魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0615:離乳時期。

 五月中旬。王都のタウンハウスである侯爵邸にも少し慣れてきた気がする。新しく侯爵家で雇った方々も仕事に慣れてきているのか、てきぱきと働いてくれていた。ただ、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんとエルとジョセとルカとジアとジャドさんとアシュとアスターとイルとイヴに慣れていない方が多い。

 やはり魔獣と幻獣なので恐怖心が湧くようである。彼らと話すことができれば温和だと直ぐに分かるので私はあまり心配していない。いざとなれば同じ部屋に入って貰って、数時間過ごして貰えばヴァナルを始めとした彼らに慣れてくれるはずだ。

 

 そして七月に入れば南の島に赴く予定のため、そろそろ招待状を送ろうと準備を始めている。

 

 二週間ほど前に仔を産んだお猫さまだが、最近子猫の世話をサボり始めている。乳は与えてくれて、排泄のお世話もしてくれるのだが、それ以外の遊びの部分はヴァナルに投げている。

 狼が猫を育てるなんて……と驚いてしまうが、前回もお猫さまの仔のお世話はヴァナルがしていた。とはいえ前回は乳離れが済むか済まないかの頃であり、流石にまだ小さいのだからお猫さまにはもう少し仔の面倒を見て欲しい所であった。

 

 で。当のお猫さまは私室の隣の部屋で仔に乳を与えている。勢い良く乳を吸う仔猫三匹にげんなりしているようで、ごろんと床に寝転がっているお猫さまはぐでーと伸びてやる気のなさそうな雰囲気をありありと醸し出している。

 私が部屋へ顔を出したことに気付いたお猫さまは顔だけ上げて来訪者の確認をすれば、またごろんと床に顔を付けた。はあと鼻を鳴らしているので、育児疲れだろうかと少し心配になる。

 

 『……もう乳は良かろうて』

 

 「確か、三週間目くらいから離乳食に移っても良いと本に書いていましたが……少し早くないですか?」

 

 お猫さまは私と視線を合わせないまま明後日の方向を見ながら口を開いていた。私の肩の上にいるクロと一緒に付いてきていたジークとリンが苦笑いを浮かべ、ヴァナルは仔猫が気になるのかお猫さまを覗き見ている。雪さんたちは、お猫さまの声にあらあらまあまあと目を細めながら笑っている。毛玉ちゃんたちを産んだ経験があるため、お猫さまの苦しみを分かっているようで特に言及はしないようだった。

 毛玉ちゃんたち三頭は仔猫の小ささに驚いており、床に伏せて興味深そうに眺めている。遊びたい気持ちがあるようだけれど、流石にまだできないと分かったのかぴーと鼻を鳴らして、雪さんたちの後ろに戻って行った。

 

 仔猫が産まれて二週間少々が経っているものの、資料を参考にするならば少し早いのではなかろうか。私が首を傾げていると、お猫さまがまた顔だけ上げてこちらを見た。

 

 『歯が当たって痛いのじゃ』

 

 お猫さまは苦言を呈してまた顔を床に付けて、三本の尻尾で床をべしべし叩いている。既に仔猫の目は開いているし毛色もはっきりとしている。歩様も問題なく、産まれたばかりの頃とは随分と成長していた。

 お猫さまが言うのであれば、仔猫に乳歯が生えているのだろう。少し早いけれど離乳食を始めても良さそうである。お乳が終われば仔猫はお昼寝タイムに突入するはず。次のお乳の時間までにドライフードをミルクに浸して出してみよう。仔猫たちが興味を持ってくれると良いのだけれど。

 

 仔猫は今、必死にお猫さまの乳を飲んでいるけれど、起きてお腹が満腹であればワンプロならぬネコプロも始めている。産まれたばかりの時は私の片手にちょこんと乗る大きさだったのに、今では片手では足りない大きさだ。

