魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0603:【③】招待を受けた皆さま。

 ヤーバン王国から外へ出ると、私の目の前には知らない世界が広がっている。

 

 と言っても、ヤーバン王として何度かアルバトロス王国へと赴いた身なので、他のヤーバン者たちより驚きは少ないかもしれない。私の護衛として初めてアルバトロス王国入りを果たした者は建物の偉大さと広大さに驚いているし、提供された食事の繊細さにも驚いていた。

 そしてミナーヴァ子爵領へ赴いてジャドさまとアシュさまとアスターさまとイルとイヴさまにお会いした際には腰を抜かしそうになっていた。件の者の側にいた者が腰革帯を掴んで無理矢理に立たせていたが。

 

 私は今、ミナーヴァ子爵領新領主邸の控室で夜会が開かれる時を待っている。部屋にはアルバトロス王国の王太子殿下と王太子妃殿下一行にアガレス帝国の皇帝陛下一行とリーム王国国王夫妻一行と、アルバトロス王国の高位貴族の者たちが一堂に会している。

 

 少し前に開催されていた西大陸各国の王が集まる会議の場で顔を突き合わせてはいたが、私的な時間にこうして見るのは初めてである。先程挨拶を済ませたのだが女の私が王を務めていることが珍しかったようで、少し緊張なされていた。彼は私と歳が近いし、年上なのだからもう少し自信を持っていてもよさそうである。ただ西大陸の各国の王は老齢である。おそらく治世が安定している故に代替わりが頻繁に行われないのだろう。

 

 まあ、今、この場には各国の王よりも年を重ねている者がいるわけだが。周りの者たちよりも独特な衣装を纏っている額から角が生えている男二人と、耳の長い女が二人控室でハイゼンベルグ公爵と話を交わしている。

 

 「竜の亜人とエルフ? 本物なのか」

 

 「陛下、陛下っ! あまり不躾な視線を相手に送らないでください。陛下の眼光はただでさえ鋭いのですぞ!」

 

 私の隣で控えていた側仕えが苦言を呈しているが、おそらく相手は気にしていない。ちらりと私の方へと一瞬だけ視線を向けて『少し待て』という意思を感じ取れたのだから。とはいえ側仕えの主張は一理あると、私は彼らから視線を外して控室の中を見る。私に好奇な視線を向けてくる者が多くいるのだが、やはりヤーバン王国式の正装で赴くべきだっただろうか。

 

 もしかして今の衣装は似合っていないのかと不安になってくる。一応、アルバトロス王に相談してドレスを一着仕立てたのだが……むむっと口をへの字に私がしていると、亜人連合国の者たちがこちらへとやってきた。

 黒い角が生えている男と白い角が生えている男に、耳の長い女が二人。彼らから発せられる気配は人の物ではないと直ぐに分かる。仮に今私が帯剣しており、彼らに斬りかかっても勝てる算段が頭の中に湧いてこない。頭の中に浮かぶ映像は私が彼らに倒されている光景だけだった。

 

 「ヤーバン王だったか?」

 

 黒い角が生えた男が問うてきた。彼から私に話しかけてきたのに名乗りがないのは不思議であるが、他愛のない質問であるし嘘を吐く必要もないと私は口を開く。

 

 「お初にお目に掛かる! 私はヤーバン王、アレクサンドラであるっ!」

 

 うむ。やはり初めて名乗る時は確りと腹から声を出さねば。先程、リーム王と挨拶を交わした時は驚いた様子を見せていたが目の前の彼らは平然としていた。ふふふと私が笑っていると側仕えの者が小さくなりながら横に立つ。

 

 「陛下ぁ! 声、声を抑えてください! 大変申し訳ございません。陛下は他国の風習に疎く少々声が大きいのでございます」

 

 「問題ない。亜人連合国で代表を務めている。名乗る習慣は我らの国にない故、見逃してくれ」

 

 私の側仕えの態度に怒りもせず、黒い角が生えた男は微かに笑っている。そういえば何故私と接触したのだろうか。先程の視線が失礼なものだと言われてしまえば謝るしかない。もし手合わせの申し出ならば私は嬉々として受けるのだが、さて。

 名乗らない風習があるのならば仕方ない。暗部の者であれば身分と素性を隠すのだから、彼らもソレに準じているか、仲間内でしか名を明かさないのだろう。私が問題ないと黒い角の男に伝えると『有難い』と口にして、更に言葉を紡いだ。

