魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0606:夜会の翌日。

 ――きぃぇええええええええええ!

 

 早朝、陽が微かに地平に顔を出している頃である。なんとも言えない声がミナーヴァ子爵領新領主邸の当主部屋で寝ていた私の耳まで届いた。私は声で目を覚まして一体誰だときょろきょろと周りを見渡した。

 頭の上には籠の中でクロが寝ているし、床の上でロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが寝ている。毛玉ちゃんたち五頭は権太くんと一緒に寝ているので不在だが、朝ご飯を食べる頃には顔を合わせることができるだろう。

 

 気配に敏感なクロたちが反応していないから、身に危険は迫っていないと分かる。分かるけれど、どこかで聞いたことのある声が誰のものか気になって私はベッドから降りる。数歩足を進ませているとクロが身体を起こしてこちらを見ていた。

 まだ頭が回っていないようでぼーっとしている様子だ。声を掛けなくてもそのうちくるはずである。そうして私は足を進ませるとヴァナルと雪さんたちが顔を起こして『おはよう』と声を掛けてくれた。

 

 「おはよう」

 

 『どうしたの?』

 

 ヴァナルがこてんと首を傾げて立ち上がると、彼のお腹の所で寝ていたロゼさんがコロコロと床を転がる。ヴァナルは前脚を揃えてお尻を床に落としてこてんと首を傾げた。

 ロゼさんは転がった先からこちらに戻ってくるが、随分動きがゆっくりである。スライムさんは殆ど寝ないというけれど、寝ぼけているようだった。

 

 「声が聞こえて、誰かなって」

 

 『今のはナガノブでしょう』

 

 『独特の声なので驚かれたでしょうね』

 

 『朝早くからお騒がせして申し訳ありません』

 

 私の疑問に雪さんたちが答えてくれた。言われてみれば先程の声はナガノブさまに似ている。凄い発声だったから、彼と気付くのが遅くなってしまった。

 

 「大丈夫。ナガノブさまから朝、稽古をしたいから庭を貸りたいってお願いされていたから。ただ、うん。大きな声が部屋に届くとは思わなかったよ」

 

 ナガノブさまから朝起きたら庭を借りたいとお願いされていたし、私も構いませんと返事をしている。そういえばヤーバン王も朝は庭を借りたいと申し出があり許可を出していた。どんな稽古をしているのか気になるし、ベランダに出てみようと呼び止められていた歩を進め始める。

 

 ――はああああああああああああ!

 

 また声が聞こえてきたのだが、今のはヤーバン王のものだと分かった。まるで大声大会でも開いているような声の大きさに、私はいそいそとベランダへと出る。丁度、クロが覚醒したのか籠の中から飛び出して、私の肩の上に乗る。

 おはようとクロに声を掛ければ返事が戻ってきて、ぐりぐりと顔を擦り付けた。ヴァナルと雪さんたちも一緒にベランダに出て、ナガノブさまとヤーバン王はどこにいるかなと視線を彷徨わせた。

 

 ナガノブさまとヤーバン王の声は屋敷の中の皆さまに届いていたようで、どうしたのかと窓から様子をチラリと伺っている方がいる。賓客室のベランダからウーノさまと旦那さまも庭を確認しているし、第二皇女殿下も別の賓客室のベランダから顔を覗かせていた。

 叫び声の主は庭の片隅で数名固まってなにかをしている。視線の先にはフウマとハットリのご隠居さまもいるので、結構賑わっている様子だった。一先ず、危険はないことを確認したし着替えを済ませたら朝ご飯をみんなで食べることになっている。

 

 「朝から凄いなあ」

 

 本当に。夜会があった筈なのに、早朝に起きて鍛錬に励むとは。とはいえ騎士や軍人の方は一日身体を動かさないだけで、動きが鈍くなったり感覚が変わると言っていることがあった。おそらくナガノブさまもヤーバン王も実力者で、力を維持するための訓練は怠っていないようだ。

 

 『ナイが剣を握っているイメージはないよねえ』

 

 「振り回されるのがオチだよ。それなら魔術を頑張って習うかな。さて、着替えてみんなでご飯食べよう」

 