 ヴァルトルーデさまも仔猫が少し成長したことで、触れられるようになっているし、仔猫と玩具で遊んでいると凄く楽しそうな顔をしていた。ソフィーアさまとセレスティアさまも小さな仔猫の魅力に囚われているようで、頻繁に様子を伺いにきてくれる。侍女の方たちの間でも話題になっているのだが、流石に大勢訪れるとお猫さまも大変だと少し制限を掛けさせて貰っていた。

 

 『ヴァナルー……妾は疲れた。後は、頼むぅ…………』

 

 お猫さまが情けない声を上げてヴァナルに訴えた。仔猫たちはお腹が一杯になったようで、お猫さまの側で寝息を立てそうになっていた。お乳のあとのお世話をして欲しいのだがお猫さまにやる気は全くなさそうで、ぐでーと床に寝転がったままである。

 

 『駄目。起きる』

 

 『ちぇっ。お主に全てを任せられなんだ。仕方ない』

 

 ヴァナルは要望をきっぱりと断って、お猫さまに仔猫のお世話を促した。お猫さまはのそのそと身体を起こして、側で身体を丸くし始めた仔猫を舐めてお世話を始める。

 ヴァナルもお猫さまに全て従うわけではなく要所要所で手伝っているため、お猫さまは楽はできない。まあ、お屋敷の中で産んだのだから外の環境よりは良いだろうし、人間の手も入っているので少しはマシなはず。

 

 「ナイ。お猫さま、入るね」

 

 ヴァルトルーデさまがひょっこり顔を出して部屋の中へと進んでくる。図書室で本を読むと言っていたけれど彼女は飽きてしまったようだ。ヴァルトルーデさまが床で寝息を立て始めた子猫三匹を見下ろせば頬が緩んでいる。

 仔猫が丁度寝た所で部屋に訪れたことを残念そうにしつつも、彼女は床に膝を付けて寝ている仔猫を愛おしそうに眺めている。お猫さまはヴァルトルーデさまがやってきたことで、やる気のなさそうな態度から前脚をきちんと揃えて、仔猫たちの横に座る。その姿を見た私は現金だなあと目を細める。ジークとリンもなにも言わないが、心の中で現金だと言っているに違いない。現にクロも苦笑いを浮かべているのだから。

 

 お猫さまはヴァルトルーデさまの顔を見上げて、なにか言いたいことがあるようだった。

 

 『あのう……流石に女神さまにお猫さまと呼ばれるのは抵抗があるのですが』

 

 「でもナイが君のことはお猫さまと呼んでいる」

 

 おずおずと口を開いたお猫さまにヴァルトルーデさまがこてんと首を傾げた。確かに女神さまが猫又のことを『お猫さま』と呼ぶのは……駄目なのだろうか。

 以前、お猫さまから名前を求められて私は考えると保留にしているのだが、急かされなかったために話が流れてしまっていた。ヴァルトルーデさまが私に視線を向けたあと、お猫さまへと戻す。

 

 『確かに彼女は妾のことをそう呼んでおりますが……名前を望んでみても与えてくれぬのです』

 

 お猫さまが私に視線を向けると、しょぼんと悲しそうな顔になっている。いや、お猫さま名前に拘りがないから名前を私に求めても、今まで急かさなかったのでは!? と言いたくなるのだが、ヴァルトルーデさまが私に真剣な眼差しを向けているので余計なことを口にできない。

 

 「ナイ、酷い」

 

 「……えっと、はい。面目ございません」

 

 ヴァルトルーデさまが感情の乗っていない声を出したため私は平謝りするしかない。一応、候補はいくつか考えていたものの……まあ、流していた私が悪いので言い訳は止めよう。

 

 「お猫さま、急な話ですが、名前の候補がいくつか考えてあります。ご自身で選ばれますか? 今ならヴァルトルーデさまに名付けをお願いすることもできるのでは?」

 

