魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
新領主邸の完成披露パーティーで頂いた贈り物のお礼状を認めて関係各所に届けることができた。逆にお誘いありがとうのお手紙を参加者の皆さまから頂き感謝の限りである。アリアさまとロザリンデさまやフィーネさまとエーリヒさまとアリサさまとウルスラさまとクレイグとサフィールたちも、しれっと会話をしていたようでなによりである。
次はアストライアー侯爵領の領主邸に移った際か、王都の侯爵邸で夜会を開くのだろうか。なににせよ、本格的にお貴族さま生活が始まったと覚悟を決められたので、私にとっても良い催しだった。
ヴァルトルーデさまとジルケさまは美味しいお料理が食べられたことで満足しているようだった。
今回の夜会以外にも美味しい料理があるのかと、二柱さまから問われたので私は正直に答えておく。新屋敷完成披露パーティーでお料理が充実していたのは私が食べたかったからであって、一般的なお貴族さまの夜会はもっと控えめな品数であると。
ただ美食家と呼ばれているお貴族さまの夜会は充実している可能性があるとも伝えれば、二柱さまは凄く興味を示している。美食家のお貴族さまはどこにいるのかと問われたものの、私と交友がある方々にはいなかった。
残念そうにしていたので、陛下や公爵さま方に頼めば美食家のお貴族さまを紹介して頂けるかもと伝えてみるが反応はイマイチである。二柱さまが何故、微妙な感じだったのかは分からないままだが、まあ良いかと私は話を切り上げた。
昼下がりの午後。王都に戻ってタウンハウスである侯爵邸で執務を行い、昼ご飯を食べて自室でまったりしている所である。外は晴れているので窓から差し込む光が気持ち良いと、私は窓際に椅子を寄せて本を読んでいた。
クロは私の膝の上で丸くなっているし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭も床にゴロンと寝転がっていた。ロゼさんは『ハインツの所に行ってくる!』と言って出かけているのだが、副団長さまはロゼさんに変なことを教えないか少し心配である。とはいえロゼさんは悪戯をすることはなく、私がなにか魔術を使う際は一声かけてねと伝えているため律儀に従ってくれているようだった。
冬の季節の窓越しの陽の光の温かさには誰も敵わないよねと、本――農業関係――の文字を読み進めていれば鼻がムズムズとしてきた。
「ぶえっくしゅ!」
私の豪快なくしゃみにクロが顔を上げ、ヴァナルと雪さんと毛玉ちゃんたちも『どうしたの?』と顔を上げる。私がなんでもないよと無言で首を振れば、彼らはまた顔を床に付けて寝息を立て始める。
『豪快なくしゃみだねえ』
「誰か私の噂でもしているのかな」
クロが膝の上で私の顔を見上げながら目を細める。覚醒してしまったようで、クロはヴァナル一家のように二度寝をする気はないらしい。くしゃみが出た時は誰かが噂をしているというけれど、いろいろとやらかし過ぎているため誰が私の噂をしていてもおかしくない。
先日の完成披露パーティーのことかもしれないし、なにか私に売り込みを掛けたいお貴族さまや商人の方がいるかもしれないし、お屋敷に強盗に押し入ろうと計画をしている方たちかもしれない。考え始めるとキリがないから、私はクロに向かって肩を竦める。
『風邪かもしれないから気を付けてね』
「風邪、記憶にある限りでは引いたことないんだよねえ」
確かに暖かくなったとはいえ朝晩は随分と冷え込んでいる。気を付けた方が無難だけれど、生まれ変わってから風邪を引いたことがない。恐らく貧民街時代は大変過ぎて気付いていなかっただけだろう。
