魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0608:子供向けの本。

 ――大丈夫だろうか。

 

 聖王国の大聖堂で教皇猊下が声高に表明していた。彼はナイさまの屋敷で執り行われた夜会に参加し、西の女神さまと話をすることができたそうである。俺はフィーネさまからの手紙で知ることとなり驚いたものの、西の女神さまはナイさまとフィーネさま、そしてイクスプロード嬢と大聖女ウルスラとは茶会を開く仲である。

 女性陣のお陰で教皇猊下は西の女神さまと話ができたのだろうと納得し、俺はアルバトロス王国の外交官として聖王国の大聖堂の柱の陰で祭壇と信徒席の様子を見ていた。

 

 とりあえず、妙な反応を見せている方々の顔を俺の記憶に刻み込む。ユルゲンも俺の隣に立っているから、きっと顔を覚えてくれただろう。教皇猊下と大聖女さま二人の話が終わり、会場にいる皆さまが各々持ち場へと戻ろうとしている。

 ざわざわとしている聖堂内は西の女神さまと教皇猊下が話をしたことに盛り上がっている方と己の進退に危険が迫っているかもと自覚できている方、一方で悔しそうに顔を歪めている方が極少数確認できた。

 

 「少しでも聖王国が良い方向へ進むと良いのですが」

 

 「だな。これで馬鹿なことを仕出かす人がいたなら救いようがない。教皇猊下も胃が痛いだろうな」

 

 ユルゲンが俺の隣でぼそりと呟き息を吐いた。教皇猊下が悪巧みをすれば聖王国は西の女神さまの怒りを買うぞと仰られたので、悔しそうに顔を歪めていた方たちは行動を抑制し、更に裏へと回って悪巧みが露見しないようにと画策しそうである。

 とはいえ聖王国なのだから、西の女神さまの言葉や意思は皆さまにとって偉大なものである。暫くの間は聖王国は平和に過ごせるはずだ。その間に少しでもマトモな方を増やして、聖王国という国を運営できるようにしなければ。

 

 大聖女であるフィーネさまとウルスラさまと聖女の皆さまは大聖堂の外に出て治癒院を開くようである。先々々代の教皇猊下、シュヴァインシュタイガー卿も一緒に付いていっているので治癒師として参加するようだ。大聖堂内で治癒院を開かなくなったことに苦々しい顔をしている方がいる。分かり易いなあと俺はその方に視線を向けて、また顔を頭の中へと刻み付けた。

 

 そうして俺たちの前を大聖女さまお二人を先頭に聖女の方々と大聖堂の神職者とシスターたちが通り過ぎようとしている。俺とユルゲンは礼を執って顔を上げると、フィーネさまがちらりと俺と視線を合わせて口元を緩ませていた。

 彼女は日本に残してきてしまった家族や友人を心配していたが、皆様が前を向いて生活していると知り彼女の心残りは随分とマシになったようである。銀糸の長い髪を揺らしながら歩く、小柄な彼女の背を見送って執務室へ戻ろうとユルゲンの顔を見る。

 

 「エーリヒ、顔が緩んでいますよ?」

 

 「な!?」

 

 ふふふと目を細めて笑うユルゲンが妙なことを口走り俺はなにも言えなくなる。顔を緩ませていた気はないのだが、そんなにだらしのない顔になっていたのだろうか。外にいる時は気を付けなければ。アルバトロス王国の外交員が人に見せられないような顔をしていた、なんて妙な噂が流れても困る。

 

 「戻ろう、ユルゲン。仕事しなきゃな」

 

 「はい、戻りましょう。そろそろアルバトロスに戻れるのでしょうかねえ」

 

 俺たちの上司であるシャッテン卿は気遣いの上手い方なのか、俺たちが頻繁にアルバトロス王国に戻れるようにと配慮してくれている。外交員だから年単位で母国に戻れないのはザラのはず。

