魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
筆頭聖女就任式がもうすぐ始まる。今は雑談タイムとなっていて、信徒席はざわざわしていた。
アルバトロス王国からも賓客が招かれており、陛下の名代は公爵さまが務めるようである。聖王国からも教皇猊下の代理としてお偉いさんが二名、アルバトロス王国にやってきている。カルヴァインさまがお相手を務めているのだが、彼と比較すると聖王国の聖職者の方は派手な衣装であった。大聖女さまの衣装も豪華だから、聖王国の風土なのだろう。決して金満だからではないはず。
祭壇に程近い信徒席の一角に私は腰を下ろし、何故か右側にジルケさま、左側にヴァルトルーデさまが腰を下ろしている。ジルケさまの隣には公爵さまが座っていて、彼が面白そうな顔を浮かべてこちらを見ていた。
「数年前までナイが筆頭候補だったのだがなあ……爵位を賜ったから筆頭聖女の座に据えるのは頂けないと判断されたようだな」
「そのようです。でも、聖女さま方の助言役を担って欲しいと打診を頂いております」
公爵さまが面白くないと言いたげな顔をしているが、私に侯爵位と筆頭聖女の仕事を両立させたかったのだろうか。筆頭聖女に就任すれば各国へ顔を売りに行かなければならず領地運営が疎かになりそうだ。
しかし、各国に顔を売るという意味では私は既に皆さまに知られているような気がする。いろいろと巻き込まれたお陰で大陸の各地を転移で移動したし、北と東と南大陸の国と繋がりを持っているのだから。公爵さまも分かっていて聞いているので、会話は暇潰しのようなものだろう。後ろの椅子に腰を下ろしているソフィーアさまが微妙な様子で私と公爵さまを見ている。
一応、私にも教会において聖女以外の役職を頂く予定である。聖女さま方への助言役と大層な名前だけれど、侯爵邸で聖女さま方が過ごしているので世話役と言った方が正解だろう。助言役と名が付いたのは、世話役では格好が付かないからだと予想していた。
「妥当だろう。教会もナイを手放したくはないだろうしな」
公爵さまが髭を撫でながら目を細めた。
「教会にはお世話になったので、聖女を辞めるつもりも、離れるつもりもないのですが……王城の魔術陣への魔力補填のお仕事がなくなると収入が減りますし」
教会の聖女を辞めるつもりはない。希望すれば聖女は退職可能である。結婚を機に辞める方もいるし、子供が大きくなって聖女の仕事に復帰することもある。
割と自由が利くのだが、私は聖女の仕事を辞すつもりはなかった。まあ私が新たな役職を担ったことで教会が安堵しているならば、それで良いのだろう。あとお城の魔術陣への魔力補填のお仕事は良い収入源である。
私の食材買い付けやレシピ蒐集にお土産代にしている。もちろんそれ以外にも領地開発に注ぎ込んでいる。でも私の趣味で農園を造りたいと思い至った時用だけれども。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまも納得して貰っているのだから問題ない。基本、領地収入で黒字なのだから。
「そうか」
「なあなあ、おっちゃん」
ジルケさまが公爵さまを見上げた。まさか公爵さまを『おっちゃん』呼びするとは誰も思っておらず、背後から『お、お爺さまがおっちゃんと呼ばれ……』『まあ、ジルケさまですもの』と言いたげな雰囲気を察知した。特に公爵さまは『おっちゃん』と呼ばれたことを気にしていないというよりは、むしろ新鮮だと喜んで良そうな雰囲気がある。
「どうなされましたかな」
「ナイとは十年くらい付き合いがあるんだよな?」
「ええ。貧民街から教会に救いあげられてからの付き合いです」
なんだか嫌な感じしかしない。私の過去の話は恥ずかしいので止めて欲しい。割と阿呆なことをして周りの皆さまに迷惑を掛けたから、話を聞いていると居たたまれないのだ。
