魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
聖王国の教皇猊下が西の女神さまと南の女神さまと挨拶をしていたようだ。周りの皆さまは女神さまから怒髪天を頂くのではと身構えていたけれど、フィーネさまと聖女アリサさまと大聖女ウルスラさまが一緒だったお陰か何事もなく済んだようである。
良かったと周りの皆さまは胸を撫で下ろし、俺とユルゲンもはあと深い息を吐いた所である。しかし、本当に俺たちは凄い方が集まる場に立っていても良いのだろうか。
ナイさまのおこぼれに与っているだけのような気がするし、慣れていないためか場違い感が凄い。ハイゼンベルグ公爵閣下は凄く堂々としていらっしゃるし、二つ年上の王太子殿下も会場内を動き回って顔を広めている。
フソウの将軍さまも紋付袴を着込んでいろいろな方と交流を図っているようだ。お付きの方が無茶をするなと言いたそうだし、ヤーバン王はきちんとドレスを身に纏っている。女神さま方に声を掛けようと試みる人は少ないが、おそらく一言でも言葉を交わしたいと望んでいる方は多いだろう。本当に凄い場所に立っているものだと側にいるユルゲンの方へと俺は顔を向けた。
「雰囲気には慣れた? というかユルゲンなら小さい頃から慣れてるか」
「無茶を言わないでください。確かにお茶会などで貴族の子息や息女と顔を合わせていますが、夜会は大人の社交場ですからね。慣れませんよ」
俺の疑問にユルゲンは片眉を上げていた。どうやら彼も俺と同じで今の状況は落ち着けるものではないらしい。俺は肩を竦めて会場の壁際で笑う。ナイさまの幼馴染であるクレイグとサフィールも壁際で所在なさげにしていた。
おそらく慣れない場でどう動けば良いのか分からないか、高貴な方が沢山いるからウロウロして肩でもぶつかれば大問題だと大人しくしているのかもしれない。もし仮にぶつかったとして相手が癇癪を起したならば、ナイさまが頭を下げることになる。相手の方が凄く痛い目に合うしかなくなるなと、俺の顔が勝手に緩んでしまった。
「エーリヒ、ユルゲン」
「ジークフリード? 良いのか、閣下の下を離れて」
騎士服を纏うジークフリードが俺たちの下へとやってきた。教会騎士の物からアストライアー侯爵家の騎士服になっていた。腰には長剣を佩いているのでナイさまから離れても良いのだろうか。それに彼がナイさまから離れるイメージもないのだが本当にどうしたのだろう。
心配になってナイさまの姿を探してみると、亜人連合国の方々と話し込んでいる。それならばナイさまの身は安全かとジークフリードへと視線を戻した。
「妹に預けてきたから問題ない。あとナイが楽しんでいるか聞いてきて欲しいとも言われてな」
ジークフリードはジークリンデさんを信頼しているようだ。流石双子だなと俺は小さく笑って口を開く。ユルゲンもジークフリードの話を聞いて少し呆れた様子を見せている。
「閣下に気を使って貰ったか」
「閣下もマメですよね。招待客は多いでしょうに」
「ナイが主催したものだから、楽しんで帰って貰わないと後が怖いと言っていてな。目的の相手と話しかけ辛い様子だとナイが間に入って紹介していた」
確かに一理あるけれど、あまり気にし過ぎればナイさまが疲れるだけである。貴族の当主だから夜会を開く機会はこれからもあるだろう。今回気を張り過ぎて、次に開くのが億劫になればアルバトロス王国の損失は大きい。
ナイさまには気疲れしないで欲しい所だが、大雑把そうでいて気を遣う性格だから難しそうだなと苦笑いになってしまう。ジークフリードも彼女の性格を熟知しているから、俺の顔を見て目を細めていた。
「エーリヒから貰った料理のレシピが好評らしいぞ。くりーむころっけ、だったか」
「安心したよ。作るには手間が掛かるけれど向こうだと庶民でも食べれる品だったから」
ナイさまになにか美味しいレシピはないかと問われてクリームコロッケのレシピを送ったのだ。おそらくアストライアー侯爵家の料理人の方々が口に馴染むようにアレンジを加えているはずだけれど、どうだろうかと心配していたのだ。