 

 「ヤーバン王国に住まうグリフォンの生息状況を知りたいのだが……貴国は余所者を寄せ付けないと知っている。せめて情報だけでも欲しいと我々は考えていてな」

 

 黒い角が生えた男が更に説明を付け加える。彼ら亜人連合国では魔獣や幻獣の保護を行っているそうだ。アストライアー侯爵邸に住んでいるジャドさまたちとも情報を交換しているとか。

 雌のグリフォンが大陸のどこかで見つかれば彼らからジャドさまへ連絡が入り、見つかった雌グリフォンに話を聞きに行く段取りとなっているとのこと。確かジャドさまが少し話していたような記憶が残っている。

 

 「そういうことであれば、ヤーバン王国王家に現存している資料を貴国へ送ろう。しかし我々が情報提供するだけの状況は問題がある」

 

 私は亜人連合国のみ得をする状況は流石に認められないと口にした。ヤーバン王国の過去の者たちが必死になって雄グリフォンの生態を調査し、彼らが好む餌や場所を調べ上げたのだから。

 私は研究者たちの苦労を知っている。だから王として無料で情報を彼らに渡すのことなどできやしない。私は真面目に言っているという意志を伝えるため、亜人連合国の代表殿の目を確りと見る。春の木々に生える若芽のような緑色の瞳には私の姿が確りと映し出されていた。何故、分かるのか。ヤーバンの者は他国に住まう者たちよりも目が良いと聞く。矢を放てば百発百中と言われている所以が此処に在った。

 

 「もちろんだ。新たなグリフォンが見つかればヤーバン王国へ連絡を入れるようにとジャドから言付けされている。貴国と直接連絡を取れる手段が欲しい。あとグリフォンが好んで食すという――」

 

 ふふと笑った亜人連合国の代表殿は嬉しそうな顔になっている。

 

 「――が亜人連合国では採れるのですかっ!?」

 

 私は代表殿が口にした名を聞いて嬉しくなった。雄グリフォンたちが好んでいるのだが、どうしてもヤーバン国内では手に入れ辛い品なのだ。もし亜人連合国から輸入ができるのであれば、ヤーバン王国に居着いている雄グリフォンたちが喜ぶ。

 

 「ああ。ある時期を境に良く採れるようになってな。融通できる」

 

 代表殿が小さく笑っている。私が話に食い気味になってしまったので、面白かったのだろうか。いや、今なら笑われても構わない。ヤーバンの国獣であるグリフォンたちが喜んでくれるのだから。

 

 「本当に!?」

 

 「嘘は吐かない主義でね。大量にとはいかないが、ヤーバンに住まうグリフォンに提供できるくらいは採れているさ」

 

 代表殿の後ろに控えている白い角が生えている男とエルフの女性二人が私の変わりようを見て笑っていた。いまならいくら笑われても構わないし、もしかすれば目的の品を彼らが育てているかもしれないのだ。私の側仕えが『ああ、グリフォンの話になると子供のように振舞うのはお止め下さい。陛下』と言っているものの、今は少し黙っていて欲しい。だって。

 

 ――伝説のマンドラゴラもどきが手に入れられるとは!

 

 本当にアストライアー侯爵の夜会に参加させて頂いて良かった。

 

 ◇

 

 ――ナイの野郎……。

 

 いや、野郎じゃねえけど。初めて参加する夜会が幼馴染が主催であれば安心できる。そう普通であれば。だが今回の主催者は今や東西南北の大陸に名を馳せているだろう、ナイ・アストライアー侯爵が開くものなのだ。

 伯爵位より上の方々は別の控室で夜会が開始されるのを待っており、俺たちも用意された部屋で待機している。そろそろ入場が始まるのだが俺たちの順番は最初の方だ。そのことに文句はない。貴族籍に入っているものの、爵位なんて持っていないのだから。むしろ今回の夜会に呼ばれてのはもの凄く場違いではと首を傾げたくなる。

 

 とはいえナイが仲の良い人たちを誘ったからと言われて招待状を受け取れば、参加すると返事をするしかない。だから俺とサフィールは場違いな場所にいるなと苦笑いになっていた。

 

 「サフィール、平気か?」

 