 私がお猫さまに声を掛けると、お猫さまと周りのみんなは『え、考えていたの!?』という顔になっていた。忘れていたわけではなく、流されていただけなのできちんと候補は考えている。

 皆さま、私のことをどう捉えているのだろうか。確かに抜けている所があるけれど……そんなに酷くはないはずだ。というか私が転生者ということが皆さまに周知されているので、地球由来の名前でも良いかと今回は割り切っていた。

 

 『なんだ勿体ぶって……――は?』

 

 「私がお猫さまに名前を付けるの?」

 

 お猫さまが私の顔を見上げること暫し、黒目の部分を細くして口をあんぐりと開いた。ヴァルトルーデさまも私の提案に驚いているが、彼女は女神さまだから誰かに名前を与えたことくらいあるだろう。

 特に問題ないと伝えてみたのだが、当事者である一匹と一柱さまは何故か驚いている。どうしますと私が首を小さく傾げると、肩の上のクロが『固まっているねえ』と呑気に声を上げた。

 あっけにとられているお猫さまのお腹の所に白色ちゃんが目が覚めたようで、近寄って顔を突っ込んだ。乳を飲みたいというよりは、一匹でいるのが寂しかったようだ。

 

 赤色ちゃんと青色ちゃんは二匹一緒になってスヤスヤと寝息を立てており、私たちのことなど気にしていない。そういえば産まれた仔猫たちの名前も決めなければならないだろうか。

 でも誰かに譲渡する可能性もあるのだから、名前を付けて情が移ったら大変なことになりそうである。仔猫たちの名前はまた後で考えようと決めて、未だに固まっているお猫さまとヴァルトルーデさまに私は口を開く。

 

 「バステト、ベイグル、トリグエル……ルナとかも考えてたんだけれど、どうかな?」

 

 『お主、ちゃんと考えておったのだな。意外じゃ』

 

 お猫さまからの私の評価が散々なのだが……次に鰹節をおねだりされたら出さないでおこうか。いや……嫌がらせは良くないし、産後だから体力回復に努めなければならない身だから、時間が経った頃に『鰹節お預け作戦』を実行しよう。

 

 「良かったね。お猫さま」

 

 ヴァルトルーデさまがお猫さまを嬉しそうに見れば、お猫さまは胸を張って口を開く。尻尾もご機嫌そうにゆらゆらと三本揺れている。

 

 『女神さまにさま付けされるのは恐れ多いから、今決めてしまうぞ! ――トリグエルだ!』

 

 「名前の意味が『琥珀』なので、お猫さまの目の色と同じですね」

 

 『流石、妾じゃな!』

 

 お猫さまが候補の中から自分で決めて名乗りを上げる。私が名前の意味を伝えると嬉しそうにお猫さまは目を細める。

 

 「トリグエルさま」

 

 『あ、あのう……さまを付けないで欲しいのですが』

 

 ふふふとヴァルトルーデさまが微かに笑いながらお猫さまの名を呼び、呼ばれた本猫さまは身体を縮こませて上目遣いで女神さまの瞳を覗き込む。

 

 「冗談だよ。よろしくね、トリグエル」

 

 ヴァルトルーデさまが冗談だと告げるのだが、女神さまでも冗談を述べるようである。意外だなと感心しながら、私もお猫さまの名を呼ばねばと口を開いた。

 

 「よろしくお願いします、トリグエルさま」  

 

 『お主もさま付けはいらぬぞ。世話になっておる故な』

 

 ふふんと胸を張るお猫さまに、みんなが彼女の名を呼んで改めて挨拶をしていた。ジルヴァラさんにも教えなきゃねとお猫さま……トリグエルさんに伝えると、そうだなと頷き、ジルヴァラさんが彼女の様子を伺いにくる。トリグエルさんがジルヴァラさんの足下にトトトと近寄って前脚を揃えて床にお尻を落とす。

 

 「?」

 