沢山の人に楽しんで貰っているならなによりだし、食べて帰った方が各家の料理人に『こんなものを食べたんだが再現は可能か?』と問うて新しい料理が誕生するかもしれない。肉じゃがが誕生した経緯のようになれば、きっと更に美味しい料理が増えるはず。
「ユルゲンは取引したい相手はいないのか?」
ジークフリードがナイが仲介してくれるぞと彼に伝えている。
「いえいえ。この場に立たせて貰っているだけでも身に余る光栄です。アストライアー侯爵閣下が初めて主催した夜会に参加したとなれば、自慢話として使えますから」
「分かった。そう伝えておく」
「ありがとうございます」
ユルゲンがふふふと笑いながらジークフリードに伝えていた。おそらくジークフリードに自慢話を他の方にすると伝えておけば、ナイさまも知ることになるのは当然だ。
そして問題があると判断されれば、他人に公言するなと止められるだろう。ある意味自慢話として吹聴しても良いかという確認だ。これでなにも言われなければ、今夜のことを話しても良いということだし。
「すまん、少し別の所にも用があってな。あまり話せなかったが楽しんでくれ」
「ありがとう、ジークフリード」
「閣下にもお気遣いありがとうございますとお伝えください」
ジークフリードが軽く片手をあげ踵を返し、今度はクレイグとサフィールの所へ向かうようである。そもそも彼は公の場でナイさまの側を長く離れる気はないのだろう。本当に律儀な男だなとユルゲンと共に視線を合わせて肩を竦めた。
少し静かになったと思いきや、凄い方が俺たちの前へと近づいている。違う方の下へ向かうのではと頭が叫んでいるが、周りに声を掛けるような人物がいなかった。
「エーリヒ・ベナンター準男爵、ユルゲン、昨日に挨拶を交わしたばかりだが、今宵もよろしく頼むよ」
にこりと紳士的な笑みを携えたゲルハルト王太子殿下と王太子妃殿下が俺たちの前に立つ。一体なんのようだと身構えてしまったが、単に顔見知りを見つけて声を掛けてくれたようだ。
「はい。王太子殿下、王太子妃殿下。昨日振りです」
「殿下、妃殿下、お声がけ頂き感謝致します」
礼を執って顔を上げると、周りの皆さまから視線を頂いている。俺たちが殿下方に粗相をしないかと気に掛けているようだ。
「いろいろな方と話せているかな? アストライアー侯爵が開いた夜会には顔を広めるには丁度良い場だからね。皆さま方に顔を覚えて貰うと良い。まあ、君たちは必要ないかもしれないが」
王太子殿下がそう言い終えると肩を竦めた。顔を知っている方は多いけれど、喋ったことのない人の方が多い気がする。将来を考えると繋がりは多い方が良いけれど、流石に爵位の低い俺たちから喋るのは憚られることだ。
こうして王太子殿下から話しかけられたならなにも問題はないのだが。多分、その辺りのことはナイさまも考えていそうなので、もしかすれば高位貴族の方々や王族の皆さまには一言伝えているかもしれない。
「ありがとうございます、殿下」
「お心遣い感謝致します」
俺たちが殿下に頭を下げれば彼の隣に控えていた妃殿下がすっと半歩前に進んだ。
「お二人は外務部で将来を期待されている若手と聞き及んでおります。わたくしの母国に赴く際は一声掛けてくださいね。向こうのことで手配するものがあれば融通することができましょう」
にこやかな笑みを浮かべる妃殿下であるが、俺たちの評価が高過ぎではなかろうか。確かに将来、マグデレーベン王国に赴くことになる可能性はあるのだが、その際に妃殿下に話を通せば便宜を図ってくれるなんて。
待遇が良いなと驚きながら返事をすれば、王太子殿下夫妻は俺たちの下を去って行く。そうしてまた俺とユルゲン二人になると、亜人連合国の方々が俺たちの下へとやってくる。エルフのお二人が前を歩き、竜のお二方が半歩後ろを歩いていた。亜人連合国の方の動向は周りの方も気になるようで、これまた注目を浴びている。
「ナイちゃんと仲良くしてる子の一人だよね~? 緑髪の子も島にいたような?」
「貴女、少し酔いが回っているのかしら……ごめんなさいね、突然で。顔見知りがいたから嬉しかったみたいなの」
へにゃーとだらしなく笑うエルフのお方と、肩を竦めながらも彼女の側で支えているもう一人のエルフの方が俺たちに語り掛けてくれた。南の島で顔を合わせているものの、言葉を直接交わしたのはこれが初めてではなかろうか。一先ず亜人連合国の皆さまに失礼がないようにと、俺とユルゲンは頭を下げた。
