魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0604:【④】招待を受けた皆さま。

 さて。ナイが催した夜会の経済効果はどれほどのものになるのか。

 

 仮に低い金額が叩き出されたとしても、将来的には大きく各国の繋がりが強固な物になるだろうと会場を見つめる。彼女と初めて出会った時は痩せこけた少女だったのが、今や大陸中に名を馳せることになろうとは。面白いことをしでかしてくれそうだという期待はあったが、まさかまさか、こんな展開になろうとは。アルバトロス王国から己の身が出ることは早々ないと決めつけていたが、東大陸のアガレス帝国へ赴くこともできた。

 違う国の王とも会話をする場が設けられた。更には女神さま方と面会することになり、本当に人生というものはどうなるのか分からない。ナイ自身、転生というおもしろおかしいことをしているから、面白いことが起きやすい体質なのかもしれぬなとワシは会場を見渡す。

 

 生演奏の楽団に会場の片隅にある軽食コーナーはやけに充実している。若い者は興味があるのか軽食を手に取り早速口にして、幸せそうな顔になっていた。

 

 貴族の夜会では珍しい光景だなとワシも釣られて口を伸ばしてしまう。確か招待した者たちの国の料理も用意しているとナイから直接聞いていた。暇になれば覗いてみるのもアリだろう。

 今のワシは何故かグラスを掲げたアガレス帝国の皇帝とフソウのショウグンに囲まれている。アガレス帝国の度数の高い酒とフソウのフソウ酒は美味いから、個人で買い付けるのに丁度良い機会であろう。ワシも自領で作ったワインを彼らに勧めることができる。

 

 「ハイゼンベルグ公爵はアストライアー侯爵との縁は一番古いと聞き及んでおります。きっと楽しく面白い話がたくさんあるのでしょうね」

 

 アガレスの皇帝陛下が羨ましそうにワシを見ている。フソウのショウグンもワシとナイの関係が気になるようだ。後ろ盾ということは知っているだろうが、そこに至った経緯までは知らぬのだろう。

 

 「ええ、酒の肴として丁度良い話が山ほどありますな。例えばアガレス帝国にナイたちが拉致された話などがそうなりましょう」

 

 「う……」

 

 「ほう」

 

 ワシの声でアガレス皇帝が妙な顔を浮かべ、フソウのショウグンが目を光らせる。ナイを保護した頃の話をしても問題ないが、タダで語るには惜しい内容であるし本人が居ない場で喋るのはよろしくないだろう。

 ただアガレス帝国が多大な損失を受けた件ならば問題なかろうとワシは口元を伸ばす。やはりアガレス帝国の立場的に各国に詳しいことは知られたくないようだ。馬……第一皇子殿下の暴走と無能な前皇帝陛下が引き起こした大事件だったのだから。ナイはフソウに伝えていないようでショウグンは興味深々な顔になっていた。

 

 「その話はご勘弁を。アガレスの酒を気に入ってくださっているとアストライアー侯爵から聞き及んでおりますが、お好きな銘柄は分かるでしょうか? もしよろしければ定期的にお届けできるように手配いたします」

 

 「よろしいのかな? ワインばかりでは飽きてしますからなあ。フソウ酒も晩酌の選択に入れさせて頂いております。ヒモノ、という魚も美味でした」

 

 アガレス皇帝が話の軌道を無理矢理に変えた。ワシとショウグンは都合が悪いと分かり特に言及することはしない。酒の話を出してくれたのは有難いと笑って、公爵家とアガレス帝国との直接取引が決まり、フソウ国とも直接フソウ酒とヒモノという魚をツマミとして送って貰うようになるのだった。

 しかしヒモノ以外にもショウグンから酒の肴を勧めて貰うことになったし、アガレス帝国からもナッツ類を融通してくれることになった。距離が遠くなるので輸送代は高く付くが美味い酒を飲めるなら構わない。彼らとは話を引き上げ、軽食コーナーを覗いてみるかと妻と移動し始めれば、少し疲れた様子の王太子殿下がワシの下へとやってくる。

 

 ワシは軽く礼を執れば殿下が必要ないと軽く顔を横に振り、妃殿下は丁寧な礼を執った。

 