 だが、魔力量の多い者がたくさんいるアルバトロス王国だから、転移陣を利用して戻ることができていた。俺はそれなりの魔力量なので役に立たないが、ユルゲンは多い部類に入るので聖王国とアルバトロス王国を繋ぐ魔術陣に魔力を注ぎ込んでいた。

 

 次の帰還は夏になるはず。その時はまたみんなで南の島に遊びに行くだろう……女神さま付きで。

 

 ◇

 

 王都の子爵邸から侯爵邸へと移り住んだけれど、ユーリも一緒に引っ越しを済ませている。彼女はまだ小さいから大きな環境の変化はよろしくないと知ってはいたものの、離れてしまうのは寂しいし、顔を忘れられることが怖いので私たちと一緒のタイミングでの移動を決めたのだ。

 乳母の方曰く、部屋の規模や内装が似ているからユーリは割と早く馴染んでくれたと仰っていた。ユーリの部屋で彼女の様子を聞いていた私は安堵して息を軽く吐く。部屋にはいつも通りユーリと乳母さんとジークとリンに私がいて、クロとアズとネルとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭がまったりとしていた。

 

 「あ~!」

 

 ユーリは私たちのことなど気にせず部屋の中で一人遊んでいる所だ。床に座り込んで玩具で遊んでいたのに急に立ち上がって私の方へと進み始める。つかまり立ちをしてよろよろと歩いていた頃より随分確りとした足取りになっているが、すこんと床に倒れてしまいそうな歩き方をしている。

 私が瞬時に手をだせばユーリが怪我を負うことはないが、手をだせばユーリの成長の妨げになってしまう。なので私はユーリの脇に手を差し入れて抱きしめたい気持ちをぐっと堪える。

 

 私が頑張れとユーリにエールを送っていると、ジークとリンは私の背後で苦笑いを浮かべているようだった。本人たちの姿は見えないけれど、なんとなく空気で分かる。

 私がユーリに対して甘いことは、周囲の皆さま全員知っているし、特に態度を改める気はない。今の時期は可愛い盛りだろうし、彼女が成長すれば私のことを『うるせぇ、婆あ!』と呼ぶ日がくるかもしれないのだから。

 

 まだ喋れないユーリの今を目に焼き付けておかないと、婆あと呼ばれた日には私の心が持たない気がする。将来のユーリの姿を夢想するのは止めて、現実を受け止めようと目の前で必死にこちらにこようとしている可愛いユーリを見つめた。私の足下までもう少しだと心の中で頑張れと再び唱えて絨毯の上に腰を下ろした。私の姿を見たユーリは抱き留めてくれると理解しているのか、こちらに勢い良く倒れ込む。

 

 「ここまでこれたね。凄いよ、ユーリ」

 

 私は倒れ込んできたユーリを抱きしめ、ぎゅっと彼女を抱え込む。遊んでくれているとユーリは感じたのかきゃっきゃと笑い始め、毛玉ちゃんたち三頭が狼の姿でユーリに鼻先を近づける。

 スンスンスンと彼女の匂いを嗅いでいる毛玉ちゃんたちは一緒に遊びたいようだが、ユーリは少し気圧されていた。そうして近づいていた鼻にユーリが手を当てて『嫌!』という意思表示をすれば、毛玉ちゃんたち三頭はぶん回していた尻尾を下に下げて雪さんたちの下へと戻って行った。雪さんたちは余裕の態度で『拗ねました』『嫌われたと嘆いています』『大袈裟ですねえ』と笑っている。ヴァナルはこてんと首を傾げて、まあ良いかと顔を絨毯に付けて目を閉じた。

 

 「歩ける距離が長くなっているな」

 

 「ユーリ、感情もはっきりしてきた? 前より分かり易い」

 

 そっくり兄妹が小さく笑って私の下にしゃがみ込む。二人がユーリを見つめているのが分かって照れ臭くなったのか、彼女は私の肩に顔を埋める。

 

