魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
私は王都にあるアストライアー侯爵家のタウンハウスで門兵を務めている。今も門扉の前に立って仕事に努めていた。
魔術師団副団長であるハインツ・ヴァレンシュタイン氏と団員一人であるヴォルフガング・ファウスト氏とエルフの女性がアストライアー侯爵邸の庭をくまなく歩いている。ご当主さまの話によればアストライアー侯爵家に魔術結界を設置するため彼らが召喚されたそうだ。
今やご当主さまは西大陸どころか東西南北の大陸に名を広めている。そんな偉大な方の屋敷なのだから、警備が物凄く厳重になるのは当然である。だが。
「どうして女神さままでご一緒なんだ。しかも四柱さまが揃っていらっしゃるじゃないか……」
アストライアー侯爵邸の正門を護る仕事を担う私は、少しだけ視線を前から後ろへと向けて屋敷の庭を見た。ヴァレンシュタイン副団長を先頭にファウスト団員とエルフの方二人の後ろに、女神さま方がきょろきょろと広大な庭を歩いていらっしゃるのだ。
今の光景を奇跡と呼ばずしてなんと言おうか。王立学院に通えば、世界は四つの大陸で構成されていると知ることができる。西大陸は女神さま信仰をしており、他の大陸に女神さまがいらっしゃっても不思議ではないと理解できた。だからこそ、西大陸に女神さまが四柱集まるのは異常では……という疑問が湧き起こり、しかもアルバトロス王国の一貴族の屋敷に訪れるなんて誰も考えが及ばない。
「竜をも従えるアストライアー侯爵閣下なんだ。それくらいやってのけてくれるんじゃないですかね?」
丁度、警備の交代時間に訪れた新人の若者が私の声を耳にしていたようである。へらりと笑う姿は年相応で、軽口も構わないが言葉にして良い場所や時間というものがあるだろう。
私の目の前の若者は高位貴族の四男だと聞いている。私はアストライアー侯爵閣下が子爵位を賜った最初期に雇われた者として、彼を嗜めなければならない。たとえ、若者の方が私より貴族の地位が上だったとしても、ご当主さまがなにか仕出かすような物言いは聞き捨てならなかった。
「大仰なことを言わないでください。言葉が過ぎますよ」
「つまらない人だなあ……交代の時間です」
片眉を上げながら苦言を呈した私を彼はふっと小さく笑って聞き流していた。高位貴族の四番目の男児ということで、教育はおざなりにされたのだろう。私も男爵位の五男という立場であるが、ミナーヴァ子爵に雇われ警備兵を務めるようになり収入が安定した。
ご当主さまは平民出身の成り上がり貴族ながら、我々に誠実な態度で接してくれる。もっと横柄な態度でも良いのだが……おそらくご当主さまの性格なのだろう。貴族位を得てから三年経っても、ご当主さまの態度が変わることはない。若者の不誠実な態度にむっとしてしまうが、時間がきたようなので交代せねばと私は足を揃えて敬礼を執る。
「は! 異常なし! 引継ぎ事項なし!」
私が声を張れば、若者が返礼をくれる。警備については問題ない。不審者も見ておらず、引継ぎ事項はなかった。彼の少しだらしない敬礼が気になるところだが、先程苦言を呈したばかりだ。また直せと言っても機嫌を悪くするだけだろう。上司に報告した方が良さそうだと礼を執り、正門横にある小さな門扉から屋敷の中に入るのだった。
屋敷の中に入るなり私はふうと溜息を吐けば、一緒に警備に立っていた仲間の一人が私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「今のやり取りを聞いていたのか」
心配そうに私の顔を覗き込んでいるのは、私と同時期にミナーヴァ子爵に雇われた者である。年齢も近く、いつの間にか酒飲み友達となっている。彼も貴族家出身だが継嗣となるには無理な立場で、職を得て早々に貴族籍から抜けて独立していた。
