魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
候爵邸に結界を張りたいという話をアルバトロス上層部に持ち掛ければ、即行で副団長さまと猫背さんが屋敷にきた。ダリア姉さんとアイリス姉さんも直ぐに了承してくれて屋敷にやってきている。
ヴァルトルーデさまも彼らに協力してくれると副団長さまに伝えれば、にたあと笑って凄く嬉しそうだった。猫背さんも割と嬉しいのか副団長さまと一緒にどんな結界にするかテンション高めに話し込んでいる。ダリア姉さんとアイリス姉さんは女神さまと協力して結界を張ることは光栄だと言っていた。女神さまと一緒だというのに緊張していないのは流石だし、今、屋敷内を五人で散策中である。
一方、私は自室の隣の部屋で茜色の陽射しを浴びながら、お猫さまに猫さんの存在を伝えているところだ。
猫さんが厩に住むことになったと知ったお猫さまはバツの悪そうな顔になっている。産まれてくる仔たちのお父上なのに渋い表情になる理由はなんでだろうか。
「そんなに嫌なんですか?」
私は三本の尻尾をだらんと下げたお猫さまに問うてみる。お猫さまのお腹は仔猫が産まれる寸前となっている。いつ産まれても良いように私の部屋の隣で自主的にお猫さまは過ごすようになっていた。
『妾の扱いが雑だったからな!』
お猫さまが私からそっぽを向いてふんと鼻を鳴らす。どうやら顔と性格が良く気に入った雄猫さんだったのに、アレが雑だったようである。なにかとは言わないけれど。確かに女性として男性から雑に扱われるのは頂けないが、お猫さまにも乙女心が備わっていたのかと感心してしまった。
「屋敷は広いですし、会いたくないなら会わないようにすれば良いだけですが……」
『屋敷の中に入ってきたら威嚇するぞ……腹が痛い……この感じは……お主、仔が産まれそうだ!!』
むーと私が顔を顰めているとお猫さまが不機嫌なまま答えてくれたのだが、陣痛が始まったようである。そういえば猫の出産って犬のように穴を掘る仕草をしないのだろうか。
野生を捨てたお猫さまだから、人間のようにいきむだけになってしまったのかもしれない。おめでたいことだけれど、長丁場の体力勝負がこれから始まると気合を入れた。
「頑張ってくださいね」
『冷たくないか!? もっとこう喜びつつ慌ててくれて良いんだぞ!』
一番頑張らなければいけないのはお猫さまである。私はなにかあった時のために彼女と一緒に過ごすだけである。一応、お猫さまの仔が産まれる時期は大体把握しているので、スケジュールに少し余裕を持たせて貰っていた。
と言っても猫の出産時間は二~六時間程度なので犬より短い。でも気が抜けないという点では人間でも犬でも猫でも、みんな一緒である。私はお猫さまの仔が産まれることに対して喜んでいるが、お腹の仔が無事に産まれるまでは気は抜けない。
「出産はお猫さまが頑張ってくれないと始まらないことですからね。さて、屋敷の皆さまに知らせてきます」
お猫さまと話をするために絨毯に膝を突いていたのだが、私はよっこいしょと呟いて立ち上がる。すると肩の上のクロが私の顔を覗き込んだ。
『あ、ナイはお猫さまの側にいてあげて。みんなにはボクたちが伝えるよ。ヴァナル、ユキ、ヨル、ハナ、毛玉ちゃんたち、一緒に行こう?』
クロが言い終えると声を掛けた彼らの返事を聞かぬまま、私の肩から飛んでヴァナルの頭の上に移動した。ロゼさんは副団長さまたちと共に行動しているので、今は側にいない。おそらく副団長さまたちも話を聞きつけて、部屋の近くまでやってくるのだろう。邪魔をしないで欲しいとお猫さまから言われていないので、屋敷の皆さまに行動制限は課していないのだから。
『仲間増える』
『良いことです』
『屋敷が賑やかになりますねえ』
『仔たちの遊び相手になると良いのですが』