 「意思表示の種類が多くなっているよね。ご飯食べたいは真っ先に覚えていたし」

 

 私がジークとリンの方を見て笑えば、ユーリが顔を上げてそっくり兄妹を見つめている。ジークとリンが無言で『どうした?』『どうしたの?』と無言でユーリに問えば、二人に向かって彼女が腕を伸ばす。

 

 「柔らかいね」

 

 リンがユーリの手を取って抱き上げた。ぎゅっと抱きしめたリンはユーリの赤子独特の温かさを確かめているようである。ユーリは抱きしめられるまま大人しくリンの腕の中にいた。私は絨毯の上から立ち上がり、本を持ってきていたことを思い出す。

 

 「あ、そうだ。ヴァルトルーデさまから、図書室で幼児向けの本を見つけたって教えてくれたんだ。ユーリ、読んでみる?」

 

 私は持ってきていた本をユーリに見せてみる。彼女は不思議そうな顔をして、本という物がなにか良く分かっていないようだった。まだ二歳弱だから分からなくても仕方ないが、そろそろ童話はユーリに語っても良いのではないだろうか。

 会話はできないけれど、私たち大人組が喋っていることをユーリは耳で聞いているはず。先程、ヴァルトルーデさまとすれ違う際にユーリの部屋に行ってくると告げれば、手元から出してくれた本である。

 図書室で見つけたと仰っており、幼児向けの本なんて置いた記憶はないから妖精さんが棚に入れたのだろうか。なににせよ女神さまからユーリへと向けた本である。読んでも問題なかろうと初めて表紙をマジマジと見る。

 

 ――悲しい神さま。

 

 本の表紙と背表紙に書かれている文字は、幼児に読み聞かせるには随分と物騒だ。いや、でも日本の童話は割と悲惨な話を子供向けに編集して、社会の在り方を教えている。だからこちらの世界でも幼児向けにされているだろうと本を開けば、大人が読む本より平易な言葉で物語が綴られていた。

 一文の文字数も少なくなっているので、確かに読みやすい。クロも本を覗き込んで文字を追い『ボクでも読みやすいよ~』と声を上げている。

 

 「――ある日、島にいたとある神さまが言いました。正しいことは本当に正しいのか、と」

 

 第一声を発した瞬間にそっくり兄妹が微妙な表情を浮かべた。ユーリは良く分かっていないけれど、私が喋っているという事実だけは分かるようで確りとこちらに顔を向けている。

 

 「問うた神さまに物凄く偉大な神さまが答えます。正しいことは各々の感覚によるが、正しくない物事には不快感が湧き多くの者が同じ気持ちになる、と」

 

 確かに正しくないこと……ゴミのポイ捨てを見れば大多数の方が不快感を抱き、やってはならぬことだと自身を戒める。社会の規模や情勢を鑑みながらルールとして定められ、犯したならば罰を科す。あー……これは社会の掟を教えている内容なのかなと、読みながら頭の片隅に浮かんでくる。幼児向けとは言い難い気もするが、確かに幼い頃から身に着けておけば社会に馴染みやすいかもしれない。

 

 話はとある神さまを主人公に置いたものである。正しいことは本当に正しいのかと疑問に感じてしまった神さまは悩み始めた。自身の行動もさることながら他の神さまの行動は正しいのか、正しくないのかと行動を注視するようになり、周りの方からおかしい奴だと言われるようになってしまった。

 とはいえ他の神さまからの視線を気にした所で自身が抱えた疑問が解消することはない。正しくないことをすれば周りから諫められ、正しいことをすれば褒められる。己が正しくないと思うことをしても褒められることもあれば、正しいと思うことを行動に起こせば怒られることもあったとか。そうしてとある神さまは悩んでしまう。

 

 「良く分からない、ととある神さまが小高い丘の上で呟きました」

 

 自分の考えと周りの考えが合わないのだと。自分は周りの神とは違っているのかもしれないと。神たちが住まう島で自分は異端なのではと。何年も、何十年も、何百年も迷った末にとある神さまの心は壊れてしまったようである。

 

 ――神殺し。それも位の高い者の神殺しを!