 ジルヴァラさんが無言のまま首を傾げれば、名前がトリグエルに決まったとドヤ顔になっていた。ジルヴァラさんは良かったねとトリグエルさんに腕を伸ばせば、ぴょんと少し垂れたお腹を持て余しながら飛び乗った。

 ジルヴァラさんとトリグエルさんは仲が良いなあと私は目を細めていると、はっとお猫さまの下にいた白色ちゃんを思い出した。

 

 「!」

 

 白色ちゃんが寂しい思いをしているのではと、お猫さまが元居た場所に私は視線を移す。そこにはヴァナルがちゃっかり白色ちゃんの下にいて、すやすやと眠る白色ちゃんを愛おしそうに見下ろしているのだった。

 

 ◇

 

 執務を終え、午後の時間となっている。

 

 お猫さま、トリグエルさんの仔が産まれて三週間が経っている。私室の隣の部屋ではトリグエルさんたちの仔三匹が離乳食も始めているのだが……割と悲惨な状況になっていた。

 浅いお皿に顔を突っ込んで食べている白色ちゃんに、脚までお皿に突っ込んで食べている赤色ちゃんに、青色ちゃんは離乳食に塗れたびしょびしょの顔を隣の仔が気になるようで、相手の身体に突っ込んでいる。

 

 「食べ方、下手だね」

 

 私が仔猫三匹の食事風景を眺めながら苦笑いを浮かべると、肩の上のクロと一緒に部屋を訪れているジークとリンも苦笑いを浮かべていた。床の上が汚れないようにと厚手の布を敷いてからお皿を置いているのに、踏ん張りがきかなくなった赤色ちゃんがころんと転げる。

 大丈夫かと見守っていれば青色ちゃんが気にして、赤色ちゃんの匂いを嗅いでいる。でも鼻先に着いた離乳食が付いてしまい、体中が離乳食塗れになっていた。この姿をセレスティアさまが見れば悲鳴を上げるのか、それとも可愛いと歓喜しながら魔術具の写真に収めるのか。どちらか分からないけれど、食べ終わったら濡れた布で身体を拭かないと、カピカピになってしまう。私が更に苦笑いを深めれば、クロが口を開いた。

 

 『だねえ。大きくなれば綺麗に食べることができるから、今だけだけれど』

 

 クロが言い終えると私の顔に顔を擦り付ける。毛玉ちゃんたち三頭も一緒にきているのだが、まだ小さい仔猫に慣れないようで雪さんと夜さんと華さんの下で見守っており借りてきた猫のようになっている。ジークとリンも離乳食塗れになった仔猫たちを見て小さく笑っていた。

 

 「食べないより安心だ」

 

 「ん。元気だけれど……食べながら寝ちゃってる」

 

 確かに食べなくて心配するより、食べ過ぎを心配する方が良いのだろう。仔猫三匹が食べ終わったら、お腹がパンパンに膨れ上がっているだろうと私はトリグエルさんに視線を向けた。

 

 『大分、手が離れて楽になったの』

 

 トリグエルさんはテーブルの上でふふんとドヤ顔になっている。

 

 「トリグエルさんはお乳しか上げていないような……いえ、一番大変かもしれませんが」

 

 『失礼な! お主が見ていない所できちんと世話をしとったわ!』

 

 私がジト目を向けてトリグエルさんに苦言を呈してみると即行で否定された。トリグエルさんはヴァナルがいると仔猫たちの面倒を見ない。いや、お乳はあげているけれどそれ以外のお世話をサボっているのだ。

 ヴァナルも甲斐甲斐しく仔猫三匹のお世話を焼いてくれるので強く言えないけれど。雪さんたちは仔猫三匹と一緒にいるヴァナルを愛おしそうな目で見ているだけで、トリグエルさんに文句はないようだった。

 

 『なんだ、その目はっ!』

 

 「皆が見ている所ではヴァナルにお世話を投げっぱなしなので信用がないなあと」

 

