魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
やっぱり変な子だ。一つ願いが叶えば、次に叶えたいという願いが私の心から湧いて出てくる。
ナイが引っ越しをして、アルバトロス王都の子爵邸から侯爵邸へと移っている。彼女にお世話になっている私も住む場所を移動した。別に子爵邸で過ごし続けても良かったけれど、ナイとクロがいないと楽しくない。末妹も一緒に引っ越しをしており、ナイから部屋を用意して貰いアストライアー侯爵邸で過ごしている。
とはいえ末妹は何度か島に帰っているので、私より侯爵邸で過ごす時間は少ないけれど。侯爵邸の一番大きいサンルームで陽の光を浴びながら、私はぼーっとしている。側にはジャドたち家族とポポカが『ポエポエ』鳴きながら、私と同じく陽に当たり気持ち良さそうにしていた。自室から出なければこうして陽の光に当たることなんてなかったし、出てきて良かったのだろう。
短い期間で西大陸は随分と様変わりしていて、面白いこと楽しいことが溢れていた。
でもナイの側は一番面白いこと楽しいことで溢れている。まさか本当に母さんと通信できるなんて思っていなかったし、母さんも母さんで何故かナイを気に入っていた。
ナイと楽しそうに話をしている母さんに変な気持ちが湧いてくるけれど、それがなにか良く分からない。もう一度、母さんとナイが話をしている所に出くわせば、私の気持ちの正体が判明するのだろうか。
「姉御、神妙な顔してどうしたんだ?」
末妹がいつの間にかサンルームに顔を出して、ジャドの背中の上で胡坐を組んで私を見下ろしている。末妹なのに姉を見下ろすとはと言いたくなるが、彼女にはいろいろと世話になっていた。
しかし神妙な顔をしていたのだろうか。私の表情は母さんから、分かり辛いと評されている。母さんの言ったことだから間違ってはいない。末妹が片眉を上げ腕を組む。ナイが見れば女の子がそんな恰好をしないでくださいと注意をしそうな姿だが私は気にしない。
「そんな顔してた?」
「してるな。つーか、いっつも能面みたいな顔してたじゃねえか。最近の姉御の表情は良く動いてて分かり易い」
ふふんと少し自慢気な顔で笑っている末妹は私の顔を面白そうに見下ろしている。神妙な顔というのも、表情の変化は余りないような気もするが、末妹にとっては分かり易いもののようだ。
ナイのように顔面が忙しいのも大変そうだし、末妹のように直ぐに顔が沸騰して人間に鉄槌を下しているのもどうかと思うけれど。まあ、良いか。南大陸のことは末妹の管轄だから口出しは宜しくないし、口を出す気もない。
「ナイに筆頭聖女就任式に参加しないかって言われたんだけれど、末妹も行く?」
「なんだ、それ?」
腕を組んだまま末妹がこてんと左に顔を傾げた。彼女は筆頭聖女というものが分からないようである。それならば、と私は口を開きアルバトロス王国の教会で筆頭聖女がどんな地位に就いているのかを説明する。
「教会の聖女の中で一番偉くて、聖女として能力に長けているんだって」
私の説明に耳を傾けている末妹はふーんとあまり興味なさ気である。どう説明すれば末妹の興味を引けるのだろうか。誰かと話す機会が今まで少なかったことで、話すことは苦手だ。
そういえば母さんにもっと社交的になれとも言われていた。でも自分自身がそう簡単に変わる訳でもないし特に困ることはない。ないけれど……ナイとクロと屋敷に住んでいる人間ともう少しスムーズな会話をしたい。
「ふーん。聖王国の大聖女と同じようなもんか」
「どうだろ?」
「どうだろって適当だなあ、姉御」
肩を竦めて笑った末妹は腕組みと胡坐を解いて、ひょいとジャドの背中から降りて地面に片手を突く。そうして私の前に設置されている椅子にどっかりと腰を下ろした。