 「ハイゼンベルグ公爵、嬉しそうな顔をしておりますね。どうなさいましたか?」

 

 「酒を他国から取り寄せることになりましてな。これでナイを頼らずに済みます」

 

 王太子殿下がワシに声を掛けたのは各国の王との挨拶を終えて緊張から解放されたことが理由らしい。他の客人とも挨拶回りを終えたので、あとは自由な時間というわけだ。ナイが解散の合図をいつ出すのか分からないが、今しばらくは終わらないだろう。

 

 「そうでしたか。しかし飲み過ぎては身体を壊しましょう。お気をつけください」

 

 「そうします」

 

 ワシの周りの者たちが本当かと微妙な視線を向けてくる。飲んでも酔わない体質だから確かに飲酒量は他の者より多いかもしれない。最悪、飲酒により病気が引き起こされたならば魔術で治して貰えば良い。とはいえ教会の世話になるのも、聖女の治癒を受けるのも癪である。忠告を受け取っておこうと返事をすれば、ワシの隣で静かにしていた我が妻が珍しく声を上げる。

 

 「旦那さま、王太子殿下の仰る通りです。お酒の量を少々お控えください」

 

 「む……ぬう。善処しよう」

 

 我が妻に釘を刺されては仕方ないと諦める。王太子殿下と妃殿下は小さく笑っていた。なんとなくだがアルバトロス王国の夫婦は女性が優位に立っていることが多くないだろうか。

 周りの貴族の話を聞いていても妻には敵わないと嘆く者が多いが、そういう家が没落することはない。本当に不思議なものだと笑い、王太子殿下夫妻とも一度別れて軽食コーナーを目指すのだった。

 

 ――あれは……女神さま方。

 

 ワシが視線の先で捉えた方々は西の女神さまと南の女神さまの姿だった。気が向けば参加すると聞いていたが……はて、どうなされたのだろうか。

 

 ◇

 

 ナイが主催する夜会なるものが開かれている。私と妹は会場の柱の陰から観察させて貰っていたけれど、お料理の匂いに釣られて末妹と共に軽食コーナーにお邪魔している。

 なんだか会場の人間から受ける視線が痛い。今受けている視線は昔から良く浴びているし敵意はないので無視して、私の眼前に広がっている数々の料理を目に焼き付けてから取り皿を手に取って食べたい分だけをよそった。

 ナイ曰く、こうするのがルールらしい。出されたお料理を取り過ぎて食べ残す人間がいるそうだが、私は作られたお料理に対して失礼だし、作ってくれた人間にも悪いのでナイの教えに従うつもりだ。末妹は凄い量を盛っているけれど、彼女の胃であれば収まる。どうして小柄なのにナイも末妹も大量に食事を摂ることができるのか。西大陸を司る女神の私でも分からないことだった。

 

 「姉御、これ、美味いぞ」

 

 「本当? あ、美味しい。うん……フランツだ」

 

 末妹に勧められた薄く切ったハム――あとから生ハムと教えて貰った――を口に運べば、塩辛さが先にきてあと甘みが広がって行く。しょっぱいけれど美味しい不思議な感じだ。

 こんなに美味しいのにナイの家の料理には出されたことがないような。どうしてだろうと考えているとフランツの姿が見えて、私は彼の方へと顔を向ける。少し前、ナイにお願いをしてハイゼンベルグ公爵領の見学をさせて貰っていた。知っている顔がいると嬉しくなるんだと、口の中にある物をごくりと飲み込めばフランツが口を開く。

 

 「西の女神さま、南の女神さま、お邪魔してしまいましたかな?」

 

 ふふと笑うフランツだけれど、彼は人間でありながら私たちに委縮していない。もしかすると心の中では驚いているのかもしれないが、外に出さない人間は凄く限られていた。

 ナイは最初から普通に接してくれていたし、私と末妹に慣れてきた王都の子爵邸の面々も最近は過度に緊張した姿は見られない。他の人間にも普通にして欲しいけれど、末妹とナイ曰く急には無理ということだった。

 

 「ううん、大丈夫」

 

 「……おう、久しぶりだな」

 