 クロは私が剣を握っている姿を想像しているようだ。どうやら剣を握って戦っている姿は想像し辛く、クロの長い尻尾が私の背中をぺしぺしぺしと短い間隔で叩いている。

 以前、ジークとリンが愛用している片手長剣を持たせて貰ったことがあるけれど、二、三分構えるだけでも腕が震えてしまうし、振り回すとなれば次第に握力を失ってしまいそうだった。私のことを熟知しているそっくり兄妹が『無茶はするな』『ナイは私と兄さんが守るよ』とかなり真面目な顔をして言われたため、それ以降剣を持ったことはない。

 

 そもそも私は聖女だし、聖女が剣を握っている姿は想像できなかった。あ、筆頭聖女さまは別かもしれないけれど。

 

 「冷えるから中に入ろう」

 

 私が声を上げて踵を返すと、またナガノブさまとヤーバン王の声が子爵領領主邸に木霊する。私は部屋に戻って呼び鈴を鳴らし侍女の方を呼んだ。暫く待っていると騎士爵家の侍女の方が顔を出し着替えを手伝って貰う。

 着替え中はクロたち幻獣組は廊下の外である。みんな寒さは感じ辛い口なので、廊下に出るのは億劫ではないらしい。寒いと動きが鈍くなるから廊下にも暖房が欲しいと望んでしまう。

 魔術具の暖房器具があるのだが割と高額である。我慢できるものだから勿体ないと感じてしまい、買わない私は貧乏性なのだろう。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに購入するか相談してみよう。働く方々が寒ければ労働意欲が下がってしまうのだから。

 

 「昨夜はお疲れさまでした」

 

 「いえ。ご当主さまは初めて主催の夜会でしたから、随分と気を張っていたのではありませんか?」

 

 私は騎士爵家の侍女の方に声を掛ける。もう三年の付き合いになるので、朝の着替えの時間は彼女との雑談の場になっていた。騎士爵家の侍女の方も慣れてきているので、私との雑談に興じてくれる。

 

 「一応、つまらなそうにしている方がいないかと注意をしていたのですが、全体を把握するのは難しいですし、爵位の低い方と喋り過ぎると駄目ですし、いろいろと制約が多かったですねえ」

 

 他にも軽食や飲み物が途切れないかと気を配っていたので、軽食コーナーに陣取るのが遅くなってしまった。ヴァルトルーデさまとジルケさまは軽食コーナーのお料理に惹かれて夜会会場にやってきていたのは意外だったけれど。

 聖王国の教皇猊下と話をしたようだが、一体なにを話したのだろうか。フィーネさまから手紙が届くはずだけれど、二柱さまに直接聞いても良いかもしれない。

 

 「料理長さんたちのお料理もあまり食べることなく終わってしまいました。今日は食べ損ねた分を取り戻さないと……」

 

 私の言葉に騎士爵家の侍女の方が笑っている。笑われても不快感はなく、こうして他愛のないことを喋れる方は貴重だ。騎士爵家の侍女の方が着付けが終わったと告げれば、いつもより気合の入っている普段着姿となる。

 そうして彼女と共に廊下に出れば、クロが私の肩の上に乗りヴァナルと雪さんたちが立ちあがる。ロゼさんはヴァナルの頭の上に乗って移動するのか、ぴょんと跳ねてたぷんと身体を揺らしてご機嫌だ。廊下を歩き始めて暫くすればジークとリンとも合流する。既に彼らはアストライアー侯爵家の騎士服を身に纏っていた。そっくり兄妹の前で立ち止まり、私は挨拶をしようと顔を上げる。

 

 「おはよう、ジーク、リン。昨日に続いてよろしくお願いします」

 

 「おはよう、ナイ。今日も忙しいが、頑張ろう」

 

 「ナイ、おはよう。今日も一緒だね」

 

 私の声にジークとリンが返事をくれる。ジークは騎士爵家の侍女の方にも声に出して挨拶をし、リンは小さく頭を下げるだけに留めていた。騎士爵家の侍女の方は二人がいるなら大丈夫と、案内役を交代して自身の持ち場へと戻って行った。