「いえ、お気になさらないでください。毎年、アストライアー侯爵閣下の計らいで島に招待して頂き感謝しております」
「彼との縁で僕までお誘い頂いております。受け入れて下さり感謝したします」
俺とユルゲンが言い終えれば、片方の女性を支えている方がふふと笑っているし、フラフラと揺れているエルフの女性もまた笑みを深めていた。
「いーのいーの。みんなで過ごすのは楽しいから~まあ変な奴や失礼な奴はぶっ飛ばすけどね~」
「飲み過ぎだな、珍しい」
フラフラの女性に代表さまがふうと息を吐き支えられている反対側に立って、フラフラのエルフの女性の腕を取った。
「ええ。彼女がこんな姿を見せるなんて思わなかったわ」
「お酒が美味し過ぎたのでしょうかねえ」
もう一人の女性と白竜さまが呆れた様子を見せているけれど、フラフラしている女性を放っては置けないようである。仲が良いなと彼らの様子を見ていれば代表さまが声を上げる。
「あの子から今年もみんなを誘って島に行きたいという申し出があってな。予定が合うなら君たちも遠慮なくきて欲しい。あまり構うことはできないが楽しんでくれ」
あの子というのはナイさまのことだろう。本当にナイさまと亜人連合国の皆さまは懇意にしている。クロさまのこともあるのだろうが、それを外しても不思議と関係を深めて良そうだなあと俺は目を細めた。ではな、と代表さまが告げて俺たちの下を去って行く。
「なんだか凄い方たちと言葉を交わしてしまいましたね、エーリヒ」
「本当にな。ナイさまには感謝しないと。今年も夏は南の島に行くのは決定かな」
俺とユルゲンはお互いに息を吐く。本当に凄い方たちと会話をする機会を得てしまった。また島に赴くことになるが、島では家柄や立場を気にしないという暗黙のルールができ上っている。
もちろん男性と女性は綺麗に別れている。覗きなんてしようものなら、一瞬で蒸発してしまいそうな勢いだ。しかも例えではなく本当に蒸発してしまうのだから恐ろしい所である。
ナイさまが声を掛けている面子で女性の風呂場を覗こうなんて蛮勇を試みる者はいないだろうけれど。なににせよ、夏が楽しみだなと俺とユルゲンは顔を合わせ、残り少ないパーティーの時間を楽しもうと給仕の方からジュースを頂くのだった。
軽食コーナーに行きたいが、女神さま方がいらっしゃるので行けません。
◇
招待した皆さまを伺いながら会場をウロウロしている最中である。ジークは少し前に戻って私の後ろで護衛役を務めている。ジークもリンも爵位を持っているのだから顔を売っておけばと伝えると、私の後ろに控えているだけで十分に顔は売れていると言って護衛役を休むつもりはないらしい。
教会騎士からアストライアー侯爵家の護衛騎士になっているのだから、一日休んで夜会に参加しても良い気もするのだが。私はそっくり兄妹の意思を曲げるつもりはないし、後ろに二人が控えてくれていた方が落ち着く。ジークとリンが正装をして夜会に参加している姿を見たくはあるけれど。
「話をしていない方はいないよね」
私が確認のために後ろを振り向けば、ジークとリンが真面目な顔を浮かべていた。
「招待者全員と話したはずだ」
「クレイグとサフィールにも話をしたからね」
一応、相手の皆さまの立場や地位を考えて上の方から挨拶をしていた。陛下の名代を務めているアルバトロス王国の王太子殿下にはいの一番に。で、アガレス帝国のウーノさまと亜人連合国の方々にフソウのナガノブさま、ヤーバン王にリーム王と聖王国の皆さまに声を掛け、残りは国内組の皆さまという順だった。
よく知っている皆さまだし、妙なことをしない方々なので平和に挨拶を終えたのだが、リームの国王陛下は凄く恐縮していた気がする。あとナガノブさまの雪さんと夜さんと華さんが『権威付けです』『我らが一緒の方が目立ちましょう』『フソウの名を広めねば』と言って横でどーんと構えていた。
更にその横には権太くんも一緒だったので凄い光景が広がっていた。ヴァイセンベルク辺境伯家のセレスティアさまとアルティアさまが凄く羨ましそうな顔をして、辺境伯閣下が盛大な溜息を吐いていたけれど。