 私と口の中に残っていたものを嚥下した末妹が声を上げる。フランツの顔には女神さまがどうしてこちらにと問いたそうにしていた。おそらく理由を聞くタイミングを会話の中で探るつもりらしい。そんな回りくどいことをしなくて良いのにと私は口を開く。

 

 「お料理、ナイが別に用意してくれているけど、たくさん並んでいる方が美味しく見えるから、こっちにきた。不思議」

 

 「あと食べ過ぎてもバレねえな」

 

 「ははは! 健啖でいらっしゃられる」

 

 くつくつと笑うフランツはお酒が入っているのかご機嫌だ。なんだか父を見ているようであるが、全然別の存在なのにどうしてそう感じてしまうのか。

 お酒好きな父とフランツだからかもと考えていれば、彼も軽食が気になるようでいくつか料理を取って口にした。私と末妹は先程取った料理の中からおすすめの品をフランツに伝えると、お皿の上の料理が増える。フランツの奥さんが笑って『少し分けてくださいな、旦那さま』と彼に告げると少し照れ臭そうにしていた。

 

 自身が美味しいと感じた料理を他の面々も美味しいと言ってくれたら嬉しい気持ちになる。ナイのお屋敷でこの気持ちを始めて体験したけれど、フランツとフランツの奥さんは受け入れてくれるだろうか。

 

 「美味いですな」

 

 フランツの言葉に追随して彼の奥さんも頷いていた。

 

 「でしょ」

 

 「美味いよなあ。まあナイの家の料理人の腕が良いからだろうけどよ」

 

 私と末妹も良い顔になってフランツと笑い合う。

 

 「ナイは拘りがなさそうにみえて、食事だけは手を抜きませんな」

 

 少々食い意地が張り過ぎですが、とフランツが付け加えた。ナイは食べることに関して、確かに抜かりない気がする。朝、昼、晩と確り食事を摂るし、子爵邸で働いているみんなにも私たちも食べ損ねないようにと気を払っていた。

 一食くらい抜いても死にはしないのにどうしてと私はナイに問うたことがある。ナイは『お腹が空くと力が出ないので』と苦笑いを浮かべて教えてくれた。お腹が空けば集中力が切れたり、考えることが億劫になるのは理解している。

 女神だから人間のように食べなければ死ぬという図式は余り成り立たないが、人間を模している存在なのでお腹が空けば影響が身体や思考に反映される。やはりナイのお屋敷で生活を送らせて貰っていることは私にとってプラスだろう。神の島で暮らしていたならば、毎食きっちり食べるなんてことはなかった。周りもそんなに気にしない性質だから、気が向いた時に食事が提供される形だったから。

 

 「そうだね。でもそのお陰で美味しいご飯に有りつける。でもタダで住まわせて貰うのは頂けない」

 

 「おや。女神さまは仕事をご所望で?」

 

 私が食べるのを止めるとフランツも食べるのを止めた。末妹は食べ続けながら私たちの話を聞いている。そんな末妹をフランツの奥さんは微笑ましそうに見ていた。それよりもフランツは私に仕事を紹介するアテがあるようだ。

 

 「なにかあるの?」

 

 「ふむ。女神さまがいらっしゃるだけで多大な利益をナイの下に齎しております。またアルバトロス王国もそうでしょう。天文学的な金額は払えませんが……」

 

 私がハインツの顔を見ると、彼は苦笑いを浮かべていた。大金持ちになりたいわけではないし、ただナイの家にいる間は家賃とやらを母さんのように払いたい。

 

 「あ、ナイの家に滞在費を納めたいだけ」

 

 「なるほど。では、こういうのは如何ですかな――交渉してみる価値はあるかと」

 

 フランツの提案はアルバトロス王国の魔術師団に女神である私が大昔の人間に教えた技術を彼らにも伝えるというものだった。フランツはナイやアストライアー侯爵家の面々と魔術師団副団長であるハインツたちから報告書で状況を知っていたとのこと。

 なるほどと私は納得できた。大昔の人間に教えた技術を今生きている人間に教えることに問題はない。魔力が足りない者が多くいるだろうけれど、努力や研鑽で使えるようになるはず。

 

 「それなら、できる……!」

 

 「……姉御、良かったな。仕事が見つかりそうで」

 