 『酷いのじゃ!』

 

 トリグエルさんと話をしていると、仔猫三匹の食事が終わったようである。仔猫たちは満腹感を覚えれば『美味しかったよ』と報告するように私たちの下へとやってくる。まだまだ小さい頭を撫でると満足して、産箱に戻り寝息を立て始めるのが最近の日課だろうか。

 とりあえず私たちの下にきた仔猫三匹を優しく抱き上げて『お腹一杯になった?』『美味しかった?』と問い掛けながら、濡らした布で汚れた顔や身体をジークとリンと一緒に拭き取った。

 

 「ん。美人さんになりました」

 

 私はそう言いながら白色ちゃんを手の中から解放する。にーと一鳴きした白色ちゃんは産箱の中に戻っていき、ジークとリンも顔と身体を拭き終えた赤色ちゃんと青色ちゃんを手から離せば、二匹も産箱へ戻っていった。

 暫くすれば産箱の中で三匹固まって可愛い寝息を立てるだろう。トリグエルさんも特に問題はなく、出産前後に増やしていた食事量も元に戻っている。

 

 『妾も寝るかの』

 

 トリグエルさんはくわっと大きく口を開けてテーブルから立ち上がり、ぴょんと飛び降りて産箱の中へと入る。本当に気ままだねとジークとリンとクロと私は顔を合わせて、次はサンルームへ行ってみようと声を掛けた。

 部屋の扉をゆっくり閉めて私室を通って廊下へ出た。侯爵邸に引っ越しして時間が経っているものの、子爵邸とは比べ物にならない広さにきょろきょろと顔を動かしてしまう。

 

 サンルームまでの距離も遠いので、割と良い運動になっているはず。といっても歩くだけなら筋肉は余り鍛えられない気がする。やはりなにか屋敷内でできる運動を探してみないと。

 剣を握れば危なっかしいと言われ、槍を持てば身長故に持て余すので、他になにかないだろうか。託児所の子供たちと遊んでも良いのだけれど、親御さんが凄く恐縮する。やはりルカと徒競走を……って敵うはずないし、ルカも楽しくないだろう。

 

 考え事をしながら歩いていれば、サンルームに辿り着いていた。

 

 扉を開けると屋敷の中の温度より随分と暖かい。私たちが入ってきたことに気付いたイルとイヴがぴゅーとこちらに走ってきて、手前でぎゅっと脚を止める。後ろから一緒についてきていた毛玉ちゃんたちが『遊ぼ!』とぴょんぴょん跳ねながら彼女たち二頭を誘う。

 すると『良いよ』と言いたげにイルとイブは毛玉ちゃんたちの方へ首を下げて、ぴゅーと走り出した。その後ろを毛玉ちゃんたち三頭が走り始める。サンルームの中を所せましと走り始めた楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんとイルとイブにジャドさんが庭へと出られる扉の側に立ち声を上げる。

 

 『狭いので、外で遊びなさい』

 

 ジャドさんは嘴で器用にドアノブを捻り扉を開けた。遊んでいたみんなはジャドさんの声が届いていたようで、一斉に開いた扉を目指して加速する。あれ、本気で走り回っていなかったのかと驚くが、五頭が外に出ると更に走る速さが上がっていた。

 そして五頭の後ろ姿を遠くから見つけたルカが本気のギャロップで駆け、一瞬にして追いついた。五頭はルカにぎょっと驚きつつも走ることを止めないし、ルカもルカで一緒に走り続けている。

 

 「凄いなあ」

 

 私は凄い勢いで走る六頭を見ていると口から勝手に声が漏れていた。クロが耳聡く私の声を拾ったようだ。

 

 『元気だねえ』

 

 「クロは運動しなくて良いの?」

 

 ふと、竜もかなりの運動量が必要なのではと思い至り、私はクロに聞いてみる。

 

 『ボクは大丈夫だよ。魔素がたくさんあるからね』

 