「なんでナイの後ろ盾になったんだ? 聖女の仕事を与えたなら、おっちゃんの後ろ盾はいらなくねえか?」
ジルケさまが妙な顔になって公爵さまに疑問をぶつける。以前、ハイゼンベルグ公爵領で私の過去を公爵さまから暴露されたけれど、彼が私の後ろ盾になった理由までは告げていなかった。
確かに貧民街から助け出されて聖女の仕事――見習いだけれど――を与えられたのだから、公爵さまの後ろ盾は過剰である。筆頭聖女さまの『先見』で私が見つけ出されたようだから、他のお貴族さまに唾をつけられないようにするためのような気がする。
「今日、引退を迎える筆頭聖女が貧民街に馬鹿みたいに魔力を持った子供がいると言いましてな」
公爵さまは一先ず筆頭聖女さまが先見の能力で私を見つけたことから説明を始めた。左隣に座しているヴァルトルーデさまは教会のステンドグラスを見上げて『やっぱり似てない』とぼやいている。
ジルケさまは公爵さまの話に耳を傾けているし、後ろにいるソフィーアさまとセレスティアさまも聞き耳を立てていた。多分、ジークとリンも公爵さまの話を聞いているだろうし、肩の上に乗っているクロも興味深そうに目を細めている。なにこの羞恥プレイと言いたいが、私は小さくなって我慢するしかない。
「教会が保護したまでは良かったのですが、まあナイはじゃじゃ馬でして」
公爵さまは楽しそうな声色で私が保護された頃の話を暴露する。以前と被っている内容もあるけれど、ジルケさまは気にしていないようだ。
「食料を奪って教会から逃走したナイを捕まえにきた教会騎士の股間に頭突きをして、また逃げ出しましてなあ」
くつくつ喉を鳴らしながら公爵さまが語る。ジルケさまは私に『なにしてるんだ……』と若干引いていた。いや、南の王族の方に神罰を下したジルケさまに引かれたくないのだが。後ろで聞き耳を立てているご令嬢方は驚いているし、ジークとリンは私だからなと納得していた。クロはクロで『お転婆だねえ』と小さく声をだし呑気なものである。
「教会の教えを説いていたシスターたちには『私は神さまを信じていません』と放言したそうで!」
公爵さまが『ぶはっ!』と吹いて笑いを耐えきれなくなっていた。周りで聞き耳を立てている面子も『それは……』と若干引いている。私も私で若気の至りの言葉に赤面しそうになっている。
いや、うん。言い放った時は神さまなんていないと考えていたし、十年近く時間が経って自身が口にした言葉を否定されようとは。ジルケさまが私の顔をジーっと覗き込み、話が耳に届いたのかヴァルトルーデさまがこちらを見ている。
「ナイ、いるぞ。神」
「私、女神だよ? 神だ」
右と左から女神さま方にじっと見つめられて逃げるところがないと私は教会の高い天井を見上げる。綺麗に描かれた絵画が綺麗だなあと現実逃避をしていれば、もやもやーとした煙が立ち込めてグイーさまの姿に見えてきた。
――ワシ、神なんだが……ナイは信じてくれていなかったのか。
――お嬢ちゃんは酷いわねえ。
――本物がいるというのに信じてくれていないとは。悲しいものですね。
どうしてグイーさまと北と東の女神さまの声が聞こえるのだろう。空耳かと首を傾げているとジルケさまが『親父殿と姉御たち覗いていやがったのか』と声を漏らす。どうやらグイーさまたちは大陸を観察したい時は力を使って、どんな場所でも見ることができるらしい。
一応、プライベートな所は気合を入れなければ見れないらしく、教会の信徒席は公共の場となるようである。盗み聞きとは悪趣味な……と考えてしまうのは致し方ないのだろう。まさか聞かれているとは思わなかった。あれ、でも偶にグイーさまの声が聞こえたことがあったから、もっと前から覗き見していたのか。
「ま、基本は干渉しねえし、信じていない奴がいてもおかしくはねえけどな」