 フランツの提案に喜ぶ私に、口の中の物を嚥下した末妹が少しだけ嬉しそうにしている。そういえば末妹には母さんのように労働意欲は湧かないようだ。それなら姉である私が末妹の滞在費も頑張って稼ごう。フランツが魔術師団に話を付けてくれるので、あとは私と魔術師団で相談して欲しいと彼は笑って早速手配致しましょうと告げた。

 

 これでナイに下宿代を払うことができると笑っていれば、周りの人間たちからまたいろいろな視線を受けている。私たちと喋りたそうにしている者もいるし、フランツと話したように楽しい会話になるかなと、末妹と共に皿の上に料理を盛るのだった。

 

 ◇

 

 初めて自身が主催した夜会は多分順調に進んでいる。生演奏お願いするため楽団を呼び寄せたり、いろいろと手配することが多いけれど招待した方々が楽しんでいるようならなによりだ。

 ミナーヴァ子爵領まできてくれた皆さまは各々、取引の話や各国の情報交換にと勤しんでいるようだった。私と仲が良いからと個人的に招待した皆さまも新たな縁を結ぶべく、精力的に動いている様子だ。

 

 周りをきょろきょろと見渡していると、ヴァルトルーデさまとジルケさまがいつの間にか軽食コーナーを陣取っている。他の食べたい方が近寄れないようなので、取り分けを終えれば少し離れて欲しいとお願いしようと私はジークとリンと一緒に二柱さまの下へと歩いて行く。

 

 「ヴァルトルーデさま、ジルケさま」

 

 「ナイ」

 

 「……ん、ナイ。どうした?」

 

 私が二柱さまの後ろから声を掛ければ、こちらへと振り返る。ヴァルトルーデさまはなにも口に含んでいなかったが、ジルケさまは声を掛けるタイミングが悪かったようでごっくんと口の中身を胃へと押し込んでいた。

 申し訳ないことをしたが、二柱さまはこっそり夜会の様子を観察していると言っていたのに現地入りしているとは。もちろん問題はないし、女神さま方と縁を持ちたい方がいるだろうから問題ないけれど。とりあえず他の皆さまが料理を取れる場所を確保せねばと私は会話を続ける。

 

 「いえ、いらしていたのですね」

 

 「うん。別にお料理を用意してくれていたけれど、こうしてたくさん並んでいる方が美味しそうに見えるから」

 

 「実際、美味いよな。別の部屋であたしたち用に出された料理は食べちまったし」

 

 確かにお皿に出されて提供されるよりも、大皿から好きな物を取り分けて話しながら食べる方が楽しいかもしれない。とはいえ長々と占領されると他の方が料理を取れないのだ。会場内で一番格が高い方は二柱さまの登場で彼女たちになっている。

 横柄なお貴族さまのように『どけ!』なんて言えないだろうし、口にしたらしたで超問題となりそうだった。まあ二柱さまは気にしないかもしれないけれど。

 

 「料理を取り分けたら、少し場を離れて頂けると助かります」

 

 「あ。もしかして凄い視線を感じたのはその所為?」

 

 「あー……美味いから食べることに集中しちまった。他の連中に悪いことしたな」

 

 私が本題を持ち出せば二柱さまが周りに視線を向ける。どうやら視線を受けているのは知っていたようであるが、場所を陣取っていたから向けられたのではないと考えていたようだ。女神さまはどこにいても注目の的になるから、視線を受け流す癖を付けていたことが今回の原因だろうか。とはいえ伝えていなかった私にも責任があるはず。

 

 「いえ。私がヴァルトルーデさまとジルケさまにお伝えしていなかったことが原因なので。遅くなってしまい申し訳ありません」

 

 私が小さく頭を下げると二柱さまは気にしなくて良いと告げる。理不尽なことを言われないので助かると息を吐けば、ヴァルトルーデさまが私のことをじっと見ていた。

 

 「ナイは食べないの?」

 

 「そういえば、真っ先に食べそうなのにな」

 

 姉君さまの言葉に末妹さまが不思議そうな顔を浮かべた。ジルケさまはフォークに刺している一口サイズのクリームコロッケ――レシピはエーリヒさま提供――をひょいと頬張る。