私と同様にミナーヴァ子爵に雇われてからというもの、順調な生活を送っている。男である故に飯は外食で済ませがちだが、子爵邸にある使用人用の食堂で飯を済ませることができた。
パンとスープか粥が定番で、干し肉やチーズが付いていれば贅沢というのに、子爵邸の食堂は本当にいろいろな物にありつけた。使用人一同、料理長と料理人の皆には頭が上がらないのだが、豊富な品の食事に有りつけたのはご当主さまのお陰である。ミナーヴァ子爵邸で働いていた者は肌で感じており、ご当主さまが提案された託児所やユウキュウ休暇等の制度は本当に有難いものだ。仲の良い者が多く集まる職場も居心地が良いので、ミナーヴァ子爵、もといアストライアー侯爵家を辞めるつもりは毛頭ないのだが……。
ご当主さまが子爵邸から侯爵邸に引っ越しをされてから、少し従業員の質が変わったというべきか。
ミナーヴァ子爵邸で働いている者たちは変わらないが、新しく雇われた者たちの一部が気になるのだ。先程の若者もその一人である。警備部が新しく雇った者たちは高位貴族の三男、四男出身者が多く年齢も若かった。
縁故採用が常の世界では親の仕事を子が受け継ぐのは当たり前である。少し危なそうな若者の子と自身の子が一緒に働くとなれば、将来が心配になってくるのは当然だろう。私の隣を歩いて警備部の者たちが集う建屋を目指している彼も心配そうな顔になっていた。
「ああ。あまりご当主さまに迷惑を掛けたくないから、彼が自分で気付いて身を改めてくれれば良いんだけれどな」
「だな。まだ若いからやり直しは利く……とはいえ学院を卒業している身だ。私たちからみれば若いが、子供じゃない」
警備部の部屋に戻れば、鍛錬を終えた者や屋敷内の警備を終えて昼休憩に入っている者が多くいる。私も午後からは鍛錬の時間となっており、昼飯を食べる量はほどほどにしておかなければと自分自身に言い聞かせる。
そういえば鍛錬の質も上がったのか以前より力が付いた気がする。フソウという島国から招聘されたフウマとハットリのご老体から、いろいろと鍛錬方法を警備部も教えて貰っているのだ。ご老体二人は諜報部所属だというのに、警備部の者が鍛錬している場に姿を現して剣を交えている。彼らは不思議な剣筋であるが、私たちが学ぶには丁度良かったしご老体故の知恵を授けてくれているので有難い。
「おっと。これは失礼を」
「申し訳ありません。ヴァレンシュタイン副団長殿」
茂みの隙間からヴァレンシュタイン副団長一行が突然姿を現した。私も仲間も急な彼らの登場に驚いてしまうが、彼らは私たちよりも立場が上である。背筋を伸ばしてぶつかりそうになったことを即座に謝罪する。
副団長殿はにこにこと笑みを浮かべたまま表情が読めず、団員の一人であるファウスト氏は私たちを気にしていない。エルフのお二方も特に興味はないようだし、四柱さまも私たちに怒りを向けてはいない。少し状況が読め始めてホッとするものの、大丈夫だろうかと心配になってくる。相手が厳しい方だと叱責を受けるだろう。
「いえいえ。横から出てきたのは我々です。お気になさらず。では」
ヴァレンシュタイン副団長は私たちの無礼を気にした様子を全く見せないまま、すたすたと道を逸れて庭の探索へと戻って行く。私たちは場を動かないまま彼らを見送るのみだ。
エルフのお二人はちらりとこちらを見ただけで目の前を過ぎて行き、南の女神さまが歩き、北と東の女神さまも歩いて目の前を通り、最後に西の女神さまが私たちの前を通ろうとしている。
「お疲れさま」
ふいに西の女神さまが私たちに顔を向け、ねぎらいの言葉を掛けてくださった。嬉しい気持ちと恐れ多い気持ちが一瞬にして私の頭と心を埋め尽くす。
「お、お疲れさまです!」
「お疲れさまですっ!!」
なにはともあれ返礼しなければと敬礼を執り声を返した。西の女神さまは私たちの声を聞いて少し、ほんの少しだけ目を細めて前を向き私たちの前を去って行く。
「驚いた……一生分の運を使い果たしたかもしれない」