 「大丈夫だよ、クレイグって言いたいけれど……女神さまとの食事とはまた違った緊張感があるよね」

 

 俺の隣に並んでいるクレイグが待機部屋の隅っこの壁際で苦笑いを浮かべている。しかし女神さまと一緒に摂る食事と比べるのも如何なものだろうか……女神さまと食事を一緒に摂る人間という構図自体が信じられないが、真実起こっているのだからサフィールの言葉に俺は反論できなかった。

 

 「女神さまとの食事と比較するな……いろいろと価値観がぶっ飛びそうになる。この部屋にいる皆さまもアルバトロス王国で重要な方々だろうけど……あっちの控室はもっと凄いからな」

 

 「だね。ナイも本当に無茶をするというか、なにも考えていないだけというか」

 

 幼馴染との会話は気楽なものだ。こうしてナイを揶揄いながら話すことができるし、別にナイのことではなくとも普通に話が続く。たとえ無言であっても構わないのだが、まあこうして話していた方が気が紛れる。

 

 なにせ俺たちが初めて参加する夜会には、アルバトロス王国国王陛下の名代である王太子殿下夫妻に各国の王さまがおり、ハイゼンベルグ公爵閣下を始めとしてアルバトロス王国内の有力貴族がいらっしゃるのだ。

 女神である二柱さまも気が向いたら顔を出す、というようなことを朝食の席で言っていた。本当に初めて参加する夜会、そして爵位も持っていない俺たちが赴くにはハードルが高いのではなかろうか。いや、野心が高ければ絶好の機会だと意気込むのかもしれないが、俺は今の生活で十分満足している。おそらくサフィールも満足しているから、今の状況は俺と同じ気持ちであろう。

 

 部屋の中には緊張している様子のフライハイト男爵閣下に娘であるアリア嬢が声を掛けていた。きょろきょろと落ち着きない様子を見せる男爵にアリア嬢が活を入れている。アリア嬢の隣にはロザリンデ・リヒター侯爵令嬢もいる。アリア嬢の側で親子の姿を見て小さく笑みを携えていた。

 

 他にもソフィーア・ハイゼンベルグ公爵令嬢がリーム王国の第三王子であるギド殿下と一緒に話をしているのだが、お互いに落ち着いた様子で笑みを携えていた。

 セレスティア・ヴァイセンベルク嬢も婚約者であるマルクス・クルーガー伯爵子息と一緒に並んで立っている。南の島で逆らえない様子を見せていたマルクス殿だが、今は普通に二人並んで立って開始時間を待っているようだ。

 

 他にもラウ男爵閣下も一緒の部屋にいる。彼の本来の爵位は伯爵位だが引退した身だからと、こちらの部屋を選んだようだ。ジークが世話になっている人物だからか、先程俺たちに声を掛けてくれた。凄く落ち着いた物腰であるが眼光鋭い方である。やはり元は伯爵位を持つ貴族なのだなと感心してしまった。

 

 知り合いと挨拶を交わし終えて、壁の側でぼーっとしているとアリア嬢がフライハイト男爵閣下と話を終えたようである。俺たちの姿を見たアリア嬢がにこりと笑い、ロザリンデ・リヒター侯爵令嬢が目線だけを下げた。

 俺とサフィールは彼女たちに礼を執る。元々貴族籍に入っている方と成り行きで貴族籍入りした俺たちとは違うのだから。

 

 「クレイグ、顔逸らしていないで手くらい振ってあげなよ」

 

 「うっせ! 元は俺たち孤児だから無理だろ」

 

 本当に気軽に手を触れる相手なんかじゃない。彼女は教会で聖女も務めている。顔も広い。俺なんかとは別の世界に住んでいる人間だ。

 

 「そうかなあ……大丈夫な気がするけれどね。ナイよりマシだけれど、人のこと言えなくなるよ」

 

 「どういう意味だ?」

 

 「うーん。どうだろうね?」

 

 サフィールが要領を得ない言葉を紡ぎ肩を竦めた。俺が真意を問うてもはぐらかされる。もう一度サフィールに声を掛けようとすれば、入場が始まると係の人間が声を上げるのだった。

 

 ◇

 

 夜会が始まりました。ナイお姉さまが取り仕切られる本日のミナーヴァ子爵新領主邸完成披露パーティーは様々な方が参加しておられます。本当に皆さまの名を上げるのが大変なくらいに。