 

 「もう少し皆さまの様子を伺ってから食べようかと。美味しいお料理を食べ損ねるわけにはいきませんからね」

 

 早く軽食を食べたいけれど、参加者の皆さまが目的のお相手と喋れない状況であれば私が間に入って紹介をしたりと、なんやかんや動いている。飲み物が足りない感じを受ければ、給仕の方に増やして欲しいとお願いもしているし。

 采配を下す方はいるが主催したのは私である。満足できずに戻って行ったとなれば、相手も私も不本意な状況だろう。そんなことから、周りを注視していれば、飲み会の幹事役のように動いていたのだ。悲しいかな、前世でも同様のことをしていたので空気が読めて気になり始める。なかなか面倒な性格をしているものだが、各家、各国のためになるのだから。

 

 「終わったら、一緒に食べよう」

 

 「だな。早く済ませてこいよ、ナイ」

 

 小さく笑うヴァルトルーデさまとにっと笑っているジルケさまに私は分かりましたと返事をして、一旦二柱さまの下を離れる。彼女たちも料理を取り分ければ、軽食コーナーから少し離れた場に立って料理を楽しんでいた。

 多分、順調だよねと私は会場を見渡していると、フィーネさまとアリサさまとウルスラさまに教皇猊下が四人固まってなにやら話し込んでいる姿を目にしたのだった。

 

 ◇

 

 ――ここで尻込みしてはならぬ状況ではある。

 

 あるのだが……西の大陸を司る女神さまと南の大陸を司る女神さまと話をすることになれば、私は女神さま方と直接言葉を交わした教皇として聖王国の歴史に名を残すのではなかろうか。

 聖王国が十年後存続しているか分からないが、存続していなくとも女神さまと会話した聖王国の元教皇として残るはずである。私は聖王国の教皇として国を立て直すことに精一杯努めなければならぬ身だ。

 私の名が歴史に残るのならば『腐敗した聖王国を立て直しに尽力したが、願い叶わず教皇の座を退いた』くらいで良い。私は腐敗していく聖王国を嘆きながらも、ギリギリに追い込まれるまで立ち上がらなかったのだから。そう。聖王国を立て直した者の名は、次に教皇の座に就いた者で良いのだ。

 

 「猊下、女神さまの下に参られないのですか?」

 

 「大聖女フィーネ。簡単に言ってくれるが私のような者が安易に接触してはならないよ。西大陸を司る女神さまと南大陸を司る女神さまが、人が作った料理を美味しそうに食べている所を見れるだけでも奇跡だというのに」

 

 こてんと首を傾げた大聖女フィーネは心底不思議そうな顔をしている。アストライアー侯爵の友人である故に、彼女は侯爵の下へ遊びに赴く機会が増えた。

 女神さま方とも懇意にしているようで、大聖女ウルスラと聖女アリサも同様に女神さまから気に掛けて貰っているようだ。なんて羨ましい状況だと声を大にして叫びたくなるが、私は聖王国の教皇を務める身である。

 

 女神さまの教えに従い、欲望に染まってはならぬと自戒する。だがしかし。聖職者として女神さまと一言でも声を頂きたいと望んでしまうのだ。聖王国の我慢のならぬ者であれば、早々に女神さま方との接触を試みようと下心を出し過ぎてアストライアー侯爵から制裁を受けたに違いない。

 現にアストライアー侯爵は周りの状況を注視しているようで、会場内をくまなく回っている。アストライアー侯爵家とアルバトロス王国の護衛の者たちの眼光は聖王国で護衛を務める者の比ではない。

 

 やはり早まってはいけないと、己の心が叫んでいた。

 

 「あ、あの、教皇猊下。西の女神さまは過度に女神さまだと崇められることを良しとしておられません。私が女神さまより受けた聖痕は無作為に付与されていると直接女神さまから教えてくださいました」

 

 大聖女ウルスラが胸に手を当てながら私の顔を見上げている。あの枢機卿の下で働いていた頃より彼女の顔色は良くなっている。無茶な治癒を施そうとしなくなっているとも聞いているので安心していたのだが、大聖女ウルスラは私になにを伝えようとしているのか。