「そうだね。フランツ、他にナイの話は?」
ジルケさまは南大陸で干渉し過ぎているような。でないと黒髪黒目は畏怖の対象とならなかったはず。ヴァルトルーデさまは逆に数千年干渉していなかったから、勝手に聖王国が成り立っていたわけで。でもまあ過干渉より良いのだろうか。神のお告げが毎度あって、女神さま方の言葉次第で人間界が混乱するとか迷惑だろう。
「ナイは筆頭聖女のお陰で聖女として見出されましたが、彼女曰く今のナイの姿は全く予想していなかったと申していましたなあ……――と、始まりますな」
公爵さまが私を見ながら良い顔で笑っている。私も今の地位は予想外である。聖女として身を立てて、引退したら気ままな年金暮らしをすると人生設計していたのだが。本当に人生はままならないと息を吐けば、教会の鐘が鳴り就任式が始まったことを告げていた。
ざわざわとしていた聖堂の中がしんと静まり返る。暫く待っていると、祭壇横の扉から神職の格好をしたカルヴァインさまが現れた。顔を強張らせて、一瞬だけこちら――多分ヴァルトルーデさま――に視線を向けていた。彼のことだから、女神さまの前で失敗はできないと身を引き締めていることだろう。ごくりと息を呑んだのか、彼の喉仏が動いた。
「皆さま、アルバトロス王国教会、筆頭聖女退任式と筆頭聖女就任式を開催いたします!」
聖堂内の隅まで届く声だった。そうして筆頭聖女さまが錫杖を持って、カルヴァインさまが登場した扉からしずしずと歩いて出てくる。彼女とは公爵さまが主催した時にお会いしたが、その時より皺と白髪が増えていた。
時間の流れは残酷だというけれど……生きている者はいずれ死を迎える。きっと時間も生も死も必要なもので、星の巡りの輪の中に組み込まれているのだろう。私は転生を果たしているから、少し外れてしまっているかもしれないが、いずれ死はやってくる。
でも、まだまだ死ぬ気はなく、ユーリの成長やお猫さまのお腹にいる仔たちが産まれてくるのを確り見届けなければ。そしてアリアさまが筆頭聖女としてアルバトロス教会の顔となるのか、ロザリンデさまも筆頭聖女補佐としてどうしていくのか。気になることがたくさんある。
長生きしなければなと苦笑いを浮かべていると、アリアさまとロザリンデさまも聖女の衣装を纏って祭壇横の扉から出てきた。後ろには教会の神父さまとシスターも並んで、厳かな空気が流れ始める。
「筆頭聖女、マリア・アイゼンシュタットより新筆頭聖女、アリア・フライハイトへの錫杖授与!」
カルヴァインさまが声をまた張り上げる。長々とした挨拶はなく、粛々と錫杖が授与されるだけのようだ。カルヴァインさまの前に筆頭聖女さまとアリアさまが対面すれば、筆頭聖女さまの足下に魔術陣が現れる。赤い魔力光がゆらゆらと揺れて直ぐ魔術陣が消える。赤い魔力の光はおそらく筆頭聖女さまのものである。アリアさまの魔力光は白色だし、ロザリンデさまの魔力光は確か緑色だったはず。
「――アルバトロス王国教会の聖女として清く正しくあれ」
筆頭聖女さまが両手で錫杖をアリアさまの前に差し出し、アリアさまが差し出された錫杖を受け取った。
「――賜りました」
アリアさまの言葉と同時に彼女の足下に魔術陣が白い光と共に浮かぶ。魔術陣は直ぐに消えたのだが、あれは一体なんだろう。打ち合わせに参加していないので良く分からないでいると、公爵さまが錫杖の使用登録みたいなものだと教えてくれた。公爵さまは前筆頭聖女さまが若かりし頃に就任した際に教えて貰ったそうである。
「皆さま、この度新たに筆頭聖女の座に就きましたアリア・フライハイトです! 若輩者ですがアルバトロス王国教会の一員として、聖女として民の皆さまの幸せを願い力を振るいます!」
アリアさまの口上に信徒席から拍手が沸き起こる。神父さまとシスターと祭壇横に控えている他の聖女さま方も拍手を送っていた。ふと祭壇上にあるステンドグラスから光が差し込んで、アリアさまを鮮やかな色が彼女を照らした。