 

 ある日、とある神さまは島での最大の禁忌とされていることを企てる。そうして意気揚々と物凄く偉大な神さまが住まう屋敷に乗り込み、声を張り上げ物凄く偉大な神さまを呼び出します。とある神さまを見た物凄く偉大な神さまは彼の姿を見て首を左右に振り口を開いた。

 

 「――堕ちたか……と、物凄く偉大な神さまが目を細めてとある神さまに言い放ちました」

 

 そうしてあっけなくとある神さまは物凄く偉大な神さまに負け、丸い玉になってしまいました。凄く簡単にかみ砕けば、正しいことは人によるもの。だけれど社会を構築しているならば多数の意見が正しくなる、と。そして正しいことに上手く付き合える心を持てと本を書いた方は言いたいようだった。

 最後はとある神さまの自爆に見えてしまうが、とある神さまも考えに考え抜いて、迷いに迷った末での行動だったのだろう。何故かとある神さまを責める気にはなれなかった。

 

 物凄く偉い神さまはとある神さまを封じ込めた玉をどこか遠くへと投げ捨てて、運が良ければ新たな命として生まれ変わるだろうと目を細め。

 

 「――悲しいのう……と物凄く偉大な神さまがぽつりと零したのでした」

 

 最後の一節を声にだして本を閉じる。直ぐに終わる内容だったけれど、ユーリに向けて読むには難し過ぎる内容だ。ジークとリンも不思議そうな顔をしているし、リンに抱きしめられているユーリはいつの間にかすやすやと幸せそうな顔をして寝ていた。

 

 「子供向けなのか?」

 

 「私でも難しい……」

 

 「どうしてヴァルトルーデさまは本を渡してくれたんだろうね?」

 

 むむと顔を顰めているそっくり兄妹に私も苦笑いを浮かべて、寝てしまったユーリをベッドに移して部屋を出るのだった。

 

 ◇

 

 春は恋多き季節だと誰かが言っていたけれど。

 

 お猫さまのお腹が日増しに大きくなっていた。私がお猫さまを呼び留めようとすれば、彼女は三本の尻尾を揺らしながら逃げていく。お腹の中に赤仔がいるのか確かめたいけれど、お猫さまは私に怒られると考えているようだった。

 お猫さまと一緒に過ごしているジルヴァラさんに、お猫さまの仔が産まれた時は教えて欲しいとお願いしておいた。また引き取り先を考えておかないと後で大変なことになりそうだと苦笑いを浮かべて、執務室で読んでいる手紙に再度視線を落とす。

 

 「筆頭聖女就任式……筆頭聖女さまが決まったのですね。良かったです」

 

 私は執務室で手紙を読みながら、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに声を掛け、壁際に控えているジークとリンにも視線を向けた。

 

 「そのようですねえ」

 

 「今頃の時期に決まると聞いてはいたが、な」

 

 「ナイに打診はきていませんから、誰が筆頭の座に就くのでしょうかねえ」

 

 家宰さまがしみじみと、ソフィーアさまが肩を竦め、セレスティアさまが不思議そうに誰が選ばれたのかと不思議そうにしている。私に声が掛かっていないから、候補はアリアさまとロザリンデさまの名が真っ先に上がる。

 一応、筆頭の座に就く方は一人に拘らなくてもと教会の皆さまに進言しておいたから、二人以上選出される可能性もある。私が選ばれなかったためか、筆頭聖女就任式の招待状には参加しますと意気揚々と返事を記すのだった。

 

 「治癒院が開かれて、炊き出しも催されるようですが……私がお手伝いに参加するのは迷惑ですよね」

 

 筆頭聖女就任式のあとは王都の皆さまへの顔見世が含まれているのか、治癒院が開かれ炊き出しが行われる。教会はてんてこ舞いになるはずだが、やらないわけにはいかないらしい。