ヴァナルと雪さんたちが声を上げると、毛玉ちゃんたちが床の上にいるお猫さまへと近づいて行く。なにをするのかと見ていれば、スンスン鼻を鳴らしてお猫さまの匂いを嗅げば、長い舌を出してベロンと舐めた。
毛玉ちゃんたちなりの頑張ってという意味のエールを送っているようだった。お猫さまは普段であれば即行で逃げるのに、毛玉ちゃんたちの攻撃を受けている。でも流石に舐められ過ぎるのは我慢がならないようで、ぱっと立ち上がり毛玉ちゃんたちから逃げる。
『毛玉、舐めるな!』
お猫さまの抗議に毛玉ちゃんたちがえー……と言いたげに、立てていた尻尾を下げた。桜ちゃんがいの一番につまらないとヴァナルと雪さんたちの下に戻り、椿ちゃんと楓ちゃんも続いて戻ってきた。お猫さまはお腹が気になるのか、床に腰を下ろして大きなお腹を舐め辛そうにしながらぼってりとしたお腹を気にしている。
『行ってくるね~』
「うん。よろしく」
クロに私が返事をすれば、ヴァナルはゆっくりと歩き始め扉の前で止まり、後ろ脚で立ち上がり前脚をドアノブに掛けた。器用だなと見守っていれば、開いた扉に雪さんたちが身体を割り込ませて閉まらないようにと連携プレイを見せている。
その間を毛玉ちゃんたちがぱっと通り、ドアノブから前脚を離したヴァナルと雪さんたちが部屋を出て行く。扉が開きっぱなしなのはご愛敬だろうと、私はお猫さまの方を見た。
「お猫さま、これから陣痛が強くなりますが、部屋に入っても良い方はいますか?」
私は先にお猫さまから許可を取り付けていた。というよりお猫さまからお願いされている。なにかあった時のために側にいて欲しいとのことだ。
『ジルヴァラくらいか。あとの奴には見られたくない』
お猫さまは頻繁にジルヴァラさんと一緒に過ごしているので、出産して弱っている所を見られても問題ないようである。無防備になるのでお猫さま的に怖いだろうに、一緒にいさせてくれるのは信頼されているからだと思いたい。
「承知しました。ジルヴァラさんには私のお手伝いをして頂きますね。といっても仔が産まれてきてからですけれど」
誰かがくるなら、お湯や布の用意をお願いしたい。一応、家畜の出産記録や犬や猫をブリードしている方たちが記した本を取り寄せて、読み込んでおいたけれど頭に入れた知識は役に立つだろうか。犬猫の純血種を産ませて育てて販売している方がいたのは意外だったが、お貴族さまとお金持ちの方々向けと聞いて納得できてしまった。
『構わん。人間に怯えながら産んだことを考えれば、今の環境は妾にとっては有難……痛い、痛い、痛い、痛い! たーすーけーてー!!』
お猫さまが悲鳴を上げる。一定間隔で痛みが走るようで、声にならない声で唸りながら痛みを我慢していた。どうにかして助けてあげたいけれど、仔を産むために必要な痛みである。
「無痛もできなくはないですけれど……一先ず自然に任せましょう」
緊急事態となれば痛みを和らげることもあるけれど、なるべく術を施したくない。
『殺生な! うー……一度経験したとはいえ、慣れぬのう』
痛みが過ぎ去ったお猫さまは少し気落ちしているようだった。顔を落として『早く産まれてこんかのう』と呟いている。私が片眉を上げて笑っていれば、開いたままの扉からジルヴァラさんがやってきて、部屋の中へと入ってくる。その際に扉は静かに閉められた。ジルヴァラさんがこちらにきてお猫さまの下にしゃがみ込む。
『ジルヴァラ……痛いぞぉ』
『耐えてください。元気な仔を楽しみにしております』
ふらふらとお猫さまがジルヴァラさんの下へと歩み寄り膝の上に乗った。肩を下げているお猫さまの頭をジルヴァラさんが頭を撫でている。そんなこんなをしていると本格的な陣痛がお猫さまを襲ったようで、いそいそとジルヴァラさんの膝の上から降りて産箱――産箱というよりは巣に近い――の中へと移動した。
産箱に敷いた毛布や布をお猫さまが前脚で掻いているし、呼吸も浅い。野生を捨て去っていても本能が彼女に行動を起こさせているようだった。
「そろそろかな」
『そのようですね。ご主人さま』