「また、こういうことがあれば次はどうする……死んでしまうのか私たちは……」
本当に一生分の運を使い果たしてしまったのではないだろうか。西の女神さまはアストライアー侯爵邸でお過ごしなされているとはいえ、声を掛けて頂くことになろうとは。しかも他の女神さまもいらっしゃる所でである。
我々に興味なんて全くなさそうなお姿であるのに、どうして声を掛けて頂けたのか凄く不思議だ。屋敷内で働いている者たちに少し話を聞いてみよう。女神さまの世話を担っている侍女たちは例外であるが、他の者に話を聞けば私たちに声を掛けた理由が掴めるかもしれない。
「一先ず戻ろう。報告も上げなければ」
「そうだな」
地に足が付いていないような気分で警備部の者たちが集まる別館へと足を運ぶ。ミナーヴァ子爵邸と同じく警備部の部屋の近くには託児所があり、子供たちの元気な声が聞こえていた。
自身の子を託児所に通わせることはない――妻が自宅で面倒を見てくれている――だろうが、幼い子たちの未来が明るいものであるようにと願わずにはいられない。
そうして部屋へ戻れば昼休憩に入る者たちが多くおり、報告書を上げる事務作業をしている。警備を担うため大柄な者が多いため、机が小さく見えてしまう。私も大柄だから人のことは笑えないと空いている席へ適当に座り報告書を書きあげる。書き上げた報告書を上司に渡そうと席から立ち上って、門の前で起きたことを伝えようと心を落ち着かせながら歩いて行く。
「報告書です」
「ああ、直ぐに目を通しておこう。――どうした?」
私が上司に報告書を渡せば、目の前の彼は首を傾げている。何故分かったのかと私が不思議そうにしていると、彼は口の端を伸ばした。
「怪訝な顔をしていたから、なにかあると感じただけだ」
察しが良い上司で助かると安堵の息を吐いて、先程正門前での若者とのやり取りを伝えておいた。まだ実害は出てはいないが、彼が大きく出ないように注意を払っておくとのことだ。私たちも十分に彼の行動を見張るようにとも告げられ、一緒に部屋に戻ってきた仲間と共に昼食を摂りに行く。
「なにも起こらなければ良いんだがな」
「若い者なら、ご当主さまの威を借りて良い思いをしようと考えるのかもしれないな」
お互いに視線を合わせて一度大きく息を吐く。確かに若い者であれば四大陸に名を馳せているご当主さまの威を借りて、美味しい思いをしたいと考えてもおかしくない。ないのだが、威を借りたあとのことを考えると怖くて仕方ないのだ。
後ろ盾であるハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家は呆れてしまうだろうし、アルバトロス王家も良く思わないはずだ。そして亜人連合国とアガレス帝国とフソウ国もやれやれと言いながら、容赦のないことを言い始めそうである。
どうか若者が己の身を弁えることができますようにと私は女神さまに祈りを捧げ、仲間と共にアストライアー侯爵邸の本邸一階にある食堂へと向かうのだった。
◇
アストライアー侯爵邸の警備を担っている私と同僚である仲間と共に、本邸一階にある使用人用の食堂へと入る。ミナーヴァ子爵邸の使用人用の食堂よりかなり広くなっており、使用されている家具や調度品も華美なものになっている。
ご当主さまがこの場にいらっしゃれば、無駄遣いでは……と家宰殿に苦言を呈していそうだ。私もご当主さまと同じことを言いたくなるが、侯爵位ならば使用されて当然の品なのだろう。新しく侯爵家に雇われた方たちは高位貴族の子息子女が多いのだが、彼らは侯爵邸の豪華さを当然のように受け入れていた。
ご当主さま方が昼食を終えて少し時間が経っているから、使用人用の食堂は賑わっていた。席には多くの者が腰を掛けて、料理人が作った品を食べている。誰もが美味そうな顔で食べているので、今日の料理も期待できそうだった。