 現筆頭聖女さまとも挨拶をしておきたいし、治癒院に暫く参加していないので協力しておきたいところだが多分私が出れば騒ぎになる。トラブルも引き寄せそうだと苦笑いをすれば、肩の上のクロがすりすりと顔を擦り付けて気にしないでと言いたそうだった。

 

 「ナイが参加すれば騒ぎになる。教会への寄付を多めに出して協力すれば良いさ」

 

 「ええ。正直に言ってしまえばナイが参加するより、教会はお金の方が助かるかと」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまが私に気を使って助言をくれる。やはり騒ぎになるのは確定で就任式に参加して屋敷に戻ることになりそうだ。私も侯爵位に就いているから、王都の皆さまと交わるのは控えた方が良いのだろう。

 私は良くても、王都の皆さまが不意の行動で不敬に問われる可能性がある。仕方ないし、自領で治癒院が開かれた際に顔を出すようにしよう。ミナーヴァ子爵領もアストライアー侯爵領も聖女さまや治癒師が少なくて、領地にある教会は治癒術を扱える方が増えることを希望している。魔力量の多い方を見つける機会を年に一度設けているし、中には魔力量に恵まれている方も当然いる。魔術を扱える方が領地で増えるのは時間の問題だ。

 

 「あとはヴァルトルーデさまが興味を示すか示さないか、なのですが……」

 

 「参加したいと仰る姿がありありと浮かびます」

 

 私が苦笑いを浮かべながらヴァルトルーデさまはどうするのか疑問を声にすれば、家宰さまも苦笑いを浮かべて答えてくれる。やはり参加しないという想像はし辛いようで、ソフィーアさまとセレスティアさまにジークとリンも小さく肩を竦めていた。

 参加する場所は教会なので大騒ぎになるけれど、ヴァルトルーデさまを受け入れてくれるはず。事前に知らせておいた方が無難そうだし、筆頭聖女就任式の話はヴァルトルーデさまに伝えておいた方が良さそうである。

 

 「就任式は一ケ月後、五月の末となるそうです。予定は大丈夫でしょうか?」

 

 「どうにかするさ」

 

 「聖女であるナイが参加しないわけにはなりませんもの」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまは一ケ月の間に私の都合を調整してくれるようである。おそらく執務時間の仕事量が増えるなと苦笑いになり仕方ないと腹を括る。家宰さまが目を通すべき手紙の山からもう一通取り、私へと差し出した。

 

 「もう一枚、教会から手紙が届いておりますね。どうぞ」

 

 「ありがとうございます」

 

 手紙の差し出し人はアルバトロス王国教会のようである。家宰さまにお礼を告げて手紙を受け取り差出人の所へ視線を向ければ、確かに教会からの手紙だった。字面から手紙を認めたのはカルヴァイン枢機卿さまのようである。中の手紙を取り出して私は視線を落とす。書き損じないようにとゆっくり丁寧に書かれた文字は彼の性格故なのか。時候の挨拶をサラッと読み進めて本題に入る。

 

 「ん?」

 

 「どうした、ナイ」

 

 「ナイ、どうしたのです?」

 

 私の喉から漏れ出た声を耳聡く拾ったソフィーアさまとセレスティアさまが声を上げる。手紙には妙なことが記されており、つい喉を鳴らしてしまったというか。特に隠す必要もないし、致し方ないのかと私は小さく息を吐いた。

 

 「筆頭聖女の座に就くのはアリアさまで、アリアさまの補佐役に筆頭聖女補佐としてロザリンデさまを据えるそうです。既にお二人から了承は頂いていると」

 

 確かに聖女の能力的な部分はアリアさまが筆頭聖女に適任なのだろう。しかしアリアさまだと政治的な部分に不安が残る。お貴族さま的な所をフォローする役目としてロザリンデさまが選ばれたようだ。補佐役は時折選出されることがあるから特に問題はない。それよりもう一つのことである。