 クロとヴァナルと雪さんたちもそっくり兄妹と朝の挨拶済ませて、みんなで食堂の一つ手前の部屋へと向かう。王都のミナーヴァ子爵邸よりも広い食堂なのだが、クレイグとサフィールは今日は欠席――逃げたとも言うかも――だ。領主邸に一泊したお客人が集まっているはず。私は屋敷の主のため、お客人よりもあとに向かうようになっている。一応、待たせないように食堂の近くまでやってきている訳だけれど。

 

 「ご当主さま。皆さまがお揃いになりました」

 

 侍従長さんが私を呼びにきてくれた。彼女に返事をすれば、そのまま案内役を務めてくれるようである。侍従長さんの背を見ながら部屋を出て直ぐ食堂の扉を潜れば、ナガノブさまと権太くんとウーノさま夫妻と第二皇女殿下とヤーバン王が席に腰を下ろしている。

 皆さま朝に強いようでぱっちりとした顔で私を見ている。侍従長さまが椅子を引いてくれ腰を下ろしていると座面が差しこまれた。タイミングが合わなければ事故になるけれど、一度も座面と私の足がぶつかったことはない。

 よく当たらないなと不思議だが侍従や侍女の方は慣れているのだろうか。そんなことより先ずは挨拶をしなくてはと私が口を開けば、皆さまも口を開ける。

 

 「ナイ、おはよう」

 

 「ナイさま、おはようございます」

 

 「おはようございます」

 

 「おはようございます」

 

 「おはよう、アストライアー侯爵!」

 

 ナガノブさまが私の名を呼べばウーノさまが片眉を上げていた。なにか変な所があったのだろうかと考える暇はなく、ウーノさまの旦那さまも私に挨拶をしてくれ、その後に第二皇女殿下が続きヤーバン王が声を張る。

 ヤーバン王は『ナガノブ殿は強かった!』と凄く良い笑顔なので、朝、庭で稽古をしていた時に手合わせをしたようである。ナガノブさまとヤーバン王は朝風呂を浴びてきたようで、凄くさっぱりとした顔をしていた。

 

 微かに精霊さんから頂いた黄色い花の匂いがしているから、試作品として作った石鹸を使ってくれたようだった。アルバトロス王国のお貴族さま向けの石鹸は匂いが強いのが特徴だけれど、試作品は匂いを抑えて頂いている。

 良い感じかなと笑みを浮かべていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまも顔を出した。朝食を摂るタイミングは任意でと伝えていたのだが、一緒に食べたかったらしい。

 他国の方もいると知っているし、他の皆さまも女神さまが同席するかもしれないと事前に同意は取ってある。とはいえ慣れないようで皆さまかなり驚いていた。少しマシなのはナガノブさまと権太くんで、フソウで一緒にご飯を何度か食べていたことが功を奏したようである。

 

 「なんとなく今、食べないと損する気がした」

 

 「いつもの朝より豪華だと、おっちゃんたちに聞いたからな」

 

 ヴァルトルーデさまは普段の朝よりも今日の朝ご飯は豪勢な品になると直感したようである。ジルケさまは料理長さん方に聞いて、参加を決めたようである。

 なんて鋭いんだろうと感心していると、朝ご飯が運ばれてきた。ナガノブさまは銀シャリさまが恋しかろうと白米と塩鮭に卵焼きとお味噌汁とお漬物を。少し冒険してウインナーを料理長さんに出して貰っている。食器類は私が買い付けしているので問題ないし、お箸も普通に提供できる。

 

 「おお! すまない、気を使って貰ったな」

 

 「いえ、フソウを立って三日目ですから。おにぎりは提供させて頂きましたが、きちんとした料理が恋しくなった頃かなと」

 

 ナガノブさまが異国の地でフソウのご飯が食べられると感動していた。味付けとか少し違うかもしれないけれど、料理長さんの腕は確かなので楽しんで頂きたい。

 アガレス帝国とヤーバン王国組の皆さまは慣れ親しんでいる、パンとチーズとハムである。付け合わせにスープとサラダがあるので満腹になれるはずだ。そうして食事の合図を出して各々箸を進め始める。今日の私はパン食にしている。ヴァルトルーデさまとジルケさまはご飯食を選んだようだ。女神さま方の前に並んだ朝ご飯を見たナガノブさまは嬉しそうな顔になっていた。

 

 「ナイさま、部屋に香る匂いは花の香でしょうか?」

 