教会に保護されてからも忙しい日々を送っていたから、風邪なんて引く暇がなかった気がする。もしかしたら寝込みに誰かが治癒を掛けていたのかもしれないが、流石に部屋に人が入ってくれば気付くし、治癒代を貰えないならわざわざ術を施すことはない。そういえばジークとリンも風邪を引いた所を見たことがないなあと笑っていると、棚の上に置いていた竜の卵さんが視界に入る。
「卵さんに変化はないね」
辺境伯領の竜のお方から預かった竜の卵さん二個に特に変化はなく私の部屋に飾られている。セレスティアさまは仕事帰りに毎度覗きにくるし、ヴァルトルーデさまとジルケさまも興味があるのか部屋にやってきて観察して戻っていくことがある。
クロ曰く、私の部屋にいるから魔素の量は問題ないし、いつ孵っても問題ないと教えてくれていた。なら竜の卵さんが孵っても良いのではと私が首を傾げると、クロが身体を起こして私の肩の上に移動した。
『のんびり屋なのかもしれないねえ』
「そうなの?」
『早く外に出たいって思っていないのかなあ。竜って考えていることが割と反映されるから。ほら、大きくなりたいって望んでいる仔たちは成長が早いでしょ。それと同じだよ』
だから卵から孵る時間を要するかもとご機嫌そうに私の背中を尻尾で叩いている。クロは竜の仔たちが増えることを望んでいるから、私の下に卵さんが預けられていることが嬉しいようだ。
まあ、卵さんが孵って竜の方が暴れてもクロがどうにかしてくれるはずだし通訳も可能である。動物や生き物の言葉や考えを人間が知ることは難しいが、彼らがいることによって意思疎通ができる。恵まれているなあとクロの顔に私の手を伸ばせば、ぐりぐりと顔を擦り付け始めた。
「ユーリの所に行こう――はい?」
ユーリの所へ行って彼女に遊んで貰おうとクロに伝えて椅子から立ち上がろうとした時だった。部屋の扉からノックの音が二度響き、扉の向こうから侍従長さまが入って良いかと確認を取っていた。私が直ぐにどうぞと返事をすれば扉が少し雑に開いて、侍従長さまが二歩、三歩と部屋の中へと入ってくる。
「ご当主さま、失礼致します。め、女神さま方が調理場に赴かれ料理長たちが困っておりまして……どうにかならないか、とのことです」
困り顔をありありと浮かべた侍従長さまが状況を教えてくれた。料理長さま方は女神さまがたが調理場に見学にきたことによって、プレッシャーが凄いようである。しかし今まで作る所に興味を見せていなかったヴァルトルーデさまとジルケさまなのに、急に調理場を訪れた理由はなんだろうか。
「一先ず、様子を見てきますね。お知らせありがとうございます」
「申し訳ございません、ご当主さま。よろしくお願い致します」
私が侍従長さまに声を掛けると彼女は礼を執り部屋を出て行く。ユーリの所に向かうのは調理場の件が終わってからだと椅子から立ち上がり、本を机の上に置いて私たちは部屋を出る。
いつの間にかヴァナル一家が起きていたようで、ちゃっかり私の後ろをついてきていた。毛玉ちゃんたち三頭は今日は人化する気分ではないようで、四本の脚を器用に動かして私より先を歩いたり、後ろに戻ったり、鼻タッチをしようと横に並んで顔を上げていたりと忙しない。可愛いから良いかと、毛玉ちゃんたちの鼻先に手の平を当てると満足したのか彼女たちはご機嫌である。
もう一つのタウンハウスである子爵邸より長い長い廊下を歩いて、ようやく調理場へと辿り着く。結構歩いた気がするのはきっと気の所為だろう。
勝手知ったる調理場なので扉を開けて中に入れば、ヴァルトルーデさまとジルケさまの背中が見えて、調理場の皆さまが凄くやり辛そうにご飯を作っていた。
「失礼します。ヴァルトルーデさま、ジルケさま。調理場に顔をだされるのは珍しいですね」