 

 私は末端の貴族として教会聖女としてナイお姉さまから招待状を頂き、すぐさま参加する旨を認めた手紙を送り返しました。教会聖女の身の安全のために王都の子爵邸で下宿させて貰っているので、なんだか妙な言い方かもしれませんが……でもナイお姉さまからお誘いのお手紙を頂いたことは凄く嬉しかった。

 

 そんな私、アリア・フライハイトは今現在、ミナーヴァ子爵領新領主邸のパーティー会場に入場を済ませております。フライハイト男爵である父も一緒ですし、お屋敷で一緒に過ごしているロザリンデさまも一緒です。

 

 少し離れた場所では、ナイお姉さまの幼馴染であるクレイグさんとサフィールさんが緊張した様子で会場の隅、壁際で小さくなっておりました。お二人は元孤児だということを気になされているようですが、ナイお姉さまも同じ境遇の方なのは皆さま知っておられます。

 サフィールさんは託児所の子供たちに凄く優しく接し、心を痛めている子にそっと寄り添う優しい方です。クレイグさんも言葉使いが時折乱れて家宰さまから注意を受けている所を見たことがありますが、凄く一生懸命にアストライアー侯爵家のお仕事を覚えておられます。

 

 だから皆さまの前では堂々といて欲しい。そしてナイお姉さまが幼き頃から一緒に過ごしてきたんだぞ、と誇って欲しいと思うのは私の我が儘でしょうか。壁際に立つお二人を見ていた私はむむむと目を細めてしまいました。ロザリンデさまがそんな私に気付いたようで少しだけ顔を傾けられました。

 

 「アリアさま、大丈夫ですか?」

 

 「はい! 少し気になったことがあっただけで、他は全然大丈夫ですよ!」

 

 「気になったところ、ですの?」

 

 ロザリンデさまの声に私が返事をすれば、彼女は先程まで私が見ていた場所へと視線を移して『ああ』と納得されておられます。

 

 「最近、アリアさまはナイさまではなく彼に気を取られているようですわね」

 

 「そ、そんなことはありません!」

 

 ふふふと綺麗に笑みを携えたロザリンデさまのとんでもない発言に私は驚いてしまいます。ナイお姉さまよりクレイグさんを見ている機会が多いだなんて……あ、あれ。どうしてクレイグさんと一緒にいるサフィールさんの名が私の心の中で一緒に上がらなかったのだろう。

 あ、あれ。あれ……おかしいな。いろいろな感情が頭の中でくるくると回り始めて顔に熱が点ります。顔を赤くし始めた私にロザリンデさまはなにも言わず、ナイお姉さまがいらっしゃる方向へ視線を向けられました。私も彼女の視線に釣られて壇上へと顔を向けました。

 

 ――ナイお姉さま、素敵だなあ。

 

 クレイグさんも素敵な方です。同時にナイお姉さまも素敵な方です。うん。とても素敵なナイお姉さまは壇上でアルバトロス王国王太子殿下夫妻とリーム王夫妻とアガレス皇帝陛下夫妻とヤーバン王――伴侶の方は国内に留まっているそうです。ヤーバン王に勝てないから置いてきたと豪語していらっしゃいました――とフソウ国のショウグンさまと亜人連合国の方々と談笑をされております。

 

 小柄な方なので周りの皆さまに埋もれてしまいそうですが、ナイお姉さまの背後に控えているジークフリードさんとジークリンデさんは目立つので直ぐナイお姉さまを見つけることができます。

 ナイお姉さまは相手の方と目を確りと合わせて話すお方でいらっしゃり、誰に対しても対等にと言葉を掛けてくださいます。今は各国の陛下方とお話をなさっているので大変でしょうけれど、背をぴしりと伸ばしどんな相手にも物怖じしないナイお姉さまの姿を見るのが好きです。

 

 私の隣で頼りなさそうにしている父、フライハイト男爵にナイお姉さまの度胸の一部を差し上げて欲しいくらいに。

 

 「お父さん、そろそろ行こう!」

 

 「王太子殿下にアガレス帝国皇帝陛下……リーム王にヤーバン王……聖王国の教皇猊下と大聖女さまお二人に果ては異国の島の偉い方まで……それにハイゼンベルグ公爵閣下にヴァイセンベルク辺境伯にリヒター侯爵に……」