時折、ご当主さまの無茶に付き合わされる料理人の者たちから味見を頼まれることがある。不味い料理をご当主さまに出せない料理人たちの気持ちは理解できるが、味見を行う私たちの舌を信用しても良いのだろうか。それに他国の料理の美味い、不味いの判断を食べたことのない私たちに判断を仰ぐのは無茶というものである。とはいえ、料理人たちが作った試作品に不味い品は一度もないのだが。
――話が逸れた。
食堂を満たす甘辛い匂いに釣られて、随分と腹が減ってきている。席を確保して今日の昼食を受け取りに行こうと、きょろきょろと仲間と共に周りを見渡す。
貴族の各屋敷によって決まりがあるはずだが、アストライアー侯爵家では貴族の者でも下働きの者でも同じ食堂で食事を摂っている。そして席は早い者勝ちとなっているものの、やはり貴族の屋敷では身分の高さが如実に出てしまう。
良い席は爵位の高い者が座り、末席は下働きの者たちが腰を下ろしていた。さて、自分たちが座っても良い席はあるかと、また周りを見渡せばミナーヴァ子爵家時代から一緒に働いていた侍女の者たちが私たち二人に小さく手を振っている。
「お、君たちも休憩か?」
「広くなったから、顔を合わせる機会が減ってしまったね」
私と仲間は手を振ってくれた彼女たち二人の下へと歩み寄った。一人は騎士爵家出身のご令嬢で、もう一人は男爵家出身のご令嬢の子だ。二人はあまり平民と貴族の壁を意識しておらず、下働きの者たちとも楽しそうに話していることがある。
それ故か、二人はご当主さまのお世話を侍女頭殿から任されていた。異性であるが食事の際は雑談を交わす仲――流石に一対一では食べない――である。子爵邸では警備の際に廊下ですれ違って挨拶を交わしていたものの、侯爵邸に移ってからは警備に就いていてもすれ違う機会がかなり減っていた。
「はい、休憩時間です。今日のお昼ご飯はお肉料理だそうですよ」
「運が良いよね。休みの子には申し訳ないけれど」
ふふふと侍女の二人が顔を見合わせて小さく笑っている。女の子でも肉料理は嬉しいようで、食事が提供されるのを席で待っているそうだ。私と仲間も席を確保できたから、調理場の方に声を掛けようと一旦彼女たちの下を離れた。
体力勝負の警備部の者にとっても肉料理は嬉しい。純粋に肉を食べる機会が少ないこともあるのだが、やはり侯爵邸の料理として出される品なので、美味しいこともさることながら量もある程度加減ができる。
以前働いていた貴族家では割と適当な量を盛りつけられており、周りの者と比較すると食事の量が少ない時もあった。侯爵邸の料理長はいい加減な仕事はしておらず、食事の量を決めており、増減の申し出は個人でして欲しいと告げられている。
受付当番になっている料理人の前に立てば『お疲れさまです!』と声が掛かる。どうしてだかこういう時や、すれ違う際に、いつの間にか『お疲れさまです!』という声を掛ける習慣ができていた。
先ほどの侍女の子たち曰く、ご当主さまが廊下ですれ違う者たちに『お疲れさまです』と声を掛けているそうだ。それがいつの間にかミナーヴァ子爵邸で働いている者たちに広まり、アストライアー侯爵邸でも受け継がれている。
最初は気恥しさもあったが、声を掛けられれば返さないと失礼にあたると口を開いている内に慣れ、次は私自身から他の者に『お疲れさまです』と声を掛ける習慣ができていた。慣れというものは不思議である。
「お疲れさま。ご飯、おかず大盛で!」
「お疲れさまです。私もご飯、おかず大盛で!」
「承知! ご用意ができましたら番号でお呼びしますね!」
私と仲間の声を聞いた受付当番の者はにっと笑い番号札を渡してくれる。先に食堂に訪れて注文を入れた者から食べられるようにという、ご当主さまの意向だ。爵位や家格を笠に着て先に食事を出させるという無頼な者が出ないので、子爵邸と侯爵邸の食堂は平和そのものである。
それにパンと白米、どちらかを選べるようになっていた。ご飯とパンどちらか選ぶことができ、小盛、普通、大盛と量も選択ができ、お代わりは自由である。