 

 「それだけでナイが眉根を顰めることはないだろう」

 

 「ですわね。なにが記されていたのでしょうか」

 

 お二人が早く続きを話せと片眉を上げていた。

 

 「私に聖女さま方への助言役を担ってくれないか、と」

 

 簡単に役職の説明が手紙に記されていた。迷っている聖女さま方がいれば、役職通り助言をして欲しいと。私の言葉であれば聖女さま方も飲み込みやすいはずだと。

 高すぎる爵位の所為で脅しにならないかと疑問に感じてしまうが、新任の聖女さま方に治癒術を教えるのは別に構わない。人生相談をされれば困ってしまうが、一緒に悩むことくらいはできる。

 

 教会にも公爵さま同様お世話になった方が多くいる。王都の皆さまが治癒院に訪れて助かったと泣いて拝む方がいることも知っている。教会からの打診を無下にはできないし、信徒になって教会の客寄せパンダになると決めてからそんなに役に立っていないし、助言役くらいなら問題ないだろう。偶に教会に顔を出して聖女さま方とお茶会でも開いて世間話でもしよう。その時はアリアさまとロザリンデさまも誘って、聖女の待遇改善や仕事量の調整とか話をしたいことがある。

 

 「片手間でやれるだろうが……」

 

 「ナイのやる気次第でございますわ」

 

 「打診を引き受けようかと。貴族の当主なので仕事の合間に参加という形になりますが、教会にはいろいろと迷惑を掛けた身ですしね」

 

 まあ、教会と縁を切ることはできないし、助言役を引き受けようと決意する。

 

 「教会がナイに迷惑を掛けた、という方が正しい気がするぞ」

 

 「ですわねえ。ナイの迷惑を掛けたというのは幼い頃のことでしょうか」

 

 肩を竦めたソフィーアさまは苦笑いを浮かべ、セレスティアさまはふうと息を吐いて鉄扇を広げて口元を隠した。貧民街から教会へ引き上げられた直後は迷惑を掛けまくったのは事実である。

 私の魔力暴走で死人が出なかったことは奇跡である。それに対して怖がらずに魔術の基礎を教えてくれたシスター・ジルとシスター・リズには感謝しているし、私が教会から食料を奪い脱走して貧民街まで駆けつけてくれた教会騎士の方にも謝れていない。

 

 顔から火が噴出しそうな話をしなければならないが、まあ公爵さまからヴァルトルーデさまへの暴露によって私の迷惑列伝は皆さまにバレていた。

 

 仕方ないのかと笑っているお二人と、少し状況が掴めていない家宰さまは仕事を再開し、私も残りの執務を片付ける。

 

 「さて、ヴァルトルーデさまに参加の意思を聞いてきますね。返事は明日にでも」

 

 私は本日の業務を終えて執務机から立ち上がり、お三方に告げて部屋を出た。ジークとリンも一緒に部屋を出て、ヴァルトルーデさまを探そうとなる。王都の侯爵邸に移り住んで建屋面積がかなり広くなったので、ヴァルトルーデさまを探すのは骨を折る。

 とはいえ、子爵邸から侯爵邸に移り住んで二週間。子爵邸のように妖精さんがぽつぽつと侯爵邸にも居着いていた。

 

 「妖精さん、妖精さん、ヴァルトルーデさまを知りませんか?」

 

 私が廊下で唱えると、妖精さんがぱっと姿を現してとある方向へと指を指す。またぱっと妖精さんが消えて五メートル先に現れて『こっちだよ』と笑っている。

 そういえば妖精さんたちの長であるお婆さまがめっきり姿をみせなくなっているのだが、彼女はどこにいるのやら。亜人連合国の皆さまも最近見ないと言っていたので、過去を暴露されたことが余程恥ずかしかったようである。お婆さまのことだから、気が向けば姿を現してくれるだろう。私たち三人は妖精さんの案内に従って、ヴァルトルーデさまの下を目指した。