 クロは私の方の上で呑気に声を上げた。確かに他の竜の方たちは大きな身体だというのに、狭い亜人連合国の中で過ごしていた。運動なんて望めそうもないし、体内の魔力で筋肉を維持しているようである。

 ちょっと羨ましいとクロの顔を私が覗き込めば、こてんと首を傾げて尻尾を動かして私の背中を叩く。一先ず、おデブになったり健康に影響がないならば良いかと、扉からこちらへとやってきたジャドさんに私は顔を向けた。

 

 「みんな元気だね」

 

 『ですねえ。力が有り余っていますが、アシュとアスターは変わらずポポカたちの面倒を見ています。子煩悩で可愛らしいです。いずれヤーバン王国に行ってしまうと知っているので、少し寂しい気持ちもありますが……」

 

 ジャドさんが目を細めてアシュとアスターの方へと視線を向けた。そういえばポポカさんたちもお猫さま、トリグエルさんのように仔たちの面倒は最低限見ているだけだ。

 ほぼアシュとアスターが仔ポポカさんたちの様子を見守り、ポエポエ鳴きながら陽向ぼっこをしている。

 

 「そういえば雄のグリフォンはヤーバン王国に集まるんだよね。どうしてそうなったんだろ……」

 

 『過ごしやすかったのではないでしょうか。隠れる場所もありますしねえ』

 

 私の声にジャドさんが首を捻る。確かにヤーバン王国は西大陸の他の国々よりも山が多いと聞く。平地で過ごすよりも森や山で暮らした方が外敵にも見つかり辛い。

 確かに理に適っているのかと私がジャドさんの顔を見上げれば、彼女は私の顔に顔を近寄せてぐりぐりと擦り付けている。反対側にいるクロも何故か顔をすりすりし始めるのだが、私にどうして欲しいのだろう。ジャドさんは次第に私の顔から頭の上に顎を乗せてぐりぐり攻撃を続けている。私の頭が左右に揺れて、視界も左右に揺れていた。なんだか目が回りそうだと感じ始めた頃にジャドさんはぐりぐり攻撃を止めて私から離れる。 

 

 「くらくらするよ……」

 

 更に続けられていると流石に酔いそうなので、抗議の声を上げておく。といっても本気のトーンではなく、やんわりと告げる程度に留めている。

 

 『おや、申し訳ありません……その、ナイさんの側は心地良いので』

 

 『ナイの側にいると落ち着くよねえ』

 

 ジャドさんとクロが目を細めて私を見ていた。うーん……良く言われているけれど、そんなに良い物なのか分からない。私が首を傾げているとヴァナルと雪さんたちも同意していた。

 何故だと頭を傾げながら、私たちはジャドさんたちに『またくるね』と告げて、今度はユーリの部屋を目指す。また長い廊下を歩いていれば警備の方とすれ違う。二十代中頃の方で、子爵邸では顔を見た記憶がないので新規に雇われた方だろう。二人一組で行動しているから、巡回の時間のようであった。彼らは私の顔を確認すれば廊下の端に寄って、胸に手を当て私が過ぎ去るのを待っている。申し訳ないと思いつつ、私たちは彼らの前を通る。

 

 「お疲れさまです」

 

 私が警備の方に声を掛けると、彼らは不思議そうな顔を浮かべながらもビシッと敬礼を執った。初期から勤める方であれば『ご当主さま、お疲れさまです』と返事がくるのだが、慣れていない彼らには驚きの方が勝ったようだ。

 私はその内慣れるだろうと苦笑いを浮かべ、ジークとリンとクロとヴァナルと雪さんたちを引き連れて廊下を歩いて行く。毛玉ちゃんたち三頭はそのうち戻ってくるだろう。

 いつも通り私はユーリの部屋の前で立ち止まり、ノックを二度鳴らす。乳母さんの声が聞こえて少し待っていると扉が開いた。出迎えてくれた彼女の案内でユーリの部屋の中へと入る。子爵邸よりも広くなった部屋であるが、玩具が割と占拠していて雑多な雰囲気となっていた。ユーリがもう少し大きくなれば、玩具で遊んでくれるはずである。