私がジルヴァラさんに声を掛ければ、彼女が私を確りと捉えて答えてくれた。私のことをご主人さまと呼ぶのはジルヴァラさんだけである。以前にご主人さまは止めて欲しいとお願いしたのだが、彼女の中で私は『ご主人さま』なのだそうだ。彼女は変な意味合いで呼んでいないから良いかと納得した次第である。
「侍女の方に準備して貰おうか」
『はい。伝えて参りますね』
ジルヴァラさんが一旦部屋から出て行き、侍女の方に伝えてくれるようである。部屋の外では他の皆さまが集まっているのか少し騒がしい。お猫さまは痛みで外の様子に気付いていないので、今以上に騒がしくならなければ良いだろう。
暫くすればジルヴァラさんがワゴンを引きながら戻ってきてくれた。大量の綺麗な布とお湯が用意され、産まれてくる仔猫を迎え入れる準備が整った。
相変わらずお猫さまは産箱の中で呻き声を上げている。聞いていると気分が落ちそうになるが暫くの我慢だ。産箱の入り口を狭くして暗くしている状態なので、お猫さまの姿ははっきり見えないけれど落ち着くそうである。
早ければ一匹目が産まれてもおかしくないのだが、もう少し時間が掛かるようだ。私がそわそわし始めれば、ジルヴァラさんが落ち着いてくださいと諭してくれる。お猫さまのお腹の中には三つの魔力の塊があった。おそらくお腹にいる仔は三匹だけれど、増える可能性も頭の片隅に入れておかないと。エコーとか撮れないけれど、魔力の存在が役に立っていた。
『……! ……!!』
お猫さまが産箱の中でいきんでいる。お湯をもう一度沸かし直して、洗面器にお湯を注ぎ込んで布をつけ込む。私が手を突っ込むと熱くてなにもできないのだが、ジルヴァラさんが代わってくれて布の水気を切ってくれる。
彼女曰く熱い、冷たいには人間より耐性があるとのこと。お猫さまは大丈夫かと産箱の中を覗いてみれば、苦しそうにしている。頑張れとも声も掛けずに私が産箱から視線を外した時だった。
とぷ、という水音が微かに耳に届けば、産箱の中のお猫さまが身体を動かしたようである。そうして暫く待っているとか細い鳴き声が上がった。
「一匹目、産まれた!」
『ようございました』
私とジルヴァラさんが見つめ合って、新たな命の誕生を喜ぶ。まだ安心はできないけれど、母親の腹の中から外の世界へと出てきてくれ一つの命として声を上げたのだ。喜ばずにはいられない。
お猫さまの気を逸らしてはいけないと小声で喋っているのだが、産箱の中からお猫さまが『助けてくれ』と少し情けない声を出す。私とジルヴァラさんは苦笑いをして、温かい布を持って産箱の中を覗き込んだ。
『臍の緒と膜は取ったぞ……ぐう、まだ耐えねば!』
「一匹目の仔、少しの間だけ預かりますね」
『うむ。乳をやらねばな』
なんだかんだと言いつつ、お猫さまは母親を務めている。そんな彼女の姿に私は目を細めて、うにうにと動いている小さな命をお猫さまから借り受けた。
「ち、小さい! 小さいよぉ、ジルヴァラさん!」
お猫さまの体格を考えれば、産まれてくる仔が小さいのは当然である。だが雪さんたちが産んだ毛玉ちゃんたちよりも小さく、手のひらの上で震えている仔猫の存在は本当に儚い。軽く握っているのに、握り潰してしまいそうな気持ちになってしまう。
『ご主人さま、水気を取ってあげましょう』
「うん。早くお母さんの所に戻ろうね」
にーにーとか細く鳴いている産まれたばかりの仔猫は母親の乳を求めて、小さな手足を必死に動かしている。まだ力が入らないだろうに、それでも生きなければと訴えている。
私はジルヴァラさんに言われるまま布で水気を取り除き、太くて白い毛糸を仔猫に巻いて産箱の中にいるお猫さまのお腹の所に仔猫を返した。すると子猫はぷるぷると震えながらか細い四本の脚を動かしてどうにかお乳に辿り着く。きちんと吸えるのかと暫く産箱の中を覗いていると、仔猫が必死に乳を吸う音を鳴らしていた。私は音を聞いて安堵の息を吐いていれば、またお猫さまに陣痛が襲っているようだ。