私が二柱さまに声を掛ければ振り返って視線が合う。相変わらず凄く顔が整っている方々だと苦笑いになる。調理場の皆さまは私の登場を確認すると、凄く安心した表情になっている。毎日のお仕事だし、慣れているはずだけれど女神さま方に仕事場を見られるというのは凄く緊張するようだ。二柱さまは私の方へと顔を向けて、調理場に赴いたワケを教えてくれる。
「美味しいお料理たくさんあったから、みんな凄いなって」
「姉御が料理を作っている所に興味を持ってな。あたしは姉御が無茶を言い出さないか、見張り役だ」
夜会で食べた料理に感心したヴァルトルーデさまは作っている所にも興味を持ち調理場に赴いたようである。他意はないようだし、ヴァルトルーデさまが大人しくしてくれているなら見ていても問題ない。
でも、調理場の皆さまは大変だろう。申し訳ないけれど調理場から撤退しないと、美味しいご飯に預かれない可能性がある。焦げた食事は提供されず作り直しとなるだろうが、無駄な手間になるのだから。
「凄いよね。手際良く作ってる」
「確かにな。あたしは食うのが専門だかんなあ」
確かに調理場の皆さまは慣れているのでフライパンを振ったり、野菜を切ったりしているけれど……いつもより動きがぎこちない。火傷をしそうだし、手を切りそうだから私が見ていると危なっかしくて仕方ないのだが、女神さま方には彼らの手際は良いと見ているようである。
「調理だけではなく、食材の選別に片付けもありますから。作る前から調理が始まっていますよ」
「あ、そっか。なにもない所からご飯はできない」
「馬鹿だなあ、姉御。親父殿じゃないんだ。人間にそんなことできるわけねえじゃん」
私の言葉にヴァルトルーデさまが感心し、ジルケさまが姉君さまに呆れていた。ヴァルトルーデさまはジルケさまを見下ろして目を細めて微妙な表情を浮かべながら口を開いた。
「……末妹の態度が前と違う気がする。何故?」
「そ、そうか? 気の所為だろ、姉御」
慌てた様子でジルケさまがヴァルトルーデさまに首を振る。確かにヴァルトルーデさまが引き籠もりから解消された頃よりも、ジルケさまは姉君さまに対してフランクな態度になっていた。確かに態度が違うと感じてもおかしくはないのだろう。だが、それは親愛とか姉妹愛とかの類いではなかろうか。
「包丁また使ってみたい」
「姉御、手ぇ切るぞ」
「切っても平気。治せる」
「怪我を癒すっつーか、あたしらの場合は直すに近いけどなあ」
ヴァルトルーデさまがとんでもないことを言い始めた。誰か教えられるかと私が調理場の皆さまに顔を向けると、勢い良く全員から『滅相もございません!』と無言で訴える。
そしてジルケさまもジルケさまで突拍子もないことを言っているけれど、女神さま方の身体はどうなっているのだろうか。あー……とヴァルトルーデさまが納得している様子を見せているが、一先ずなにか切りたいという気持ちは一旦留めて頂かねば。
「夏に南の島へお出掛けしますから、また野菜を切ったり焼いたりならヴァルトルーデさまもできるはずです」
「本当? 前より綺麗に切れるかな……」
「不格好でも誰も文句は言いませんよ。切ってから文句を言えと言い返せば良いですし」
女神さま相手に言わないというか、言えないが正解だろうけれど。下手糞な切り方! なんて口を滑らせた方がいたならば一瞬で消滅しそうである。まあ子爵邸でバーベキューをした時にヴァルトルーデさまは包丁を持ったことがあるから大丈夫だろう。
なににせよ、これで女神さま方が南の島へ赴くのは確実になった。まあ、人数は多い方が楽しいし、亜人連合国の皆さまも女神さま方を受け入れてくれるはず。
その時までにグイーさまが分身を覚えていれば、彼は分身体で島に赴きそうだと苦笑いになるのだった。
◇
――皆、良く聞け。西の女神さまからのお下知である!