夜は随分深くなり、そろそろ日付が変わる前となっている。早く帰りたい方がいるかもしれないし、そろそろお開きの声を上げなければならない。
「終了の合図は私から出すって、なんだか勝手な感じ……」
私は慣れないことに対して渋い顔になってしまう。友人と夜遊びしている時は『今日は帰るねー』で勝手に帰路へ就いていた。お貴族さまの世界では主催者が解散の合図を出せば帰って良いことになり、あとは各々のペースで帰路に就くとか。
「まあ、そうなっているなら、そうなんだろう」
「堂々と宣言すれば良い」
ジークが苦笑いを浮かべ、リンがドヤ顔になっている。まあ、言わなきゃ始まらないし家に帰りたい方もいるだろう。少し高くなっている場所へと私たちは移動して会場を見渡す。声が届くかどうか分からないので、すうと大きく息を吸った。私が一段高い場所へと移動したことに気付いた方々がチラホラと増えると、ざわざわしていた会場が静まり返る。
「お集まりの皆さま、各地から我が屋敷に集まって頂き感謝いたします! 今宵の出来事はわたくしにとって良い思い出となりましょう。本日はこれにてお開きとさせて頂きます!」
こんなもので良いのだろうか。夜会に参加した回数が少なすぎてさっぱり分からない。この辺りは公爵さまにお願いして、他家のお貴族さまが主催するパーティーに参加したいと申し出て勉強させて貰おう。私が言い終えると拍手が沸き起こる。やはり慣れないなあと笑って壇上を降りると、クレイグとサフィールがこちらへとやってきた。
「お疲れ、ナイ」
「ナイ、お疲れさま」
クレイグはにやにやと笑い、サフィールはようやく終わったことで安堵の息を吐いていた。二人は高位のお貴族さまと関わる機会は少ないし、王族の方となれば更に少ない。女神さま方と一緒に食事を摂っているので大丈夫だと踏んでいたけれど、疲れた様子を見せていた。
「クレイグ、サフィール、お疲れさま。楽しめた?」
私の声に二人がふっと肩の力を抜く。
「どうだか。緊張してた時間の方が長かったな。でもま、知り合いの野郎どもと話ができたから、それで良いかってな」
「うん。また今年も島で宜しくねって挨拶したから。あと亜人連合国の方ともお話をして、島にきてくれってお願いされたよ」
クレイグとサフィールはエーリヒさまと緑髪くんとギド殿下とマルクスさまと話ができたようである。南の島以外のことも話せていると良いけれど、彼らは子供じゃないので私の心配は要らないだろう。
ディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんとも話をしたようで、亜人連合国の皆さまに気を使って貰ったかもしれない。クレイグとサフィールにも幼馴染以外の友人ができているようで、なによりである。ジークの様に他の方と遊びに行っても良いのだが、そんな日はくるだろうか。
「そっか。夏、遊び倒さないとね。子爵領か侯爵領でピクニックをしたいし」
「だな。島は遊ぶ物がたくさんあるしな。ピクニックは飯が目的だろ……」
私の言葉にクレイグが答えてくれるのだが、イベントを考えたのにご飯が目的だなんて心外である。でも、半分くらいは用意してくれるはずのお弁当が楽しみだけれど。
「…………」
私がクレイグに反論できないでいると、ほらみたことかとにやりと笑って彼が肩を竦める。
「まあまあ。アストライアー侯爵邸の環境にも慣れなきゃだからね。きっと直ぐに夏がくるよ。楽しみだね、ナイ」
見かねたサフィールが苦笑いを浮かべて私とクレイグの間に入った。いつも通りのやり取りなので喧嘩にはならないけれど、サフィールは心配しているようだった。そんなサフィールにクレイグはまた肩を竦めてジークとリンと私を見る。
「んじゃ、俺らは先に戻る。つっても屋敷の中だから直ぐだけどよ」
「うん、お疲れさま。なにか不都合があれば教えてね」
クレイグとサフィールに私は軽く手を振れば、彼らは踵を返して出口へと向かっている。ふうと息を吐けば、今度はヤーバン王が私の方へとやってきた。