「ま、聖王国とやらよりアルバトロス王国の教会の方がマトモ……なはずだ」
末妹がサンルームの天井を見上げた。自身が発した言葉に自信が持てないようである。聖王国もアルバトロス王国の教会もどうしてあんなことをしたんだろう。
「ナイと聖女のお金を盗ったけれどね」
普通、誰かのお金を盗っちゃいけないことは子供でも分かるはず……いや、やむにやまれぬ状況なら致し方ないけれど、ナイと聖女のお金を盗んだ人間は裕福であった。なのにどうしてお金を盗ったのか分からなかったが、ナイは自身の私腹を肥やしたかったのだろうと主張していた。
私が当時に彼女の側にいれば、お金を盗った人間を諫めることができたけれど、今、その人間は鉱山労働で無償奉仕をしているそうだ。割とキツイ仕事で命の危険もあるし、働いたことがない人間にとってかなり苦労するだろうとナイが言っていた。
確かにアガレス帝国の鉱山に赴いた際、鉱山労働者は細身で煤けていた。銀髪の男は威勢が良かったけれど、どこかで無理をしている様子だったし仕事内容がキツイようだと分かった。それでも啖呵を切れる気力はあったから、鉱山労働も微妙な気がする。銀髪の男を例に上げるのが駄目なのかもしれないけれど。
「それ、元は聖王国の連中が犯したことだろ。あと時間がほんのちょっとだけ流れて状況は変わってるからな」
「ん。知ってる。関わる気はないけれど、世話になっている人が迷惑を被るなら私は怒るだけ」
末妹は久方振りに地上に降りた私が無茶をしないか気になるようである。私というよりも地上にいる人間や生き物に影響が出ないか心配しているようだけれど。でも聖王国がなにか馬鹿なことをした時は私より先にナイが怒るのではないだろうか。
一応、聖王国で一番偉いという教皇という人間に釘を刺しておいたけれど……効果は如何ほどだろう。
ナイはフィーネとアリサとウルスラを友人だと言っていたから、彼女の中で三人は守るべき相手となっているようだ。もし私が困っている姿を見せればナイは手を差し出してくれるだろうかと妙なことを考えてしまう。
「それで良いんじゃねえか? 神っつったって心はあるし、贔屓する奴がいてもおかしくねえし」
「贔屓……あ、これが贔屓なのか」
私の言葉に末妹が贔屓は良いが依怙贔屓は止めとけよと軽く声に出した。依怙贔屓ってどんなものだろう。ナイに肩入れするなということのようであるが、肩入れしているのは父さんも末妹も二人の妹も私と変わらない気がする。
「あ、ナイから本を預かったんだけどよ、これ、姉御が創ったのか?」
「ううん。この家の図書室にあった」
末妹がなにもない空中に右の手の平を広げれば、ぱっと本が現れた。先日、私が侯爵邸の図書室で見つけた本である。子爵邸より広い図書室には沢山の本があるのかと思いきや、前の図書室の方が蔵書数が多かった。
屋敷で働いている子に本が少ない理由を聞いてみると、前の屋敷の主が本に興味がなかったことと、ナイがこちらに引っ越す前に不要な本は売り払ったことが原因らしい。新しい屋敷の主は本が好きだから、時間が経てば空っぽの図書室にみっちりと本が詰め込まれているだろうって教えてくれている。
「マジか……つーかこれ、なんでバレてんだ?」
「知らない。妖精が作ったのかも。あ、なにか感じた父さんか母さんが無意識で忍び込ませた可能性もある」
ぱらぱらと本を捲る末妹の顔が険しくなっていく。本の内容は子供向けにされているけれど、神の島で起こったとある神が堕ちた話を短く纏めたものである。父さんも妹たちも知っているし、当然私も知っていた。