 

 私が父に声を掛けると、壇上を見上げながら呪詛を呟くようにぼそぼそと独り言を発しておりました。父がこうなるのはよくあることなので今更驚きません。なすべきことをなさなければと私は父を見て告げます。

 

 「お父さん。先ずは王太子殿下にご挨拶をして、リヒター侯爵さまにも挨拶をしなくちゃ。後ろ盾を務めて貰っているんだもの!」

 

 主催者であるナイお姉さまへの挨拶は済ませています。父が心配だったので一緒に付いて行き、動揺している父の姿をナイお姉さまに謝罪をしたのですが笑って許してくださいました。

 ナイお姉さまへと贈られた錫杖に使った魔石をフライハイト男爵家が提供したことに言及してくださり、今回父が夜会に呼ばれた意味を理解して少し落ち着きを取り戻します。

 

 「わ、私にマトモな挨拶ができるだろうか……」

 

 父がまた眉尻を下げながら私に問うてきました。ナイさまとのお話で落ち着きを取り戻していたのに、父がまた自信のない様子を見せております。父は情けない所を見せていますが、フライハイト男爵として頑張っているのは知っています。

 領民に無茶を言うことはないですし、重税を掛けることもない。その代わりに本当に冴えない男爵領でしたが、三年前に魔石の鉱脈が見つかって男爵領の運営は順調です。なんだかんだと言いつつ仕事はきっちりとしているので、私は仕方ないなあと笑って父を鼓舞するのです。

 

 「大丈夫! 女神さま方の視察を無事に終えたお父さんなんだから! 遅くなると失礼だから早く行かなきゃ!」

 

 私の声に分かったと父は告げますが、足が一歩も前に出ません。まるで重い重りを足に付けられたようだと苦笑いを浮かべていると、係の方が飲み物を勧めてくださいました。

 ありがとうございますと私は係の方からお水を受け取り父に渡しました。係の方はエーリヒ・ベナンター準男爵さまとユルゲン・ジータス侯爵子息さまからだと教えてくださいます。どうやら父が緊張していることを見抜いて、係の方にお水を渡すようにとお願いしたようでした。父は私と彼らが南の島で顔を合わせている仲だと全く知りません。

 

 私とロザリンデさまがベナンターさまに視線を向けると、彼とジータス侯爵子息さまがこちらへ歩いてきます。そうして彼らは父の前で足を止めて礼を執りました。

 

 「差し出がましいことをして申し訳ありませんでした」

 

 「い、いや。助かったよ。しかし――」

 

 ベナンターさまが頭を下げると父は面識のない爵位の高い者に声を掛けて大丈夫かと告げました。一応、父も貴族ですから貴族社会でのルールは徹底的に仕込まれています。だからこそ今、凄く緊張しているのでしょう。

 父は気にしていないようですが、ベナンターさまが同じ失敗をしないようにとささやかな忠告のようでした。というかお父さん……自分より爵位の低い相手には伝えることができるようだと驚いてしまいます。

 

 「私は気にしない性質だから良いけれど夜会は怖い場所だよ。気を付けて損はない。――」

 

 そうして父は名乗りを上げると、ベナンターさまとジータス侯爵子息さまも名乗りを返します。父は最近叙爵した方だと分かり、なるほどと納得できたようでした。

 

 「その……君たちは挨拶回りの最中なのかな?」

 

 「はい。アストライアー侯爵閣下との挨拶は終えたので、親しい方と顔見知りの方を回ろうかと」

 

 「そ、そうか。よ、良ければ王太子殿下とリヒター侯爵との挨拶に行かないかい?」

 

 父の誘いにベナンターさまとジータス侯爵子息さまは驚いておりますが、父はお二人と一緒に赴いて少しでも気を紛らわせたいようです。ベナンターさまとジータス侯爵子息さまは驚いておりますが、リヒター侯爵さまとの繋がりはないとのこと。

 するとロザリンデさまが半歩前に出てきました。どうしたのだろうと彼女に視線を向けると、小さく笑っていたのです。

 

 「では父との繋ぎ役は娘であるわたくしが務めましょう。貴族は繋がりがいくつあっても足りませんから」

 

 ロザリンデさまの声掛けに父がぱあっと顔を明るくさせました。ベナンターさまとジータス侯爵子息さまも反対する気はないようで、分かりましたと仰ってくれます。あとで父が無茶を言って申し訳ありませんとお二人に謝らなければ。そして援護をしてくれたロザリンデさまにも感謝を。本当に私の周りにいる皆さまは素敵な方ばかりです!