驚くことに、腰布と胸当て姿ではなく彼女はドレスを身に纏っていた。なんの心境の変化なのだろうかと、挨拶していた会話の中で彼女は諸外国の文化に合わせてみたとカラカラ笑って教えてくれている。背の高い方で顔立ちも整っている上に、運動をしているためか背もぴしりと伸びてドレス姿は様になっていた。
「アストライアー侯爵。ジャドさまたちとも話ができたし、亜人連合国の者とも協力することができた。この場を設けて頂き感謝する」
ヤーバン王は夜会の時間外でジャドさん一家と話をしている。亜人連合国の皆さまとは夜会の間で話をすることができたらしい。二国間で情報交換を始めるようで、近いうちに会談の場が設けられるとか。天馬さま方やエルフの集落もどこかにないかと、ヤーバンの皆さまも気にしてくれるとのこと。凄く有難いことで、エル一家にも良い報告ができると嬉しくなる。
「いえ。魔獣の皆さま、天馬さま方やグリフォンの方々の生息数が増えることは喜ばしいことですから。まだまだ気の長い話になるでしょうが、ヤーバン王国で沢山のグリフォンが過ごす場となれば幸いです」
「そうだな。雄グリフォンだけではなく雌グリフォンもヤーバンを生息域となれば嬉しいことはない。さて、続けて世話になってしまうがよろしく頼む」
本当に魔獣と幻獣の皆さまとエルフの方や亜人の方々が大陸のどこにいても普通になれば良いのだけれど。ただ亜人の皆さまは難しそうである。元々、人間の偏見から始まり亜人連合国へと皆さまが集まったのだから。
でも、亜人連合国から外にでるようになって、各国との取引も始まっている。こちらも時間が掛かるかもしれないけれど、いつかは叶って欲しいものだ。
「はい。手狭になってしまうかもしれませんが」
「気にしないでくれ。泊めてくれぬなら外でも構わないと言うつもりだったからな!」
ヤーバン王が軽く手を挙げて私の下を去って行く。客室への案内は係の方にお願いしている。また間を置かずにフソウのナガノブさまと権太くんと雪さんと夜さんと華さんがやってきた。仔狐二頭もちょこんと権太くんの足下で綺麗に前脚を揃えて、身体の長さほどある尻尾をピンと立てている。
「ナイ、此度の招待は有意義なものになった。帝の名代であったが他国の地を踏むという長年の願いが叶った上に伝手もできた。権太も此度は良い経験となっただろう。感謝する!」
「いえ。フソウの皆さまにはお世話になっております。また夜会を開く機会があると思うので、お手隙であればご参加ください。って、権太くん!?」
ナガノブさまと挨拶をしていると違和感に気付く。まるで間違え探しをしているような感覚にどこが違うと自身の目に映る光景を凝視していると、権太くんの後ろに生えている尻尾に目が行く。
『なんか知らへんけど、さっき尻尾がまた増えたんや! これで四本になったな。母ちゃんの尻尾と同じ数になるんは直ぐかもしれへん』
カラカラと嬉しそうに笑う権太くんに仔狐二頭が嬉しそうに彼の周りをくるくると回り始めた。可愛いけれど、尻尾が四本も生えると邪魔ではなかろうか。
お猫さまは三本のままだから、権太くんの尻尾が増えるペースが早い。私がむむむと唸っていると、ナガノブさまもカラカラと笑いながら状況を教えてくれる。
「権太が辺境伯家の精霊と喋っていたら、何の前触れもなくポロリと生えてきてな。本当に不思議だ」
ナガノブさまが腕を組んで権太くんの尻尾をまじまじと見ていた。四本の尻尾は独立しているのか、それぞれが違う動きをしている。妖狐の伝承で本体が駄目になって九本の尻尾が各地に散らばり、災いを齎したなんて話があったような。
もし権太くんがそうなれば、尻尾は独立して動くのだろうか。それ、なんてホラーと考えていると雪さんたちが私を見ながら口を開く。
『権太はナイさんに怪我を治して貰いましたからね』
『増えても不思議ではありません』
『九尾を超えそうな勢いですねえ』
「ってことは、権太くんは九尾の狐で収まらない?」
私は権太くんの怪我を治す際に魔力を込めすぎたのだろうか。きちんと力を抑えていたはずだが、権太くんは妖狐だから人間と同じ魔力量では治らないかもと心のどこかで考えていたかもしれない。
『尻尾の数が多ければ多いほど強いと言われておりますから』
雪さんの声と同時に権太くんがドヤと自慢げな顔になる。