神は『善』であると太古から決められているのだが、時折『悪』へと堕ちる神がいる。私たちが住んでいる島で神から悪へと堕ちたとある神の話だが誰が本に綴ったのだろう。不思議な力を持っているし、誰かがこっそり纏めていたのかもしれない。それを妖精か精霊が見つけて人間界に持ち出したようである。ナイの下にきたのは、ナイの魔力量の多さと馴染みやすさだろうか。
「ま、気にしても仕方ねえか。因果があってナイの屋敷の図書室に流れ着いたのかもしれねえし」
「ん」
「あたしらも気を付けねえとな」
善と悪は表裏一体で、一瞬にして逆となることもある。悪へと堕ちたとある神には申し訳ないけれど、掟破りを犯した神を放っておくわけにはいかない。珍しく父さんが本気を出して堕ちた神を玉に閉じ込め、大陸のどこかへと放り投げた。
多分、反省していれば神ではない違う新たな命を手に入れているだろう。意思が変わっていないなら、父さんや神や大地に恨みを抱いたままどこかで眠っているのかも。父さんと母さんに迷惑を掛けるつもりはないから、堕ちないように気を引き締めておかなければ。
「大丈夫、意識を確り保っていれば問題ない……多分」
「姉御。そっくりそのまま姉御にその言葉を返すぞ。引き籠もってた姉御も大分ヤバかったかんな?」
ヤバかったってどうしたのだろう。
「え?」
なにも想像がつかなくて私の口から呆けた声が漏れ出てしまった。お姉ちゃんとして確りとしなければいけないのに、末妹に情けない所を見せてしまう。
「数千年も引き籠もってりゃあ心が病むだろ。というか引き籠もった原因はつまんねーって理由だったろ。堕ちるにゃ十分な原因だ」
末妹が両手を頭の後ろに回して背凭れに体重を掛け、サンルームの天井を見上げている。あれ、末妹って私のことをこんなに気に掛けてくれていたのだろうか。そういえば私が部屋から出てきた時は、家族のみんなが揃っていた気がする。クロと再会できたことが嬉しくて忘れていた。
「う。えっと、ご心配を掛けました」
「おう。ま、ナイに感謝だな。クロもか。あれ、そうなると屋敷の連中にも感謝しねえとな。あたしらを住まわせてくれてるって凄えことじゃねえか?」
以前の人間は私を見ても割と平気な顔をしていた。女神と分かって態度を改めるくらいだった。それこそナイと同じような感じで接してくれていて気が楽だったのに。私が部屋に閉じ籠っている間で人間の世界は随分と様変わりして、私という存在を過度に持ち上げている気がする。
だから別に私が人間の屋敷で生活することに特に抵抗はなかったし、人間の方も特段気にしていないと捉えていたけれど……思い返せばナイ以外の人間は私に対して一定の距離を保っている。彼らと一緒に時間を経たことで距離は随分と縮まっているけれど。
「そうなの?」
「だってよ、姉御は神圧の制御が下手く……苦手だろ。ヴァレンシュタインたちが作った魔術具がなきゃ、今頃は姉御の圧に屈する奴が続出してる。北と東の姉御も屋敷に時々顔を出してるじゃねえか」
左手首に付けているハインツが作ってくれた魔術具に視線を落とした。確かに腕輪がなければ私の神圧の制御は難しかったかもしれない。腕輪のお陰でナイ以外の人間と話すことができている気がする。そして北と東の妹もナイが目的で屋敷に顔を出しているのだが、それがどうしたと言うのだろう。
「騒ぎにならねえ方がおかしくねえか? ん? よくよく考えりゃ、ナイがあたしらを平然と受け入れてくれていることが異常? 南の人間はあたしを見たら平伏するからな」
「それは、末妹が神術を落とすからじゃ……」
「だって仕方ねえだろ。チビだのなんだのって、あたしの容姿を揶揄うんだからよ! 姉御たちの背が高えから言われちまうんだ!」
