯領の大木の精霊さんのものに似ていた。
ヴァナルたちも警戒していないので大丈夫なのだが、護衛の方たちには今の状況は不味い事態なのだろう。そうして地面からの光がなんとなく人の影に見えてくる。護衛の皆さまが『なっ!』『えっ?』と声を上げ、辺境伯さまが『落ち着け!』と少し厳しめに告げた。アルティアさまも驚いておりクロが私の肩から飛び立って、彼女の肩へと乗り移り『大丈夫だよ。心配しないで~』と教えていた。私の後ろに控えていた彼女の娘さんがムスーと膨れているような気がする。
『おや? もしかして驚かせてしまったのでしょうか……』
「大木の精霊!? どうしてここに!!」
『ナイさんとお会いしたいからと、大木の下から根を王都へと伸ばしていたのですが、今いる地もナイさんの影響が濃いなと感じました。そしてナイさんがいるような気がしたので、分身を作ってみた次第です』
こてんと首を傾げている大木の精霊さんにとある護衛の方が声を上げた。単純に辺境伯領にいるはずの精霊さんが姿を現したので疑問に感じたようである。精霊さんは彼の疑問に素直に答えていた。
もしかして精霊さんの姿がいつもより薄いと感じてしまうのは分身だからだろうか。私を認めた精霊さんはすすすと音もなく私の前に立って手を伸ばす。伸びた手は私の髪に触れ、愛おしそうに何度か私の黒髪を撫でる。
『ご迷惑でしたか?』
「迷惑ではないですが、驚きました。大木の下から離れられるのですね」
精霊さんの疑問に正直に答える。彼女の話だと大木から離れたというよりも辺境伯領から王都へと根を張っただけなのだとか。ついでに私の気配がある子爵領にも伸ばし、今はアストライアー侯爵領方面にも伸ばしている最中らしい。
王都まで伸びるにはあと一ケ月ほど、侯爵領には三ヶ月ほど掛かるだろうと教えてくれる。私は精霊さんに屋敷に訪れることがあるならば事前に教えて欲しいと告げた。
『承知致しました。では、あの黄色い花の香を届けましょう。これでよろしいですか?』
「はい。黄色い花の匂いは特徴があるので直ぐに精霊さんだと分かります」
『嬉しいです。覚えてくださったのですね』
精霊さんと話をしているとアルティアさまがフラフラとし始めた。辺境伯閣下が彼女の肩を抱いて『大丈夫か!?』と問うている。どうやらクロが彼女の肩の上に長く乗っていたことで興奮し過ぎてしまったようである。
セレスティアさまが『お母さまですものね。妬ま……羨ましい』と凄く納得している様子になり、少し休みましょうとアルティアさまと辺境伯閣下を連れて控室へと消えていく。精霊さんも今日のことを知って、それなら辺境伯さまと行動を共にしますと言い残し彼らのあとを追っていく。大丈夫かと少し心配になるけれど、セレスティアさまがいるなら問題ないだろう。マルクスさまも控室で合流するはずだ。
そうしてリヒター侯爵閣下と夫人を出迎えて、彼と一緒に屋敷の中を目指す。リヒター侯爵さまと夫人のヴァナルたちにまだ慣れていない反応が新鮮だなあと感じながら、今宵は更に忙しくなるなと茜空の陽を背に受けるのだった。