今の時間、陽の光はステンドグラスの逆の方角に照っているので、本来なら起こらない現象である。はっとした私がヴァルトルーデさまの顔を見れば、悪戯が成功した子供のような顔をしていた。
「これくらいは、ね」
「まあ、アリアなら大丈夫だろ」
茶目っ気を見せてくれるのは良いけれど、気付いた方々は驚くのではないだろうか。公爵さまは今の様子を面白おかしそうに眺めているし、前筆頭聖女さまも面白そうな顔をこちらに向けていた。犯人が誰かバレバレですがなと手で顔を覆いたくなるのを我慢して、一先ずアリアさまの筆頭聖女就任を祝うのだった。
◇
筆頭聖女さまの証である錫杖がアリアさまへと譲位された。これで今日から彼女はアルバトロス王国教会の筆頭聖女を務める。アルバトロス王国にとっても、教会にとっても顔のような存在のため一代限りの爵位も賜ることになっていた。
前筆頭聖女さまは若かりし頃に戦に参加し功績を上げたことも加味されて法衣の子爵を名乗っていたのだが、アリアさまは法衣男爵位を賜ることになる。ロザリンデさまも法衣の騎士爵位を賜るので、これからの彼女たちの活躍を期待しているということなのだろう。
「今代の筆頭聖女には昨今の大陸情勢を考え、筆頭聖女補佐役を任命することになりました! ロザリンデ・リヒター!」
カルヴァインさまがロザリンデさまの名を告げた際に目を細めた。彼は大事な場面だと、緊張の所為で目をかっぴろげて言葉を口にするはずなのに。私が頭の中で考えていれば、ロザリンデさまが祭壇の上で半歩前に出て礼を執る。
「ロザリンデ・リヒターです。この度は筆頭聖女さまの補佐役を務めさせて頂くこととなりました。精一杯務めていきますので、どうぞ皆さま、これからもアルバトロス王国教会をよろしくお願い致します」
ロザリンデさまの挨拶が終わると、信徒席から拍手が起こる。私も周りの皆さまも手を叩いているのだが、また祭壇上のステンドグラスから陽が差し込んでいた。私がヴァルトルーデさまの顔を見上げれば、彼女が口を開く。
「ロザリンデもアリアと一緒」
「アリアにやったのにロザリンデにやらなけりゃ、あたしがやってた」
確かにアリアさまの時には応援を兼ねて力を使い、ロザリンデさまに力を使わなければ、私はヴァルトルーデさまに何故と詰め寄っていたかもしれない。まあ、彼女が力を使わなければジルケさまが行使してくれたようだけれど。
不公平は良くないし、アストライアー侯爵邸で過ごしているお二人のどちらか一方を優遇するならば私は止めて欲しいと抗議している。ヴァルトルーデさまもジルケさまも周りが見えている方で良かったと安堵していると、またカルヴァインさまが口を開いた。
「そしてもう一つ役職が設けられます! 聖女とアルバトロス王国教会の助言役として、ナイ・アストライアー侯爵閣下が務めることになりました!」
カルヴァインさまが言い終える直前に信徒席に座している私へ手を向けた。一応、予定として聞いていたので私は席から素直に立ち上がる。祭壇の壇上に上がらなかったのは、今日の主役は元筆頭聖女さまとアリアさまとロザリンデさまだからだ。
「アルバトロス王国教会より、新たな役職を頂きました。ナイ・アストライアー侯爵です。教会と聖女さま方の待遇や環境がより良くなるように邁進して参ります」
言い終えてから私が礼を執れば、信徒席からわっと拍手が巻き起こった。いや、だから今日の主役は私ではないから、盛大な拍手なんて送らなくて良いのに。
うーんと小さく声を漏らしていると、クロが私の肩の上で『凄いねえ』と呑気に感心していた。あ……クロを乗せていたから大きな拍手が巻き起こっているのだろうか。なににせよ恥ずかしいとそそくさと席に腰を下ろせば、ヴァルトルーデさまとジルケさまが私を見ている。