教皇猊下が大聖堂の祭壇に立ち、凛々しい顔で告げた言葉でした。信者の皆さまも大聖堂関係者の方と聖王国上層部の皆さまは一様に驚いた表情を見せ暫く静まり返ったのち、歓喜の声を上げる方、疑念が拭えず周りの方と本当かと語り合う方と様々です。
本当にこの時がやってきて私、ウルスラは嬉しくてなりません。私は教皇猊下に沢山のご迷惑を掛けたというのに、アルバトロス王国王立学院への入学打診や勉学について、大聖女としての振る舞い方などいろいろと教えを乞うています。
先々々代の教皇猊下、シュヴァインシュタイガー卿からもいろいろとためになる話を語ってくださいます。聖王国の成り立ちや聖王国の教えが大陸中に広まった経緯など、本当に聞いていて女神さまの偉業は凄いと感心していました。
でも、西の女神さまが西大陸にご降臨され、アストライアー侯爵閣下の下でお過ごしになっていると聞き当初の私は凄く驚きました。そして大聖女フィーネさまのお陰で西の女神さまとお顔合わせができるようになったことも。
本当に、本当に私は周りの方々に恵まれています。貧民街出身の私を蔑むこともなく知識を教えてくれ、友人だと仰ってくれるのですから。私が皆さまの友人なんて……という気持ちは今でもありますが、それより頂いた優しさや御恩を返せるようにならなければと勉強や立派な大聖女になれるようにと頑張っています。きっとまだまだ私は未熟でしょうけれど、いつか皆さまに聖王国には優しい大聖女がいると言われるようになれば良いなと。
「きっと信じぬ者もいるだろう。だが私は西の女神さまから言葉を賜り聖王国の皆に伝えよと神託されたのだ!」
教皇猊下が声を更に張り上げました。彼は黒衣の枢機卿さまの件の後始末に追われ忙しく日々を過ごし、信仰心の薄い神職者の皆さまに苦心しております。
アストライアー侯爵閣下の計らいで大聖女フィーネさまと通じ、西の女神さまと教皇猊下が顔合わせが叶いました。女神さまとお会いできるかどうかは運次第でしたが邂逅できました。西の女神さまであるヴァルトルーデさま――ナイさまが贈られた仮名だそうです――の優しいお心が、教皇猊下の下へと導かれたようで、なんとヴァルトルーデさまの方から声を掛けてくださったのです。
教皇猊下はヴァルトルーデさまとご一緒におられたジルケさまの圧に驚いておりましたが、聖王国の教皇として恥を掻けないと身を律しておりました。
ヴァルトルーデさまは既知である私たちに声を掛けてくれ、そして教皇猊下に『貴方は誰?』と仰ってくれたのです。少し冷たい言葉使いに聞こえてしまいますが、興味がなければヴァルトルーデさまから声も掛からなかったことでしょう。
ジルケさまは『これが聖王国の偉い奴か』と言いたげでしたが、黙ってヴァルトルーデさまの後ろで様子を伺っておりました。大聖女フィーネさまと聖女アリサさまもどうなってしまうのかと心配そうな顔をしていますが、ヴァルトルーデさまは……西の大陸を司る女神さまは教皇猊下とお話し下さったのです。
――数日前に教皇猊下と大聖女フィーネさまと聖女アリサさま、そして私がヴァルトルーデさまとお話したことが鮮明に蘇りました。
アストライアー侯爵閣下が所領している子爵領の新屋敷が完成したことにより、お披露目会を行うとご招待を受けアルバトロス王国へと皆さまと一緒に向かい夜会に参加させて頂いている最中でした。
ヴァルトルーデさまとジルケさまが突然、夜会会場の軽食コーナーに現れて周りの皆さまは二柱さまとお話をしたそうにチラチラと視線を向けていました。
私たちも聖王国に所属している身なので女神さまとお話をしたいと望んでおりましたが、好き勝手に近寄れる方ではありません。