それは末妹が南大陸で神圧を放っているから人間が平伏するのではとは言えず、目の前で憤慨している姿を眺める他なかった。
「ま、なににせよ……この屋敷つーかナイは……――」
怒っていた末妹が息を吐き、改めて口を開き面白そうに笑っている。私も目の前の彼女に笑みを向けて。ナイは――
変な子――奴――だ。
と私と末妹は心の声を重ねるのだった。
◇
風薫る五月中旬。気持ちの良い風が吹き、木々には新芽が生き生きと吹いていた。
王都のタウンハウスの引っ越しを済ませて侯爵邸で過ごしている。夏が過ぎればアストライアー侯爵領の領主邸で過ごす予定だ。行ったり来たりの二拠点生活となるので大変だけれど、お貴族さまの間では普通である。
慣れるまで時間が掛かりそうだなと苦笑いをしながら、筆頭聖女就任式に参加する準備を朝から行っていた。アリアさまとロザリンデさまは先に王都の教会へ向かい、教会の皆さまと打ち合わせをしていることだろう。私は椅子にふんぞり返って現筆頭聖女さまからアリアさまに錫杖を授与されるところを見守り、ロザリンデさまが筆頭聖女補佐役として就任するところまで見守れば終わりである。
ヴァルトルーデさまとジルケさまも就任式に興味を示したので、一緒に参加することになったのだが、今回は私の隣に座って主役のお二人を見守るそうである。
騒ぎにならないかと二柱さまに問うてみたのだが、私がいる時点で騒ぎになっている……とのことだ。肩の上に竜を乗せ、影の中にはロゼさんとヴァナル一家がいるし、ジークとリンの肩の上にも竜がいるのだから、神がいてもおかしくはないだろうと。確かに竜がいるのは凄い状況だけれども、神さまと同列に語るのは如何なものだろう。でもまあ、二柱さまが就任式を見守ってくれたならアリアさまとロザリンデさまに箔が付く。
それなら良いかと、私の隣に座すことを了承したのが数日前。そして現在、アストライアー侯爵家の馬車に女神さまとソフィーアさまとセレスティアさまと一緒に乗り込んで王都の教会を目指している。
「また私が真ん中……」
五人で馬車に乗り込むと何故か私はヴァルトルーデさまとジルケさまの間に挟まれている。子爵邸の馬車より大きくなったので広いはずなのに、二柱さまの距離が近い気がしてならない。
むーと私が渋い顔をしていると、ソフィーアさまとセレスティアさまは無言のまま苦笑いを浮かべているだけ。二柱さまは子爵邸から教会へ向かうルートとは違う道程なので、窓の外を興味深そうに眺めている。クロもヴァルトルーデさまの肩の上でアルバトロス王都の貴族街の街並みを観察している。
「ジルケさまでも良いのに」
ぼそりと私が言葉を漏らせば、ジルケさまがこちらに顔を向けた。馬車を引く二頭の馬の蹄の音が小気味良く響いている。とても平和だ。
「あたしは街並みを見るのが楽しいからな。こっちが良い」
くつくつと笑うジルケさまがはっきりと意見を述べた。私はそうかと諦めて前を向こうとすれば、ジルケさまは片手を頭の後ろに回してボリボリと頭を掻いている。
「ま、次はナイがこっちに座れば良いだろ。次があるか分かんねーけど」
確かに次があるのか未定だが、多分馬車に乗る機会はあるはずだ。次は私が窓側に座って車窓の景色を楽しめると前を向けば、ソフィーアさまが『王都の街並はそう変わらないがなあ』と呟き、セレスティアさまも『ずっと同じ景色ですものねえ』とぼやいていた。
王都の街並が急に変わることはない。耐用年数が長いため、変わるのは屋敷の主や住んでいる人である。でも私は王都の貴族街をマトモに見たことがない。侯爵邸に越してきて高位貴族の皆さまが住んでいる場所は目に新しい。職人の方が作り込んでいるお屋敷の外観を目で見て楽しむのも勉強になるはず。なににせよ次の機会には窓の外が見れるのだ。今は我慢だと肩を竦めるとヴァルトルーデさまが私をじっと見ていた。