 「おそらく石鹸の匂いかと。試作品ですが、良い匂いがする花を見つけて作って頂きました」

 

 ウーノさまが部屋に微かに香る匂いが気になったようである。辺境伯領の精霊さんから頂いた黄色い花は女性に人気だ。ソフィーアさまとセレスティアさまも気に入り、試作品の石鹸をいくつか持ち帰っているし、子爵邸の従業員用のお風呂にも石鹸を置いているのだが好評らしい。私がいくつか差し上げますよと伝えると、ウーノさまと第二皇女殿下が良い顔になり直ぐに片眉を上げた。

 

 「貴重な品なのでは……?」

 

 「花は増やせますから。大量にお渡しすることはできませんが、個人で使う数ならご用意できますよ」

 

 あまりにも良い匂いのためか、ウーノさま方は貴重品ではという考えに至ったようだ。黄色い花は増やそうと思えばいくらでも増えるので、香りを抽出する作業の方が大変かもしれない。

 抽出技術は確立されているし、石鹸も超高級品ではないのだから問題ナシである。あれよあれよと石鹸をウーノさま方にお渡しすることが決まると、果物を食べていた権太くんが『ナガノブは女子(おなご)の匂いを纏うんやなあ』と小さく零す。ナガノブさまは妙なことを言うなと権太くんにデコピンを入れ、ぺちんと音を鳴らした。ちなみに試作品の石鹸は男女どちらも使う想定である。

 

 ◇

 

 ルカの背にナガノブさまが乗り、ジャドさんの背にヤーバン王が騎乗して徒競走が始まった。

 

 一応、王都の子爵邸よりも子爵領の領主邸の方が広いので問題はないのだが、かなり速い速度でルカとジャドさんは駆けている。そんな二頭の背に跨るナガノブさまとヤーバン王の足腰の強さが羨ましいと、彼らが楽しそうにしている姿を見ている最中である。

 私の隣にはウーノさまと彼女の旦那さまと第二皇女殿下が立っていた。もう直ぐ国へ戻る出立の時間が皆さま方に迫っている。

 

 「揺れがかなり強いはずなのに、フソウのショウグンとヤーバン王の足腰はどうなっているのでしょうか……」

 

 ウーノさまがポツリと零した言葉にフソウとヤーバン王国の面々以外が苦笑いになった。権太くんは『ナガノブやしなあ……』と声を漏らし、フソウとヤーバンの方々は『我が主ならば、あれくらい当然』と言いたげな顔になっている。

 ちなみに空を飛べば確実にルカが勝つそうだ。三対の六枚翼は伊達ではないらしい。エルとジョセとジアとアシュとアスターとイルとイヴも見守っているのだが、ジアは相変わらずお兄ちゃんに向けている視線が厳しかった。

 

 「本当にどう鍛えれば良いのか……」

 

 私がウーノさまに答えるとアストライアー侯爵家の諜報部門師範として雇っている風魔と服部のご老体がにやりと笑った。

 

 「ご当主さまもナガノブさまが受けた訓練を試してみますかな?」

 

 「かなり厳しいものなので、初歩の初歩となりますが」

 

 ご老体二人にウーノさまは女性には必要ないのでは……と言いたそうな顔をしているし、ヤーバン王国の面々もヤーバン式厳酷修練に興味はありませんかと小声で言っている――ヤーバン基準の小声――が会話に交ざる気はないようである。

 訓練に興味はあるけれど、多分地力が違うので直ぐにバテてしまいそうである。そもそも討伐遠征や出張治癒院に参加しなくなったので私の体力は確実に落ちている。鍛え上げるより、元に戻す方が先決であった。

 

 「体力が落ちているので多分無理かと。軽い運動から始めないと身体を壊してしまいそうです」

 

 「ご尤もですな。庭の散策でも十分でしょうが、傾斜地を歩けば更に良いかと」

 

 「こちらの国の貴族は道を歩くのも憚られているようですからねえ。庭に傾斜地を造るわけにはいきますまい」

 

 私とご老体が呑気に話をしていると、クロがこてんと首を傾げ尻尾をぺちんと私の背に一度宛てる。

 

 『広い場所があれば竜の背中を上り下りすれば良いんじゃない? 代表たちは大きすぎるけれど、小型と中型の仔たちの間の大きさなら庭に降りられるし丁度良いかも』

 