『痛いぞ~痛いー……!』
そんなお猫さまの声を聞くこと数度。二匹目の仔が産まれ、三匹目の仔も無事に生まれる。二匹目の仔には赤色の毛糸を巻き、三匹目の仔には青い毛糸を巻いて識別できるようにしておく。
『終わったか……疲れたぞぉ……』
お猫さまが産箱の中で産まれたばかりの仔に乳を飲ませながら、へなへなと情けない声を上げるのだった。
◇
お猫さまの仔が無事に三匹産まれた。経過も順調のようで仔たちは二時間おきにお猫さまの乳を飲んでいる。お猫さまは子育ては面倒だとぼやいているが、仔が乳を飲み終えると排泄を促していたり、毛繕いをしたりと忙しない姿を見せていた。
二年前にお猫さまと初めて会った時は、彼女が産んだ仔たちはある程度成長していたから甲斐甲斐しく世話をしている姿を見ることはなかったので少し意外である。臍の緒の処置やお猫さまにまつわる処置も既に終えているのだが、出産で失った体力の回復や仔猫が無事に成長するかという心配は残っていた。
それが理由なのか、私は執務を急いで終わらせて自室の隣にある部屋へと戻っていた。そこにはお猫さまの産箱が鎮座しており、中ではお猫さまが甲斐甲斐しく仔の世話をしていた。仔猫が産まれて早二日。まだ気を抜けないけれど、たった二日で随分と仔が成長していると分かる。
子猫は産箱の中でお乳を済ませて暫くすると、すやすやと寝息を立てている。今もまさにその時間で白色ちゃんと赤色ちゃんと青色ちゃんが一緒に固まって寝ているところだ。時折、ぴくんと身体を揺らしており、目が覚めるかと眺めているのだが起きることはなかった。産まれてから四十八時間、仔猫の成長は本当に早い。
「産まれた直後は桃色だったけれど、毛が生えてきたね」
産まれて直ぐの頃は産毛が薄く生えているだけで、肌の色が丸見えだった。私の手の平の半分もなかった子猫たちは一回り大きくなっている。まだ目は開いていないし、歯も生えていないだろう。
でも体毛は身を守るためなのか、随分と生え揃っていた。白色ちゃんはお猫さまそっくりな黒色、赤色ちゃんと青色ちゃんは、厩で寝泊りしている猫さんと同じキジトラ柄のようである。赤色ちゃんと青色ちゃんの縞々模様ははっきりしないけれど、将来は綺麗に縞々が出ることだろう。スヤスヤ寝ている仔猫たちを見て私は笑みを浮かべる。
『ボク、最初を見てないよ……残念だ。いつか見れると良いけれど』
私の肩の上に乗っているクロがしょぼんとした顔になる。クロも出産に立ち会いたかったけれど、お猫さまの許可を得られなかった。いつか見れると良いねと私が声を掛ければ、クロはうんと一つ頷く。そういえば私は出産というものに縁がある気がする。他の聖女さまも教会から呼び出しを受けて出産に立ち会っていた。
「出産関係は聖女の特権かも。でも天馬さまやフェンリルに猫又の仔を取り上げるなんて驚きだよね」
『竜の誕生にもナイは立ち会っているねえ』
出産は聖女の務めの一つに入るかもしれない。産婆さんがいるものの治癒を施せる方はかなり少ない。だから教会に頼んで聖女を派遣して貰う訳である。私も隊長さんの奥さまの産後の肥立ちが悪くて診て欲しいとお願いされたことがあるし、出産にも立ち会ったことがある。
本当に命懸けの現場だったし、妊婦さんの悲鳴に近い声を聞いていると少しばかり胃が痛くなってくる。一先ず、無事にお猫さまの仔が産まれたことを喜ぼうとクロと笑い合っていれば、産箱の中からお猫さまが出てきた。
『腹が減ったぞ~飯だー飯!』
三叉の尻尾をゆらゆらと揺らしながらお猫さまが前脚を揃えて私の前に座る。出産直後は『死ぬ~』と声を上げていたのに今では元気そのものであるが、一週間後も同じ状況だろうか。
子育てに疲れていそう――頻繁にお乳を上げるのは凄く大変――だし、前回も仔がある程度大きくなるとヴァナルに子育てを任せていた。どうなることやらと私は笑って、一緒に部屋にいたジルヴァラさんから資料で読んだ猫さん用のご飯をお猫さまへと渡す。