「ナイ、窓の外が見たいなら私の膝の上に乗る?」
「子供扱いしないでください!」
速攻で私が拒否をすればヴァルトルーデさまが困った顔になっている。言い過ぎたつもりはないけれど、ヴァルトルーデさまには意外と捉えられたのか。
「ジークリンデの膝の上に乗っているのに……どうして私は駄目なの?」
私はリンの膝の上に良く乗っているが、彼女の膝上に乗るのは自室限定であり外ではしない。それに、幼い頃から一緒に過ごしているリンと最近一緒に過ごしているヴァルトルーデさまとでは距離感が違うというか、なんというか……なににせよ恥ずかしいという気持ちが湧いてしまう。
とりあえず、リンとは長く共に過ごして家族のような存在であること、膝上に座るのは子供のようだから恥ずかしいことを伝えるとヴァルトルーデさまは頭の中でなにか必死に考え事をしている。
「うわー……嫌な予感しかしねえ」
ジルケさまが車窓からこちらに視線を移し、青い顔をしてヴァルトルーデさまを見ている。ヴァルトルーデさまは未だに考え事をしており、何故かぽくぽくぽくと僧侶が木魚を叩く音が勝手に私の頭の中に流れている。
そうしてどこからかチーンという音が頭の中に流れると、ヴァルトルーデさまが良いこと思いついたと言いたげな顔になる。うん、嫌な予感しかしない。
「私が西大陸に戻った時間を少し弄れば…………でも、なにか違う」
ヴァルトルーデさまのご尊顔がドヤという感じから、片眉を上げてなにか悩むような表情になる。心の中でなにか引っ掛かっているのか、ふいと窓の外に視線を向けて枠に肘を掛けて顔に手を当て考える態勢に入った。
あ、これ暫くは戻ってこないなと苦笑いを浮かべると、隣に座るジルケさまが『ナイも姉御に慣れてきたな』と感心していた。慣れたつもりはないけれど、なんとなくヴァルトルーデさまの行動や思考は分かるようになった気がする。
『暫くは話しかけても反応がないかもねえ』
クロがヴァルトルーデさまの肩から私の肩に飛びながら移動して呆れた声を上げる。クロはご意見番さまの記憶を持っているので、ヴァルトルーデさまがこうなると暫くは戻ってこないと知っているようだ。教会に着くまで声を掛けない方が良いだろうと一柱さまとソフィーアさまとセレスティアさまと私は決め、教会まで雑談をしながら過ごすのだった。
「ヴァルトルーデさま、教会に着きましたよ」
ゆっくりと速度を落とす馬車が停まる前に、ヴァルトルーデさまの意識をこちらに引き戻さねばと声を掛けてみた。私の声で一柱さまははっと顔を動かし私を見る。
「あ、本当だ。着いてる。驚き」
「馬車が停まったら出ましょう」
考え事に耽りご自身の世界に入り込んでいたのか、ヴァルトルーデさまは視界情報をシャットダウンさせていたようである。器用なことをするなあと感心していると馬車が完全に停まり、リンが馬車の扉を開けた。先に降りるとソフィーアさまとセレスティアさまが外に出て私は対面の椅子へと移動する。
「人が多いね」
「確かに前にきた時より多いな」
「式が終われば一般の方に顔見世のための挨拶がありますからね」
ヴァルトルーデさまとジルケさまは窓の外を覗き込み、行きかう王都の皆さまに関心を向けていた。今日は教会の超一大イベントだから本当に人が多く集まっている。
おそらく全員は中には入れず、お貴族さまや商人の方が信徒席に座すのだろう。現に教会の周囲には近衛騎士団と騎士団と軍の方が入り乱れて警備を担っていた。魔術師団の方も駆り出されているようで、紫色の特徴的な外套を纏っている方もいる。
「先に出ますね」