「ナイ。やっぱりステンドグラスの私が気になる」
「姉御……ナイが関わると知って無茶言ってるなあ」
ヴァルトルーデさまが真面目な顔でステンドグラスに刻まれている女神さまに注文を付けた。確かにステンドグラスの西の女神さまはぽっちゃり体型である。気にするほどではないように見えるし、そもそもヴァルトルーデさまが引き籠もっていた間に人々の間で伝えられていた彼女の容姿が変質しただけだ。
ジルケさまは呆れて盛大に溜息を吐いていた。もしかして私が助言役を担わなければ……先程、環境の改善に努めると言ったことで丁度良いとヴァルトルーデさまは考えたようである。女神さまなのだから、カルヴァインさまに同じ言葉を告げれば超特急で直してくれるはずだ。でもヴァルトルーデさまが彼に告げないのは、無茶を言っていると自覚があるからだろう。
「そういえば、他国のヴァルトルーデさまはどうなっているんでしょうね?」
ふと思い至って私が口にすると、沸き起こっていた拍手が止まりカルヴァインさまが聖歌隊を呼んでいる。白い服を纏った子供たちが祭壇の前に立ち、パイプオルガンに誰かが着席している。ちらりと祭壇に向けていた視線を私は二柱さまへと戻した。
「分からない」
「知らねえな」
二柱さまは『そういえば、どうなっているのだろう』と気になっているようだ。北と東と南はヴァルトルーデさまを信仰していないから、西大陸の国で伝手のある教会はどこにあるだろうか。
そういえば聖王国には女神さまを描いているステンドグラスはなかったし、他国の教会はどうなっているのか気になり始める。公爵さまかカルヴァインさまに聞けば他国の教会を覗くことができるだろうか。私が個人的に繋がっている所はリーム王国だけれど、女神さまが植えたという聖樹を信仰している。
「ナイ?」
「あ、いえ。他国の教会のヴァルトルーデさまはどう描かれているのかと気になりまして。気軽に行けそうな国はないかなと考えていました」
ヴァルトルーデさまと私が気になりますよねと視線を合わせていれば、ジルケさまが口を開く。
「始まるぞー。ちゃんと聞いてやれ」
彼女の仰る通り聖歌隊の子供たちはこの日のために練習を積み重ねてきたのだろう。話しているのは失礼だと前を向いて聞く態勢に入った。重厚なパイプオルガンの音色が聖堂内に響き渡り、子供たちの声も高い天井に届いている。
女神さまを讃えている歌詞であるが、女神信仰が続いていることは凄いと思う。ヴァルトルーデさまが凄いのか、信仰を続けている人たちが律儀だったのか。なににせよ、教会という存在があったからこそ私たちの命が繋がっているのだから感謝しなくては。
曲が流れている間に寄付を募る箱が回ってくる。大きい額は入れられないので、相場と教えられた額を入れておく。ヴァルトルーデさまとジルケさまも私が前もって渡していた硬貨を箱の中に入れて満足そうだった。
女神さまに貢ぐお金だから少々変な光景だけれど、周りには二柱さまが女神さまだと気付いていない方もいる。そうして聖歌隊の唄も終わり、カルヴァインさまの挨拶やお偉いさん方の話が終われば教会の鐘が盛大に鳴った。普段の鐘よりも盛大に長く鳴り響いており、聖堂に鳴り響く大きな音に耳を塞ぎたくなってくる。その間にカルヴァインさまと元筆頭聖女さまとアリアさまとロザリンデさまは聖堂横の扉へと進み、裏へと戻って行った。
「凄い」
「でかい音だなあ」
二柱さまが鐘の音に感心していると、周りの方々が席から立って各々の行動に移っている。鐘が鳴り響く中で、知り合いと話し込んでいる人や祭壇の前に立ち祈りを捧げている方など様々だ。これから少し予定があるので私は信徒席から立ち上がれば、二柱さまがこてんと首を傾げていた。そういえばこれからのことは伝えていなかったと、私は口を開く。