 クロが良いこと思いついたと提案してくれる。確かに竜のお方の身体を上り下りすれば相当な運動になるはずである。そして某お方がクロの言葉を聞いていたら、凄く良い顔で自身もやってみたいと言い出しそうだ。でも。

 

 「クロ。確かに良い運動になるけれど、流石にそれは竜の方に申し訳なさすぎるよ」

 

 『そうかなあ。喜んでやってくれるはずだよ』

 

 竜のお方の背中でボルダリングのようなこともできるけれど、どこかの山を借りて敢行した方が良さそうである。それに私が動いている間は竜のお方は動けないので凄く暇ではなかろうか。

 クロは私の肩の上で『良いことだと思ったんだけどなあ』と首を傾げていた。ウーノさま方は私たちの会話に若干引いており、フソウとヤーバンの皆さまは話を聞いて楽しそうだと笑みを浮かべている。

 どうにもフソウとヤーバンの皆さまは豪快な方々が多いようだ。また皆さまで他愛のない話をしていると、ルカとジャドさんがゴールを切ったようだった。上がった歓声に釣られて、彼らの方を見ればナガノブさまとヤーバン王が視線を合わせて良い顔をしている。

 

 「ルカ、お主が勝ったな!」

 

 「いや、ジャドさまが勝ったぞ、ショウグン!」

 

 どうやら決着は僅差のようだったらしい。見ていないので分からないが、ルカとジャドさんはどっちが勝ったのだろうか。

 

 「ナイ、どちらが早かったのだ!?」

 

 「アストライアー侯爵、見ていただろう!?」

 

 ナガノブさまとヤーバン王が同じタイミングで私の方へと顔を向けた。凄く真剣な表情になっているけれど、楽しいという雰囲気もありありとこちらに伝わってくる。

 

 「え、あ、すみません。ちょっと余所見をしていまして……誰か他に見ていた方はおられますか?」

 

 私がそう伝えるや否や、ナガノブさまとヤーバン王とルカが『えー……』と凄く微妙な顔になった。ジャドさんはにこにこと楽しそうに私たちのやり取りを聞いている。

 ゴールの瞬間を見ていた方はいるのだが、流石にどちらが勝ったとは言い辛いようだ。それならと私は苦笑いを浮かべ口を開く。

 

 「引き分け、ですかねえ」

 

 「……ナイ」

 

 「侯爵……」

 

 引き分けの判定を出せばナガノブさまとヤーバン王とルカは凄く微妙な顔になった。本当はどちらが勝ったか告げた方が良いのだろうが、両国の間に問題が起これば面倒になる。

 ノーと言えない日本人だし、玉虫色の答えで十分だろうと判断したのが駄目だったのか、ルカが変顔を披露しながら抗議し始めた。ルカの変顔に耐えきれなくなった面々が噴出して、ナガノブさまは馬上にいるため不思議そうな顔になっている。

 変顔を披露したことでみんなが笑ってくれたことにルカは機嫌を戻したようだ。ジャドさんは勝負にこだわらないようで、単純に走りたかっただけなのだとか。エルとジョセがルカの話を通訳してくれ、ジャドさんにまた勝負を挑んでいる。彼女は挑戦ならいつでも受けてくれるそうだ。

 

 「また勝負しよう。ヤーバン王!」

 

 「受けて立ちましょうぞ、ショウグン!」

 

 ナガノブさまとヤーバン王がお互いに良い顔で笑い合い、ルカとジャドさんの背からひょいと降りた。どうしてそんなに身軽なのかと言いたくなるが、多分魔力のお陰で身体能力が高いのだろう。私は放出型なので魔力は肉体強化に使われることはない。意識すればできるかもしれないが難しいはず。

 

 そんなこんなで皆さまとのお別れの時間がやってきた。

 

 ナガノブさまは飛竜便でヤーバン王はアルバトロス城の転移陣を使い、ウーノさま方は飛空艇でそれぞれ国へと戻って行く。賑やかだったミナーヴァ子爵領新領主邸は元の静けさを取り戻し、今日は昨日の片付けと皆さまから頂いた贈り物の確認となっている。