私はそう言い残して馬車を降りようとすれば、今日はリンがエスコートを担ってくれる。私はくるりと身体を回して馬車の方へと向けて、先に降りてきたジルケさまの手を取り、次にヴァルトルーデさまの手を取ってエスコートを担った。
なんだか変な役割だけれど仕方ない。一応、王都の皆さまには馬車の陰になって見えていない。教会の大扉の前にはカルヴァインさまがカチカチになりながら待機している。式の準備に追われているため、お迎えは最低限となっているようだった。
「相変わらずだなあ……慣れて欲しいもんだがなあ」
「本当だ」
ジルケさまとヴァルトルーデさまが階段の上にいるカルヴァインさまを見上げてぽつりと呟く。彼は女神さまが視界に自分を捉えたと分かったようで、ぴっと更に背を伸ばした。
『大丈夫かなあ。彼、真面目だからねえ』
クロのカルヴァインさまの評価が割と当たっている。私はアストライアー侯爵家の面々に行きましょうと告げて階段を上って行く。そうしてカルヴァインさまと顔を合わせて礼を執った。
「本日はよろしくお願い致します。カルヴァイン枢機卿」
「は、は、はいぃ! アストライアー侯爵閣下。新たな筆頭聖女が決定したことは誠に喜ばしいことです」
カルヴァインさまがちらりと二柱さまを見て私へと視線を戻す。ヴァルトルーデさまとジルケさまは彼の視線を気にしてはいないようで、周囲を観察しているようだ。
私は聖女というよりも政治面で力を発揮しているから、筆頭聖女には選ばれなかったのだろう。もしかすれば筆頭の座に就くかもしれないと考えていたが、アリアさまが選ばれたのは正しい選択だろう。ヴァルトルーデさまとジルケさまもアリアさまが選ばれたことに反対していないし、補佐役に選ばれたロザリンデさまにも納得していたのだから。
「では、中へ入りましょう」
カルヴァインさまは聖堂の中へ入るように促してくれる。外には私の姿を見て『竜使いの聖女さまだ!』と声を上げる方がいた。どうにも三年前の扇動事件において陛下と共にアルバトロス城の壁の上に立ったことで顔が知れ渡ったようである。
騒ぎになる前に中へ入った方が良いと判断して彼の案内に素直に頷いた。大扉を開いて足を踏み入れて祭壇へと進む。シスター・ジルとシスター・リズが忙しなさそうにあれこれと動いて準備に追われている。二人が私の姿に気付いたので軽く目礼をして祭壇横の扉から、控室へと向かった。式の開始まで少し時間があるので待機して欲しいとのことである。
「カルヴァイン枢機卿」
「は、はい! 閣下、どうなさいましたか」
私は部屋を出て行こうとしているカルヴァインさまを呼び止めた。彼は顔をこちらに向け、遅れて身体をくるりと回す。
「引き留めてしまい申し訳ありません。筆頭聖女さまも参加なされるのですよね?」
「もちろんです。錫杖の授与は筆頭聖女さまの役目ですから」
「教えて頂き感謝したします。機が合えば話をしたかったので」
私が筆頭聖女さまの出席を確認した意味を伝えておく。疑われて警戒されるのも嫌――無用な心配だろうけれど――だし、話しておけば彼から筆頭聖女さまに伝わるかもしれない。
元々、体調不良を理由に表舞台には中々立たない方であったが、今日で筆頭聖女さまは完全引退となる。一度、公爵さまのパーティーでお会いしただけだし、改めてお礼を伝えたい。とはいえ私の爵位が上がり過ぎて立場が逆転しているので、私から声を掛けた方が良さそうだ。公爵さまも筆頭聖女さまの最後の仕事を見届けるそうで、式に参加するとソフィーアさまから聞いている。
私が呼び止めた理由を知ったカルヴァインさまは礼を執り部屋を出て行った。
さて、筆頭聖女さまとアリアさまとロザリンデさまの雄姿を確りと見届けなければと、教会の事務方が用意してくれたお茶を飲み心を落ち着かせるのだった。