「用意していますよ。食べちゃってください」
『すまんな!』
私が用意していたご飯をお猫さまに差し出せば、彼女は一気にご飯へと食らい付く。少し偏食の傾向のあるお猫さまがいつも食べない品を食べている姿を見てしまうと、母親業は大変だとしみじみ感じる。お猫さまが半分ほど食べ終えて、ふと顔を上げ私をじっと見ていた。どうしたのかと私が首を傾げると、お猫さまが口を開く。
『鰹節はないのか?』
つぶらな瞳で私を見ている姿は可愛いけれど……鰹節を上げ過ぎて体調を壊してしまえば元も子もない。けれどお猫さまは産後の大変な時期である。彼女の望みを叶えてあげたい気持ちがふつふつと湧いてくるものの、栄養バランスを考えると如何なものか。
お猫さまの瞳を私がじっと見つめていると、肩の上のクロが不思議そうにこてんと首を傾げながら尻尾をてしてし背中に当てていた。
『ナイが迷ってる』
『鰹節を食べれば、元気が出るんだがのう』
駄目か、と言いたげに金色の瞳を私に向けるお猫さま。
「……少しだけですよ」
『!』
私の声にお猫さまの三本の尻尾がぴっと伸びた。そんなに嬉しいことなのかと苦笑いになりながら、側にいたジルヴァラさんに鰹節を用意して貰うようにお願いをした。
「あ、そういえばお猫さま」
食事中に話しかけて申し訳ないけれど、確認しておきたいことがある。
『なんじゃ?』
「雄猫が厩に居着いた話ですが、お猫さまは関わらないのですか?」
厩に住み着いた猫さんはエル一家と過ごしている。穏やかな猫さんのようで、エル一家と打ち解けているようだ。ただルカは猫さんが遊んでくれないので不貞腐れているようだけれど。
『放置だな! 妾は屋敷で過ごしておるし、会うことあるまいて』
「顔を合わせたら喧嘩しないでくださいね」
『そのような低俗なことせんよ。妾は猫又だぞ。賢いからな!』
本当かなあと疑いの視線を向けていると、やるせなくなったのかお猫さまがご飯を食べるのを再開させていた。まあ良いかと私が前を向けば、丁度ジルヴァラさんが調理場から部屋に戻ってきてくれた。
『ご主人さまカツオブシを頂いてきました』
「ありがとう、ジルヴァラさん」
私がお礼を告げるとジルヴァラさんが凄く嬉しそうに笑う。家の精霊さんなので主人から命を受け、褒められたことが凄く嬉しいらしい。もう少しジルヴァラさんとも話す機会を増やした方が良いかなと苦笑いを浮かべて、お猫さまのお皿に鰹節を入れれば凄い勢いでお猫さまががっつく。
『美味しいの?』
お猫さまが凄くがっついている姿を見たクロが鰹節に視線を向けていた。クロは果物を好んで食べているけれど、雑食なので鰹節を食べても問題ないはず。
「食べてみる?」
私が少しだけ鰹節を手に取ってクロの前に差し出せば、口を開けて薄い鰹節を器用に口で食み咀嚼した。
『不思議な味だねえ。甘いような、少ししょっぱいような』
クロが妙な顔を浮かべながら鰹節の味の感想を述べている。確かに鰹節の味を表現して欲しいと言われても困るなあと私は苦笑いになる。そして一緒の部屋にいるジルヴァラさんに視線を向けた。
「ジルヴァラさんは……味見しないか」
『はい、精霊ですから。ご主人さまの漏れ出る魔力が魔素になっているので、お腹は空きません』
ジルヴァラさんは精霊なので魔素がご飯替わりとなり、彼女がご飯を食べている所を見たことがない。しかし私の身体から魔力がまだ漏れ出ているとは驚きである。
「魔術具で抑えているのに」
女神さまの神圧を抑える魔術具を作った副団長さまと猫背さんたちが、丹精込めて私の魔術具を作ってくれた品なのに。私の左指に嵌る三つの魔術具を見下ろしていると、ジルヴァラさんとクロが小さく笑っている。
『ご主人さまの魔力は多いので、漏れ出るのは致し方ありません。身体の中に留めておくのも問題でしょう』
『だねえ。ボクたちには有難いことだから』