おかずについても、ご飯同様に小盛、普通、大盛と選ぶことができた。大食いの者には本当に有難いシステムであり、小食の者たちも無理して食べなくて良い環境となっている。
私と仲間は受付当番の者に軽く手を挙げて席に戻る。戻るなり、侍女の子たちの料理が上がったようで、私たちと入れ替わるように受取口へと二人が笑いながら歩いて行く。
「平和だな。今日はなんの肉料理だろう」
「平和が一番だな。女神さまをお見かけできたし、肉料理に有りつけるし、今日は本当に良い日だ」
席に座って早々、私たちは他愛のない話を始める。がやがやと少し騒がしい食堂だから、私たちが喋っていても誰も気にしない。仲間と共に会話を何度か受け渡ししていると、侍女の子たちが戻ってきた。お盆を持つ彼女たちは余程肉料理が楽しみなのか、凄く機嫌の良い顔をしている。女の子が暗い顔をしているのは見たくないから、良いことであるが。私は苦笑いを浮かべながら口を開く。
「おかえり」
「おかえり。気を付けて座りなよ」
「はーい」
「はい。あ、もう直ぐ用意できるから、きて欲しいって言伝を預かりました」
私たちの声に侍女の子二人は素直に声を上げる。言伝を聞いた私たちは立ち上がって、出来上がるであろう料理を受け取りに行こうと立ち上がった。
そうして受取口へと向かえば、料理人の一人が『どうぞ!』と声を上げてトレイを渡してくれる。トレイの上には大盛の白ご飯とミートローフ――ご当主さまは何故かハンバーグと呼んでいるそうだ――だった。
付け合わせにサラダとスープが付いており、サラダにはテーブルに用意されているドレッシングを好みで掛けろとのことである。ミートローフに掛けられたソースの甘い匂いを嗅ぎ取れば、更に腹が減ってくる。早く座って食べようと無言で仲間に訴えると、彼も私も少し足早に確保した席へと戻る。
「凄い量ですね」
「良く食べられるなあ」
侍女の子たちが私たちのトレイに盛られた料理に目を向けて苦笑いを浮かべている。確かに女の子にとっては凄い量なのだろう。ただ私たちは警備を担う力仕事で、女性とは体格も違う男である。
「体力勝負だからね。ごめん、待っててくれたんだ」
「午後からは鍛錬だしな。悪い、早く食べよう。――では」
仲間の声で私たちは女神さまに祈りを捧げる。実家でも食事を始める前には感謝の祈りを捧げていたので、もう癖みたいなものである。同じ席に座っている彼らも習慣と化しているので、祈りを捧げることは当然であった。
私と仲間はトレイに載せられていたナイフとフォークを手に取って、さあ食べようとした時だった。目の前の侍女の子二人が両手を合わせている。
「いただきます」
「いただきます!」
二人が聞き慣れない短い言葉を声に出してから、ようやくナイフとフォークを手に取った。嬉しそうな顔をながら目の前の二人はミートローフにナイフを入れており、断面からは肉汁がじわりと垂れている。私も仲間もミートローフにナイフを入れて一口サイズに切り分けたのだが、口に含む前に疑問が勝手に漏れていた。
「なんだい、それは」
「不思議な言葉だね」
私と仲間は切り分けたミートローフを口に入れ咀嚼する。肉汁が口の中に広がり、甘い味が舌を伝わって美味いと頭が感じ取った。やはり肉料理は良い物だと目を細めていると、投げた疑問を彼女たちが答えてくれる。
「……ご当主さまたちが食前に祈りを捧げる代わりに口にしている言葉ですね。ご一緒されている女神さま方もおっしゃっていますよ。聞いた所によると、食材に感謝を捧げているそうです」
「命を〝いただきます″という意味が込められていて、料理を作ってくれた方にも感謝を述べているんだそうです。ご当主さまたちの横で聞いていたら、なんだか移ってしまいまして」
彼女たちは口の中のものを呑み込んでから理由を教えてくれた。彼女たちはご当主さま方の給仕を担うため、ご様子を伺えるようだ。主人の真似を軽々しく侍女の子たちはできないので、ご当主さまから許可を得ているのだろう。