『権太は彼女を超える妖狐になる可能性がありますね』
夜さんの声と同時に権太くんが更にドヤドヤと言いたげな顔になった。
『権太次第でしょうけれど』
華さんの声と同時に権太くんはずっこける素振りを見せ、オイラ次第なんか……とドヤ顔から遠い目をしている。権太くんは愉快だなあと笑っていると、ナガノブさまたちも泊り組のため屋敷の賓客室へと向かっていった。そうしてアガレス帝国のウーノさま夫妻と第二皇女殿下が私の下へとやってきて、挨拶を交わして彼女たちも一泊するので屋敷の賓客室へと足を進める。
聖王国の教皇猊下とフィーネさまたちとリーム王、王太子殿下夫妻とハイゼンベルグ公爵夫妻とヴァイセンベルク辺境伯夫妻とリヒター侯爵夫妻と他の参加者の皆さまも続々と私の下へと集まって、別れの挨拶を告げて王都のタウンハウスへと戻って行った。
そして凄く緊張しているフライハイト男爵さまとアリアさまとロザリンデさま、ソフィーアさまとギド殿下にセレスティアさまとマルクスさま、エーリヒさまと緑髪くんが挨拶へとやってきた。
彼らも王都のタウンハウスに戻って明日はゆっくりと過ごすだろう。無事に終わって良かったけれど、明日は泊り組の皆さまのお見送り、明後日からは頂いた贈り物のお礼状やらを手配しなければならないので忙しくなりそうだ。
「終わった。軽食残っているかな……」
一応、料理長さんたちには夜会が終了するまで提供しているお料理を切らさないで欲しいとお願いしていた。だから残っている品はあるはずと、ジークとリンと一緒に軽食コーナーへ移動すれば二柱さまが立っていた。
「ナイ? みんな帰っていった」
「終わったのか?」
「夜会は終わりましたよ。なにか残っていないかなときてみたのですが……人気があったんですね」
軽食コーナーのお皿の上は綺麗なもので、なにも残ってはいなかった。エーリヒさまが提供してくれたクリームコロッケを楽しみにしていたのに、クリームのクの字も残っていない。
仕方ないからお屋敷で働いている皆さまに提供する予定の料理を少し分けて頂こう。夜会が終わって気が抜けたのか空腹を感じ取ってしまった。ジークとリンも食べていないし、クレイグとサフィールもお腹が空いているなら一緒に食べても良い。
私がふうと息を吐いてジークとリンに声を掛けようとすれば、ヴァルトルーデさまが取り分け用のお皿をこちらへと向けた。お皿の上には美味しそうなお料理がたくさん乗っている。
「ナイがあとで食べるって聞いていたから、取り分けておいた」
「姉御も偶には気が利く……すまねえ、なんでもねえ」
ヴァルトルーデさまがジルケさまに余計なことを言わないと厳しい視線を向ける。ジルケさまは視線の圧に負けて直ぐにお口をチャックした。私はヴァルトルーデさまの優しさを胸に満たしながらお皿を受け取る。お皿の上には私が食べたかったクリームコロッケさんが六個乗っていた。それならと私は後ろに振り返る。
「ジーク、リン、お腹空いたよね。お行儀が悪いけれど、ちょっと摘まもう。せっかくヴァルトルーデさまが取り分けてくれたんだし」
私がそっくり兄妹に声を掛けると、遠慮しているのか二人は軽く首を横に振る。それを見たヴァルトルーデさまとジルケさまは『気にしなくて良い』『気ぃ使うな』と仰ってくれた。
私がもう一度お皿を差し出せば、ジークとリンは指を伸ばしてクリームコロッケを摘まんで口の中へと運び入れる。
「美味いな」
「冷めても美味しいんだね」
ジークとリンが咀嚼しながら私が持っているお皿を手に取って、ナイも食べろと無言で訴える。それならと私はお皿を二人に預けて、クリームコロッケを手に取った。
「エーリヒさまが教えてくれたレシピだよ。料理長さんにまた作って貰おうね……うん、美味しい」
エーリヒさまはレシピをきっちりと覚えているのが凄いと感謝しながら、食べたかったクリームコロッケを口の中へと放り込む。冷めているけれど十分に美味しいし、お惣菜屋さんで売っていた品よりも美味しい気がする。
知らないはずのレシピを再現できる料理長さんたちも凄いよなと感心しながら、ヴァルトルーデさまとジルケさまが取り分けてくれていたお料理を三人のお腹の中に納めて、今度こそ夜会が閉幕するのだった。