「漏れた魔力をクロたちが食べてくれるなら良いけれど、不思議なことが起こるからね。また畑の妖精さんが誕生しそうだなあ」
ふふふと愉快そうに笑うジルヴァラさんとクロに私は指輪から視線を外し彼らを見る。悪いことじゃないから問題ないよと彼らは告げるものの、不思議なことが起こるとアルバトロス上層部の皆さまを驚かせてしまう。あれ、でも最大級は女神さま方がお屋敷で寝泊りしていることだろうから問題はない……と妙な方向に思考が走る。いや、でも、うーんと悩んでいるとお猫さまが鰹節をもっと欲しいと訴えていた。
「また次のご飯の時にしましょう。あれ、誰かきた」
私がお猫さまを諫めていると、部屋の扉からノックの音が聞こえた。ジークでもリンでもないし、私付きの侍女の方でもない。
「ナイ、入っても良い?」
どうしましたと声を掛ける前に扉の向こうからくぐもった声が聞こえてきた。誰かと思えばヴァルトルーデさまがやってきているようである。以前の彼女は部屋の扉を急に開けることがあったけれど、お屋敷のルールに慣れてくれ今では部屋に入る前にノックを必ずしてくれるようになっている。私は構わないけれど、今の部屋の主はお猫さまであると彼女に無言で視線を向けた。
『もちろん構わんぞ。女神さまを断る者はおらんだろうに』
ドヤ顔でお猫さまが言い切っているが、私は女神さまの要望を時折断ることがあると思い至ってしまった。一先ず、この不味い案件は棚の上に放置して、ヴァルトルーデさまを部屋に招き入れた。部屋に入ってすぐヴァルトルーデさまが立ち止まり奥に進むことを止める。何故、と私が不思議に感じて彼女の顔を見上げると、視線はお猫さまに向けられていた。
「仔猫が見たくて。見て良い?」
『もちろんですぞ』
ヴァルトルーデさまがお猫さまから許可を得られると凄く嬉しそうな表情になる。いつもヴァルトルーデさまと一緒に行動しているジルケさまは、サンルームで陽向ぼっこでもしているのだろう。
一柱さまは産箱に静かに歩み寄って、穴の中を覗き込む。暗くしているからきちんと見えるかと心配していると、ヴァルトルーデさまの頬が更に緩んだ。
「小さい。こんなに小さいのに生きてる」
『小さいけれど、頑張って生きているからねえ』
ヴァルトルーデさまの声にクロが答えた。クロも他の竜の方々と比べれば随分と小さいけれど、内包している魔力量が高いので女神さま的にノーカウントとなるらしい。それを踏まえれば、魔力量がかなり少ないのに生きている仔猫はヴァルトルーデさまにとって凄く儚い存在に見えているようだ。
「撫でてみたいけれど、壊れそう」
『心配は必要ないかと。優しく触れてくだされ』
むうと難しい顔をして唸っているヴァルトルーデさまにお猫さまが隣に座って胸を張っていた。お猫さまの喋り方が畏まっているので、ヴァルトルーデさまを格上の存在と見ているようだった。お猫さまは誰に対しても少し偉そうな口調で接するので珍しいと、一匹と一柱さまの様子を見守る。
「うー……もう少し大きくなってからにする。怖い」
ヴァルトルーデさまは仔猫に触れてみたいけれど、壊してしまうという恐怖心が勝ったようだ。お猫さまは女神さまに仔猫を抱いてもらうことが先延ばしになったことで、少し残念そうにしている。
「仔猫も寝ていますし、起きている時に触れてみましょう」
仕方ないと私が声を上げると、ヴァルトルーデさまの顔がぐるんとこちらへと向く。
「ナイが手伝ってくれるの?」
「いや、先ずはご自身で頑張ってください」
「……ケチ」
ぱっと顔を輝かせた彼女は私の声に片眉を上げて小さくなにか呟いた。私の耳にはきちんと届かなかったので、確認を取るべきともう一度口を開いた。
「なにか仰りましたか?」
「なにも言ってない」
ぷいと顔を背けたヴァルトルーデさまに私は意味が分からないと小さく息を吐く。まあ、一先ずお猫さまのご飯が終わったし仔猫の次の授乳まで一時間ほどあると、私は部屋を出て小腹を満たすべく侍女の方にお茶の用意をお願いするのだった。