 家宰さまは新領主邸に泊っていたので、直ぐに仕事に取り掛かってくれるとのこと。ソフィーアさまとセレスティアさまは明日から王都のアストライアー侯爵邸に出勤だ。馬車回りでエル一家とジャドさん一家と別れ玄関ホールに入って数歩歩き、私は後ろを振り返る。

 

 「ジーク、リン、暫く忙しいかもしれないけれど頑張ろうね」

 

 「手伝えることは手伝う。なんでも言ってくれ」

 

 「みんなでやれば直ぐに終わる。頑張ろう」

 

 ジークとリンと私は三人固まってグータッチをする。私たちの姿を見ていたクロたちもグータッチをしたいようだ。クロは私の肩の上で脚を踏み踏みしているし、ロゼさんはスライムボディーをぷくうと膨らませ、ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたち三頭が立ち上がる。

 

 「クロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんもよろしくね」

 

 『ボクたちは見ているだけだけれどねえ』

 

 と言いつつクロはちゃっかりとジークとリンと私と鼻タッチをする。首を伸ばしてちょこんと鼻先を拳に付けている姿は可愛い。

 

 『ロゼ、荷物運ぶ!』

 

 ロゼさんは身体の一部を伸ばして私とだけタッチした。いつものことなので他の面子は気にしない。

 

 『ヴァナル、重い物持つ』

 

 『楓と椿と桜も手伝ってくれるそうです』

 

 『助言であれば任せてくださいませ』

 

 『早風と松風がいない分はわたくしたちが頑張りましょう』

 

 ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちともグータッチをする。元気な毛玉ちゃんたち三頭の勢いに押されそうになるけれどいつものことだ。見送りを終えて領主邸の中にはいればクレイグとサフィールも手伝ってくれるようで、彼らともグータッチをして頂いた品を仮置きしている部屋に移動した。

 

 「お待たせしました」

 

 「いえいえ、ご当主さま。私も今きた所ですから。手伝いの方が多くて助かります」

 

 家宰さまは部屋で贈り物の前に佇んでいた。バインダーを持って内容を書き取るつもりのようである。山積みになっている贈り物に、私の口の端が勝手に伸びて良く。

 これは割と時間が掛かりそうだなあと一つ息を吐いて、みんなで中身の確認に取り掛かった。大きい物から捌いて行こうと決めて、目に付く品から手あたり次第開封していく。目録が付いているものがあり凄く助かった。

 

 「貴族の皆さまから贈られる品は貴金属や反物や工芸品が多いのですが……」

 

 「やはりお野菜や食べ物関連が多いのは私だからでしょうか」

 

 家宰さまと私は視線を合わせて苦笑いになる。頂いた贈り物の品は各国で作られた製品――時計やら魔術具やら化粧品やら――なのだが、ついでと言わんばかりに長期保存できるお野菜さんも含まれていた。

 ハイゼンベルグ公爵さまからは、これらを見越していたのかカトラリーのセットを頂いている。ヴァイセンベルク辺境伯閣下からは刀剣類だった。おそらくジークとリンに持たせるか、装飾品として飾れば良いと考えてくれたのだろう。

 アルバトロスの国王陛下からは真新しい聖女の衣装と侯爵家当主の衣装が贈られている。贈られた品が被っていないので、彼らは相談でもしていたのだろうか。不思議であるが、考えて贈られた物なので有難い限りだ。

 

 「ご当主さまは美食家だと噂が流れ始めておりますから」

 

 「今まで貴族の方を屋敷に招待したことがないのに、どうして私が美食家なんて噂が流れるのでしょう……」

 

 家宰さまは私の疑問に答えてくれず苦笑いを浮かべたままジークとリンの方を見た。なんだろうとそっくり兄妹の方へと私が視線を向けると、彼らも家宰さまと同じ顔になっている。

 

 「ナイ。出先で食べ物ばかり買い付けているだろう」

 

 「みんな知ってる」

 

 小さく笑うジークとリンが綺麗に笑って私の後ろに回り込む。

 

 「ぬう。ま、いっか。事実だし」

 

 「ナイ。あの小箱、気になる」

 

 リンが私の後ろから山積みの贈り物の中の一つを指差した。彼女が言った通り小さな小箱があるのだが随分と質素だし、あのような品を頂いたかなと私は首を傾げる。彼女の直感はかなり鋭いのでなにかあるかもしれないとジークの顔を見た。彼は確りと頷いて質素な小箱を手に取って、私の下へと近づくか迷っている。