「私は外に出て王都の皆さまの前に立ちますが、ヴァルトルーデさまとジルケさまはどうなさいますか?」
「ナイの後ろに立って、側仕えのフリしてる」
「あたしもだな。外、どんな感じになってるか気になるし、アリアとロザリンデも一緒だろ。見届けてやらねえとな」
二柱さまは私の後ろで外の様子の観察とアリアさまとロザリンデさまの晴れ姿を見守るらしい。それならば一緒に行きましょうと私は教会の案内役の方の後ろを歩いて外を目指す。
直ぐ後ろにヴァルトルーデさまとジルケさまが、更に後ろにはジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまも一緒だ。公爵さまも外に出るようで、彼の隣には元筆頭聖女さまとアリアさまとロザリンデさまが一緒である。アストライアー侯爵家一行と公爵さまは先に教会の大扉を抜けて外に出る。元筆頭聖女さまとアリアさまとロザリンデさまとカルヴァインさまは一番最後の登場だ。
外には王都の皆さまが大勢集まっており、新たな筆頭聖女となったアリアさまの顔を一目見ようと躍起になっている。教会騎士の方や軍の皆さまが警備に立っているが、王都の皆さまを教会の階段下で止めるのは大変そうだった。
私は教会の階段の上で公爵さまの隣に立ち、他の高貴な皆さまや教会の皆さまと列を成す。ヴァルトルーデさまとジルケさまを見てぎょっとした顔をしている方がいるけれど、私は気にしないことにした。
「凄い人だかりですね」
「それだけアルバトロス王国において筆頭聖女の存在が大事にされているかだな。しかしナイの後ろで女神さま方が控えていると王都の皆は気付いていない。愉快だな!」
距離があるためか王都の皆さまは私の後ろに控えているお二方が女神さまとは気付いていないようである。噂でアストライアー侯爵家には女神さまが滞在していると流れていると聞いているが、顔まで露見していないようである。
お貴族さま方は王城の噂話やらで知っているだろう。きっと二柱さまの容姿も囁かれているに違いない。王都の皆さまにバレるまでどれくらいの時間が必要だろう。そうこうしていると、カルヴァインさまを先頭に元筆頭聖女さまとアリアさまとロザリンデさまが大扉から姿を現した。すると集まっている皆さまが『おお!』と声を上げ、元筆頭聖女様に視線が一気に集まった。
「筆頭聖女さまだ!」
「お元気でいらしたのですね!」
元筆頭聖女さまは若かりし頃に戦で功績を上げたことや、出張治癒院で顔が売れていたようである。筆頭の座を長く務めていたことも王都の皆さまに顔が売れている一つの要素のようだ。暫く表舞台に出てこなかったので皆さま心配していたようである。元筆頭聖女さまは笑みを浮かべて、集まった皆さまに手を振っていた。
「本日、アルバトロス王国教会、筆頭聖女が交代致しました!」
カルヴァインさまが大音声を上げて、元筆頭聖女さまからアリアさまへと替わったことを告げ、ロザリンデさまが筆頭聖女補佐になると告げた。彼の声で王都の皆さまから歓喜の声が上がりつつ、元筆頭聖女さまが引退したことを嘆いている方もチラホラ見えた。
きっと元筆頭聖女さまは王都の皆さまに慕われていたのだろう。時間が流れればアリアさまもきっと王都の皆さまから愛される方となるだろう。ロザリンデさまもきっと名を馳せるはずだ。私も子爵領と侯爵領を豊かにして、領民の皆さまから慕われるようにならないと。盛り上がっている王都の皆さまにアリアさまとロザリンデさまも手を振り始めた。
鳴り止まぬ拍手と歓声の中、元筆頭聖女さまがふうと息を吐いて教会の皆さまを見ている。
「さて、これで私の肩の荷が下りました。あとは若い皆さまに任せます」
彼女は綺麗に笑って皺を深めていた。多分、きっと。元筆頭聖女さまである、マリア・アイゼンシュタットさまの引退はアルバトロス王国の歴史の一ページとなるのだろう。