 

 ◇

 

 ――こんなことになるとは予想外だ。

 

 大したことではないから構わないが、青い顔をしていたフライハイト男爵が心配になり係の人に水を運んで貰った。そうしてフライハイト嬢が俺たちに気付き視線を向けてきたので、彼らの下へと向かった訳だが挨拶回りを一緒にすることになったのだ。

 おそらくずっと一緒には回れないので、フライハイト男爵が言った王太子殿下夫妻とリヒター侯爵閣下との挨拶だけになるはずだ。

 

 俺たちはフライハイト男爵の背を眺めながら、彼の少し後ろを歩いているフライハイト嬢とリヒター嬢の背を見ながら歩いている。会場には凄い人物が集まっており、誰かの命を狙う暗部の者が放たれれば絶好の機会となるだろう。

 子爵領という小さい領地だし本当に好機である。が、ミナーヴァ子爵領領主邸を舐めてはいけない。各国から集まるお偉いさん方を迎え入れるために、アルバトロス王国の近衛騎士団と騎士団と軍の方たちが出張ってきている。

 かなり気合が入っており、通常の夜会より警備は厳重だ。それだけでも凄いのにナイさまの屋敷には魔獣と幻獣のみんながいるから、不審者には厳しい環境だろう。屋敷内のどこかには西の女神さまと南の女神さまもいらっしゃる。始まる前に俺たちの姿を見て『エーリヒだ』と声を掛けられた時には驚いたものの、地上の生活を満喫しているようだった。ユルゲンのことを紹介できたので、俺的には良い機会だった。

 

 「君たちは緊張しないのかい?」

 

 王太子殿下の下を目指して会場内を歩いていると、フライハイト男爵が後ろを振り返り俺たちの方を見る。

 

 「緊張します。粗相をしてしまわないか、不敬なことを告げてしまわないかと考えてしまいますから」

 

 「だよねえ。私も同じ気持ちだよ」

 

 俺に同意の声を上げた男爵さまはフライハイト嬢の方をチラリと見る。彼女は男爵さまの視線に気づかなかったようでなんの反応も見せなかった。気付かなかった娘に男爵さまは小さく笑っている。フライハイト嬢の性格を鑑みるに、男爵さまの尻を叩いていたのだろう。フライハイト男爵領の飛躍は彼女のお陰でもあるが、やはり大事な娘なので文句は言えないようだった。

 

 そうして王太子殿下の下へと辿り着く。スーハースーハーと息を繰り返している男爵さまを微笑ましく感じて、俺も彼に倣い息を吸って吐いてを繰り返す。フライハイト嬢が『お父さん、行こう!』と活を入れて、先に王太子殿下の下へとフライハイト男爵家の面々が向かう。そのあとにリヒター嬢が続く予定だ。

 男爵さまはおっかなびっくりという感じで王太子殿下夫妻と言葉を交わしている。殿下方とフライハイト嬢が話している時間の方が長いことは気にしない。そうしてロザリンデ嬢も恙なく挨拶を終えて、俺たちの番となる。

 

 「王太子殿下、妃殿下」

 

 「ベナンター準男爵とジータス侯爵子息だね。外交にて活躍していると報告書を見ているよ。外務部は今や忙しいから身体には気を付けて」

 

 殿下のお言葉に感謝を述べて、俺たちはそそくさと下がる。長話をするような関係ではないが、王太子殿下が俺たちの名前を憶えてくれていた、という大収穫があった。そうしてロザリンデ嬢を前にして歩き、次はリヒター侯爵閣下と挨拶を交わす。

 侯爵位を持つというのに物腰柔らかい方であり、なんとなくリヒター嬢に似ている気がする。なにかあれば助力するから声を掛けて欲しいと告げられて、これまた順調に挨拶を終える。

 俺がメンガーの名のまま彼らと面会していればどうなったのだろう。『もし』を考える必要性は少ないが、どうしても違う未来を考えてしまう俺がいた。さて、次に挨拶すべきはハイゼンベルグ公爵閣下かなと男爵さまたちと別れるのだった。

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