 聖女アリサは今の状況を楽しんでいるようだ。彼女は大聖女フィーネと大聖女ウルスラの一番の友人だ。信仰心は薄い子であるが私に対して敬意を払ってくれているものの、大聖女ウルスラのように尊敬はしていない。聖女にもいろいろな考えを持つ者がいると最近身に染みて理解している。

 

 「女神さまとお話をすれば猊下の心労も少しは軽減されるかと!」

 

 大聖女ウルスラはなにを言っているのだろうか。私の胃に穴を空けるつもりなのか。もしかして私は彼女に嫌われているのかと妙な方向に考えが走るのだが、大聖女ウルスラは真面目な聖王国の信徒である。

 私の胃に多大な負担が掛かることを知らないだけで、きっと心の底から本音の言葉なのだ。人を疑ってはいけないと教本にも記されている。目の前の年若い女性を疑うようなことはしたくないし、大聖女として聖王国に尽くしてくれている者だ。妙なことは考えるなと自分を叱咤する。

 

 「できれば良いのだが……聖王国で起こした問題もあるからね……」

 

 だからこそ西の女神さまは聖王国に興味を持たれないのだろう。いや、呆れているのかもしれない。西の女神さまを崇拝しながら彼女の教えを破っていたのだから。ふうと私が息を吐くと大聖女ウルスラは残念そうにしている。決断できない、情けない教皇で申し訳ないと心の中で謝っていれば、夜会の主催者がこちらに足を向けていた。

 

 「猊下、大聖女フィーネさま、大聖女ウルスラさま、聖女アリサさま。お楽しみになられておられるでしょうか? なにか足りぬ物があれば給仕に申し付けてくださいね」

 

 アストライアー侯爵が笑みを携えて私たち聖王国一行に声を掛けてくれた。今回の件は彼女の計らいで私も夜会に参加することになったのだ。女神さまと話をすることができれば、教皇として立場を確固たるものにできるだろう、と。

 確かにそうなれば強大な私の力と成り得るが果たして本当にそれで良いのだろうかという迷いもある。ただ各国の王や高位貴族が参加していると知り、再度謝罪を入れる場として丁度良いと参加した次第だ。もちろん成り行きで女神さまとお言葉を交わすことになればこの上なく幸せなことであるが……やはりギリギリまで動かなかった己の不出来が女神さまと言葉を交わすことを躊躇しているのだ。一先ずは。

 

 「アストライアー侯爵。このような場を提供して頂き感謝する。不才の身には有り余る場だが、リーム王や王太子妃殿下の母国であるマグデレーベンと話をすることができたのは本当に有難い」

 

 リーム王には払う物を払って貰っているから文句はないと言い切ってくれ、アルバトロス王国の王太子妃殿下には母国に伝えておきますと了承を得られた。

 私の頭を下げて各国の印象が少しでもマシになるならいくらでも下げよう。そうして初期の聖王国のように大陸各国から信仰の場として見て貰えるようにと願うばかりだ。

 

 「閣下、楽しい時間をありがとうございます」

 

 「アストライアー侯爵さま、私のような者をお誘い頂き感謝したします」

 

 「私までお誘い頂き恐縮です」

 

 大聖女フィーネと大聖女ウルスラと聖女アリサが私のあとに続いて、アストライアー侯爵に頭を下げる。先に行った挨拶で同じようなことを伝えているのだが、社交辞令というものだろう。彼女たちは侯爵と懇意にしているのだから。

 

 「――さまと――さまと話をしたいのですが、お伺いしても大丈夫でしょうか?」

 

 「フィーネさま方なら問題ないかと。王都の子爵邸で顔合わせは済ませておりますから」

 

 大聖女フィーネが侯爵に放った言葉の最初の方が聞き取れなかった。普通に聞こえる音量で喋っているはずなのに、まるで耳に水が入った時のように周囲の音が聞こえ辛くなった。何故と私が考えていると大聖女フィーネと侯爵の話が終わっていたようである。

 

 「では参りましょう、猊下」

 

 と、大聖女フィーネがにこやかな顔で告げるのだが……私の命はこのあと尽きてしまうのかもしれない。地の底に辿り着くのか、女神さまがいるという天上の国へと辿り着くのか分からないが。

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