フィーネさまがアストライアー侯爵閣下にお願いして話しても良いか許可を得た際に、丁度ヴァルトルーデさまと視線が合い何故かこちらへときてくださいました。本当に奇跡があるのだなと感心していると、ヴァルトルーデさまは教皇猊下の前に立ちました。女神さまの後ろには南の女神さまであるジルケさまがご一緒しております。
『聖王国は随分と好きにしているみたいだね』
『ま、誠に申し訳ありません。これも教皇である私が皆を導けていない故に。お叱りはいくらでも受けましょう』
ヴァルトルーデさまはお茶会で見せるご尊顔ではなく、なんだかあまり感情が灯っておりません。お茶会の時は美味しそうにお茶を飲み、お菓子を楽しんでおられました。
けれど今は楽しくないのか無表情なのです。でも確かに女神さまを崇拝している国と言いながら、神職者の方で己の欲に従ってしまう方々がいらっしゃいます。西の女神さまが無表情になってしまうのは致し方のないこと。私も教皇猊下のように正しく立ち、誰かを導けるような大聖女にならなければ。そうなればきっと、聖王国もいつかヴァルトルーデさまから認めて貰うことができるはずです。
『別に怒っていない。今以上、周りに迷惑を掛けるなら……私じゃなくて別の子を信仰の対象にする』
新たな信仰の対象を創り出しても良いし、大陸の人間の記憶を改竄することもできるからとヴァルトルーデさまが告げられました。私はその言葉を聞いて凄く驚いてしまいます。
大聖女の印である聖痕は無作為に与えられると知りショックを受けていたのですが、ヴァルトルーデさま自ら私が聖痕を得た理由を教えてくださいました。無作為だけれどきっとなにか意味があって、なにかを成し遂げるために聖痕が私を選んだ可能性だってあるよと。あんなにお優しい言葉を掛けてくれる方ですが、今は違いました。
どうすれば良いと考えを巡らせていると、ヴァルトルーデさまの顔に色が点ります。
『ナイは嫌がるけれど、面白いことになりそう』
『姉御、姉御! 無茶言うな! ナイが怒って飯食わせてくれなくなったらどーすんだ!!』
ふふっと微かに笑ったヴァルトルーデさまに後ろに控えていたジルケさまが困った表情で声を上げました。確かに新たな信仰の対象を創り上げたり、人々の記憶を上書きするなんて、人間ができることではないです。
やはりヴァルトルーデさまは強大な力をお持ちになっている女神さまで、正しくない道を歩もうとする者には厳しい態度になるようです。ジルケさまはご飯の心配をしているようですが、ヴァルトルーデさまは彼女の言葉でまた表情から色が消えます。
『それは駄目』
『なら違う案だ!』
無表情のままぼそりと呟くヴァルトルーデさまにジルケさまが慌てた様子で話の流れを変えてくれました。二柱さまは姉妹と聞き及んでいるので仲が良いようです。
『どうすれば……』
『聖王国をぶっ潰すとかあんだろ!』
二柱さまの声に教皇猊下の顔が青褪めていきます。しかしこのまま聖職者の一部の方々が改心しないのであれば、聖王国が亡国になっても致し方ないのでしょう。現状でも各国からお目こぼしを頂いているだけで、聖王国が自立しているとは言い難い状況なのです。
でもやはり、聖王国は私が生まれ育った国で助けて貰った国なのです。潰れないように大聖女として邁進していかないと。ヴァルトルーデさまの言葉から推測するれば、聖王国には時間が少し残されているようですから。
『……だって。南の女神が聖王国に怒りをぶつける』
『あーねーごー!! そりゃ姉御の許可がありゃ、あたしは手を出せるようになるけどよ。自分の管轄だろ。姉御が対処しろよ!』
だって面倒、と零したヴァルトルーデさまは聖王国は自ら手を下す価値すらないと言いたい様でした。はあああと盛大に溜息を吐くジルケさまにヴァルトルーデさまがまた小さく笑います。一瞬のことで直ぐに元のご尊顔に戻ってしまいました。