 

 「多分、大丈夫だけれど……うーん」

 

 「中身までは流石に分からないか」

 

 リンが悩む仕草を見せ私は中身はなにかと考えていれば、ジークが意を決して『開けるぞ』と告げた。おそらくリンの大丈夫という声を聞いて箱の中身を確かめる決心がついたようだ。

 クロとロゼさんとヴァナル一家も反応していないので危険な物ではないのは分かる。分かるんだけれど、なにが起こるか分からないのが私の周辺だ。一先ずなにか起こってもすぐ対処できるようにと、こっそり魔力を練っておく。そうしてゆっくりとジークが小箱を開けると、箱の中からひょいとなにかが出てきて床に降り立った。

 

 『びゃあああああああああああああ!』

 

 床に着地した途端にマンドラゴラもどきが主根の先を器用に動かして走り出す。部屋の扉は締まっているので脱走の危険はないが、叫び声がやたらと大きく響いている。

 

 「どうしてマンドラゴラもどきが入っているの……」

 

 「妖精かな?」

 

 私がぼやけばリンが答えてくれ、ジークは害はないとホッとしたのか小さく息を吐いた。私の肩の上にいるクロは走り回るマンドラゴラもどきを見つめ目を細める。

 

 『お婆の可能性もあるねえ』

 

 「相変わらず、マンドラゴラもどきは元気ですね。とりあえず捕まえ……ありがとうございます。サクラさん」

 

 家宰さまも立ち尽くしたままマンドラゴラもどきを視線で追っていた。捕まえなければという彼の声にいの一番に反応したのは桜ちゃんだった。というか家宰さま、毛玉ちゃんたちをさん付けで呼んでいると初めて知った。

 昼ドラの不倫相手みたいな名前……いや、これ以上考えるのは止めておこう。妙な方向に思考を走らせては駄目だと頭を振って、桜ちゃんに窓からポイするようにとお願いする。

 私のお願いを聞き届けた桜ちゃんはドヤという顔で窓の近くに寄り『開けて!』と視線で訴えていた。楓ちゃんと椿ちゃんは桜ちゃんに先を越されて、ちょっと不貞腐れて雪さんたちのお腹の所に顔を突っ込んでいる。桜ちゃんの要望には家宰さまが答えてくれて窓を開け、桜ちゃんは開いた窓の縁に前脚を掛けてぺっと咥えたマンドラゴラもどきを離した。

 

 『びゃああああああああああああああ!』

 

 またマンドラゴラもどきが悲鳴を上げている。気になって窓の近くに寄ってみると、マンドラゴラもどきが新領主邸の庭を叫びながら爆走し、声に引き寄せられたルカとジアが競争だと言わんばかりに庭を駆け回りはじめた。

 ルカとジアがいるならばマンドラゴラもどきが外へ出ることはないと、私たちは贈り物の確認作業を再開させる。そうして今度はアガレス帝国のウーノさまからの品を手に取った。

 前回、私がアガレス帝国で天然石をお土産で買っていたから、ウーノさまは珍しい天然石を贈ってくれていた。装飾品を作る際に使ってくださいとのことだから、なにか仕立てた方が良いだろうか。

 ネックレスあたりが無難かなと考えていると、大きめの箱が目に入る。こちらもウーノさまからの贈り物でなんだろうと開封してみた。中にはさつまいもさんがびっしりと詰まっているのだが、以前頂いた品よりも丸くなっている気がする。中には手紙も一緒に添えられていて、手に取って読んでみる。――マジか!

 

 「新しいさつまいもさんだって! 凄いなあ。ウーノさま、短期間に新品種を作り上げるなんて。試食して感想を送らなきゃ……!」

 

 「美味いと良いな」

 

 「だね」

 

 私が新品種のさつまいもさんを手に取ってジークとリンと家宰さまを見れば、くすくすと小さく笑っている。蒸かして食べるか、焼いて食べてもきっと美味しいだろうし……さつまいもご飯も魅力的だ。なににせよ、ウーノさまにはありがとうございますと返事を認めなければなと新品種のさつまいもさんを見つめるのだった。

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