 

 「こんな所に」

 

 子爵邸とは違い、侯爵邸にはサンルームが複数存在していた。その内の一つ、ジャドさんたちが過ごしているメインのサンルームではなく、サブのサンルームでヴァルトルーデさまは本を持ち込んで読んでいるようだ。

 椅子に腰掛けて陽の光を浴びながら本を読んでいるヴァルトルーデさまの姿は様になっている。ジルケさまはおそらく東屋で昼寝でもしているのだろう。ご飯前なので時間になれば勝手に起きて、私の部屋を目指すはずである。

 

 ジークとリンと私はサンルームの中へと入り、ヴァルトルーデさまの下を目指す。サブのサンルームだというのに子爵邸のサンルームより広い。

 

 「ヴァルトルーデさま、宜しいでしょうか?」

 

 「ん、どうしたの、ナイ」

 

 私が彼女に声を掛けると、読んでいた本を閉じて私と視線を合わせた。ヴァルトルーデさまは椅子に腰掛けているというのに、視線の位置がほぼ変わらない。長身が羨ましいと妬みつつ私が訪れた理由を告げれば、分かったと頷いてくれる。

 

 「ねえ、ナイ」

 

 「はい?」

 

 ヴァルトルーデさまが真剣な顔で私の目を覗き込んでいる。

 

 「どうして私にはずっと敬語なの? 末妹にもだけど、ジークフリードとジークリンデとクレイグとサフィールにクロとヴァナルと話すようにして欲しい」

 

 「それは流石に」

 

 「何故?」

 

 「女神さまに無礼だと怒る方がいるでしょうから、敬語の方が無難かと」

 

 まあ対外的に恐れ多いことだと分かっているので敬語で話さざるを得ないというか。あれ、でもそう考えるとソフィーアさまとセレスティアさまや屋敷の方々とは普通に喋って良いことになる。ずっと屋敷の皆さま方や女神さま方に敬語で話しているのは私の癖のようなもののようである。

 

 「むう」

 

 口をへの字にしてヴァルトルーデさまが子供の様に拗ねている。癇癪を起したりしないけれど、彼女の中でなにか思う所があるらしい。

 

 「なら、お屋敷の中だけでも良いですか?」

 

 「ん。少し納得」

 

 それならと譲歩案を口にしてみると、

 

 「急にタメ口を利くのは難しいですが……五月の末に教会で筆頭聖女就任式が執り行われるんだけれど……って無理です。敬語で話します」

 

 「えー……」

 

 私の敬語は身に沁みついたもののようで、そう簡単に変えられるものではないようだ。後ろで話を聞いていたジークは苦笑いを浮かべ、リンは少し嬉しそうだった。クロも苦笑いをしているし、ヴァルトルーデさまは片頬を膨らませているが私ができないと言ったことで諦めている。

 

 「仕事上の確認みたいなものなので、ご了承ください。ヴァルトルーデさまも参加されますか? 急に行くとなれば教会の皆さまと集まった信徒の皆さまが驚いてしまうので、事前に参加の是非を聞かせて頂ければ嬉しいのですが」

 

 やはり敬語の方が問い易い。すらすらと言葉が出てくるので、雰囲気とかで話し易さが違うようである。お茶会の場とかなら敬語を外すことができるだろうか。とりあえずヴァルトルーデさまとタメ口で会話することは頭の片隅に置いておかねば。

 

 「ナイも参加する?」

 

 「はい。それに筆頭聖女の座に就くのはアリアさまで、補佐役としてロザリンデさまが選ばれました」

 

 私の説明を聞いてヴァルトルーデさまは面白そうだからと参加することになる。とはいえどこか目立たない場所での参加になるだろうけれど。

 

 「そういえば、筆頭聖女ってなに?」

 

 こてんと首を傾げた彼女に私は説明していなかったと反省しつつ、アルバトロス王国での筆頭聖女の役割を告げるのだった。

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