話をもう少し深堀させて貰い経緯を聞いていると、ご当主さまには拘りはないようで誰でも使っても構わないとのことである。女神さま方まで、ご当主さまが許可を出したならば好きにすれば良いとのこと。
「確かに女神さまだけじゃなく、食材にも感謝するのは良いことかもしれないね。作ってくれた料理人にお礼を捧げるのも良いことだ」
「命をいただきます、か。確かに命を奪ってしまっているからな。うん、残さず綺麗に食べよう」
私と仲間は視線を合わせて一度頷き、いただきますと声に出した。ナイフとフォークを持ったままなので、少し行儀が悪かったかもしれない。次からはきちんとしようと隣の仲間と一緒に苦笑いを浮かべていると、私たちの様子を見ていた侍女の子たちが小さく笑っている。
「あ、それなら。ご飯粒を残すと目が潰れるよって、ご当主さまが仰っていました」
「冗談だと思いますが、ご当主さまは出された品を残さないですよね」
ご当主さまが出された料理を残した時は体調不良だと侍女の者たちの間で周知されているようである。幼馴染である四人と女神さまも料理を残すことは滅多にないそうだ。
ご飯粒を残すと目が潰れるなんて信じがたいことであるが、きっとものの例えなのだろうと一緒に食事を摂っている四人で笑い合う。でも、まあ。ご当主さまらしい言葉なのだろう。食事を欠かさず食べられることに感謝し、命を頂くことに感謝をするのだから。なんとなくご当主さまの下に女神さまがいらっしゃるのも納得してしまう。
でも、まあ……各大陸の女神さまと女神さまの母神さまが屋敷にやってくるなんて想像の埒外だったけれど。他愛ないことを彼女たちと仲間と共に語りながら食事を摂っていると、不意に会話が途切れた。私は気になっていることを聞くには丁度良い頃合いかと口を開いた。
「侍女組は新しい面子とは順調かい?」
アストライアー侯爵家に新しく雇われた者は侍女もいる。侯爵位を持つご当主さまが雇うのだから、それなりの格の高い家からの紹介であり身元は確りとしている。身元が確りしているということは、雇われた者が粗相をすれば、紹介者の顔に泥を塗るため妙な行動を起こしにくい。
ただ、縁故採用ばかりも駄目だと数名が募集をして雇われていた。先程、正門の所であった若者が数名のうちの一人であり、もう一名は侍女として配属されている。身元も確りしている者たちとも打ち解けなければならないし、心配になって聞いてみたのだが侍女の子たちは大丈夫だろうか。
「その言い方だと、警備部には問題があるように聞こえてしまいますよ?」
騎士爵家の侍女の子が肩を竦めて私たちを見て、もう一人の侍女の子も苦笑いを浮かべていた。どうやら新しく雇われた侍女の中に、爵位を笠に着て彼女たちに高圧的な態度を取る者がいるようである。既に侍女頭殿に相談済みなのだそうだ。まだ目立った行動には出ていないので、注視しておくという言葉を侍女頭殿から頂いているそうである。
「どこも一緒か。ご当主さまにご迷惑が掛からなければ良いが……」
私はふうと息を吐いて、ご当主さまに迷惑が掛からないように、優秀な上司たちが上手く立ち回ってくれるようにと願いながら天井を仰ぎ見れば、他の三人も溜息を吐いたようである。
「私たちには良いけれど、ご当主さまと女神さま方に妙な態度を取らないか心配で」
「そうなったら、紹介人と実家が大事になるな」
「アルバトロス王家とハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家も出てくるでしょうし、亜人連合国の皆さまも……」
天井を仰ぎ見たままの私の耳に三人の声が届く。あー……うん。ご当主さまに迷惑が掛かる前に怒る方々が凄すぎて、ご当主さまへ話が入る頃には全て終わっているのではないだろうかと乾いた笑いが込み上げてくるのだった。