 

 部屋に入ると意外な方が床に座り込んで、ユーリの相手を務めていた。乳母さんはその光景に驚きつつも、受け入れるしかないと諦めているようである。

 

 「ジルケさま。珍しいですね?」

 

 私が声を掛けると、ユーリと同じ黒髪黒目であるジルケさまがこちらに振り向く。ユーリはジルケさまに相手をして貰っているから機嫌が良さそうだった。ジルケさまが子供の相手を問題なく務めることができるなんて驚きである。

 

 「ん? 気が向けば様子を見にきてるぞ。姉御は誰かと一緒じゃなけりゃ、こないけどよ。しかしまあ、ユーリはまだまだ小せえなあ」

 

 ジルケさまは言い終えるとユーリの方へ顔を向け、ふふと目を細めていた。彼女はユーリの脇に両手を差し入れて、座ったまま高い高いをしながらユーリは小さいと感心していた。

 一応、ユーリは同い年の子たちと身長体重は変わらない。痩せているわけでもなく、太っているわけでもない普通の子なのだ。恐らくジルケさまは大人と比べれば、まだまだ小さいと言いたかったのだろう。

 

 「育ち盛りですから、直ぐに大きくなりますよ」

 

 ユーリもトリグエルさんの仔たちも直ぐに大きくなるだろう。本当に将来が楽しみだ。アンファンもユーリの侍女になるべく勉強を始め、侍女頭さまに一週間に何度か短い時間だけれど教えを乞うている。

 テオも警備部の見習いとして勤務に組み込まれ始めたとジークから聞いているし、彼の妹であるレナも商業地区の仕立て屋さんで住み込みで仕事を覚えている。託児所の子たちも何人か卒業しており、アストライアー侯爵家で下働きの仕事を始めるか、侍従侍女の見習いや、御者見習いを始めているのだ。本当に時間が過ぎるが早い。

 

 「あ、そうだ。姉御が約束を取り付けていた軍の隊長の休みは決まったのか?」

 

 ジルケさまが高い高いしていたユーリを抱き抱えて私を見上げ、私は失礼がないようにと床にしゃがみ込んだ。軍の隊長というのは、十年前に私を貧民街から教会へと連れて行ってくれた隊長さんのことだ。

 ヴァルトルーデさまはいつの間にか隊長さんと接触をして、話をする約束を取り付けたらしい。ヴァルトルーデさまとジルケさまから話を聞いた時も驚いたけれど、王家とハイゼンベルグ公爵家から手紙が届いた時も吃驚した。いつの間に隊長さんと話をしたのか分からないのだが、まあ、決まったことなのでウダウダ言う気はない。ただ隊長さんの奥方さままで巻き込まれていたので、本当に申し訳ないというか、なんというか。

 

 「決まりました。ただ、警備の関係を踏まえて王都の街で会うわけにはいかないと、王城かハイゼンベルグ公爵邸かアストライアー侯爵邸で面会したいと」

 

 「城かおっちゃんのハイゼンベルグ公爵邸かここか。姉御、何処を選ぶだろ……痛て! ユーリ……お前、力強くないか?」

 

 ふーんと私の顔を見るジルケさまに、ユーリがぺちんとジルケさまの顔を手で挟んだ。私の肩の上で『結構、痛いよねえ』とぼやいている。

 

 「公爵邸のような気がします。ユーリに攻撃性はありませんよ」

 

 私はヴァルトルーデさまなら面会場所に公爵邸を選びそうだと告げ、ユーリは筋肉馬鹿ではないと否定しておく。とりあえず、隊長さんと奥方さまが無事にヴァルトルーデさまとの話を終えられますようにと願うのだった。

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