『妙な人がいて大変なんだよね?』
『私の力が弱いばかりに。女神さまには本当に申し訳ございません』
『良いよ。私が見ていなかった時期のことだ。でも今は状況が違う。身を改めなきゃ……ぶつけるよ』
なにを、とは教皇猊下は聞けなかったようです。ただただ頭を下げてヴァルトルーデさまに失礼のないようにと腐心しておられました。そうしてヴァルトルーデさまは『フィーネたちとは仲良くしているから。今話した内容は伝えて良いよ』と言って場を去っていかれます。
本当に短い時間でしたが教皇猊下には長い長い時間だったようです。腰が抜けそうになっているのを我慢しながら夜会を終えるまで私たちは一緒に過ごしておりました。
――そうして現在。
聖王国の大聖堂はざわざわと少し騒がしく、シスターと神父さま方は手を握り込んで祈りを捧げ、神職者の皆さまは周りの皆さま方と嘘か真かと真相を突き詰めたいようでした。
「次、周囲の国や誰かが迷惑を被ることになれば、西の女神さまは新たな信仰の対象を生み出し、聖王国の未来はないと仰られたのだ! 女神さまのお言葉が真かは大聖女フィーネと大聖女ウルスラが保証してくれよう」
教皇猊下が祭壇の前で私たちを右腕で指しました。フィーネさまも私も祭壇の片隅、教皇猊下とは少し離れた場所に立っております。フィーネさまが礼を執り信徒席にいらっしゃる皆さまへと声を掛けようと身体を少し動かしました。彼女に倣って私も少しだけ身体を動かします。
「はい。大聖女の名に誓い、教皇猊下のお言葉に嘘はないと保証いたします」
「私も教皇猊下の仰られた言葉は真実であり、女神さまが聖王国に対しそう告げられたと、大聖女ウルスラとして証明いたします」
顔を真っ直ぐ信徒席に向けて嘘偽りなどないと真剣な眼差しで皆さまを見ました。少しだけ高い位置にいるためか、皆さまのお顔が良く見えます。女神さまの言葉を信じてくれる方が大多数のようですが、未だ教皇猊下の言葉に疑いをもたれている方がいらっしゃいます。
聖王国の今後のためにみんなで手に手を取り合うという状況を叶えるのは難しいことのようです。その事実に少し悲しくなってしまいますが、少しでも改心してくれる方がいることを願って大聖女の活動を続けなければなりません。信徒の皆さまも今回の女神さまのお言葉で聖王国に後がないと知ったでしょうし、西の女神さまが地上にいらっしゃると知ったのですから。
ヴァルトルーデさまは真面目に生きている方ならば、普通に接してくれる方だとアストライアー侯爵閣下のお屋敷で私は知ることができました。
「大丈夫かしら……不安だわ」
「未来がどうなるか分かりませんが、私はなすべきことをなすだけかなと!」
「強くなったわね、ウルスラ」
心配そうな顔で信徒席を見つめている大聖女フィーネさまがポツリと言葉を零したので、私は彼女に答えました。そう、本当に人ひとりができることは限られていて、全員を救うのは無理だと私は知りました。
それならば私ができる範囲でできることを必ず成し遂げようと決めました。取りこぼしてしまうものがあるかもしれませんが、その時は泣いて泣いて泣けば少しだけ気持ちが軽くなって前を向くことができるとも知っているのです。
ヴァルトルーデさまのことを皆さまにお伝えしても良いかと問えば、困っている方や生きる希望がない方がいればお話しても良いそうです。もしかしたら会えるかもしれないと、人々の希望になるなら構わないと仰られていました。
優しい女神さまのために私ができることは本当に少ないですが、女神さまを慕う方が多くなるように聖王国の大聖女の活動を頑張っていかなければならないでしょう。
もし聖王国が亡国となってしまっても、私の女神さまに対する信仰は消えないのだから。